悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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新年あけましておめでとうございます!
本年も「悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999」を
よろしくお願いします!



支配者の遺骸

 

「……答えろ。賢者の石(こいつ)は一体何だ?コイツを取り返してどうす…………ん?」

 

 

 そこまで言った所でユリウスは妙な違和感を感じた。何故だろう……ついさっきも同じ事を言ったような……?

 

”デジャビュ”という奴だろうか?目の前ではサンジェルマンが相変わらずニタニタと微笑を浮かべながらこっちを見ている。

 

 

「……と、とにかく、この石とお前の目的、その両方を今すぐ話せ!」

 

 

 気を取り直してサンジェルマンに詰め寄る。サンジェルマンはシルクハットのつばを深く下げ、目線を隠すようにして答えた。

 

 

「解りました、お答えしましょう…………ですが」

 

 

 帽子の影から覗くサンジェルマンの瞳が鈍い輝きを放つ。

 

 

 

「私の話を聞いた後で尚、お仲間を助ける覚悟が……果たしてあなたにおありですかな?」

 

「…………?」

 

 

 サンジェルマンの不可解な台詞に、ユリウスの背筋を ”ゾワリ” と冷たい物が走った……

 

 

 

 

 

 

「この賢者の石が一体何なのかお教えするためには……まず先にドラキュラについてお話しなければなりません」

 

 

 サンジェルマンは何処から取り出したのか、いつの間にか手に教鞭を持ち、まるで学生に授業を行なう教授のように振る舞い始める。だがシルクハットにちょび髭、赤い燕尾服に白いスラックスと、その姿はどう見てもサーカスの団長にしか見えなかったが。

 

 

 

「ご存知かと思いますがドラキュラはおよそ百年単位……主に人々の信仰が薄れる世紀末に復活します。東洋でいう所の”マッポー”ですね」

 

「で、その都度ベルモンドをはじめ数多のヴァンパイアハンター達が立ち向かってきた訳ですが…さて、ここで質問です。世紀末からずれ、ドラキュラの復活に立ち会わなかったハンター達は一体何をしていると思います? ハイ、そこのあなた」

 

 

「え!俺か!?」

 

 

 いきなり鞭でさされ、ラングは動転する。そもそも今サンジェルマンが言った事のほとんどが初耳なのだ。答えられる訳が無い。

 

 

「ブッブー。ハイ時間切れ。正解はのんべんだらりと平和を享受……している訳ではありません。彼らにも仕事はあります。そう、ドラキュラの魂の欠片、”遺骸の回収”という重要な仕事が……」

 

 

 

「ドラキュラの魂はそれはそれは強大な物です。仮に倒せてもその”残骸”がどうしても残ってしまう。……コイツが残りカスとはいえなかなか厄介でしてね?放っておけば辺りの土地を腐らせ、人心を荒ませる。最悪、仮初めの体を得てドラキュラが再び復活してしまう」

 

 

「遺骸の形はその時々によって”骨”や”目玉”など直接的な場合もあれば、形の無い”概念”であったりと様々ですが……その力は主に「魔力」「生命力」「魅力(カリスマ)」の三つに分割され現世に残ります」

 

「……ここまで話せばもうお解かりでしょう?賢者の石はね、ドラキュラが倒れる際に残した魂の欠片のうち、「生命力」にあたる部分を石に封じ込めた物なのですよ……」

 

「――――!」

 

 

 

 ユリウスの顔つきが変わった。やはりあの石はただの回復装置などでは無かったのだ、だがまさかドラキュラそのものだったとは……。と、ここで隣で聞いていたラングがサンジェルマンに素朴な疑問を投げかける。

 

 

「魂って……どういう事だ?ドラキュラはもう復活してるんじゃないのか?」

 

 ラングの問いかけに、サンジェルマンが「いい質問です」と褒めそやす。

 

 

「あなたのおっしゃる通り、確かにドラキュラは既に復活している……ですがそれは

”完全な復活”では無いのです」

 

「賢者の石に封じられている魂の欠片は、本体のドラキュラに比べれば極々小さな物。

ですが…………それが()()なのですよ」

 

 

「高価なティーセットが、たった一枚の皿が抜けただけで価値が地ほども落ちる様に!」

 

「数千もの断片からなるパズルがほんの1ピース無くなっただけで永久に完成しない様に!」

 

「魂の欠片がこちら側にある限り、ドラキュラが完全に力を取り戻す事は無いのです!」

 

 

「……賢者の石の回収はもともとはベルモンドの仕事でした。ですがあなたの一族は長い間歴史の表舞台から去っていましたからね、代わりに私がそのお手伝いをして差しあげようと言うのです。その石は絶対に闇の眷属に渡してはならぬ物……さ、早く石をこちらへ……」

 

 

 

 サンジェルマンはそう言うと手を差し出してきた。一度に入ってきた情報量が多すぎて、ラングは紳士の話す内容の半分も咀嚼できなかったが、”賢者の石を敵に渡してはいけない”という事だけは理解できた。だが同時に当たり前の疑問が頭に浮かんだ。

 

「そんな危険な代物を目の前の男に素直に渡していいのか?」と……

 

 

……ラングと同じ疑問を隣の青年も考えたのか、今まで黙っていたユリウスがここで口を開く。

 

 

 

「……ベルモンドでもないお前が……何故わざわざそんな事をする……目的を言え!」

 

 

 

……サンジェルマンの申し出はこちらにとって利しか無いように思える。アルカードは助かるし、ドラキュラも強くならない。だが……それはあくまで奴の発言を全て鵜呑みにすればの話だ。

目の前の錬金術師が本当に闇の者達に石を渡さず、保管してくれる保障など何処にも無い。

 

ユリウスはまるで敵を威圧するかのように、サンジェルマンの涼しげな瞳を睨み続ける……だが紳士から返ってきた答えは、ユリウスの期待に沿う物ではなかった。

 

 

「……残念ですがそれはお教え出来ません。企業秘密という奴でして。…………ですが、どちらにせよあなた方に他の選択肢は無いはず……それとも…………お仲間の命を諦めますか?」

 

「……くッ!」

 

 

……案の定サンジェルマンは答えをはぐらかす。しかもユリウスは逆に紳士によって精神的に追い詰められてしまう。

 

 

「…………ユリウス……」

 

ラングが不安そうな顔でユリウスを覗きこんだ。

 

 

――ユリウスは必死に頭をめぐらせた。目の前に佇む紳士ははっきりいって信用とは程遠い。しかし賢者の石を奴に渡し、薬を手に入れねばアルカードは助からない……

 

 

戦っている訳でもないのに冷汗が滲み、息が詰まる。さっき奴が言った”覚悟”というのはこういう意味か。比喩でも誇張でも無く、今まさに世界の命運が自身の肩に圧し掛かっているのだ。

件の紳士は普段の軽口も言わず、その様子をただじっと見守っている。

 

 

 

…………永遠かと錯覚するほどの長い沈黙…………だがやがてユリウスがその重い口を開く。

 

 

 

 

 

 

「……ハルカ……石を持って来い…………」

 

「……ユリウス!」

 

 

――ユリウスは……友の命を選んだ。

 

 

「こいつの事ははっきりいって信用できない。けど……アルカードがやばいのは事実だ。アイツが敵に回るのだけは何としても避けたい」

 

「だがもし……もしこいつの言う事が全部嘘で、ドラキュラが完全に復活しちまったら……それは俺の責任だ。その時は…………刺し違えても俺がこいつらを倒す!」

 

 

 答えの無い選択を前にして、ユリウスの下した苦渋の決断……。傍らのラングはその決断に対し、否定も肯定も出来なかった。

 

 ユリウスの選んだ答えは間違っているのかもしれない。石を渡さず最悪の事態を防いだ方が良かったかもしれない。だが……一人の男が自らの決断に対し命をかけるとまで言ったのだ。その悲壮な覚悟を前にして、一体誰が文句を言えるというのだろう?出来る事はただひとつ、その気持ちを汲み、これからの戦いを支えてやる事だけだ。

 

 

 

”パチパチパチパチ…………”

 

突如ホールに乾いた拍手が鳴り響いた。

 

 

「いや、難しい決断をよくお決めになられました。人生に100%正しい選択などありません。それでも敢えて決断し、その道を進む事が慣用。お若いのに大した物です。どこぞの政治屋どもに見せてやりたい位ですな。何、ご安心なさい。石は私が責任を持って管理しますよ……」

 

 

 さっきまでのシリアスな雰囲気が一転、その胡散臭い微笑みを一段と引き立たせながらサンジェルマンがユリウスの決断を賞賛する。その言動はそこはかとない怪しさに満ち、一層ユリウスの不安と苛立ちを掻き立てたが……ユリウスは敢えて口には出さず、ハルカに石を渡すよう催促をした。

 

 

「くそ…………まあいい、ハルカ!早く石を……!ってハルカ?……あれ?何処にいった?」

 

 

 先程までユリウスの後にいたはずの少女の姿が何処にも無い。慌てて辺りを見回す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マドモワゼル……その石を一体どうされるおつもりで?」

 

 

 サンジェルマンの視線を追う。件の少女はその手に賢者の石を携え、いつの間にか三人から大分離れたホールの入り口付近に移動していた。

 

 

「お前……こんな時に何ふざけてんだ!早くそいつをこっちに渡せ!」

 

 

 普段ならば笑って流す所だが今の状況では悪ふざけが過ぎる。一言少女を叱ってやろうかと一歩踏み出したその時、ユリウスの足元を少女が放った電撃が走った。

 

 攻撃が当たる直前かろうじて後に飛び退いたが、瞬間ホールに緊張が走る。

ラングは少女の意図が解らず混乱し、突如仲間から攻撃を受けたユリウスは気色ばむ。

 

 

「ハルカお前……!?」

 

「…………来ないで……」

 

 

 近づこうとしたユリウスにハルカが明らかな拒否反応を示す。その顔つきは正に鬼気迫る……決して冗談などでは無い、切羽詰った少女の心情がありありと伝わってくる物だった。

 

 

 

「その石を渡してはいけません」

 

 

 

 ふと、出入り口の奥から聞き知った声が聞こえてきた。闇の中から現われたのは全身を白いスーツで纏った痩せ型の男性……ジョージ・ジョーンズその人だった。此処に来るまでに戦闘でもあったのか、その白い服の所々に赤茶けた染みがある。

 

 

「ジョーンズさん良い所に!ハルカの様子がおかしいのです!あなたからも何か言ってあげてください!」

 

 

 ラングは少女の保護者と思われるジョーンズにすぐさま助けを求めた。……だが返ってきた答えは意外なものであった。

 

 

「いいえ……何もおかしくなどありませんよ。元々賢者の石を見つけたら隙を見て回収するように私が命じておいたのです」

 

「え……!?」

 

 

 ジョーンズの答えにラングは益々混乱する。そんな様子を見かねたのか、首を振りながらジョーンズが説明を始めた。

 

 

「おかしいのはあなた方です。いくら口では石は渡さないなどと言っていても、そこの錬金術師が約束を守る保障が何処にあります?これがドラキュラの手に渡ったらどれほど危険か、あなた方もたった今聞いたでしょう?お人好しも大概にしてください」

 

 

 ジョーンズの理路整然とした正論に、ラングは反論のしようも無く思わず口を噤んでしまう。だが……こちらも仲間の命がかかっているのだ。意を決してユリウスが口を開く。

 

 

 

「言っている事は解る、けどこのままじゃアルカードが死ぬ……俺達の敵になるんだぞ!?」

 

 

「ハハハハ」

 

 

 ジョーンズはユリウスの問いを聞くと笑いながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………いいではありませんか、それで」

 

『ッッ!?』

 

 

ジョーンズのあまりに非情な発言に、当初二人はこの男が何を言っているのか理解できなかった。狼狽する二人を尻目に、ジョーンズが淡々と説明を始める。

 

 

「……そもそもいつ敵に回ってもおかしくないドラキュラの息子……そんな輩が討伐隊に加わっている事がおかしいのです。いっそ完全に敵に回ってくれた方がこちらとしてもやりやすい」

 

「てめえ……本気で言ってんのか……ッ!?」

 

 

ジョーンズの冷徹過ぎる選択に、ユリウスが激情を隠そうともせず声を荒げる。

 

 

「ええ本気ですよ。これは優先順位の問題です。ドラキュラの息子が敵に寝返るのと、ドラキュラ本人が手をつけられない完全無欠の存在になるのと、どちらが我々にとって利があるか……考えるまでも無いじゃないですか」

 

 

 ジョーンズの意見は確かに正論だった。”仲間一人(アルカード)”の命と”人類全て”の行く末……天秤にかけるまでも無い事かもしれない……だが例えそうだとしてもユリウスには素直に頷く事など出来なかった。

 

 

 

「……なに、彼が敵になったとしても何の心配もいりません。我々には”奥の手”があります。

――いや、()()()()手に入ったのです。ハルカ!」

 

 

 ジョーンズが傍らのハルカに促すように目配せする。しかし……

 

 

「ジョーンズ……さん……あの…………」

 

 少し怯えた様な態度で視線を向けるハルカに、ジョーンズは心底失望したとでもいいたげな、深い溜息をついた。

 

 

「ハア~~~~~ッ! ……何度も言ったでしょうハルカ? ”物事には優先順位をつけろ” と、困っている貴方に何の手も差し伸べてくれなかった ”ドラキュラの息子” と、たった一人の肉親である実の ”姉”、一体あなたはどちらを取るというのですか?」

 

 

「……………………!!」

 

 

 ジョーンズに促がされ、ハルカは何か決心した様にユリウス達の前に一歩あゆみ出る。

 

――瞬間、ホールの空気が一気に張り詰めた!ハルカの栗色の髪の毛が逆立ち、翡翠色の瞳が濁った灰色へと変わる……!

 

 

「ハルカ……お前!?」

 

 

 ハルカから感じる魔力の波動……それは闘技場で微かに感じた闇の力と同じ……いや、あの時感じた物よりも何万倍も強く、おぞましい物だった。決壊寸前のダムの様な危うい魔力のほとばしりに、ユリウスもラングも、その場から一歩も動けない。

 

 

「……半ばで………哀れ……魂………に…集い……憎……悪………流星………って……………」

 

 

 おもむろにハルカが何事か呟き始める。か細いその言葉ははっきりとは聞き取れないが、神への祈りなどでは無い事だけは確かだった。やがて……術の詠唱を終えたハルカがその左手をゆっくり頭上へかざす。

 

 

 

dominus(ドミナス)……odium(オディウム)!!」

 

 

 ハルカの言葉と同時に、かかげた指先から一筋の魔力が放たれ、ホールの天井を突き破る!

――瞬間、静寂が辺りを包み、張り詰めていた空気が弛緩する。が……

 

 

 

「伏せろオオオォォォォ――――――ッ!!!」

 

 

 ホールに空いた穴を見上げていたユリウスが張り裂けんばかりに叫んだ!!次の瞬間、ハルカの魔力に導かれた無数の流星群が、錬金棟目掛けスコールの様に降り注ぐ!

 

 

”ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!”

 

「うあああああああああああああああッッ!!」

 

 

 榴弾砲の如く撃ちつけられる隕石の威力は止まる所を知らず、屋根はおろか、床や壁すら突き抜け、錬金棟を見る見る削りとっていく!!魔法弾のあまりの勢いに、ユリウス、ラング、ともに顔をあげる事さえできず、必死に体を丸め嵐が過ぎ去るのを待つ事しか出来ない。

 

 

「ハハハハハハハハハ!!如何ですか私達の”奥の手”の威力は!その身で味わい、その凄さが実感出来たでしょう!ドラキュラ討伐は我々に任せ、あなたはその鞭を後生大事に守っていれば良いのです!ハルカ!行きますよ!!」

 

 

 隕石の轟音が轟く中、ジョーンズの嘲笑が微かに聞こえた。かろうじて顔を上げた先、ホールから出ようとする二人の背中が見える。

 

 

「待てッ!ハルカッ!!」

 

 

 魔力の隕石が降り注ぐ中、ユリウスが必死にハルカに呼びかける。少女は青年の呼びかけに一瞬立ち止まったものの、そのまま振り返る事無く闇の中へと姿を消した。

 

 

「ハルカ……!ハルカアアァァァァ――――――――――――………… … 」

 

 

 ユリウスの張り裂けるような絶叫……だがその必死の叫びも、やがて降り注ぐ流星の中へと飲み込まれていった………………

 

 

 

 

 

 


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