悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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思わぬ助っ人

 陰気な石造りの通路に三つの影がゆらめく。

ユリウス、ラング、ハルカの三人はフェアリーに導かれながら、なんとかホール近くの廊下まで辿り着いていた。

 

「ユリウス、ハルカ、頑張れ。あともう少しだ」

 

 二人と、そして自分自身も励ましながらラングは歩みを進める。

ここまでくれば99%は安全だ。後はこの角を曲がればダンスホールまで一直線……そんな事を考えながら角を曲がろうとした次の瞬間……

 

 

「うおぉっ!?」

 

「――――ッ!」

 

 唐突にラングの叫び声が通路に響いた。アルカードがいきなり目の前に現れたからだ。

 

 

「……サンジェルマンめ……」

 

 アルカードが顔をしかめる。恐らく例の瞬間移動で飛ばされたのだろうが、危うくラングと正面衝突する所だ。やはりどこまでも食えない紳士である。

 

「び、びっくりした……一体どこから……」

 

「気にするな。お前達も無事にここまで来れたようだな」

 

 サンジェルマンからの嬉しくないサプライズはあったものの、これで無事4人が揃った。とはいえその内二人は予断を許さぬ状態だ。一刻も早くホールへ辿り着こうとラングは再び歩みだす。だが……

 

 

「……ユリウスは残れ、話がある」

 

「何?」

 

 アルカードの言葉に、指名されたユリウスだけでなく、ラングもアルカードの顔をまじまじと覗き込んだ。もうホールは目と鼻の先だ。何か話があるにせよ、わざわざこんな場所で話さなくてもいいだろうに。

 

 だが当のアルカードは一切視線を外す事なくユリウスのみを見据えている。自分達がいては話せない事でもあるのだろうか?……やむなくラングは背負っていたユリウスを床におろすと、ハルカと共に通路の奥へと消えていった。

 

 

 

 

――殺風景な城の通路にユリウスとアルカードの二人だけが残った。

 

 

 

 

「こんな場所に残して、一体俺に何の用があるってんだ」

 

 沈黙に耐えられなかったのか、まずユリウスが口を開いた。だが蝋燭の明かりに照らされたアルカードの表情は影が揺らめきこそすれ微動だにしない。何だかんだで付き合いは長いが、こういう時のアルカードは心底恐ろしく見える。

 

「何とか言え!まさか今から愛の告白でもするってのか!?」

 

 たまらず冗談めいた台詞を吐く。だがそれはまるで怒られる前に必死に話題をそらそうとする子供の様だった。そんな青年をみかねたのか、アルカードが静かに……だが断固たる決意を秘めた口調で話を切り出す。

 

 

「二度と今回のような真似はするな」

 

「何?」

 

 ユリウスの表情が気色ばんだ。

 

 

「助けて貰っておいて何だその言い草は?ハルカを……お前を見捨りゃ良かったとでも言いたいのか!?」

 

「そうは言って……いや、時と場合によってはそうせざるを得ない事もある」

 

「!?」

 

 

「……俺達の目的はドラキュラの”魂”と城の”魔力”を切り離す事だ」

 

「その為にはヴァンパイアキラーを使える人間……ユリウス、お前の力が必要だ」

 

「お前が”キング”なのだ!お前が死んだら全てが終わる!世界も、人間も、忠守や教会の助力も、お前の師の想いも!その全てが灰塵に帰すのだ!俺たちを盾にし、踏み台にしてでもお前は生き残らなくてはならない……!!」

 

 

 アルカードの非情の決断に、ユリウスは思わず言葉を失う。だがアルカードは尚も畳みかける様に続けた。

 

 

「命を懸けて俺を救おうとしてくれた事は礼を言おう。ハルカをドラキュラの呪縛から救い出した事も認めよう。だがもしまた同じ様な状況になったら……二度と今回の様な真似はするな、解ったな!」

 

 アルカードがとどめとばかりに念を押す。その迫力にユリウスは一瞬ではあるが完全に飲まれてしまった。だがすぐに我に返ると、”キッ”とアルカードを睨みつける。

 

 

 互いに視線を逸らす事無くただ時間だけが過ぎる。だがものの1分もたたぬうちに、失血状態だったユリウスは大きくよろけてしまった。すぐにアルカードが手を差し伸べるが、ユリウスは即座にその手を払い、ふらつきながら一人で歩き出す。

 

「ユリウス!」

 

「うるせえ!」

 

 再び差し出したアルカードの手が止まる。

 

 

「生きて……絶対にみんな生きて帰るんだ……アルカード、もちろんお前もな!!」

 

「……!」

 

 吐き捨てるように言い放ち、ユリウスはふらつきながら通路の奥へと消えていく。アルカードはその啖呵にしばし呆然と立ち尽くしていたが、やがて闇へと消えゆく青年の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がホールにたどり着くと、中央の祭壇は既に完成していた。そしてその手前、何かを囲むように黒山の人だかりが出来ている。

 人だかりの中央にいるのはハルカとラングのようだ。おそらく教会関係者に頼んでハルカを診てもらっているのだろう。やがてその中から一人の男性がこちらに気づき、二人の元へと駆け寄って来る……忠守だ。

 

「有角殿!ユリウス殿!よくぞご無事で!有角殿は突然目を覚ましたかと思えばすぐにホールを出ていかれるし、皆さんはいくら待っても帰って来ないしで、何かあったのではと心配しておりました。いやしかし、皆さん御無事な様で本当に良かった!」

 

 忠守の勢いにしばし圧倒される。とはいえこの日本人は本当に自分たちの事を心配してくれていたのだろう。少々気恥ずかしさもあったが、どこか暖かい物がこみ上げてくる。

だが……久しぶりに仲間たちの姿を見、今まで張り詰めていた物が緩んだのか、不意にユリウスの視界が暗くなる。

 

「――ユリウス!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う…………」

 

「気が付いたかユリウス!」

 

 気づくとユリウスは床に敷かれたシーツの上に寝かされていた。目の前にはラングのでかい顔。その後ろにはアルカードと忠守が見える。

 

「……どれくらい気を失っていた?」

 

「何、ほんの5分って所さ、ホールに入ってすぐに気を失ったんだ。戦いの連続だったからな、無理もないさ」

 

 何だその程度かと、内心ホッとする。だがこの程度で気を失うとは我ながら情けない。とりあえず状況を確認しようと辺りを見回すと、祭壇の近くではまだハルカの診察が続いているようだ。

 

ふと、隣で寝ている兵士達のさらに隣、同じ様に寝かされている子供の存在に気づいた。

 

「あの子は……錬金棟の……」

 

 多くの犠牲者達の中で、たった一人救い出した少年がそこにいた。まだ意識は戻っていないようだが、幸い呼吸はしっかりしている。サンジェルマンはしっかりと約束を守ってくれたようだ。

 

「その少年ですか、少し前にジョーンズ氏が抱きかかえて来られたのです」

 

「ジョーンズが!?」

 

 何故ジョーンズが?と思ったが、よくよく考えれば得体のしれない紳士が子供を連れてきたらそれだけでひと悶着起こるだろう。その点ジョーンズに化ければ問題は無い。紳士なりに気をつかったといった所か。

 

「そういえばジョーンズ氏は今どこに?その少年を届けた後、すぐホールを出て行ってしまわれましたが……」

 

「……!」

 

 忠守の質問に思わず顔を見合わせる。空中庭園であった事……やむを得なかったとはいえジョーンズと戦い、その結果本人は死んだなどと言えるはずがない。どう説明したものかとユリウス達は思案したが……

 

「……奴なら最後のポイントの捜索に出ている」

 

「!!」

 

「そうでしたか、無事に見つかるといいのですが」

 

 忠守はアルカードの説明を、別段疑いもせず信じた様だ。素知らぬ顔でアルカードが2人に目配せする。一瞬とまどったが、やがて二人とも無言でそれを了承した。

 この危機的な状況、いたずらに真実を語ったところでいらぬ混乱を招くだけだろう。少なくとも作戦が成功するまでは黙っていた方がいい。多少心苦しいが、ジョーンズの事は胸の内にしまっておく事にし、ひとまずハルカの診断結果を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――結論から言えば全てが無駄だった。赤い色をした魔法薬も、教会関係者の道具や日本の神官の祈祷も、幾何の効果も上げられず、ハルカの魔力は戻る事は無かった。

 

 

「はは、やっぱり……ダメ……みたい」

 

 三人の元へ戻ってきたハルカはそう力なく笑うと、視線をわずかにそらした。もう演技をする必要は無い。だが無理にでも笑わなければ、きっと目の前の現実に押しつぶされてしまうのだろう。

 

 

……青白い顔のユリウスと、暗く沈んだままのハルカを前にして、辺りの空気は否が応でも暗くなる。

 

 

「……ラング、来い」

 

 アルカードに呼ばれ、二人だけで少し離れた場所に移動する。

 

「これからの事だが……」

 

 アルカードが切り出した。当面の問題は

 

 

・奪われたドミナス

・最後の鏡の設置場所

・ユリウスとハルカの容態

 

 

……以上の3つだ。正直な所ラングにとっては紛失した核の事も同じくらい気にかかったが、今は将軍たちを信じて待つほかない。

 

「例のドミナスとやらはどうするんだ?」

 

 真っ先にラングが尋ねる。サンジェルマンの話が本当なら、魂が揃った今、すでにドラキュラは手の付けられない存在になってしまっているかもしれない。

 

「……もう魂は城の手の内だ。今から取り返す事は不可能に近い」

「……そんな……!」

 

 アルカードの無慈悲な答えに、ラングが絶望の声を上げる。

 

「だが……吸収された魂が完全にドラキュラと融合するまでまだ時間はあるはずだ。その前に鏡を設置し、本体のドラキュラを叩く!」

 

 アルカードが胸の前で拳を叩き合わせる。ここからは時間との勝負だ。

 

「その為にも一刻も早く最後の鏡を設置しなくてはならない。だがジョーンズはもういない。残り4つの位置からおおまかな鏡のポイントは推定できるが……」

 

「その事だが……」

 

 そういってラングは小さな紙きれをアルカードに差し出した。

 

「……これは?」

 

「ジョーンズ……さんの手に握られていた。最後のポイントを記した地図だろう。すまん、色々ありすぎて出しそびれてしまった」

 

「そうか……」

 

 恐らく自身の最後を悟った瞬間、ラングに託したのだろう。手段こそ違えど”ドラキュラを倒す”という目的だけは一致していたという事か。

 

 

「これで一つは解決したな。で、ユリウスとハルカは……」

 

「……二人はここに置いていく」

 

「!」

 

 その時後ろで足音が聞こえた。

 

「何勝手に決めてやがる……ッ」

 

「……ユリウス……ハルカ……」

 

 

「私も……行く」

 

「だが……」

 

「絶対に行く!だってこのままじゃ私……みんなに迷惑かけただけで……何も……何も……」

 

 ハルカが目に涙を溜めながら健気な抵抗を見せる。だがそんな精いっぱいの抗議に対しても、

アルカードはどこまでも冷徹だった。

 

「ダメだ。今のお前達では足手まといにしかならない」

 

「…………ッ!!」

 

 アルカードの非情な……しかし至極当たり前の判断だった。

片や失血状態で歩くこともままならない青年。片や自身の最大の武器を失った少女。遥か高みにいた二人は、今や傍らの兵士よりも脆弱な、守られる立場にあるのだ。今のままではこの先の戦いについて来る事すらできない。

 

 

「お前達は十分すぎる程戦った。次は俺が支える番だ。今は休め、ドラキュラとの来るべき戦いのために」

 

 アルカードがいつになく優し気に二人に語り掛ける。だがそんな子を諭す様な態度が、かえってユリウスの火に油を注いだ。

 

「ああ!?たった二人で何ができる!俺がいなけりゃまずいって言ったのはお前だろうが!俺は付いて行くぞ!」

 

「ユリウス……」

 

 人間余裕が無くなると妙に意固地になるものだ。思うように動くことも出来ず、あまつさえ武器も使えない。今のユリウスはまさにそれだろう。もちろんそれ以上に自分がいない所でもし仲間に何かあったらと、その不安を案じているのだろうが。

 

 

「…………フゥ……」

 

 駄々っ子のような二人の態度に根負けしたのか、アルカードは小さなため息をつくとユリウスに向かって何かを差し出す。その手には片手で持てるサイズの骨付き肉が握られていた。

 一体どこからそんな物を出したのかと困惑するラングをよそに、アルカードは骨付き肉をユリウスに手渡した。

 

「……これを食べて少しでも血を取り戻せ」

 

「へへ……少しは物分かりが良くなったじゃねえか」

 

 ユリウスはアルカードにニヤリとした笑みを返すと、奪うようにして肉をとり、即座にかぶりついた。肉は血が滴るかなりのレアだったが、今の青年には丁度いい。

 さっきまでの苛々はどこへやら、ユリウスは夢中で肉を食べている。だが三分の二ほども食べた頃、ユリウスの視界が突然ゆがみ始める。

 

「……!?」

 

 眩暈だけではない、猛烈な眠気まで襲ってきた。食事をとった後に眠気が襲う事はあるが、今回のこれは尋常ではない。

 

「……効いてきたようだな」

「!!」

 

 朦朧とする意識の中で、そうアルカードの声が聞こえた。

 

「アル……カード…………て……めぇ……ッ………………………………………………………

……………………………………………………………………………………Zzzz」

 

 アルカードにもたりかかりながら、ユリウスは深いまどろみの中に落ちていった。

 

 

「アルカード!お前まさか……ッ」

 

「……こうでもしなければ這ってでもついてくるだろうからな」

 

 ユリウスを寝かせながらアルカードが淡々と答える。肉の中に睡眠薬か何かをいれたらしい。

口で言っても解らなかっただろうとはいえ、アルカードも意外と無茶をする。

 

 

「さて……」

 

 アルカードがゆっくりとハルカを振り返った。アルカードの冷たい視線に見つめられ、ハルカの不安げな顔色がより一層濃くなる。ユリウスの様に自分も無理やり留め置かれるのか、と…… 

 

だが……アルカードが発した言葉は意外なものだった。

 

 

「お前には……使いを頼むとしよう」

 

「使……い?」

 

 予想外の言葉に、ハルカはキョトンとしている。

 

「礼拝堂での事は覚えているな?あの近くに俺の古い知り合いがいる。ハルカ、お前にはその知り合いに届け物をしてもらう」

 

 そう言って差し出したアルカードの手には、時計塔でデスに侵されたヴァルマンウェ。ジョーンズとの戦いで折れた長剣。そしてユリウスから抜きとったと思われる、黒くくすんだムチが握られていた。

 

 

「その知り合いは礼拝堂からさらに奥に行った場所、城の蔵書庫にいる。恐らく知識ならば悪魔城1だ。奴ならば穢れてしまった武器に輝きを取り戻せる。そしてハルカ、お前の体の異常も見つけられるかもしれない……」

 

「本当に!?」

 

 アルカードの話を聞いて、ハルカの瞳に若干輝きが戻った。だが横で聞いていたラングがたまらず口を挟む。

 

「待て、いくら弱い魔物しかいないといっても、まさか今のハルカを一人で行かせる気か!?」

 

 ハルカの実力は知っている。例え魔法が使えずとも、手に持った杖で弱い魔物ならばねじ伏せられるだろう。だが何が起こるか解らないのがこの城だ。万が一という事もある。

 

「……護衛はつける」

 

 アルカードはそう言うと、腕をあげ軽やかに指を弾いた。途端どこからともなく紫色の影がホールに舞い降りる。不意に飛び出してきた物体に、ホールにいた人間は即座に警戒態勢をとった。

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~い♪全国50万人の女子高生の皆さんお待たせ~。みんなのアイドル鼻悪魔様よォ~ん!」

 

『!!!!?????』

 

 ホール中の人間の目が点になる。目の前に現れたのは、やたらと膨れた鼻にとんがった髭、紫の全身タイツにどこかで聞いた声という、何とも形容しがたい容貌の小悪魔だった。

 

「あ~らアルちゃんお久しぶりね~?もう!最近全然指名してくれないんだから!このいけずぅ~❤」

 

 言うなりその小悪魔はアルカードに飛びつこうとした。だがにべもなくかわされる。

 

「……鼻悪魔だ。蔵書庫まで案内してくれる」

 

 呆然とする二人を前に、アルカードは眉一つ動かさず淡々と説明する。

 

 

「アルカード……ふざけてるのか?」

 

「……何がだ」

 

「いやどう考えてもおかしいだろ、()()に護衛をまかせるのは……さすがに」

 

「あ~ら失礼しちゃうわねん、あんた顔はそこそこだけど悪魔を見る目が無いんじゃないの?」

 

 ラングの言葉に鼻悪魔と名乗る使い魔はたいそうご立腹の様子だ。

 

「安心しろ、こんな顔でも実力は本物だ。そこらのモンスターには遅れはとらん」

 

「だがなぁ……」

 

 アルカードがそこまで言うからには恐らくこの悪魔の実力は本物なのだろう。だがやはり護衛がこの小悪魔一匹というのは不安が残る。多少時間をロスしても、途中まで付いて行くべきではないかとラングは考えていた……その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「私にお任せください!!」

 

 

 若く快活な声が突如ホールに響く。声のした方を向くと、忠守と同じ服を着た15歳くらいの少年が立っていた。

 

「な……ッ、マキ!自分が何を言っているのか解っているのですか!?」

 

 途端忠守が少年に歩み寄り、何事か捲し立てる。普段の落ち着いた様子とは180度真逆の、随分取り乱した様子だ。

 

「ご容赦を叔父上、皆さんが傷ついていくのに私だけが安全な場所でのほほんとしているのはもう耐えられないのです!」

 

 少年と忠守は何やら強い口調で言い合っている。しかし日本語で話しているためその内容はほとんど掴めない。解るのはかなり親しい間柄だろうという事だけだ。

 

 

……やがてあっけにとられているラング達に気づいたのか、忠守が慌てて説明を始めた。

 

 

「こほん、……お見苦しい所を見せてしまいました。紹介します。この子は”白馬マキ”といって、私の姪なのです」

 

「へー……姪……、え!女の子!?」

 

 忠守の言葉に驚きの声を上げる。短い髪とボディラインが解りにくい服のせいで気づかなかったが、よくよく見ればかなりボーイッシュではあるものの、確かに可愛らしい女の子だった。

 

「申し遅れました。白馬忠守の姪で”白馬マキ”と言います。祭壇の護衛のため、今回の作戦に同道致しました。以後お見知りおきを」

 

 腰から日本刀を下げ、古風な服に不釣り合いなスニーカーを履いた少女は、ラング達に対し慇懃に礼をとった…………らしい。らしいというのは少女の発した言葉が完全な日本語で、ラングにはさっぱり解らなかったからだ。

 

「マキ……あなた自己紹介くらい英語で話せるようになれとあれほど言ったでしょう!会話もできずにどうやって皆さんの力になるというのです!」

 

「そ、そこは……ほら、身振り手振りと気合で何とか……。でも大丈夫です叔父上!人類みな兄弟、言葉は通じずとも心で通じ合え……」

 

Stupid!(おばか!)いい加減になさい!」

 

 よほど興奮しているのか、忠守の言葉が英語と日本語のチャンポンになってしまっている。思いもよらぬ忠守の剣幕に、少女はただただ委縮するばかりだ。……だが、ここでもう一人の少女から救いの手が差し伸べられた。

 

「あの……私日常会話くらいなら日本語話せます、父さんが日本人だから」

 

「!」

 

 どこからどう見ても白人にしか見えない少女の予想外の発言に、マキの顔はパァッと明るいバラ色に、忠守の顔はますます暗いどどめ色に沈む。

 

「これなら問題ないですよね叔父上!何より、目の前に私よりも年下なのにしっかり戦える生き証人がいるではないですか!」

 

「それはその少女が特別だからだ」と忠守は言おうとしたが、肝心のマキが全く聞いていないのでやめた。

 

 

「……いいのか?」

 

 頭を抱えこんでいる忠守にアルカードが尋ねる。

 

「こうなっては……致し方ないです。この子は妙に頑固なところがあるので、もうテコでも動かないでしょう……ああ、こんな事なら同行したいと言い出した時に無理にでも止めるべきだった」

 

 忠守が半ば諦めきった様子で答える。全くどいつもこいつもと、アルカードも内心苦笑した。

 

 

「ご安心を叔父上、この白馬マキ、剣術ならばそこらの魔物に遅れはとりません。それに我が家に代々伝わるこの名刀 ”やすつな” があれば何、ゾンビや骸骨ごとき一網打尽…………ごふっ」

 

 マキが自信満々に胸を叩き、思い切りむせる。そのなんとも頼りない様子を見て、忠守は眉間に皺を寄せ、じっと押し黙ってしまう。だが……やがてひと際大きな溜息を一つすると、懐から数枚の紙を取り出しマキに手渡した。

 

「……剣が通じない敵もこの城には大勢いるのですよ?これを持って行きなさい、私の印した式神の札です」

 

「! 叔父上……」

 

 てっきり最後まで反対されると思っていた少女は、叔父の意外な援助に感動で震えていた。しかしそこは忠守、きっちり釘も刺しておく。

 

「いいですか?只でさえあなたは猪突猛進気味なのだからくれぐれも無茶はしないように…………ハルカ殿、ご迷惑をかけるとは思いますがなにとぞ姪をよろしくお願い致します」

 

忠守がただでさえ低い腰をさらに低くして慇懃に頼む。一方当の姪っ子は

”護衛するのは私なのに”

と、少々ご機嫌斜めな様子だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では行って来る。ユリウスの事、くれぐれも頼む」

 

「かしこまりました。皆さんもお気をつけて。マキ、けして油断してはなりませんよ」

 

「大丈夫です!叔父上は心配性ですね」

 

「ま、この鼻悪魔様にど~んとまかせんしゃい!」

 

「不安だ……」

 

「…………」

 

 こうして一行は傷ついたユリウスをホールに残し、最後の鏡の設置点へと向かうアルカードとラングの組と、武器の修理のため蔵書庫へと向かうハルカ、マキ、鼻悪魔の組に分かれ、それぞれダンスホールを出発した。

 

 

「無事に……帰って来いよ……むにゃ」

 

 深い眠りにおちているにもかかわらず、ユリウスは一人、夢の中で仲間たちの無事を祈るのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここで少し時間を遡る――

 

 

 ユリウス達が空中庭園に辿り着く少し前……核の回収に向かっていたティード達も時計塔に辿り着き、核の捜索を開始していた。

 

「ティードさん!こちらに来て頂けますか!例の核というのはひょっとしてこれでは!?」

「!」

 

 崩れ落ちた時計塔の瓦礫が散乱する中、核を捜索していた教会の人間がティードを呼ぶ。ティードはすぐさま駆け寄り、その物体を確かめる。

 

「これは……間違いない!探していた核だ!!」

 

 瓦礫の隙間から見えたSADM(特殊核爆破資材)は緑色の外殻部分こそ多少溶けていたが、幸いにも原型は留めていた。いかついティードの顔が思わず綻ぶ。

 

「ありがとう……これでどうにか面目が保てる……」

 

 核を見つけてもらった礼を言おうと、ティードが教会の人間を見上げる。だが……先ほどまで会話をしていた男の首は、下顎の上から先が完全に無くなっていた。

 

「なッ……!?」

 

 思わず後ずさりし、もう一人の教会の人間を見る。その顔は蒼白で、虚ろな目で宙の一点を見つめている。恐る恐るティードもその方向を振り返る……

 

「……ッッ!」

 

 その姿を見た瞬間、すでにティードの視界は漆黒の闇に包まれていた……

 

 

 

 

 


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