悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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待っていて下さった方申し訳ありませんでした。
随分遅れましたが続き投稿します。



修練”体”

 

 沈んだ空気が充満する檻の中とは対照的に、闘技場はにわかに活気付き始めていた。

 

 檻の中の決闘者(いけにえ)は三人。そのうち二名は予想外の善戦をし肩透かしをくらったが、

残るはか弱い少女一人。今度こそ自分達の待ち望んだ”ショー”が繰り広げられる……

観客席を埋め尽くす数千のスケルトンがその時を今か今かと待ち受けていた。

 

 その異様な熱気は上空高く吊るされた檻の中にも届いていた。傍らの少女を見下ろしながらラングは不安の色を隠せない。確かに骸骨やゾンビ相手には無双していたが、果たしてベヒモスやワーウルフと同等、もしくはそれ以上の相手に目の前の小柄な少女が対抗できるのか……?

できる事なら自分が変わってやりたい。ラングはそう考えていたが……

 

「次はわたしかな?そんな心配そうな顔しないでラングさん、わたしなら大丈夫だから……」

 

 そんなラングの心情を見透かしたようにハルカは子猫のような仕草で語りかける。

知らず知らずの内に不安な気持ちが顔に出ていたかと思わず口元を押さえた。

 

 ハルカはそんなラングを見てくすくすと無邪気に笑っている。そして座り込んだままのユリウスをラングの体越しに覗き込むと、明るい声で呼びかけた。

 

「じゃ、行って来るね?ちゃんと見ててよユリウス?」

 

小鳥のさえずりのように可愛らしい声だけを残し、次の瞬間ハルカの体は檻の中から消えていた。

 

 

 

 

 

 

「…………………………?」

 

アリーナに佇んでいた赤タキシードのスケルトンが首をかしげる。まだ自分は少女をこちらに呼んでいない筈……。

 

「こんにちはガイコツさん、ごきげんいかが?」

 

 突然スケルトンの後方から声がした。振り返れば件の少女がニコニコと微笑みながらこちらを見上げている。今日始めてスケルトンに動揺の色が見られた。

 

「あんまりユリウスをからかわないであげてね?ああ見えて彼、意外と根は真面目なの……

じゃないとわたし……」

 

 天使のような微笑みを一切崩すことなく、ハルカが淡々と語りかける。

しかしその穏やかな口調の端々から、自らの大切にしている物を傷つけられた怒りが垣間見えた。

 

 ハルカは笑顔のまま会釈をすると、その場に立ち尽くすスケルトンに背を向け、

純白のケープをひるがえしながらアリーナの中央へと進み出る。

 

 

 

 

 

「…………最後の修練は”体” 大きい者が小さい者に比べ必ずしも有利というわけではありません。自らの”体”の利点を最大限に活かし、勝利を勝ち取ってください……」

 

 ハルカが中央に陣取ったのを確認し、スケルトンが今日8度目の指を弾く。しかし場内に乾いた破裂音が響いたというのに、重厚な鉄格子は沈黙を守ったまま何の反応も示さない。

 

 

 ……その後何の変化も起きないまま数十秒が経過した。始めは固唾を飲んで見守っていた観客も一分を過ぎた辺りから次第に退屈し始めたのか、ブーイングをする者や、アリーナに自らの骨を投げ込む者、果てはケンカを始める者まで現われる始末。だがそんな観衆の喧騒は突然コロシアムを揺らした衝撃でピタリと止む。

 

 まるで地震のような衝撃が轟音と供に闘技場を揺らす!一体何事だとラング達はもちろん、観客のスケルトンまでも慌てふためいた。どうやら発生源は鉄格子の奥のようだ。二度!三度!回数を重ねるごとにその地響きのような衝撃は大きくなり、鋼鉄製の格子がその形を歪ませていく。そしてとうとう四度目の衝撃で鉄格子は吹っ飛ばされ、対角線上の観客席に突っ込んだ。

 

 鉄格子が飛び込んだ客席は、多数のスケルトンが揉みくちゃになり、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。しかしそんな喧騒に一切興味を示すことなく、ハルカは目の前の暗闇を注視する。

 

”何か”が自分を見ている……やがて漆黒の闇の中にぼんやりとした白い物が見えた。

一体何かと眼を凝らす、しかしハルカの翡翠色の眼がそれを確認しようとした矢先、

その白い物体は再び闇の中に隠れてしまった。

 

 一体あれは何なのか……?正体を確かめようとハルカが一歩踏み出した……次の瞬間!!

突如暗闇から伸びてきた大蛇のような太い腕にハルカは捕らえられた!そしてそれと同時に

コロシアムの片側が大量の瓦礫と供に盛り上がり、ハルカの対戦相手がその姿を現す!

 

 半壊した闘技場から現われた大きな影、それは腕だけでもベヒモスと同じほどの太さを持つ、片目を閉じた毛むくじゃらの巨人だった。

 

ハルカが暗闇の中に見た白い物体……それは獲物を見つめる巨人の大きな目玉だったのだ。

 

 

「何なんだ……こいつは……!?」

 

 

 檻の中から見下ろしていたラングは……、いや見下ろす程でもない。今自分が閉じ込められている檻が上空何mにあるか正確な高さは掴めないが、少なくとも20m以上……その下すれすれを前傾姿勢の巨人の頭がかすめているのだ。山ほど大きいという比喩表現もあるが、実際それ程大きいと乾いた笑いも出てこない。ラングは昔見た幽霊退治映画のワンシーンを思い出していた。

 だがしかし、眼下にいるのは自由の女神でも可愛げのあるマシュマロマンでも無い、髭面の醜悪な巨人だ。こんなデカブツにハルカが勝てるわけが無い!ラングはすぐさま銃を取り、まだおぼつかない体を奮い立たせ何とか狙撃の態勢を整えると、照準を巨人の眉間に合わせた。

 

「やめろ!腕を失くしたいのか!」

 

 横から伸びたユリウスの腕がラングの銃を抑える!その顔は以前の精悍な顔つきに戻っていた。どうにか立ち直ってくれたのかと内心ほっとしたが、ならば何故止めるのかと食って掛かる。

 

「俺が攻撃したのを見てただろう!銃口を出したくらいじゃ結界は破れない、大体できるならお前の時にやってるよ。いいから黙ってハルカの闘いを見てろ」

 

 ユリウスに窘められる。全長30メートルはあろうかという巨人にハルカが捕まったというのに、どういうことかユリウスの表情からは全く不安の色が見られない。むしろその顔つきはどこか冷ややかだった。

 

 

 

 ハルカはまだ無事だったが、自分を拘束する手から逃れようと必死にもがいている。しかし指一本ですらハルカの数倍の大きさがあるのだ。少女の精一杯の抵抗は何の意味も成さなかった。

 一方の巨人は、何故か捕らえたハルカを握りつぶそうとはしなかった。むしろ手の中でもがく少女に逆に興味が湧いたのか、子供が捕まえた蝶を観察でもするかのように、開いている左の眼であちこち角度を変えながらハルカを眺めている。

 

 巨人の嘗め回すような視線がハルカの体を蹂躙する。「気持ち悪い……」思わず侮蔑の言葉がハルカから洩れる。それと同時に、自由に動く左手で目の前の不快な視線目掛けハルカは特大の火球を放った。

 

 ハルカの思わぬ不意打ちに完全に虚を突かれた形となった巨人は、慌てて髭についた炎を払う。そして反射的に手に持っていたハルカを地面に向かって放り投げた!

 

「危ないッ!!」

 

 ラングが檻から顔を乗り出し叫ぶ!……だが巨人に投げられた筈のハルカの姿が何処にも見えない。軌道の先や観客席、アリーナ、いくら小柄な少女でも見失うはずは無いのだ。まさか闘技場の外へ飛ばされたのかとも考えたが、巨人の投げた軌道から考えてそれは無い。自慢では無いがスナイパーという職業柄視力は両目とも2,5以上ある。その自分が見失うとは一体どういうことだと、ラングは半ば混乱しながらハルカの行方を追った。

 

「上だ!」突然ユリウスが叫んだ。

 

 ラングも慌ててユリウスの目線を追う。見ればどう移動したのか巨人の頭上遥か上空に少女の姿が見える。そして少女は巨人に投げられた慣性と重力を利用し、巨人の後頭部目掛け急降下キックを見舞った。

 

 再び不意打ちを喰らい巨人の大きな体が前かがみに倒れる。案の定闘技場は大きく揺れ、幾匹かのスケルトンが崩れたレンガの下敷きになった。ラングもその衝撃に体勢を崩し、そうこうしている間にまたハルカの姿を見失ってしまう。

 

 

 巨人は頭を振り払いながらなんとか立ち上がる。その顔は髭がちりちりに焼け焦げ、顔中土と埃まみれ、ただでさえ醜悪な顔がより一層みすぼらしくなっていた。

 やがて意識がはっきりしたのか、巨人は自分をこんな目に合わせた少女を探し始める。しかし何処を探しても少女の姿は見えない。再び少女は霞のように消えてしまい、巨人はアリーナを右往左往するばかり……。

 

 この事態に巨人だけでなくラングも混乱していた。消えたと思えば現われ、少し眼を離すとまたいなくなる……神出鬼没を絵に描いたようなハルカの戦いに、ラングが完全に混乱しかけていた ――その時――

 

 

「どう?お髭が燃えてスッキリした?ちゃんとお手入れしないと女の人にもてないよ?」

 

 

 どこをどう移動したのか、いつの間にか巨人の足元にいたハルカがケラケラ笑いながら語りかける。語りかけるといっても身長140cmにも満たないハルカと全長30メートルはあろうかという巨人では相当な距離があり、ハルカの声が正確に届いたかも解らない。いやそもそも人間の言葉がこの魔物に通じるかどうかも怪しい。……しかし少女の挑発的な態度が癇に障ったのかみるみるうちに巨人の褐色の肌が紅潮し、眼に怒りの色が宿る。

 

 間髪いれず巨人がその大きな拳を足元のハルカ目掛け振り下ろす!ただそれだけの行動で衝撃波が巻き起こり、ラングたちの入っている檻が大きく揺れ、数匹のスケルトンが吹っ飛び、アリーナの床が数十センチ沈下した。しかし当のハルカは巨人の全力の一撃をヒラリとかわすと、地面に半ば埋没した巨人の拳に向かい、何か呪文を詠唱し始める。

 

「大地の精霊よ……我が願いに応じ目の前の敵を封じろ!!」

 

 そう唱えたハルカが手を前にかざした途端、青白く光る氷が地面から巨人めがけ一気に広がり、やがて巨人の右腕は二の腕の辺りまで完全に凍り付いてしまった。

 

 巨人は地面から腕を引き剥がそうと必死に引っ張るが、ハルカの放った氷が自分の腕と闘技場の床とを完全に結合しており、どれだけ力を入れても離れない。そうこうしている内に件の少女が怪しい微笑みを浮かべながら傍まで寄って来ていた。

 

「くっついちゃってとれないの? ……ならわたしがとってあげる……♥」

 

 ハルカは腰のベルトのホルダーから杖を外し、くるりと持ち替えると”コンッ”と氷づけになった巨人の腕を叩いた。

 

 少女のまったく力のこもっていない一撃。しかしそのか細い腕から繰り出された衝撃は、音速を超える速さで氷塊を駆け登り、――次の瞬間巨人の右腕はまるでワイングラスが砕けるかのように美しい音色を響かせながら粉々に砕け散っていた。 

 

 

 

 闘技場を揺るがす巨人の絶叫をBGMに、砕かれた氷の破片が光に照らされながらキラキラと舞う……その光景は醜悪な巨人には似つかわしくない、まるで厳冬の雪原に舞うダイアモンドダストのような美しさだった。

 

「……いい音色♪やっぱり大きいと違うわ……まるで何万のクリスタルグラスを一度に壊したよう……♡」

 

 右腕を失い、悶え苦しむ巨人をうっとりと見上げながらハルカが囁く。舞い落ちる羽のような光の粒子に包まれたその姿と笑顔は、まさに天使と見紛うばかりだったが……。

 

 

 

 

 

 

 遥か上空の檻の中、ラングは眼下で起きている全ての事が信じられずにいた。

 

山のように大きな巨人……

その巨人を一方的に屠るハルカの闘いぶり……

そして何よりあの優しかった少女の思いもかけない残酷さ……

 

 そんなラングをよそに、傍らのユリウスがポツリと呟く。

「あいつは強いよ?俺やお前……、ひょっとしたらアルカードよりも……」

 

……そう呟いたユリウスの頬を、氷のように冷たい汗が一筋流れ落ちていた。

 

 


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