悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999 作:41
図書館の主
悪魔城地下深く……誰も立ち入らない入り組んだ通路の奥に蔵書庫はある。
一歩足を踏み入れると、紙とインクの放つ独特の匂いが鼻を突く。無限に広がっていると錯覚する程広いその部屋は、何年も掃除されていないのか埃が厚く積もっており、若干カビの臭いもした。
何段あるのか解らない程高く大きな本棚には、古今東西のあらゆる魔導、錬金法、召喚術等を納めた書物が理路整然と並べられ、納まりきらなかった本は狭い通路をさえぎるように今にも崩れそうな程の高い山を作っている。
そんな文字通り本の樹海とでもいうべき蔵書庫の、一番奥の小部屋にその人物はいる。
「久しいな、爺」
アルカードがそう語りかけると、件の人物は読んでいた分厚い羊皮紙の書物を慌てて閉じ、かけていた老眼鏡を外すと、アルカードをまじまじと見つめ驚いた様子で口を開いた。
「おお…、おお、御久しゅうございますアルカード様……お顔を拝見するのは一体何年ぶりでしょうか………百年……いや二百年ぶりでございますか」
白い髭をたわわに蓄えた高齢の老人、彼こそがこの図書館の主その人である。彼はアルカードが生まれるよりずっと以前………悪魔城誕生の遥か昔からここで書庫の管理をしている。アルカードが幼かった頃は、その教育係でもあった。
「預けていた物を返してもらいに来た。急ぎの用件だ、すぐに出してくれ」
主は書物以外にも様々な物を管理している。薬、武器、魔力の込められた道具、等々……
全てが敵と言えるような悪魔城において、この図書館の主だけは比較的アルカードに
協力的であった。しかし………
「はい、ございます。しかし物の管理と言うのもこれが中々大変でして……まして数百年となると……」
主がへりくだりながらも指を擦りつける仕草をする。書庫の主は筋金入りの守銭奴でもあるのだ。
「そうくる事は解っていた」とでも言うかのようにアルカードはマントを翻すと、懐から大きめの袋を取り出し机の上に置く。主がそれを開くと中からまばゆいばかりの大量の金貨が顔を出した。
「ふふふ……さすがアルカード様、解っていらっしゃる。どうも近頃外界では紙の金がもてはやされているようですが、あんな物この蔵書庫の本1ページ分の価値も無い。やはり貨幣というものはそれ自体に美しさと価値がなければいけません。紙幣は国の安定の証拠などとのたまう輩もおりますが、品の無いくだらぬ為政者の顔とおすみつきに一体どれほどの価値が……」
「………爺……」
主の演説を遮るようにアルカードが言葉を発した。その目は”はやくしろ”と言っている。
その威光におののいたのか、主はあわてて背後にある頑丈そうな木箱を開けると、中から一振りの剣と、いくつかの魔道具を取り出した。
その剣は紫色の刀身を持つ、両刃の長剣であった。やや無骨な形ではあるが、全体がまるでサファイアのように淡く透き通っている。
アルカードは主から剣を受け取ると、机の上の袋から無造作に数枚の金貨を取り出し、それを天高く放り投げた!
一閃!!アルカードの放った無数の斬撃が金貨を切り刻む!!不思議なことにアルカードが剣を振っていないにもかかわらず、紫色の刀身がネオンのような残光を幾重にもひき、金貨をきらきらと舞い散る花弁のように切り刻んでしまった。
なんともったいない!とでもいいたげな主を尻目に、剣の切れ味が鈍っていない事を確認したアルカードは満足そうに剣を鞘に収める。
「しっかりと保管してくれていたようだな爺。ありがとう、礼を言うぞ」
アルカードの突然の感謝の言葉に、うらめしそうに床を見ていた主が思わず振り向く。
「な…なんと、アルカード様からそのようなお言葉をかけて頂けるなど……一体何年ぶりか……!そう……あれはまだアルカード様が御小さかった頃……この蔵書庫で迷子になられて、私めが見つけて差し上げた時以来ではないでしょうか……!」
「……そんなこともあったか……」とアルカードが少し照れくさそうに笑みを浮かべた。
「思えばあの頃は楽しかった……伯爵様は魔道を志す者たちの憧れであり、この書庫もそんな若者で溢れていたものです。そしてそういった者たちを伯爵様は暖かく迎え入れられ……その傍らには慈愛に満ちた瞳でそれらを見守るリサ様と幼い……」
「………爺……」
再びアルカードが話を遮る。しかしその眼はさっきとは違い、どこか哀しそうであった。
「申し訳ありません……どうにも年を取ると昔の事ばかりが鮮明で………いけませんな……」
「いや…もうよい…………俺はもう行かねばならん。達者でな、爺や……」
そう言い残すとアルカードはマントを翻し、主の部屋から音も無く去っていった。
一人残された主は今しがた去っていったアルカードの顔を思い返していた。
「……達者でな……か」
”何か”を決意された顔……今回はお父上と本気で決着をつける気なのかもしれない……
ここに来たのも剣を取りに来ただけではなく、この老いぼれに最後の別れの挨拶をしにきたのではないか………
父が勝つにせよ……子が勝つにせよ……おそらくもう二度とアルカード様の顔を見ることはあるまい………主はそう直感していた。
「お達者で……」
誰に言うわけでもなく、静かにそう呟くと、主は再び老眼鏡をかけ、分厚い羊皮紙の本を手に取り、また前と同じように親指を舐めながらページをめくり始めた………………