悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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迎賓館
傀儡の館


 

「キシャアアアアッ!!」

 

「くッ!!」

 

 物影から得体の知れない ”何か” が飛び掛ってくる!

この施設に突入してからおよそ10分、このような奇襲は一度や二度では無かった。

 

 

 

 

 ジョーンズのメモに記された最後の鏡の設置場所……そこは格調高く、厳かな雰囲気を漂わせる古めかしい洋館であった。内部はイギリスのヴィクトリア朝時代を思わせるアンティークの家具や絵画が立ち並び、壁には蝋燭では無く乳白色のランプが灯っている。一見すると歴史のあるホテルのような、実に落ち着いた雰囲気の施設だ。これまでの施設にいやという程あった罠も全く無い。

 

 

 ただ……足を踏み入れた時から、妙な違和感をラングは感じていた。気のせいといえばそれまでだが、どうにも嫌な感じが拭えない。誰かにずっと見張られている気がするのだ。

 

 

 ……ラングの勘は当たっていた。このエリアの敵はこの館そのもの。洋館に華を添えているアンティークの家具、そして随所に置かれた人形やぬいぐるみ達であった。

 

 たちの悪い事に普通の家具や人形も混じっているため一目見ただけでは判別はつかない。かといって少しでも隙を見せれば即座に本性を現して襲い掛かってくる。あまり思い出したくはないが、過去の任務でのゲリラとの戦いがいやでも思い起こされる。

 

 

”パアァァァァンッ!!”

 

「ゲェェアァッ!!」

 

 

 見た目の可愛さからは想像もできない醜い断末魔をあげ人形は四散する。かろうじて反撃が間に合いホッとするラングだったが、息つく暇も無く今度は黄色い熊のぬいぐるみが爪を振りかざして襲い掛かって来た!

 

 

「くそ!次から次へと!」

 

”パアァンッ!” ”パアァンッ!” ”パアァンッ!”

 

 続けざまにアガーテの連弾をぬいぐるみに撃ち込む!だがどうした事か熊のぬいぐるみは一向に怯む事無くラング目掛けて突進してくる!

 

「……げッ!」

 

 細部まで視認できるほど接近された事でようやく理由が分かった。布の裂け目から落ちる黒い粒……ぬいぐるみの中に詰まっていたのは綿ではなく砂鉄だったのだ。硬い鉄の粒子がアガーテの魔力弾を弾いていたのである。

 

「ガルルルルルッ!!」

 

 砂鉄のぬいぐるみは自身の内容物が零れ落ちるのも厭わず、ラング目掛け飛びかかってきた!

小型のぬいぐるみとはいえ、あんな鉄の塊の直撃を受けたらただでは済まない、ラングは即座にアガーテのダイヤルを回すと、握りこんだ手に魔力を集め、躊躇無く引鉄を引く!

 

「FIRE!」

 

「ガボアァッ!!」

 

 待ち構える様に放たれたアガーテの炎弾がぬいぐるみを包みこむ!通常弾を弾いた鋼鉄の体も灼熱の炎の前にはなす術も無く、ドロドロに溶解した鉄塊となって館の絨毯にドサリと落ちる。

 

「ふぅ、油断も隙もありはしないな……」

 

 ラングが額の汗を拭いながら深い溜息をつく。ふと、別のルートを探していた筈のアルカードがいつの間にか傍らに佇み、こちらを見ているのに気付いた。

 

 

「……少しは慣れた様だな」

 

 

 なんだかんだと対応するラングを見て感心したのかどうかは定かでは無いが、アルカードの方から声をかけてきた。この男からこんなに親し気に話しかけられるのは初めてだったので少し戸惑ったが、出来る限り平静を装って返答する。

 

 

「さすがにここに来てから長いからな、もう人形が動いた位じゃ驚かないさ」

 

「フッ……」

 

 

「頼もしい事だ」とでも言わんばかりにアルカードが微笑を浮かべる。そのポーカーフェイスからは全く読み取れないが、どうやら機嫌がいいらしい。鏡のポイントへの道すがら、ラングは思い切ってずっと疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。

 

 

「アルカード、ひとつ聞いてもいいか」

 

「……何だ」

 

()()()()というのは一体何者だ?」

 

「……!」

 

 アルカードの顔が一瞬強張ったのを、ラングは今度は見逃さなかった。

 

 

「ジョーンズ……さんが最後に言っていた。俺がここに来たのは「偶然では無い」と……だが俺にはさっぱり心当たりが無い。で、だ。お前が前に言っていたグラントっていうのが関係あるんじゃないかと思ったんだ。何者なんだ、そいつは」

 

 思い切ってずっと疑問に思っていた事を一気に喋った。だがアルカードはラングが喋っている間、遠くを見たまま一向に視線を合わせようとしない。やはり聞くのはまずかったかと、ラングは尋ねた事を少し後悔していたが……

 

 

「古い……友人だ」

 

 アルカードは特に怒るでも、悲しむでもなく、別段いつもと変わらない口調で喋り始めた。

 

 

「かつて……ドラキュラが人間に対し反乱を企てた時、それに立ち向かった人間たちがいた。その中の一人だ」

 

「そいつに俺が似てたと……?」

 

「いや、グラントはどちらかと言えば小兵だった。似てはいないな」

 

「なら何故そんな男と間違えたんだ?」

 

「……さあな」

 

 

 話はそこで途切れた。何とも釈然としない。煙に巻かれたというか、うまくはぐらかされた気がする。いっそ開き直ってさらに突っ込んでみようかと考えた矢先、ラングは思わず話しかけるのを躊躇った。アルカードの雰囲気が一気に張り詰めた物へと変わっていたからだ。

 

 

「……お喋りはここまでのようだ、近いぞ」

 

 いつの間に現れたのか、重厚な造りの扉が前方にそびえていた。ふと腰のサイドポーチを確認すると、さっきまで何の反応も示さなかった鏡がポーチ越しでも解るほど発光している。最後のポイントが……この館の主がこの奥にいるのだ。

 

 

 

 そっと手すりを掴み慎重に扉を開ける……部屋の中は薄暗い洋館の中でもさらに薄暗く、奥の方は全く見えない。ふと、足に妙な感触を感じ、咄嗟に引っ込める。

 

「!!…………うげ……」

 

 思わず陰鬱な溜息が漏れる。うす暗い室内に目が慣れるにしたがい見えてきた光景、それは部屋中に敷き詰められた大量の人形やぬいぐるみだった。

 

 室内は思いのほか広く、吹き抜けの二階構造になっている。そしてその床、天井、中二階等至る所にオモチャの人形やぬいぐるみが所狭しと敷き詰められていたのだ。これ全てが魔物ではないだろうが、それでも相当な数の敵がいると見て間違いない。正直戦う前からうんざりする。

 

「……ッ?」

 

 ふとラングは違和感を感じた。アルカードを見ると同じ様に気づいたようだ。微かにだが、奥の方から妙な音が聞こえる。

 

 やがて明かりの届かぬ部屋の奥に、何か蠢く影を見つけた。二人は即座に戦闘態勢を整え、徐々に大きくなる正体不明の影を注視する。

 

 

……それが何なのか最初は解らなかった。だがその unknown(アンノウン)が近づくにつれ、”キィキィ”とか、”カラコロ”といった何か固い物がこすれたり、当たったりする様な音がはっきりしてくる。

そしてその正体が白日の下に晒された時、ラングはその音の正体を理解した。

 

 

『何だ……こいつはッッ』

 

 

 ギョロリとした無機質な目玉がアルカードとラングを睨む。二人の前に現れた敵、それは全長5メートルはあろうかという巨大な木製の操り人形だった。さっきから聞こえていた音の正体、それはバケモノの関節が摩擦で擦れる音だったのだ。

 

 だがラングが圧倒されたのは大きさだけではない、その奇怪な造形だ。化け物には胴体が無かった。いや、腰も、腹も、足も無かった。酷く不細工で巨大な頭部から、直接4本の腕だけが生え、それが無機質、かつ乱雑に蠢いているのだ。薄気味悪い事この上ない。

 

 

一方アルカードもラングと同じく目の前の敵に圧倒されていた。だがその理由は少し違っていた。

 

 

「馬鹿な……この場所にこんな魔物はいなかった筈……」

 

 

 この城とそれなりに関わりが深いアルカードだったが、目の前の敵は全くの初見だった。確かに悪魔城は混沌の産物。構造も、外観も、中に住む魔物も常に変わり続ける。

 だが……それにしても目の前の敵からは違和感を感じた。今までこの城で戦った魔物とは根本的に性質が違う……まるで何処か別の世界から無理やり持ってきたような、そんな歪な違和感を拭えなかった。

 

 

 

「オ前達カ!!俺ノ館ヲ荒ラシテイタノハッ!!」

 

『!!』

 

 

 その時突然、件の怪物が悍ましい声を上げ二人を威嚇してきた。同類の人形やぬいぐるみを破壊されて怒っているのか、その声は敵愾心に満ちている。

 間髪入れず怪物は二人目掛け突進して来る。スピードこそそうでもないが、四本の腕をばたつかせながら迫るその姿は、まるで巨大なゴキ〇リのようで生理的嫌悪感が凄まじい。

 

 

”ドガアァッ!!”

 

 

 怪物の繰り出した手刀で、床に敷き詰められていた人形が一斉に舞い上がる!だが……!

 

 

『遅い!!』

 

 

 怪物の攻撃が当たる瞬間、二人は左右に飛んでその手刀を避けていた。どちらを追うべきか右往左往する化け物を尻目に、ラング達はそのまま反撃の烽火をあげる。

 

 

「FIRE!!」

「ヘルファイア!!」

 

「ウゲェヤアァッッ!!」

 

 

 挟み撃ちの態勢から火炎弾を浴びせられ、怪物が悲鳴を上げながらのたうち回る。木偶人形の見た目通り、やはり炎が弱点の様だ。怪物は自身についた炎を必死にかき消しながら、奥の方へと遁走を始めた。

 

「何だこんな物か、見掛け倒しだな」と、ラングは逃げていく敵の後姿を見ながら思った。とはいえこのまま逃がす訳にはいかない。ラングは銃に次弾の魔力を溜めつつ、じりじりと魔物との距離をつめていく。

 

……だが、ある程度まで逃げた所で不意に化け物が立ち止まりこちらを振り返る。その手には何か得体のしれない物が握られていた。

 

 

「……オ前モ……人形二ナルノダ……」

 

「人……形?」

 

 

 化け物の言葉を聞いてはっとする。よくよく見れば化け物が持っているのは自動車の検査などでよく使われる、人型のダミーに似た人形だった。形といい、大きさといい、丁度ラングと同じくらいのサイズだ。

 一体そんな物を持ち出して何をするというのか?まさか直接投げてくる気か?それともさっきの人形と同じ様に直接戦わせるのか……ラングは思わず身構えた。

 

 

 だが……どうした事か怪物はその物体をラング達ではなく地面に置かれた箱の様な物へと近づけ始めた。暗くてよく見えないが、観音開きの様に蓋が開いている円柱状の物体だ。

 

 

 

「コノ人形ヲ…………コ コ ニ 入 レ ル ト オ ォ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラング!何をしている!下がれ!!」

 

 アルカードの絶叫が吹き抜けの空間に響いた……その時――――

 

 

 

 

 

 

 

 

”ガシャァアンッッ!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはッ!」

 

「!?」

 

 

 

――ラングには最初何が起きたのか解らなかった。飛び込んできたアルカードに突き飛ばされた瞬間、そのアルカードが目の前から消えたのだ。そして次の瞬間アルカードが現れたのは、化け物が人形を入れた例の箱の中だった。

 

「な、何だ!?一体何が起きたんだ!?」

 

 箱から出てきたアルカードは黒衣の上からでも解るほど全身が血だらけだった。その惨状にラングは動転し、一時的にパニックになってしまう。

 

「――!!」

 

 アルカードが出てきた箱を見て戦慄する。それはただの箱などでは無かった。内部に鋭利な棘がびっしりと張り巡らされている、鋼鉄製の棺桶(アイアンメイデン)だったのだ。

 

 ラングは必死に頭をめぐらせた。原理は解らないが、化け物が人形をあの棺桶に入れた途端、アルカードは移動していた。あの人形は変わり身か何かを起こす道具で、人形に起きた事がそのまま俺達に跳ね返ってくるのではないか……

 

 

「コノ人形ヲ・・・・」

 

「まずい!!」

 

 化け物が再び人形を棺桶に入れようとしている!もしまたあれを入れられたら終わりだ!ラングはすぐに人形を撃ち落とそうとアガーテを構えた!だがその直後、不意に何かに足を掴まれよろけてしまう。

 

 

「アソ……ボ……」

 

「な……ッ!?」

 

 一体いつの間に忍び寄ったのか、ラングの足元に無数の人形が群がっている。さっきまでピクリとも動いていなかったというのに、このタイミングを見計らっていたのだろうか。

 

 

「くそ!」

 

 

 咄嗟に照準を人形に合わせる!が、次の瞬間急に足から力が抜け、ラングはその場に膝をついてしまった。

 

「これ……は!」

 

 体中の力が抜けるこの感覚……忘れたくても忘れられない、錬金棟で味わったあの感覚と全く同じだ……!見れば数体の人形が足に纏わりついている。まさかこいつらもあの石や女悪魔のように、人間の生気を吸い取るというのか……!

 

 

「ネェ……遊ボ……」

 

「友達二ナッテヨ………」

 

「ウフフフフフフフフフフ♪」

 

 

 足にしがみ付いていた人形たちが、徐々に体を登ってくる。ラングは必死に手で振り払おうとした。が、何故か今度は腕に力が入らない。足元に気をとられている間に、別の人形が背後から忍び寄っていたのだ。

 

 

「こ……いつら……ッ いつの……間に……!」

 

 

 ラングはそのまま無数の人形たちに埋もれながら、地べたに組み伏されてしまった。そんなラングの姿を見て、人形たちはケラケラと笑っている。

 

 

「く……そ……」

 

 

 不幸な事に意識だけははっきりとしていた。自身を囲む人形越しに見えたアルカードはピクリとも動かない。自分が油断さえしなければ……!ラングは自身の軽率な行動を心底後悔した。

だが……そんなラングを絶望の淵へ突き落す例の声が聞こえてくる。

 

 

 

「コノ人形ヲ・・・・」

 

「――――――――!!」

 

 

 

「コ コ ニ 入 レ ル ト オ ォ ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方モ……コレデ私達ノ仲間ヨ…………ウフフフフ♪」

 

 

 


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