数年の月日が流れた。
6 ベル クラネル
黒龍の襲来から数年。破壊された村は元通りとはいかないまでも復興され、多くの村人が戻ってきていた。皆で協力して木々を植え、畑を作り、野菜を栽培する。森に出かけて兎や鹿を狩っくるような生活をしていた。
一人の少年がテクテクと歩いている。真っ白な髪の毛をして紅い瞳をしているヒューマンの少年だ。その兎のような愛らしい外見で村の皆からはとてもかわいがられている。今は畑仕事をしている祖父の元へお弁当を届ける最中だ。
「おーい、ベル!」
少年が歩いていると畑仕事をしている男性が声をかけてきた。小麦色に日焼けをしてニッと笑うと健康的で真っ白な歯が見える。
「これからじいちゃんとこ行くんだろ?これもってけ!」
そういうと赤くみずみずしいトマトを2つ投げてくる。
「ありがとうおじさん!」
にぱっとすばらしくいい笑顔でお礼をいいトマトをキャッチする。手をふりながら別れを告げ、しばらく歩くとベルの家の畑がが見えてきた。畑にはクワで地面を耕している祖父の姿がある。
「おじいちゃーん」
ベルが大きな声で声をかけながら手をふるとそんな孫の声に気が付き手を振りかえす。祖父は老人とは思えないほど若々しく体も筋肉で引き締まっている。ニカっと笑う様はまるで少年のような笑顔だ。
「ベル!弁当持ってきてくれたのか。ありがとうな!こっち来て一緒に食べよう」
ガハハッと豪快に笑い大きな木の下まで行き腰を下ろす。時折吹く風が汗をかいた体に心地いい。
「途中でおじさんにトマトもらったから一緒に食べよおじいちゃん!」
そういうとガブリっとトマトを丸かじりする。口の周りはトマトの汁でべたべただ。
「これこれベルや、そんなにあわてなくても誰もとりゃせんわい」
そういうと首にかけていたタオルでベルの口を拭った。
一通りお弁当を食べると畑仕事を再開する。孫と二人で汗水垂らして畑を耕し夕日が沈むころに二人手をつなぎながら家へと帰るのであった。
夕ご飯を食べた後、椅子に腰かけパイプをくわえている祖父の元にベルがやってくる。
「おじいちゃん!いつものお話聞かせて!」
「ベルはこのお話大好きじゃな。じゃあ話してやるからおいで」
ぽんぽんと自分の膝をたたきベルを自分の膝の上に乗せた。
「だってかっこいいんだもん!」
ベルはキラキラした瞳で祖父を見上げる。
そうかそうかと祖父は笑いながら話を始める。ベルが大好きなお話は黒龍と勇敢に戦った英雄達の物語である...
物語を話終える頃には大抵ベルは寝ているが今日は珍しく起きていて祖父に尋ねる。
「おじいちゃん、このお話に出てくるダグラス クラネルって人白い髪に紅い瞳なんて僕にそっくりだね?」
ベルがそんなことを訪ねてくる。
「そうじゃなあ...もしかしたらベルはこの英雄の生まれ変わりかもしれぬな!」
意味深な笑みを浮かべて祖父は笑う。
ベルはパアッと瞳を輝かせて答えた。
「僕もダグラス クラネルって人みたいに皆を護れる英雄になりたい!あれ...そういえば僕の名前ってベルだけなの?家名は?」
唐突にベルが疑問を投げかけてくる
(ふむ...どうしたものかのー...家名か。そういえば名前しか決めとらんかったわ)
今更になってそんな初歩的なことを思い出す。ゼウスは大いに焦る。
「ベルの家名はヴァレンシュタ・・・いやクラネルじゃ」
(咄嗟にアリアの性をいうところじゃった。危ない危ない。もしベルがオラリオに行ったときにアリアの性を名乗っているのがわかったら目をつけられる可能性があるからのー)
アリアの性は精霊の加護を得た一族として神の間で有名な為下手に使うと何の後ろ盾もないものは危険なのである。
ゼウスが冷や汗を流しているとベルがさらに問いかける
「クラネルってあのお話に出てくる英雄と僕の家名いっしょなんだ!」
またも焦るゼウス
「あーーうーー...まあそんな偶然もあるものじゃて」
半ば強引に話をうちきった。
(儂としたことが...まあよいか純真なベルなら素直に喜ぶだけじゃろ)
ゼウスの思惑通りベルはただ英雄と同じ家名だというのを喜ぶだけでそれ以上の追及はしてくることはなかった。
時は流れる。
ベルの幼かった顔は中性的ではあるが凛々しくなった。しかし同年代のヒューマンに比べるとやや身長が低いのが本人も気にしている点ではある。
今日は祖父と一緒に山に狩りに行くところだ。
山歩き用のブーツに履き替え背中には弓、腰にはナイフ。まだ弓もナイフもうまく扱えないがとりあえず形からということで着替えている。目的地への道中でゼウスがベルににやにやした顔をしながら話しかける。
「ベルや。そろそろお前も彼女の一人や二人欲しいとは思わんのか?儂の若いころは何人もの女子をはべらせたもんじゃ」
ベルは祖父からことあるごとに男ならハーレムを目指すべきと教育を受けている。
「僕には無理だよおじいちゃん...何回も言ってるけどまともに女の子と話したこともないんだもん」
いつものように笑いながらたわいない話をしていく。
(でもいつかはオラリオにいって冒険者になってハーレムじゃなくていいけど女の子と仲良くなってみたい...)
そんなことを想いながら山道を歩く。
祖父が急に真剣な顔をしてベルに話しかける
「ベルや...山の様子がいつもと違うとは思わんか?」
「んーそういえばやけに静かな気がするけど...」
祖父にいわれるまで気にしていなかったがいつもなら小鳥の声や動物の鳴き声がするのに今日はやけに静かだなと思う。
そんなことを考えていると遠くから雄叫びが聞こえる
「ぎゃぉぉーー」
遠くからばさばさと鳥が飛び立つ音が聞こえる。明らかに何かに怯えているようだ。
次第に近くなってくる音。バキバキっと枝を折りながら巨大な生物がこちらに向かってくる。
巨大な体に大きな前足。鋭い牙を持つ魔物
本来オラリオのダンジョンで30階層より下に出現する魔物である。しかし稀に地上でも生息するが30階層にいるものよりは遥かにレベルは下がる。
「おじいちゃん逃げよう!こいつは僕達じゃ倒せないよ」
ベルがあわてて逃げ出す準備をする。しかし祖父はなんらあわてることなく笑いながら武器を構える。
「今夜はステーキじゃな!」
そんなこといってる場合じゃないと祖父の手を取り走り出した。
すると前方から複数の方からもアルケオダイノスが現れる。
(こいつらは集団で狩りをするのか...どうすれば)
「ぬんりゃぁぁぁぁ」
祖父がアルケオダイノスの前足を持ち上げ投げ飛ばす。飛ばした先にいた他の数匹を巻き込んでアルケオダイノスをまとめて倒した。
「お..おじいちゃん...こんなに強かったの!?」
次々と倒していく祖父の姿をみて驚愕するベル。
しかし...「ぬおお..お..お」
祖父が唐突に腰を押さえてうずくまる。年甲斐もなく暴れたせいで腰を痛めてしまったようだ。
「おじいちゃん大丈夫!?」
油汗を浮かべて悶えている祖父をみてベルは決心する。
(僕がおじいちゃんを護る)
ベルがナイフを構え群れに突っ込んでいく。相手は狩りのプロともいっていい。状況は絶望的である。
「ベル..儂に構わず逃げるんじゃ」
「おじいちゃんを置いていけるわけないよ」
ベルはなんとか攻撃をかわしているが次第に追い込まれてしまう。ベルが爪をかわした瞬間を狙いすまして体当たりを受けてしまう。
「ぐぅ」
ベルは体当たりで吹き飛ばされ木に頭を強かにぶつけて気を失ってしまう。
「ベル!」
祖父が這いずってベルの元までにじり寄る。
「ベル!ベル!しっかりするんじゃ」
意識の戻らないベル。全知全能と呼ばれた祖父もこの状況に絶望しかけた瞬間...
ベルがゆらりと立ち上がった。
「ベル!?」
ベルは返事をせずに無言でナイフを構える。あきらかに先ほどまでとは雰囲気も気迫も段違いである
(この構えはダグラスの?まさかそんなことは...)
ベルがまだ動けると分かったアルケオダイノス達は一瞬怯むものの獲物を逃がすまいと突進してくる。
突進してくる力を利用してすれ違いざまにナイフを一閃。
自分の力はほとんど使わず一匹を仕留めてみせた。
(ベルの身体能力が上がったわけではないのか。しかし明らかに敵との駆け引きや技がベルとは思えない熟練者のそれじゃ)
祖父がそんなことを考えている間にベルは次々と攻撃していき最初に仕留めた一匹以外は足の指を攻撃したりと動きを封じるだけに留めて最小限の動きで相手を抑えていた。アルケオダイノス達も馬鹿ではない。自分たちより強いものをいつまでも襲ったりはせずに逃げていった。
しばらくナイフを構えていたベルであったが危険が去ったのがわかると ガクっと足の力が抜けその場にしゃがみ込んでしまった。
「ベル?大丈夫か!?」
「あれ!?おじいちゃん?」
周りをきょろきょろして状況を確認する。周りに敵がいないことを確認してベルが顔を輝かせる。
「おじいちゃんが追い払ってくれたの!?さすがおじいちゃん!でも腰は大丈夫なの?」
(記憶がないようじゃな...一体どうゆうことじゃ...まあ今は話を合わせておくかの)
「ガハハハ 儂にかかればこんなもんじゃよ!」
ベルに向かって親指を立てる。
「おじいちゃんはすごいや....でも僕...」
自分の力のなさに落ち込むベルだが頭をふって立ち上がる。
「おじいちゃん動ける?」
祖父は立ち上がろうと思ったが腰の痛みによって座り込む。
その様子をみてベルは祖父を背中に背負って山を下りていく。
ベルの力では背負ってもすぐに疲れてしまい何度も休憩をしながら家に帰った。
家まで帰る途中祖父はベルに珍しく真剣な様子で話しかける。
「ベルや...儂の腰が治ったら連れて行きたい場所があるんじゃが一緒にきてくれないかの?」
祖父の真剣な様子に最初戸惑うベルであったが「うん」っと返事をして歩をすすめるのであった。
祖父の腰も数日で治りベルを連れて村のはずれにある祠にやってきた。
一見普通の祠だが隠し扉のようになっていて奥に進めるようになっていた。
祖父の後についておっかなびっくり洞窟にはいっていくベル。薄暗い洞窟ではあるがきれいに掃除がされているようで蜘蛛の巣ひとつない
「おじいちゃんどこまで行くの?」
「もうすぐじゃよ」
ランプの明かりを頼りについていくと広い空間にでた。
祖父がその空間のところどころにあるランプに火を灯す。
ボウっとそこにあるものが照らし出される。
「これはなに?」
「これはお墓じゃよ...」
多くの文字が刻まれた石版が現れた。ただし
石版の前には花束が飾られ白銀に輝く双剣が置かれている。
「ここには儂の家族が眠っているんじゃ。一度ベルにも見せておきたくての」
いつもは豪胆な祖父が悲しそうな顔をしているのをベルは初めてみた。
祖父が石版に向かって頭を下げる。ベルも祖父にならって頭を下げる。
(この場所なんだか胸が苦しくなる)
ベルは自分でも気が付かない間に涙を流していた。頬を伝う涙の意味をベルは知らない。
ベル頭の中に声が響いた気がした。
(ベル、俺は家族を...仲間を...愛する者達を護れなかった。お前には大きな可能性がある。俺なんかよりずっと立派に...そして強くなる可能性が...決めるのはお前自身だ。ただできることなら俺の無念を...いや、なんでもない。ではな愛しい息子よ...いつでも俺はおまえのそばにいる)
(まって!あ...あの...僕...も強くなりたい...護られているだけじゃなく僕が皆を護れるように...)
「ベル!ベル大丈夫か?」
ぼーっとしていたベルを心配して祖父が声をかける。
(今誰かと話していたような...頭になにか霧がかかっているようで思い出せない)
しかしベルの中にはある強い想いが生まれていた。
「おじいちゃん!僕オラリオに行きたい」
更に数日後
「ごめんねおじいちゃん無理なお願いして」
ベルが申し訳なさそうな顔をする。
しかし祖父がニカっと白い歯をみせて笑い
「孫がハーレムを作りたいっていうものを止めるやつがどこおる。いい子がいたら儂にも紹介してくれ!」
「そんなんじゃないよおじいちゃん...」
ベルも祖父も笑いあう。そしてベルが祖父に抱き着く。祖父はベルを受け止めるとその頭を優しくなでた。
「ベルよ...おまえは儂の自慢の孫じゃ。いつでも儂はここにいる。そしていつでも儂はおまえの味方じゃ!」
ベルは目にいっぱい涙を溜めてうなずいた。
「それじゃあ行ってくるねおじいちゃん!」
手を振って歩き出す。
「ベルや!これをもっていきなさい」
ベルが振り向くと祖父が白銀に輝く双剣と首飾りをベルに手渡す
「この剣ってあの祠にあったやつでしょ?大事な物なんじゃ...」
「お守りじゃ...これがお前を護ってくれるように念をかけておいた」
ベルはまた泣きそうになるのをこらえ、そして腰にベルトを巻き邪魔にならないように双剣を収納する。
「それじゃあ 本当にこれで行ってくるね!」
次第に遠ざかっていく背中を見つめるゼウス。
が最初の一歩を踏み出した瞬間である......
いつも読んでくださっている皆さんありがとうございます。
今回はベル君の旅立ちの回ということで書いてみました。
次回はアイズについて
その次はオラリオにてって感じで更新したいと思います。
皆様今後ともよろしくお願いいたします。<m(__)m>