悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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夢魔

 

 部屋を覆うオレンジ色の炎がジリジリと二人の身を焦がす。夢の中でありながらその熱気は本物の炎と寸分違わず、立っているだけで汗が滲んでくる程だ。

……だが夢魔の頬を伝うそれは熱気のせいでは無かった。リリスは自身を覆う悪寒を振り払うように、ユリウスに対し声を荒げ必死に恫喝を試みる。

 

 

「アンタ……解ってないみたいね?此処は夢の世界、あたしたち夢魔の独壇場!

例え伯爵様でも夢の中では我が支配下に置かれるのよ!!」

 

 

 リリスがそう言い放つや否や、ユリウスに切断された右腕がみるみるうちに生え変わり、元通りに再生してしまう。

 

「この程度で驚かないでね?……本当の悪夢はこれから始まるのだから!」

 

 リリスが元に戻った右腕を頭上に掲げると、何も無い空間がパックリと裂け、中から一体の魔物が姿を現わす。

 

 

 巨大な鎌、紫の法衣、その中から覗く骸骨の体……

その姿は紛れも無く時計塔で対峙した伯爵の腹心、死神デスその者だった。

 

 

 デスは大鎌を大きく振りかぶると、ユリウス目掛け一直線に突っ込んでくる!

かろうじてヴァンパイアキラーを構えデスの一撃を防いだが、そのパワー、スピード、鞭越しに伝わってくる邪悪な波動等、どれをとっても本物のデスと寸分変わらない。ユリウスはそのまま壁を突き破り、家の外へと吹き飛ばされてしまう。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 外は既に懐かしい故郷の面影は無く、オレンジの炎が揺らめく地獄と化していた。

ユリウスの心の奥底に封印されていた記憶がにわかに疼きだす。だが記憶が蘇りかけた瞬間、不快な女の声によってその作業は中断される。

 

声がした方向に目を向けると、いつの間に移動したのか、夢魔が煙突の上に腰掛けながらこちらを見下ろしていた。

 

 

「ハハハハ♪懐かしい故郷の風景はいかがかしら?でもまだまだ驚くのは早いわよ?

 出て来い悪夢共ッ!!」

 

 

 夢魔の呼びかけに応じ、数体の影が炎の中から現われる。やがてその影は大きく形を変え、ユリウスの見知った魔物にその姿を変えた。

狼の獣人。巨大な骸骨。二本角の醜悪な獣。全てユリウスが実際に戦ってきた魔物達だ。

 

 

「ちょっとした同窓会って所かしらね? 改めましてユリウス・ベルモンド様、

我が名は夢魔リリス。狂気と幻想の織り成す素敵な悪夢の世界へようこそ❤ 

貴方の為に催したこの趣向……お気に召して頂けて?」

 

 

 ユリウスの神経を逆なでる様に、慇懃無礼な態度でリリスが大仰に礼をとった。だがユリウスはそんなリリスに対し、一言も発せずただじっと敵を見つめている。

 

 

「……相変わらず勘に触るツラだこと。でもいいわ、そんな顔が出来るのも今のうちだけよ?…………自らが作り出した悪夢に喰われて死ねェッ!!」

 

 

 突如豹変した夢魔の号令にあわせ、魔物達がユリウスを囲むように四方に散らばる。

 

 

 真っ先に飛び掛って来たのは後方のワーウルフ!次いで正面からデスも鎌を振りかざして襲い掛かってくる。前門の死神、後門の人狼といった所か。

 

 先にユリウスの下へ辿り着いたのは足の速いワーウルフだった。

人狼はまずユリウスの顔面目掛け風を切るような強烈なハイキックを見舞う!だが……

 

 

「グゥアオオオオオオ―――ッ!!」

 

 

 目が覚めるほどのワーウルフの絶叫が夢の世界に木魂する!

ユリウスの頭部を狙ったワーウルフの蹴りは空しく宙を斬り、それどころか同じようにユリウスの首を刈り取ろうとした死神の鎌に膝下から先を丸ごと切り取られてしまった。

 

 ワーウルフの足から血が壊れた水道管のように噴出し、夢の世界を赤く染め上げる。ユリウスは返り血をまともにくらい狼狽するデスに掴みかかると、そのまま力任せにデスの頭部を地面に叩き付けた!

 

”ググググ……ッ”

 

 しかしユリウスの攻勢はそれで終わらない、さながら獲物に掴みかかる大鷲のごとく絡ませた指をデスの眼窩に食い込ませる。硬い石畳に無理矢理押し倒されたデスの頭蓋が”ミシリ”と不気味な音を立てた。

 

 デスも自身に圧し掛かる敵を振りほどこうと必死にもがく!

だがユリウスはデスの抵抗を意に介する事無く、満身の力を込めデスの頭蓋を押さえつけた。

 

 

「うおおおおォォォォ―――――ッ!!」

 

 

 死神の必死の抵抗も空しく、メキメキと音をたてる死神の頭蓋。やがて振り絞るようなユリウスの絶叫と供に、デスの顔面はさながら車に轢かれた蛙のようにグシャグシャに押し潰されてしまった。

 

 

 ユリウスは圧し掛かっていたデスの体から立ち上がると、片足を失いのた打ち回るワーウルフに聖水の小瓶を無造作に投げつける。途端周囲の炎とは対照的な青白い火柱が立ち昇った。

 

 断末魔の悲鳴をあげる人狼に目もくれず、ユリウスは残りの二匹の魔物に目を向ける。二体とも警戒しているのか中々攻めて来ない。だがやがて緊張感に耐えられなくなったのかベヒモスがなりふり構わず突進してきた。

 その重機関車もかくやといった突進にもユリウスは一切動じない。身を翻しながら突進をかわすと、すれ違い様にベヒモスの角に鞭を引っ掛け、そのまま反対側にいる餓者ドクロ目掛けベヒモスを投げ飛ばした。

 

超重量級の怪物同士の正面衝突!誇張ではなく大地が揺れ、炎に包まれた家が押し潰された!

 

……立ち上った煙がひいた後に現われたのは、原型を留めないほど粉々に砕かれた餓者ドクロと、その砕けた骨が体中至る所に喰いこみ、血だらけでうずくまるベヒモスの姿だった。

 

 

――この間わずか十数秒。夢魔自慢の悪夢たちはユリウスに傷1つつける事無く、あっけなくその役目を終えてしまった。

 

 

 ユリウスが屋根の上にいるリリスを”ジロリ”と睨む。その殺気を伴った鋭い眼光に夢魔が一瞬たじろぐ。だがすぐに気を持ち直すと、翼を広げ、ユリウスのいる大地へふわりと飛び降りた。

 

 

「思ったよりやるじゃない……でもこれ位でいい気にならないでよね?こっちにはまだとっておきの兵隊がいるんだから……!」

 

「!」

 

 

 夢魔は再び両の手を頭上高く上げ、空間の切れ目から悪夢を呼び出す。夢魔が召喚した魔物……それはユリウスの師、ジョナサン・モリスだった。

 

 大地に降りるや否や、ジョナサンはその老いた姿からは想像できない鋭い一撃をユリウスに叩き込む!ユリウスも瞬時に反撃の鞭を振るう!互いの鞭が交差した瞬間、青白い閃光と供に大きな火花が辺りに散った。

 

 予想通りと言うべきか……目の前にいるジョナサンの力もやはり生前と寸分違わない物だった。身体能力ならば若いユリウスが勝っていたが、その老練した動きとユリウスの手の内を知り尽くした闘い方は付け入る隙が無い。

 

「く……ッ」

 

 幾たびか鞭を交えたが、双方攻め手に欠け戦局は膠着してしまう。だが互いが牽制し合うその一瞬の隙をつき、背後から忍び寄ったリリスがユリウスの体を羽交い絞めにした!

 

「ウフフ♪同窓会には先生が必要だものねぇ?でもあなたも大好きな先生に殺されるなら本望でしょう?」

 

 リリスが耳元で囁く。必死に振りほどこうともがくが、可愛らしい姿をしていてもそこは魔物。ユリウスよりも腕力は強く、そう簡単に抜け出せそうもない。

 やがて反撃は無いと悟ったのか、ジョナサンの幻影がヴァンパイアキラーを構えながらゆっくりとユリウスに近づいて来る。

 

「どーする?おとなしくアタシの玩具になるなら助けてあげなくもないけれど?フフフ❤」

 

ユリウスの頬を舐めながら勝ち誇ったようにリリスがほくそ笑む。だがここでふとリリスは足元に違和感を感じ、おもむろに視線を下に向けた。

 

「……ッ!!」

 

リリスに再び戦慄が走る!地面に転がっていたのは安全装置の外された手榴弾だった。刹那、乾いた音と供に爆煙が立ち上り、火薬の熱風と金属の破片がユリウスとリリス、二人の両足をズタズタに切り刻む。

 

 

ぎやぁああああッ!! こ……コイツ何を考えてる!?夢の中でも痛覚はあるんだぞ!」

 

 

不意に両足を襲った激痛に、リリスはユリウスを押さえていた手を思わず離し、足を抱えながら転げまわる!そんな夢魔を尻目に、ユリウスは静かに目を閉じると、ジョナサンの幻影に向かい十字を切るようにヴァンパイアキラーを振り下ろした。

 

 

 リリスの足の傷がようやく再生した頃、地面に這いつくばっていたリリスは

”ズチャ……””ズチャ……”という濡れたような足音に気付き、おもむろに顔を上げる。

――その瞬間、夢魔の顔色が蒼白へと変わった。

 

 ユリウスは足に多大なダメージを受けているにもかかわらず、まるで何事も無かったかのように一歩一歩リリスの下へと近づいて来る。ワーウルフの返り血を全身に浴び、血濡れの足を引き摺りながら進むその姿はさながら幽鬼のようだった。ユリウスの鬼気迫る容貌を見て腰が抜けたのか、リリスはその場から一歩も動く事が出来ない。

 

 やがて、崩れ落ちたリリスの目前にユリウスが迫った。ユリウスは何も言わず静かに鞭を握り締めると、夢魔めがけ怒りの鉄槌を振るう!……だがその瞬間、リリスの唇が亀裂が入ったように大きく歪んだ。

 

 

 

「だ……駄目!やめてユリウス!!」

 

「!!」

 

 

 鞭が当たる寸前、夢魔はその姿をユリウスの母親へと変化させた。

――少なくともこれで一瞬は攻撃を躊躇する筈、その隙に首筋にこの毒爪を突き立ててやる―― リリスの狡猾な頭脳が勝利を確信する……しかし――

 

 

「ギャアアアアアアアアッ!!!」

 

 リリスの浅はかな考えはあっさりと裏切られる。一切の迷い無く振り下ろされたヴァンパイアキラーの一撃は夢魔の顔面を深々と切り裂き、噴き出た赤い血飛沫が夢の世界をより一層赤く染め上げた。

 

 

「お……お前、母親が愛しくないのか!?情という物が無いのか!」

 

 

変身を解いたリリスが引き裂かれた顔を押さえながら必死に訴える。だがユリウスから返ってきたのは無慈悲な通告だった。

 

 

「黙れ……お前が愛だの情だのを語るな」

 

 

 一切の情を排したユリウスの氷のような瞳はリリスの戦意を喪失させるには十分だった。コイツには絶対に勝てない……そう悟ったリリスは翼を広げ逃走を試みる。しかし今のユリウスが目の前の敵にそんな事を許すはずが無い。

 

「あぁうッ!」

 

 ユリウスの放ったナイフが夢魔の羽根に突き刺さり、まるで昆虫標本のようにリリスの体を壁へと縛り付ける。

 

「こ……こんなナイフなんてすぐに消し…………うぁッ!?」

 

 リリスがナイフを引き抜こうとした瞬間、電撃をくらったような衝撃が指先に走る。ユリウスのナイフは只のナイフでは無い。邪悪な者達の嫌がる純銀で出来ている上、教会の加護が与えられている特注品なのだ。デスほどの力を持つならいざ知らず、夢魔程度の悪魔では本来触れる事も出来ない。

 

「ひ……っ!」

 

 ユリウスが改めて標的を夢魔に定め、一歩一歩ゆっくりと近づいて来る。完全に治りきっていない夢魔の顔が青ざめる。

 

「く……来るなァッ!!」

 

 リリスがかろうじて自由に動く左手で魔法弾を放つ。だがユリウスは一切避けようともせず、またダメージも受けていない。精神のみで成り立つ夢の世界では心の強さが全てに優先される。決して褒められた物ではないが、怒りの感情に支配された今のユリウスには夢魔のあらゆる攻撃が通用しないだろう。

 

 

その圧倒的な力に恐れをなし、リリスが手の平を返すようにユリウスに命乞いを始めた。

 

 

「ひッ……!お、お願い許してッ、からかったのも謝るし、あなたの大切な人を侮辱したのも謝るから……!」 

 

「そのケガも治すし元の世界にも返してあげる!あ……!ほ、ほら何だったらアタシの体好きにしていいから!ね?ね?」

 

リリスが震える手で自分の胸元をはだき、白く形の良い乳房を露にする。だが夢魔の文字通り体を張った哀願も、今のユリウスには何ら効果を示さなかった。

 

「……懺悔は終わったか……? なら思い残す事はないだろう…………消えろ」

 

暗く濁った瞳で冷たくそう言い放つと、ユリウスは右手のヴァンパイアキラーをリリスの頭上高く振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしとけ」

 

 突如背後から聞こえた声に、ユリウスは夢魔に突き立てる筈だった鞭を後方に向かって薙ぎ払う!しかし声の主は自らの身体能力を誇示するかのような鮮やかな後方宙返りで攻撃をかわすと、見事なテレマークを決め地面に着地した。

 

「オイオイ無茶な奴だな。もし俺が善良な一般市民だったらどうするつもりだったんだよ?」

 

 声の主の正体は年若い青年だった。年齢は自分とほぼ同じくらい。髪は短めの金髪で、デニムの上下に年代物の赤いロングジャケット。腰にはやはり年代物の皮のベルトをつけている。身長は自分より一回りほど大きい……185センチ位だろうか。

 

 自分が言うのもなんだが年齢の割には随分と古めかしい時代がかった格好だ。だが少なくとも知り合いにこんな人間はいない。ユリウスは後ろで震えているリリスを即座に睨みつけた。

 ユリウスの鋭い眼光を受け、夢魔は「自分はやって無い」とばかりにブルブルと首を横に振る。そんなやり取りを見かねたのか、件の青年の方から話しかけてきた。

 

「俺が何者か知りたいって顔だな……教えてやろうか?」

 

青年が余裕あるニヤリとした表情でユリウスを見る。

 

「いや、いい。少なくとも俺の攻撃を避けるような奴が善良な一市民な訳が無いしな。

…………俺の邪魔をするなら容赦はしない」

 

そう言い終わるや否や、ユリウスは傷だらけの足も省みず、一足飛びに青年に駆け寄る。

 

「ヤレヤレ聞く耳持たずか……しょうがない、ポイっと」

 

 青年は軽い溜息をつくと、ジャケットの内ポケットから何かを取り出し、ユリウスに向けて投げた。それは何の変哲も無い……正真正銘ただの真っ白い紙飛行機だった。

 

「……ッ!?ふざけてんのか!?」

 

 ユリウスは青年の人を喰ったような態度に怒り狂い、ムキになって紙飛行機を叩き落そうとする。しかし飛行機はそんなユリウスをからかうように鞭の攻撃をひらひらとかわすと、あれよあれよという間にユリウスに近づき…………やがてその右目にプスリと突き刺さった。

 

 

「――――痛っでえぇええ――――っ!!」

 

 

 例え紙飛行機といえど無防備な眼球に突起物が刺さったのだ、衝撃は察して余りある。そのあまりの痛さに、ユリウスは目を押さえながら辺りをのた打ち回った。

 

 

「だっはっはっ、少しは目が覚めたか?全くすぐカッとなりやがって、一体誰に似たんだか……」

 

 ユリウスが涙を一杯に溜め、目を真っ赤にして青年を睨む。だが青年の言う通りその瞳の輝きは普段のユリウスの物に戻っていた。

……ユリウスが落ち着きを取り戻したのを見計らい、青年が話を始める。

 

 

「さて、冷静になった所で種明かしといくか。俺はな、お前が持っているその鞭、つまりヴァンパイアキラーがいままで経験してきた”鞭の記憶”なのさ」

 

 ユリウスは最初青年の言葉の意味が解らなかった。その様子を見て、件の青年は頭を掻きながらどうにか解りやすく伝えようと頭を捻る。

 

 

「あー……今風に言うなら過去に鞭を使っていた人間の記録映像やデータって所かな?

つまり俺もかつてドラキュラに挑んだ人間の1人って訳さ。憶えてないか?半年前の試練の時に一杯出てきたろ?」

 

青年が自慢げに続ける。なるほど言われてみれば半年前の試練の際に戦った十数人の幻影達の中に目の前の青年もいたような気がする。だが今更幻影が現れて一体何をするというのだろうか。

 

 

「過去の人間が今更何の用だって顔してるな……何、安心しろ俺が出てきた理由はちゃんとある」

「今から……本当の()()を受けて貰うのさ。お前が……鞭を扱う者として相応しいかどうかのな……」

 

 不意に現れた青年の思わぬ発言に訝しむユリウス。その心の内を見透かすように、青年の含みのある笑みは益々その影を深めた……

 

 

 


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