悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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別れ

「うそ……だ……そんな……ッ」

 

 ユリウスは目の前で起きた現実を受け入れられずにいた……

ほんの数分前まで共に戦っていたハルカが、今目の前でその命を終えようとしているのだ……

抗いようの無い事実と、どうする事もできない無力感が、今ユリウスの心と体を支配していた。

 

 

……ユリ……ウス……?」

「――ハルカ!」

 

 その時ハルカがかろうじて意識を取り戻した。ハルカは虚ろな眼でユリウスを見つめると、問いかける。

 

「シャフ……ト……は」

「だ、大丈夫だ!あいつならお前が倒した!待ってろ今ポーションを……」

 

 自身の容態よりもシャフトとの勝敗を気にする少女に、ユリウスはいたたまれなくなり咄嗟に嘘をついた。そして少しでも安心させようと落としたポーションを拾い上げるが……

 

「……!!」

 

 瓶の蓋を開けようとしたユリウスの手をハルカが制す。動揺する青年に、少女は震える指先をアルカードへと向けた。

……死にゆく自分ではなく、生きている者に使えとハルカは言っているのだ。

 

「ば……馬鹿野郎!諦めんな!やってみなきゃわかんねえだろうが!! ――っ!」

 

 思わず口をついて出た言葉に、ユリウスはハッと我に返る。これじゃお前は助からないと本人に言っているような物じゃないか……!

 

「……ふふ……」

 

 ハルカは「ユリウスはホント嘘が下手だね」とでもいいたげな表情で、ユリウスに微笑んでいる。こんな状況だというのに平気で微笑むハルカに、ユリウスはどんな顔を……どんな言葉をかけてやればよいのかわからず、くしゃくしゃに歪んだ顔でハルカを見つめ続ける事しか出来なかった。

 

「これ……を」

 

 ……と、そんな狼狽するユリウスに、ハルカがそっと何かを手渡してきた。

 

「これは……賢者の石?」

 

 ハルカがユリウスに手渡した物。それは錬金棟で手に入れた賢者の石だった。何故今こんな物を?と訝しむユリウスに、ハルカは真っすぐにユリウスの目を見据え、言った。

 

「お姉ちゃんの……魂、入ってる……から……」

「!!」

 

「大切な……命だから……壊さ……ないでよ? お姉ちゃんに……届け……」

「解った!絶対……絶対姉ちゃんに届けるから!もう……もう喋るな!!」

 

 ユリウスは今にも泣き出しそうなほど震える声で、必死に答えた。死にゆく少女を少しでも安心させようと……、少しでも元気づけようと……。 

 その狼狽えぶりは逆にハルカの方が不安になってしまいそうな程だったが、ハルカはそんなユリウスを見てまた少しだけ笑った。だがやがて静かに目を閉じると……そのまま眠る様に意識を失った…………

 

 

 

 

 

 

「ヴェルナンデスはもう助からん!伯爵様にたてついた報いよ!!」

 

「…………ッ!」

 

 勝ち誇ったデスの言葉を聞いた瞬間、ラングの瞳から光が消え、その思考が完全に停止する。まさか……自分よりも遥かに強い少女が、そんなあっけなく倒されるなど……

 

「――腑抜けが!!」

 

 死神がそんな動揺を見逃すはずが無い。一瞬だけ緩んだ拘束を力まかせに振り払い、ラングの束縛から逃れようとする……が、

 

”ガシッ”

「!?」

 

 背後を見せた死神を、ラングの剛腕が捕えた。

 

 

「くそっ……たれがァァァ―――ッ!!」

 

 

”ゴシャァッ!!”

 

「ゴハァッ!?」

 

 死神が逃げようとした瞬間、ラングはデスの背に刻まれた斬撃の跡に指を突っ込み、そのまま力まかせに地面に叩きつけた。そして即座にのしかかると、その顔を満身の力をこめて殴りつける!

 

 

「くそ!くそ!くそオオオオォォォ―――ッ!!!」

 

 ハルカの死を告げられ、怒りに我を忘れるラング!その怒涛の乱打がデスを襲う!

剛腕から強烈な一撃が繰り出される度、デスの頭蓋が揺れ、亀裂が走る!

 

 

「な……何だ……グッ!?……この……力はッ!?グハアァ!!」

 

 怒れるラングのパワーは死神の予想を遥かに超える物だった。アルカードに与えられたダメージも相まって、デスは防戦一方、ラングの猛攻をただ耐える事しかできない。

 

 

「く……、背の傷のせいで腕に力が入らん……ッ、…………止むを得んッ!

 

「!?」

 

 その時不意にデスがラングの額に手を翳した。途端、ラングの身体から紫色の霧が、デスの掌にむかってどんどんと吸い出され…………

 

「う……!?う……、うおおおおォォォ――――ッ!?

 

 

 

 

 

 

 

……――はっ!?」

 

 ほんの数秒ののち、なんとラングは元の人間の姿に戻っていた。

 

「か、体が……!?」

 

 見れば体中にあれだけ生えていた不気味な体毛が一本残らず消え去り、異常に膨れ上がった両腕も元の太さになっている。

 人間に戻れたことで、一瞬ではあるが安堵の感情がラングを包んだ。だが一方でそれは最悪の事態に追い込まれたという事も意味していた。

 

 

「……どうだ軍曹? ()()()()()に戻った感想は……?」

「――!!」

 

 眼下のデスが、したり顔でこちらを見上げている。人間に戻った事で体格の優位は失われ、逆にデスからみればラングが子供程の大きさになってしまっていた。しかもラングの混沌を吸収したためか、あれほど殴りつけたデスの顔の傷がほとんど回復してしまっている。

 

「――くそッ!!」

 

 それでもラングは反射的にデスを殴りつける!だがラングの渾身の右ストレートは死神にいともたやすく掴まれ、次いで放った左手のパンチも軽々と防がれてしまう。

 

「随分と……調子に載ってクレタナアッッ!!

「う……!?ぐああああ――――ッ!!!」

 

 死神が少し力をこめただけで、ラングの腕はまるで枯れ木を砕く様にいとも簡単にへし折られてしまった。身を裂くような激痛にラングは思わず悲鳴をあげてしまう。

 

「クハハ!情けない声をあげおって……さっきまでの威勢はどうした!」

 

 死神は圧し掛かかっていたラングを逆に押し返して馬乗りの体勢になると、手放した大鎌を再び手元に呼び寄せた。

 

「小娘の向かった彼岸に貴様も送ってやろう……死ねィ!!」

「――ッ!」

 

 デスがラングの喉元めがけ、死神の鎌を一気に振り下ろす!

 

 

 

 

 

 

 

”ヴァシィィィンッ!!”

 

 

 

 

「ぐ……グ嗚呼ああァァァ―――――ッ!!」

 

「待たせたな……死神(くそ)野郎ッ!!」

 

 

 しかし断末魔の如き悲鳴をあげたのはラングではなく、死神の方だった。

ラングの首に死神の鎌が振り下ろされる直前、ヴァンパイアキラーの攻撃が間に合い、逆にデスの右腕がその大鎌ごと切断されたのだ!

 

「ベル……モンドォォ……ッッ」

 

 手首から先を失った右腕を押さえながら、死神が大きく体をよじりユリウスを見る。だがその時すでにユリウスは追撃の体勢に入っていた。

 

「ラングから……離れろォ!!」

 

「――くっ!」

 

 ヴァンパイアキラーが再びデスに迫る!デスは咄嗟に圧し掛かっていたラングから飛び退き、かろうじて追撃から逃れた。死神の拘束が外れた事で九死に一生を得たラングも、その場から這う這うの体で遁走する。

 

 

「ユリウス!ハ……ハルカは!?」

 

 へし折られた腕をぶら下げながら、ラングがユリウスに問いかけた。もしかしたら死神の言葉はこちらを混乱させるためのハッタリかもしれない、何かの間違いであってくれという一縷の望みにかけて……だが――

 

 

「……………………」

 

「ッッ!」

 

 しかしラングの微かな希望は無残にも断たれた。ラングの問いにユリウスは何も答えない……

だがその憂いを含んだ瞳が全てを物語っていた。ハルカは……少女は死んだのだ。

ユリウスの無言の解答に、ラングは無意識に膝から崩れ落ちる。

 

 

 

「大の男二人が、たかが小娘一人死んだくらいで大層な騒ぎようよ。人の死など戦場で腐る程見てきただろうに……なあ軍曹!?」

 

『……ッッ!!』

 

 打ちひしがれる二人に追い打ちをかけるがごとく、デスの挑発めいた言葉が響き渡る。だがそれは怒りに燃えるユリウスへ……火に油を注ぐ行為に他ならなかった。

 

 

「離れてろラング……今だけはお前を気遣ってやれそうも無い……」

「…………ッッ」

 

 言葉少なに語るユリウスの顔を見た瞬間、ラングに戦慄が走った。それは出会ってから初めて見る友の修羅の形相…… ラングはその気迫に押し出されるように、両者から距離をとった。

 

 

 

「甘く見られた物よ……二人がかりでかかってきても良いのだぞ?」

 

 

 デスが笑いながら何かの呪詛を唱える。すると見る間に深殿の白骨がデスの失った手首に集まりだし、あっという間に死神の右腕を再生してしまった。

デスは元通りになった右腕をユリウスに見せつける様に握りこむと、離れていた大鎌を手元に引き寄せる。

 

「…………」

 

 無言のままヴァンパイアキラーを構えるユリウス。それに対しケタケタと半笑いを浮かべ大鎌を構えるデス。悪魔城最下層生贄の祭壇は、まるで神の使途と闇の魔物、因縁の両者が決着をつけるためのリングの様相を呈していた…………

 

 

 

 

 

 

 

「でえええやああァァァ――――ッ!」

 

 戦いのゴングはユリウスの絶叫で始まった!再生した死神の右腕目掛け、再びヴァンパイアキラーが迫る!!

 

「甘いわ!」

 

 だがハルカを失った怒りで我を忘れているのか、ユリウスの攻撃は普段に比べ荒さが目立った。直線的な軌道を描くヴァンパイアキラーの攻撃を、デスは宙に飛んでかわし……

 

 

”ヴァチィィィン!!”

 

「ぬぅあッ!?」

 

 だがデスが身をかわした瞬間、まるで意思を持つかのようにヴァンパイアキラーが軌道を変え、死神を地面に叩き落した!

 

「ぬ……ぐ……、馬鹿な……ッッ!」

 

 不意の一撃をくらいながらも、即座に地面から体を起こすデス。だが攻撃を喰らった箇所を見てデスは驚愕した。

 

「なッ!?、ローブが、身体が燃えているッ!?」

 

 赤い炎が、デスの装束を焼き尽くさんと燃え上がっていた。デスは咄嗟に燃え盛るローブを引きちぎり、事なきを得る。

 

「な、何故炎が……? ――はッ!!」

 

 その時デスは周囲の大気が陽炎の様に揺らめいているのに気付いた。見ればユリウスの持つヴァンパイアキラーが普段の銀色に輝く鎖状の物から、赤く燃え盛る炎の鞭へと変わっている。

 

 

 

「あれは……!」

 

 不意に起こったヴァンパイアキラーの変化に、ラングは錬金棟での闘いを思い出していた。

あれはカリオストロとかいう魔物と戦った時と同じ……罪も無い少年を利用され、ユリウスが怒りに燃えた時に起こった現象と同じ物だ……!

 

 

 

「忌々しい……!祖先の使っていた力に覚醒しおったか!!」

 

 デスの脳裏に、過去に戦ったベルモンド一族の記憶が蘇る。使用者の精神が最大限に高ぶった時、聖なる鞭は炎をたたえた波動の鞭へとその姿を変えるのだ。

 カリオストロと戦った時はドラキュラの邪な魂によって怒りの感情が増幅され、鞭を炎へと変えた。だが今のユリウスは仲間を……ハルカを失った自身の怒りと悲しみによって、その秘められた力を開放したのだった。

 

 

「デス……さっきてめえ二人でかかって来いとか言ったな……?」

 

「……!?」

 

 

「二人がかりだ……俺と……ハルカのなッ!!」

 

 

 ハルカの無念と、自身の怒りを込めたヴァンパイアキラーを、ユリウスが再びデスに向かって振りかぶる!ユリウスとデス……十年の永きに渡る因縁に、今終止符が打たれようとしていた………

 

 

 


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