悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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間話3
錬金棟へのいざない


 

 鏡の設置を終えた後、ユリウスは寝かしておいたハルカの様子を見た。

少女はすうすうと静かな寝息を立てたまま相変わらず眠っている。幸い呼吸や脈拍に

乱れは無いので、おそらく大量の魔力を放出し過ぎた事による過労だと思われた。

 

「ここに来てから闘い通しだったからな……」圧倒的な力を持つとはいえ、まだ中学生にも

ならない少女だ。ユリウスはしばらくこのまま眠らせてやる事にした。

 

「うぅん…」とハルカが寝返りを打つ、こうして眠ってるだけなら可愛いもんだ……

ハルカの寝顔を見ながらふとそんな事を考えていた時、栗色の髪から覗く首筋に痣のような跡があるのを見つけた。

 

「タトゥー……か?」最初は痣か何かと思ったが、それにしては形がはっきりし過ぎている。何か嫌な予感がしたユリウスは、それが何なのか確かめるため髪を払いのけようと手を伸ばす。

……しかし……

 

 

「1つ……足りない……!!」

 

 

 ラングの声に思わず手を引っこめる。何事かと振り向けば、ラングが右往左往しながら辺りを歩きまわっていた。

 

「爆発音は2回……そしてここに1つ……突入時に持ってきた数は4つ……核が1個足りない!」

 

どうやら核爆弾を回収する際に、数が足りないのに気付いたらしい。その様子はダンスホールの時と同じ……いやそれ以上に青ざめていた。

 

「有角、お前が来た時奴は何個核を持っていた? 教えてくれ有角……アルカー……ド?」

 

 ラングが切羽詰った顔でアルカードに尋ねる。しかしアルカードの様子がどうもおかしい、先ほどから一言も喋らないし、色白の顔がより一層白くなっている。そのただならぬ雰囲気に、ユリウスも何事だと近寄って来る。

 

「アルカード? お前……大丈夫か?顔色が……」

 

 心配そうにユリウスがアルカードの顔を覗き込む。仲間に心配をかけまいと、「大丈夫だ」とアルカードが声を出そうとしたその時……突如猛烈な吐き気と目眩がアルカードを襲った。

 

 

「ぐっ……う……ゴヴォッ!」

 

 

 吐瀉物を撒き散らしながら、アルカードが前のめりに倒れ込む。

突然目の前で起こった仲間の異変に二人は慌ててアルカードに駆け寄る。

 

「お……俺が殴ったせいか……!?」

「んなわけあるか!とにかく横向きにして寝かせるんだ!」

 

 このまま仰向けに寝かせると吐瀉物が気管に詰まって窒息するかもしれない。ユリウスは出来るだけアルカードの負担にならないよう、ゆっくりと体の向きを変えた。

 

 アルカードの口をハンカチで拭いながら大声で呼びかける。しかし意識が無いのか返答は返って来ない。ポーションを飲ませたがそれもすぐに戻してしまう。唯一治癒魔法が使えるハルカは眠り込んだまま目覚める気配すら無い。

 

 

 アルカードを背負って時計塔を降りる事も考えたが、アルカードの身長は190センチを軽く超える。ハルカのようにはいかない上に、爆発による衝撃で時計塔の足場である歯車やシャフトは所々崩れてしまっていた。まして移動中の振動に今のアルカードでは耐えられないだろう。

 

 

 しかもこんな時に限っていつものワープゾーンが現われない。本来なら最上階のどこかに出現する筈だったのかもしれないが、デスの核攻撃によって扉自体が消滅してしまったのかもしれない。……つくづく死んだ後ですら厄介な奴だ。

 

 

 

 

 

 

……四面楚歌とはこの事か。ユリウスの顔に今日始めて諦めの色が見えた……その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおやお困りのようですね……よければお手伝い致しましょうか?」

 

 

 

 聞き覚えのある無味乾燥な声が背後から聞こえてくる。思わず振り返った二人の視線の先に、闘技場で3人を散々引っ掻き回したあの赤いタキシードのスケルトンが何事も無かったかのように直立していた。

 

「な……!?お前はハルカに粉々にされたはず……!!」

 

 ある意味天敵ともいえる存在の突然の復活に、ユリウスとラングは即座に戦闘態勢を取る!しかしスケルトンから返ってきたのは意外な申し出だった。

 

「……いまさら人1人蘇った所で驚く事もないでしょう……で、話を元に戻しますが、私ならそちらのお仲間を助ける事ができるかもしれませんよ……どうします?」

 

 スケルトンの予想外の発言に、思わず二人は顔を見合わせる。そんな二人を尻目にスケルトンは ”ちょっとごめんなさいよ” とでもいった感じで二人を押しのけると、鼻歌交じりにアルカードの容態を調べ始めた。

 

 

「ははあ、やはりこれは多量の放射線を浴びた事による放射線障害……つまり被爆ですな。

嘔吐、昏倒、発熱……今から50年ほど前、”デーモン・コア” なる核物質の実験に失敗した科学者がやはり同じような症状のあと死んでいくのを見ました。いくら伯爵の血を引くとはいえ、放っておけばこの御仁確実に死にますな。それも ”人間の部分” だけが……」

 

 スケルトンの発言にユリウスの顔が青ざめる。

アルカードには人間の血と闇の眷属の血が半分づつ流れている。そんな彼が自分達に協力してくれているのは、彼がその母から受け継いだ人の血による所が大きい、その人の部分が死ぬという事は心強い味方が一転、アルカードが邪悪なドラキュラの息子として自分達の前に立ちはだかる事を意味していた。

 

 

 

「助けるとはどういう事だ!?重度の被爆を治す事なんて、我が軍の医療スタッフ……いや、世界中のどんな医者を探しても不可能だ!」

 

 ラングの必死の問いかけにも、相変わらず飄々とした態度でスケルトンは答える。

 

「思い上がりも甚だしいですね……あなた方人間の知らない技術などこの世にいくらでもあるのですよ?最も相応の設備と材料が必要ですが……。」

 

「……ここ時計塔よりほぼ西、ダンスホールからやや北西の位置に”錬金術研究棟”と呼ばれる施設があります。その一番奥、研究室まで来なさい。もしそこまで来れたなら彼を治す薬を差し上げましょう……」

 

 スケルトンの言い放った思いもよらぬ解決策……だが疑いを拭いきれない二人は再び顔を見合わせる。

 

「何が望みだ?何を企んでいる!?」

 

ユリウス達の問いかけにスケルトンは 「ハァ―――ッ」 と大きな溜息をつくと、ヤレヤレといった感じに首を振りながら、さも面倒くさげに答えた。

 

「全く疑り深い方達だ……せっかくの好意を無碍にするおつもりで?こうしている間にもお仲間の命は刻一刻と削られているのですよ?はっきり言いましょうか……?

あなた方に選択権など 無・い・の・で・す・よ!」

 

スケルトンの制するような言い方に、二人は黙ったまま何も言い返せない。

……しかしこのスケルトン、闘技場の時とは違い随分情緒豊かになってきている。今まで隠していた地の部分が出てきたのだろうか?

 

 

「納得できないようでしたら……そうですね、半分は貴方達のため、もう半分は伯爵のため、といった理由では如何でしょうか?もちろんそれら全てひっくるめて私自身のためでもありますが……これで納得いただけないようでしたら、もうこちらから出せるカードはありません。後はあなた方の好きになさい」

 

 スケルトンの説明は全く答えになっておらず、二人を納得させるどころかさらなる疑心暗鬼へと誘う物だった。しかし心底腹は立つが、現状奴の誘いに乗るほか解決策は無いように思える。

 それにこのスケルトンが一から十まで嘘を言っているようにも思えない。……最もそのうち何割かは十分過ぎるほど怪しいのだが……

 

「材料がどうのと言ってたが、俺たちが集めなくていいのか」ユリウスが問う。

 

「別にそういった事はしなくて結構。それにこの薬は秘伝中の秘でして、他人に材料の1つでもお教えする訳にはいかないのですよ。ああ、もし甘い味付けがお好みでしたら砂糖でも持ってくるとよろしい……このクスリ無味無臭なので」

 

 とことん人を喰ったようなスケルトンの態度に、今すぐ闘技場で当てそこなったナイフを突き立てたい所だが、アルカードを救うためには堪えるしかない。

 

「解った……お前の言う通りにする……だが嘘だった時は…………」

 

 ユリウスの放つ殺気にスケルトンではなく傍らのラングがたじろいだ。しかしそんな事はどこ吹く風、スケルトンは淡々と続ける。

 

「信じていただけたようで何より♪ ご安心ください、約束は守りますよ……それに錬金棟までの道中……きっと()()()()いただけると思います。それでは皆様また後ほど、錬金術研究棟にて…」

 

 

 スケルトンが大仰なおじぎをした後いつものように指を弾く。乾いた音が時計塔に鳴り響くと、次第にユリウス達の視界は闇につつまれていった……

 

 

 

 

 

 

ユリウスがふと気付くと、目の前の景色は荒涼とした瓦礫の山から見飽きた石壁に変わっていた。しかもご丁寧に時計塔を登る際に脱ぎ捨ててきたベストやコートまで畳んで足元に置いてある。

 

 本来なら喜ぶべきなのだろうが、”アフターケアも万全”といわんばかりの完璧な対応が逆に鼻につく。しかし怒っている暇は無い。ユリウスはハルカを、ラングはアルカードを背負い、ダンスホールへ向けて走り出した。

 

 

 

 

 ホールでは真っ先にタダモリが出迎えてくれた。しかしその歓喜の笑顔は背負われたアルカードとハルカの姿を見てたちどころに消えてしまう。とにかく少しでも休ませるため、神官達が持ってきていた予備の布を敷き、二人を横にした。

 

 

 教会の人間の見立てでは、幸いハルカは疲れて眠っているだけで、もうじき目を覚ますだろうと言う。しかしアルカードの方は普通の人間なら生きているのが不思議なくらい、手の施しようが無いとの事だった。

 

 今すぐにどうこうなるといった事は無いが、予断を許さぬ状況なのは変わらない……

ユリウスがこの先の事を考えあぐねていると、なんとアルカードの意識がうっすらとだが戻った。2人は急いで傍に寄り声をかける。

 

 

「大丈夫かアルカード!?」

 

 必死で声をかけるがアルカードの意識は朦朧とし、反応は芳しくない。少しでも元気づけるためさらに声をかける。

 

「安心しろ、治せる薬があるんだ。すぐに取って来てやるからな」

 

ユリウスは嘘をついた……相手はあのスケルトンだ、絶対にすんなりと薬を渡しはしないだろう。いやそもそも本当に薬があるのかも解らない。だがそれでも可能性がそこにしか無い以上、奴の誘いに乗るしかなかった。

 

 そんなユリウスの嘘に気付いたのかは解らないが、アルカードは虚ろな瞳で力無く微笑んだ後 「気をつけろ」とだけ言い残すと、またすぐに気を失ってしまった……

 

 

 

 ユリウスは考える……本当ならハルカが目覚めるまで待つべきなのかもしれない、

だが ”もうじき” というのがいつになるのか解らない以上、ハルカが起きるのを待つのは無駄に時間を消費する事にもなりかねない。事態は一分一秒を争うのだ。

 

 ……やむなくユリウスはハルカを置いて錬金棟へ行く事に決めた。だが傍らにいるラングの表情が冴えない。その理由はすぐに解った。行方不明の核だ。

 

 仲間の命と核。二つの天秤の間でラングの心は揺れ動いていた。本心では有角を助けたい……しかし軍人である以上、任務を放棄するわけにもいかない。もし核を別の魔物に拾われでもしたら全てが振り出しに戻ってしまう。

 

 一体自分はどうすべきなのか?ラングが1人思案にくれていると、いつの間に近づいたのか、ティード将軍が無言でラングの前に立っていた。

 

 

「何を迷っている!この状況で任務もクソもあるか!!」

 

 

ダンスホールに将軍の喝が飛ぶ。ホールにいる数十名の人間が一斉にそちらを向いた。

 

「正直に言え……そこにいる友人を助けたいのだろう?何を躊躇う事があるのだ!」

 

 一言も発していないというのに、将軍は顔を見ただけでラングの真意を汲み取っていた。だがラングも食い下がる、自分がアルカードを助けに行くという事は、核の捜索と回収を誰か他の人間……つまり将軍に任せるという事だ。いくら歴戦の猛将とはいえ、軍人としてはかなりの高齢である将軍が生きて帰って来れる保障は無い。

ラングは任務の困難さを切々と訴えたが……

 

「……たかが一等軍曹が、いつから私に意見できるほど偉くなったのだ?……それとも何か?貴様は私の知らない間に中将にでも昇進したというのか?思い上がるのもたいがいにしろ!」

 

 逆に一喝される。

 

「核ぐらい私が何とかする!かつてはマシンガン片手に戦場を駆け巡ったこのティード、青二才の軍曹に心配されるほど耄碌してはおらん!」

 

 将軍の檄に思わず萎縮するラング。だがしばしの静寂の後、穏やかな……諭すような口調で将軍がラングに語り掛けた。

 

 

「本当にこちらは大丈夫だ。だから軍曹は軍曹にしか出来ない事をしろ、

…………これは命令だ」

 

 将軍の言葉はかなり荒っぽかったが、不器用な優しさに溢れていた。軍において遥か雲の上の存在であるティード将軍にここまで言われては、もうラングには何も言う事は出来ない……もし抗えばそれは将軍の男気と面子を潰す事になる。幸いホールの護衛についていた何人かの教会関係者が、捜索の協力を申し出てくれた。これなら多少は安心できる。

 

 ……後顧の憂いは無くなった。

 

 

「ラング一等軍曹、これより救援物資受領のため、錬金術研究棟へ向かいます!」

 

「うむ!必ず生きて帰って来い! ……常に忠誠を!」

 

 

 互いの目を真っ直ぐ見つめながら、見事な敬礼を二人は交わした。もしかしたらこれが

今生の別れかもしれない……そんな考えがよぎるのを必死に振り払いながら……

 

 

 

 

 その間ユリウスは少し離れた場所から2人のやり取りをじっと見つめていた。まもなくラングが駆け寄ってくる。

 

 

「待たせてすまん、行こう!」

 

「おう、待ってるのはあのスケルトンだ、気ィ抜くなよ?」

 

 

 ユリウスとラングは軽い言葉を交わし目と目で合図をすると、ホール北西の出口に向かって走り出した。必ず薬を持ち帰るという、強い決意を胸に秘めて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ❤」「ようこそ❤」

「ようこそ❤」「ようこそ❤」

「ようこそ❤」「ようこそ❤」

「ようこそ❤」「ようこそ❤」

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「ようこそ❤」「ようこそ❤」

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「ようこそ❤」「ようこそ❤」

「ようこそ❤」「ようこそ❤」

「ようこそ❤」「ようこそ❤」

 

 

「!?!!?」

 

 重厚な扉を開けた瞬間視界に飛び込んできた光景に、2人は思わず固まってしまった。

40人程の美しいメイド達が、まるで長年帰っていなかった主人を出迎えるが如く、

うやうやしく礼を取り二人にひれ伏していたからだ。

 

 

 眼前に広がるのは今までの殺風景な景色とは180度違う、まるで幻想のような美しい情景。ダンスホールも美しい装飾がなされていたが、ここは桁が違った。

 

 壁紙には薔薇を象った模様が描かれ、床にはこれまた薔薇をかたどったふかふかの絨毯。幾らするのか解らないほど大きい陶器の壺にはこれまた何千もの真紅の薔薇が生けられている。

 それ以外にも天井にはクリスタルのシャンデリア。格調高いテーブルや椅子はピカピカに磨き上げられ、柱は総大理石と、一分の隙も無い。しかもどこからか甘い香りまで漂ってくる。パリのベルサイユ宮殿に勝るとも劣らない、いやそれ以上だ。

 

 

 

 今までとは真逆の衝撃に、二人は顔を見合わせお互いの頬を叩く。

 

……夢のようだが夢では無い……幻のようで幻ではない……

 

 

 

 

 そう、ここは悪魔城幻夢宮……男の夢と幻想を詰めた、甘く優しい蟻地獄…………

 

 

 

 


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