悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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因縁の結末

「カビの生えた技を使える様になった位で……図に乗るでないわァッ!!」

 

 デスは鞭の力を開放したから何だと言わんばかりに、ユリウス目掛け無数の骸骨弾を放った!だが骸骨弾の群れはサラマンダーの如く燃え盛るヴァンパイアキラーの一振りによって、一つ残らず焼き尽くされてしまう。

 

 

「ぬぅぅぅぅ……ッッ!!」

 

 死神自慢の暗黒魔法を軽々といなすユリウスに、死神が「ぐぬぬ……」と歯噛みする。

 

 

「どけ……今俺がブッ叩きたいのはドラキュラでもお前でもねえ、ハルカをやったあの爺だ。

…………邪魔をするなら…………」

 

 

 振り払った鞭を手元に戻しながら、ユリウスがデスに警告する。だが仮にも死を司る神であるデスが、そんな脅しで退くはずが無い。

 

 

「クアハハ!この死神を前にして随分とほざく物よ。……正直な所シャフトなどどうでもよいのだがな。例え一歩でも貴様らを伯爵様の側に近づける訳にはいかぬ」

 

 

 デスは時計塔で本体の死神がした様に、大鎌に瘴気を送り込んだ。途端、死神の鎌は禍々しくゆらめく紫色の闘気を纏い、一気に二回りも巨大化する。

 

 

「忌々しいその鞭ごと、貴様の命を刈り取ってくれようぞ!!」

 

 デスは瘴気を纏った大鎌を下段に構えると、切っ先を地面につけ、火花を散らしながら一気にユリウスに迫る!一方ユリウスも望むところだとばかりに、向かって来るデスに向かいヴァンパイアキラーを振りかぶる!

 

 

「どけえええええッッ!!」

 

――瞬間、デス目掛けて振り下ろされた鞭と、ユリウス目掛け振り上げられた鎌が交差した!

 

 

”ヴァジジイイイィィィッッッ!!”

 

「!!」

「!!」

 

 互いの武器が重なり合った瞬間、ヴァンパイアキラーの赤い闘気と、デスサイズの紫の瘴気がスパークする!光と闇、相反する二つの属性が鎬を削るその光景は、さながら赤い龍と紫の虎が互いを喰らいつくそうとしている様にも見えた。

 

 

「チィィ……!わずかな時間でここまで鞭の力を引き出すとは……だが!」

「!」

 

 両者の趨勢は拮抗しているかに見えたが、不意に死神の鎌が大口を開けた鰐の姿へと変化した!巨大な(あぎと)となったデスサイズがヴァンパイアキラーに喰らいつき、その自由を奪う!

 

 

「捕らえたぞ!このまま瘴気を送り込んで二度と振るえぬよう穢してくれる!」

 

 デスは喰らいついたヴァンパイアキラーをそのまま力づくで引き寄せると、時計塔で本体がヴァルマンウェを侵したように、自身の瘴気を送り込もうと手を翳した。だが……

 

「!?」

 

 その時デスは自身の鎌の異変に気付いた。瘴気によって鞭を浸食するどころか、逆に鞭の炎が死神の鎌を侵食していたのだ!

 

「鞭を穢すだと?やれるもんなら…………やってみやがれェッ!!

 

 ユリウスの叫びに呼応するように、ヴァンパイアキラーの火勢は勢いを増し、自身を喰らおうとするデスサイズを逆にその炎の中に巻き込む!

 

「ぬおおおッ!?」

 

 ヴァンパイアキラーの放つ火勢は近寄っただけで身を焦がす程だった。デスは炎に巻き込まれるのを避けるため鞭をふりほどこうと、反射的に鎌を引き上げたが……

 

”ドガガッ!!”

 

「ぐはァッ!!」

 

 間髪入れずユリウスの放った退魔の十字架が、鎌を振り上げた事でガラ空きになったデスの胴体に抉りこむようにヒットする!

 

 

”ドザザザザァァァッ!”

 

 デスはクロスを喰らった衝撃で鎌を手放し、そのまま深殿の斜面につっこんでいった。一方ヴァンパイアキラーに絡めとられたデスサイズは、聖鞭の放つ炎によって塵一つ残さず消滅させられてしまった。

 

 

 

「くッ、おのれぇぇぇ……ッッ!」

 

 十字架によってえぐられた胸を押さえながら、デスが怨嗟のうめき声をあげる。それでもかろうじて身を起こすと、すぐさまユリウスに反撃を加えるべく、両の手を前方に翳したが……

 

「……ッッ!!」

 

 デスは自身の手を見て愕然とした。さっきまで体を覆っていた紫の瘴気が、今は見る影もないほどに弱まっている。それどころかラングから混沌を吸い取った事で修復されたはずの怪我が、再び細かい亀裂となって全身に走っていた。

 

「馬鹿な!!たかだか二、三度矛を交えた程度で、蓄えた力を使い果たしたとでもいうのか!?」

 

 いくらベルモンドが鞭の力を覚醒させたとはいえ、実力はこちらが確実に上回っていたはず。なのに何故こうも押されるのか?不測の事態に、デスの思考が目まぐるしく回転する。だが目の前の戦士はそんな思考の猶予をデスに与えてはくれなかった。

 

 

「――ッ!」

 

 瞬間、デスは殺気を感じ身を翻す!

 

 

ヴォオオゥッ!!

 

「くッ!」

 

 今しがたデスのいた場所に青白い聖水の火柱が立った。そしてその炎の先に、修羅の如き形相のユリウスが無言でデスを見下ろしていた。

 

 

「立てよ……どかなかったのはお前なんだ。この程度で済むと思ったら大間違いだぜ?」

 

「ベル……モンドォォォ……ッッ」

 

 まがりなりにも死を司る神である自身を、まるで下等な虫けらのごとく見下す青年の不遜な態度。デスの自尊心は怒りに震え、その眼窩は怨嗟の炎で燃え上がっていた……

 

 

 

 

 

 

「ユリ……ウス」

 

 深殿の中央部から遠く離れた外周部。砕けた腕の痛みすら忘れる程に、ラングは目の前の戦いに見入っていた。だが……それは決して優勢に戦いを進めるユリウスへの高揚感からではない。

 

 鞭の力を開放したユリウスは確実に死神を追い詰めている。しかし……どうしても嫌な予感が、不安が拭いきれない。

 ひどく危ういというか……ユリウスの怒りに満ちた怒号が、一方で悲痛な悔恨に聞こえた。ハルカを殺した闇の者達への怒り……だがそれ以上に仲間を守れなかった自分自身の不甲斐なさに憤っている……ラングにはそう思えて仕方が無かった……

 

 

 

 

 

 

「死の鎌よ!行けィ!!」

 

 

 大鎌を失ったデスは、数で押し切ろうというのかユリウスの周囲に無数の小鎌を召喚した。しかし今のユリウスにとっては不快なやぶ蚊程度の物でしかない。ユリウスは炎の鞭を周囲に振り回し、小鎌の群れを一掃する。

 

「ぐッ!?」

 

 だが上空の小鎌を払った瞬間、足元から鋭い痛みを感じた。そして同時に、ユリウスの体は思い切り宙へ突き上げられた!

 

「馬鹿め!かかりおったな!?」

 

 デスが歓喜の声を上げる。死神はユリウスの意識を小鎌に集中させている隙に、自身から生やした骨の触手を地面に潜り込ませ、ユリウスを地下から突き上げたのだ。

 

「かつての人間どもと同じ様に、串刺しにしてくれる!!」

 

 500年前の串刺し公(ドラキュラ)の反乱の再現とでもいうのか、宙へ抱えあげられたユリウスに向かってさらに多くの骨針が迫る!しかしユリウスは自身の身体を貫く骨を引き抜きもせず、大きく目を見開き、叫んだ。

 

 

「この程度の痛みが……」

 

 

 

「なんだってんだァァァ――――ッ!!」

 

「ッ!!?」

 

 途端ユリウスの体が黄金色に発光し、自身に食い込む骨針を瞬く間に消し飛ばした!そしてそのまま身を翻すと、反撃のヴァンパイアキラーを眼下のデス目掛け振り下ろす!

 

「くッ!!これも駄目か……ッ!」

 

 一矢報いるかと思われた奇策も簡単に跳ね返され、デスは完全に気圧されていた。デスサイズを失った状況では正面からやりあうのは不利と悟ったか、デスは気配を遮断し一旦逃走を図る。

 

 だが……デスはここで痛恨のミスを犯した。地面に潜り込ませた触手の回収が間に合わず、楔となった事で回避が一瞬遅れたのだ。

 

「しま……ッ!!」

 

 数々の謀略を計ったデスに似つかわしくないあまりにも杜撰なミス。だがそれを後悔する間もなく、デスの眼前に燃え盛るヴァンパイアキラーが迫る!

 

”ヴァシィィィンッ!!”

 

「うがぁああァァッ!?」

 

 透き通るような衝撃音と、骨が木っ端微塵に砕ける乾いた音。その両方を奏でながら、デスの身体は宙を舞っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……がはッ……」

 

 覚醒したユリウスの一撃を真正面から喰らいながらも、デスはまだ生きていた。だがその体は纏っていたローブは擦り切れ、体の至る所が未だに燻っている。

 

”ペキッ”

 

「はっ!」

 

 白骨の床を踏みしめる足音がデスに迫る。右手にヴァンパイアキラーを携えたユリウスが一歩一歩、ゆっくりと死神との距離を詰めているのだ。

 

 

「く……ぐぅッ」

 

 もう浮遊する力さえ無いのか……デスは這う這うの体で這いずりながら、必死でユリウスから逃れようとする。その姿にドラキュラの腹心としての高貴さは微塵も無かった。

 

だが……そんな哀れな魔物にも、今のユリウスは一切容赦はしない。

 

 

”ヒュカッ!!”

 

「うッ!」

 

 ユリウスが投擲したナイフが死神の眼前に突き刺さり、その動きを強制的に止める。デスはやむなく自身を追うユリウスと相対するが……

 

「…………ッ」

 

 デスはユリウスの瞳を見た瞬間、凍り付いたように動けなくなった。ユリウスの眼差しには目の前のデスに対して微塵の嘲りも、哀れみの感情も見られない。ただ目の前の敵を”獲物”としか認識していない、冷淡な獣の目だった。

 

 デスはもはや逃げられないと悟ったのか、ユリウスに向かって先程からつきまとっていた疑問をぶつける。

 

 

「何故……何故勝てぬ……!ほんの少し前まで、確かに私の力量が上回っていた筈……ッ」

 

 肩で息を切らしながらデスがユリウスを問いただす。唐突に死神から問いを投げかけられたユリウスは一瞬だけ意外そうな表情を見せたが……すぐに元の冷ややかな視線に戻ると静かに口を開いた。

 

 

 

「お前……人間の何を見てきたんだよ?」

 

「……何?」

 

 ユリウスから逆に尋ねられ、デスが困惑する。

 

 

「お前は50年も人間だったんだろう?そんなに長いこと人間やってきて、何も気づかなかったのか?」

「だから何を言っているッ!!」

 

 はぐらかす様なユリウスの言葉に、痺れを切らしたデスが声を荒げた。だがその威勢は、ぞっとするようなユリウスのプレッシャーによって瞬く間に委縮してしまった。

 

 

「解らねえなら教えてやる……。人間はな……親しい人間をやられた恨みは絶対に忘れねえんだ。例え腕がもげようが、命を落とそうが、やった奴に落とし前つけさせるまでは絶対にな!」

 

「……!」

 

 

「お前が言ってただろうがよ、”殺られた恨みはグランドクロスでも祓えない”ってな。普通の人間でもそれだけ怒りの感情ってのは強いんだ。まして俺の……ベルモンドの怒りが、生半可なもんで済むわけがねえだろうがよ……ッ!!」

 

 

「………………ッッッ!!」

 

 

 

 

 

「ク……」

 

 

「クク……」

 

 

 

 

 

「ク ハ ハ ハ ハ ハ ハ !!」

 

 

 デスはユリウスの答えを聞き合点がいったという様子で、唐突に高笑いを始めた。

 

 

「そうかそうか……この死神ともあろう者が……迂闊であったわ……」

 

「人間が多少覚醒しようと、この死神からすれば些末な差でしかないのでな。気にもとめなんだ。だが……確かに時として仲間を失った怒りで実力以上の戦果をあげる者もいたな」

 

「遅かれ早かれ誰にでも等しく訪れる ””……

そんな事に一喜一憂する人間どもを嘲り、侮っていたが……認めようベルモンド。人間の怒りの強さを、仲間への”想い”とやらを……………」

 

「…………」

 

 デスの悔恨とも、自虐ともつかぬ独白を、ユリウスはしばらく黙って聞いていたが……やがてデスに引導を渡すべく、再びヴァンパイアキラーを握る手に力を込めた。しかし……

 

 

 

 

「だがこの死神……例え分霊といえど伯爵様に仕える身としてただで死ぬわけにはいかぬ!」

 

「――ッ!?」

 

 

 ユリウスは不意にデスから強烈な殺気を感じ、反射的に距離を取った。いや、取らざるを得なかった。

 もはや息も絶え絶えで、まともに動く事すら出来ないはずのデス……だがだからこそ、何をしてくるか解らない不気味な凄みの様な物を、今のデスからは感じ取れた。

 

 

「クハハ……有り難い、そちらから距離をとってくれるとは……」

 

ユリウスが警戒しているのを看破したのか、デスの崩れかけた頭部がギギギ……と回転する。

 

「私が……ただ闇雲に這いずっているだけだと思うたか?」

「――!」

 

 その時ユリウスはデスの意識が自分ではなく、遥か後方で倒れ伏す()()()()()()()に向いている事に気付いた。

 

 

「――まずい!」

「――遅いわッ!!」

 

 デスの頭蓋がユリウスに向きなおる!ユリウスがデスの真意に気付いた時、既に死神は攻撃に移っていた!

 

 

「貴様は無理でも……アルカード様をこちらへ引きずり込んでから死んでくれるわァ――ッ!」

 

 

デスの身体から放射状に伸びた骨針が、ヒュドラのごとくユリウス達に襲い掛かるッ!!

 

 

”ズウゥァアッ!!”

 

”ドスッ!”

”ドスッ!”

”ドスッ!”

 

「ぐぅああッ!!」

 

”ドシャァアッ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぐ……」

 

 ユリウスはデスの捨て身の攻撃によって吹き飛ばされ、まるで昆虫標本のように深殿の壁面に押さえつけられていた。

 

「畜……生……しくじった……!」

 

 かろうじて急所は避けたが、デスの骨針が肩を貫通し身動きが取れない。悪い事に壁面に強く打ちつけられた事で脳震盪にでもなったのか、ろくに体も動かない。

 

 クレバーに戦っていたつもりだったが、やはりハルカを失った怒りで冷静さを失っていたのか……ユリウスは激しい自責の念にかられた。

 だが今は自身への怒りよりも、仲間の安否が気にかかった。アルカードは……ラングは無事か?ユリウスは言い知れぬ不安を抱きながら、恐る恐る視線を上げるが……………

 

 

 

 

 

 

「アル…カードは……やらせない……ッ!」

 

「ラン……グ!?」

 

 

 ユリウスの瞳に飛び込んできた光景……それは折れた両腕を大鷲の様に広げ、身を挺してアルカードをかばうラングの姿だった。

 ラングは全身をデスの骨針に貫かれ、夥しい量の血を流している。だがそれでもなお倒れず、アルカードをデスの凶刃から守り切っていた。

 

 

「軍……曹ォォォ!!また貴様かァ……!!」

 

 一体これで何度目か……ことあるごとに邪魔をするラングに、死神が怨嗟のうめき声をあげる。

だがその時……デスはラングが不可解な行動をとっていることに気づいた。

 

「shi…n……」

 

 いつの間に回収していたのか……ラングの手にはアガーテが握られていた。いや、死神にグシャグシャに砕かれた手ではまともに銃を握る事は出来ず、かろうじて指にひっかかっていると言った方が正しい。

 そんな状態にもかかわらず、ラングは死神へ銃口を向けた。通常こんな腕ではまともな照準は出来ない。だが体から骨針を伸ばし、身動きのとれない今のデスならば何とかなる。ラングはありったけの魔力をアガーテに込め、死神に向け光の弾丸を発――

 

 

「させるかァッ!!」

 

”グブバシュゥゥッッ!”

 

「――がはッ!」

 

「――――――ッ!!」

 

 

 身動きの取れないユリウスの眼前で、ラングの体から鮮血が吹き上がる!

ラングが引き金を引くよりも早く、デスの骨針が茨の様にささくれだち、内部からラングの身体をズタズタに食い破ったのだ。

 

 

「ハァ……、ハァ……、身の程知らずが……出しゃばりおって!」

 

 かろうじて反撃が間に合い、デスが安堵の表情を浮かべる。ラングは全身を貫かれた事で、ビクッ、ビクッと痙攣をおこし、もはや死ぬのは時間の問題……死神はおろか、ユリウスですら諦めかけていた……しかし――

 

 

「……ィ……ドォ………」

「ッ!!?」

 

 ラングはまだ生きていた。脳、脊髄、心臓、肺、およそ人間が生命活動に必要な臓器全てをズタズタに貫かれ、とうに死んでいてもおかしくない状態にもかかわらず、グシャグシャに砕かれた手でなお、アガーテの銃口をデスに向け、その鷲のごとき眼差しで死神を見据えていた。

 

 

「馬鹿な……ッ!?」

 

 デスは今際の際のラングが見せた執念に、初めて人間に対し心の底から恐怖を覚えた。

――何故だ?闇の眷属でも無く、ベルモンドの様な超人でもないただの人間が、何故まだ生きている?何故まだ戦える?何故……死を恐れない!?――

 

 死を目前にしてもなお戦いをやめようとしないラングに、恐慌状態に陥ったデスはもう一度攻撃を仕掛けようとした。だがラングに刺さった骨針はピクリとも動かない。先の攻撃で余力を使い果たしたデスには、もはや骨一本伸ばす力も残っていなかったのだ。

 

 

――ティード……オオオ……ッ!

「……ひッ!!」

 

 地獄の底から響くようなラングの叫びに、デスが思わず身をかがめる!…………が……

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――――」

 

「……!?」

 

 

 

 だが……ラングの反撃もそこまでだった。アガーテの照準をデスの眉間にあわせたまま、ラングは既に事切れていた。

 

 

 

「…………ク、……クハハ!よ、ようやく死におったか……驚かせおって……!」

 

 ラングの死を確認し、デスは思わず額の汗を拭う仕草をした。人間の姿では無い事を忘れる程、デスは目の前の人間に精神的に追い詰められていたのだ。

 

 だがもうラングは死に、抵抗は出来ない。どうにか落ち着きを取り戻したデスは今度こそアルカードにとどめをさそうと、ラングを貫いた骨針を引き抜こうとしたが……

 

 

「う……動かん!?」

 

 一体どうした事か?ラングに食い込んだ骨針が、引っ張ろうが、揺らそうが、その体に食い込んだまま離れないのだ。

 

「な、何故引き抜けんッ!?もう死んでいるはずだ!放せ!放せ軍曹ッ!」

 

 もはや息の無い肉塊と化したはずのラングの肉体が、はたして意思があるかの様にデスの骨針を掴んで離さない!

 城のゾンビ化が働いたのか?それともただの死後硬直か?……もしかしたらラングの人間としての最期の意地がそうさせたのかもしれないが……だがいずれにせよ、この一瞬の動揺と遅れが死神の生死を分けた――――!

 

 

「ラン……グ……ッッ」

 

「……!」

 

 背後から聞こえてきたその声に、デスの背筋が凍り付く。ユリウスはまだ壁面に張り付けられていた。だが鬼の形相で歯を食いしばり、血が滴るほど強く握りしめられた拳からは、かつてないほどの闘気が漲っていた。

 

 

「軍曹……貴様最初からこれを狙って……!?」

 

 デスが思わずラングを振り返る。だがその死に顔を見た瞬間、デスに再び戦慄が走った。

 

 

 

――笑っている……!?

 

 

 ……ラングは死神に向かって笑みを浮かべていた。体中をズタズタに貫かれ、苦痛の内に死んでいったはずの男がこちらを見て笑っているのだ。

 

 それは時間稼ぎに成功した笑みだったのか、仲間を守り通した喜びによる物だったのかは解らない。だがどちらにせよそのラングの顔が、本体の死神と同じく、分霊のデスが現世で見る最後の映像となった。

 

 

 

 

 

――ユリウス!今だ!やれェ――――――!

 

 

 

 

 

 

「ラングから……離れろォォ――――――ッ!!」

 

「う……ウアアアアアア――――ッ!!」

 

 

ユリウスから発せられた十字状の闘気が、死神の骨針を、身体を、地下深殿を、その黄金の光の中へ飲み込んでいき――そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ッ、ハァ……ッ、ハァ……ッ」

 

 壁面の一部が大きく抉れた地下深殿に……ユリウスは一人立っていた。 

深殿にデスの姿はもはや無く、残っているのはユリウスと…………アルカードだけだ。

 

 ユリウスは身体を引き摺る様にして仲間たちの下へ歩いていく。そこには未だ意識が戻らぬアルカード。眠る様に伏すハルカ。そして……死神に体を貫かれ、全身を赤茶けた血に濡らしたラングが立ったままの姿で事切れていた……

 

「ぁ……あぁ……、うぅ……う……ぁ……」

 

 十二年前の因縁に決着をつけたユリウス。だが微塵の達成感も、微々たる高揚感すら無かった。あるのはただ深い絶望と後悔のみ……

 

 

 

 

 

「―――――――――――――ッッ!!」

 

 

 頭を抱えたままうずくまり、声にならない奇声をあげる……!

ユリウスは深殿の床にひたすら頭をうちつけ、叫び続けた。だがその叫びに答える者は、もうここにはいない。ほんの数分の間に、これまで辛苦を共にしてきた仲間を、立て続けに二人も失ってしまったのだ。……信じられなかった。信じたくなど無かった。

 

 父さん、母さん、先生、ハルカ、ラング、いつもこうだ。親しくなった人は……、愛しい人は皆オレのせいで死んでしまう!!

 

 深い絶望がとめどなくユリウスを襲う。もういっそこのまま発狂してしまいたかった。だがそんなユリウスの願いすらあざ笑うかの様に、悪魔の城はどこまでも冷酷に、ユリウスを奈落の底へ叩き落そうと追い詰めてくる…………

 

 

 

”パアアアァァァ――――!”

 

「!?」

 

 その時突然ラングの遺体が青く輝き出した。ユリウスはその光に見覚えがあった。ダンスホールで初めてデスと相まみえた時、奴が発した光と同じ……

 

 

「――核!?」

 

 ユリウスの顔が一気に青ざめる。と、不意に地面がガタガタと揺れ出したかと思うと、深殿の床や壁を構成していた骨が脈動し、出入り口の扉を覆い隠してしまった。

 

 

 

………言ったはずだ……ただでは……死なぬと…………

 

「――!!」

 

 

 その時、どこからともなくエコーがかった声が聞こえてきた。それは間違いなく今しがた葬った死神の物。しかし辺りを見回しても声はすれども姿が見えない。狼狽するユリウスをあざ笑うかのように、死神の声は続ける。

 

 

「核は海兵隊の物だとそやつが言っていたのでな?その身に残して置いてやったのだ……」

 

「アルカード様は倒れ、ヴェルナンデスが死んだ今、もう結界を張れるものはおらぬ、

爆発まで1分か……それとも10分か……不浄の炎に焼かれるその時まで、絶望に打ちひしがれながらせいぜいあがくがいい…………ク ハ ハ ハ ハ ハ―――……ッ!!!」

 

 

「…………………………ッ!!!」

 

 

 死神が断末魔と共に残した最後のあがき……、友を失った悲しみに打ちひしがれる暇も無く、ユリウスは絶望の淵へ立ち向かう事を余儀なくされたのだった…………

 

 

 


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