悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
どんな流れだったか忘れてしまったという方は
27話「記憶の欠片」の前半部分を読み返してみてください。
――私の名はジョナサン・モリス。伝説のヴァンパイアハンター、ベルモンド一族の分家モリス家の現当主であり、聖鞭ヴァンパイア・キラーの現在の所有者だ。
この鞭は元来ベルモンド家の男子が代々受け継ぐしきたりであった。だが何代か前のベルモンドが禁を犯し鞭から拒絶されて以降、我がモリス家が一時的に預かるという形でこの鞭を使用してきた。しかし言い伝えによるとその呪いは1999年に解けるという。それはドラキュラが完全復活するという伝説と同年……
私は来たるべき時のため次代のベルモンドに鞭を返すべく、退魔師の仕事の傍ら方々の伝手や協力者を頼って、表舞台から姿を消したベルモンドの行方を追った。
そしてようやく1987年の晩夏、ヨーロッパの山奥の村にベルモンドの末裔が住んでいるという情報を入手し、すぐさま現地へと向かったのだが……
◆
◆◆
◆◆◆
「また……改めて出直してきます…………」
アレリア氏のつきささる様な視線を浴びながら、私はその小さな家を後にした。
……歓迎されない事は最初から解っていた。理由はどうあれ母から子を奪おうとしているのは事実なのだ。彼女からすれば私も闇の者達とさして違いは無いのだろう。子を思う母の情の凄まじさという物を思い知った。
だがあの少年”ユリウス・ベルモンド”はようやく探し当てたベルモンドの末裔。そして我々人類に残された最後の希望。例え鬼と言われようと引き下がるわけにはいかない。彼を……あの親子の安全を守るという意味でも。
……私は今一度その小さな家を振り返ると、決意を新たに村を後にした。
◆
本当なら村で宿をとりたかったのだが、山奥の小さな村にそんな気の利いた施設があるはずも無く、また案の定よそ者に厳しい田舎の事とて、私はやむなく村はずれの猟師小屋で体を休める事にした。
長旅の疲れもあったのだろう。私は知らず知らずの内にウトウトとまどろみの中へ落ちていった。……だが、やはり無理にでも村にとどまるべきであった。隙間風に乗って流れてきた微かな炎の匂いに目を覚ます。見れば村の方向、背の高い針葉樹の隙間から覗く空がオレンジ色に染まっている。
「しまった!」
慌てて胸元から懐中時計を引っ張り出す。針は0時を示していた。夕焼けや朝焼けではない。間違いない、村が炎に包まれているのだ。私はすぐに猟師小屋を出ると、一目散に村へと走り出した……!
◆
「な……何だこれは!?」
村で繰り広げられていた惨劇を見て私は困惑する。村は火に包まれ人々が襲われている。だが村人を襲っているのは魔物ではなかった。どこの者かは解らないが完全武装した兵士達……同じ人間が村人に襲い掛かっているのだ。
「これは一体どういう……!?――ッ!!」
背後に殺気を感じ、瞬時にナイフを放つ!
「ぐあッ」
ナイフは私を狙った兵士の眉間を捉える。音もなく倒れこむ兵士。私はすぐに近寄り敵の顔を覗き込んだ。その顔は間違いなくただの人間。だが問題は別にあった。着ている戦闘服が我が合衆国の兵士の物だったからだ。
何故我が国の軍がヨーロッパのこんな辺境の村を!?さっぱり理由が解らない。万が一にも関係があるとすれば――
「まさか……ユリウス!?」
このままではあの親子が危ない!私は襲い来る兵隊をかわしながら、ユリウス達が住む家へと急いだ。
◆
幸い家はまだ無事だった。だが窓越しにオレンジ色の炎がちらつくのが見える。一刻の猶予もならない。
”ドカァ!!”
扉を開けるのももどかしく、私は一息に蹴破る!瞬間強烈な熱風が私を包んだ。
気合で熱気を振り払い親子を探したが、入ってすぐの居間には人の気配が無い。しかし奥の部屋を見ると、ケガでも負ったのか地面に伏せっているアレリア氏と、母の側に寄り添うユリウス少年の姿が目に入った。
「!!」
その時、炎の熱気に耐え切れなくなった天井が崩れ落ち、親子に襲い掛かった!私は反射的に隣の部屋へ飛び込む!
”ドガッシャアァンッ!!”
――轟音の後に広がる静寂……
「二人とも……無事か?」
「あ、あなたは……!」
アレリア氏の頬に堕ちる鮮血。私は間一髪、崩落から親子をかばう事に成功した。大量の瓦礫を背負う私を見上げながら、アレリア氏が叫ぶ。
「あなたは……!何て事を……ッ」
「……先程は無礼をした。だがこれで私の言った事の意味がお分かりいただけたでしょう。やはりその子は私が預からせていただく……」
「…………」
「許してくれとは言わない……だが世界の為……あなた方親子のためなのだ……」
「…………」
「…………」
「…………解り……ました」
アレリア氏は振り絞るように言葉を発した。
「……すまない……」
断腸の思いで発したであろうアレリア氏の言葉を受け、私は傍らの少年に目を移す。少年は真っすぐな瞳で私を見つめていた。その純真さに思わずほほえむ。
「――ぬあああッ!!」
私は全身に力を込めると、覆いかぶさっている瓦礫の山を一気に吹き飛ばした!
「詳しい説明は後だ、逃げるぞ!母さんは私が背負う、ユリウス、走れるな?」
ユリウス少年は力強く頷く。私はアレリア氏を背負おうとその場にかがみこむ。
……が、瞬間背後に凍りつくような視線を感じ、反射的に振り返った。
「…………っ!?」
私が蹴り飛ばした玄関のドア。そこにいつの間に入ってきたのか、一人の男が立っていた。
男はカーキ色の軍服に身を包み、度の強いサングラスをかけた壮年の軍人だった。……が、私は訝しんだ。軍人から漂う気配が人間のそれでは無い。人ならざる者が放つ波動……紛れも無く闇の眷属特有の瘴気であった。
「貴様……人間では無いな?正体を現せ!」
すかさず軍人にナイフを放つ!しかし軍人は常人なら避ける事も叶わぬヴァンパイアハンターの投擲を、事も無げに素手で払いのけた。
「フフフ…………久しいなベルモンドの分家よ。確か……モリスとか言ったか?」
「……!?その声は!」
軍人は着ている軍服を翻すと、瞬く間にローブを纏った骸骨にその姿を変える。半世紀振りに合間見えた宿敵……忘れようと思っても忘れられない顔が目の前にあった。
「――――
予想だにしなかった者との邂逅……数十年ぶりに私の体に戦慄が走った。無意識の内に腰のヴァンパイアキラーへ手が伸びる。
「お前が人間を操っていたのか!だが……何故お前がここにいる!?ドラキュラの復活までまだあと十年以上あるはず……ッ!」
「クハハ……貴様の知る所ではない。……ほう、そこな子供がベルモンドの末裔か」
「!!」
デスが私の後ろにいたユリウスを目敏く見つける。
「伯爵様の完全復活への障害は取り除く……死ねィッ!!」
「させるかッ!」
デスがユリウスに向かい魔力の鎌を放つ!私はすかさずヴァンパイアキラーを振るい、親子に向けられた無数の小鎌を一つ残らず叩き落した!だが……
”ドクンッ!”
「――!」
途端鋭い爪で心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。
闇を払う鞭ヴァンパイアキラーは聖鞭であると同時に強大な呪いもはらむ妖鞭でもある。正当な後継者であるベルモンド以外の物が振るった場合、例え血縁者であっても振るうたびにその命を削っていく。
若い頃はその生命力で何とか封じ込めていたが、老年に差し掛かった今の自分にはもはやヴァンパイアキラーの呪いに抗う力はほとんど残されていなかった。
「か……はッ」
呼吸すらままならず、思わずその場に膝をついてしまう。それでも一矢報いようとデスに鞭を振るう!が……それも簡単に弾かれてしまった。
……そんな私を、デスは心底哀れみを込めた眼差しで高見から見下ろしている。
「クッハハハハ! 哀れな……随分と老いたものだなモリスよ、鞭に全く力が入っておらぬぞ?」
「く……ッ」
歯を食いしばり死神を睨みつける。だが互いの趨勢は火を見るよりも明らかだった。
「それとも片割れの魔法使いがおらねば何も出来ぬか?…………そういえばあの小娘の姿が見当たらんな。奴にも40年前の借りを返そうと思っていたのだが……」
「それこそ……貴様の知ったことかッ!!」
気力を振り絞り再びナイフを投擲する!が、デスはたじろぎもせず、軽く手を払っただけで自身に向けられた刃を一掃してしまった。
「まあいい……どちらにせよ貴様らはここで死ぬのだ。ベルモンドの血筋さえ絶てば他はどうとでもなる」
「ようやく見つけた希望……俺の命にかえても刈り取らせはしないッ!!」
老いた体に文字通り鞭を打ち、私はデスに挑みかかった……だが決死のヴァンパイアキラーの攻撃も簡単にあしらわれ、空しく宙を裂くのみ……。
「クハハハ!!ぬるい……ぬるいぞモリス!!40年前の烈火の如き攻撃が見る影も無いではないか!」
デスの不気味な高笑いが半壊した家に響く。私は必死に敵を捉えようとしたが、数十年振りに振るうヴァンパイアキラーの負担は予想以上に重く、一撃繰り出すたびに体力を奪われていく。
「う……ぐは……ッッ」
何撃目かの後、地割れのような衝撃が全身を襲い、私は吐血した。この40年出来る限りヴァンパイアキラーを使わないようにしてきたが、鞭の呪いは確実に私の体を蝕んでいたのだ。私はとうとうその場に崩れ落ちた。床には今しがた吐いた血がドス黒い池を作っている。
「他愛も無い……人間とは儚いものよ。かつての借りを返そうかと思ったがその気も失せたわ」
デスは倒れ伏す私を一瞥すると、すぐに奥の部屋へと歩み始めた。だが……
「行か……せるか!」
「貴様……」
私はかろうじて残された力を振り絞りデスの纏うローブの端を掴む。だが所詮力無きものの哀れな抵抗、デスが軽く振り払っただけで、私の体は勢いよく壁に叩きつけられてしまった。
「死にぞこないが……そこに這いつくばったままベルモンドの血が断たれる様を見届けていろ……!」
もはや完全に抵抗する術を失った私は、呻くように声を絞り出すしかなかった。
「に……げろ……」
息も絶え絶えに親子に指示する。だが……幼いユリウスのとった行動は意外なものだった。
「――!」
「ユリ……ウス!?」
「ほう……!」
幼いユリウスは逃げるどころか暖炉の火箸をデスに向け、母を庇うように死神の前に仁王立ったのだ。
「この死神を前に逃げ出すどころか立ち向かってくるとは……幼いとはいえさすがベルモンド、子供ながらに大した胆力よ!」
少年の健気な抵抗を前にして、デスが腹の底に響く不気味な笑い声をあげる。
「ユリウス……!私はいいから逃げなさい!」
母の叫びにもユリウスは動かない。その姿は小さいながらも気高い戦士の片鱗を覗かせていた。だが……相手が悪すぎた。ユリウスの目の前にいる敵は野良犬やチンピラではない、闇の重鎮、死神デスなのだ。
「クハハ……だが勇気と無謀は違うぞ小僧?その震える手足で何が出来るというのだ!」
ユリウスの体は今にも崩れ落ちそうな位に震えている。無理も無い、大の大人でも一目見ただけで失神する死神を前にして、立っているだけでも大したものだったが……
”ドォンッ”
「ぬうッ!?」
その時、デスの顔面が不意に爆発した。アレリア氏がなけなしの力を振り絞り、魔力弾を放ったのだ。
「ユリウス!逃げて!早く!!」
鬼気迫る表情で再度逃げる様促すアレリア氏。だが子を逃がそうとする母の必死の攻撃も、死神の前では何の意味もなさなかった。
「女ァ……!よくも私の顔を……ッ」
怒りに身をまかせたデスは、倒れ伏すアレリア氏を力まかせに掴み上げた!もちろん母を守ろうとユリウスは立ち向かったが、デスによってあっさりと跳ねのけられてしまう。
「ユリウス!!」
レンガの壁に叩きつけられ、ぐったりと崩れ落ちるユリウス。だがすぐにでも子に駆け寄ろうとする母の顔を、デスが無理やりに自身へと向きなおらせた。
「やってくれたな女。腐ってもベルモンドを宿しただけはある。いい度胸だ、褒めてやろう……」
並の人間なら見ただけで魂が凍り付くデスの眼窩を、アレリア氏は逸らす事無くにらみ続ける。焼けつくような炎が燃え盛る中、凍てつく静寂が空間を支配する……。その時、壁に叩きつけられピクリとも動けないはずのユリウスが息を吹き返し、よろめきながらも立ち上がった。
「放……せ」
「ユリウス!ダメ!そのまま寝ていなさい!!」
母の悲鳴にも似た忠告。だが母の言いつけに従う事無く、ユリウスはその蒼い瞳を赤く滾らせ、真正面から死神を睨みつける。
「ほう……もう息を吹き返したか。子供とはいえやはりベルモンド。生命力だけは雑草並みか」
頭から血を流しながらも立ち上がったユリウスに、デスは多少ではあるが驚いた様子だった。だが、そんな健気な抵抗を奈落に突き落とす言葉をデスは発した。
「そうだ……良い余興を思いついたぞ?」
デスが指を弾くと、何名かの兵士たちが室内に入ってきた。その顔は皆一様に生気が無い。デスは兵士たちの前にアレリア氏を無造作に放り投げる。
「貴様の母親には兵士たちの慰み者になってもらうとしよう。この器量だ、さぞこやつらもはりきるだろうて……」
「デス!貴様…………ッ!!」
死神らしからぬ下卑た思いつきに、私は耳を疑った。確かにデスは人間に対しての情は微塵も無い冷酷な怪物だ。だが半面独特な品格も持ち合わせていた。かつて矛を交えた時から考えれば、奴がこんな考えを思いつくとはにわかには信じられなかった。
「や……やめッ!!」
兵士たちはデスに命じられるまま、無言でアレリア氏に群がる。私は怒りに我を忘れそうになったが、もはや如何する事も出来ない。燃え盛る室内に、デスの下卑た嘲笑と、必死に声を押し殺すアレリア氏の無言の悲鳴が轟く。
……だがその蛮行は、部屋を照らす真っ白な光によって突如として終わりを告げた。
「――!?この光は……ッ」
そのまばゆい光はユリウスから発せられていた。無力な子供と嵩をくくっていた死神の顔から、一気に笑みが消え失せる。ユリウスの体から昇る光はどんどんとその輝きを増す。デスがその光に気付き、止めようとした時には既に手遅れだった。
「母さんから……離れろォ―――――――ッ!!!」
ユリウスの異変を感じ取り、咄嗟にデスが防御の体勢を取る。だがもう間に合わない!
「――し、しま……ッ!ウ………ウアアアアアアァァァ――――――ッ!!」
ユリウスから放たれた十字状の闘気は、デスを、私を、アレリア氏を、辺り一面を眩しい光の中へと飲み込み、そして…………
◆
◆
◆
「……」
「…………」
「…………ぅ……うう……ウぐッ!」
一体どれだけ気を失っていたのだろう……私は体中に広がる痛みに目を覚ました。
「く……、一体、何が……」
長い事気を失っていたせいか、どうにも頭がはっきりしない。既に夜は終わり、空は白みはじめている。
「……!ユリウス!」
ようやく回復した視界に、倒れている赤毛の少年が見えた。私は軋む体を何とか起こし、立ち上がったが……
「……………………!!?」
視界に飛び込んできた辺りの光景に私は目を疑う。ついさっきまで小さいながらも確かに存在していた山あいののどかな村が、レンガ一つ残さず完全に消え去っていた。いや、村どころか周辺の森も丸ごと削られ、クレーターのような大穴の、赤茶けた土だけが顔を覗かせていた。
「何故私だけが……」
辺りにはアレリア氏や村人はおろか、村を襲っていた兵士も、デスの姿すら消えていた。ふと、手に不思議な温かみがある事に気付く。
「鞭が……守ってくれたのか……」
見れば手に握られたヴァンパイアキラーが微かに発光していた。同じベルモンドの力が相殺しあった事で私だけが難を逃れる事が出来たというのか……。私は痛みが残る体を引きずりながらも、何とかユリウスの元まで辿り着き、その体を抱き上げた。
「こんな幼い少年が……かような力を……」
あらためて周囲を確認する。辺りには草木一本残っておらず、荒涼とした地面が肌をさらすのみ。ベルモンドの力とはこれ程の物なのか……デスら闇の者達が子供のうちに抹殺しようとするのも頷ける。
「…………お母……さん……」
「……!」
少年はまどろみの中で、無邪気に母の名を呼んでいる。
「…………
あどけない少年の寝顔を見ながら、無意識の内に言葉が漏れた。
少年は母を守るために必死で自身の秘められた力を覚醒させた。だがその結果守るべき母を、故郷を滅ぼしたなどと……
「uhmmmm…………」
私は少年の額に手をかざすと、かつて親友に習った封印の呪詛を唱えた。もし真実に気付けば、幼い少年の心は立ちどころに崩壊してしまうだろう。そんな事になってしまっては少年は、世界は終わってしまう。そうなる位ならばいっそ今起きた事は忘れてしまった方がいい。
もし、私が生きている間に一人前の戦士として成長を遂げてくれたならば……その時は私の口から真実を話そう……
「!……朝日……か」
その時遠く山肌に太陽が昇った。いかに山奥とはいえこれだけの惨状、気づかれるのは時間の問題。もし警察にでもつかまって色々事情を聴かれては面倒だ。私は幼いユリウスを背負うと、一目散にその場から退散した。
――何も知らぬ幼いユリウスは、師の大きな背を頬に感じながら、今はまだ夢の中にいた……