悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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 ハルカとラング、両名の尊い犠牲と引き換えに何とかデスを撃破したユリウス。だが死神はラングの体内に残した核を起動させ、ユリウスら神の使途の全滅を図る……!


決意

「核は起動した!もうどうすることも出来ん!さあ、不浄の業火にその身を焼かれるまでせいぜい神とやらに祈るがいい!ク ハ ハ ハ ハ――……」

 

 勝ち誇った笑い声を響かせながら死神の気配は消え去った。代わりに”核”という醜悪な置き土産を残して……

 

 

「デスゥゥゥ……ッッ!!」

 

 ――死神め、最後にとんでもねえ物を残していきやがった―― 

ユリウスは心の底からデスを呪った。ハルカとラングを失った悲しみにひたる間も無く、ユリウスは危急の対応を迫られる。

 

 

「どうすれば……どうすればいい……ッ!?」

 

 目の前の困難をどうにか切り抜ける方法は無いかと、ユリウスの脳が目まぐるしく回転する。

 

――グランドクロスの光で核を浄化する?

 

……ダメだ、万が一誘爆したら自分は助かってもアルカードが死んでしまう。

 

――魔力を込めた聖書で防壁を張る?

 

……ダメだ。魔力で強化しても紙は紙、核の前には薄氷にも劣るのは時計塔で思い知っている。

 

 ユリウスは必死に思案したが、いずれも決め手に欠ける。やむなくユリウスは倒れている仲間に駆け寄った。 

 

 

「アルカード!起きてくれ!アルカード!!」

 

 悔しいがデスの言う通り、自分にはとても核を防ぐ程の結界は作れない。ハルカもいない今、アルカードを頼る他に手だては無かった。ユリウスは必死に友の名を叫ぶが……

 

「…………」

 

 だがすぐにユリウスは呼びかけるのをやめた。時間の余裕が無く必要最低限の治療しか出来なかったため、アルカードの傷はまだ完全には塞がっておらず意識も無い。また仮に意識が戻ったとしても、このケガではとても強力な結界を張る事は出来ないだろう。

 

「くッ!」

 

 仲間を頼れないと見るや、ユリウスは即座に行動に移った。意識の無いアルカードを背負いあげると、深殿の壁面……扉があった場所まで一目散に走り出す。

 

 

 

 

「畜生!完全に塞がってやがる!」

 

 一縷の望みにかけて入口まで来たが、壁は完全に白骨に覆われ”扉”の”と”の字も見当たらない。ユリウスは背負っていたアルカードを降ろすと、扉があった場所に向かって思い切りヴァンパイアキラーを打ち据えた。

 

”ヴァシィィィンッ!!”

 

「…………ッ!!」

 

 だが覚醒したヴァンパイアキラーの一撃をもってしても、白骨の壁が多少抉れるだけで、扉はおろか、その先の空間すら出てこない。

 

「くそッ!くそッ!くそッ!」

 

 諦めずに幾度となくヴァンパイアキラーを振るうユリウス。だが恐らく城の魔力か何かで深殿自体が次元ごと隔離されているのだろう。ユリウスの攻撃はいたずらに体力を失うだけだった。

そうこうしている間も核のカウントは進んでいるのか、ラングの遺体から発せられる光はその強さを増していく……

 

 

「くっそオオオオオオオオ―――――ッ!!!」

 

 ユリウスの絶叫が深殿に響く。こんな事で、こんな所で終わりなのか!?ラングとハルカの仇も……先生の……母さんや父さんの想いも遂げられないまま俺は死ぬのか…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”パキッ”

 

「――!?」

 

 その時……ラングの遺体の側から骨の砕ける音がした。

 

 

 

 

「いい……大人がピーピー泣いちゃってさ……ゆっくり……死んでもいられない……よ」

 

「ハル……カ……ッ!?」

 

 目の前の光景を見た瞬間、ユリウスは驚きと衝撃で全身が震えた。ほんの数分前、自身が最期を看取ったはずのハルカが立ち上がり、あろうことかその足で歩き出していたのだ。

 

 ユリウスの叫びに神が答えたのか、それとも悪魔の城の気まぐれか……いずれにせよハルカは幽鬼のようにふらつく足取りで、青く発光するラングの遺体の前に立つと、ゆっくりとその手をかざした。

 

 

”シュオオオオオ…………”

 

「…………!!」

 

 ラングの身体に空いた無数の穴から、見る間に青い光がハルカの掌へと吸い込まれていく。核の力が取り込まれるにつれ、次第にラングの放つ光は薄れ……やがて完全にその輝きを失った。

 

「ハル……カ?お前……ッ」

 

 だがラングから核の力を吸い取ったとはいえ、核自体が無くなったわけではない。案の定その力は収まらず、今度はハルカの身体が青く発光し始めた。だがハルカはしごく落ち着いた様子でユリウスに語り掛ける。

 

 

「さて……仕上げと……いこ……うか」

「仕上……げ!?」

 

 意味深なハルカの言葉に、思わずユリウスが聞き返す。

 

 

「ユリウスも……聞いた事あるでしょ?ヴァンパイアキラーの言い伝えを……」

「……!!お前……まさか!?」

 

 

 ユリウスはかつて師に習った鞭にまつわる血塗られた伝承を思い出した。

「ヴァンパイアキラーは親しき人間の”穢れた魂”により完全な武器へと近づく……!」

 まさか……ハルカは自分の魂を……!!

 

 

「……まああんまり親しくはない……けど、血は繋がってるみたいだから……」

 

 ハルカが力無く笑いながら、一歩ユリウスへ歩み寄った。

 

 

「今のうちに私の魂ごと核を取り込んじゃえば……鞭は強化される。ユリウス達も助かる……

一石二鳥……だね……へへ……さ、パパっとやっちゃってよ……もう……立ってるのもつらいんだ……」

 

「ふ……ふざけるな!そんな事出来るわけ……!」

 

 ハルカの提案に、ユリウスがたまらず声を荒げる。

 

 鞭に魂を取り込むという事は、永遠に鞭に捕われるという事だ。ましてヴァンパイアキラーは封印の為に悪魔城内にとどめ置かれる……つまりハルカの魂を鞭に引き入れたが最後、少女の魂は悪魔城と共に永遠に日食の中へ封印されるのだ。

 

 とてもじゃないがそんな役目をハルカに負わせる事など出来ない。ユリウスは少女の提案を断固 固辞した。だが……ユリウスの言葉を聞いた瞬間、それまで微笑を湛えていた少女の顔から笑みが消えた。

 

 

 

「……甘ったれてんじゃねえよ……」

 

「――!!」

 

 身体の芯まで凍るようなハルカの声色に、ユリウスは文字通り言葉を失う。

 

 

――逃げるの?

 

「!」

 

――私たちの命を無駄にするの?

 

「!!」

 

――ユリウスの……いくじなし……!

 

「!!!」

 

 

 

 ハルカは何も言葉を発さない。だがその真っすぐな翡翠色の瞳が、雄弁にユリウスの心に問いかけ、糾弾する。

 

 

「う……、うぅ…………」

 

 ユリウスもハルカの言う通り、他に方法が無い事は解っていた。だが師から嫌という程ヴァンパイアキラーの呪いの恐ろしさを聞いていたユリウスには、とてもそんな残酷な手段は選べなかったのだ。

 

 

”グラ……ッ”

 

「う……」

「ハルカ!」

 

 しかしその時、もはや限界だったのか、ハルカの身体が大きくよろけた。すぐに駆け寄ろうとするユリウス。だがハルカは即座に視線を上げユリウスの行為を拒否した。その鬼気迫る表情を見た瞬間、ユリウスの脳裏に半年前の……そして幻夢宮での記憶がフラッシュバックする。

 

 

「……先……生……ッ」

 

 

 その時ユリウスには目の前のハルカの姿が、自身を成長させるために命を賭けた師、ジョナサンの姿と重なって見えた。

 

 

「く……ぐッ」

 

……少女の死を賭した決意に、もはやユリウスから逃げるという選択肢は無くなった。

 

走ってもいないのに息が切れ、汗が滲む。呼吸が乱れ、動悸が止まらない。だが必死に拒否の意を示す肉体に反し、ユリウスは既にヴァンパイアキラーを握っていた。

 

主の意を汲んだのか、やがて鞭はその姿を白く発光する波動へと変える…………

 

 

 

 

「ハ……」

 

 

 

 

 

「ハルカアアアアァァァァ―――――ッ!!」

 

 

 

 ユリウスは涙と血と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪ませながら、ハルカの名を叫んでいた。

……本当は目を背けたかった。鞭に打たれるハルカなど見たくは無かった。だがユリウスは自身の鞭が少女を打つその瞬間まで、決して目を背けないと誓っていた。

 

最後の瞬間……ハルカの瑠璃色の瞳と、ユリウスの蒼色の瞳が交わった――――

 

 

 

――バイバイ……ユリウス……

私……ユリウスのこと……………………

 

 

お姉……ちゃん………………

 

 

 

 

 

 

”シパァァァァンッ!!”

 

 

 光の帯となったヴァンパイアキラーは、ハルカの身体を一切傷つける事無く、その穢れた魂のみを斬りはらった。

 

 やがて……抜け殻となった少女の肉体は舞い落ちる天使の羽の様に、音も無く深殿の床に吸い込まれていった………………

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

◆  ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぐ…………」

 

 強制的な長い眠りから、アルカードは意識を取り戻した。

 

「……生きて……いるのか?」

 

 目覚めたばかりで未だ覚醒しきっていない頭をぶんぶんと振り回し、どうにか思考できる状態まで持っていく。確か……背後からシャフトに胸を貫かれ……そして――

 

「!」

 

 見ればシャフトによって貫かれたはずの胸には包帯が巻かれ、完璧な処置がしてあった。周囲に乱雑にまかれたポーションの瓶の数を見るに、相当な重症だったとみえる。

 

「…………!?」

 

 その時アルカードは違和感に気付く。何故これほど大量のポーションを使った?アルカードは半吸血鬼、ハルカの治癒魔法と併用すればいかに重症といえどこれほど多くのポーションはいらないはず――――

 

 

「――!」

 

 その時、少し離れた場所にうずくまる赤毛の青年に気付いた。アルカードは自分が気を失っている間に何があったのかを聞こうと歩み寄るが……

 

 

 

 

 

「……………………………………ッッ」

 

 その光景を見た瞬間、アルカードは自身が眠っている間に何が起こったのかその全てを悟った。うずくまるユリウスの腕の中には、血の気を失い、眠る様に息絶えたハルカが。そしてその前には全身を血で濡らし、物言わぬ躯となったラングが手を組んだ状態で寝かされていた。

 

 

「――俺の……責任だッ!」

 

 

 眼を覆いたくなる現実に、固く握りこんだ拳から真っ赤な鮮血が滴り落ちる。アルカードは自身の不甲斐なさに、いますぐ自分を死ぬほど殴りつけてやりたい衝動にかられた。

 自分があの時もっと後方に注意を払っていれば……!いやそもそもシャフトにハルカを浚われていなければ……!後悔がぐるぐるとアルカードの脳裏をめぐる。だが……もう何もかもが遅かった。二人は……ハルカとラングは死んだのだ。

 

 

「お前の……せいじゃねえよ……」

「ユリ……ウス……ッ」

 

 自らを責めるアルカードに、ユリウスが背中越しに語り掛ける。

 

「ハルカに……言われちまったよ……。”お前は甘い”ってな……本当に……本当に最後まできつい奴だったよ…………」

 

「けど……おかげで目が覚めた。俺に足りないものが……いや、余計な物が解った……」

 

 

 

「俺は……鬼になってやるッ!!」

 

 

 ユリウスはハルカをラングの隣に寝かせると、ナイフを取り出しその栗色の髪をひとつかみだけ切り取った。そして僅かな祈りを捧げたのち、腰のポーチから聖水の入った小瓶を取り出した。

 

「……ユリウス、お前……!」

 

 悪魔城では死体は放っておくと生者を襲うゾンビと化す。それは例え神の使途であっても例外は無い。防ぐ方法はただ一つ……動き出す前に ”処理”する事だけ……

 

「……ッ!!」

 

 ユリウスは隣り合っている二人の亡骸に向け、手に持った聖水を勢いよく振り下ろし――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ユリウス……」

 

 だが……聖水を頭上まで振り上げた所で、ユリウスの動きは止まってしまった。目の前にはハルカが生前と全く変わらぬ姿で寝そべっている。ラングも傷は酷いが顔は生きていた頃のまま、二人ともまるで眠っている様だ。

 ここに来るまで何人もの海兵隊員を処理してきた。今回だって同じ事だ。だが……ユリウスは動けなかった。手に持った聖水を振り下ろしたが最後、二度と二人の顔を見る事は出来ないのだ。

ユリウスは震える手をどうしてもそこから動かす事が出来なかった。

 

 

 

 

「…………ヘル……ファイア」

 

 その時、葛藤するユリウスをみかねたアルカードが暗黒魔法の炎を灯した。アルカードは何も言わず、ユリウスの前に出ようとする……が、

 

 

 

 

”グシャァン!”

 

「――!?」

 

 なんとユリウスは手に持ったガラス瓶をそのまま握りつぶした。握りこんだ拳からは血が滴り、気化し始めた聖水が掌を焦がし始める。

 

「ユリウス……!」

 

 アルカードの位置からはユリウスの表情は見えない。だがその行為はまるで二人を殺した責を……、痛みを自分に課している様に見えた。

 

 

 

「う……」

 

 

 

「うう……」

 

 

 

 

「うああああああああ――――ッッ!!」

 

 

 

”ボオォゥ!!”

 

 

 二人の遺体に触れた薬品はたちまち燃え上がり、ハルカとラングの肉体を青白い浄化の炎に包み込んだ。清められた聖水の炎は肉の焦げる不快な匂いも、燻る黒煙すら出す事無く、二人の亡骸を天へと還す……

 

 悪魔城最下層地下深殿……もはや激しい戦いは終わり、静けさを取り戻した場所にいるのは傷ついた二人の男のみ……

 

 

 

燃え上がる炎を見つめるユリウスの瞳に……涙は流れてはいなかった……

だがその蒼い瞳の奥底に……滾るような復讐の焔が燃え盛っていた…………

 

 

 

 


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