「いい匂い......」
アイズはベルの部屋に入ると森林の中を歩いているような感覚を感じた。
部屋いっぱいに広がる薬草とハーブの匂い......この匂いに包まれて寝れたら幸せだろう。
「狭い部屋ですがお好きな場所に座ってください」
アイズはきょろきょろとあたりを見渡しベルのベットに腰かけた。
(あ、アイズさんそこに座るんだ......)
「ええと、明日からアイズさんたちは遠征ですよね?こんな時間にどうしたんですか?」
深夜にパジャマ姿のアイズが尋ねてくるという状況に驚きつつもなんとか平静を保ち先ほどまで座っていた椅子に腰かけた。
「んと......それよりベルは今何をやっていたの?すごくいい匂いがするけど」
ベルの前にある机の上に視線を向けた。そこには乾燥させた薬草やハーブが置かれ、すり鉢で粉末状にしているところのようだった。
「僕ですか?僕は明日からの遠征で少しでも皆さんの役に立てばと思いまして、ミアさんから教えていただいた薬草茶を調合してました。体の疲労を取るとともに微量ですが魔力の回復にも役立つと聞いたので。昔ミアさんがいたファミリアでよく飲まれていたそうです。詳しいことはあまり話してはくれなかったんですが......」
じーっと机の上を凝視しているアイズ......アイズの金色の瞳が飲んでみたいと無言で語っている気がした。
「......アイズさん飲んでみますか?」
ハッとなり視線をベルに戻すと照れくさそうに頷いた。ベルはそんなアイズの仕草に悶えそうになるのをなんとか堪え平静を保った。
「今お湯を沸かすので少しだけ待ってください、寝る前に飲むとぐっすり眠れると思いますよ」
アイズに背を向け魔石を使用した簡易的なポットでお湯を沸かし始めた。ちなみにこのお茶はミアが昔独自に開発した物でお湯を注ぐだけでいいという優れものだ。ダンジョンでお茶を入れる際時間をかけなくて済むようにという配慮がされている。いくら安全地帯で休憩しているからといってもダンジョンでは何が起こるか分からないのでそこまで時間をかけて作ることは喜ばれない。
アイズはベルの背中を見ながらこの穏やかな時間を満喫していた。最近は訓練に明け暮れていたせいでベルと二人で落ち着いて話をする機会はなかった。強くなる為に特訓も必要だがこのように穏やかな時間を過ごすことももちろん必要だ。何より最近はロキファミリア内外でのベルの人気が急上昇している。ヴェルフに
また、豊穣の女主人で働いていた事もあり冒険者や神の中にもベルに目をつけている者達がいる。ロキファミリアでもベルの鍛錬をみて心を動かせれている者達が多くいる。ティオナをはじめ口では文句を言いつつもレフィーヤもベルを認めている、あの3人組も同様だ。老若男女に好かれるのはベルのいいところではあるがアイズとしてはベルと2人でいる時間が減ることを危惧している。
(初めて会った時は豊穣の女主人だったね......あれからそこまで時間がたってないのにもう随分長くベルと過ごしている気がする。戦い以外でこんなに心が満たされるなんて思わなかった......)
人は新しい発見や経験がなく日常がマンネリ化してくると、日々の新鮮味がなくなり時間が早く経過するような感覚に陥ることがある。アイズはベルと出会う前は戦いの事以外は一切考えてこなかった。ただひたすら自分の悲願を達成する為の力を求めた......繰り返される鍛錬の日々はいつしかアイズの日常を単調なものにしていた。しかし、ベルという存在に出会い環境は一変する。
傍にいるだけで幸せな気持ちになる、一緒に訓練をし、一緒に買い物に出かけ、一緒に食事をとる。常に一緒にいないと不安になるぐらいの密度で過ごしてきた。これはもはや本当に家族と呼んでもいいのではないだろうか。
そんなことを思いながらアイズはテキパキとお茶の用意をしているベルを眺める。
(このまま時が止まれば......)
アイズの脳裏にそんな言葉が浮かぶが明日からの遠征の事を考えるとそんなことはいってられない。これからしばらく会えなくなるのでベル分を補給しなければならない......
「お待たせしました、熱いので注意してくださいね!」
少し緊張しているのか、かちゃかちゃとソーサーの上のカップがなっている。ベルから湯気が出ているカップを受け取り息を吹きかけ、中のお茶を口に含んだ。口の中いっぱいに広がる薬草とハーブの香り......
「おいしい!」
(あれ......私この味知ってる気がする)
満面の笑みを浮かべるアイスにベルはほっと胸をなでおろした。煎じた薬草は独特の苦みもある為アイズの口に合うか心配だったようだ。
その後しばらくの間二人でお茶を飲みながらゆったりした時間を堪能した。
「そういえばアイズさん何か用事があったんじゃ?」
二人でいる時間が心地よくすっかり本題を忘れていた、半分はベルと落ち着いて話したいという目的だったので達成してはいるが。
「んと......明日から遠征が始まるんだけどベルには私の悲願を聞いておいてほしくて」
アイズの秘密を知っているのはロキファミリアでも最高幹部の3人とロキだけである。
アイズの強さの根源ともいえる悲願を知っている者はこの4人だけなのだ。
ごくっ
アイズの神妙な雰囲気を察しベルの喉がなった。
「昔、私の目の前でお父さんとお母さんが殺されたの......私を、仲間を守る為に戦って。その時の記憶は実をいうとほとんどないんだけど、今でも覚えているのは黒い龍と赤髪の女性。そして血の海......」
ベルも神妙な顔つきで聞いている......がしかし、なんとなくだがその場面がベルの夢に出てくるシーンと一致しているような気がしていた。
「私の悲願はあの黒い龍と赤髪の女性をたおし両親の仇を討つこと......だった。今もその気持ちは変わらない、けど、ロキファミリアの皆と出会って大切な人たちが増えて護られているだけの自分が嫌で。誰も傷ついてほしくなくて黒い感情の赴くまま強さを求めた」
(僕の根底にある感情、仲間を護りたい、アイズさんを護りたい、もしかして僕とアイズさんはどこか似ているのかもしれない)
「私の手は血で穢れている、ベルが思ってくれているほど私はっっ!」
ベットに座るアイズの手をベルが握りしめた。片膝をつき、左手を胸にあて、まるで騎士の誓のような格好だ。
「アイズさんの手は穢れてなんていません!僕......強くなりますから。必ず強くなりますから。アイズさんの隣にたって僕も皆を護れるくらいに」
「ベルっ......」
「僕アイズさんが大好きですから!」
「えっっ」
ボフっとアイズの顔が赤面した。手を握られたままあわあわと挙動不審になっている。
「わ、わた、私も......」
「そしてロキファミリアの皆さんが大好きです。」
(ああ、そういう意味なんだ。あれ......私少しがっかりしてる?)
アイズはちょっとだけ......いやかなり残念そうな顔をしている。そんなアイズに気付かずベルは続けた。
「フィンさんやリヴェリアさん。ベートさんや皆が。僕は物心ついた時からおじいちゃんしかいませんでしたし、このファミリアの皆さんが本当の家族のようで。レベル1なんかの僕がいうのもおこがましいことですが、命をかけても護りたいんです」
ベルも夢で見ている、自分の愛すべき仲間や家族が死んでいく様子を。想いの強さは人一倍だ。
アイズはベルの気持ちが痛いほどわかった。昔の私と一緒だ。
「強くなろう、私とベルとならきっと皆を護れる」
「はい!」
しばらく見つめ合ったまま沈黙が続いたがいたたまれなくなったベルが声をあげた。
「あの、お茶のおかわりはいかがですか?僕水持ってきます!」
ベルはポットを持って部屋を出て行き、残されたアイズはひとりになった瞬間に睡魔に襲われた。ベルの匂いがするベットにそのまま寝転がるとすぐに寝息をたてはじめた。
「アイズさんお待たせしまっっ!」
(な......アイズさん寝てる!?どどどどうしよう)
アイズにそっと近づき声をかけても反応がない。完全に寝てしまっているようだ。
(ベルよチャンスじゃ!その娘もいまかいまかと待ちわびておるはずじゃ)
(おじいちゃん!?)
(いくのじゃベルよ、接吻じゃ!)
(おじいちゃん何をいって......)
顔を近づけてみると吸い込まれそうになったので必死で顔をあげ椅子に腰かけた。
祖父の圧力に屈しそうになるが精神力で何とか乗り切った。寝ているアイズを起こそうとしても起きず、女子棟にあるアイズの部屋に運べるわけでもなく、添い寝できるわけもなく......ベルの徹夜が決まった。
ベルは朝まで薬草茶を調合することにし、アイズの方をみると欲望に負けそうになるのでひたすら机に向かい朝を待った......
読んでくださっている皆様ありがとうございます。
そして投稿遅くなりましてすみません。
今回はベルとアイズのシーンでした。
なかなか遠征まで行かず......<m(__)m>
次回出発します。
これからもよろしくおねがいします<m(__)m>
今回のイラストは「にゃうあ」さん作ですm(_ _)m
PS
ミア母さんのふたつ名考えてくださった皆様ありがとうございました。ダイレクトメッセージ十数件いただきまして感謝です<m(__)m>そのうちでてきますのでお楽しみに!