沈黙は金では無い。    作:ありっさ

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1.手紙を出す時は良く宛先を確認しよう

 

【Ⅰ】

 

 とある絶海の孤島、朽ち果てた埠頭。 

 そこから少しばかり離れた所にある砂浜。そこに小型の船舶――モーターボートが夜闇に紛れて静かに近付いていた。

 風が強く吹き付け、波が手荒く岩礁を打ち付ける。一筋の月明かりも差しこまない夜間航行。 

 

 にも関わらず、ボートは無灯火のまま徐々に速度を落としつつ島へ近づいて行く。

 まるで孤島に居る誰かに気付かれたくない、と言わんばかりである。実際、その通りなのだが。

 程なくして、音も無く砂浜に横づけされたボートから男女数人がすとんと降り立った。

 

「とうちゃ~く! 団長、こっからどうしますー? 取りあえず景気づけにそこらを一発焼いときましょうか? ひっひっひ~♪」

 

 開口一番に朗らかな口調で物騒な事を口走ったのは、学生服にブレザーを着た黒い髪の少女だった。子供の面影を残したあどけない顔立ち。しかし、町を歩けば振り返って見られる程度には整った容姿をしており、少女の年齢にそぐわない何処か妖艶な色気を周囲に放っていた。 

 

「サキ、もう忘れたのか。たった今船の中でミーティングしたばかりだろう」

 

 少女をたしなめたのは覆面の男。くすんだ包帯で頭から爪先まで隙間なくぐるぐる巻きにしたその姿はミイラ男以外の何物でも無かった。

 彼? を辛うじて男と判別できる要素は包帯の奥から聞こえるくぐもった声だけである。 

 

「貴様と私は団長のサポートと雑魚共の露払い、何度も念を押しただろうが!」

 

「えぇ~~~? 雑魚退治とかつまんない! 疲れるだけで面白くないもん!! シキさんがやればいいじゃ~ん!!」

 

「サキ、任務をつまらないとは何だ!」

 

「つまらないったらつまらない~~!!」

 

 暗闇の砂浜。足元を波がざばざばと音を立てて押し引きして行く。

 ぶーぶーと口を尖らせて不満を露わにする少女。憤りを露わに少女を叱りつける覆面男。 

 

 ――そして、もう一人。

 

「……二人共、仲が良いのは大変に良い事だが、今は敵陣の前だ。少し、静かにしようか」

 

 声の主は銀髪の男だった。

 男は俗に云う美形で、精巧な作り物か人形かと見まごう程に、恐ろしく整った容姿をしていた。 

 

 男が放つ気配に気圧されたのか少女も覆面も押し黙った。二人が沈黙するのを見て、再び男は言葉を紡ぐ。

 

「サキ、前から思っていたが君は少々血の気が多い様だね。積極的に物事に当たろうとするのはとても良い事だが、何時も何時もそれでは駄目だ。

 この先もしも、君の力がまるで通用しない強敵と当たった時、今みたいにすぐかっとなって頭に血が昇り、考えも無しに突っ込んで行くようなら、それはともすれば致命傷になりかねない。……今の内に直しておきなさい」

 

「ふん、団長の言う通りだ。大いに反省しろサキ」

 

「うぐっ、……確かにその通りですね。団長ごめんなさい、以後気を付けまーす……」

 

 自分の方を向いてぺこりと頭を下げつつ、指先に集めた念で【ミイラマンのば~か!】と器用に描いたのを団長と呼ばれた男はしっかりと見ていた。

 

「……ふふっ。さて、無駄話はこのくらいにしておこうか。……事前の作戦通りに行きたかったが、長話をしている内にどうやら状況が変化している様だ」

 

 指が差し示した先、三人が今夜の目標としていた人物達が会議をして居るであろう建物からもうもうと白煙が立ち上っているのが見えた。

 

「先客か」 

 

「えっ、うわ、本当だ! 団長、急がなきゃ! 私達の獲物持って行かれちゃうよ!!」

 

「こらこら。言っただろうサキ、焦りは失敗しか生まないよ。……少しばかり作戦を変更しよう。シキ、船に戻ってリンを呼んで来て貰えるかい? 大至急だ」

 

「御意」

 

 

 

【Ⅱ】

 

 

 上下左右360度、見渡す限りの本、本、本。古書。絵巻物。積み上げられた希少本と謄本の山々。規模の小さい図書館を思わせる程の圧倒的なまでの書籍の量。

 現在の時刻は深夜二時を少しばかり過ぎた所。

不意にギィィと音を立てて書斎の入り口、分厚い鋼鉄で作られた扉が開いた。

 

「団長、お目当ての物見つかった?」

 

 書斎に入って来た金髪の男が尋ねる。一見優男風のこの男、しかし男が身に纏う気配はとても冷たく、重い。

 

「……シャルか。丁度今見つけた所だ。後は他に目ぼしい物が無いか見て回りたい。手伝ってくれ」

 

 本の頁を捲る手を止め、振り返ったのは団長と呼ばれた男。オールバックに纏めた黒髪、そして闇に溶け込むような漆黒のコート。額には逆十字の入れ墨が彫られている。

 

 男の纏う気配は、先の金髪の男よりも更に冷たく、昏かった。

 

 彼らは盗賊だった。それも凡百の烏合の衆の集まりでは無い。世界にその悪名が轟くA級盗賊――――幻影旅団。

 

 

「あはは、流石は団長。絶対言うと思った。了解、手分けして探そうか」

 

「助かる。……二人は上か?」

 

「うん。ウボォーとフェイタンは隠れてる奴が居ないかもう一回探してから来るってさ」

 

「……そうか、じゃあアイツ等がこっちに来る前に片付けておかないとな」

 

「あー、そうだね。あいつ等血塗れでずかずか入って来るから折角のお宝が台無しになっちゃうもんね。……で、何をさが」

 

 言葉を最後まで言い切る事は無く金髪の男は跳躍した。一瞬前まで男が居た空間。其処に銀の閃光が一閃、キラリと奔る。

 黴臭い空気がどんよりと溜まった書斎。床に堆積していた埃が急激な空気の移動に耐え切れずにぶわりと舞い上がった。

 

「……良く、見破りましたね」

 

 喉元を目掛け振るわれたナイフを後ろへ飛び下がる事で躱した金髪の男。振るったのは逆十字の男。

 

「クロロ」

 

 逆十字の男がぼそりと呟く。

 

「?」 

 

「呼び方だ。シャルは他の団員が居る時は俺の事を他のメンバーと同じように団長と呼ぶが、二人だけの時に団長とは呼ぶ事は無い」

 

「嗚呼、成程。そう云う絡繰りでしたか。……私とした事が、情報収集が不完全でしたね。……いやはや、情けない限りです」

 

 ぽりぽりと無造作に頭を搔くその仕草は逆十字の男が知る旅団員――シャルナーク其の物だった。秘密主義の自分達を此処まで正確に模倣するとは。相対する偽物の男への警戒心、そして興味が膨れ上がる。

 

「御託は良い。アイツらはどうした?」

 

「さあて、如何でしょうか。心配ならば確認に向かわれたら如何です?」

 

「……まあ、そうだな。そうさせて貰おう」

 

 言い終わる前に再び偽物との間を詰めた逆十字の男がナイフを振るう。常人にはその軌道、軌跡すらも見ることは出来ない程の神速の斬撃と刺突の雨霰。 

 しかし、その刃は標的を捉えられない。斬撃が十を超え、百に迫ろうとも、肉どころか皮を裂く事すら無い。

 

「ほう、これも躱すか。良く鍛えられているな」 

 

「光栄ですね。かの高名な幻影旅団の首領にお褒めの言葉を頂けるとは思いませんでしたよ」

 

「俺を知って尚、向かって来る……か」 

 

「おや、少しばかり喋りすぎましたかね?」

 

 殺し合いをしている最中とは思えない程、二人の口調は平穏そのものだった。何気ない日常の様なワンシーン。 

 

 しかし、そんな朗らかな会話の間にもお互いの命をばりばりと貪り合う、獣染みた戦闘は続いている。 逆袈裟にナイフが振り上げられる。半身になる事で死から逃れた男。しかし、間髪を容れずにナイフは煌めく。振り上げた軌道をそのまま逆回しに、頸動脈を裂きに向かうと見せて置いて、フェイントを交えつつ眼球への刺突。そして陰から放たれる【二本目】

 

 首を後ろに大きく逸らす事で辛うじて串刺し刑を回避した偽物の男。しかし、その代償に大きく体勢を崩してしまう。間髪を容れずに銀のナイフが男の鳩尾を目掛け突き込まれる。更に左手から、【凝】により集められたオーラが足元を目掛け放たれる。 

 男は迫りくる死から逃れようと、背後へ跳躍する為に足へ力を入れ――――真横へ弾かれる様に転がった。 

 

 埃に塗れ、床に這いずった男の頬からぽたぽたと紅い飛沫が落ちる。

 

 確実に止めを刺す為、【本】を顕現させた逆十字の男は見ていた。【背後から突き出されたナイフ】を間一髪、転がりながら避けた男が懐へ手を入れ、何かを取り出すのを。

 

 次の瞬間、眩い閃光と耳を劈く轟音が決して広いとは言えない書斎の中で炸裂する。次いで立ち上る白煙。

 

「……チッ、逃げられたか」

 

 煙が晴れた時、残されたのは逆十字の男――――幻影旅団の団長クロロ・ルシルフル一人だけ。煙に紛れての奇襲を警戒していたが、どうやら仕掛けては来なかった。

 

 万が一を考えて【円】を使ったのは失策だったか。

 

(かなりの手練れだった。あちらは実力も奥の手もまるで見せず、隠したまま。逆に隙あらば俺の情報を少しでも盗もうと虎視眈々、か)

 

 (全く、これではどちらが盗賊か分からないな)

 

 くつくつとクロロは笑った。だがこのままむざむざと逃す気は無い。未だそう遠くへは行って居ないだろう。他の旅団員達の状況も確認しなければならない。

 

 生憎と此処――半ば要塞と化した書斎は地下の奥深くにあり、更に電波の圏外である。

 

 まあ、あいつ等なら早々不覚を取る事は無いだろうが。 

 

 そんな事を考えながら書斎の入口へ視線を向けたクロロの眼にがっちりと施錠された鋼鉄の扉が映る。そして、これ見よがしに貼り付けられた紙きれ。 ポーカーフェイスが売りの彼でも、これには流石に笑いを堪える事が出来なかった。

 

【Ⅲ】

 

 

 孤島の中心、其処には希少な大理石を惜しげも無く用いて建てられた豪奢な建物が有った。周囲を見渡せば定期的に整備されているのか、テニスコート、プールetc……数々の娯楽場が目に入る。

 誰も訪れる事の無いだろうこの島に何故この様な場違いな建築物が存在するのか。 

 

「ほへー、何というかまあ、すっごい無意味に盛大にこれでもかって位に目一杯お金掛けてますよ!! って感じですねー。こんな誰が来るかも分かんない所に良くもまあ……」

 

 先程砂浜でサキと呼ばれていた少女が勿体ないなあ、とぼやいた。少女としては別段返答を求めていた訳では無かったが、隣を歩いていた銀髪の男が相槌を打つ。

 

「元々此処は何処かの富豪が税金逃れの一環として無意味を承知で作ったらしいね。それが色々と込み入った事情が混じった末に今は裏社会のお偉方の会合に使われている、と」

 

 まあ、周囲を海に囲まれた断崖絶壁の孤島と言う点は、防犯のやり易さや機密情報の漏洩を考慮するなら中々に良い案だと思うけどね。 

 そう言いながら見上げたその建物は、今や夜空を焦がさんばかりの勢いで盛大に炎と煙が吹き上がり、かくも無残な有様だった。

 

「あっちゃ~~、何かもう色々と手遅れな感じですねえ、団長、どうします? 一応依頼を受けた以上は中に入って確認しとかなきゃ、ですか?」

 

「いえ、その必要は無いですよ」 

 

 声の聞こえた先、二階のテラスから人影が一つ、ふわりと舞い降りてくる。

 

「……リンか、早かったね。御苦労様だった」

 

「リン君おつかれ様~」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 飛び降りた姿勢をそのままに銀髪の男に傅いたのは、黒いタキシードに身を包んだ青年だった。

 

「必要が無い……つまり僕達が手を出しに行くまでもなく、招かれざる先客が事を全て済ませてしまっていたという事か?」

 

「はい、団長が予想されていた通り、先客はかの幻影旅団のメンバーでした。メンバーが四名、そして地下の金庫兼書斎に旅団の首領が」

 

「うげ~~、旅団ってあの旅団でしょ? 良く無事だったねリン君」

 

「あはは、正直に言うと数回ほど死に掛けましたがね。……まあ何とか生きています。それで団長、これが今回の標的の写真です。(一応)証拠としてどうぞ」

 

 ついと差し出された写真にはこれでもかと言わんばかりに人体のありとあらゆる所がぐちゃみそに損壊した、元が人間だったかを疑わざるを得ない程のグロテスクなナニカが写っていた。

 辛うじて顔が判別出来るので一応依頼を達成した証拠として使えるか、といった所だった。

 

 何も言う事無く写真を懐に仕舞い込み、銀髪の男は小さく溜息を一つ吐いた。

 

「まあ良い。不本意な事とはいえ、結果的に依頼は完遂した。ならばもう此処に用は無い、僕たちのホームに帰ろうか」

 

 二人共、お疲れ様だった。

 

 そう言うが早いかクリードは踵を返してボートの停泊している砂浜へスタスタと歩いて行く。

 

「はい、了解しました」

 

「むぅ~、今回私、何にもしてないし……」

 

 ぶうぶうとふてくされる少女を宥めつつ、青年は団長の後ろを付いて行く。

 

「あっ、そうだそうだ、そうでした。団長、事前に言いつけられた通りに向こうの団長さんに手紙渡しておきましたよ」

 

 まあ置いて来ただけなんであちらが受け取るかは分かりませんけどね。

 

 青年からは彼の上司、銀髪の男の表情を窺い知る事は出来ない。

 

「そうか、渡した……か」 

 

 

 この時星の使徒の団長、本名不明:通称クリード・ディスケンスが未曾有のパニックに陥っていた事に気付いていた者は居なかった。

 

 

【Ⅳ】

 

 

 彼らが去った後、吹き上がる炎は更に勢いを増し、火の粉が熱風と共に周囲を焦がしてゆく。美しかった大理石の面影は見る影も無く黒く煤け、豪奢な装飾が施された内装も、希少な絵画も、調度品も、皆等しく炎の中に消えてゆく。

 

 燃え尽き、半ば崩れ落ちた建物の陰から現れた人影、数にして二つ。

 

「ねえクロロ、あいつ等追わなくて良いの?」

 

「ん? ああ、今は追わない。……今は、な」

 

「? 何か良く分かんないけど、団長がそれで良いならまあ良いか(団長、何だか機嫌良さげ?)」

 

「ウボォーとフェイ、それにアルはどうした?」

 

「あの二人なら団長を待つついでの暇つぶしにあっちでテニスやってるよ? ほら、あそこ。アルはついさっきクルーザーに金目の物を持って行った」

 

 視線の先にはは燃え残ったテニスコートで球技に戯れる二人の姿が有った。 

 

「……すぐに呼んで来い、撤収だ」

 

「了解。ああ、クルーザーは直ぐにでも動かせる状態にしておいたから」

 

 二人を呼びに行ったシャルナークを見送り、思考の海に沈む。

 

(星の使徒。団長クリードより、か)

 

 宛先を間違えて届いた舞踏会の招待状を、そうとは知らずに懐に隠して、クロロ・ルシルフルはくつくつと笑った。

 

 

 

 この時既に、招待状の本来の宛先:稀代の暗殺者――ゾルディックによって、十ニ本足の蜘蛛、その足が一本千切られている事に誰が気付けていただろうか。


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