書きたいままに書いてたせいか話の構成が疎かになってしまっているのは反省しなければならないと思いつつも、更にカオスなことになってしまいそうで不安な作者ですがお付き合い下さる方には最大の感謝を。
追記:6話と7話の時系列が前後していたので話数を修正して旧6話を外伝に直しました。分かり難くて申し訳ありません。
「なるほど。外部の土、種から少しずつ外部の理を取り入れると、君はそう考えたんだね」
「正確には肥料、あと人もな。徐々にブリテンから神秘のみを薄れさせていく。世界から排斥されようとしている原因を取っ払ってやれば、諸々の問題は丸く収まるだろう」
「確かにね。凶作や異民族による侵略を始めとする事象は君達神代の生き残りを滅ぼすまで日に日に苛烈さを増していく。だが君達が神代の生物でなくなり、ブリテンが外部の法則を受け入れ染まり切ってしまえば外部からの干渉もじきに収まっていく。それは間違いではないよ」
卑王ヴォーティガーンによる破壊の爪痕が未だ深く残る城塞都市の片隅にて復興作業に携わる傍ら、一人の魔術師と語らう騎士の姿があった。
騎士は半ば瓦礫の山と化している建物の崩れた外壁に背中を預け、魔術師は山の頂上にある手頃な場所に腰掛けていた。
騎士は此方を見下ろす魔術師を見ようとはしない。自分がこれから描く絵図を目に浮かべ、どのようにそれを推し進めるのか思案に耽りながら魔術師の言葉に応えている。
騎士としては師であると同時にこの世で最も嫌う存在であるこの魔術師と会話を交えるなど本来は御免被る事だが、国の行く末を左右する時に蚊帳の外に置いておけるような人物でもない。
せめて承認だけでも得ておかなければいざという時に面倒な事を起こされてしまう恐れもある。騎士としてはそんな事態は極力避けたかった。
「神秘が消える分には構わない。どうせ遅かれ早かれそうなる運命だったんだ。
とは言え、君のやろうとしていることはブリテンの在り方を変えることも意味している。君の目論み通りにブリテンが現代の法則に染まった時、歴代の王達や各部族の長達が受け継いで来たブリテンは終わりを告げる」
「だろうな。異なる法則、異なる理、例え国と言う形で存続していたのだとしても、それはもう今までのブリテンとは違うものだろうさ」
神秘の薄れが齎すのは竜や妖精、魔物達のような神代の生物、そして脈々と受け継がれて来た人ならざる御業も消し去る事に他ならない。
それらは失われれば最後、二度と地上に蘇る事はないだろう。そんな不可逆の変化を引き起こそうという騎士は、事の重大さを理解した上で一切の迷いを見せない。
だが、それはある意味当然の事なのかもしれない。彼にとっても、彼の義妹である王にとっても、最早この島にしか存在していない神秘を貴重には思えど全てを賭けて守ろうなどという意志は欠片も思い浮かばない。
彼等にとって、もっと大事なものがあった。ただそれだけのことなのだから。
「国民の命には替えられない……だとよ。
お前が計画した王は、お前の思惑とは裏腹に王としての矜持よりも人の幸せを望んだ。
神秘が国民の命を危ぶめると言うのなら、アイツにとってはそれすらも排除すべき敵という訳だ。
例えそれがウーサー王を始めとした部族の長達が守って来たこの島の理であるのだとしてもな。
理想の王として作ったアイツが、その実一番王様から外れたことをしてやがる。皮肉なもんだな、花の魔術師よぉ」
「全くだ。彼女が求めているものと、僕やウーサーが求めていたものは違う。分かってはいたが、私は彼女を侮っていたんだろうね。勿論君の事も」
眼下に佇む教え子から、今にも雨を降らせ始めそうな曇天を見上げた魔術師は、最近になって漸く気付いた自身の過ちを自嘲するように微笑みを浮かべ、今も国の威信ではなく人々の幸福の為に異民族との戦いに明け暮れている少女を思った。
徐々に国民の悪意が高まり、騎士達の間にも不安が芽生え始めた。国土は未だに痩せ細ったままであり、外敵からの侵攻は一向に止まない。
挙句の果てに、滅びが既に定められている事を知っても彼女は決して諦めなかった。弱音の一つも吐かずに人々の為の理想の王で在り続けている。
そして唯の人間、凡人でしかない男が、弱々しい人間の意志一つで本来ならば到達出来ない域にまで自身を高め、たった一人で王とこの国を支えるべく奮闘しているのだ。
もうじき後悔する筈、諦め始めるだろうと高を括っていた魔術師は、全てを見通した気になっていた自分の醜悪さに恥じ入るばかりだった。
「お前が侮ってたのは何も俺達に限った話じゃぁない。お前は人間そのものを侮っていたのさ。
元々、人々が望む理想の王を作るっていうのなら、その理想とやらに周囲の人間の願望が反映されていくのは当然の帰結だろうよ。
この島の国民共は自分の力で生き残っていくことを諦めた。だから自分達以外で現状をどうにかしてくれる奴を求めた。それこそが連中の求める理想の王の姿だったって訳だ」
自分が助かりたいから、生き延びたいから。
それは非常に原始的で、生物として当然の願いだった。騎士とて客観的に見たそれを罪であるとは言わないだろう。
しかし、その願望を背負わされた義妹を思うが故に、彼は極めて個人的な感情で理想の王を望んだ国民達と計画した者に怒りを覚えずにはいられない。
魔術師は理解していた。
誰よりもブリテンを存続させるべく奔走しているこの男は、その実誰よりもこの国を憎んでいる。或いは世界の運命そのものを。
だからこれまでのブリテンの在り方や国民に対する執着心も思い入れも一切無い。客観的に国を回す為に必要な要素と割り切って、彼は最適な選択肢を模索するだけ。
その結果として国の在り方が変わろうと、今までのブリテンが消える事になろうとも彼からすれば咎めるものなど何も無い。ただ義妹が悲しまない結果に終わるのであればそれで良いのだ。
「否、違うな。君は彼女だけで精一杯なんだろうね…」
「あ?何か言ったか」
「何も。国務を預かる君がこんなに人間嫌いだと、国民も不安になるんじゃないかと心配になってね」
「連中は目に入っても痛くないものしか見やしねぇよ。為政者の面だの人柄だの、そんなものはそこらに転がってる石ころと変わらんさ。
邪魔にならなきゃ放っておく、目障りになったら蹴り飛ばす。所詮はその程度の価値しか感じちゃいない」
そう。結局は誰しも自分の身の回りの事で手一杯なのだ。
国民も騎士も、彼とてそれは同じこと。だからこそ、自分以外のことにまで手を伸ばす王の異常さが際立ってしまう。
より多くの、より広い範囲の人間を救おうとしている彼女は、人間として生まれながら人間には到底できないことを成し遂げる為に人のものではない生き方を志した。
それがより多くの人間を救う手段であるのなら、自分をこの世に産み落とした神秘を消し去る事すら厭わない。躊躇う事無くそれを実行に移せるのは当然の事なのかもしれない。
「君の考えは分かった。私も邪魔はしない。
だが君の案が決して楽な事ではないことは分かっているだろう。君の策を成就させるには多くの障害を突破しなければならない」
「当然分かってるさ。計画を進める上で満たさなければならない条件についても把握している。邪魔をしに掛かる連中の事もな。
サクソン人共の侵攻も当分続くことは間違いない。生半可な道のりにはならんだろう」
彼の言う通り、異民族による侵攻は例えブリテンが外部の理を受け入れたとしても尚続く。
彼等は確かに世界がブリテンへと送り込んだ刺客に他ならないが、同時に欲に駆られた人間であることも事実。与えられた役割の意味が消失しようとも、彼等の領土欲は消えないのだから世界の意思など知らずとも侵攻を止める事は無い。
事実彼等はアーサー王の軍勢が卑王との決戦に赴いた時にも変わらずブリテンへと攻め込んで来た。この場にいる騎士が王の背後を守っていなければ消耗し切った王の軍勢は大打撃を受けていたかもしれない。
そして、脅威となるのは何も外部からの干渉だけではない。恐らくブリテン島、神秘側からも何らかの妨害がある事が予測された。
神秘は何れ滅ぶ。それは最早避けようの無い運命だ。
だからといって、神秘が黙って消えるのを待つだけとは限らない。
最たる例が卑王ヴォーティガーンだろう。
騎士はブリテンを暗黒期に陥れたかの王を自滅因子と表現した。それはある意味で正しく、またある意味で間違いでもある。
卑王は確かにブリテンを人の住めない地獄に変える勢いで破壊と死を振りまいたが、それは決してブリテンそのものを無に帰そうとしてのことではない。
外部から新しい理が流入して来る事によってこれまでのブリテンが消えていくと言うのなら、惰弱な理など入る余地も無い程の地獄を作り上げてやればいい。
最後の神秘の島を守る為に立ち上がった白い竜の化身は自分なりにブリテンを守ろうとしたのである。
しかし当人の意思とは裏腹に、その行為は神秘の寿命を縮める行為に他ならなかった。
確かに卑王の方法を用いれば、サクソン人のような移民族による侵略を一時の間だけ防ぐことは出来るかもしれない。
しかし人間とは自分達が生きていくために周囲の環境を変えていく生き物だ。それはこれまでブリテンに生きて生きた人間達にも同様の事が言える。
彼等は自分達に最適と思う環境、神代の環境をあの手この手で維持して来た。環境とは、神秘とは強烈な一個体によってのみ形成されるのではない。より多くの生物の生命活動や一種の信仰によって成り立つものなのだ。
そんな彼等がいなくなってしまえば、例え島に侵入して来る敵を撃退できたのだとしても、大量の人間と共に押し寄せる現代の理を卑王一人で防ぎ切ることは不可能なのだ。
そうして現代の理にブリテンが侵食されていけば神秘は薄まり、それを力としてきたヴォーティガーンも竜の化身としての機能を徐々に失っていく。
そうなれば残るのは力を失った老人が一人だけ。ブリテンを守る為に立ち上がった卑王は自身の行いによって島を守ることの出来る存在を根こそぎ絶滅させた挙句、守ろうとした神秘の島としてのブリテンを早々に滅びに導く事となる。
島を思う気持ちはあってもそれが結果的に滅びへと繋がっていく。故に騎士は卑王をブリテンの自滅因子と呼んだ。
とは言え、卑王が神秘を守ろうとする側であったのも事実。彼と同じく自分なりの考えで神秘を守ろうとする者はまだまだいる。
先王ウーサー王が人ではない王に次代を託すことでこの神秘の島を守ろうとしたように、今もアーサー王が異民族の侵攻を阻んでいるように、神秘側も世界の流れに逆らおうとする動きを見せている。
それら内外からの干渉同様に、神秘だけを消し去ろうとする騎士の策を赦さない者は必ず現れるだろう。
何せ神秘側の存在とて人間達と同じく生きていたいと言う欲求があるのだ。
人知を超えた存在でも生存欲求を持たないわけではない。そういう意味では神秘も人間も大して変わらないのかもしれない。存続する為に自身を滅ぼそうとする者に抗うことはどちらにとっても当然の行為なのだから。
ならば神秘を消し去ろうとしている彼が、神秘を守ろうとする者達の害意を一身に受ける事になるのは最早必然だ。
「となると、真っ先に思い浮かぶのはピクト人かな?」
「ああ。信じられない事だがあれでも一応は神秘側の生き物だからな。
こっちが神代の空気を薄れさせるよう働きかければ本能で妨害してくるだろう。
広がっていく現代の空気を感知して襲撃してくるだろうから肥料を撒いた畑は特に狙われやすいだろうな」
「今でさえ途轍もない被害が出ているんだろう?更に拡大していくとなると…大変だねぇ」
自身が宮廷魔術師を務める国の事だと言うのに他人事のように言う辺りが人間性の薄い夢魔らしいことだ。
視界に入れずとも魔術師が浮かべているであろう表情を思い浮かべられることに忌々しげに舌を打ち、直後に自身が対応せねばならない蛮族による被害の大きさを想像したことで堪らず胃を外側から抑え込んで蹲った。
「被害…復興…対処…人員…予算…うぐおおぉぉぉ………っ!!」
「おやおや」
地の底から鳴り響いて来た音のように重々しい呟きは呪詛のよう。蒼白を通り越して土気色に染まりかけている表情は最早生者のものとは思えなかった。
今にも死に絶えてしまいそうなほどに弱々しい姿を晒す騎士は、震える手つきで懐から手の平に収まる大きさの瓶を取り出す。あまりの震えで指先から滑り落ちてしまいそうになるのを必死に堪えながら蓋を開け一息に中身を飲み干した。
すると、徐々に彼の表情に生気が戻り、脱力していた身体にも再び力が宿る。
「相変わらず臓腑が弱り切っていると見える。働き過ぎは感心しないよ?もっと僕のように適度な息抜きをして人生を楽しく生きなければ。そうでないと人間何てやっていられないからね。
それにしても大分効き目が良い物を作れるようになったみたいじゃないか。未だに研磨は怠っていないようで感心感心」
「煩え黙ってろクソッタレめ。脳味噌に麦酒が詰まってる幸せ非人間野郎のお前に人生云々語られたかねぇ。
それに俺が働き過ぎならテメェはサボり過ぎた。年がら年中女の尻を追い回してやがって、発情期の犬の方がまだ慎みがあるぞコラ。とっとと刺されてくたばりやがれクソ師匠」
脂汗を額に浮かべる騎士は心身共に余裕が無い状態故か発言にも一切の抑えが利いていない。未だ体内に残る不快感を口から吐き出すようにして在らんばかりの罵詈雑言を叩きつけた。
また何か言ってやろうと口を開いた瞬間、胃の痛みがぶり返すのを感じ、もう一つ瓶を取り出して中身を口に流し込む。
義妹を支えていくために必要なものであるからこそ身に着けた魔術、よもや胃薬の生成に使うことになるとは予想だにしなかった。
もう何度目かになる独白を魔術師の耳に入らぬようにと小声で漏らすが、頭上から聞こえて来るクツクツという笑いから察するにしっかり聞こえていたようだ。
ばつの悪さを誤魔化す為、また懐に手を入れて今度は細長い棒のような形をした魔香を口に咥え、親指を弾く。
立てた指の先に灯った小さな炎を香の先端に近づけ火を点けると、燃えた個所から生じた煙を吸い込み、すぐに吐き出す。
その仕草を見るだけならば至って静かなものではあるが、彼の五感は強烈な刺激と清涼感によって強制的な覚醒を促され、掻き乱されていた思考を半ば強引に平常な状態へと戻される。
「それも程々にしておいた方が良い。
強い薬は身体に毒だ。君がそこらの人間よりも頑丈な身体の持ち主であったとしても毎日のように吸っていては身がもたなくなる」
「余計なお世話だクソ師匠。
副作用は最低限に抑えてるし考え無しにスパスパやってる訳でもなし。程度も弁えてるから問題ねぇんだよ。
だが多少身体に無茶させてでも今は動かねぇといかんのも事実だ。そいつはお前にも分かってるだろうよ」
「君の言い分も分かる。だが決して軽くない不調を抱えたままではいられない筈だ。最近そういう事態が起きたんじゃないかな?」
一見、趣旨の読み取れない発言ではあったが、発言の裏にある意図を察した騎士は初めて魔術師の方に視線を向けた。
魔術師は未だに薄らと笑みを浮かべて此方を見下ろしている。未だに言葉で伝えていないことを見抜かれているのは不愉快ではあったが、苛立つ気持ちは香の煙と共に吐き出した。
「ああ。踏み込んだ時にはもぬけの殻だった。大分前には俺の意図にも気付いて姿をくらます準備をしてたんだろう。
敵対するとなれば、あの性悪魔女は確かに万全な状態でも勝ち目の薄い相手ではある。だが敵に回るのは何もアイツだけじゃないんだから一人と戦う為に気を抜いてもいられん。常に他の連中の相手もし続けなきゃならない現状じゃぁ尚更だ。
アイツもそれを織り込んだ上で動いて来るだろうから余計に厄介なんだが」
「人間離れした王の娘もまた並みの人間から外れている。
唯一自分の同類であった父から受け継ぐはずだったブリテン島を掠め取られた挙句、それをよりにもよって君に穢されるとなれば黙ってはいまい。
そういう意味では、ブリテンの神秘を滅ぼしてブリテンの人々を救おうという君達と敵対する道を彼女が選ぶのも必然かな」
「敵に回るなら斃すだけだ。今までもそうして来たようにな」
ここに至るまで多くの敵を直接手にかけ、それ以上の数の敵を自分の指示によって間接的に殺戮し、更にそれ以上の人間を謀略によって破滅させてきた。
義妹と、その周囲の騎士達が光の中で戦う傍ら、闇の中で静かな暗闘を繰り広げて来た騎士は今度の敵が自分の良く知る人間であるというのに躊躇う姿勢を見せない。
それは彼が冷酷だったからではなく、彼にはもっと大事な者がいたと言うだけの事。
例え魔物であれ蛮族であれ、彼と決して浅からぬ関係を持った人物であれ、騎士は義妹の為に敵対者と戦わなければならない。敵となった者は悉く打ち倒さなければならない。
躊躇いを覚えていては、無力な自分に折れる事無く義妹を支えていくことなど出来はしない。
「アルは今日もサクソン人共との戦いに明け暮れている。大分数を減らしつつあるとはいえ、残党がそこかしこに燻ってる蛮族連中との戦いも完全に終わったわけじゃない。
俺の計画を進めるにしたってまずは敵の排除は必要になる。ちょっかいかけて来る連中を追っ払わなけりゃ呑気に畑耕してる暇なんて無くなっちまうし外部から人間も入っては来ないだろう。
フランスと渡りはつけたが年がら年中ドンパチやってる限りウチに来たいなんて言う奴はそれこそとんだ変態野郎だけだ」
外部の敵を義妹が、内部の敵を義兄が排除する。
今も人の身に余る誓いを厳格に貫き戦場を駆ける義妹の為にも、自分の役目を遂行する中で躊躇などは不要である。
そう断言する騎士だったが、決意とは裏腹に表情は暗かった。
「兎に角、これに関してはもうなるようにしかならん。
幸い工房も完成した。相手取れるだけの戦力は整えられる。
今は城塞都市の復興だ。この案件を片づけない限り何も始まらない。お前の話だと瓦礫の撤去さえ済めば、後は土精に頼んでちょちょいと壁をこさえてくれるんだろう?お前にはそっちの準備もしっかりしておいてほしいものなんだが」
「それについては心配いらないさ。
私を誰だと思っているんだい?世に名高き花の魔術師マーリンだ。妖精だろうと口説き落として城壁の一つや二つもすぐに作り上げてみせるとも」
「その働きぶりを普段から発揮出来ない辺りが傍迷惑なんだよお前は」
名声など大して気にもしていないだろうに得意げな言い方には呆れるが、言うだけの腕を持つことは騎士が一番良く知っている。城塞都市の復興は当初の予想を遥かに上回る速度でなされる事だろう。
それに関しては騎士も一切の疑いを持たずに最早結果の見えているものとして扱っていた。少々歪ではあるが、これが騎士なりの師に対する信頼なのだろう。
「必要な場面でしっかりと働いていれば問題無いさ。君と私ではその場面がやって来る頻度に多少の違いがあるだけでね」
「お前は年がら年中女遊びが出来る程度なら、俺は仕事の山で日夜遭難しかけてるんだぞ。程度の差で済ませられるかよ。
その癖面倒な話ばっか持ち掛けて来やがる。この前の王妃についての話なんぞ一体何をどうしろってんだよ」
「未だに戦いは終わらないとは言え、目下最大の脅威であったヴォーティガーンは討たれたんだ。先王ウーサーの敗北から始まったブリテンの暗黒期が一旦の終結を迎えたとも言える。
ならばここで華やかな話題の一つも民衆に提供して支持を得ておくべきなんだよ。王がいつまでも独身と言うのもそれはそれで問題だしね」
「そんな事は分かってる。俺が言いたいのは女同士を結婚させることについてだ。
流石に王妃にはアルの正体を隠してはおけない。口外させられる訳もないし納得した上で夫婦のフリをさせなけりゃならん。
そんじょそこらの貴族の令嬢を連れて来た日には、あっという間に潰れるかボロを出すのが関の山だろうが。当然のようにフォローに回るのは事情を知った上で情報操作を行える俺な訳で……」
「そうだね。また仕事が増えることになりそうだ」
「楽しそうに言うくらいならお前が代わるか?街で引っ掛けて来る女共と同じく王妃も口説き落として言うこと聞かせてくれりゃぁ此方から働きかける必要が無くなるんですがねぇ」
「宮廷魔術師が王妃と不貞を働いたらそれこそ大問題だ。それに私は他人の妻に手を出すようなことはしないよ?」
「そうだよな。恋愛処女の町娘を言葉巧みに誑かすのが専門分野だったよな。
その内お前が引っ掛けて来た女の関係者からのクレームが送られて来そうだよ全く。
そうなったらやっぱり巡り巡って俺がその対応をすることになってまた仕事が……うぐおぉあああぁぁあ!?」
軽口と憎まれ口の応酬の果てに再び苦しそうな唸り声を上げ始めた騎士は魔術師の笑い声も聞き取る余裕すら無いまま三本目の瓶を呷った。
右も左も問題の山。自分達が力を発揮し、順調に事を進める程に世界は風当たりを強めていく。
花の魔術師マーリンは眼下の弟子がこれから歩んでいく道をおぼろげながらに見通した。
未来を見る事は叶わない自分の目にもハッキリと映る苦難の連続。恐らくそれは激化の一途を辿り、彼を追い詰めていくだろう。
果たして彼はそれを乗り越えられるのか、もしも彼が倒れた時、彼の義妹は果たしてどうなってしまうのか。
人間性を持たなかった花の魔術師は、自覚の無いまま生まれて初めて他者の身を案じた。
個人に執着することの無かった非人間がこの変化に気が付くのは当分後の事になる。
先程も彼の口から語られた王の姉にしてガウェインの母である女性。名をモルガンという魔女の失踪から始まる一連の事件は、魔女自身とこの二人以外の人間の意識の外で静かに幕を開けた。
親しい者同士が争い合う語られる事の無い暗闘の結末が齎すものが何なのか。それは世界を見通す目を持った魔術師にも知ることは出来ない。
ただ一つ言えるのは、どのような終わり方を迎えるにせよこの物語が悲劇としか表現できない道筋を辿っていくことだけだった。
《本編補足》
【胃痛:A】
ケイ兄さんの日々の心労が祟って発言したスキル。
赤セイバーの頭痛持ちや桜セイバーの病弱と同種のマイナススキル。一定確率で発動しあらゆるスキルの成功率を下げてしまう上に精神力も大いに削る。薬で抑えらる程度には対処は簡単だが、何度もぶり返してくるので心を強く持たないと年がら年中腹を抱えて唸るだけのポンコツ状態になってしまう。
当人の苦労人気質のせいもあってか発動する機会は多く、既に体質というよりも一種の呪い染みた物と化している為、胃袋を丸ごと摘出しようが痛みは続く事になる。
【胃薬】
上記のスキルに対応する為にケイ兄さんが開発した霊薬。
煙草よりも先に開発され、開発優先度も此方の方が高かったりする。
即効性を高めつつ副作用を最低限に抑える工夫を為されているため、身体への負担は非常に少ない驚きの一品。
しかし仕事の量が増えるごとに飲む頻度も上がる傾向にあるのでケイ兄さん自身控えるつもりではいる。
【ガウェイン】
何やかんやで漸く名前が出た騎士筆頭。
ケイ兄さんには散々な言い様をされてはいるが騎士として見れば普通に凄い人であり、能力に関してはケイ兄さんも認めてはいるのだが、出来ればもっと強かな使い方を覚えて欲しいというのが本音。
当人のケイ兄さんに対する印象はネチネチした悪意と言うより単に気に食わない奴といったところ。意見が対立することも良くあるが自分なりの王に対する忠誠心故なので決して悪い人ではない。
あと作者も偶に忘れかけるがモルガンの息子なのでケイ兄さんの甥っ子一号だったりする。
【モルガン】
本編ではやたらと回りくどい言い方をしたが、マーリンとケイ兄さんに“彼女”と呼ばれていた女性。原作でもアルトリアを男にしてチョメチョメしたりモーちゃんを生んだりアグラヴェインを刺客として送り込んだりと暗躍してた。
完全に敵対し始めたのはキャメロットが出来た後だった気もするけど作者の陰謀で早めに意志を固めて失踪する。
原点ではブリテンを崩壊させておきながら傷ついたアーサー王を手当てしてブリテンまで連れて行く役割を担ったとか湖の妖精の一人だとかドルイド信仰の女神だとか実はアーサー王の姉でも何でもなかったとか色んな描かれ方をする人。
Garden of Avalonで語られた設定によれば島の加護を受ける超人的な存在であり、人間離れしていたらしいウーサーの娘らしく色々と凄まじい人だがあくまでも人間。本作ではこの設定を主な人物像として採用した。
ウーサーの娘でアルトリアの姉なのでケイとは何気に義理の姉弟だったりする。因みにケイ兄さんよりも少し年上と言う設定。
二人の関係については追々語っていきます。