悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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魂の行方

 

「化け物が……消えていく……!」

 

 ジョーンズを捕らえていた黒い像が、煙が立ち上るかのように黒い霧となって消えていく……あくまで欠片ではあるが、アルカードら3人の戦士は、ドラキュラを倒す事に成功したのだ。激闘を制した仲間を労おうと、ラングがアルカードの下に駆け降りて来る。しかし……

 

「いや……あれはドミナスが吸収した城の混沌(カオス)が消滅しただけだ。ドラキュラの魂はこの程度で消えはしない……!」

 

 アルカードの忠告にラングが慌てて銃を構えなおす。だがやがて巨大な魔物の像は完全に消え去り、後には倒れたジョーンズの姿だけがあった。

 

 恐る恐る近づいて見る……どうやらかろうじて息はあるようだ。

 

「う……ぐ……、私は……一体……」

「!」

 

 その時不意にジョーンズの意識が戻った。よろめきながらもジョーンズは体を起こし、辺りを確認するような仕草をとる。

 ジョーンズはドミナスに取り込まれている間の記憶を失っているのか、まだよく現状が掴めていない様だった。だが、それにしてもどうも様子がおかしい。

 

 

「何故……こんなに暗いんだ?ここは……何処だ……?」

 

「――!」

 

 ジョーンズはほんの数メートル前にいるラングにすら気付かず、生まれたての子犬の様に、両の手で宙をかいている。その様子を見てアルカードが口を開いた。

 

 

「父の……ドラキュラの力を使った者の末路だ。光を奪われたな……」

 

「な……に……!?」

 

 

 アルカードの非情の宣告に、ジョーンズの顔から血の気が一気に引く。

サンジェルマンの予言は的中した。ジョーンズはドラキュラの力を行使した代償に、自らの視力を失ってしまったのだ。……だがそれでも尚、この男は野心を捨ててはいなかった。

 

「く……目が見えないくらい何だというのだ……!まだドミナスは私の中にある!今度こそ完全に制御してやる……!そうすれば視力ぐらいどうとでも……ッ」

 

 

 

”タアァァァンッ!”

 

「ぐはッ!?」

 

「――――何ッ!?」

 

 突如庭園に乾いた銃声が響き、ジョーンズがもんどりうって倒れた!もちろんラングは発砲していない。だがこの銃声には聴き覚えがあった。陸軍の使う小銃の音だ。

 

 

「ハハハハ!デカイ口を叩いていた割には情けない結末だなジョーンズ?」

 

「トランツ……将軍!!」

 

 銃声のした方向、庭園の入り口に立っていた男の顔に、ユリウスは思わず激昂しそうになる。礼拝堂で自分達を散々罵倒したあの軍人が、そのふてぶてしい面をのぞかせていたからだ。予期せぬ人間の突然の襲撃にアルカードがすぐさま身構える!しかし……

 

「おっと動くなよ!?貴様はともかく、そこにいる小僧共は避けれまい!総員構え!!」

 

「……!」

 

 トランツの号令一途、一体いつの間に潜んでいたのか、樹木や石像、生垣の陰に隠れていた陸軍の兵士達が一斉にその姿を現し、ユリウス達に銃口を向ける!赤く光るレーザーポインターが各々の体に浮かび上がった。

 

「!お前……ッ」

 

 自身に銃口を向ける兵士の顔を見てユリウスは驚く。礼拝堂で仲間の救助を頼んできたあの兵士だ。だがその顔は土気色でもはや生気は無く、幽鬼となんら変わらない状態になっていた。

 

 

「ぐ……トランツ……ッ貴様ァ!!」

 

「悪く思うなよジョーンズ?利用しあっていたのはお互い様だ。資金や実験用の人員(モルモット)は私が手配し、その見返りにお前はドミナスとやらを完成させ、我々に提供する。そういう契約だった筈だ」

 

 トランツが兵を従えながら悠々とジョーンズの下まで降りて来る。ユリウスがふらつく体で飛びかかろうとしたが、例の兵士に即座に取り押さえられてしまった。

 

「フン!最もこの結果は予想外だったがな。だが我々にとっては好都合だ。約束通りドラキュラの力貰い受けるとしようか?」

 

 トランツは傍らの兵士に合図し、クーラーボックス程の大きさの無骨な機械を設置させる。そして銃撃を受け、血まみれのジョーンズを機械の前まで引きずり出した。

 

「き……貴様ッ、何を!?」

 

「フフフ……一個人に出来る研究を我ら軍が出来ないとでも思ったか?ドラキュラの力を回収するために作らせた、グリフとやらを擬似的に再現する装置だ。もっとも使用するのは今回が初めて……ひょっとしたらドラキュラの力だけでなく貴様の魂ごと飲み込んでしまうかもしれんがな?ハハハハ!」

 

「や……やめ……うぐッ!?」

 

 見えない目で必死にもがき、抵抗するジョーンズ。だが傍らの兵士に背中を銃床で殴られ、その場にうずくまってしまう。

 

「なぁに安心しろジョーンズ。ドラキュラなどという馬鹿げた存在は我々合衆国にとっても邪魔なだけ、貴様から力を奪った後でしっかり引導を渡してやる。御苦労だった……後の事は心配せずゆっくり休むといい……」

 

「う……ぐぅあぁ……」

 

 トランツが機械のカバーを開け、赤いボタンにゆっくりと手を伸ばす……

 

 

「やめろッ!!」

 

「! ラング……さん?」

 

 突如ラングが声を張り上げ、アガーテを将軍に向ける!即座に周囲の兵が一斉に銃口をラングに向けたが、トランツが手を上げそれを制した。

 

「あの時の海兵か……死に損ないがまだ生き残っていたとはな?」

「……だが貴様、自分のしている事が解っているのか?組織は違うとはいえ下士官が将官に銃を向けるなど極刑物だぞ?」

 

「あんたこそ解っていない!今までのやりとりを見ていたなら解るだろう!そいつは人間に扱える様な代物じゃない!」

 

 トランツの恫喝に、ラングは必死に威勢を張り、声を上げた。だがそんな一兵士の説得をトランツは一笑にふす。

 

「解っておらんのは貴様の方だ!これは大統領の命令……つまり合衆国の意志なのだぞ?」

 

「なん……だと……ッ」

 

 トランツから飛び出た意外な答えに、ラングの瞳孔が開く。

 

 

「ああそうか、貴様ら海兵隊は何も知らんのだったな……いいだろう教えてやる」

 

「……そもそも我が合衆国がいくら友好国とはいえ、何の見返りも無しにこんな辺境の小国くんだりまで来ると思うか?ドラキュラとやらの無尽蔵のエネルギーを確保し、その力を持って世界秩序を確固たる物とする!それが大統領が我々に指示した今回の作戦の真意だ!」

 

「もっとも無駄に正義感の強いティードの奴に話せば反対するのは目に見えておったからな、貴様ら海兵には何も知らせず、城の魔物の囮……そして最終手段の自爆要員として使わせてもらったという訳だ!ハハハハ!!」

 

「そんな……うぐッ!」

 

 トランツの話に動揺した隙をつかれ、ラングは忍び寄った兵に後から殴られその場に倒れこんでしまう。だがそれでも必死に顔を上げ、トランツを睨み返した。

 

「何だその反抗的な面は?貴様……軍人でありながら上官に逆らうのか?国に反逆するのか!」

 

 ラングの恨みのこもった視線に気分を害したか、トランツが今にもラングを殺しかねない剣幕で近づいていく。だがその寸前、割って入るようにアルカードがその姿をトランツの前に現した。

 

さしもの猛将も数百年を生きる者の持つ無言の迫力には適わず、思わず一歩後ずさる。

……両者の間にしばし沈黙が流れたが、やがてアルカードの方から将軍に語りかけた。

 

「……その力を回収したとしてどうするつもりだ?戦車や爆弾を扱うのとは訳が違うぞ……?」

 

「ふ……フン!それを決めるのは議会の連中と科学者共だ!我々軍人の領分では無いッ!これを手に入れれば合衆国の力はより強固な物となり、逆らう連中などいなくなるという大統領のお考えだ!世界の平和は我が合衆国の下、何十年……何百年と保たれるのだ!それの何処が悪い!!」

 

「……そううまくいけばいいがな…………」

 

 アルカードが聞き取れないほど小さな声でポツリと呟く。

 

「ま、まあいい、貴様らなどにかまっている暇など無いからな。取り合えず今は不問にしてやる。

オイ!さっさと機械のスイッチを入れろ!」

 

 将軍に促がされ、機械の側にいた兵士が慌てた様子でスイッチに指を近づける…………が、その時不意にそよ風が吹いた。確かにここは上空千メートルを越える高所。風が吹いてもおかしくはない。だが……風の流れがどうもおかしかった。一方向に流れるというよりも、庭園の()()……ある場所に向かって流れている……

 

 

「お……おい、あれは何だ……!?」

 

 おもむろに兵士の一人が声を上げた。兵士の視線の先……庭園の最奥にある物を見てその場にいた全員が驚愕する……!!

 

「何……!?いつの間にッ!」

 

 いったいいつの間に開いていたのか、さっきまで硬く閉じられていた混沌へ通じる門が開き、

ブラックホールの様な深淵を覗かせている――!

 

 

 

 

「皆!何かに掴まれぇ――――――ッ!!」

 

 瞬間アルカードの怒号が飛んだ!!だが庭園にいた者達が行動を起こす間も無く、凄まじい勢いで門が庭園の大気を吸い始める!!

 

「うあああああああああ―――………… …  … 」

 

 哀れ、門の近くで警戒していた何人かの兵は何ら抵抗する事も叶わず、混沌の渦へと飲み込まれていった。門は主の魂を取り返さんと、アバドンの如き吸引力で、樹木、石像、柱、石床、庭園に存在するありとあらゆる物を吸い込んでいく……!

 

 

「た……助けてくれぇぇぇ――――ッ!!」

 

「死にたくなかったら黙っていろッ!」

 

 その若干肥満気味の体を宙にさらわれながら、トランツが情けない悲鳴をあげた。これ以上犠牲を出すわけにもいかず、やむなくアルカードはトランツの腕を掴み、吸引に耐える。

 

 

 

 

「ふおおお!こ、これは老体にはなかなか厳しい……ッ」

 

 

 一方門から離れていたユリウス達も例外ではなかった。サンジェルマンはハルカを、ユリウスは例の兵士を掴み、かろうじて近くにあった石像に腕をからませ、門の吸引に耐えていた。

 

「サンジェルマン!お前絶対ハルカを離すなよ!?もし離したらマジで殺してやる!!」

 

「おお怖い怖い……しかしそれでは死んでもマドモワゼルを離すわけにはまいりませんな……ッ」

 

 

 こんな時にすらその飄々とした態度を崩さないサンジェルマン。だが今はそのふてぶてしさが逆に頼もしい。この分ならハルカは大丈夫だろう。……本当にやばいのは自分の方だ。

 

 大量の血を失って意識すら飛びそうだというのに、人一人掴んで頼りない石像にすがりついているのだ。いつ手がすべってもおかしくはない。だがそれでもユリウスは気を失いそうになる度、かつての師の姿を思い返し気力で石像にしがみついていた。

 

 

「なあ……あんた」

 

「ああ!?」

 

 その懸命な行為にも限界が見えてきた頃、おもむろに件の兵士が語りかけてきた。こんな時に一体何の用かと、ユリウスは正直鬱陶しかったのだが……

 

「仲間は……どうだった?」

 

「………………ッ」

 

 兵士からの突然の問いに、ユリウスは答えるべきか否か一瞬躊躇った。だがユリウスが返答を決める間も無く、その短い沈黙から兵士は全てを察していた。

 

「そうか……やっぱりな…………」

 

「………………」

 

「ありがとう……恩に着るよ」

 

「俺は……何も……」

 

 ユリウスが言いかけた……その時だった。

 

「じゃあ……な」

 

「なッ!?お前……ッ」

 

”バッ”

 

「……………………………………ッッ!!!」

 

……ユリウスが引き止める間も無く、兵士は自ら腕を振りほどき混沌の中へと消えていった……

 

 

 

 

「ぐううううゥゥッッ!!」

 

「ラング……さん?何故ッ!?」

 

 一方、門に最も近かったラングは非常に危険な状態だった。辺りには目ぼしいオブジェも無く、やむなくラングはジョーンズの腕を引っ掴むと、もう片方の腕で生垣のブロックを掴み、混沌の吸引から逃れていた。

 

 

「別にアンタを助けたかった訳じゃない!その力を奪われたらやばいからだッ!!」

 

「…………」

 

「く……ッだがこのままでは……」

 

 ラングの顔に疲労の色が過ぎる。主の魂を意地でも取り返そうと、混沌はジョーンズに標的を定め、その吸引力をますます強めていく。

 

”ビシィッ”

 

「!!」

 

 心底嫌な音が腕を通して伝わってくる。男二人の重みに耐えきれず、石造りのレンガに亀裂が入ったのだ。

 

――くそったれ!――

 

思わず目をつむり、神に祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴方を買っていたのは嘘ではありませんよ?まあ今更信じては貰えないでしょうが……」

 

 その時突然ジョーンズが語りかけてきた。

 

「!?いきなり何を……?」

 

 訝しむラングを無視するかのように、ジョーンズは言葉を続ける。

 

 

「貴方はたまたま運悪くこの城に居合わせ、偶然生き残れたと思っているのかも知れませんが……違うな。他の者達と同じ様に貴方も呼ばれたのですよ、この城にね……」

 

「それは……どういう……!?」

 

「フフフ……そのうち嫌でも解りますよ。もっともこの先の戦いに貴方が生き残る事が出来れば、ですが……」

 

 

「……このままでは私が吸い込まれるまでこの風はやまない……しかし私が吸い込まれればドミナスは城に奪われ、取り返しのつかない事になる……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ならば道は1つ……私の魂ごと……ドミナスを消し去るまで!!」

 

「!まさか!!」

 

「あなたにも多少被害は行きますが……まあ私の計画を邪魔した罰です。少しくらい我慢してくださいね?」

 

 ジョーンズが自らに残された魔力を増幅させ、体内で原子炉の様に燃え上がらせる!膨れ上がった魔力は次第に飽和状態になり、ジョーンズの体が赤く発光し始める!

 

「な……ッ!?ジョーンズさん!待……」

 

「フフ……もう……手遅れ……です…………ゾフィー……私を……許してくれ」

 

 最後に愛する妻の名を叫び、ジョーンズは最後の詠唱を唱えた。

 

「やめろォ――――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ザザザンッ!”

 

「がはッ」

 

「――なッ!?」

 

 

 ジョーンズの体が爆発するまさにその瞬間、何者かの放った鋭利な斬撃によってジョーンズの体がバラバラに切り刻まれた。

 

「ジョーンズさぁ――――んッ!!」

 

見る間にジョーンズの躯は混沌の中へと吸い込まれ、跡形も無くこの世から消え去ってしまう。

唯一つ現世に残されたのは、ラングの手に握られた左手首だけだった…………

 

 

 

 

 

 

「わ……私のドミナスがッ!大統領への夢がアァァ――――ッ!!」

 

「!?何を!」

 

吸い込まれていくジョーンズを見て、トランツが反射的にもがき、その後を追おうとする!

 

「やめろ!死にたいのか!」

 

「う、うるさい!あれを手に入れなければ私の大統領になる夢がッ………………あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁ―――……………………」

 

 

「…………愚か者がッ」

 

 アルカードが吐き捨てる様に呟いた。主の魂を取り戻し、閉まりかかっていた門の隙間へすべりこむようにして、トランツは混沌の渦へと消えていった……

 

 

 嵐が過ぎ去った後の庭園。残されたユリウス達の間には、寂しげな夜風だけが無情に凪いていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――同日、同時刻、とある病院――

 

 

「オギャア!、オギャア!」

 

分娩室の明かりに照らされ、今1つの小さな命が下界に産み落とされた。生まれたばかりの羊水と血に塗れる赤ん坊を、看護婦がいそいそと母親へ近づける。

 

「よく頑張りましたねゾフィーさん、ほら元気な男の子ですよ!」

 

出産の痛みと疲労に朦朧としながらも、母親が差し伸べられた我が子を抱きかかえる。その顔は赤く上気しながらも、喜びと慈愛に満ちていた。

 

「ああ、私の可愛い坊や……本当に良かった……無事に生まれてきてくれて……主よ、心から感謝します」

 

 母親は我が子を抱きかかえると目に涙を滲ませながら神に感謝の祈りを捧げる。

しばしの親子の触れ合いの後、看護婦が母親に赤ん坊の名を尋ねた。

 

 

「名前は……もう決めてあります。夫が……ジョージが男の子なら絶対にこの名前だと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めましてグラハム。私がママよ…………」

 

 

 

 

 


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