悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
「ラングゥゥゥ――――ッ!!!」
深殿内に、ユリウスの悲鳴にも似た絶叫が木霊する。
その光景はまるでスローモーションの様にユリウスの網膜に映った。死神の鎌によって真っ二つに切断されたラングの体が、真っ赤な鮮血を散らしながら、コマ送りの様にゆっくりと宙を舞っていく……
「ホーリーフロスト!」
「――!?」
だがその時、深殿内に清らかな精霊魔法の言霊が響いた。ユリウスの叫びによって目覚めたハルカが瞬間移動でラングの傍らまで飛び、分断されたラングの体を氷結魔法で無理やり繋ぎとめたのだ!
「――!?小娘ェッ!!」
しかし何とかラングを絶命から救ったまでは良かったものの、ハルカは完全に無防備な姿を死神に晒している。そんな絶好の好機をデスが逃すはずがない。死神は今度は二人まとめて切り裂いてやろうと、振り切った鎌をクルリと反転させ、再度デスサイズを振りかぶった!
「死ねィッ!!」
魂すら切り裂くと言われる死神の鎌がハルカを襲う――!
”ゴシャァッ!!”
「うごッッ!?」
だが死神の鎌が二人に突き立てられるまさにその瞬間、銀色に輝くヴァンパイアキラーが死神の横っ面を捉えた!
”ズガガガガガガァンッ!!”
無防備だった所に強烈な一撃をくらった死神は、白骨を巻きあげながらすり鉢状の地面を擦るように吹っ飛び、深殿の壁に激突する!
「ふざけんじゃねえぞクソ野郎オオオオ――――ッ!!!」
そこには死神に向かって絶叫するユリウスの姿があった。通常ならば届く筈の無い距離……だが仲間を手にかけられた怒りが、発作的にヴァンパイアキラーの射程を限界まで伸ばしたのだ。
「ラングッ!」
本来ならば死神を追撃すべきだろうが、齢19の青年は仲間の安否の方が気にかかった。見ればハルカの懸命の救急治療が行われている。
「う……ごほッ……ちく……しょ…う…ッ」
「喋るな!動くな!じっとしてろォッ!!」
混濁するラングを必死になだめながら、ハルカが治癒魔法をかけ続ける。凍結魔法で無理やり血液を凍らせて体を繋ぎとめたが、このままでは結合部分が壊死してしまう。
すぐに治癒魔法で結合部を再生しなくてはならないのだが、一時的に凍らせたためか、それとも死神の鎌の呪いか、賢者の石を使っても思うように回復しない。
「ハルカ!絶対にラング死なすんじゃねェぞ!!」
「言われなくても解ってるよ!」
せっつくユリウスに、ハルカが強い口調で答えた。ユリウスは無防備な二人の護衛につくべく深殿の坂を駆け下りる。だが――
”キイィィィンッ!!”
「――!?」
突如背後から耳をつんざくほどの金属音がした!ユリウスが咄嗟に振り返ると、そこには大鎌を突き立てたデスと、その凶刃を食い止めるアルカードの姿があった。
「チィィィッ!あと少しの所で!」
「な……ッ、いつの間にッ!?」
ヴァンパイアキラーの一撃をものともせず、即座に舞い戻ってきた死神のタフさとスピードにユリウスは驚愕した。だがそれ以上に驚いたのは鍔迫り合いをしている両者の趨勢だった。
「く……ッ、この力は……ッ」
時計塔で死神とほぼ互角の戦いを演じていたアルカードが、どうしたことか見る間にデスに押し込まれていくのだ。その額には貴公子に似つかわしくない脂汗が滲んでいる。
「くそッ!!」
助太刀したいが距離が近すぎてヴァンパイアキラーは使えない、ユリウスはやむなく投擲用の手斧を取り出し、死神に斬りかかる!
”ガキィィンッ!!”
「――!?」
だがデスは一回り小さな鎌をどこからともなく取り出すと、斧の攻撃を軽々と受け止めた。いや、それどころか片腕一本で両腕で斧を持つユリウスを押し込んできた。
「この……パワー、本物のデスよりも……ッッ」
分霊と嵩をくくっていた敵の、予想外の力にユリウスが驚愕する。だがユリウスの言葉を聞いた瞬間、デスの眼窩が怪しく揺らめいた。
「…………本物……だと……?」
”ブゥンッ!!”
「うおおおおッ!?」
”ドォンッ!!”
「ユリウス!」
デスは力まかせにユリウスを振り回すと、先のお返しとばかりにそのまま深殿の壁面へ吹っ飛ばした!
「――笑わせるなッ!!この半世紀、人間の姿に身をやつす恥辱に耐え力を蓄え続けたのだ!
本体の力なぞとうに超えておるわッ!!」
壁にめり込んだユリウスに向かって死神が叫ぶ。その威勢通り、受け身こそ間に合ったがユリウスの受けたダメージは相当な物だった。
「く……そ……何て馬鹿力だ……!」
ユリウスは纏わりつく白骨を掻き分けながら、壁面に出来たくぼみからどうにか体を起こした。……が、次の瞬間強烈な殺気を感じ、転げる様にして飛び退く!
”ビシヤァンッ!”
案の定今まで収まっていた壁面に青白く光る電撃が落ちた。
「――シャフト!!」
痛みの残る体を押さえ見上げた先……感情の無い瞳でこちらを見下ろす暗黒神官がいた。シャフトはやや不機嫌そうな面持ちでユリウスに語り掛ける。
「かような形で雌雄を決するのはいささか不本意ではあるが…………」
「舞踏館での決着、今ここでつけようではないか!!」
シャフトはそう宣言するや否や、ユリウス目掛け炎を纏った水晶玉を雨あられの様に降らせてきた!
「クソッ!こんな時にッッ!」
先のダメージが抜けきっていない状態で、ユリウスはシャフトの怒涛の攻撃を避ける!だがやはり無理がたたったか、水晶の一つが肩を掠めた!
◆
「ユリウス!!」
仲間の窮地にたまらずアルカードが叫ぶ。だがアルカードの方も、ユリウスを気にかけている余裕など無い。
”ギギギ……キィ……!”
「!!」
死神の鎌とヴァルマンウェがこすれ合い、ひどく不快な音を奏でた。少しでも気を抜いたが最後、手に持った剣ごと両断されそうな勢いだ。
「クハハ……この死神を前にして他者を気遣う余裕がおありかな?」
「く……ッ」
死神の挑発にアルカードの表情が曇る。本来ならば霧や獣に変化してこの状況から脱する所だが……鎌を通して吸着の呪いでもかけているのか、アルカードは鎌から剣を引く事も弾く事も出来ず、今の状態を維持するのがやっとだった。
アルカードが反撃できないのを確信したのか、デスは手すきになった右手をゆっくりと振り上げる。
「私の力量を見誤ったのが命取りになりましたな?先の軍人と同じ様に、そっ首切り落として差し上げましょう……!」
「!!」
デスが振り上げた右手の鎌を一気に振りおろす!
”ボゴォンッ!”
「ぬぐぉうッ!?」
「――!?」
だがその時、デスの頭部に強烈な閃光と爆発が巻き起こった!その衝撃でデスは後方に大きくよろめき、その隙にアルカードは死神の呪縛から逃れる事に成功する。
―――ハルカか!?
アルカードはハルカが精霊魔法でサポートしてくれたと思い、反射的に攻撃の出所を振り返った……。が、予想外の光景を目の当たりにし驚愕した。
「ざ…まあみやがれ………」
「――ラング!?」
アルカード達から大分離れた深殿の底。血だらけの上半身をかろうじて起こし、アガーテを構えたラングの姿があった。
「ヘヘ……皆の……かたき……だ………ゴフッッ」
「ラングさん!?ラングさんッ!!」
だが命中を確認しニヤリと笑った次の瞬間、ラングは口から大量の血を吹き出しそのまま後ろに倒れこんでしまった。
治り切っていない状態で無理な攻撃をしたためか、繋がりかけていた胴体の裂け目から再び大量の血があふれ出す。ハルカが絶叫しながら治癒魔法をかけるが、もはやそのケガは賢者の石の回復力でも追い付かぬ程に悪化していた。
「…………ッ!」
苦悶の表情を浮かべ歯噛みするアルカード。だがラングの死を賭した救援を、友の想いを無駄には出来ない。アルカードは死神に追撃の一手を加えるべく断腸の思いでデスに向きなおった。だが……
「……いない!?」
時間にしてわずか1、2秒……ラングの容態に気をとられたほんの一瞬の間に、死神はアルカードの前から忽然と姿を消していた。闇の瘴気を必死に探ったが、長い間人間として潜伏して気配の殺し方を熟知しているのか、容易に見つけられない。
「上だッ!!」
その時離れた位置からユリウスが叫んだ。デスはいつの間に飛んだのか、深殿の中央部遥か上空へ位置し、アルカード達を見下ろしている。その顔はヴァンパイアキラーに加え弱点の光弾を喰らったためか、顎から左側頭部にかけて大きな亀裂が走っていた。
◆
「軍……曹ォォォッッ!!!」
ラングの意地の一撃を喰らった死神が、顔を押さえながら煮えくり返る様な声を絞り出す。
五百年前のグラント、時計塔での本体、そして今この時と、三度にわたって同じ個所に不意打ちを喰らったのだ。ラングの攻撃はそのダメージ以上に死神のプライドを粉々に打ち砕いていた。
「一度は部下にした身、せめてもの情けと楽に殺してやろうとしたのが間違いだったわ……貴様に相応しい地獄へいざなってくれるッッ!!」
だがそれは逆に死神に本気を出させる結果となった。デスは聞くのも憚られる呪詛を呟くと、翳した右手に魔力を集中させた。するとやにわに、例の奪われた核の最期の一個が出現する。
――まずい!
死神にどんな思惑があるにせよ、核を使わせたら取り返しのつかない事になる。アルカードはすぐさま
「そうはいかぬ!!」
抜け目のないシャフトがそんな暇を与えるはずが無かった。暗黒神官はすぐさま配下の水晶玉をアルカードの元へと急行させる。
「シャフトッ!!」
炎と雷撃を纏った水晶玉の群れがアルカードにまとわりつく!ユリウスにはシャフトが、アルカードには水晶がそれぞれ立ち塞がり、ラングとハルカの二人を守る者は誰もいなくなってしまった。
◆
「クハハ……シャフトもたまには役に立つではないか……」
眼下で繰り広げられる光景に死神がにたりと笑みを浮かべる。と、デスは最後の仕上げとばかりに手に持った核に自らの瘴気を混ぜ込んだ。デスの魔力を受けた核弾頭は見る間に形を変え、やがて不気味な髑髏の姿になる。
「ラング軍曹……たしか貴様 は”
死神が凍り付く様な視線をラングに向ける。
「今返してやろう…………城の
「――!」
デスが倒れているラング目掛け骸骨弾を放った!しかしそこにはラングだけでは無い、治癒魔法をかけ無防備になったハルカもいる――!
「ハルカ逃げろ!!」
ユリウスの叫びが空しく響く。だがデスの魔法弾を止めるため結界や瞬間移動を使えば、ラングの傷口は立ちどころに広がり絶命してしまうだろう。今のハルカにラングを見捨てる事など到底できない。助けに向かおうにもユリウスもアルカードもシャフトの妨害に遭っている。もはやどうする事も出来ない――!
”ドンッ”
「――!」
――だがその時、ラングが最後の力を振り絞りハルカを突き飛ばした――
「うげぇああああああああ――――ッッ」
デスの放った骸骨弾を浴びた瞬間、身の毛もよだつラングの悲鳴が深殿内に木霊した!
間一髪救われた形となったハルカが、すぐに助け出そうと身を起こすが……
「ハルカ!ラングから離れろ!!」
「!?」
アルカードの出した不可解な指示に、困惑するハルカ。だがその理由はラングの姿を見た瞬間否応なく理解できた。
「な……嘘!?」
デスの波動弾をその身にうけ消滅したかと思われたラング。だがどうした事かその体は見る間に膨れ上がり、見る見るうちに異形の姿へと変貌していく……!
「く……ッ!これではまるで五百年前の……ッ!!」
異形の怪物へと変わりゆくラングを見て、アルカードの脳裏に500年前の戦いの記憶が蘇る。ドラキュラによって異形の怪物へと変えられ、時計塔に幽閉されていたという一人の人間の事を……
◆
「くそッ!、一体どうなってやがる!?」
ユリウスが思わず口汚い言葉を吐く。遠目からでもラングの身に起きた異変は解った。すぐにでも仲間の下に駆け付けたかったが……
「――この私を放って先に行けるとでも思うたか……?」
「……ッッ!」
ユリウスの前にシャフトが立ちはだかった。シャフトは舞踏館で受けたヴァンパイアキラーを相当警戒しているのか、つかず離れずユリウスの鞭の範囲外ギリギリの位置を、挑発するかのようにふわふわと舞っている。
「いい加減……お前に構ってる暇は…………」
だが危急を擁するこの状況で、その人を嘗めた態度が、ユリウスの”何か”に火をつけた。
「無えッ!!」
ユリウスは体に湧き上がる怒り全てをぶつける勢いで、上空に陣取ったシャフトに向かい全力で退魔の斧を投げつける!
「フ……、そんなやけくその攻撃がこの私に通用すると思うてか……!」
ユリウスの攻撃を破れかぶれの悪あがきと鼻で笑うシャフト。だが放たれた斧を見た瞬間、その表情は一変した。
「ぬ…………? ぬおおおおおおおッ!!?」
一体どうした事か―― 投げた瞬間は確かに小ぶりの斧だったはずが、シャフトの下へ近づくにつれ斧は分裂、巨大化、竜の
「い、いかん!!」
咄嗟に全力で障壁を張るシャフト!だが巨大化した斧は障壁をあっさりと砕き、シャフトはその衝撃で大きく吹き飛ばされてしまう。
「くっ、私としたことが…… ――はッ!?」
シャフトが我に返った時、既にユリウスはシャフトの前から逃走していた。追撃もしようと思えば出来たが、先の攻撃がそれを躊躇させた。
「馬鹿な……あやつまさか
記憶と同時に古の力まで取り戻しつつある青年の潜在能力に、シャフトは大いに
だがそんな暗黒神官には目もくれず、ユリウスは一目散にアルカード達の下へと駆けて行った。
◆
「ブフウゥゥゥ――――ッ!!」
変態は終わり、ラングは完全に異形の魔物へと変貌を遂げていた。服は破け、腕は不釣り合いなほど巨大化し、その姿は醜悪なゴリラとしか言いようの無い不気味な姿へと変わり果てていた。
「ハルカ下がれ!
ようやく全ての水晶玉を片付けたアルカードが叫ぶ!だがハルカはアルカードの忠告が聞こえていないのか、その場から動こうとしない。……と、不意にハルカがシルクのケープから液体の入った小瓶を取り出した。
「癒しの精霊たちよ……この者にかけられた穢れを洗い流せ……」
「――アンカース!!」
ハルカが取り出したのは呪いを打ち消す
「ブフォオオゥゥ―――!!」
「
ラングを元に戻すため繰り出したとっておきの解呪薬だったが、怪物と化したラングには何の変化も見られない。それどころか ”ラングだった者” は”シュー、シュー、”と荒い鼻息をあげながら、たじろぐハルカへとその剛腕を振るう!
”ブォンッ!!”
ハリケーンと紛う程の凄まじい風切り音が響いた!……が――
「……ブフォ……ッ!?」
しかし”ラングだった者”の攻撃は空しく宙を切った。まさに間一髪、拳があたる寸前にユリウスの鞭がハルカを捕獲、自身の元へ引き寄せたのだ。
「アルカード!どうなってんだ!ラングはどうしちまったんだ!?」
ユリウスは抱き抱えていたハルカを降ろすと、堰を切ったようにアルカードに捲し立てた。だがアルカードが答える間も無く、上空の死神が不気味な笑い声をあげた。
「クハハハ……何、城の混沌を直接流し込んでやっただけよ。ああなったが最後、元には戻せぬ。さあて…………一体誰が奴に引導を渡すかな……?」
「…………ッッ」
愉悦に満ち満ちた死神の言葉に、ユリウスも、ハルカも、瞬時に状況を理解し絶句する。だがただ一人……アルカードだけがいつも通りの声色で口を開いた。
「ユリウス……お前がやるのだ……!」
「!」
アルカードは凍り付くほどに冷徹な物言いで、ユリウスにそう告げた。
「俺に……」
「俺に先生や母さんだけじゃなく
アルカードォッ!!?」
アルカードの余りに非情な命令に、ユリウスがたまらず激昂する。だが……
「そうでは無い!かつてお前の先祖 ”ラルフ・ベルモンド” は言っていた。ドラキュラの呪いによって魔物に変えられた人間をその鞭によって解放し、元の人間に戻したと!」
「…………ッ!!」
「ラルフに出来てお前に出来ぬ筈が無い!お前がやるのだ!お前にしか出来んのだ!!」
「死神とシャフトの相手は俺たちがする!……ハルカ、来い!」
そう言うとアルカードはユリウスの背後を守る様に、デスとシャフト、闇の両雄へと向きなおった。一方背後の憂いは無くなったとはいえ、一人残されたユリウスの前にはもはや原型を留めていない ”ラングだった者” の姿があった。
「俺にしか出来ねえだと……?無茶言いやがって……!!」
悪態をつきながらも、ユリウスは真正面からラングを見据える。その顔に優しかったラングの面影は微塵も無い……しかし――
「やるしか……ねえ!!」
救い出せる方法も、確証も無い。だがそれでも友を闇から救い出すため……ユリウスは手に持つヴァンパイアキラーを強く握りしめた…………!