悪魔城ドラキュラ Dimension of 1999   作:41

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「スミス……間違いないスミスだ……!生きていてくれたッ!!」

 

死んだとばかり思っていた親友が生きていた……ラングはすぐにスミスの下へ駆け寄ろうとする。だが何故か突然割り込んできたユリウスとハルカによって行く手をさえぎられてしまった。

 

「………!?」

 

行く手を阻む二人にラングは「何故止めるんだ!」と気色ばむ。そんなラングに対しユリウスが諭すように言う。

 

「おかしいだろ……どう考えても……」

 

ユリウスがスミスの方を指し示す。ラングは改めて親友の姿を確認する。

 

 スミスは頼りない蝋燭の火でも解るほど全身が血と傷にまみれていた……ベヒモスに食いちぎられた左腕は包帯で止血してあるものの、二の腕の途中から先が無く、それ以外の部分もケガをしていない所の方が少ない有様だった。

 

 

「あの体でどうやってここまで来たんだ?俺達三人がかりでもそれなりに苦労したんだぞ?それとも何か?レライエやがしゃどくろ、その他の魔物にたまたま出会わなかったとでもいうのか?」

 

 

……ユリウスの指摘は理にかなっている……しかし可能性はゼロではないだろう………

…………現に目の前にスミスはいるのだ!それも今すぐにでも助けが必要な状態で!!

 

 

「……お前の言いたい事は解る……でも現に……今目の前にあいつはいるじゃないか!

頼む!最後のポーションを俺にくれ!!何でもする!何でもお前の言う事を聞くから!!」

 

ラングは自分より遥かに年下の青年に向かって必死に懇願した。恥も外聞も無い……ただ目の前の親友を助けたい……その一心で………

 

「………………」

 

大の大人のなりふり構わない必死な様子に、ユリウスはほんの少し心が揺らいでしまった……見ればハルカも同じ気持ちなのか上目づかいで自分を”じっ……”と見ている。

 

「………………」

無言でポーションを渡す。

 

「ありがとうユリウス!!恩に着る!」

 

ラングはくしゃくしゃの顔で礼を言うと、すぐさまスミスの下に駆け寄り、瓶のふたを開け青色の液体を飲ませた。 ………すぐに効果はあらわれた。腕こそ再生しなかったが、他の傷や出血も止まり、みるみる血色が良くなって行く。

 

「スミス!大丈夫か!?もう安心だぞ!俺が解るか!?」

 

ラングが喜びの声をあげて聞いた。

 

「………ああ、わかるさ……俺の親友で、同僚で、妹の旦那で、そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裏切り者だ」

 

 

”パアァンッ!”

 

乾いた銃声が礼拝堂の静寂を突如切り裂いた!ラングの巨体が後方にもんどりうって倒れる!!

 

「!?」事態の急変にユリウスとハルカは何がおこったのかすぐには理解できなかったが、仲間が撃たれた事を知ると、すぐさま迎撃の態勢をとった!しかし……

 

「待て!!攻撃するな!!」

 

撃たれた本人の制止によって、今まさにナイフを放とうとしていたユリウスの動きが止まる!

 

「撃たれたんだぞ!?何故止める!正気かラング!?」

 

激しい口調で問いただす!見ればラングの押さえている左肩がみるみる赤く変色していく。致命傷ではないにしろ早く止血しないとまずい……!

 

「アイツは混乱してるだけだ!スミス!俺の話を聞いてくれ!!」

 

 

ラングの必死の懇願も、果たしてその耳に届いていないのか……スミスはラングに

向け冷酷に、だがそれ以上に荒々しく言い放つ。

 

 

「……よくも俺達を見捨てて真っ先に逃げやがったな……えぇ!?弱虫ラングさんよ!!あの時……俺や前の方にいた連中はケガをしてる仲間を守るために必死で戦ったんだ!!それを………お前は……ッ!! 話を聞け!?テメェの言い訳なんざ聞きたくねぇんだよ!!」

 

 

スミスはラングに向けて銃を構えながら一歩一歩その距離を縮める……一方ラングは

肩の傷を押さえながらオロオロと後ずさるばかり……

 

 

「見ろよこの腕を!!これじゃあもう軍人としてやっていけねえ!普通の生活もできねえ!!それとも何か?お前の腕を俺にくれるってのか!?」

 

 スミスの針のように尖った言葉がラングの心に突き刺さる……っ!!撃たれた傷などよりよほど苦しかった。

 

「チキンはいくら鍛えてもチキンってか!?扱いやすそうだったから新兵教育でハブられてるお前をかばってやったが……その礼がこの仕打ちか!!こんな事ならあの時他の奴らと一緒にテメェをいじめ殺しとけばよかったぜ!!」

 

スミスの容赦の無い怒号が続く……!!

 

 

「もういい……!!もうやめてくれ………ッ!!」

ラングの顔はもうグシャグシャだった。罪悪感……自己嫌悪……初めて知った親友の本心……その全てが散々にラングを打ちのめしていた。

 

 

 その間ハルカはこの二人の哀憎劇を前にただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった。だがユリウスは違った。この城によって人生を狂わされた目の前の男に多少は同情するが、だからといってこの半分逆恨みのような主張まで到底受け入れる事はできない!!

……例えラングに恨まれる事になったとしても、次に奴が引き金に指をかけたら躊躇無くこのナイフを投げる!!

――それは青年が初めて同じ人間に対して持つ、明確な”殺意”であった。

 

 

―――だがスミスが次に取った行動は、ユリウスのまったく予想しないものだったのである―――

 

 

スミスは腰にとめてあったナイフを鞘ごと外すと、ラングの目の前に投げ捨てた。

石の床に鈍い金属音が響く。

 

 

「それで自分の左腕を切り落とせ、それでチャラにしてやる」

 

非情な宣告にその場にいた全員が固まる……!

 

 

「お前……いい加減にしろよ……!?」

スミスの発言にとうとうユリウスが切れた。今にもナイフをスミスの顔面に突きたてそうな勢いで詰め寄る…………しかし

 

「動くな!!」

 

とまたもラングに止められる。歯噛みしながら怒りを押さえその場にとどまる。

 

 

……ラングは震える手でナイフを手に取り、鞘から抜いた。ギラリと光る刀身に自分の顔が写る。

 

 

「やめろ!バカな事考えるな!!」「ラングさんやめて!」

二人の必死の呼びかけもラングの耳には届いていない。

スミスは冷たく、嘲るような顔でラングを見下ろしている……

 

 

「ウオオオオオオオオ――――ッ!!!」絶叫と供にラングがナイフを振り上げる!!

 

 

「くそッ!!」

ユリウスはナイフの矛先をスミスからラングに変え、ラングの持つナイフを跳ね飛ばそうとした!しかし次の瞬間またもユリウスの動きが止まる。跳ね飛ばそうとしたナイフがすでにそこに無く、代わりに緑色の服を着た珍妙な生物がそこにいたからだ。

 

 

 

「……!?何だコイツは……ッ!?」

 

 

目の前の不可思議な生き物をスミスが怪訝な顔で凝視する。……蜻蛉のような羽を生やした体長30センチ程の少女が、アーミーナイフを抱えラングの頭上をふわふわと飛んでいたのだ。

 

その場にいた全員が何の前触れも無く現われたこの奇妙な生物にしばし呆気にとられていた……だがスミスは”ハッ”と我に返るとこの小憎らしい生き物にすぐさま銃撃を浴びせかける!

 

”パァンッ!””パァンッ!””パァンッ!”……しかしその生き物はひらひらと、スミスを小馬鹿にする様に弾丸をかわし、いつの間にか部屋の入り口に立っていた主人の元へナイフを届けた。

 

 

 

 

――その姿は、まさに貴公子と形容するに相応しい、堂々たる容貌だった。

 

流れるように波打つ白金に輝く髪、遥か昔の貴族が着ていたかのような煌びやかな装飾がなされた漆黒のマントと服、そしてなにより幻想的なまでの美しさと凛々しさを併せ持つその顔………

 

突如あらわれた黒衣の男に向けて、スミスは銃を乱射する!――しかし弾丸が当たる直前、男は霧のように消え、次に姿を現した時には、どうやったのか慌てふためくスミスの背後に回りこんでいた。

 

 

「………消えろッ!!」

 

男はそう吐き捨てるや否や持っていた長剣を横薙ぎに振り払い、スミスの首を一撃で跳ね飛ばす!

 

 

―――ラングの視界がコマ送りになる………跳ね飛ばされ……宙を舞い……苦悶の表情で目の前に転がり落ちる親友の首………………

 

……ラングの中で何かが音をたてて壊れた。

 

 

「うああああ――――ッ!!」

 

次の瞬間残された右手で銃を構え目の前の黒衣の男に照準を定める!!

 

即座に発砲しなかったのはまだ理性が残っていたのか……それとも前世の記憶か……

しかしその黒衣の男は目の前に銃を突きつけられているというのに少しの動揺も見せない。

それどころか逆に哀れむような、憂いの視線をラングに投げかけてくる。

この眼は………前にどこかで………

 

 

「ラング撃つな!そいつは有角だ!!」ユリウスが叫ぶ。

 

「あり……角だと……この男が!?」

 

 

ラングはユリウスの言葉に驚き、そして少しだけ冷静さを取り戻した。

………よくよく見れば確かに髪の色も服装も違うが、その眼と顔は有角幻也その人だった。しかしだからといってそれで怒りが収まるわけではない。

 

「何故スミスを殺した!!他にやりようはあったろう!!」

詰問するように言葉を投げかける。

 

有角は無言で剣を納めると、「よく見ろ」とばかりにスミスの死体に目線を向けた。

 

「!?……何…だ…コイツは……ッ!?」

 

見ればそこにはスミスの姿は無く、かわりに全身の毛をつるつるに剃られた不気味なサルのような生き物が横たわっていた。やがてその生物の死体は煙をたてながら泡立ち、見る間に跡形も無く蒸発して消えてしまった……。

 

「ドッペルゲンガー……死んだ者の姿を偽り、関係する者を殺す………下種な魔物だ」

 

有角が言う。

 

「言ったはずだ、この城はお前達の”隙”をついてくると……良心の呵責や、悔恨の念、罪悪感、そういった人間なら誰もが持つ最も突いてきて欲しくない部分をこの城の魔物は狡猾に突いてくる……!ほんの少しの心の動揺が即、命取りになる……甘さは捨てろ!ユリウス!ハルカ!お前達もだ!よく覚えておけ!」

 

有角のいつになく厳しい言葉に、誰も……何も言い返すことは出来なかった……。

 

 

 

 

「……つけてきてたのか?」ユリウスが沈黙を破り、話しかける。

 

「少し違う……俺はこの先にいる古い知り合いに会いに来た。……今の事は偶々だ……」

「恐らくそこの祭壇が鏡を設置する場所だろう。置いた後は祭壇の裏にある隠し部屋に入れ、ダンスホールまですぐに帰る事が出来る」

 

有角はそれだけ指示するとすぐまた向きを変え、部屋から出て行こうとした。

 

 

「待て」すれ違い様ラングが声をかける。有角の足が止まった。

 

 

「今の魔物……ドッペルゲンガーといったか……”死者”の姿を偽る……それは絶対なのか?」

 

「……ああ、奴は死者の姿しか借りる事は出来ない……つまり奴が化けた者は………………もう、この世にはいない……」

有角は振り返りもせず扉を閉めると、そのまま通路の奥へと消えていった………

 

 

 

 

 

 

「治癒魔法はあんまり得意じゃないから……気休め程度だけど……」

 

ハルカが肩の傷に魔法をかけてくれた。痛みは残っているが取りあえず傷口はふさがったようだ。

 

ユリウスは怪我をしたラングに代わって鏡を設置している。祭壇の上に鏡を置くと、より一層光が増したように見えた。鏡というものは元来神聖な物だから、このまま置いておいても邪悪な魔物は触る事すらできないだろう、ただ念には念をという事で簡単な結界を張っておく。見れば祭壇の裏に明らかに他の部分と色が違う箇所がある。隠し扉だ。

 

隠し部屋を発見した事を皆に伝えようとしたが…………ラングの消沈した姿を見てユリウスは声をかけるのをためらった。

励ますべきか……慰めるべきか……… こんな時アルカードならどうするのだろう?

先生だったら……?この打ちひしがれた仲間に対し自分ができる事は…………考えながら突っ立っているとハルカがこちらに気付いた。

 

「鏡ごくろーさま、隠し部屋見つかったの?」

 

ん、ああと返事をする。するとハルカはスタスタとこちらに歩き、「じゃ、行こう」とそのまま進んでしまう。

 

おい、ラングは?と小声で聞く。「そっとしといてあげようよ」とだけ言うとハルカは部屋の中に入ってしまった。

 

19の自分より12の少女の方が人の機微を理解しているようで、ユリウスは少し癪だったが……やはり今はそれが一番良いと思い、「先行ってるからな」とだけ声をかけ、自身もハルカの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………一人……ラングは簡素な礼拝堂に残る……………

 

 

そうか……やっぱり………スミスは………もう………

 

 

本当に………本当に僅かだったが………かすかに残っていた希望を……完全に断たれた…………

 

まだ……まだ生きて罵声を浴びた方がましだった………でも……スミスはもういない………

 

 

涙が………涙が溢れ…………ラングは一人声が枯れるほどの声を上げ…………泣いた。

 

 

 

―――親しい人が死んだ時、涙を流すのはその人の死を受け入れ、前に進む為なのだという……もしその事実を認められず涙を流せなかった場合……その者は永遠に前に進むことは出来ない……

 

 

 

 

ラングの涙は……受け入れる涙だった………

 

……一番の友の……死を受け入れ………新たに前に進むための………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣いてんのか?」

 

殺風景な兵舎の二段ベッドの上から声がする。

 

新兵教育の初日が終わった夜、そのあまりの厳しさと、ホームシック、明日からの不安に押し潰されそうになり、毛布に包まりながら必死で声を押し殺し泣いていた。それを上の奴に気付かれたらしい。

 

「あんまり真に受けんなよ、あんなもんどうせマニュアル通りにやってるだけなんだからよ……」

 

海兵隊の訓練はまず徹底的に自尊心を砕くことから始まる。兵に自分の意思は必要無いからだ。理不尽な体罰、暴言、暴力、それらに加え厳しい規則に肉体労働。精神をやられる者も多い。

 

「…………………」

 

鼻声を聞かれるのが嫌で寝たふりをして黙っていた。だが上の奴は尚も続ける……

 

「そうだ……!タイプライターだと思えよ……毎日毎日カタカタカタカタ意味もねえ言葉をよくもまあ”ごくろーさん”ってな、で教官が言い終わったら禿頭の上でチ――ン!だ」

 

「ふっ」

 

あまりのくだらなさに思わずちょっと吹く。

 

 

それから眠くなるまでの間、取りとめも無い話をした。食べ物とか…女性の好みとか…何を話したのか内容はもう覚えていないが……それでも大分気が楽になった事だけは憶えている。

 

 

 

「そういやちゃんと挨拶してなかったな……俺はジェイソン・スミスって言うんだ。お前は?」

 

 

「……ラング・ダナスティ………」

 

 

「ラングか………これからよろしくな、相棒……」

 

 

「……よろしく………スミス………」

 

 

 

 

ふと気づくと……いつの間にかもう涙は止まっていた……。

 

 

 

 


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