問題となった部分は修正しましたが本作を楽しみにして頂いている皆様に、一部の方にしか分からない話を入れてしまった事を重ね重ね謝罪いたします。
これからは読者の方々の事も良く考えて上で書いた文章を投稿して行こうと思いますが、それでも問題点となる部分があったのならばどうかご指摘していただければ幸いです。
今日も今日とてお仕事三昧。城塞都市の復興状況はあまり宜しくない。
何せハリケーンでも通った跡のような惨状なのだ。重機も無い完全な手作業じゃ瓦礫の撤去もままならない。
辛うじてスコップとつるはしと荷車がある程度、前世の時代とは効率は比べものにもならない。勿論悪い意味でだ。
数百人規模の人員を投入したと言うのにこれだ。果たしてまともな城の形に出来るのは何時になるのやら。
城壁の損傷具合、修復に必要な資材の量、修復作業と資材搬入に必要な人員の配置、その他諸々やる事はびっしりで、現時点からして仕事の山の中で遭難しかけている。
どこぞの怪獣王みたいな巨大モンスターに変身した卑王が暴れ回ったんだから仕方が無いとは思うが、あんなのが自然発生するとか本当にブリテンは地獄だぜぇ。
更に嫌になって来るのが目下最大の脅威であった卑王を倒したと言うのに、土地目当てで本土から侵入を図るサクソン人と、同じ惑星の生物とは思えないブリテンゴキブリことピクト人との戦いが激化の一途を辿っていることだ。
復興作業も完遂していない現状で、ヴォーティガーンとは別の意味で性質の悪い連中が引っ切り無しに攻め込んで来る。ブリテンに暗黒期を齎した怪物が討たれたと言うのに、この国の未来は暗いままだった。
そろそろ休暇の一つも欲しい所なんだが、生憎と俺が一日サボってる間に一週間かけて漸く取り戻せるくらいの問題や事案がそこら中からポンポン湧いて来る。
ベディ坊やを筆頭に、文官の仕事も出来る騎士達のお蔭である程度はマシになって来てはいるが、この国に於ける事務仕事のブラック加減は頭おかしいレベルだと思う。
ぼちぼち文官の登用も本格化していかないと後々拙い事になることは想像に難くないが、それはそれで人事も担当してる俺の仕事をまた増やすことになるわけで。
最近開発した意識覚醒及び疲労回復用の霊薬が無ければとっくの昔に過労でぶっ倒れてる。最悪二度と目覚められなくなってるかもしれない。
煙草みたいな見た目と吸い方にしちまったのは完全な偶然だ。前世でも吸ってなかったし正直嫌いだったから抵抗あったんだが、慣れれば我慢できない事もない。好きにもなれないが。
とは言え、あんまり吸い過ぎてると過労の前に肺癌で永遠の眠りについちまうかもだからある程度は控えよう。
今も他の騎士の前では流石に控えてはいる。煙草の“た”の字も無いようなこの時代で口から煙吐いてる姿何ぞ見られたら普通に珍獣だ。
今更悪感情が積もっていくのは構わないがベディ坊や達にまで変な勘違いを起こされると流石に凹む。
まぁ俺の事は良い。否、良くはないがこれはこれで平常運転だから今更文句言っても仕方が無い。問題はアルの方だ。
ヴォーティガーンを討ち、ウーサー王の敗北から続いたブリテンの暗黒期は終わりを告げた。しかし全体的に見た国の状況に大した変化は訪れなかった。
結局戦いは終わらず、国土は痩せ細り、国民はひもじさに苦しんでいる。
こんな現状をアーサー王ならば打ち破ってくれると信じていた国民達の落胆はやがて小さな悪意を芽生えさせた。
『アーサー王は輝ける王ではなかったのか』
『アーサー王に従っていれば豊かな国になるのではなかったのか』
国民共が嘆き、王への不満を口にするのはある意味で仕方の無いことではあった。何せそれが弱い人間の心理なのだから。
自分達に現状を打破できるだけの手段も気力も無いのなら、出来そうな奴に乗っかっていくのは当然の判断だし厳しい環境を生き残っていく為には必要なことだ。
だからアーサー王に、理想の王に国の平和と自分達の安寧を願うことを弱者の身勝手と断じるのは些か酷だろう。納得がいくかどうかは別としても。
ハッキリ言って良くない傾向である。
王に対する不満がこのまま蓄積していくと、近い内に国民だけでなく騎士の心も離れていく可能性が非常に高い。
俺が引き受けている騎士共の悪感情が少しでも王に向けられれば、奴らは意識の有無に関わらず自分達が認められないアーサー王の一面を見つけ出し、人間として正し過ぎる王の姿に恐怖する。
今でこそ、村を干上がらせて戦に臨むようなやり方は俺の口から騎士達に伝えられるようになっている。
だがこんなものはアルならば自分だけでも考え付いて実行に移せるだろう。更にそれを嫌って離れていく騎士がいるのであれば、そいつらを囮にして敵の目を逸らすくらいの事は簡単にやってのける。
合理性の塊のような理想の王の恐ろしさを思い知った時、今でこそ忠義面してる輩の内、どれだけの数が残るのか。
今でさえ騎士共に囲まれていながら孤独であるアルが、その騎士共にすら疎まれるようになった時には本当にアイツはブリテンに於いて孤立することになる。
忌むべき事態を避ける為には兎に角火消しが必要だ。即ち不満の源泉となっている問題を一つずつどうにかしていかなければならない。
結果的にどうすべきなのかは分かり切っている。連中に望むものをくれてやれば良い。
争いの無い平和な国、貧しさとは無縁の豊かな生活。これらをくれてやれば、今でこそ何もしない自分達を棚に上げて文句ばかり垂れる馬鹿共も口を閉ざすだろう。
だが一概に平和や豊かさと言っても実現するのは難しい。既にほぼ死んでいると言っても過言ではないこのブリテン島に於いては特にだ。
ブリテンの国土は相も変わらず痩せ細っており、作物はまともに育たない。飛竜を始めとする魔物の類やゴキブリ蛮族共のせいで育った作物が無事で済むとも限らない。
こんな土地を狂ったように奪い取ろうとして来るサクソン人は何度撃退されても懲りずにやって来るから当分平和とは無縁だろうし、豊かさはさっきも言った通りの有様なので保障のしようがない。
元々この現状はアルの統治に問題があるだとか、長い動乱の影響だとかで形成されたのではない。ブリテン島そのものが抱えた問題なのだ。
ブリテンは本土から海を隔てた異境の土地であり、西暦に入って加速度的に神秘が失われつつある世界に於いても未だに神代の空気を色濃く残している。
竜種や腐れエイリアン蛮族、そして今日も今日とて女を引っ掛けて遊び回る大事なお仕事で忙しいクソ師匠のような夢魔が存在しているのもその為だ。
周りには現代の動物しかいなくなったのにも関わらず、未だ恐竜とかが生息しているような場所がブリテンだ。故に、俺やアルを含めたブリテンで生まれ育った人間達もまた神代の生物の生き残りとも言える。
そんなブリテンが侵略に晒されているのは、何も異民族の侵攻によるものだけではない。
奴らがブリテンを侵略すれば、ブリテンの空気と土地そのものが現代のものに塗り替えられていく。謂わばこれは世界と言う一つの生き物が次の形に変化する過程で起こる生理現象のようなもの。
古い細胞を壊し、取り込んで新しい細胞を分裂させていくことによって身体を作り替えていく。
新しい細胞とは異民族や本土に充満している現代の空気と法則であり、古い細胞が神代の空気と神秘が色濃く残る世界法則、そして俺達ブリテンの人間達だ。
つまるところブリテンの滅びは世界の意思とも言える。例え理想の王だろうが何だろうが、アル一人が頑張った所でどうにか出来るような話ではない。
この事を皆が皆理解してくれたなら楽なんだが、現実は非常である。
国民は愚かであり騎士共は愚直に過ぎる。『どんなに頑張ってもブリテンは滅びます』なんて言った日にはヤケクソ起こした馬鹿共が内乱の一つや二つも引き起こしてブリテンは内側から崩壊していく。
そう考えると、この国で生まれながらにして滅ぼそうとしたヴォーティガーンは正しくブリテンの自滅因子とでも言うべき存在だったのだろう。
世界は次の形へと完全に変化し切る為にブリテンと言う過去の遺物を葬ろうとしている。
アルはそんな絶望的な状況下にあっても尚、ブリテンに生きる人々を救おうとしているのだ。
無理ゲーとか割に合わない仕事だとか言いたいことは色々とあるが、最早口でどうこう言える状況ではない。俺が言葉を尽くしてもアルに王になる事を思いとどまらせることは出来なかったし、力づくで止める事すら叶わなかった。
俺の意思はアイツの意志に捩じ伏せられてしまった。ならば俺がアイツにしてやれることは最大限アイツの望みを叶えてやれるように動く事だけ。
そこで俺は一計を講じる事にした。
俺の手勢の人員……と言って良いかは分からんが、兎に角アルの指揮下から独立した部隊を極秘裏に本土へ送り込み、そこの土と作物、その他の植物の種を数回に分けてブリテンに運ばせた。
それなりの量を確保したら外界との関わりをある程度遮断する結界を四方に張り、その中に本土から持って来た土で畑を、その隣にはブリテンの土地をそのまま整備した畑を作った。
二つの区画に分けた畑を更に二つのブロックに分割し、それぞれのブロックにブリテンの種と本土から持って来た種を分けて植えた状態で育ててみた。
すると、本土の作物は本土の土では普通に育ち、ブリテンの土でも少々本土の土のブロックと比べて育ちの悪さが見られたものの概ね問題なく育った。
ここで驚くべきことは本土の土に植えた種は勿論のこと、ブリテンの土に植えたブリテンの作物の種も今まで育てていた物に比べると明らかに育ちが良かったことだ。
後に結界の内部の環境を調べて外部の環境と比較した所、とある事実が判明した。
結界の中は地中、及び大気中に含まれる“マナ”の量が外部と比べて僅かに減少していたのだ。
マナとは魔力の呼び名の一つであり“大源”という表現もなされる大魔力。自然界に満ちている星の息吹たる力を指す。
神代の空気にはこれが多分に含まれており、逆に現代の空気に含まれているマナの量は非常に少ない。
これだけ聞くと星の息吹きだとか、何か凄そうなエネルギーが少ないのに作物や他の植物がマナの多い環境よりも育つのは納得行かないかもしれない。だが大した神秘性も無い植物や人間が普通に生きていく分には高濃度のマナは必要ないのだ。
マナが無ければ生きていけないのは、それこそ竜種や妖精、夢魔といった神代で栄えた幻想種のみ。マナの量で作物の成長に影響が出るなんてことは無い。
ならばマナの減少が何を意味しているのか。
それは即ち環境、法則の書き換えだ。十メートル四方の僅かな空間の中でのことではあるが、確かにブリテンに残る神代の空気と環境を現代の環境へと書き換える動きが進行していた。
だから、この世界に於いて基本的に作物は上手く育たないという法則が定まりつつあるブリテンの環境と比べ結界内部の物は良く育った。
このままブリテンに於ける国と人の在り方に変化が無い限り、それこそ俺達神代の人間の生き残りが滅びるまで凶作は続く。そんな絶望的な結論が出てしまったわけなのだが、同時に希望も見出した。
要するに少しずつ外部の理と法則を取り入れていけば、今生きている土地や人間が一人残らず死ぬなんて事態は避けられる。アルが最も嫌うであろう国民全てを対象としたジェノサイドを未然に防ぐことが出来るかもしれない。
詳細については語らないでおくが、後に行った外部の血族を取り入れることによる人間の方面からのアプローチで環境の変化を図った実験に於いても、今回の作物による実験と同様の周辺環境の変化が見られたことから世界が直接殺しに来るなんて事態を防げる確率は更に高まった。
だが環境を変える事とはつまり、今までのブリテンの在り方を変える事を意味している。流石にアルに何の相談も無しに進められるような計画ではない。ケースバイケースでTPOをしっかり順守するのが俺のモットーだ。
とは言え、この計画が間違いなく通るだろうという確信はあった。
今までの歴史に名を連ねた王達、一番身近な例を挙げるとすればウーサー王辺りはこんな計画認めやしなかっただろう。
何せ王には王のプライドと尊厳、譲れない在り方ってものがガッチリと定められているものなのだ。
エジプトのファラオ然り、ローマの皇帝然り、マケドニアの大王然り、巨大な欲望と意志に突き動かされて野望の成就に邁進した人間が自分の定めた自分の国の在り方を世界の理だからと手放すだろうか。
ある意味で身勝手と我儘を極めた人間のことを言う王ならば例え国民を残らず道連れにするような結末に終わるのであっても、一度定めた自分の生き方を簡単に譲り渡すような真似はしない。まぁ今言ったのはかなり極端な例ではあるが。
だがアルは、歴史に名を連ねる王達とは明らかに違っていた。
自身の欲も野望も無く、王としての矜持だとか尊厳だとか、そんなものは考えたことも無かった。
アイツは国民の生活の為に剣を取ったのであり、王としての立場だって極端な話、アイツにとっては国民を救う為の手段でしかない。
マーリンとウーサーは理想の王を作るつもりだったんだろうが、当人がその『理想の王の在り方』とやらに、欠片程の価値も執着心も見出していなかったとはとんだ皮肉である。
俺は互いにどれだけ忙しくても出来るだけ欠かさないように努めて来た二人きりの時間、即ち腹ペコキングこと我が妹のお食事タイムに一連の実験の結果とこれからの計画の事を伝えることに決めた。決めたんだが………。
「兄さん、この鶏肉は少し塩味が薄くはありませんか?昨日までの物にはしっかりとした味が乗っていたのに、これでは味わい甲斐がありません」
「毎日塩分たっぷりの物食ってたら体壊すわアホ。健康に配慮しての味付けだよ」
「ちょっとやそっとの事でどうにかなるような軟な身体はしていません。兄さんの心配は杞憂と言うものです。それとお代わりを」
「暴飲暴食は人間としての価値を落とすって親父殿に散々言われて来ただろうが。それに塩だって貴重なんだから湯水の如く使えるわけもなかろうよ……ホレ、次の肉。
て言うか野菜もちゃんと食えやコラ、やっつけ食いはマナー違反だっていっつも言ってんだろうが。何時まで経ってもメシの食い方はガキンチョだなぁお前」
こんな空気でシリアスな話に持っていくのは多分無理だ。
『私が悪いのではなく食べ始めたら止まらない兄さんの料理が悪い』とか言ってる今の此奴に小難しい話題振った所で『そんなことよりおうどん食べたい』ならぬ『そんなことよりお肉食べたい』の一言で突っ撥ねられるのが関の山だ。
この姿をあの駄騎士共が見たら何て言うのやら。もっきゅもっきゅと焼き鳥を頬張る妹の姿を見て肩に入っていた力がスッと抜けていくのを感じる。
アルのこういう“らしい”一面を守れているという事実は間違いなく幸せな事で、きっとこれの為に頑張っているのだと言う気持ちにさせてくれる。
俺は表情が緩んでいることに気付かないフリをして、一時の休息に興じる事にした。