悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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カリオストロ

 囚人の後悔と哀願の叫びが木霊する地下牢獄……光の一切差さぬこの監獄に繋がれ数ヶ月、今まさに私の命は尽きようとしていた。

 

満足に食事も与えられず、もはや指一本動かせない……だが心の底から湧き上がる憎悪だけは決して消える事は無かった。

 

悔しい……私の研究を認めなかった他の錬金術師共も……私を利用するだけ利用し切り捨てた貴族も……!生きとし生ける者全てが……それら全てを作り出した神が憎い!!

 

死ぬのは怖くない……だが私を散々弄んでおきながら、今頃のうのうと惰眠を貪っているであろう者達。あやつらをこの手で殺せない事だけが悔しくてたまらない……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………それほどに神が……人間が憎いか?」

 

 

 脳に直接響いてきた何者かの声に、私はかろうじて視線を動かす。一体何処から入ってきたのか、紫の法衣を纏った男が静かに私を見下ろしていた。禍々しい、およそ人間とは思えない邪気を放ち、ドス黒い暗黒の瘴気にまみれているというのに……私にはその男が眩い光を放つ、救いの天使の様に見えた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふははははッ!!見ているか神よ!!私の前に跪く貴様のしもべ共の姿をッ!!私の研究は正しかったッ!私の錬金術が……私の頭脳が貴様に勝ったのだ!!」

 

 

 カリオストロが高らかに勝利宣言をあげる。その歓喜に満ちた姿をユリウス達は無機質な床に這いつくばりながら見上げる事しかできない。

 

 

「魔力が吸われるだと……?あの野郎、そんな大事な事を黙ってやがったのか……ッ」

 

 ユリウスがそこにはいない髭面の紳士に悪態をつく。だが当然返事など無い。ホールにいるのはユリウス達3人の戦士と、壊れたレコードのように笑い続けるカリオストロだけだ。

 

 

 賢者の石に魔力を吸い尽くされたハルカとラングの二人は、怪我こそ無いもののある種のショック状態に陥っていた。足を踏み出してその場から動こうにも体中が痺れていう事をきかない。しかも仮にカリオストロの言葉が真実だとしたらこのまま休んでいても回復の見込みは無い。

 

 

 ユリウスも先ほど喰らった電撃の後遺症で全く動けずにいた。一般的に電気ウナギなどが発する電気は最大でも数百ボルト程度と言われている。しかしユリウスが喰らった電撃はその比ではなかった。カリオストロはあらゆる生物の遺伝子を取り込んでいると言っていたが、恐らく数万……いや数十万ボルトの電撃が一時(いちどき)にユリウスの体を貫いたのだろう。即死しなかっただけましといえる。

 

 

 一方のカリオストロはユリウス達には目もくれず、凍り漬けのスケルトン達を次から次へと、まるで祝砲でもあげるかのように打ち壊している。自らが取り込んだ生物達に逆に取り込まれてしまったのか、それとも城の瘴気に侵されているのかは解らない。だが自らの手駒すら見境無く壊すその姿は狂人以外の何物でもなかった。

 

 いずれにせよその偏執的に歪みまくった狂気の矛先は、次は間違いなくユリウス達に向いてくる。ユリウスは何とかして状況を打開しようと必死に考えを巡らせるが、今はただ体が回復するのを待つほか手立てはなかった。……が、

 

 

 

「さあて……と、」

「!」

 

……だが事はそんなに都合よく運ばない。ひとしきり暴れてスッキリしたのか、カリオストロは先程までの躁状態が嘘のように落ち着きを取り戻すと、その冷血動物の様な目をギョロリと動かし、再びユリウス達に狙いを定める。

 

 

「今の気分はどうだベルモンド?眼中にも無かった相手にいいように負かされ、見下ろされる気分は?……悔しいか?悔しいだろうなあ?神に選ばれた筈の自分が道端の石ころに転ばされたのだ!悔しくて悔しくて仕方あるまいッ!!」

「……だがまだだ!私が神に受けた屈辱はこんな物ではない!!この恨み……憎き神に変わってその身に受けて貰うぞッ!!恨むならば私ではなくかような運命を課した神を恨むのだな!!」

 

 

 カリオストロはそう言い放つと、わざとらしく舌なめずりをしながら一歩一歩ゆっくりとユリウスに近づいていく……。

 

 

 

 

 

「天に在ます我等の父や…………」

 

「…………ッッ!!」

 

 

 カリオストロがユリウスに手をかけようとした正にその瞬間、振り上げられた鉤爪がピタリと止まる。背後から何か囁くような声が聞こえてきたからだ。

 

 

「願わくば汝の名は聖とせられ……汝の国は来たり…………」

 

 

……声の主はハルカだった。ハルカは目を閉じ、跪きながら一心に祈りの言葉を唱えている。何故こんな時にお祈りなど……ユリウスもラングも少女の不可解な行動に戸惑ったが、只一人カリオストロだけは明確な怒りの態度を示した。

 

 

「……おい小娘、今すぐその耳障りな祈りをやめろ」

 

 

 凄まじい形相で振り返ったカリオストロが少女に命令する。ハルカはゆっくりと片目を開き、神への祈りをやめたかに見えたが……

 

 

「あらお爺さんお祈りはお嫌い?奇遇ね、わたしもホントは大嫌いなの♪」

 

 

 ハルカはカリオストロに向かってにっこり微笑むと、何事も無かったかのように再び神への祈りを再開した。そのあからさまに人を挑発した態度に、カリオストロが声を荒げ激昂する。

 

 

「やめろといっているのだッッ!!!」

 

 

 興奮の余り裏返った絶叫と供に、瞬時に伸縮したカリオストロの腕がハルカに襲い掛かる!

 

 

「危ない!」

 

 鞭の様に振り回した腕がハルカに当たる寸前、ラングが間にその身を投げ入れた!瞬間、その巨体が木の葉のように宙を舞う!

 

「ラングさん!」

 

 ハルカの目の前をラングの体が一瞬で通り過ぎる!ラングの体はもんどりうち、硬い床を数度跳ねた後、壁際でようやく止まった。まさかまともに動けなかったラングが庇いに入るとは思わず、先程までのふてぶてしい態度が一転、さしもの少女も狼狽する。だが仲間を気遣う余裕などハルカには無い。怒りに震える敵が今まさにその矛先を少女に向けようとしていたからだ。

 

 

「よくもこの私に向かって安い挑発など出来たものだ。……計画変更だ小娘。その度胸に敬意を評し、まず貴様から殺してやる」

 

 

 激しく息を荒げながら、カリオストロが次の標的をハルカに変える。しかし数歩進んだ所で、今度はユリウスがカリオストロに話しかけた。

 

 

「お前……なんだってそこまで神を憎む」

 

「…………!」

 

 

 ようやく喋れる位に回復したユリウスが、カリオストロに疑問を投げかける。カリオストロは振り返らない、だが明らかにユリウスの言葉に意識を集中している。

 

 

「最初からおかしいと思ってたんだ。神だの下僕だの、一体お前は誰と戦っているんだ……」

 

 

 目の前の敵は何故か神に対し異常な執着があるらしい。恐らくハルカはそれを利用し、少しでも時間を稼ぐために祈りを唱え自らを囮にしたのだろう。はっきりいってこの釣り針に奴がひっかかるか可能性は五分だったが、先のハルカへの反応を見ると、それしかないように思えた。そんな半ば博打めいた作戦だったのだが……

 

 

 

「…………貴様は……腐った水の味を知っているか?」

 

 

―――意外にもカリオストロはこの賭けに乗ってきた。

 

 

「貴様は……ドブネズミの……地べたを這い回る油虫の味を知っているか!」

 

「貴様のような神に微笑まれた人間には解るまい……いや、解ってたまるかッ!!あの日、私が神から受けた屈辱を!神から受けた裏切りを!」

 

 

 カリオストロはゆっくりと天を見上げ、半ば瞑目しながら静かに語り始めた……

 

 

 

 

「……かつて私は真理の探求に情熱を燃やす一人の人間であった。また神を信じる敬虔な教徒でもあった」

 

「私には愛する妻がいた。錬金術師という実入りの少ない職でありながら、彼女は泣き言1つ言わず私に尽くしてくれた……私には過ぎた妻だった」

 

 

「そんな妻に少しでもいい暮らしをさせようと私は方々のつてを頼り、とある貴族に仕える事ができた。私の研究は他の錬金術師達には理解されなかったが、その貴族は私の研究に大いに興味を示し、多額の援助を約束してくれた」

 

「これでやっと妻の苦労に報いる事が出来る。その時私はそう思った……だがしばらくたったある日、私の研究所に王宮の憲兵が乗り込んできた。訳も解らぬまま私と妻は連れて行かれ、そのまま獄へと繋がれた。罪状は神と王を謀り、詐欺にかけようとした事だという」

 

 

「私は必死に訴えた。神に誓って罪となるような事はしていない。王宮に対して詐欺などしていない!しかしいくら叫ぼうとも私の訴えは聞かれず、やがて私は妻と離ればなれにされ、物言わぬ地下牢へと閉じ込められた」

 

 

「地下牢の環境は酷いものだった……不衛生なかび臭い布切れに冷たい石の床と壁。食事も満足に与えられず、明かりと言えば頼りない灯火のみ……今思い出してもこの身が震える」

 

「だが私は必死に耐えた。愛する妻ともう一度会うために、祈っていればいつか必ず神が救いの手を差し伸べてくれるものと信じ、壁を伝う雨水をすすり、迷い込んだドブネズミを齧り、必死に飢えと戦いながら、命を繋いだ」

 

 

「投獄されてから数ヶ月……私の肉体はもはや限界だった。しかし今まさに死が訪れようとしている私に、牢番は面白半分に事の真実を告げた」

 

 

 

 

「…………何の事はない、私は最初から生贄にされる為に貴族に雇われたのだ。貴族の犯した罪を着せられるために!王族の失態をもみ消すために!実際に私が何をしていたかなどどうでもよかったのだ!当時は錬金術師とは名ばかりの詐欺師が跋扈していたからな、罪を覆いかぶせるには私はさぞ都合が良かっただろうよ」

 

「だが……悲劇はそれで終わらなかった。あれほど会いたいと、無事でいてくれと願っていた妻が、異端審問にかけられ、尋問とは名ばかりの拷問と陵辱の果てに、牢番達の慰み者となって死んでいった事を嘲笑まじりに聞かされた!」

 

 

「貴様に解るか!?愛する者を嬲り、辱め、弄んだ男が板戸一枚隔てた先に居る!だというのに何も出来ない己の無力さが……ッ!憎い仇に見下される悔しさがッ!!あの瞬間私は理解した!この世界に神などいない!神など所詮権力者が民を都合よく操る為に生み出した偶像に過ぎぬと!あの日!あの時!私の中の信仰は……神は死んだのだ!!」

 

 

 

 

 ホールに沈黙が流れる……。カリオストロの口調は既に怒りから慟哭へと変わっていた。だがカリオストロは再び態度を豹変させる。

 

 

 

「―――だがな、捨てる()あらば、拾う()()ありよ。あの日、もはや死を待つしかなかった私の前にローブを纏った骸骨の魔物が現われた。そして奴に導かれるままついていった先に伯爵様が……魔王ドラキュラがいたのだ」

 

「伯爵様は仰った。それほどまでに人間が、神が憎いというならその力我がために使えと!人間どもに復讐し、神へ反逆するならばその為の助力は惜しまぬと!そう仰ってくれた!」

 

 

「あれから数百年……私は研究を続け、この城の魔物達を改良し続けた。一人でも多く、少しでも長く、貴様ら人間を苦しめるために!そして……今やっと目的のひとつ、神に選ばれた尖兵である貴様らをこの手で葬る事が出来る!やっと妻の……無力だったあの時の私の仇が討てるのだ!!」

 

 

 ここにはいない”何か”に向かって叫び狂うカリオストロの眼は、もはや正気ではなかった。いや、そもそも最初から正気ではなかったのかもしれない。その怒りとも哀しみともつかぬ訴えるような叫びを、3人はただ呆然と見つめる事しかできなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の言う事をあまり真に受けないほうがよろしいですよ?錬金術師仲間の間でも、彼はホラ吹きで有名でしたから」

 

 

 その時殺伐とした状況に似つかわしくない、ひどく呑気な声が響いた。声のした方向を見ると、件の紳士サンジェルマンと、彼に抱きかかえられた女性の姿が見える。燕尾服に包まれている女性は何かしらの応急処置でも施されたのか、先程よりも幾分血色が良くなっている様に見えた。

 

 

「ふぅむ……思ったより苦戦しておられるようですな。少々意外です」

 

 

 サンジェルマンはホールを見回すと、いつもの飄々とした態度で語りだした。

 

 

「随分とゆったりしたご到着だな。今更加勢でもするつもりかサンジェルマン?」

 

「あなたも意地が悪いですねカリオストロ、私が直接運命に係われない事はあなたもご存知のはずでしょう?」

 

 

 二人の錬金術師は相変わらず当人同士にしか解らない事を話している。しばらく談笑とも悶着ともつかぬ会話を続けていた二人だったが、やがてサンジェルマンに抱きかかえられた女性に気付いたカリオストロが、何か思いついたようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「いい事を思いついた。このまま私が奴らを殺してもいいが……私も鬼ではない、そこの女に冥土の土産を持たせてやるとしよう…………」

 

 

 カリオストロは含みのある笑いを浮かべると突然後方に飛び退き、さっきとは別のレバーを倒す。すると今度はスケルトン達が出てきた物とは別の一回り大きな扉が開き、蒸気と供に何か巨大な影が姿を現した。

 

 

「これは……ッ!?」

 

 扉の奥から出てきた者が放つ強烈な臭気に、サンジェルマンが思わず顔をしかめる。

 

 

 ユリウス達の前に姿を現した者の正体。それは一見すると先のスケルトンを巨大化しただけの物かと思われた。だが次第に蒸気が晴れ、その姿が白日の下に晒されるにつれユリウス達の顔が徐々に青ざめていく。

 

 

その巨人には髪も、皮膚も、筋肉も無かった。変わりに体を構成しているのは千切れた人間の手、足、顔。心臓、肺、脳味噌。その他人体を構成しうる様々な臓器……何人もの人間をグチャグチャにして粘土の様につなぎ合わせたような醜悪な肉細工だった。

 

 

「実験中に壊れた者達を再利用したクリーチャーだ……。

さしずめ”肉塊人形(フレッシュゴーレム)”とでも言った所かな?どうだ、中々()()()()()だろう……?」

 

 

「てめえ……ッ!」

 

 

 ユリウスが怒りを露にする。だがその怒りすらカリオストロにとっては賞賛に値するのか、老人はニヤニヤと笑いながら話し始めた。

 

 

「フフフ……まあそういきりたつな。お前達にとっておきのチャンスをやろうというのだ。

この廃品と貴様、一対一で闘い、もし勝てたなら生き残りの人間を開放してやる。

そうだ!ついでに賢者の石もつけてやろう!……どうだ?悪い話ではあるまい」

 

 

「……な……に!?」

 

 

 思いがけない老人の提案に、ユリウスを初めハルカやラング、さらにはサンジェルマンでさえも老人の真意を計りかねる。

 

一方、当のカリオストロはその胸の奥に怪しい企みを潜ませながら、無機質な両の瞳をただ爛々と光り輝かせていた。

 

 

 

 


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