悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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混沌ーカオスー

 

”ビシャアァッ!!”

 

 

「…………チィッ!」

 

 

 真っ赤な血飛沫が庭園の白い石床を赤く染める。

ラングに止めをさせる距離まで近づいたジョーンズだったが、どうした事か自分から再び

間合いを離していた。

 

「俺を……海兵隊を銃しか取り得の無い木偶の坊とでも思ったかッ!」

 

 ラングの左手に握られたナイフから赤い鮮血が滴る。ジョーンズのグリフが放たれる直前、瞬時に抜き放ったナイフでジョーンズの左手を斬り払ったのだ。

 

 ジョーンズが自身の傷を確かめる。刻印が描かれた手の平はパックリと割れ、刀傷は骨まで達していた。だがジョーンズは致命傷にもなりかねない自身の傷を見て、動じる所か逆に不気味な笑みを浮かべる。

 

 

「これはこれは……正直あなたを見くびっていましたよMrラング……まさか本気で斬りかかってくるとは……まあそれもそうですね、あなたは軍人、元々()()()の人間だ」

 

 ジョーンズが残された右手で左手に触れる……途端流れ落ちていた血液が逆再生の様に傷口へと巻き戻り、あれだけ深かった傷が一瞬で元通りに塞がってしまった。

 

 

「だが……実に残念だ……これで本当に貴方を殺さなくてはならなくなった…………」

 

「…………!」

 

 

ジョーンズの発する雰囲気が明確な殺意を含んだ物へと変わる。今度こそ本気で殺しに来る気だ。即座にラングはナイフを前方に向けて構えると、ユリウス達を庇うように徐々に互いの位置を入れ替えた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハルカ!今すぐ儀式をやめろ!」

 

 庭園の中央まで駆け降りてきたユリウスが、ハルカに向かって必死に呼びかける。だが少女はユリウスの声が聞こえていないのか一向に詠唱を止めない。賢者の石からはおぞましい邪気を放つドラキュラの魂が、次第に空中へと引きずり出されていく……

 

 

「ハルカ!早くそこから出て来い!」

 

「お前解ってんのか!?そいつを取り込んだらただじゃすまないんだぞ!」

 

「くそ!返事くらいしやがれ!ハルカ!お前聞こえてんだろッ!無視すんなァ!!」

 

 

 立て続けに捲くし立てる。だが少女からの返答は一切無い。やむなくユリウスは力づくで儀式を中断させようと、魔法陣の中へと足を踏み入れる!だが、この城に来てから何度も味わった()()衝撃が、三度ユリウスの体を貫く。

 

「……ッ!?また結界かよッ!」

 

 ユリウスが吐き捨てる様に呟く。闘技場や時計塔で味わった物と同じ……いや、ひょっとしたらそれ以上の強さの結界だ。これではおいそれとハルカに近寄る事さえ出来ない。

 

 結界の強さはまるで頑なな少女の心の内を表わしているかのようであった。しかしユリウスにそんな事は関係無い、即座に腰のヴァンパイアキラーに手を伸ばすと、満身の力を込めて振り抜く!だが本来の力を失っている聖鞭に結界を打ち破る力などとうに無く、事実上ハルカを連れ出す事は不可能かと思われた。しかし……

 

 

「ぐうぅ……ぬうぅああああッ!!」

 

「…………ッ!?」

 

 

 ユリウスが結界の中へ無理矢理右手を突き入れる!途端差し込んだ腕からバチバチと火花が飛び、辺りに皮のグローブが焼ける匂いが漂う。

 結界は侵入者を弾き出そうと、圧力をさらに強める!だがユリウスは自らの腕が焼き焦げるのも厭わず、尚も力を込め、結界の中へ腕を突き入れていく……ッ!!

 

 

「やめて――――――――ッ!!」

 

「!」

 

 その時、ユリウスの無茶な行動に耐え切れなくなったのか初めてハルカが言葉を発した。少女の意思が反映されたのか、反動でユリウスの体が一気に結界の外へはじき出される!

 

 突然反発をくらい多少よろけたが、ユリウスはすぐに立ち直ると未だに燻る右手を振り払いつつ

再び結界の側まで近寄った。

 

 

「喋れるじゃねえか……てっきりドラキュラに取り込まれて口が利けなくなったのかと思ったぜ」

 

 

 ユリウスの言葉は相変わらずぶっきらぼうな物だったが、普段の彼らしくない……出来る限り穏やかな物腰で話しかけようとしているのがありありと解った。二人の間に何ともいえない長い沈黙が流れる…………

 

 

「お前……何で姉ちゃんの事黙ってた……」

 

 

 先に口を開いたのはユリウスだった。

 

 

「魔物の事もだ……!何で……何で俺に言わなかった!そんなに俺が信用できないのか!頼りないのか!!」

 

「頼りないよッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 少女に即答され、思わず言葉がつまる。

 

 

「…………何さ急に大人ぶっちゃって……私より弱いくせに!私よりガキな癖に!じゃあ何?お姉ちゃんの事話したとして何をしてくれた?何が出来た!?いっつも修行にかまけて、たまに会ってもケンカ売るくらいしかしてこなかったじゃない!」

 

「散々悩んで……考えて……。やっと……やっと決心がついたのに!これ以上お姉ちゃんを助ける邪魔しないでよ!私を迷わせないでよ!」

 

 

 少女が思いのたけを一気に打ち明ける。……ユリウスはハルカの言葉に一切反論できなかった。自身に課せられた使命に抗うのに必死だったとはいえ、いかに目の前の仲間をないがしろにしていたかつくづく思い知らされる。

 

 

「お……俺は頼りなくても…………アルカードがいるだろうが!何でアイツを頼らなかった!?

あいつならきっと……」

 

「………………話したよ……」

 

「何……?」

 

「あの人は……何もかも知ってる……お姉ちゃんの事も、魔物の事も……でも、忘れろって言ったっきり何の手助けもしてくれなかった!そんな人……どうなろうと知ったことかッ!!」

 

「そんな……」

 

 ハルカの言葉を聞きユリウスはさらに激しく動揺した。きっと奴の事だから何かしら考えがあっての事だと思いたいが……、それにしても何考えてるんだアルカード!何故俺に話さなかった!

お前まで俺を信用しないのか……!

 

 

「……解ったでしょ?どうせ誰も信用なんて出来ない……。だからもう……放っといてよ……」

 

 少女が伏し目がちに目を逸らしながらポツリと呟く。やがてハルカは再びユリウスに背を向けると詠唱を再開した。既にドラキュラの魂は完全に石から引きずり出され、件の印呪へと徐々に形を変えていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ダメだ」

 

 俯いていたユリウスがおもむろに顔を上げた。

 

 

 

「やっぱり駄目だハルカ……、お前が何と言おうと俺はそいつを……ドミナスを認められない!」

 

 ユリウスが再び結界をこじ開けようと、中に腕を突き入れる!瞬間さっきよりも大きな火花が周囲に散った!

 

 

「な……ッ、止めて!やめてよユリウス!!もうやめて!!」

 

 突然のユリウスの行動に、ハルカがドミナスの吸引を中断し呼びかける!だがユリウスは歯を食い縛り、一向に進む力を緩めない!

 

 

「錬金棟での俺を見てたろう!!そんなモンに頼っても、碌な結果にはならないッ!!」

 

「でも……これがないと……お姉ちゃんが……ッ」

 

「目を覚ませハルカ!ジョーンズはお前を利用するために適当な事を言ってるだけだ!礼拝堂でアルカードが言ってた事を忘れたのか!!お前の姉ちゃんは……もう……!」

 

「………………………………………………………………………………………………………ッ!!」

 

 

 ユリウスの口から思わずついてでた言葉……それはただ少女の身を案じた一心から出た何の打算も無い言葉だった。だが……それは決して少女に言ってはいけない禁じられた呪詛でもあった。

 

 

 

 

―――瞬間、ハルカの脳裏にアルカードの言葉が、錬金棟での光景がフラッシュバックする――

 

 

 

 

「奴が化けた者は…………もう、この世にはいない……」

 

「ハルカ……ハルカ…………」

 

 

 

 

「う……うあ……」

 

「いや……いやあ…………」

 

 

「いやああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「は、ハルカッ!?」

 

 

「うる……さい……!うるさい!五月蝿い!だまれ!黙れ!だまれ!!そんな嘘をつくな!

お姉ちゃんは生きてる!絶対に生きてるんだ!!アンタなんか嫌いだ!……皆……みんな……

 

 

大ッ嫌いだアアアァァァ――――――――――ッ!!!」

 

 

 

”ヴォオオオオオオオオオオオッ!!”

 

 

「!?」

 

 

 ――その時、ハルカの叫びに呼応するかの様に、頑なにその威容を閉ざしていた背後の門が突如その双鋼を開いた!

ぽっかりと空いた空間から灰色に蠢くヘドロの様な物体が一斉に飛び出す!ヘドロは土石流の如く二人の下に押し寄せ、結界も、吸いかけのドミナスをも巻き込みながら、見る見る内にハルカの背に描かれた刻印の中へ潜り込んで行く……!

 

 

「いやあああああああ―――ッ!!」

 

「ハルカァ――ッ!!」

 

 

 ヘドロに押さえつけられる様に倒れ付すハルカに、ユリウスが必死に手をのばす!が、大量に流れ込むヘドロの魔力に耐えられなくなったのか、ハルカを守る筈の結界が突如大爆発を起こし、ユリウスの体は後方へ思い切り弾き飛ばされてしまう!

 

 

「ぐああぁあァァ――ッ!!」

 

「ユリウス!ユリ……ゥ……・・・」

 

 

 少女の伸ばした手が……青年に届く事は無かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラングはナイフを構えながら、敵のどんな行動も見逃さぬよう、大鷲の如き鋭い眼光でジョーンズを睨み続けていた。……だがどうした事だろう、睨みあってから大分経つというのに目の前の敵は一向に攻めて来る気配が無い。 

 

 さっきのナイフの一撃に恐れをなしたとでもいうのか?いやまさかそんな筈は…………

ラングが相手の思惑を図りかねていると、ふと、ジョーンズの視線がおかしい事に気付く。自分を見ていない。いや、明らかに視線が上の方……遥か上空を見上げている。

 

 一体どういう事だと、ラングはジョーンズを警戒しながらもゆっくり後方を振り返った。そして……目の前に広がる光景に目を疑った……

 

 

「何だ……アレは!?」

 

 

 ラングの遥か後方……ハルカ達がいた筈の庭園の中心部に、馬鹿でかい大きさの化け物が浮かんでいる。闘技場で見た巨人が自由の女神なら、こいつは空に浮かぶ飛行船のようだ。しかも化け物の体はどんどんその大きさを増している……!

 

「いかん……まだ混沌(カオス)を取り込むには早いというのに……ッ!!」

 

「カオス……!?」

 

 ジョーンズの台詞にラングは再びバケモノを観察した。良く見れば化け物の後方、閉まっていた筈のあの巨大な門が開き、中で蠢く灰色の”何か”を化け物が取り込んでいる。バケモノの傍らで立ちすくむユリウスにジョーンズが声を荒げた。

 

 

「キサマァ……ッどうしてくれるッ!!お前達がいらん世話をやいたせいで私の計画がパアだ!!

ドミナスの儀式は失敗し、ハルカはドラキュラの魂に取り込まれた!不完全な状態のドミナスが

混沌を飲み込んだら……それはドラキュラが復活するのと何も変わらんッ!!」

 

「…………ッ!!」

 

 ジョーンズの言葉にラングが再びバケモノを振り返る!まさか……という事は目の前の巨大な

怪物はハルカだというのか……ッ!?ユリウスは説得に失敗したのか……!?

 

 

「何のためにわざわざここを儀式の場所に選んだと思っている!!あの扉はな、この城の魔力の源、混沌(カオス)のたった一つの出入り口なのだ!!ドミナスを完成させ、その権限で城から混沌を奪いドラキュラの力を弱める……その完璧な計画をォ……この馬鹿者共がァッ!!」

 

 

 ジョーンズが激昂しながら門へと走る!恐らく門を閉め、これ以上ハルカの力が増大するのを防ごうというのだろう……だが、

 

 

「ぐぅあッ!!」

 

 

 ジョーンズの行動に気付いたハルカが思い切り腕を振り回した!ジョーンズは木の葉の様に宙を舞い、後方の生垣に吹っ飛ばされてしまう。

 

 

 ”ハルカだったモノ”は尚も門から混沌(エネルギー)を吸収し、その体を巨大化させていく。そして体内の魔力が増大するにつれ、不鮮明だった形が徐々にはっきりと……明瞭な物へと変わっていった。

 

…………やがて混沌で腹を満たし終えたのか、バケモノの巨大化がようやく止まった。巨大な満月が見守る中、ドミナスと融合したハルカがその姿を白月の下に晒しだす……

 

 

 

 

 

「美しい……」

 

 遠く離れた高台から一部始終を見ていたサンジェルマンが思わず感嘆の溜息をつく。ドミナスを取り込んだハルカの姿は、雄雄しく、たおやかで、その威容は見ようによっては天使が降臨したと思える程神々しい物だった。

 

 ハルカによく似た可愛らしい二人の少女が、向かい合わせで互いを慈しむ様に見つめ合っている。白く輝く長髪はまるで天使の翼のごとく、広い庭園を覆い尽くさんばかりに広がり、少女達の頭上には巨大な光輪が少女達に祝福を与えるように光り輝いている……その姿は異常な巨大さを除けばまさに天使と見紛うばかりの物だったが…………

 

 

「ウゥ……ア……ァ……」

 

 

 所詮それはこの世の闇と混沌を煮詰めたドラキュラの力。美しいのはそこまでだった。少女達には下半身という物が存在せず、腰の辺りで互いの体が繋がっている……つまり巨大な結合双生児であった。そしてハルカ本人は巨大な双子の中央、剥き出しになった心臓にまるで蝋人形の様な物言わぬ白い塊となって取り込まれていた……

 

 

 

「これが…………お前が望んだ姿だってのか…………」

 

 

 

 変わり果てたハルカの姿を見上げながら、ユリウスはただ呆然と立ち尽くす事しか出来ない……

優しかった姉ともう一度会いたい、また一緒に暮らしたい……少女のそんなささやかな願いを……

悪魔城は酷く歪な形で叶えたのだった…………

 

 

 

 

 


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