悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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過去

 記憶の番人を倒した事で、辺りを覆っていた漆黒の闇は晴れた。

自身の失われた記憶を取り戻すべく、ユリウスは揺らめく精神の中へ一歩足を踏み出すが……

 

「……」

 

「…………」

 

 

「…………どうすりゃいいんだ……これ……」

 

 

 一歩踏み出してみたはいいものの、特に何か変化が起きるわけでも無い。いくらベルモンドとはいえ精神や夢については専門外だ。ユリウスが途方に暮れていると、含みのある笑みを浮かべながらリリスがするすると近づいて来た。

 

「はぁ~、全くこれだから素人さんはしょうがない……」

 

 やれやれといった感じでリリスが肩をすくめる。

 

「い~い?いくら自分の心でも目当ての記憶を見つけるのは難しいんだよ?例えるなら混ざりあった絵の具から一色だけより分けるような物。そんな事あんたに出来る?」

 

 半分人を小ばかにするような口調でリリスが説明した。確かに辺りの風景は絵の具を何色も混ぜた時に出来るような、不気味なマーブル色にうねっている。

 

「そんなもん不可能じゃねえか……」

「甘~い。それが出来るから ”夢魔” な・の・よ!で、どうする?見るの?見ないの?」

 

 夢魔が体を揺らしながら上目遣いで尋ねて来る。だが……何の見返りも無しに闇の者が自分に協力するとは思えない。

 

「…………要求は?タダじゃねえんだろ?」

 

「フフ……ッ♪、察しがいいね……。代価はアンタの”魂”……でどう?」

 

「……ッ!」

 

 ユリウスの顔に一瞬影がさす。

 

 

「心配しないで?今すぐって訳じゃないの。あんたが伯爵様に殺された後でって話よ。みすみす城の糧にするなんて勿体ないしいいでしょ?どうせ負けるのは解り切ってるんだから……ウフフ♪」

 

 リリスが怪しい微笑を浮かべながら、その瞳を暗く輝かせる。一時的に共闘し、少しは心を通わせたと思ったが…………やはりこの少女も闇の眷属である事に違いは無いのだ。

 

 

「……いいだろう、まあ負けねえけどな。………………やってくれ」

 

 

 リリスの蠱惑的な瞳を真っ向から睨み返しながらユリウスが承諾の意を返す。リリスはにこりと笑い返すと、その両手をユリウスのこめかみにそっと重ねた。徐々にユリウスの意識が朦朧としていく……

 

 薄れ行く意識の中、微かに夢魔の声が聞こえた。

 

 

「あ、ひとつ言っとくけど……」

 

 

 

 

 

 

 

「真実が……望み通りの物とは限らないからね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 舗装もされていない岩山の峠道を、一台の古ぼけたトラックが走っている。

運転席には体格の良い男性、そして助手席には男性の妻だろうか……赤毛の女性と、布にくるまれた赤ん坊の姿が見える。

 辺りは月明かりさえささぬ漆黒の闇、一歩間違えればいつ崖下に落ちてもおかしくは無い。だが何かに追われてでもいるのか、トラックはガードレールも碌にない夜道を全速力で疾走している。

 

「くそ!しつこい奴らだ!」

 

 男性がバックミラーに目をやる。だが時刻は夜だ。見えるのは奈落の様に広がる漆黒の闇だけ……のはずだった。

 

「ッッ!!」

 

 だが暗黒しか映らないはずのバックミラーに、幾つもの赤い点が光っていた。しかもそれらは何故か峠道だけでなく、地面が無い筈の崖の上にも無数に蠢いていた。

 

「キシャアアアアッッ!!」

 

「――!」

 

 突如運転席のドアに何かがしがみ付く!それは蝙蝠と人間を混ぜたような醜い褐色の化け物……下級悪魔の一種である”ガーゴイル”だった。

 

「失せろ!化け物め!!」

 

 男性は右手でハンドルを握りながら、左手一本で窓にしがみ付くガーゴイルを殴り飛ばした!醜いガーゴイルの顔がさらに醜く変形し、哀れ悪魔は崖下へと落ちていく。

 

「あなた!」

「!」

 

 最初の一匹に気を取られて若干速度が落ちたためか、残りのガーゴイルたちが一匹、また一匹とトラックの荷台や天井に取り付き始めた。

 

「くッ」

 

 ハンドルを離せない男性に変わり、今度は妻と思われる女性が助手席から身を乗り出す。女性がトラックにまとわりつく悪魔に向けて光弾を発射すると、たちまちガーゴイルの群れは弾き飛ばされた。

 

「アレリア!大丈夫か!?」

 

 男性が戦いを終えた妻を気遣う。

 

「大丈夫!あの程度の悪魔なら私でも何とかなるわ!」

 

 女性が気丈に振舞う。

 

「すまんな……俺と結婚したばかりに、こんな目に合わせてしまって……」

 

「それは言いッこ無し!あなたと会った日から、覚悟は出来てるから……!」

 

「……ありがとう、アレリア……」

 

 女性の言葉に、少しだけ男性の表情が和らいだ。丁度峠道も終わりを迎え、トラックは木々の生い茂る深い森の中へと入っていったが……

 

「ガイウス!」

「!!」

 

 森に入った直後、伏兵の泥男(マッドマン)がトラックの行く手を遮った!かろうじて正面衝突は避けたものの、トラックは横転し、そのまま茂みの中へと突っ込んでしまう。

 

「うああああああああ――――ッ!!」

「きゃあああああああ――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

「うああああああッッ――――!?」

 

 そこでユリウスは意識を取り戻した。突然の事態に辺りを見回す。気づけば辺りは最初に来た場所……夢魔の部屋へと変わっていた。

 

「――ブハァッ、ハァ、はぁ……。な……何だ今のは、あれは……何だ!?」

 

 まるで現実に体験したかのようなビジョンを見せられ、ユリウスはいまだに混乱している。そんなユリウスにリリスが事情を説明する。

 

「あんたが赤ん坊だった時の記憶だね。ほとんどの人間は忘れちゃうけど、思い出せないだけで脳にはしっかり記憶されている物なのよ」

 

「じゃあ……あれが父……さん?」

 

 写真すらなく、母もほとんど教えてくれなかった父。それがこんな形で出会えるとは……。

母と自分を守るために戦った……師が言っていた事は本当だったのだ。

 

「とりあえずあやふやになってる記憶を片っ端から取り出してみたんだけど……どうする?

顔色悪いけどまだやる?」

 

 リリスが少しだけ気遣うような素振りを見せた。鮮明な記憶を一時に思い出した影響か、ユリウスの顔にはびっしりと脂汗が滲み、瞳孔も開いていた。写し鏡に覗くその顔は完全に血の気が引いている。

 

「まだ……肝心な記憶が取り戻せてない……!ここまできて引き下がれるか……ッ続けろ!」

 

「…………」

 

 先の記憶も衝撃的ではあったが、自分が望んでいた物では無い。自分が本当に思い出したい記憶……”あの日”の記憶を取り戻さなくては意味が無い……!

 

 リリスは無言で手をかざすと、再びユリウスの過去を探り始めた…………

 

 

 

 

◆◆

 

 

◆◆◆

 

 

 木の幹や藪を何本もなぎ倒しながら、ようやくトラックはその巨体を止めた。幸いトラックは炎上しなかったが、片側の車輪が外れてしまった上、ガソリンが漏れ出している。もう車で逃げる事は出来ない。

 

「う……うぅ……」

 

 横転したトラックから這い出す影がある。ガイウスと呼ばれていた男性だ。見れば咄嗟にかばったのだろう。その胸の中には女性と赤ん坊が抱えられている。

 

「大丈夫……か、アレ……リア……」

 

 男性は母子をひきずりながら、何とか車から這い出した。だがその体は女性をかばったためか、体中が血だらけだ。男性が二、三度頬をはたくと、幸いにも女性は意識を取り戻した。

 

「あなた――!」

 

 意識を取り戻した途端飛び込んできた血だらけの夫の顔に、女性は思わず言葉を失う。だがケガをした夫を労わっている暇など無い。状況は一刻を争う。女性は片腕に赤ん坊を抱きかかえながら男性に肩を貸したが、男性の屈強な体躯はとても華奢な女性に支えられる物では無かった。

 

それでも何とか横転したトラックから離れる事は出来たが……やがて男性の方が静かに口を開く。

 

 

 

「アレリア……俺を置いて行け」

 

「ガイウス……ッ!?」

 

 愛する夫の残酷な提案に、女性は悲痛な表情を見せる。

 

「この体では俺は足手まといだ。それにトラックが爆発すれば火に引き寄せられてすぐに奴らが集まって来る……。俺が奴らを食い止めているうちにユリウスを連れて行け!」

 

「…………ッッ」

 

 男性の言う事は正しかった。だが愛する夫をみすみす魔物達の前に置いていくなど、女性に出来るはずもない。

……男性はその場から動こうとしない女性を抱き寄せると、その唇にそっと口づけをする。

 

「……!」

 

「すまない、つらい思いばかりさせて……」

「だが……ユリウスは希望なんだ。俺たちだけじゃない、人間全ての希望なんだ。絶対に死なせるわけにはいかない……!」

 

「あなた……」

 

 

 

 

 

 

「ふわ~ぁふ……」

 

「!!」

 

 その時母に抱かれた赤ん坊が大きなあくびをした。赤ん坊はこの危機的状況などどこ吹く風といった感じで、無垢な瞳で両親を見つめている

 

「全く、こんなやばい時だってのに泣き声ひとつあげない。こいつは将来大物になるぞ?」

 

 男性は自身を見つめる我が子の豪胆ぶりに苦笑しながらも、そのおでこに優しくキスをした。

 

「行け!アレリア!ユリウスを頼む!」

 

「…………ッ!」

 

 女性は赤ん坊を強く抱きしめると、後ろを振り返らずに夜の森を必死に駆けた。まもなく漏れたガソリンに引火したのか、後方で大きな爆発音がした。

 

 女性は走った。背後からは激しい戦いの音が聞こえる。車の燃えさかる音、魔物の咆哮、夫の叫び、その全てを無視して女性は走った。……やがて、背後に巨大な光の柱が昇ったが……それすら気付かぬふりをして、女性は走り続けた。

 

 

1時間ほどひた走りようやく母子が森を抜けた頃には、すでに東の空が白み始めていた。

 

…………終ぞ、母子を追う魔物は一匹も現れる事は無かった…………

 

 

 

 

 かろうじて闇の眷属の手から逃れた母子だったが、その日から苦難の日々が始まった。

 

 闇の者たちの襲撃を避けるため一所にとどまる事は出来ず、あちらこちらの国を彷徨う日々。当然まともな職にありつく事など出来ず、日々の食事にすら困窮する毎日……。母は日雇いや、魔術による治療、時には娼婦紛いの事までして日銭を稼ぎ、幼いユリウスを育てた。

 

 

 ……やがてそんな生活が五年ほども過ぎた頃、親子は山陰の寂れた村へ行き倒れ同然に流れつく。外界から隔離された村の住人は決して愛想は良くなかったが、どういう訳か親子をすんなりと受け入れ、匿った。

 

 とにかく久方ぶりに、親子は安住の地を手に入れた。下界との交流がほぼない閉鎖的な環境も、外敵から身を隠すのにうってつけだった。山あいの自然あふれる環境で幼いユリウスはすくすくと成長し、親子はささやかながらもようやく穏やかな日常を手に入れた。気付けば村での生活は丸二年が過ぎていた。

 

 

――そして…… ”あの日” が来た――

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 言い知れぬ沈黙が夢魔の部屋に充満していた。ユリウスが精神世界から部屋に戻ってすでにかなりの時間が経過していたが、その間ユリウスは一言も言葉を発せず、椅子に座ったままだ。普段軽薄と言えるほど陽気な夢魔も、空気を読んでいるのか黙ってベッドの上に腰かけている。

 

「…………父さん、母……さん……………………先…生……」

 

 やがて呻くような声でユリウスが何事か呟いた。リリスからは背中越しになるので表情は読み取れない。だがその声色はただただ暗く、重苦しかった。

 

「あの、さぁ……元気出しなよ。そんな塞ぎこむなんて、あんたらしくないって!」

 

 そんな青年をみかねたのか、リリスがことさら明るいトーンで話しかける。だがユリウスは一切の反応を見せない。塞ぎこみ続ける青年に腹が立ったのか、リリスはムキになって畳みかける。

 

「あ~もう!だから最初にいったじゃん!望み通りの物とは限らないって!大体心が封印する位のトラウマなんだよ?ヤバいってのは最初から解り切ってた事でしょ!」

「それとも塞ぎこんだままずっとここにいる?それもいいかもね、ここは素晴らしき夢の世界。お腹もすかない、老いもしない、そして傷つく事も無い。どうせ元の世界に帰っても伯爵様に殺されるだけなんだから、いっそここで永遠にあたしと……」

 

”ガタッ”

 

「ひッ!」

 

 その時、それまでうつむいていたユリウスが不意に立ち上がった。自分の罵倒が逆鱗に触れたかと思わず委縮するリリスだっだが、ユリウスは特に声を荒げる事も無く、リリスに尋ねる。

 

「あの扉から出れば……外に帰れるのか?」

「え?う、うん……」

 

 出口と思われるドアを指さした後、ユリウスはそのまま無言で歩き出す。

 

「ちょ……あんた! …………ッ!」

 

 慌ててリリスがユリウスを呼び止める。……だが……振り返ったその顔は、修羅の如きヴァンパイアハンターとは思えぬ程、悲哀と後悔に満ちた寂しげな物だった。

 

 

「……あんまり悪さすんなよ?………………じゃあな……」

 

「あ……」

 

 

 ひどく寂しげな微笑みを残し……青年は夢魔の部屋から去っていった。

後には一人ポツンと、困惑の表情を浮かべたリリスだけがとり残されていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お目覚めかい……」

 

「……!」

 

 ふと気づくと、ユリウスは船着き場に係留された手漕ぎボートの上に立っていた。

 

ボートの上は自分以外にはあの不気味な渡し守がいるだけで、アルカード達の姿は何処にも無い。自分が夢の世界に飛ばされてどれほど時間が経ったか定かではないが、きっとかなり先に進んでしまっているだろう。

 

 ユリウスはすぐに仲間の後を追うべく、ボートのへりに足をかけた。だがその時不意に渡し守から声をかけられる。

 

 

「……行くのかい?」

 

「……」

 

「もしこの船から降りて先に進めば……きっとつらい事が起きるよ?」

 

「…………!」

 

「今なら……まだ引き返せる……」

 

 

 

「………フン!好きなだけ言ってろ。あんたこそ次の就職先探しといた方がいいぜ?」

 

 ユリウスは不安を掻き立てる様な渡し守の忠告を一蹴すると、勢いよくボートから対岸へ飛び降りた。対岸にはおそらくラングが残して置いてくれたのだろう、石で出来た矢印と、サインの意味が記された書置きが残されていた。

 

「これならすぐに追いつけるか……皆、無事でいてくれ……!」

 

 ユリウスはメモをひっつかむと、我武者羅に走りだした。ようやく取り戻した記憶……この情報を今すぐ皆に伝えなくては全滅の可能性すらある。ユリウスは物陰に潜む魔物すら反応できない速さで、闇に支配された洞窟を一心不乱に走り抜けた……

 

 

 

 


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