悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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三者三闘

ユリウスの闘い

 

 

「その者を戻したければグランドクロスを使えばいい!母の命を奪ったあの(わざ)を貴様に使う事が出来るならばなッ!!」

 

 ユリウスのトラウマを抉るデスの嘲笑が、地下深殿に響き渡る。勿論ユリウスがグランドクロスを使えないと踏んだ上でデスは煽り立てているのだ。

 

”キィィィンッ!!”

 

「――おっと!」

 

 よそ見をしていた死神の首元にヴァルマンウェの斬撃が降りかかる!……が、死神はアルカードの奇襲を手に持つ大鎌で事も無げに防いだ。

 

「惑わされるなユリウス!自分を……ベルモンドの力を信じろ!!」

 

 そうユリウスに言い残し、アルカードとデスは再び乱戦へと突入していった……

 

 

 

 

「グランド……クロス」

 

 怪物と化したラングを牽制しながらユリウスは過去を思い起こしていた。

師であるジョナサンはグランドクロスについては欠片も教えてはくれなかった。いや……教えたくても教えられなかったのだろう。万が一にでも自分が記憶を取り戻して心が壊れてしまうのを危惧して……

 だが厳しい修行を乗り越え、鞭の試練をも乗り越えた今の自分ならばきっとこの力をコントロール出来る。その確証があるからこそ深層心理にいた師の残留思念も記憶を返してくれたのだ。しかし…………

 

「ラング……」

 

 怪物と化した友を見る。果たして……ラングはグランドクロスの衝撃に耐えられるだろうか?

 

 わずか7歳の力でもデスを退け、村一つ消し飛ばしたのだ。あの時とは比べ物にならないほど力をつけた今、限界まで力をセーブしたとしても周囲を巻き込まないとは限らない。もし万が一幼い頃の様に力を暴走させ、母や村人たちの様にラングを殺してしまったら……

 

「グオオオオ!!」

 

”ドガァッ!!”

 

「くッ!」」

 

 その時、躊躇するユリウスにカオスラングが強烈な一撃を見舞ってきた!咄嗟に避けはしたものの、葛藤するユリウスなどお構いなしに怪物化した仲間は攻撃を加えてくる。アルカードやハルカの助力も期待出来ない今、このままではどちらにしてもジリ貧だ。

 

 

「く……何か、何か他に方法は……!」

 

 グランドクロスを使わずにすむ方法は何か無いかと、無意識にヴァンパイアキラーを握りこんだその瞬間……ユリウスは重要な事を思い出した。

 

 

――そうだ……いるじゃないか!あの日、自分以外にたった一人だけ生き残った人間が!

 

 

「ジョナサン先生はあの中でも生き残った……それはきっとヴァンパイアキラーに守られていたから……!」

 

 そうだ、先生はあの時あんなに近くにいたのにほとんど無傷だった。それは先生がベルモンドの血を引いていたという事もある。だがそれ以上にヴァンパイアキラーが、同じベルモンドの力であるグランドクロスの光を相殺したからに他ならない。

 

――ラングを元に戻すには……これしかない!

 

 ユリウスは腹をくくると、右手に持ったヴァンパイアキラーに魔力を込め、出来る限り鞭が伸びるイメージをした。錬金術の固まりであるヴァンパイアキラーは、使用者の能力次第でかなり自由に形状が変化するのだ。

 

「しばらくじっとしてろよラング!」

 

 ユリウスはカウボーイが牛を捕まえる投げ縄の要領でヴァンパイアキラーをブンブン振り回すと、頃合いを見計らってラング目掛け投縄する!

 

「ガアッ!?」

 

 見事足に引っ掛ける事に成功!”ズシンッ”という重い音をたてラングは頭から転倒した。

 

「今だッ!」

 

 鞭の先端をラングの足に絡ませたまま、ユリウスはラングに向かって駆け出す。一方ラングは足に絡みついた鞭を外そうと手をのばすが……

 

「ゴアッ!?」

 

 その時螺旋状に渦を巻いたヴァンパイアキラーがラングを取り囲み、そのまま体を縛りあげた!

 

「グッ!ガァ!?」

 

 ラングは自身を拘束する鞭を力まかせに振りほどこうとするが、逆に退魔の力によって触れた部分が焼けこげたように燻った。

 

「よし!これで!」

 

 ユリウスが心の中で拳を握る。ヴァンパイアキラーでラングを拘束すると同時に、体に纏わせることでグランドクロスの衝撃に対する防御結界とする……これがユリウスが導き出した作戦だった。

 

「これなら万が一にもラングが死ぬ事は無いはず……」

 

 後の問題は技の出力だ。弱く撃てばヴァンパイアキラーが相殺して退魔の力はラングに届かない。逆に強すぎればラングは…………

 

 

ハァ……、ハァ……、

 

 ふと我に返った時、ユリウスは自身の体が小刻みに震え、じっとりと汗をかいているのに気付いた。ユリウスの脳裏に、オレンジ色の炎の中こちらに向かって叫ぶ母の顔が浮かぶ。

 

「う……うぅ……」

 

 ほんの少し前に思い出したばかりの生々しすぎる記憶に、ユリウスは技の発動を躊躇う。もし……もし力の使い方を間違ってあの日の様な事になったら……

 

 

「グアアアアア!!」

 

「――!」

 

 だがユリウスの思考を強制的に中断させるように、拘束されたラングがもがき、暴れ始めた。少しでも力を緩めたらこっちが振り回されそうな凄い馬鹿力だ。まごまごしていればラングの命も、こっちの命も両方やばい。

 

 

「すうう――――」

 

 ――ユリウスは目を閉じ、一回だけ大きく深呼吸した。ネガティブな事は考えるな!あの時とは違う!絶対にうまくいく!ラングを戻して、ドラキュラを倒して……皆で元の世界に変えるんだ!

 

 

――頼むヴァンパイアキラー、ラングを守ってくれ!ラング!気合い入れて耐えろよ!――

 

 気合一閃、ユリウスは縛り上げたラングを自身の頭上高く放り上げると、両の脇を絞め、カラテでいう三戦の構えに近い体勢を取った。途端、周囲の空気が独特の緊張感を持ち、次第にユリウスに向かって流れ始める。大気から取り込まれたマナはユリウスの中で増幅され、やがて臨界に達し……ユリウスは無意識に古の言葉を発していた。

 

 

「グランド・クロスッ!!」

 

 

 気合一閃、ユリウスは縛り上げたラングを自身の頭上高く放り上げると、思い切り技の名を叫ぶ。ベルモンドに受け継がれし退魔の力……一気に放出されたベルモンドの闘気が、十字状の光柱となってラングを飲み込んだ!!

 

 

「グ……グアオアアアア――――ッ!!」

 

「!!」

 

 だがグランドクロスを放った直後、浄化の光に包まれたラングの悲鳴が深殿に木霊した。

ヴァンパイアキラーの結界があるとはいえその痛みは想像を絶する物なのだろう。友の耳を覆いたくなるほど大きく、悲痛な叫びに、反射的にユリウスはグランドクロスの出力を弱めようとした。だが……

 

「緩めるなッ!!」

「!」

 

 アルカードの絶叫が、そんな甘い考えを断ち切った。滅多に声を荒げない貴公子の、恐らく全身全霊であげたと思われる声。

 

――ラングを信じろ、奴ならばきっと耐えてくれる―― 

 

「――!」

 

アルカードの叱咤と想いを受け、ユリウスは自身の弱い心に鞭を打ち、今一度力と気合を入れなおした!

 

 

「うおおオオォォォォ――――!!」

 

 勢いを取り戻したグランドクロスが再び輝きを取り戻す!そして……

 

 

「グアアア!……アア……ああ……ァァ……」

「!!」

 

 空中に跳ね上げられているラングに、にわかに変化が見られ始めた。不気味なゴリラの様だった見た目が、まるで映画のフィルムに別の画像が差し込まれたかの様に、元の人間の姿がチラチラと浮かび始めたのだ。

 

――あと少し!あと少しだけ耐えてくれッ!――

 

 ユリウスは頭上に浮かぶラングを見上げながら、祈るような気持ちでグランドクロスを放ち続けた……

 

 

 

                  ◆            

 

 

 

                  ◆        

 

 

 

                  ◆        

 

 

 

 ハルカとシャフト

 

 

 ユリウスやアルカードと引き離され、たった一人で強大な敵であるシャフトと対峙するハルカ。しかも相手は神聖魔法にも熟達している元司祭。ハルカにとって天敵とも言える存在であった。

 

 

「どうだヴェルナンデスの娘子よ……おとなしく言う事を聞く気になったか?」

 

 ハルカの精霊魔法を軽々といなし、親し気に笑みを浮かべハルカに語り掛けるシャフト……しかしそれは薄ら寒い恫喝以外の何物でも無い。

 ハルカは考える……レギオンに放ったトールハンマーがほとんど相殺されてしまった事からみても、おそらく目の前の敵にはどんな高威力の神聖魔法も通用しないだろう。だがその程度の苦境に怯むほど少女は諦めがよくは無かった。

 

 

「お生憎様。精霊魔法が効かなくても私にはまだこれがある!”プネウマァッ”!!」

 

「!!」

 

 得意の精霊魔法が通用しないと見るや、ハルカはシャフトに向かって刻印の刻まれた左手を振るった!地を這う印術の旋風がシャフト目掛け突き進む!

 

「……にわか仕込みの術でこのシャフトを倒せると思うたか!!」

 

 シャフトはそう一喝するやいなや、ハルカの放ったプネウマに向かって炎を放った。炎の勢いに当てられた風は一転、ハルカに向かって荒れ狂う火炎流となり逆流する!

 

「――くッ!!ホーリーフロスト!」

 

 襲い来る火炎流に対し、ハルカは瞬時に氷の精霊魔法を詠唱した!天井まで届くほどの巨大な氷魁がたちどころに現れ、炎を遮る壁となる。だがシャフトの放った火炎の勢いはすさまじく、氷の壁は炎に触れるやいなや白煙をあげたちどころに蒸発してしまった。

 

 

「――むッ!?」

 

 だが氷柱が消え去った時、そこにハルカの姿は無かった。

 

 

「もらった!!」

「!」

 

 ハルカは氷の障壁を作った直後、印術(グリフ)の瞬間移動でシャフトの真後ろに移動していたのだ。シャフトからは死角である上、完全に虚を突いている。ヴェルナンデスの杖が白く発光し、無防備なシャフトの背に向け聖なる光が放たれる――!

 

 

「――甘い」

 

”バジイィィッ!!”

 

「――ぐあぅッ!」

 

 だが今まさに精霊魔法を放たんとしたその時、ハルカの体を強烈な電撃が貫いた!シャフトの背後をとったかに見えたハルカ。だがさらにその背後にシャフトの水晶玉が潜んでいたのだ。

 

 

「人の話はよく聞く事だな。言ったであろう? ”顛末はこの水晶玉を通して見ていた”と、全ての水晶玉はこのシャフトと視界が繋がっておる。悪魔城内にいる限り貴様がどこへ飛ぼうと手に取るように解る……」

 

「く……そジジイ……ッ」

 

 不意打ちの不意打ちをくらい、ハルカはそのままどさりと地に落ちる。幾たびも電撃を浴びた事でまともに体を動かす事も出来ないハルカだったが、それでも必死にシャフトを睨みつける。だがそんな少女の姿を見るなり、シャフトは深いため息をついた。

 

 

「己が体をよく見よ……」

 

「……!!」

 

 シャフトの言葉に自身の両腕を見たハルカは愕然とする。純白の手袋の至る所に赤い血の染みが滲み始めていたのだ。

 

「自身の(さが)にそぐわぬ術はそれだけ負担も大きい物よ。まして二人分の魂を詰め込んだ貴様の体はほんの少し傷つけただけで……」

 

 シャフトが指を振り、宙を切るような仕草をした。途端、ハルカについたほんの小さな傷から、”ブシュゥッ!!”と勢いよく血が噴き出す。

 

「うぅあッ!!」

 

「これこの通り……膨らみ切った風船と変わらぬ」

 

 シャフトはハルカの全てを見透かしたかのように、哀れんだ眼差しを少女にむけた。

 

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 体力的な負担に加え、精神的にも優位を取られたのが響いたのか、ハルカの呼吸が目に見えて荒くなる。血の流出も徐々にその勢いを増し始めた。だがそれでも尚ハルカは目の前の老人を睨み続けた。

 

「フフ、随分と嫌われたものよ…………まあ聞け娘子よ。何も私はやみくもに貴様や軍人に声をかけたわけではない。正直な所、お前たちには死んでほしくは無いのだ」

 

「…………!?」

 

 シャフトの意外な心情の吐露に、ハルカの瞳に疑念と動揺の色が加わった。それを見計らうかのように、シャフトが切々と話し始めた。

 

 

「お前も教会に身を置いていたならば解るはずだ。神がいかに無能な存在か。そしてその神に仕える人間がいかに身勝手で、浅ましい存在かを……」

 

「……」

 

「神が……教会がお前に何をしてくれた?大方その力を体よく利用されただけであろう?大本の神もそうだ。試練とやらにあがく者達を見ているだけで自身は何もせぬ。真に罰するべき者達には何の試練も与えぬくせに、だ」

 

 

「伯爵様はそんな腐った神の世を粛正し、今一度作り直すおつもりよ。その時必要なのは古い考えに凝り固まった俗世の老人たちでは無い。神に反抗する気概を持った者…神の身勝手な教えに染まっていない無垢な心を持つ子供らだ。娘子よ……お前はその両方を兼ね備えている」

 

「ベルモンドたちを仕留めさえすればそう遠くないうちにその世界は来よう。娘子よ、お前はその時まで待っていればよい。さあ最後の機会だ。魔法陣に入れ」

 

 シャフトが自身の考えと、最後通告をハルカに伝えた。それに対するハルカの反応は……

 

 

 

 

「おじいさん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「子供に夢見過ぎ」

 

「――!」

 

 見た目だけなら天使と見紛う少女が口汚い台詞を吐いた。次の瞬間――

 

 

lumen(ルーメン)(光)!」

 

”カッ”

 

「――ッッ!?」

 

 光の印術によって、薄暗かった部屋が真昼の様に照らされる!

 

 

 

「ぐおおおッ!?め、目がッ!!」

 

 一時(いちどき)に強烈な閃光を受けた事で、シャフトは反射的に目を覆い、無防備な姿を曝け出した。

 

「へへ……言ってたよねおじいさん?ここにある水晶玉全部と視界が繋がってるって……今浮かんでるのだけでも10個以上はあるのかな?ど~お?普通の人なら視神経が焼き切れるくらいの光を一度に浴びた感想は?」

 

 無数の水晶玉を展開していたのが仇になった。霊体のシャフトは外部の情報を視力のみに頼っている訳では無かったが、スタングレネード並みの閃光を一度に、しかも無数の水晶玉の数だけ喰らったのだ。普通の人間のように失明とまではいかないが、それでもまともに思考できる状態ではなくなった。

 

「くぅう!小娘ェェェ……ッ!!」

 

 だがそこは名にし負う暗黒神官である。シャフトは半ば混乱しながらもハルカの攻撃を警戒し、自身の周囲に防御結界を張り巡らせた。だがその時、シャフトの胸にそっと暖かい感触が広がった。

 

 

「甘いね……お・じ・い・さ・ん?」

「――――!!」

 

 ゼロ距離で放たれた印術の光弾がシャフトの体を貫いた!

 

 

”ヴァオウッ!!”

 

「ぐあああああッ!!」

 

 光の印術をまともに受けシャフトは石壁に叩きつけられる。一方攻撃をしたハルカの方も負担は大きく、全身から夥しい量の出血をしていた。だが……血に染まった体を奮い立たせるように、ハルカはシャフトに向かって叫んだ。

 

 

「無垢な心を持つ子供……?何百年前の話してんだよ!勝手な幻想押し付けてんじゃねえ!」

「ッ!!」

 

 光の攻撃に加え強烈な罵倒を受けた事で、シャフトは明らかに動揺している。追い打ちをかける様にハルカの独白は続いた。

 

 

「教えてあげるねお爺さん。そもそもジョーンズがこの印術をどうやって復活させたと思う?答えは簡単、”トライ&エラー”。それも人間を使ったね……」

 

「ジョーンズはあの軍人から身寄りのない孤児や浮浪児をモルモットとして提供してもらってたんだよ。そして度重なる人体実験の果てに……失われた印術を現代に復活させた」

 

「解るお爺さん?私の体は見ためだけじゃなくて最初から血にまみれてるんだよ。それも自分の血じゃない、無関係の子供たちの”無垢”な血にね……」

 

「…………」

 

 ハルカの翡翠色の瞳が、暗く淀んだ光を放つ。だがシャフトは逆に合点がいった様で、にやりと口元を歪ませた。

 

「ふ……フハハハ、なるほど……伯爵様の魂を取り込んだ事で闇の力を得たとばかり思っておったがとんだ見当違いであった。最初から貴様にはそれだけの”器”があったという訳だ!」

 

「だが……気に入ったぞヴェルナンデス!やはりお前は我らと共に歩むべき者だ!神を捨て伯爵様に仕えよ!腐った世界に鉄槌をくだすのだ!!」

 

 シャフトはハルカの闇を知った事で逆に高揚している様に見えた。だがハルカの答えはどこまでも”NO”であった。

 

 

「それとこれとは話しが別だ!例えこの手が血にまみれても、私はお姉ちゃんと……みんなと元の世界に帰るんだァ――――ッ!!」

 

 

 そう叫んだ瞬間、ハルカの髪の毛が逆立ち、強烈な””と””の波動がほとばしる!

 

「闇の力……だと!?」

 

 ハルカから感じる強大な闇の波動にシャフトは訝しんだ。

目の前の少女に闇の素養があった事は今の話で解った。だが何故まだ闇の力を行使できる?こやつはもう伯爵様の魂は宿しておらぬはず……

まさか強い磁石に鋼を近づけると磁力を帯びる様に、伯爵様の力が乗りうつったとでもいうのか?

 

「!」

 

 その時シャフトは気付いた。目の前の少女の像がだぶって見えるのだ。

 

「姉……か!?」

 

 十年に渡って異界の化け物に弄ばれたというなら、姉の魂が闇に染まっていたとしても何ら不思議は無い。いや、もしかしたらそんな事は関係なしに、少女たちは生まれつき闇の力を持っていたのかもしれない……だがシャフトにとっては、もうそんな事はどうでもよかった。

 

「ますます気に入ったぞヴェルナンデスの姉妹よ!かつてのベルモンドと同じく、必ず我が配下に加えてくれようぞ!!」

 

 ハルカの魔力に呼応するかのように、シャフトが魔力を高ぶらせる。その魔力は今まで悪魔城で戦った者達の魔力を遥かに超える物だった。

 

 

「そこを……どけェェェェ――――ッ!!」

 

 体から鮮血をまき散らしながら、ハルカは”最後”の印術の言霊を発する。

 

 

「消し飛べッ!!“universitas”(ウニウェルシタース)(宇宙)ッ!!」

 

 

 光と闇の力を合成した印術が放たれるや否や、ハルカを中心とした空間が、まるで宇宙空間のごとき異次元へと変わる。そして逆巻く隕石と次元のうねりが、シャフトめがけ襲い迫った……!!

 

 

 

                  ◆            

 

 

 

                  ◆        

 

 

 

                  ◆        

 

 

 

 アルカード対デス

 

 

 ユリウスとハルカが死闘を演じていたその時、アルカードもまた己の因縁と決着をつけようとしていた。

 

 両名の戦いに勝るとも劣らず、デスとアルカードの乱撃戦もその激しさを増していく……。だがやはり地力では死神が勝るのか、デスはヴァルマンウェの連撃を物ともせず、涼しい顔でその全てをいなしていた。

 

「いやはや、不意打ちとはアルカード様らしくないですな?あの小僧をからかわれたのがよほど気に障ったと見える……」

 

「黙れ……!」

 

 死神の挑発に憤ったか、今までにないほどの力強い剣閃が死神の鎌に振り下ろされた。この一撃にはさしものデスも余裕という訳にはいかず、大きく弾き飛ばされる。

 

「……今の一撃は中々でしたな。ですが……本体にすらてこずっていた貴方様が本当にお一人でこの私に勝てるとお思いか?断っておきますが私は奴ほどアルカード様への敬意は持ちあわせておりませぬぞ?クハハ……」

 

 死神が人間だった時の声色を混ぜながらアルカードを恫喝する。だがそれに対するアルカードの答えは決まっていた。

 

「構わん……むしろその方がこちらとしても全力で貴様を…………

 

 

「――斬れる!!」

 

 疾風の如き速度でアルカードが猛然とデスに突進した!!

 

「面白い!貴方に戦闘の手ほどきをした師であるこの私を、超えられるというならばやってみるがいい!!」

 

 格上の敵に対し一切の躊躇を見せぬアルカードに対し、受けて立つデスも微塵も臆する気配が無い。両者の白刃が切り結んだ瞬間、再び鼓膜が破れる程の甲高い金属音と火花が深殿に舞い散った!

 

「本体のように魂だけを刈り取られるなどと思わぬ事ですな!そっ首切り落として伯爵様の御前にそなえて差し上げましょう!」

 

 デスは力まかせにアルカードの剣を払いのけると、返す刀で巨大な大鎌を横薙ぎに薙ぎ払った!

 

”カチィンッ!”

 

「ぬッ!?」

 

 

”シャアアアアアア――――ッ!!”

 

 だがアルカードは敢えて力で対抗する事はせず、かすかに脱力し刀身を斜めに構えると、死神の斬撃をそのまま後方へ受け流した。デスの鎌が火花をまき散らしながらヴェルマンウェの刀身を滑っていく!アルカードの予想外の剣技にいなされ、デスの体は大きく前のめった。

 

「――!!」

 

 隙だらけの横腹にアルカードの追撃が迫る!が――

 

「魂よッ!行けッ!!」

「!」

 

 バランスを崩しながらもデスは暗黒魔法の霊魂をアルカードに向けて放った!

 

「くッ!」

 

 アルカードは咄嗟に防御壁を張ったが、全てを防ぐ事は出来ずそのまま吹き飛ばされてしまう。その間にデスは体勢を整え、こちらもアルカードから距離をとった。

 

 

「…………」

「…………」

 

――息をもつかせぬ攻防の中で、一瞬の静寂が両者を包む。だがほんの束の間の静止の後、死神がアルカードに尋ねた。

 

 

「かような剣技……私も、伯爵様も教えた覚えはございませぬ。一体どこで身につけられたので?」

「……!」

 

 たった一太刀の攻防で自身の剣術の違いを見抜いた死神に、さすがのアルカードも若干の動揺を覚えた。

 

 

「成長したのは貴様だけでは無いという事だ。出来ればドラキュラとの戦いまで温存しておきたかったが…………そうも言ってはいられないようだ」

 

 アルカードはそう言うと手に持つヴァルマンウェを逆手に構え、左手をその前にかざした。その構えは迎賓館でマキが見せた動きにどことなく似ていた。

 

 

「…………クハッ」

 

 アルカードの構えを見るなり死神が嘲りとも侮蔑ともつかぬ笑い声をあげる。

 

「なるほど……いやに小手先の芸がうまいと思えば、あの東洋人共が使う”キシン流”とかいう剣術か!!」

「心底見下げ果てましたぞ……実力で叶わぬと見るや東洋の蛮族共の剣技に頼るとは……。情けない!父君が知ればどれほどお嘆きになるか……」

 

 人間だった時の癖が抜けきっていないのか、デスが大仰に首を振り、諦めのジェスチャーをした。だが当のアルカードは死神を前にして静かに目を閉じ、その口元だけを微かに動かしている。

敵を前にしての堂々とした振舞い……だがそれは死神の目には不遜な態度に映った。

 

「…………どうやらよほどその大道芸に自信がおありのようだ。よろしい、にわか仕込みの剣技など愚にもつかぬ事をその御身をもって解らせて差し上げよう……!!」

 

 死神は大鎌を引き絞ると、まるで限界まで張られた弓が反発するようにアルカードに向かって突進する!だがアルカードは微動だにせず、静かに瞑想を続けていた…………

 

 

 

 

 

 

「鬼神流を習いたいですって!?」

 

 貴公子の予想外の頼みに、忠守の細長い瞳が異様なほど大きく見開いた。

 

「……無理か?」

 

「無理……という訳ではございません。ただ有角殿の剣術はもはや超人の域。私が今更教える事など……」

 

 忠守の謙遜をアルカードは右手をかざし制止すると、静かに話し始めた。

 

「確かに流派は違えど純粋な剣力ならば俺はお前よりも上だろう。だがそれはもうこれ以上伸びしろが無いという事だ。何より俺の剣術は父……や、その配下に習った物。手の内は知り尽くされている」

 

「…………」

 

 いつになく口数の多いアルカードに、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、忠守の表情が神妙な物に変わる。

 

「不完全な復活ならばそれでも何とかなったが、今度は完全な……それも今までにないほどの力を蓄えた上での復活だ。出来る事はしておきたい」

 

「……事情は解りました。鬼神流は神聖術という訳では無いので闇の力を持つ有角殿でも鍛錬次第で使えるでしょう。ですが……果たしてドラキュラのような巨悪に通用するでしょうか?」

 

「……その点は問題無い。お前の鬼神流と大本の流派を同じくする者が、かつて復活したドラキュラを不完全な状態だったとはいえ打倒するのを俺は見ている。間違いなく通用するはずだ」

 

 若干不安げな面持ちの忠守に、アルカードが激励の意を含んだ発破をかける。友人の無骨な気遣いに、たちどころに忠守の顔に普段の朗らかさが戻る。

 

「解りました。お引き受けしましょう。ですが……ドラキュラ復活までもう日も少なく、まして有角殿は関係各所との折衷、指揮でお忙しい身。期日までに物にするには少々指導が手荒になりますが……よろしいか?」

 

 忠守の切れ長の目が日本刀の様にギラリと光った。

 

「こちらは教えを乞う身だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」

 

 アルカードも目で答えた。お互いがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「では……」「うむ……」

 

 

『よろしくお願いします』

 

 互いに日本式の「礼」であいさつをした。

 

 

 

 

 

 

 精神の統一が完了したのか、瞑目していたアルカードの瞳が”カッ”と見開く!

 

「デスよ……我が友から教わりし剣技、生半(なまなか)な物では無いと知れ!!」

 

 アルカードの両眼が開いた瞬間、無数の幻影がデスに向かって襲い掛かった!マキの様に式神を使ったわけでは無いのでその姿は曖昧でぼやけた物だったが、熟練の強者ならば一目見て解る程、幻影が放つ闘気は凄まじい物だった。

 

「くだらぬ!かような幻影など、我が死霊の弾丸が残らず食い尽くしてくれる!!」

 

 あらかじめアルカードの手札を予測していたのか、それともはじめからそうするつもりだったのか、デスはすでに巨大な骸骨弾の召喚を終えていた。アルカードの幻影と、死神の髑髏が真正面からぶつかり合う!!

 

”ガオゥッッ!!”

 

 大きく口を開けた巨大な髑髏が、アルカードの幻影を一飲みにする!しかし――

 

”スパァァァンッ!!”

 

「な……ッ!?」

 

 次の瞬間、巨大な髑髏が真っ二つに裂け、中から剣を携えた幻影が飛び出し、死神に斬りかかった!

 

「くッ!なめるなッ!」

 

 デスもすかさず鎌を構え迎撃する。だが幻影の力はとても紛い物とは呼べぬ程忠実にアルカードの剣力を再現していた。いかに個の力がアルカードより勝っているとはいえ、複数の幻影に目まぐるしく攻撃を加えられてはさしものデスも対処が難しい。

 

「くゥゥゥ……ッ!ちょこまかとォォォ!!!」

 

 乱れ飛ぶ幻影達に苛立ち、デスは我武者羅に鎌を振り回した。だが一見でたらめな様でいて、その実アルカードは幻影たちを明確な意思を持って操作していた。

 

「この形は……ッ!」

 

 さすがに連続で攻撃を受けた事で、死神もその規則性に気付いた。幻影たちが陣取った形、それはまさにマキが迎賓館で使った物と同じ、五芒星を描く形であった。

 

 

「キシン流奥義…… ”五榜の太刀”!!」

 

 

 アルカードの号令の下、五芒星の頂点に降り立った幻影たちが、死神に引導を渡すべく、中央の五角形……死神目掛け突撃する!!だが……!

 

 

「甘いわァッ!!」

 

”ズゥアァアッ!!”

 

「!!」

 

 両手を大きく広げたデスの身体から、ローブを突き破って鋭く伸びる骨針が飛び出した!

骨針は五体の幻影のうち四体を貫き、瞬く間にかき消してしまう。かろうじて一体は攻撃をよけたが、アルカードの前を守っていた幻影は軒並みやられてしまっている。

 

「見えた!その御命頂くッ!!」

 

 デスはすぐさま鎌を翻しアルカードに向かった!術を行使している間は無防備な上、アルカードまでデスを遮る者は一人もいない!魂を刈り取る死神の鎌がアルカードの首に迫る!!

 

 

 

”バアアアアア――――ッ!!”

 

「ヌウッ!?」

 

 だが死神の鎌が今まさに振り下ろされんとしたその時、不意に眩い光がデスを照らし、その注意を反らした。

 

――まさかこの光は!?

 

 ユリウスの放ったグランドクロスの光が、離れた場所で戦うデスとアルカードを……いや、それどころか深殿全てを黄金色に照らし出す!

 直接攻撃されていないにもかかわらず、過去のトラウマがぶり返したのか、反射的にデスは光から身を守ろうと腕をかがめてしまった。だがそれはデスにとって痛恨のミスであった。

 

”ザンッ!”

 

「うぐァッ!!」

 

 その時アルカードの放った最後の幻影がデスに追いつき、死神の背を袈裟切りに斬り裂いた!それまで優雅に空を舞っていたデスが、寿命を迎えたセミの様に地面に叩き落される!

 

 

――ユリウス!

 

 危急を救われた形となったアルカードは、咄嗟に光の発信源を振り返った。

 

「おお……ッ」

 

 そこには見事な十字の光が立ち昇っていた。だが浄化の光に身を焼かれ悲痛な叫びをあげるラングに動じたのか、不意にグランドクロスの光が弱まり始めた。

 

「緩めるなッ!!」

 

 アルカードは思わず絶叫していた。友を……仲間をその技で焼くのはつらいだろう。まして自身の愛する人を奪った因縁の業ならば尚更だ。だが……その甘さを捨てなければ、自身を乗り越えなければラングも、この世界も救えない……!

 

 アルカードの声が届いたのか、グランドクロスは再びその勢いを取り戻した。それを見てアルカードの表情に少しだけ安堵の色が見えた。

 

 

「ベル……モンドが……こうも早く力を開放するとは……ッッ」

 

「!」

 

 その時デスがよろめきながらも立ち上がった。かなりの手ごたえがあったのにまだ立ち上がる力が残っていたとは……さすがに半世紀に渡り力を蓄えたと言うだけの事はある。だがそれも限界と見え、死神からはもはや先程までの覇気は感じられなかった。

 

「ユリウスを見くびり、ベルモンドの光など放てぬと高をくくったのがデス……貴様の敗因だ!」

 

「!!」

 

 

 

「…………クッ……クハハ……、たかが技ひとつ使える様になっただけで大層な持ち上げようよ。おまけに敗因だと……?そういうセリフは…………」

 

 

 

 

 

 

「この私に勝ってから言ってみろォォォ――――!!」

 

 先の斬撃ではだけたローブをかき乱しながら、最後のあがきか、死神がアルカードに向かって我武者羅に吶喊してくる!

 

「……デスの分霊よ、貴様も本体のいる冥府に行くがいい!!」

 

 アルカードは逆手に持っていたヴァルマンウェを持ち直し、向かって来るデスに振りかぶった!

 

「オォオオオオオオ―――――ッ!!」

「たあああぁぁぁぁ――――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ドスッッ!!”

 

 

「――――ッ!」

「――――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……死神の鎌は……アルカードに届く事は無かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……だがアルカードの斬撃もまた、死神を斬り伏す事は無かったのである――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ポタッ”

 

 

     ”ポタッ”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「背が……がら空きでしたのでな……?」

 

「………………シャフ……トッ!!」

 

 ポタリ、ポタリと赤い鮮血が白い地面に落ちる……

アルカードは驚愕の表情で背後にいる敵を見据えていた。いつの間に忍び寄っていたのか、

シャフトの右腕が深々とアルカードの胸を貫いていた。

 

 

 

”ズボォッ!!”

 

「がはッ!!」

 

 シャフトがその手刀をアルカードから勢いよく引き抜く。口から血のあぶくを吐きながら、アルカードはその場に崩れ落ちた。

 

 

「ゴヴォッ!!」

 

 シャフトに胸を深々と貫かれ、どす黒い血反吐を吐くアルカード。

 

――不覚だった―― それぞれ1対1に分かれたが、敵がそれを律義に守る事など無いと解っていた筈なのに……!

 

「く……ユリ……ウス」

 

 薄れゆく意識の中でも、アルカードはユリウスたちの安否が気にかかった。かろうじて首を動かし、ユリウスとラングがいた方向を見るが……アルカードの視界に飛び込んできたその光景は、彼を絶望の淵から、絶望の奈落へ叩き落すには十分だった。

 

 

「ヴォオオオオオオ――――ッッ!!!」

「ぐ……ぁ……ラン……グ

 

「……!!」

 

 アルカードの瞳に映ったのは、怪物の姿のままのラングと、その手の中で今にも握りつぶされんとしているユリウスの姿だった。

 

「く……そ……………」

 

 深い絶望に飲まれながら、アルカードの意識はそこで途切れてしまった……

 

 

 

 

 

 

「…………ハッ」

 

 眼前で起こった予想外の事態に呆気にとられていたデスだったが、ようやく状況を把握し我に返る。

 

 

「ク…………クハハハハ!や、やるではないかシャフト。お前にしては上出来だ!貴様がここにいるという事はヴェルナンデスは片付け…………」

 

 

 そこまで言いかけた所でデスはシャフトの異変に気付いた。先ほどまではアルカードの影になっていた上、半身になっていたので気付かなかったが、シャフトの体は左半身が見るも無残に焼けただれ、その霊体はヘドロの様な不気味な容姿に変貌していた。しかも……

 

 

「――ヴェルナンデス!!」

 

 シャフトの肩越しに、こちらを向いて立っているハルカの姿が見えた。だが……どうも様子がおかしい。

 

 

「……見事だ。ヴェルナンデスの娘子よ…………」

 

 半壊した左側の瞳を動かしながら、シャフトはハルカに語り掛けた。

 

「どうやって会得したかは知らぬが、まさか闇と光を融合させ放つとは……このシャフトをもってしても想像できなんだ」

 

「司祭であった私は光の術だけでは倒せぬ。かといって闇の術だけでも倒せぬ。貴様には私はどうやっても倒せぬと高をくくっていたが……。かような奥の手を持っていたとはな……」

「修練の賜物か、それとも元からの素養か、はたまた姉の力か……いずれにせよ肉親への一念あればこそ放てた技なのだろう……見事であったぞ?ヴェルナンデスよ。このシャフト、心の底からお前に敬服しよう…………」

 

 

「だが……だからこそ…………」

 

 

 その瞬間、今まで無言で立ち尽くしていたハルカの体が大きくよろめき、そのまま深殿の床に崩れ落ちた。

 

 

「――私は勝つ事ができた――」

 

 

 自身の勝利を宣言するシャフトの顔に、歓喜の色は見られなかった…………

 

 

 




ご無沙汰しております作者です。
今回の話は別々に投稿しようかとも思ったのですが、三者が同時間軸、同時進行で
戦っているという事を強調したかったので一話として投稿しました。
少し長いですが何卒ご了承ください。
 

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