沈黙は金では無い。    作:ありっさ

18 / 33
17.顔文字は使い過ぎに注意して楽しく使おう。

 

「……はい、そうです、受験者の中には…ええ、見当たりませんでした。 ......そうですか、クロロ・ルシルフルは『ハズレ』でしたか。 …ええ、また何か進展があれば連絡します。 ..えっ? 憂さ晴らしにクロロをスイーツ巡りの旅に強制連行した? 折角のお勧めケーキを意地でも食べようとしないので隙を見て口に捻じ込んだ!? はぁ…。師匠、毎度毎度同じ事を言っていますけれどね、そういう事は時と場合と相手を見てやってくださいよ、尻拭いするのは貴女では無くて僕なんですからね?」

 

 特大の溜息と共に通話終了のボタンを押し、俄かに鈍痛を発信し始めた額をぐりぐりと揉み解す。 

 一体、何をやっているんだあの人は。 

 たかが一日二日、目を離しただけでこれである。シキ君に監視とさりげない周囲へのフォローを頼んでおいて本当に良かった。 僕が帰るまでに彼が心労で倒れていない事を祈っておこう。 …帰ったら特別ボーナスでも出してあげないといけないな。 “これ以上セフィリアさんの世話をやりたく無いので星の使徒、辞めます” とか言われたら大変だ。

 そこまで考えた所で、懐に仕舞ったばかりの携帯がぶるぶると振動を伝えて来た。 何かもう既に嫌な予感しかしないけれど、渋々と画面を見る。 何々、新着メールが二件か。 

 

 

FROM:クロロ・ルシルフル

 

 今日一日、お前の師匠を名乗る女の所為で散々な目に遭った。 この借りはいずれ必ず返す。 そう女に伝えておけ。

 使わされた分のジェニーはお前が立て替えろ、拒否権は無い。 請求書をホームコードに送っておいた。 ついでに、欲しい本が幾つか有ったので買わせて頂いた。 無論、支払いはお前宛だ。 

 

 追記:こないだ少し話したと思うが、ウボォーギンがお前の事をノブナガから聞いてえらく興奮していたそうだ。 その内そちらに遊びに行くかもしれない、その時は適当に相手をしてやってくれ。

 ウボォーは典型的な強化系バカだが、悪い奴では無いと思う。 …時間に異常に厳しい点を除けばだが。

 

 

 これはまだ先の話だが、九月にヨークシンでオークションが有るのは知っているか? もし暇なら仕事を手伝ってくれ、人手は幾ら有っても足りるという事は無いからな。

 

 

 

RE:クリード・ディスケンス

 

 大方の事情はその本人から電話で聞いた。 …とりあえず、ご愁傷さまとしか。 

 只、一つ言わせてもらうなら、君では無くて僕が今日一日付き合わされていたとしたらそんな生易しいモノでは済まなかったよ? 

 

 まず、家に帰るまでが遠足です!とか何とか変な理屈を付けてゴネまくられるのは確実だろう。 

 何を言おうが、絶対に自分の意見を曲げない師匠に面倒になってYesと言ったが最後、晩御飯を作らされて部屋の片付けを命じられた後にTVゲームに気が済むまで付き合わされ、それが終わると、師匠が寝るまで腕枕を強制される。 へとへとになって帰宅してもまだ終わりでは無い。 朝、師匠が起きた時に側にいないと電話とメール攻勢が延々と続くから気を付けろ。 起きた時、万が一でも朝御飯が出来ていないと大変な事になる。 …ちなみに朝はジャポン食一択だ、間違えるな。 …とまあ、そんな所かな。

 

 ウボォーさんの件は了解した。 君の悪い奴では無いという言葉を信じておこう。 

 こちらでも若干名のメンバーがそちらの女性陣の写真を見て興奮していたので軽く苦言を呈しておいた。 お互いに良い部下を持っているようで何よりだな。

 

 仕事の件については、今の時点では何とも言えない。 また詳しい情報が決まったら教えて欲しい。

 

 

 とりあえずはこれで良し、と。 クロロさんの頼む仕事…また血生臭い事になるんだろうなぁ。 

 正直な所、余り乗り気にはなれない。邪魔する者も邪魔しない者もとりあえず皆殺しにするクロロさんの所と、殺しは必要最低限、仕事の完了を最優先にして動く僕達、星の使徒の仕事に対するスタンスの違いだな。

 …殺す殺さない、どちらにしても人様に顔向け出来るような仕事では無いのは大いに自覚していますけれどね。

 

 

 …二件目、メールの送り主の名前だけで何かもう大体の予想が付くんですけれど。 異様に重い指先を叱咤して受信メールを開く。

 

 

FROM:セフィリア・アークス

 

 クリード君、緊急事態です!! 今、お風呂上りに体重計に乗ったら、何故だか分かりませんが○キロも増えていたんです!! \( ^)o(^ )/ ナンテコッタイ‼

 試験から帰ったらダイエットを手伝って下さい!! お願いします!! (*´Д`)σ旦

 

 P.S 片付ける人間が不在のお陰で、部屋の中が散らかり放題です。 試験が終わり次第、そちらの件も( `・∀・´)ノヨロシク‼

 

 

 

 

 

 

 

ξ ゚Д゚)キャー‼ クリードさんのエッチ-‼

 …きっと今、貴方は私のお風呂上りという単語を頭の中でリピートしてさぞかし興奮しているのでしょうが、サキに手を出してはいけませんよ?。

 

 

 試験、無事に合格できる様、陰ながら祈っています。 |д゚)Φ……ファイト‼

 

 

 ……さて、血塗れだった服も着替えたし、晩御飯でも食べに行くか。 僕は携帯を懐に仕舞い、立ち上がった。

 

 颯爽と食堂へ向かう途中、トランプタワーを積んでは崩し、積んでは崩ししてニヤついている変なピエロさんを視界に入れてしまった。

 

 僕は何も見ていない、何も見ていない、見ていないったら見ていない…。 

 

 

 何か食欲を削がれる様なモノを見た気がしないでも無いが、気を取り直してこれからの事を考える事にする。 

 まずハンター試験。 これに関して云うと、最も重要な用件はピエロさんが暴れてくれたお陰で、図らずも終了してしまった。 

 なのでこの先、万が一僕が合格出来なくても、サキ君が合格してくれれば特に問題は無い訳である。 まあ、もしもそうなってしまった場合、師匠とか師匠とか師匠とかに爆笑されるだろうな。 

 後は星の使徒の中で僕の立場が地に堕ちる位か。 …もともとそんなに高くないだろうが、とか言ってはいけない。

 

 次に『例のアレ』について。

 

 これについては、今暫くの猶予は有りそうだ。 ..といってもそこまで悠長にはしていられないだろうが。

 何としても発動前に止めると師匠は仰っていたけれども、場所も規模も勢力も、何一つとして分かっていない現状ではどうにも手の打ちようが無い。

 僕の勘だけで言えば、何か簡単な事を見落としているだけの気がするんだけれど。 どうやらクロロさんも知らないみたいだし、一体全体どうなっているのやら。 

 

 そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、ゴン君とキルア君が汗だくになって二人で老人を追い回している所にばったりと遭遇した。 

 まさか、老人狩りか? …いや、あれは確か会長のネテロさんだったか。

 

「あっ、クリードさん!」 

 

「…何だか知らないけど良く会うね、色男さん」

 

「むっ?」

 

 

◆◆◆

 

 

「何をしていたのか聞いても良いかな?」

 

 涼しげな表情で銀髪の男―受験番号46、クリードはそう言った。

 

 喜々として自分達が何をしていたのかを説明するゴン。 警戒心を露わにして、さりげなくクリードから距離を取るキルア。 表情にこそ出さないものの、ネテロの胸中で久方ぶりに感じる驚愕の感情が渦巻いていた。

 

(【円】を使っていなかったにせよ、周囲の気配は常に探っておった。 …確かに誰も居なかった筈じゃ。 しかし、この男はいつの間にやらそこに立って、さも当たり前の様にワシらをじぃっと観察しておった。 只の女たらしのビビリかと思っておったが…中々に侮れない男かもしれんの)

 

 

「どうじゃ、お主も参加するかの? その子が言うた通り、ワシからこのボールを奪う事が出来たらハンターライセンスをくれてやるぞい」

 

 お前には出来ないだろう。暗に、そう挑発する様なネテロの言葉。 

 顎に手を当て、クリードは黙考していた。 期待に満ちた眼差しでクリードを見つめるゴン。キルアは何処か白けた表情で腕組みをしつつ、今の隙にネテロからボールを奪えないかと隙を伺っていた。

 

「…悪いが止めておくよ。 僕が参加すれば、確かにボールを奪う事は出来るかもしれないが、それではゴン君やキルア君の為にならないからね」

 

 暫し続いた沈黙の後、クリードはそれだけ言うと壁まで歩いて行き、床に座り込んだ。

 

「といっても、暇を持て余していたのは確かだし、此処で観戦させてもらう事にするよ」

 

 胸ポケットの内側から、頻りに振動音が鳴り響いていた。

 

◆◆◆

 

 VIP客室、その一室にて。

 

 

「…んで? 今回の試験、どう思う?」

 

「それは今年の受験生がどれ位残るかって事?」

 

「そうそう、今年ってかなりレベル高いと思うのよねー」

 

 そう言いつつもにやけた顔を隠そうとしないメンチに若干の気持ち悪さを覚えつつ、ブハラは手にしていた骨付き肉を飲み込んで、言葉を紡いだ。

 

「まあ確かに、いい意味でも悪い意味でも今年は豊富だよね。 っていうか、メンチは46番が本当に気に入ったんだね。 …合格か不合格か告げるタイミングでいきなりプロポーズした時には流石にびっくりしたけど」

 

 前々から結婚するなら料理が上手くてイケメンじゃないと無理とは言っていたけれど、あのタイミングは流石に予想していなかったなー。

 ぼやく様に呟いたブハラ。 それを聞いて、メンチのボルテージが更に高まって行く。

 

「だって、あんな美味しい料理を作れてさぁ、しかも超絶イケメンよ? …おまけに強いし、ちょっぴり可愛い所も有るし、文句の付けようがないじゃない!!」

 

 如何にクリードが男として魅力的か。 

 力説しながらフォークをトマトに勢い良く突き刺したメンチを見て、此処まで沈黙を守っていたサトツが蓄えた髭を弄りながら口を開いた。

 

「…実はですね、今話されていた46番の方についてですが。 一次試験の最中から、少しばかり既視感を覚えていましてね。 試験終了後に調べて見たのです」

 

 真剣さを含んだサトツの言葉に二人が気圧され、押し黙る。

 

 ――藪を突いて蛇を出してしまったというべきか…。 実に驚くべき事が分かりましたよ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 予定を一時間ほどオーバーして午前九時半、飛行船は第三次試験会場――モノリスの如くそびえ立つ、巨大な円柱状の建築物、その頂上に降り立った。 

 下船した受験者達に言い渡されたのは以下の一点のみ。

 

 ※頂上であるこの場所から72時間以内に地上へ降りて来る事。 手段は問わない。

 

 

 一見、下へ降りられる様な階段も手摺も見られない無機質な石造りの床。 側壁を見渡しても、降りて行ける様な凹凸はどこにも無い。

 飛行船が去り、受験生達がそれぞれの方法で床や側面に仕掛けが無いかを探している中で。 

 サキは建物の中央で何も行動を起こそうとする素振りを見せず、虚空を見つめて黄昏ている(様に見える)クリードの姿を見つけると、大きく深呼吸を吐いて口の中で声を出す事無く気合を入れ、とてとてと駆け寄って行った。

 

「クリードさん、こ、これどうぞっ!」

 

 半ば押し付ける様に手渡したのは、小さなバスケットに詰められたサンドイッチだった。

 

「これは…。 サキ君、君が作ってくれたのかい?」

 

「はい、頑張りましたっ! …クリードさんみたいなもの凄いヤツは無理でしたけど」

 

 ふんす! と鼻息を荒くしてサキは胸を張る。

 

「そんな事は無い。 サキ、君が僕の為にわざわざ早起きして作ってくれた。 それだけで幾億の財宝より遥かに価値が有るさ」

 

 …ありがとう、大切に食べさせてもらうよ。

 

 人好きのする柔らかい微笑を受かべつつ、クリードは肩から提げていた鞄へバスケットを仕舞うと、子供をあやす様にサキの頭を優しく撫で回した。

 

「ほわぁ…」

 

 ほんの一瞬で夢見心地、放心状態に陥ったサキを、レオリオは呆れたといわんばかりの表情を浮かべて眺めていた。

 

「良くもまあ、あんなクサイ台詞を恥ずかしがらずに言えるな、クリードの奴は…」

 

 …やっぱアイツ、そういう系の仕事が本職なんじゃねぇのか? ぶつぶつとぼやくレオリオの横で床を調べていたゴンが不意に顔を上げた。

 

「ううん、違うよレオリオ。 今朝方にサキさんが厨房で作っているのが見えたからさ、もし渡されたらそう言った方が良いよってクリードさんに教えたんだ」

 

 ついでに、オレの分も作って貰っちゃった。そう言ってゴンは鞄の中から小さな包みを広げて見せた。

 

(コイツ、大人だ…!)

 

 

 三人が驚愕と嫉妬と憂慮、それぞれに染まった顔でゴンを見つめる中、受験生達は次々と頂上からその数を減らしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。