沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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22.いちゃつく時は、周囲に気を配っている余裕なんて無い。

 

【Ⅰ】

 

 

 三次試験終了後、受験者達が身体を休める間もなく即座に開始を宣告された四次試験。

 その開催場所、ゼビル島へ向かってフェリーは凪の海を一路進む。 

 

 担当官から告げられた内容を聞いて、受験者達は一斉に顔を強張らせた。

 孤島での七日間に渡るサバイバル、そして限られたプレートの奪い合い。 

 それだけならば、ここまで残って来た強者達が今更になって焦り始める事は無かっただろう。 

 

 そう、問題はそこでは無かった。 

 ヒソカとクリード。 此処までの試験の間、優に百を超える人命を摘み取って平然としている血に飢えた二人の狂人。 その魔手を潜り抜けながら、尚且つ試験を突破する為に自分のプレートを含めて六点分のプレートを集めなくてはならないのだ。 

 最高に運が悪ければ三点分を当人から奪わなければならないその難易度は推して図るべし。次点で針男さんから。 受験者達の顔は極々一部を除き、皆一様に絶望に染まっていた。

 

「クリードさ~ん! 番号、何番でした?」

 

 標的となる番号を係員が持つ箱から引くや否や、絶望色に染まっていない極々一部の内の一人、受験番号406番:サキが重く湿った空気を読む素振りすら見せず、甘ったるい声を放ちながらクリードへと駆け寄って行く。

 そのままの勢いで腰元にぎゅうっと抱き着いた所を荷物を放るかの如く無造作に引き剥がされるが、生憎と今日の彼女は諦めが悪かった。

 再度抱き着いて、すかさず上目遣いの態勢で攻める。 

 これが並の男――例えるならこの光景を羨望の眼差しで見ているレオリオ辺りになら通用したかも知れないが、生憎と相手が悪かった。

 余りの鉄仮面っぷりに受験者達の間で同性愛者疑惑も浮上している件の男―—クリードは何も喋らず、只、手に持った紙をサキに向けて広げて見せた。

 

「えっ…406番…。 …ってことは!? もしかして、もしかしなくても私ですかぁ!?」

 

 奪いに来る? クリードさんが? 私のプレートを!? …えぇー、何このムリゲー。 

 

 唐突に設置された世界記録を優に超す高さのハードル。余りの鬼畜難易度っぷりに一瞬で大多数の受験者と同じ絶望色に染まったサキ。そこに更なる追い打ちが掛かる。

 

「...えっと、もしかしてですけどぉクリードさんの受験番号って」

 

「46番だよ。というかそれ位は覚えて...ああ、成る程」

 

 サキの手に握られた紙を見て、合点が行ったクリードが頷く。

 

「サキ君。予め言っておくが、君だからといって手加減する気は一切無いよ」

 

“寧ろ君の方こそ僕の鼻を明かすつもりで掛かっておいで”

 

 余裕に満ちた表情でそう言いつつ、常日頃の様にサキの頭を優しく撫でるクリードだったが、周りから感じる殺気を一身に受けて小さく溜息を吐いた。

 そんな彼の胸中など露程も知らず。胸元に顔を埋めたまま、小さな声でサキが尋ねる。

 

「…クリードさん、一応聞きますけど、“念”は使っても?」 

 

 間髪を入れず、明瞭な発音でクリードが答える。

 

「【円】以外は(死に掛けない限りは)駄目です」

 

 無慈悲なクリードの言葉を聞いて、サキのぐりぐり攻撃が激しさを増していく。 

 

 ふがふが、ぐりぐり。 ふがふが、ぐりぐり。

 

 その動きはまるで、クリードのお腹で火起こしを試みているかの様に激しかった。 周囲からの殺気が更に濃さを増していく。

 

「ふふっ、珍しいねサキ。最近はそんな風に甘えて来る事は少なかったと思うけれど?」

 

「むー、島に入っちゃったら当分甘えられないから、今甘えておくんですぅ!!」

 

 何だあの二人、この状況で何時までも呑気にいちゃついてんじゃねーよ。 

 

 際限なく繰り返される二人の茶番劇。 

 船上に居合わせた観客達の間でそんな白けた空気がうっすらと漂い始めたその時、一際大きく船体が揺れる。 ゴン達が何事かと乗り出してみれば、船首が白い砂浜へと大きく乗り上げていた。

 

「あ~、くたばれリア充…じゃなかった。ええと~、いちゃついている所を大変申し訳ないですが~。 はい皆さんご覧くださいませ~、四次試験の会場、島に到着しました~。 ではでは、三次試験を突破した順で船から降りて頂きますので。 ご健闘を~~」

 

 先程拡声器を持っていた女性がどこか間の抜けた声でそう告げるや否や、人の波が真っ二つに分かれ、その奥からヒソカが現れる。

 先に行って待っているよと言わんばかりに徐にクリードの方へ向かってウインクを一つ飛ばし、縁から軽やかに砂浜へと飛び降りるその姿には、所々に垣間見える裂傷による影響は全く感じられない。

 

「...はい、次の方どうぞ~」

 

 言葉を受けてクリードが縁から砂浜へと飛び降りる。 その際、両の掌がギュッと握られているのをサキは見逃していなかった。

 

(クリードさん、二次試験の時にも思ったけれど、やっぱりまだ高所恐怖症が治っていないんですねぇ、可哀想に…)

 

 

 

【Ⅱ】

 

 

 クリードは森の入り口にて、大樹に寄りかかりながら携帯電話の画面を眺めていた。

 

 

(圏外…。 やはりというべきか、どうやらこの島では電波の類は全て遮断されているようだな。 四次試験が終了するまで七日間か、その間に何事も無ければ良いけれども…)

 

 少しでも目を離したら最後、予想も出来ない方向へと気の向くまま、好き放題に動き回るかの女性を七日間も放置する。 想像するだけでゾッとする話だ。

 その上、彼女はこの魑魅魍魎が犇めく世界で上から数えた方が早い程の腕前を保持していると云うのだから尚の事、質が悪い。

 彼女がこれ以上暴走していない事を夕暮れの空を見上げ、特に信じても居ない神に祈る。時間を確認する以外の機能を失った携帯電話を懐へと仕舞うと、クリードは島の中央へ向かって歩き出した。

 

(まあ、万が一にも緊急で火急の事態になったとしたら、一応はエキドナ君が僕を迎えに来る手筈にはなっている。 …けどまあ、この場所は指定出来ないだろうなあ、本拠地からはかなり遠いし)

 

 そんな事を考えながら荒れた獣道の中央を堂々と歩いて行くその姿は、この状況下からすると少しばかり無警戒が過ぎる様に見えるが、その実、周囲の環境を把握し、起こり得る全てに対応出来る姿勢でも有った。

 如何なる状況でも常に自然体でいる事。 常々クリードが口を酸っぱくして弟子に説き、師匠に叩き込まれた生き残る術である。

 

(やはりというか、予想はしていたが…。 差し当たっての問題が一つ。 はてさて、どうしたものか…)

 

 いい加減しつこい奴だ、と内心で辟易しつつも歩みは止めない。淀みなく一定の間隔を保ちながら歩き続けるクリード。 

 その数メートル程後ろから、漏れ出る血臭を隠そうともせずに件の奇術師が付いて来ていた。

 

 

 

 

 船が降り立った場所から見て、丁度真反対の位置――南西に有る砂浜。 

 その波打ち際に体育座りで固まったままぶつぶつと何事かを呟いている少女が一人。三次試験のワンピースから一転して、動きやすい服装に着替えたサキだった。

 彼女は考えていた。 あのクリード・ディスケンスから三点分のプレートを奪う方法を。

 

 何とかおねだりして譲ってもらう―——これはほぼ100%無理だと断言できる。あの鈍感魔人ったらそういう事に対してだけは異常に防御力が高い。 …恐らくはあの星の使徒名物:干物姉さんことセフィリア師匠の所為で妙な耐性が出来てしまったんだろうなぁ。

 

 力づくで奪う―——そんな事が出来るのだったら、端からこうして固まってなんかいない。

 

 誰かと戦っている隙をついて奪う―——力づくで奪うよりはまだ可能性が有りそうだが、仮に成功したとしてその後が怖い。 お尻ぺんぺんで許してもらえるだろうか。 

 

『君がそんな手で来るとは思わなかったよ、がっかりだ』 

 氷の様な視線で此方を睨みながらそう言い放つクリードを思い浮かべ、サキはぶるりと身震いをした。  …おお、くわばらくわばら。

 

「…っていうか、まずクリードさんが島の何処にいるか分かんないし!! お風呂入りたいし!! お腹空いたし!! 森の中は変な虫が居て入りたくないし!! 薄暗くて怖いし!!」

 

 しきりに空腹を訴えるお腹を摩りながら徐に立ち上がると、両手でメガホンを作り、水平線に向かって吼えた。 

 

「クリードさんのあほー!! 鈍感大魔神!! チートイケメン!! でもそんな所が最高です!! 結婚して!!」

 

 穏やかに揺れる波間にサキの魂の叫びが消えて行く。

 ひとしきり叫び倒し、無駄に体力を消費した後、とぼとぼと言った表現がとても似合う様子でサキは海岸線を歩き出した。 

 

「うぅ…。 こんな事なら、もっと【円】の練習をしておくんだったぁ…」

 

 自分を中心に半径五メートル。 それが今のサキの体調で無理なく維持し続けられる【円】の限界だった。

 

 

「…さて、どうしようか。 下手な事したらクリードが五月蠅いだろうし、ヒソカにもあの子がもう少し熟れるまで手を出すなって釘を刺されたしなぁ…。 とはいえ、例えたった一点分でも確保して置きたいのもまた事実だ」

 

 波間に沈む夕日が美しい海岸線。 肩を落としながら歩く少女の後ろをぴったりと付いて歩く針男。珍妙な絵面は何時まで続くのか。

 

 

 

【Ⅲ】

 

 

 

 鬱蒼と生い茂る木々の間を憂いに満ちた表情で歩く美青年が一人。

 周囲の気配を注意深く探りながら、只管に歩くその歩調は妙に重く見える。

 クラピカは苦悩していた。この四次試験に至るまでに自分の実力不足を何度も痛感する事になったからだ。 幾つもの偶然と幸運が重なったお陰で今、この場で生きて思考していられるといっても良い。

 自分一人の力だけではとうの昔に黄泉へと召されていただろう。 ゴン達や、サキ、クリードがいなかったら。

 試験に臨む前に、自分に出来る範囲で肉体を鍛え、修練を積んで来た心算ではあったが、やはり、世界というのは想像も付かない程に広大で計り知れない器を湛えているという事か。

 瞼の裏に浮かぶのは試験の間に出会った強者の姿。

 

 人殺しの快楽に狂った道化師、ヒソカ。 

 クラピカは彼にハンターの資格が有るとは到底思えなかったが、同時にあの突出した戦闘技術とセンスだけは認めざるを得なかった。

 使命を果たすまでは死にたくない、死ねないと必死に言い聞かせ、折れかけた心を奮い立たせても、隔絶した実力の差は如何ともし難くて。 

 あのままなら間違いなく死ぬか、運が良くても試験を続ける事は出来ない身体にされていただろう。

 

 積み重なる人だったモノの残骸、地面を赤黒く染める液体。今思い出しただけでもぞわりと身の毛がよだつ思いだった。 

 かつて目にしたあの地獄の光景と重なる様で。考えれば考えるほどにどんよりと沈む気持ちを、ぶんぶんと頭を振る事で無理やりに思考を切り替える。

 

 もう一人の強者。 銀髪の男、クリード・ディスケンス。

 サキ曰く、自分達を赤子扱いしたあのヒソカを一対一の戦闘でほぼ圧倒して見せた(らしい)ポテンシャルの高さ。

 クラピカ自身は実際にその戦闘を見た訳ではないが、ヒソカと戦ったとは思えない程、怪我らしい怪我も無く二次試験に合流し、平然とした表情で三次試験を早々にクリアして今に至るのだから、その実力はさもありなん。

 

「ネン…か」

 

 “ネン” 先程の船上や、これまでの試験の合間にサキの口から洩れ聞こえて来た単語である。 

 その“単語”が示している何か。  

 あくまでも推測に過ぎないが、クラピカには三次試験でサキが垣間見せた不可思議な力や、クリードの強さの根幹に関わっている気がした。

 

 この試験が終わったら、彼の元で一から修行をやり直すのも良いかもしれないな。 

 散々に思い知った世界と自分との差。今のままでは、散らばった眼を集める以前に、同胞の敵すら満足に取る事は出来ないだろうから。

 

 何はともあれ今、自分が成すべき事はこの四次試験を突破する事だ。

 

 ともすれば足元に広がる腐葉土の底へと重く沈みがちになる足と気力を奮い立たせ、クラピカは意を決して森の中央へと進んで行った。

 




次回、時系列その他を完全無視しておふざけ100%の小ネタ集。

■クリード、地獄の修業時代を語る。
■クロロ、初めての合コン。
■セフィリアさんハード。

以上の三本でお送りします。

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