沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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7.やっぱりピエロは、そんなかもしれない。

【Ⅴ】

 

「そこまで! 勝者、トレイン・ハートネット!!」

 

 天空闘技場120階。俄かに歓声が巻き起こった。

 勝ち名乗りを受けたのは華奢な少年。倒れ伏した対戦者の男を一瞥した後、審判に一礼し、入場口へ歩いて行く。口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 

「あのガキ、これで登録してからここまで負けなしで120階だぜ」

 

「正真正銘の化け物だな、ありゃあ。おまけに対戦した奴は全員あの様だ、見ろよ」

 

 ――あのガキ、ワザとギブアップさせない様に痛めつけてやがるんだ。 

 

 視線を向けた闘技場の石畳の上では、手足が不自然に圧し曲がり、全身を血に染めた男が苦痛に悶えながら担架へ乗せられている所だった。 

 

「ククク……♡」

 

 

 この三か月程の間に、天空闘技場にまことしやかに囁かれる様になった噂が有った。

 

 曰く、悪魔に憑りつかれた少年が闘技場の参加者を嬲って楽しんでいる。

 曰く、以前から闘技場に出没していた道化師と少年は仲間であり、深い仲である。

 曰く、二人は素質の有る者を探し、玩具にする為に闘技場に居座っている。

 

 

【Ⅵ】

 

 

 エレベーターには余程差し迫っていない限り乗らない事にしよう。ドッキリピエロ事件の後にそう固く誓ってから半年程。

 僕は闘技場の利用者専用食堂で食事を取っていた。……ピエロと。

 

「すみませんヒソカさん、食事の邪魔なので消えて頂けませんか?」

 

 ピエロさんはテーブルを挟んで頬杖をつき、何がそんなに楽しいのか知らないがニヤついている。 

 

「ダーメ♤ 君が僕とやる約束をしてくれるまでは動かないよ☆」

 

(一体何をヤるんですかねぇ……)

 

「それは勿論、最高に気持ちいい事さ♡」

 

 そう言うとピエロさんはウインクを一つパチンと飛ばして来た。反応しても喜ばせるだけなので、僕は無視してエビフライにフォークをすぱんと突き刺した。

 お尻の辺りがざわざわするのは気のせいである。そうであってくれ。

 

この半月余り、僕が何処かへ行く度に彼?は後ろを付いて来る。それこそ試合の最中でも食事をしていても周辺を散策していてもだ。

 当然だが最初は全力で撒く事を考え、【絶】を使ったり人ごみに紛れたりした。

 ピエロさんは見た目に反してかなりの実力をお持ちの様で、その全てが無駄に終わったのだけれども。

 

 その対応が寧ろ逆効果である事に気付いてからは出来る限り無視を決め込んだ。それでも彼?は嬉々として後ろを付いて来る。

 突いて来るじゃない、付いて来るである。間違えてはいけない(戒め)

 

 そして、出来上がった現状がこれである。

 僕を中心に円を描いて半径10メートル。不可視の結界が張られているかの様に人が居ない、寄って来ない。……当たり前か。

 

 闘技場を歩いていると聞こえて来る僕の噂の数々。ピエロさんの妾だとかグルになって他の参加者を痛めつけるのを楽しんでいるのだとか、悪魔の子供だとかそれはもう散々である。

 

「所で、キミはどうして此処へ来たんだい? お金に困っているとかでは無さそうだけども」

 

「……経験を積む為です。修行はそれなりに積みましたが、対人の経験が不足しているとの指摘を受けまして」

 

 渋々と返事を返し、目玉焼きを口に放り込む。濃厚な筈の黄身の味と塩コショウの味を余り感じられないまま咀嚼し、呑み込む。

 ここ最近、目の前のストーカー変態奇術師の所為で食事を楽しむ余裕も無い。

 師匠も師匠だ。初日にピエロさんの恐怖に耐え切れず電話で泣きついた時に、気に入られたのなら殺される事は無いでしょうとか何とか良く分からない事を仰っていた。 

そして、取りつく島も無く一蹴されて、以後不通のまま。

 しかし、だ。どう繋ぎあわせてもこのピエロと師匠の接点が分からない。……まさか生き別れの弟という訳でも有るまいし。

 

 そこまで思考した所でピエロさんが黙っている事に疑問を持ち、顔を上げた。すっごい良い笑顔でこっちを見つめているピエロさんと目が合った。所謂満面の笑みという奴である。 僕は顔を背けた。

 

「それなら尚更ボクとやるのが一番だよ♡ キミほどの素材は滅多に居ないからね。手取り足取り教えてあげるよ♦」

 

「結構です、十分間に合っておりますのでお構いなく」

 

 本当に? そう言わんばかりのピエロの視線が僕を見ている。……まあこれだけべったりなら見抜かれているよなぁ。

 

「……はぁ、確かにここの参加者の皆さんは凄く脆くて、力を抜いている心算でも必要以上に怪我を負わせてしまったりとかは有りますけど」

 

 これは事実だ。言いつけ通り、多種多様な格闘技の動きを観察して盗もうと一生懸命至近距離で眺め倒し、隙あらば合気道の真似事で反撃しているのだが、どうにも手加減という奴が上手く行かない。

 

 そもそもの話、この五年の間で殆ど師匠としか戦闘経験が無いのが問題なのだ。格上の相手としか立ち会っていない所為で、いざ格下と相対した時に力が入りすぎたり、または抜き過ぎて立ち上がって来られたり。

 そんな事を繰り返している内に上記の心無い噂が広まっていた。何て事だろう、こんなに心優しい少年はそうそう居ないと云うのに。

 

 この状況から抜け出す方法は只一つ、一刻も早く師匠に言われた条件-闘技場200階クラスで一勝する事。

 だが、ここで問題が発生した。風の噂で聞いた話によると、200階の皆さんは効率よく勝ち星を得る為に談合だとか八百長だとかでごりごりに固まっており、確実に勝てる相手か脅して填められる人間しか対戦を組まないらしい。ソースは目の前で豚汁を啜っているピエロさん。

 そう云う事に興味が無い――つまり何も知らず200階に上がって来た人間は、大抵200階に上がって来た瞬間に念の洗礼を受けて再起不能になるか、ピエロさんに味見(意味深)されて闘技場からお別れする羽目になるのだそうだ。一応ピエロさんは才能を感じたら殺さないらしいけれど。

 

「つまり、貴方と戦う以外で対戦者を探して200階で勝利するのはかなりの時間を要する、と」

 

「そういう事☆ というか、ボクを一番目の相手にしてくれないと駄目だよ?」

 

 何故? と聞くと、豚汁をずずずと啜ってピエロさんは席から立ちあがった。 

 

「ボクを差し置いて他の奴と戦おう何て事をされたら、嫉妬して200階に居る奴ら纏めて皆殺しにしちゃうかも♡」

 

「……それは困りますね、僕と試合する人間が居なくなります」

 

「……200階で待ってるよ」

 

 早く上がっておいでね、あんまり待たせると雑魚で暇潰ししなきゃいけなくなるから☆ 

 

 物騒な事を朗らかに告げ、去り際にウィンクをもう一回かましてピエロさんは去って行った。僕は頭を抱えた。

 

 

【Ⅶ】

 

 

「さあ始まりました世紀の一戦!! ここまで四勝一不戦敗、勝ち試合は全て対戦相手を惨殺して来た狂気の奇術師、ヒソカ!!」

 

 歓声が沸き起こる。リングの中心、其処にヒソカは立っていた。その佇まいからは何も読み取る事は出来ない。 只、今までと違う点を挙げるとするならば、瞑目し腕組みをしている奇術師の姿は物珍しく、観客の目を引いた。 

 

「対するは若干15歳の美少年、トレイン・ハートネット!! ですが侮る事無かれ、実力は折り紙つき!! 何と彼は200階に上がるまで一度のダウンも無く、有効打の一発も喰らっていない、文字通りのパーフェクト試合を成し遂げ、此処に現れました!! 対戦相手のヒソカ選手とは只ならぬ間柄との噂も有りますが、其処の所はどうなんでしょうか、私も非常に気になる所です!!」

 

 奇術師の視線の先、少年が姿を現す。

 薄い笑みを浮かべたまま、街中を闊歩するかの如く無造作に歩いて来る姿を見て、劈かんばかりの大歓声が響き渡る。惨劇、もしくは番狂わせを期待する声と少年に対する黄色い悲鳴が半々と云った所だろうか。

 少年がリングの中央に辿りついた時、ヒソカの瞼がゆっくりと開かれた。 

 

「逃げずに良く来たね、待ってたよ♡」

 

 言い終わると同時、待ちきれないと言わんばかりにヒソカから濃密なオーラが溢れ出る。ドス黒い欲と狂喜に彩られた、悍ましいと呼ぶ事すら烏滸がましい“ソレ”がざわざわと周囲の空気を蜃気楼の様に揺らめかせ、審判を、少年を呑みこんで尚飽き足らず、円形のリングを余さず包み込んで行く。

 【念】が分からずとも、ヒソカから放たれる圧倒的で異様なプレッシャーを感じ取った観客は揃って少年を見た。

 この粘りつく様な重圧を至近距離で受けてしまってはとても試合どころでは無いだろう、と。

 

 果たして少年は――。

 

「わ、笑っていやがる……!」

 

 少年は笑っていた。よくよく見れば何時もより口角が上がっているのが見て取れた。にこやかにほほ笑むその端正な顔立ちに観客の女性達から黄色い歓声が飛ぶ。

 臆する所か余裕を持って自分を見るその顔に気を良くしたのか、心の底から楽しそうに道化師も笑う。

 

「くくく……! いいね♤ ……さあ闘ろうか♡」

 

「10カウント、10ポイント制、始めッ!!」

 

 審判の宣言と共にヒソカの掌が下から上へクイクイと動いた。 

 

「ハンデだ☆ 先手はあげるよ♡」

 

「……では、遠慮なく」

 

 透き通った鈴の様な、何所か甘い響きを持った声が闘技場に響き渡る。次の瞬間、少年の姿が蜃気楼の様に霞み、掻き消えた。

 闘技場の360°を埋め尽くしたほぼ全ての観客が少年を見失う中、ヒソカは背後の空間に向けて無造作に裏拳を放つ。 

 何も無い空間に向けて放ったと思われたその一撃は、しかし少年の額の中心を的確に捕えていた。

 一撃で勝負を付ける心算だったのか、少年の顔が驚愕に染まる。次の瞬間、少年の華奢な身体は盛大に宙を舞った。

 

「クリーンヒットォ!! ヒソカ2ポイント!!」

 

 歓声が地鳴りの様に鳴り響く。

 ヒソカは笑っていた。今の一瞬の攻防、トレインは裏拳を避けられないと見るや、自ら後ろへ飛びダメージを軽減していた。

 

「うーん、良い反応だ♡ 気配の殺し方や動きも野生の獣並みかそれ以上♤」

 

 待ち焦がれていた玩具の性能を確かめる様に、壊さない様に加減して放った一撃。けれどもこの闘技場レベルなら、大抵の人間がその一撃で終わってしまうのだが。 

 果たして少年は?と 見れば、どうやらその大抵の中に入る人間では無かった様だ。口の端を切ったのか、ペッと血を吐きだして。しかし、大したダメージを見せずに立ち上がって来た。

 

 埃を掃いつつ立ち上がった少年。

 試合続行を確かめる審判の問いに表情を変える事無く頷いているのを見て、ヒソカは快感と愉悦に口角が吊り上るのを抑えるのに苦心していた。

 思っていた以上に、ずっと楽しめそうだ。 

 

「良かった♡ まだまだ壊れるには早いからね♤」

 

 さあ掛かっておいで、ボクを楽しませておくれ。

 

 誘うような言葉に少年は溜息を一つ漏らした。

 

「少し、侮っていました。……使わせてもらいます」

 

 そう言って少年は腰に下げていた刀を引き抜いた。晴天の陽を浴びててらてらと光る《それ》を見て、極上の獲物を目の前にして愉快そうに微笑んでいたヒソカの顔が急激に歪み、怒りに染まる。

 当然、観客には何故奇術師が急に怒り出したのかが理解できない。この場でその理由を知るのは対峙している二人のみである。

 

「……違う、《それ》じゃ無いだろう? キミの本気を見せなよ」

 

 凄まじい形相で凄むヒソカ。その悍ましさは、安全な場所で見物している筈の観客達にさえ途轍もない恐怖を抱かせた。現に泡を吹いて卒倒する者、恐怖に怯える余りに闘技場から逃げ出す者が続出している。

 しかし、至近距離で対峙している少年の表情には怯えも恐怖も見られない。それだけで彼が如何に異常な精神をしているかを観客達は否応なしに理解した。

 

「お断りします、こんな衆目に晒される場所で《使う》気は有りません」

 

 溜息を一つ吐いて、少年はにべも無く言い放った。  

 

 ――怒髪天を突く。

 

 憤怒と云う物を分かり易く具象化したならば、きっと今のヒソカの様な顔を指すのだろう。

 唇が醜悪に歪み、ギリギリと歯ぎしりが零れる。無造作に撒き散らされるオーラに当てられて、足元の石盤がピシパシと軽快な音を立てて罅割れて行く。

 

「……そうかい、じゃあ今度はこちらから行くよ」

 

 忠告だ、キミが死ぬ前に《使う》事をオススメしておこう。言葉と共に奇術師が駆ける。狂気の表情を浮かべ、地を這う獣の様に異常に低い姿勢で駆ける。

 距離を取ろうとしてか、大きくバックステップをしようとした少年。しかし、突然にその体勢が崩れた。――不自然に。

 

 必死に体勢を立て直そうとする少年。だが奇術師がその隙を見逃す様な愚を犯す筈も無く、丸太の様な足から繰り出された蹴撃が側頭部へ吸い込まれていった。

 

「ク、クリーンヒット!! ヒソカに3ポイントォ!!」

 

 何度もバウンドし、石盤を深く抉りながら吹き飛ばされた少年を見て、観客は強く死をイメージし、解説者は絶叫し、審判はKO宣言で試合を止めるか否かを思考する。

 

「立ちなよ、【凝】でガードしていただろう?」

 

 そう言いながらヒソカは右腕を後ろへ引く。するとその動きと連動する様にして少年が立ち上がった(様に観客には見えた)。

 

「やれやれ、休む暇も与えてくれませんか」

 

 慌てて掛け寄る審判を手で制す少年に目立った怪我は見て取れない。擦り傷と打撲痕が数か所程。凄まじい勢いで石盤に叩き付けられたにしては、明らかに割に合わない程度の怪我だった。

 

「ボク相手に寝たふりとは、命知らずな子だ」

 

 攻撃を加えた事で幾らか溜飲が下がったのか、ヒソカの表情は幾分か和らいでいる。それでも悍ましきに過ぎる事に変わりは無かったが。

 

「……それが貴方の【念】ですか」

 

 ヒソカの右腕から伸びたオーラ。それが自分の頬にくっ付いている事に気付いたのか、渋顔でぼそりと呟いた。

 

「その通りさ♡ 伸ばすも縮むもボク次第☆ これでもう君は僕から逃げられない……よ!!」

 

 パントマイムの様に、見えない何かを引っ張る様な仕草をみせる奇術師の右腕。だが少年は《それ》に引き摺られる様に少しずつ引き寄せられていく。

 

「……逃げられないなら、攻めるまでです」

 

 試合開始の時と同じく、一瞬で少年の姿が消える。 そして、次の瞬間には奇術師の左前方、上空に袈裟掛けに切り落とそうと刀を振り上げた姿が現れた。

 しかし、ヒソカが一歩後ろへ下がる事でその攻撃は空を切る。

 少年の動きに停滞は無い。 躱される事を予測していたのだろう。 地面に降り立つと同時に振り下ろした刀を構え直し、横一文字に振るいつつ更に距離を詰める。 そのまま流れる様に逆袈裟から上段振りおろし、片手平突き、身体を捩じるようにしての下段への切り払い。

 

 突如始まった少年の勇猛果敢な攻勢に興奮し、俄かに湧きあがる観客。その中に一人だけ、女性が座ったままで渋顔を作っていた。

 少年の猛攻は続いている。低くなった姿勢から頭部への刺突、仰け反る様にして避けた奇術師への鋭い足払い。更に距離を詰めつつ、斬撃の合間に徒手空拳を交えての激しい応酬。

 

「全く、呆れる程に馬鹿弟子ですね。あれ程私が口を酸っぱくして未知の相手と戦う時は【凝】を怠るなと教えたというのに……」

 

 右へ、左へ、嵐の様な斬撃を紙一重で躱しつつヒソカは心中で唸る。

 

(本当に大した子だな♡ 多分闘技場の売店で投げ売りされていただろう適当な刀でここまでの動きが取れるとは、ねえ)

 

 予測でしかないが、恐らく少年が普段使っている刀はとても軽いのだろう。それこそ少年の体格でも余裕を持って片手で扱える程に。

 身に沁みつく程に使い込んだ刀を振るう動きに慣れきっている所為で、何時もと違う武器とそれを使用する人間の間に微妙な齟齬が生じている。

 と言っても、百戦錬磨を鼻で笑える程の経験を積んだ強者であるヒソカだからこそ気付く事の出来る本当に微かな差なのだが。

 ヒソカが少年の熾烈な攻撃を余裕を持って躱せている理由が其処に在った。 

 

「……名残惜しいけれど、そろそろ終わりにしようか☆」

 

 少年の現時点での全力は堪能出来た。これ以上は止めて置こう。……これ以上は、殺しちゃうから♡

 

 そんな身勝手な思考のままにヒソカは左腕を振り下げる。その瞬間、少年の持っていた刀がすっぽ抜ける様にして宙を舞い、石盤に深くめり込んだ。

 

「【隠】……!」 

 

 呆然と呟いた少年。次の瞬間、その顎を奇術師の拳が突きあげる様に捕えていた。

 

「油断大敵だよ♡」

 

 高々と宙を舞い、三度石盤に叩き付けられた少年。 しかし、今度は早々に立ち上がる事は無かった。素早く審判が駆けより、戦闘不能を宣言する。

 

「トレイン戦闘不能! よって勝者、ヒソカ!!」

 

 地鳴りがする程に沸き返る闘技場。倒れ伏した少年を見下ろして奇術師は呟いた。

 

「くくく……! 中々楽しめたよ、もっと強くなって次は本当の武器を持っておいで☆ そうしたら二人きりで心行くまで殺し合おう♤」

 

 彼はまだまだ強くなる、それこそ下手をすれば自分を逆に喰らいかねない程に。ヒソカはその時が楽しみで仕方が無かった。

 

「くくく、あはは、あーはははは……!!」

 

 

 

 奇術師が去った後の闘技場。

 

 クリードはゆっくりと目を開けた。 周囲の気配を探り、変態が居ない事を確認して大きく息を吐く。

 

 

「い、生きてる……! ああ、生き延びたぞ……!!」

 

 やった、やった! 顎とか頭とか、いろんな所が涙が出そうな位にすっごい痛いけれど生きているんだ、何て素晴らしいのだろう。 ……ピエロさんが手取り足取り教えてくれるとは何だったのか。

 

 上半身を起こし、周囲を見渡す。 

 変態と死闘を繰り広げた僕に暖かい言葉を投げ掛けてくれる観客の中。その中に一人だけ、此方を睨みつけているブロンドの女性と目が合った。彼女の口が開き、ぱくぱくと動く。

 

「しゅ・ぎょ・う・や・り・な・お・し。……あああ、やっぱり死んだかも」

 


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