悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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暁の軍団

「くそ!何てタフさだ……!」

 

 ハルカがアルカードの救援に向かっている間、マキはたった一人でパペットマスターと相対していた。だがその額にはじっとりと汗が滲み、目に見えて疲労の色が濃くなっている。

 

 式神による連撃はパペットマスターの動きを封じ込めてはいた。だが倒しきるには威力が足りないのか、表面に浅い傷こそつくものの、その硬い外殻を砕くまでには至らない。

 ラングが持つアガーテの火炎弾ならばある程度のダメージは見込めるが、当のラングは例の呪い人形達からマキと自分を守るのに精いっぱいで、とてもマキを援護する余裕は無い。

 

”ボフッ”

 

「!!」

 

 そうこうしている内に集中力が切れたのか、五体の式神のうち二体が元の紙切れに戻ってしまった。残りの式神は三体。だがそれらの動きも目に見えて鈍っている。

 

 

「……何ダ小娘ェ?サッキマデノ威勢ハドウシタァ……?ゲェヘヘ……」

 

「…………くッ!」

 

 自身を攻撃する手数が明らかに減っているのを認識し、パペットマスターに不敵な笑みが戻る。

 

”ボフッ”

 

 悪いことにさらにまた一体、式神が紙片に戻ってしまう。

 

「アト……二匹……グヘヘェ……」

 

 パペットマスターがまた一歩マキに近づく。「このままではいずれ……」マキの脳裏に最悪の展開が過ぎった……正にその時であった。

 

 

”ドオォンッ!!”

 

「ゲハァッ!?」

「――!?」

 

 突如パペットマスターが紅蓮の炎に包まれる!!

 

 

 

 

 

 

「アァッハッハッ!! 久しぶりの戦いよ!みんな、みんな消し炭にしてあげるわァッ!!」

 

 ジプシー風の衣装に身を包んだ女魔導士が、そこら中に巨大な魔力球を放り投げる!部屋の至る所に火柱が巻き起こり、その勢いは味方を巻き込むほどであった。だが即座に大盾を持った騎士がアルカード達の前に陣取り、何とか事なきを得た。

 

「おい!無茶をするな!!」

 

 大盾を持った騎士の一人が女魔導士に文句を言う。

 

「ぶー、仕方ないじゃない。あんまり久しぶりだったから力の加減がわかんなかったのよ!」

 

 女魔導士は小麦色の頬をプックリとふくらませブツブツぶーたれている。そして今度は幾分抑え気味の火球を(できるかぎり敵を狙って)ばらまき始めた。

 

「やれやれ、若いもんは後先考えんから困る」

 

 女魔術師の行動に呆れながら、大きなフードを目深にかぶった老魔術師が前に出た。老魔術師は手を広げ静かに瞑想を始めると、たちまち虚空から無数の矢を召喚する。

 

「……行けィ!!」

 

 老魔術師が一気に手を振り下ろす!途端召喚された矢の群れは意思を持った生き物のように、ラング達を狙っていた人形達を串刺しにした!

 

 

 

 

「ヌウウウ……雑魚共ガアアアアッ!!」

 

 不意打ちを喰らったパペットマスターはいまだ燻る顔を押さえながら、反射的にアルカード達の方を睨みつける。

 

――今だ!――

 

 千載一遇のチャンスとばかり、マキはなけなしの魔力を振り絞り、無防備なパペットマスターの横っ面めがけ残りの式神を向かわせた!やすつなの刀身を煌めかせた式神が一斉に襲い掛かる!

 

 

”ギョロン!”

 

「――!」

 

 

 だがその瞬間、それまでそっぽを向いていたパペットマスターの目玉が、”ギロリ”とマキの方へ動いた。そしてそのデカい図体からは想像もできない素早い動きで、あっさりと二体の式神を捕まえてしまう。そのまま一息に握りつぶされ、式神は元の紙片に戻ってしまった。

 

「小娘ノ……考エソウナ事ナド……全テ……見透シテイルワ!!」

「ぐ……ッ!!」

 

 マキの奇襲は完全に見透かされていた。切り札の式神を失い、ほぼ全ての魔力を使い果たしたマキにもはや抗う術は無い。呆然と突っ伏すマキに、パペットマスターの巨大な手が伸びる。

 

 

「――!させるか!!」

 

 少女を救うべく、ラングがアガーテの火炎弾を撃つ!だが呪い人形の掃討で魔力をすり減らしたラングの攻撃は足止めにすらならず、マキの体はパペットマスターの巨大な掌に飲み込まれてしまった。

 

「ゲヘヘ……コレデヨウヤク一匹…………ヌゥッ!?」

 

 パペットマスターの表情が怪訝な物へ変わる。確かに掴んだはずの少女の感触が……無い!

骨が砕ける心地良い感触も、したたる血のぬくもりも……無い!慌てて手を開いて見るが、例の紙人形の一片すら無い。文字通りもぬけの空だ。

 

「ナ……ドウシテ……!?」

 

 慌てふためくパペットマスターは、勢い余って少女を押しつぶしてしまったのかと、地面を見るため視線を下げた。その時――

 

 

”ドガッ”

 

「ガハッ!!?」

 

 突如上から強烈な衝撃をうけ、パペットマスターの巨体が敷き詰められた人形の中に沈む!

その上空には、マキを抱えたハルカの姿があった。マキが化け物の手に包まれる瞬間、グリフによる瞬間移動を使いマキを救い出したのだ。

 

 

「ごめんねマキ、ちょっと遅れちゃったかな?」

 

 埋もれたパペットマスターから少し離れた位置にゆっくりと降り立ちながら、ハルカがやや茶目っ気を含んだ調子で話しかける。だがそんな少女とは逆に、マキは申し訳なさそうに口を開いた。

 

「すみませんハルカ殿……大口を叩いておきながら、私の力では仕留めきれませんでした……」

 

 疲労もあるのだろうが、それ以上に申し訳なさが先に立つのだろう。沈痛な面持ちでマキは答えた。だがそんなマキにハルカは優しく語り掛ける。

 

「そんな事ない!……充分だよ。マキが時間を稼いでくれたおかげで色々吹っ切れたし……

後は……」

 

 

「……俺たちに任せておけ」

 

 暁の大剣を抜き放ち、堂々たる構えを取ったアルカードがハルカの言葉を継ぐ。そして

主に続くように、各々の武器を携えた暁の軍団がパペットマスターの周囲を取り囲んだ。

 

 

「ヌウウウ……ッ!!」

 

 パペットマスターがよろよろと立ち上がり、両の目をせわしなく動かす。だが周囲360度どこを見回しても、見えるのは自身を取り囲む敵の姿ばかり……

配下の人形をほぼ失い、奥の手すら使えぬ状況。もはやこの敵に抗う術は残っていないと誰もが思った。しかし……

 

 

「ク…………」

 

『……?』

 

 

「クフ……クハハ……」

 

 

「グェハハハハハ!!馬鹿共メ!コノ程度デ俺ヲ追イツメタツモリカ!」

 

「――!?奴の体が!」

 

 

 一体どういう事か、見る間にパペットマスターの巨大な顔が、敷き詰められた人形の中に沈んでいく!

 

「く……転移魔法か!皆、奴が消える前に仕留めろ!!」

 

 アルカードの号令の下、すぐさま暁の軍団が攻撃を開始する!が……

 

「きゃあッ!」

「マキ!?」

 

 突如室内に響く少女の悲鳴!振り返るとパペットマスターの手に捕まれたマキの体が、すでに半分も床に沈んでいた。

 

「マキィ――ッ!」

「ハル……ッ」

 

 ハルカがマキに向かって精一杯手を伸ばす!だが互いの手が触れるあと一歩の所で、マキの体は人形の山の中へ消えてしまった。

 

 

 

 

Damn,it(ちくしょう)!一番弱っていたマキを狙いやがった!」

 

 ラングの口から”らしくない”罵声が飛び出す。ラングはすぐにマキが消えた場所を掘り返したが、案の定いくら人形を押しのけてもマキの姿は影も形も無い。

 一方アルカードはその場に跪き、片手を地面にあて何かを探る様に瞑目している。

……数秒の後、何かを察したようにアルカードは告げた。

 

 

「……すぐ下から奴とマキの魔力を感じる……転移したのではなく壁をすり抜けただけのようだ」

 

「何!?なら早く追いかけないと……っ」

 

 アルカードの言葉に、ラングは再び人形の山を掘り返した。だがいかんせん人形の層は厚く、床自体も一体どの程度の厚さなのか見当もつかない。

 

「お下がりくださいアルカード様……」

 

 その時、屈強な騎士たちの中でも一際大きな体躯を持つ骸骨が一歩前に出た。

騎士はその手に持つ巨大な矛を大上段に構えると、満身の力を込めて床に振り下ろす!

 

 

「そうりゃああああッ!!」

 

 

 瞬間凄まじい衝撃波が部屋中に轟き、床を覆っていた人形やぬいぐるみが跡形もなく消し飛んだ。しかし……

 

「馬鹿な……ッ!」

 

 人形が消し飛んだ跡に現れたのは、ほぼ無傷の床だった。あれ程の攻撃で傷一つつかない所を見ると、幾重にも魔法の障壁が貼ってあると見ていい。奴が最後まで余裕を崩さなかったのは、いつでも確実に逃げられる手段があったからだった。

 

「物理的な攻撃が効かないとなると……時間がかかるぞ。ハルカ、手を貸してくれ……ハルカ?」

 

 その時アルカードが異変に気付いた。さっきまで後ろにいたはずのハルカの姿が何処にも無いのだ。

 

「な……何処に行ったハルカ!まさかマキと同じ様にさらわれて!?」

 

「いや……」

 

 狼狽するラングに対し、魔力の軌跡を追えるアルカードだけはハルカの行方に気付いていた……

 

 

 

 

 

 

「マキを返せ!変態野郎ォォォ―――ッ!!!」

 

「ナニイイイィィィッ!??」

 

 

 ハルカは一人、印術(グリフ)の瞬間移動を使って階下へ逃げた敵を追いかけていた。

無事逃げおおせたと安心しきっていたパペットマスターも、まさかこんなに早く追い付かれるとは思わず、いきなり現れた目の前の少女に仰天する。

 

「吹きすさべ!嵐流(ウェントゥス)!!」

 

 ハルカの手に刻まれた紋章が光り、辺りに凄まじい上昇気流を巻き起こす!印術の作り出した烈風の勢いは凄まじく、パペットマスターは握っていたマキを思わず手放してしまう。

 

「逆巻け!息吹(プネウマ)ッ!!」

 

 ハルカはすかさず逆風を起こし、マキを自身の元へと引きよせる。荒々しかった風は一転、包み込むような春風となってふわりと少女を地面に降ろした。

 

「よかった!マキ大丈夫?ケガは無い?」

 

 マキは動転し、一瞬自分の身に何が起きたのか理解できない様子だったが、目の前のハルカを見て救い出された事が解ると、突然堰が切れたようにすがりついた。

 

「ハ、ハルカ殿~~!」

 

「よしよし、もう大丈夫だから……」

 

 そこにいたのは今までの凛々しさは微塵も無い、どこにでもいるか弱い少女だった。無理もない、もしあのまま化け物に捕まったままだったら今頃どうなっていたか……。私を守るために今まですっと気を張っていたんだなと、ハルカは感謝と同時にちょっとだけ母性本能をくすぐられた。

 

 しかしいつまでもこうしてはいられない。マキを安心させるために大丈夫とは言ったが恐らくここは敵の本丸。おまけに高位の印術を連続で使ったせいでかなり体力を消耗してしまった。一刻も早くこの場から離れないと危険だ。

 ひとまずハルカはマキを連れて皆の元へ戻ろうとした。だがふと辺りの光景を見た瞬間、その体は凍り付いた様に固まってしまう。

 

「これは……!!」

 

 ハルカの体に戦慄が走る。周囲にはざっと百体を超える精巧に作られた人形達が、色とりどりの衣服に身を包みハルカ達を監視するように鎮座していた。

 

「…………ッ」

 

 ハルカは無意識の内に人形の群れを目で追っていた。まさか……いやもしかしたら……!はやる心を押さえつつ、ハルカの翡翠色の瞳が目まぐるしく動く……!

 

……やがて両の眼はある一点で止まった。栗色の長い髪、翡翠色の大きな瞳……ハルカより一回り小さな体を青いワンピースに包んだその人形は、他の人形よりも一段高い場所に仰々しく吊るされ、物言わぬ体でハルカ達を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉……ちゃん!!」

 

 

……ハルカの大きな瞳から、真珠の様に大粒の涙がこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 


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