悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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最終決戦2 ―母の剣―

「喰らえッ!ドラキュラァァァ――ッ!!」

 

 魔王ドラキュラが誇る最大の攻撃魔法である”波動砲”。

だが空中庭園でのドミナスとの戦いが役に立った。二人はドラキュラの攻撃をかわし、逆に左右から先制の挟み撃ちを仕掛ける!

 

”ガキィィィィィンッ!!”

 

『――!?』

 

 だが完全なカウンターとなったはずの二人の攻撃は、ドラキュラの背後から突き出た丸太の様な腕によって阻まれてしまった。

 

「ぬゥゥゥうんッ!!」

「――!? うあああァ――ッ!!」

 

 ドラキュラは両者のカウンターをたやすく受け止めると、そのまま力まかせに腕を振り回し、二人を芥の様に跳ね飛ばした!

 

「くうッ!!」

 

 しかしユリウス、アルカード共に幾たびもの死線を潜り抜けてきたのだ。ユリウスは瞬時に鞭を緩める事でドラキュラの攻撃をいなし、アルカードは蝙蝠に変化する事で空中で静止。両者とも壁面に叩きつけられるのを防いだ。

 

「ほう……!」

 

 波動砲を躱し、さらに反撃の振り払いも凌いだ二人に、ドラキュラも思わず目を見張る。

 

「……フハハハハッ!!いい、良いぞ!この二百年、小物ばかり相手にしておったからな!そうこなくては久し振りに復活した甲斐がない!!」

 

 久方振りの好敵手との対峙に、ドラキュラが歓喜の声を上げる。だがそのおごり高ぶった態度が二人の闘志に火をつけた。

 

「しぃやァッ!!」

「――!」

 

 ドラキュラを守るはずの巨大な腕は大きく開いたまま、玉座まではがら空き!

ユリウスは高笑いを上げるドラキュラ目掛け、渾身のヴァンパイアキラーを振り下ろした!

 

”ヴァジィィィィィィィィッ!!”

 

「なッ!?」

 

 だがヴァンパイアキラーがドラキュラに触れる直前、青く光る防御結界が現れ、ユリウスの鞭はそのまま空中で静止してしまう。

 

「惜しかったな小僧?だがこの程度の攻撃、腐る程見てきたわ!」

 

 眼前数ミリの位置にヴァンパイアキラーを突き立てられていながら、ドラキュラは右手で頬杖をついたままたじろぎもしない。と、そこへもう一人の戦士が雪崩れ込んだ。

 

「いつまでもその余裕が続くと思うな!」

 

 ユリウスから遅れる事数秒。アルカードは疾走する蝙蝠の勢いそのままに人間へと戻り、猛然とドラキュラに挑みかかる!

 

「――!相も変わらず馬鹿の一つ覚えのヴァルマンウェか!」

 

 かつての闘いを思い起こしたか、アルカードの手に握られた剣を見た瞬間ドラキュラの表情がやにわに険しくなる。

 一撃!二撃!!三撃!!!暴風と見紛うヴァルマンウェの剣閃が、紫色の残光を引きながらドラキュラに迫る!

 

”ガシィッ!!”

 

「――何ッ!?」

 

 だがドラキュラの首筋目掛け本命の四撃目が繰り出された瞬間、ドラキュラは素手でヴァルマンウェをたやすく受け止めてしまった。

 

「進歩が無いなアルカード?この私が二百年前と同じままと思うたか?」

「……くッ」

 

 防御結界を出すまでも無いという事か、ドラキュラが握りこんだヴァルマンウェをアルカードに見せつける。その圧倒的な力量差に、アルカードの頬を無意識に冷汗が伝う。

 

「少々買いかぶりが過ぎたか……このまま二人まとめて葬り去ってくれようぞ!!」

 

 期待が外れたとでもいうのか、ドラキュラはおおいに落胆した様子だった。と、それまで大きく開いていた巨大な腕が、二人を握りつぶさんと舞い戻ってくる!

 ユリウスもアルカードも、手に持った武器をドラキュラに拘束されている。このままでは武器を手放さないかぎり助かる道は無い!……かと思われたが――

 

 

 

「うおおおおおおおおおッッ!!!」

 

「――ッ!?」

 

 まさに混沌の手が二人に届こうかというその瞬間、室内にユリウスの雄叫びが轟き、同時にヴァンパイアキラーが赤紫に燃え盛る波動の鞭と化した!

 

”ピシィッ!”

 

「ぬぅ!?」

 

 ワイングラスが割れる様な乾いた音をたて、ドラキュラの結界に亀裂が入った。いや、亀裂どころかヴァンパイアキラーの炎はじわじわと結界を焼き始め、そして――

 

”ヴァシィィィィンッ!!”

 

「ぐぅアァッ!?」

 

 本来ならば絶対に破る事が出来ないドラキュラの防御結界。だがユリウスの攻撃はそれを真正面から打ち砕き、ドラキュラの額をしたたかに打ち据えた。

 

 

”…………当た……った!?”

 

 無我夢中で放った一撃が思いがけずヒットした事に、逆にユリウスの方が驚いていた。

それは致命の一撃とはとても呼べないものだったが、それでもヴァンパイアキラーが掠めたドラキュラの額からは一筋の血が滴っている。

 

 先生、ハルカ、ラング、……母さん、そして父さん。今までの努力、数々の犠牲が決して無駄では無かったと証明できたのである。ユリウスの心は言い知れぬ感情で満たされていた。

 

――やってやるッ!!

 

 皆が作ってくれたこの機を逃してたまるかと、ユリウスはすぐさま追撃を加えんと振り切った鞭を手元に引き戻す!が――

 

 

 

”パキィィィン!”

 

「!!」

 

 だがその時、ドラキュラの左手に握られていたヴァルマンウェの刀身が、まるでガラスの棒を砕くかの様に粉々にへし折られてしまった。

 何百年もの長きに渡り幾多の敵を斬り伏せてきたヴァルマンウェが軽々と砕かれる。その衝撃にユリウス、アルカードともに言葉を失う。だが、真の恐怖は顔を上げたドラキュラの表情を見た時だった。

 

「………………ッッ!!」

 

 ゆっくりと顔を上げたドラキュラの表情からは、クレバスの様に深い絶望と、マグマの様に煮えたぎる怒りを感じ取れた。

 ドラキュラの放つ魔王の殺気に、先程感じた僅かな希望は一瞬で消し飛び、ユリウスの体は反射的に弛緩してしまう。…………だが例え一瞬でも魔王の前で隙を晒す事。それはつまり強風吹き荒れる断崖にその身を晒す行為に他ならない。

 

 

「キシャァァァッ!!」

「――!」

 

 ドラキュラの背後、玉座から生えた三つ首が蛇の様に伸び、ユリウスとアルカードに襲い掛かった!アルカードは咄嗟に後方へ飛んで避けたが、ドラキュラの闘気に飲まれていたユリウスは行動が一瞬遅れ、その攻撃を許してしまう。

 

”ガブゥッ!!”

「ぐぅああッ!」

 

「ユリウス!」

 

 瞳の無いミミズの様な形状をした不気味な首は、はたしてサメの如き鋭い牙をその口内に蓄えていた。剃刀の様に研ぎ澄まされた牙に首を抉られ、真っ赤な鮮血が辺りに飛び散る。

 

「ぐ、くそォ……ッ!」

 

 ユリウスは喉元に食らいついた敵を引きはがそうとするが、その咬合力は凄まじく、人の力ではとても引きはがせそうも無い。ヴァンパイアキラーで叩き落とそうにも、こうも接近されては満足に鞭も震えない。剃刀の様な牙は、今にもユリウスの頸動脈に到達せんとしている……!

 

「ヘルファイアッ!!」

 

”ボォンッ!!”

 

「グェゲエエアッ!!?」

 

 間一髪、アルカードの放った火炎弾が、ユリウスに食らいついた首を吹き飛ばした。ユリウスは血の噴き出す首を押さえながら、這う這うの体でドラキュラの前から撤退する。

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 光と闇、両者のファーストコンタクトは双方の痛み分けで終わった。だが傷は遥かにユリウスの方が深く、なけなしのポーションを首に振りかけ応急の手当を行う。

 

「……ぐぅッ!」

 

 肉体が急激に再生する痛みに思わず顔をしかめる。だがおかげで何とか出血は止まった。包帯代わりにバンダナを首に巻きつけ応急処置をするが、しかしこれでもう回復は出来ない。

 

「………………」

 

 一方のドラキュラは、ユリウスとは逆に額から流れる血を拭おうともせず、玉座に鎮座したまま微動だにしない。

 

「…………」

「…………」

 

 不気味な……重い沈黙が室内を包む。とうにポーションの痛みは消えていたが、ドラキュラが発する圧倒的な憎悪の波動が、ユリウスとアルカードに二の足を踏ませていた。

 

「……?」

 

……と、ここでユリウスは微かな違和感を感じた。ドラキュラの怒りが、一撃を加えた自分では無くアルカードの方へ向けられている様に感じられたからだ。

 

ユリウスの感じ取った微かな疑問。その答えはドラキュラ本人によって証明された。

 

 

「今度ばかりは……心の底から見下げ果てたぞアドリアン……!」

 

「……!?」

 

 ユリウスの疑問を裏付けるかの様に、ドラキュラがアルカードに向け言葉を発した。

ドラキュラの言葉には、それまでとは違う明らかにドラキュラ個人の感情が込められている。息子の名を愛称では無く真名で呼びなおしたあたり、相当腹に据えかねているようだ。

 

「その行い……万死に値する!!」

 

 怒りに身を任せたドラキュラは、間髪入れずにアルカード目掛け禍々しく燃え盛る魔力弾を放った!

 

”ドォン!!”

 

――アルカード!

 

 ユリウスが言葉を発する間もなく巻き起こる大爆発!だが幸いにも事前にドラキュラの行動を察知していたのか、アルカードは即座に霧に姿を変えその攻撃を躱していた。

だがホッとしたのも束の間、ドラキュラは尚も攻撃の手を緩めずアルカードを攻め立てる。

 

「アルカード!」

 

 矢も楯もたまらず仲間の名を叫ぶユリウス。だがアルカードから返ってきた言葉は意外な物だった。

 

「俺の事はいい!それよりも時間を稼げ!!」

「――!?お前何言って――」

 

”ドオォォンッ!!”

 

 だがユリウスの言葉はドラキュラの放った魔力弾によってまたも遮られてしまった。

 

「……ッ、くそッ!!」

 

 時間を稼げと言われてもドラキュラ相手では妙案など思い浮かばない。やむを得ずユリウスは少しでも注意をこちらに向けようと、ドラキュラへ向かって駆け出していた。

もちろん自身に向かって猛進してくる敵に、ドラキュラが気付かないはずが無い。

 

「どけ小僧!今罰を与えるべきは貴様では無い!!邪魔だてをするならば……」

 

 自身目掛けて突撃してくるユリウスに対し、ドラキュラは即座に魔法陣を組んだ。その紋章の色は……赤!

 

「”死”あるのみ!!」

 

”ゴオオオオオゥ!!” 

 

途端無数の火柱が床から噴き上がり、ユリウスの行く手を阻む!

 

「くッ!」

 

 城主の塔を貫くほどの火炎旋風がユリウスの身を焦がす!しかしこの攻撃も事前に空中庭園で学習済みだ。ユリウスは衣服や髪の先を熱風で焦がしながらも、紙一重で炎を避けながらドラキュラとの距離を詰める。

 

「小癪なッ!!」

 

 右へ左へ、まるで野生のガゼルの様に跳ねるユリウスにドラキュラが憤る。すかさず印を組むと、今度は赤い紋章に電光が走った。

 

”ビシャァァァンッ!!”

 

「危ねッ!!」

「!?」

 

 不意にドラキュラから雷が水平に発射された。だがユリウスはこれも咄嗟にしゃがんで避けてみせた。

 

「小僧……貴様ッッ」

 

 立て続けに魔王の攻撃を回避するユリウスに、ドラキュラの顔色が明らかに変わった。

 

「ならば……これをよけてみせい!」

 

「!!」

 

 ドラキュラが印を組み、青い紋章が浮き上がった!

 

 「オーラ・ブラストォッ!!」 

 

 ドラキュラの座る玉座から、放射状に魔力のレーザーが放出される!そのスピードはもはや生物が避けられるレベルでは無く、ユリウスの眉間、心臓、脊髄を寸分違わず貫いた!

 

「…………!?」

 

 しかしどうした事か、ユリウスの体は崩れ落ちる事無く、前進を続けている。

 

「――幻影か!!」

 

 ”ヴァチィィィィンッ!!” 

 

 ドラキュラが色即是空を見破った瞬間、幻影とは逆方向からヴァンパイアキラーの一撃が飛んできた!だが瞬時に防御結界が発動し、互いの矛と盾が激突、青白い火花を散らす!

 

「うおおおおおおおッ!!」

「ぬぅぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

 先程は余裕を見せていたドラキュラも、今度は全力で結界に魔力を注力する。しかしヴァンパイアキラーの炎は先程よりさらに燃え盛り、じわじわとドラキュラの結界を削っていく……!

 

 

「でぇぇやああぁぁぁッ!!」

 

「―――ッ!!」

 

 

”バリィィィィンッ!!”

 

 ドラキュラの思惑とは裏腹に、ヴァンパイアキラーは再び魔王の防御結界を打ち破った。

 

「馬鹿な……ッ!?」

 

 今度は慢心は無かった。全力で結界を張った。だが再びベルモンドの前に結界は砕け散った。さしもの魔王も揺るぎない事実を突きつけられ、我を失うかと思われた……だが!

 

「認め……られる物かァッ!!」

「!?」

 

 だが結界が打ち破られた瞬間、玉座に据え付けられた残り二つの首が、猛然とユリウスへ襲い掛かってきた!

 

「くッ!!」

 

”ザザンッ!”

 

――結界を破った直後、恐らく再びカウンターが来る……!

ドラキュラの行動を先読みしていたユリウスは、予め左手に持っていた斧で襲い掛かってきたミミズモドキの首を薙ぎ払った!

 

「キシャァァァ!!」

「!!」

 

 しかし予期せぬ事が起きた。先のヘルファイアで爆散したと思われた最後の一匹が、グズグズに崩れた顔を振り乱しながら、ユリウスの首筋目掛け飛びかかってきたのだ!

 

「ガブウゥッ!!」

 

”――ガシャンッ”

 

「――!?」

 

 

 

 

”バゴォォォンッ!!”

 

「グゲヤァァアッ!?」

 

「ぬうぅッ!」

「ぐぅッ!!」

 

 だがミミズモドキがユリウスの首に食いついた瞬間、不意に眩い光が弾け、ミミズモドキの首が粉々に吹っ飛んだ!

 

「やっぱり首を狙ってきやがったな!純度100%の聖水の味はどうだ!」

 

 ユリウスは首に巻き付けたバンダナの下に、聖水の小瓶を忍び込ませていたのだ。

ミミズモドキはユリウスの頸動脈を食いちぎるどころか、退魔の炎を内部からまともに喰らい爆発四散した。しかもまき散らした肉塊がドラキュラの方にも飛び散り、咄嗟に腕で顔を覆ってしまう。

 

「今だ!!」

「!!」

 

 ユリウスはドラキュラが怯んだ一瞬の隙に、ヴァンパイアキラーをロープに見立て、背後の混沌ごとドラキュラを縛り上げた!

 

「捕まえたぞ!アルカード!やれえええ!!」

 

 ユリウスは持てる限りの力でドラキュラを拘束し、仲間の名を叫ぶ。

ミミズモドキの頭部越しとはいえ、聖水の爆発を至近距離で受けたのだ。ユリウスの傷口は再び裂け、夥しい量の血が流れだしている。だが自身のケガなどどうでもいいとばかりに、ユリウスは渾身の力を込めて鞭を引き絞り、友の名を呼んだ。だが……

 

「………………」

 

 一体どういう事か?ユリウスに作戦を指示した仲間からは何の返答も返って来ない。

 

「おいアルカード何やってる!何か策があるんだろ!早くしろッ!!」

 

 ユリウスがアルカードを急かす。なにしろ鞭でドラキュラを拘束してはいるが、間近に受けるドラキュラのプレッシャーは凄まじく、正直今すぐにでも逃げ出したい位だった。

 そんなユリウスの健気な姿に哀れみを感じでもしたのか、ドラキュラが両者を見比べながら嘲笑する。

 

「フフフ……策などありはすまい。そもそも奴に私を討つための ”武器” など無いのだからな」

 

「!?」

 

 ドラキュラの発言の意味がユリウスには解らなかった。確かにヴァルマンウェは今しがた折られてしまったが、まだアルカードにはもう一振り、いつもの長剣が残っている筈だ。

 

 

「小僧、貴様はこう考えているな?何故やつは鞘に納めたもう一本の剣を抜かぬのか?……と、」

 

「……そんな物ありはしないのだ。何故ならば今貴様が持っている鞭に我が妻の剣、リサがアルカードに譲り渡した形見の守り刀が使われているのだからな……!」

 

「――ッ!?」

「……………」

 

 ドラキュラの言葉を証明するように、アルカードが腰の剣を鞘から抜いた。その剣は空中庭園の時のまま、刀身の先3分の2程が失われたままだった。

 

 ユリウスの脳裏にダンスホールでのやり取りが思い出される。ヴァンパイアキラーをどうやって直したのか聞いた時、アルカードは答えをはぐらかしていた。

 鞭の切れ味が格段に増していたのも、ドラキュラが異常ともいえる怒りをアルカードに向けたのも、形見の剣を使って鞭を修復、強化したのだとすれば合点がいく……!

 

 

「アルカード……お前……ッッ」

 

 まさか自身の命と同じくらい大切な形見の剣を俺のために使うなんて……!友の献身的ともいえる行為に、ユリウスはたまらない感動を覚えた。だが同時にそれは最悪の真実でもあった。

 

 アルカードの行動は間違いなく善意によるものだろう。黙っていたのもユリウスに無駄に気を使わせないためだったのだろう。だが……あと一歩でドラキュラに一矢報える千載一遇の機会。その最後の詰めをふいにする行いに他ならなかった。

 

 

「”因果応報”……リサの魂を敵に与える愚劣極まる行為。その報い……自らの体で受けよ!!」

 

 ドラキュラの怒りは増々膨れ上がり、もはやユリウスではどうやっても抑えきれぬ程になっていた。強大な暗黒闘気も玉座の間を突き破らんほどに増大し、今まさに臨界を迎える寸前……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鞭に力を与えたのは私では無い。母上がそうさせたのです……

 

「……何!?」

 

 

 思いがけぬアルカードの答えに、ドラキュラの瞳孔がカッと見開く。

 

 

「リサの意思……だと?言うに事欠いて戯けた事を……貴様にリサの何が解るか!!」

 

 

 振り上げた矛を下ろすのも忘れ、ドラキュラが声を荒げる。――が、

 

 

「解っていないのは父上、貴方の方だ!!」

「――ッ!?」

 

 ドラキュラ以上に語気を強めるアルカードが、真っ向から父の言葉に反論した。

 

 

「本来ならば決して正面からは打ち破れぬ魔王の結界。それが何故破られたか解りませぬか……」

「鞭に宿った母上の剣が……母上の想いが鞭に力を貸したのです!父上、貴方を止めるために!」

 

「…………!!」

 

 

 

 

「リサが……」

 

 

「私を止める……?」

 

 アルカードの回答に、ドラキュラの言葉は詰まり、その瞳には一瞬過去の憧憬が映ったかに思えた。だが……それもほんの束の間、ドラキュラはすぐに元の悪意を取り戻し、答えた。

 

 

「……知った風な口を……、人間どもがリサにした事を、母の復讐を忘れた貴様がどの口でほざくかッ!!」

 

 

 アルカードの言葉はドラキュラには届かなかった。いや、むしろ届いたからこそ逆鱗に触れたのかもしれない。

 

「もはや貴様を眷属に加えはせぬ。リサの剣を捨てた愚行を悔いながら冥府に堕ちるがいい!!」

 

 ドラキュラが拘束を物ともせず無理やり暗黒魔法の印を組み始めた。対して今のアルカードにドラキュラに抗する武器は何一つ無い。

 ヴァルマンウェは砕かれ、剣魔もホールの護衛に回してしまっている。暗黒魔法も同じ闇の気質を持つドラキュラには通用しないだろう。

 

しかし……まだ一つだけ、アルカードにはドラキュラに抗う”術”があった。

 

 

 

 

 

 

 

「剣がなくとも……」

 

 

 

 

 

 

「貴方を止める術はある……!」

 

「!?」

 

 アルカードがそう言い放った瞬間、ドラキュラを取り囲む様に五つの光が出現した。

 

 

「鬼神流奥義……五榜の太刀!!」

 

 

 ユリウスがドラキュラを食い止めている間、練りに練りあげていたアルカードの闘気が今、ドラキュラに向け一斉に放たれた!

 

 

”ドガガガガガ!!!!!”

 

「ぬおおおおおおおおッ!!」

 

 

 ユリウスの奮戦は無駄では無かった。充分な時間を経た五体の幻影はデスに放った時とは違い、アルカードの姿を正確に模倣している。そしてその力も本物とほぼ変わらぬ物となっていた。

 アルカードの姿を模した五つの闘気は、前後左右、四方八方、縦横無尽に玉座の間を飛び交い、ドラキュラに攻撃を加え続ける!

 

「アル……カァァド……貴様ッッ!」

 

 混沌の両腕が幻影を叩き落そうとするが、司令塔であるドラキュラがヴァンパイアキラーによって拘束されているため思う様に指示が出せない。五体の幻影は両腕の死角から、ドラキュラ目掛け怒涛の連撃を加え続ける。

 

「ぬぅぅぅぅ……ッ!!」

 

「!!」

 

 だがドラキュラはまとわりつく幻影達を意図的に無視し、その照準をアルカード一人に定めた。体中を切り裂かれながら印を作り、例の白い紋章を浮かび上がらせる!

 

「幻影を放っている間は動けまい!我が暗黒の波動によって塵となれィ!!」

 

 魔王ドラキュラ最大の技、波動砲がアルカードに向け放たれ―――

 

 

「させるかァ!!」

 

「なッ!?」

 

 その時ドラキュラを拘束するヴァンパイアキラーが、三度炎となって燃え上がった!

 

「この力は……ッ!」

 

 ユリウスが持つ鞭の変化が、ドラキュラの記憶をくすぐる。その力はドラキュラが最後に戦ったベルモンドの正統後継者「リヒター・ベルモンド」のものと全く同じ。いやそれ以上の力を感じ取れた。

 

「この程度の頸木……ぐ、ぐあああああ!!」

 

 真の力を発揮したヴァンパイアキラーが放つ炎の前には、さすがの魔王ドラキュラも無傷と言う訳にはいかない。纏った衣服の上から肉体を焼かれ、苦痛に顔が歪む。と、不意に嵐の様な幻影の攻勢が止んだ。

 

「……!?」

 

 降ってわいた様な静寂に、ドラキュラが訝しむ。だがその時すでにアルカードはとどめの一撃を加えんとユリウスの下へ走っていた。

 

「合わせろユリウス!」

「アルカード!!」

 

 ドラキュラを縛り上げるヴァンパイアキラーに、折れたアルカードの長剣が重なる!

 

 

 

 

『ブラッディ・クロス!!』

 

 

 ドラキュラを拘束するヴァンパイアキラーから、真紅の十字架がドラキュラに向け発射される!

 

 

”ズアアアアアアアアア!!!”

 

「うぐあァッ!?」

 

 ゼロ距離から発射されたブラッディクロス!ドラキュラは混沌を具現化した本体ごと、十字架状の血槍によって天井に突き上げられた。

 

「ぐおおおおおぉぉぉッ!!」

 

”ガシャァァァン!!”

 

 共鳴術法の勢いは留まることなく、その体はステンドグラスを突き破り塔外へと放り出される。さすがのドラキュラも体内から突き出る血槍を防御する事は敵わず、その口からは大量の血反吐が吐き出される!

 

「ゴフッ!この……程度……ッ!!」

 

 ドラキュラは何とか血の十字架から脱出しようともがくが……

 

『でえええやああああッ!!』

 

「ぬうあああああッ!?!!」

 

 

 ようやく捕まえたチャンスを逃すまいと、ユリウスとアルカードがありったけの魔力をブラッディクロスに注ぎ込む!――瞬間十字の切っ先がドラキュラの体を突き破り、ドラキュラの背後に憑いていた混沌を四散させた。

 

「馬鹿な……!、この魔王ドラキュラが……下賤な人間共と同じ様に……ッ」

 

 血の十字架に磔られ、寒々しい風に吹かれながら自らの居城を見下ろす。

果たして死の間際に見るという走馬灯か……ドラキュラの脳裏にいくつものビジョンが廻り、自身の姿と重ね合わされた。

 

皆、こうやって死んでいったというのか……

復讐の為に殺した人間共も、かつて自らが信じた救世主も……、

そして……最愛の女性であるリサも…………

 

「――――!」

 

 

 

 

――そうだ……思い出した……

 

 

――あの時……リサを失った時に誓ったのだ……

 

 

――例え……リサ自身が望まずとも……

 

 

 

 

「私が……必ずリサの仇を討つと!!」

 

 

『――!?』

 

 ドラキュラが城中に響き渡る声で何事か叫んだ。それは凄まじいまでの邪気を帯びた物だったが、同時に底知れぬ悲哀も孕んだ”慟哭”にも感じられた。

 

「アイツ、哭いてんのか……!?」

「ユリウス、意識を途切れさすな!」

 

 悪魔城に轟く魔王の咆哮に、ユリウスは戦慄していた。だがそれでも状況はまだこちらに利がある。ブラッディクロスは今もドラキュラの力を吸い取り続けているのだ。

 

 

「……共鳴術法”ブラッディクロス”」

 

 

「……生命を吸う血の十字架だと?」

 

 

「……それほど我が血が食らいたくば…………」

 

 

 

 

存分に喰らうがよいわ!!」

 

「!!?」

 

 拘束した相手の生命力を奪う共鳴術法”ブラッディクロス”。だがドラキュラはそれを逆手に取り、自らの無尽蔵ともいえる魔力を逆にユリウス達へ向けて放出し始めた。

 

「血が……逆流してくる!?」

 

 ドラキュラの血液に含まれた魔力は、普通の魔物のそれとは文字通り質が違った。

凄まじいまでの怒り、恐怖、闇の波動がヴァンパイアキラーを通してユリウスへと流れ込んでくる。それはまるで錬金棟で賢者の石に触れた時と同じ――

 

「まずい!!ユリウス!」

「!!」

 

”カッ!”

 

 

”バシャァァァァッ!!”

 

 アルカードの叫びすらかき消す爆発音!

ブラッディクロスはドス黒い鮮血を辺りにまき散らしながら、膨れ上がった風船がはじけ飛ぶように、跡形も無く崩壊してしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

”ビュゥウウウウ……”

 

 悪魔城全体を震わせた爆発の後、冷たい夜風の音のみが城主の塔に木霊する。

ブラッディクロスの爆発により飛び散ったドラキュラの血は、城主の塔の壁、床、柱、その他全てをどす黒い赤色に染め、辺りには生酸っぱい臭気と瘴気が立ち込めていた。

 

「ゲホッげほっ」

 

 城主の塔を半壊させるほどの爆発に巻き込まれながらも、ユリウスは無事だった。ドラキュラの魔力によってブラッディクロスが決壊する直前、アルカードが共鳴術法を解いた事でかろうじて回避行動がとれたのだ。

 

「くそ!あと少しだったのに……!!」

 

 爆発のダメージを受けながらもユリウスはドラキュラを倒し損ねた悔しさの方が痛みに勝った。思わず傍らで周囲を警戒しているアルカードを見る。

 

”アルカード!何で術を解いたんだ!”

 

……と、玉座の間に入る前の自分だったら、きっとアルカードに掴みかかっていただろう。

 だがもしあのまま無理矢理ブラッディクロスを維持していたらどうなっていたか?最悪ドラキュラの血に飲み込まれて跡形も無く溶解、良くて心を乗っ取られていただろう。間違いなくアルカードに救われたのだ。

 

落ち着くんだ……怒りだけじゃドラキュラには勝てねえ……。

先生、ラング、ハルカ、皆……頼む、俺に力を貸してくれ……

 

 ユリウスは湧き上がる怒りを必死で押さえ込みながら、仲間達との経験を思い返し冷静さを取り戻そうとした。

 

 

”ヴァサアァッッ!”

 

『!!』

 

 だがユリウスが精神を集中する間もなく、崩れた天井から覗く満月を背に、ドラキュラが翼をはためかせ舞い降りてきた。

 

『…………』

 

 二人の前に現れたのは生身のドラキュラだけだった。背後を覆っていた巨大な混沌は既に消え失せ、その体はブラッディクロスの攻撃により全身から夥しい量の血が流れている。満身創痍と言っていい状態だ。

 

 

”パチ” ”パチ” ”パチ……”

 

『!?』

 

 一体どういう事か?ドラキュラは己を殺しかけた二人に向けて、突然拍手を打ち鳴らしはじめた。

 

「見事であった」

 

「見違えたぞアルカード。確かキシン流……とかいったか。まさかかような技を習得しておったとはな。先の言葉は撤回しよう、我を止めるに足る見事な”術”であった」

 

「……」

 

「そして小僧。貴様の体術もなかなかに面白かったぞ?」

 

「!」

 

「視覚、聴覚、触覚、感じられる全てが微妙にずれ、うつつか幻か見分けがつかぬ。未だかつてこのような技を使ったベルモンドはいなかった。派手では無いが見事な”術”だ……」

 

「…………」

 

「今の共鳴術法も実に惜しかった。放った者が闇の力を持つアルカードでは無く、聖なる力を持つ誰か別の人間であったなら……」

「万に一つだが今の一撃で倒されていたやも知れぬ。このドラキュラ、心からお前たちの技と研磨を称えよう…………」

 

”パチ” ”パチ” ”パチ……”

 

『…………』

 

 ドラキュラは手を打つだけでなく、あろう事かユリウス達に賞賛の言葉まで投げかけてきた。

困惑する二人をよそに、ドラキュラの打つ手の音だけが不気味に室内に響く……

 

 

 

”パチ” ”パチ” ”パチ” ”パチ” 

 

 

”パチ” ”パチ” ”パチ” 

 

 

”パチ…………” 

 

 

 

不意に……ドラキュラの打つ手が止んだ……

 

 

 

 

「そして……何よりお前たちのおかげで……」

 

 

 

 

「忘れかけていた志を今一度思い出せた!!」

 

『――!!』

 

 

 

 瞬間、ドラキュラの暗黒闘気が一気に膨れ上がった!しかもその力に呼応するかのように、負っていた傷も見る見る回復していく……!

 

 

「永きに渡る封印の中で真理にたどり着き、破壊を極めし我が究極の暗黒魔法……」

 

「光栄に思うがいい……この術を見るのはお前たちが最初で最後になろう!」

 

『ッッ!!』

 

 ユリウスもアルカードも、直感で理解した。ドラキュラの言っている事は決して誇張では無い……!!

 

 

 

黙示録の暗黒炎(デモニック・メギド)!!」

 

『――――――』

 

 

 マグマの様に煮えたぎる暗黒の炎が瞬く間に膨れ上がり、ユリウス、アルカード、そして城主の塔をその奔流の中へ飲み込んでいった――――

 

 


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