型月に苦労人ぶち込んでみた   作:ノボットMK-42

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前回の話と時系列が前後しますのでご注意ください。


追記:後々になって申し訳ないのですが時系列が前後していましたので6話を外伝に修正しました。分かり難くて申し訳ありません。


第6話 兄のはなし 1

 卑王ヴォーティガーンが討たれてから数年余りが経った頃の事。

 俺達は一連の動乱で破壊された城塞都市の復興に着手し始めた。

 『一番重要な戦いを飛ばすな』って思うかもだが、俺はヴォーティガーンとアルが率いる軍勢との戦いの場にいなかったんだから詳細な説明とか無理で~す。何があったのか大まかにしか知らないんじゃぁ教えようが無い。

 ただ相当激しい…と言うかギリギリの勝利だった事だけは確かだ。

 事実千人以上の腕利きを送り込んだって言うのに返って来たのはアルと人間太陽光発電騎士くらいのものだったんだからマジで信じられん。他の手勢が一撃でやられたって言うんだから冗談じゃない。

 

 アルの話によると、ヴォーティガーンは“白き竜の化身”の名の通りに馬鹿みたいにデカい竜に変身して襲い掛かって来たんだとか。

 山みたいな図体、青白い熱線を口から吐き出し、湖の貴婦人から与えられたビームソード(誤字にあらず)も効かなかったんだそうな。それって何て怪獣王?

 そのトンデモぶりもある意味で当然の事なのかもしれない。何せヴォーティガーンは“ブリテンそのもの”なんだから。

 ブリテンと、そこに息づく文明を滅ぼそうとする世界の意志の具現。神秘の薄れ行く現代にへばりつく俺達神代の生き残りの中に生じた自滅因子。

 つまるところ卑王は、単にブリテンを統べる部族達の結束を乱したKYジジイではなく、何らかの意思によってブリテンを滅ぼす役目を与えられた、それこそアルと同じような境遇の存在だった訳だ。

 

 奴を斃せたのはアルの第二の武器である聖槍があったからだろう。

 この世と神代に突き刺さった楔、聖者を貫いたあの槍と同一視されるそれは後の世に広く語り継がれる星の聖剣と同等の超兵器だ。

 ぶっちゃけどっちも生身の人間が振り回して良いような代物じゃぁない。だから妹よ、ヴォーティガーンを斃してご機嫌なのは分かるがその物騒な物体X及びRを掲げて『勝ちましたよ~兄さ~ん』とか言いたさげに嬉しそうな顔しながら近づいて来るのは止めなさい。

 刃物を手に走って来るキチガイなんて目じゃないから、怖過ぎだから。剣と言う名のビーム砲は不老不死になるとかいうチートな鞘に仕舞いなさい。そしてダ○ソン掃除機の如きサイクロンドリルランス的な槍も背中に引っ下げておきなさい。専用ホルダー作ってあげたでしょ。

 

 湖の貴婦人も何たって人間にこんなもんくれてやったのか。まぁアルが選定の剣を折った…と言うか砕いちゃったからなんだけれども。

 よもや、おニューの剣を求めて湖の妖精の所を訪ねた先で神造兵器が出てくるとか思いもよらなかった。更に言うならこんな物騒な兵器を自宅にいくつも持ってる妖精連中が滅茶苦茶怖くなった。

 可愛らしくて悪戯好きとかメルヘンな妖精なんていなかった。本当に二次元世界に入りたいと願ってた前世の知り合いがこの世界に生まれてこなくて良かったと思う。次々と夢をぶち壊しにされて発狂しかねない。

 かく言う俺だって剣貰いに来ただけだってのに神秘溢れる世界のスケールのデカさを思い知らされて胃袋が悲鳴を上げ始めていた。こんな色んな桁がインフレ起こしてる世界観で死ぬ思いしていかなきゃならないとか、俺の胃SAN値はもうゼロだ。

 アルはアルで新しい剣を貰ってご満悦の様子。だが妹よ、お前カリバーン失くして今にも死にそうなくらい真っ青になってたのに変わり身早いなコラ。

 ついでに言うと事実を隠蔽する為にそこら中走り回ってた俺への労いとかは…直後に礼を言って来たので良しとする。

 

 何はともあれ、これにて選定の剣に纏わる問題は一旦解決となる。

 ホントに一時はどうなるかと思ってたが、その辺は良くも悪くも“選ばれている”アルの性質故か、とうとう世界的に有名になる最強の聖剣エクスカリバーが手に入ったわけだ。

 

 

 

 

 一連の騒ぎが起こったのは俺達が諸侯を纏め上げつつ異民族や蛮族との戦いに明け暮れていた時の事だ。

 いつもの通りに領土欲丸出しで上陸して来たサクソン人を皆殺しにしていく大変なお仕事の最中、間の悪い事にブリテンゴキブリ集団の襲撃を同時に受けてしまったのだ。

 しかもサクソン人共にも襲い掛かってるって言うのに奴らは俺達の事しか眼中に無いみたいに襲い掛かって来やがって戦場は大混乱に陥った。

 マジで何なのコイツら?横から味方が殺されてるのに目の前の敵を倒すことしか頭にないとか完全にイカレてる。

 

 俺達との戦いで既に消耗していたサクソン人は、ゴキブリことピクト人からの攻勢にも晒されて勢力を大きく削がれた状態にあった。

 そこで俺はアルやベディ坊やが率いる本隊にピクト人の相手をさせ、俺の率いる別動隊がチクチクとサクソン人を削りつつ時間を稼ぐという作戦を決行。アルには渋られたが押し切った。

 確かに俺は正面切って戦うってのは苦手じゃないが避けたいのが本音なチキン予備軍だ。そんな奴が数で勝る相手に捨て駒同然の戦いを挑むとか心配にならない方がおかしいだろう。戦力の分散が本来間違った判断であることも理解している。

 俺だってらしくない事やってる感はあったが、最早らしいとか戦いのセオリーとか拘ってられないような状況だ。気合で乗り切る以外に無い。結局俺の気合とか関係ない結果に終わったのだが。

 

 確かに多勢に無勢で戦況は終始芳しくなかった。あっという間に踏みつぶされる事こそ無かったものの、戦線は徐々に押し込まれつつあった。流石に指揮官気取りで後方から旗振ってる訳にもいかないので俺自身も十八番になりつつある斬って焼いて吹っ飛ばす何でもありの戦い方で応戦したが全体的な戦況は変えられない。

 そろそろ拙いかと冷汗を浮かべ始めた頃、俺は包囲されつつある状況から逃れて一旦仕切り直しを図るべく敵を斬って回る傍ら、さり気無く落としておいた爆弾礼装合計8発を同時に起爆させた。

 『味方を巻き込む気かよ』とか思うかもだが、足止め部隊はその時点で既に敵に押されて大分後退していたのである。

 よって俺が礼装を撒いていた地点にいるのは現状敵兵のみ。遠慮なく吹っ飛ばせるわけだ。まぁ大して効果無かったんだけれども。

 ちょっとしたプラスチック爆弾以上の爆発が起きても敵の軍勢を全員纏めて消し飛ばせるわけじゃない。部隊全体で見れば、ビックリさせて少しの間動きを鈍らせるくらいが精々だ。程無くして態勢を整えて向かってくるだろう。

 

 だがそこで状況が一気に動いた。足止め部隊に組み込んだ俺の同僚兼茶飲み友達兄弟が、敵の気勢が挫かれた隙を突いて某無双ゲーばりに大暴れを始めたのだ。

 陣形の崩れた個所を内側から広げて行き、兵を突っ込ませられるだけの隙間を作ってみせた。尽かさず兵を突っ込ませて敵陣を真っ二つにした俺達は、その後も兄弟の尽力に助けられて敵の指揮官と思しき人間を討ち取る事に成功した。

 指揮官を失って瓦解したサクソン人の部隊を適当に追い払いながら、俺はブリテンの騎士を侮っていたことを強く実感した。

 マジで何なのアイツら。リアル二刀流で竜巻か何かじゃないのかってくらいに押し寄せて来る敵の大群を切り刻んでたんだが鬼人化でもかけてるのか。アレで本当に俺と同じ種族なんだからブリテンってマジ魔窟。

 

 何はともあれ、通称野蛮兄弟による二刀流無双もあってかサクソン人は尻尾を巻いて逃げ帰った。

 足止め部隊の方が本隊よりも先に敵を片づけてしまうという常識的に間違っている事態にはなったが、良い方向に転んだことは事実なんだからあれはあれで良かったんだろう。たぶんきっと、メイビー。

 だが、本隊の状況は此方とは対照的に芳しくない。何でもピクト人の親玉格のデカい個体が現れて大苦戦を強いられているんだそうな。

 巨大ピクト人とか考えただけでも胃がねじ切れそうになるくらい鉢合わせたくない相手なんだが、兄としてはアルを放っておくわけにもいかないわけで。

 半ばヤケクソで加勢に入ってやっぱり後悔した。前世で“鎧土竜”ってネット検索した時の感覚を百倍にしたような最悪な気分だった。

 ウチのもんに続いて何なのアレ?本当にこの世の生物なのか?そろそろ本当に連中が幻想種とかじゃなくてエイリアンの類だって言われても疑わんぞ。

 そんな常時モザイクかけとかないといけない類の怪物と対面した俺は二刀流兄弟と共に戦線に加わった。と言っても俺は主に親玉の周囲にいる兵隊連中の相手をしていただけなんだけれども。

 

 流石にあの二人が加わればすぐに片が付くと思っていたんだが、流石はピクト人の親玉というべきか一筋縄ではいかない。

 斬られる度に強酸性の血をぶちまけ、武器を失くしたら爪と牙で応戦するという完全に人間を止めてる戦法を取って来る。その内インナーマウスとか出してくるんだろうか。

 増々宇宙ゴキブリの異名を持つエイリアンと同種疑惑が浮上して来た敵の猛攻に晒され、最初に二刀流兄弟の弟の方が負傷し、次に駄騎士党イエスナイト部隊筆頭格のお日様騎士が昼頃を過ぎてしまったせいかダメージを遮断出来ずに吹っ飛ばされ、吹っ飛んで来たお日様騎士が激突してきたことで俺も暫く悶絶する羽目に。不幸だ。

 

 戦況は最悪な方向に転がって行き。形振り構っていられなくなったアルは最後の手段として選定の剣に備わっている最大の攻撃手段、簡単に言えば魔力レーザーをぶっ放す機能を使った。カリバーンが放つ光を一つに束ねて照射する機能を全霊の魔力を込めて放ったのである。

 吸い込まれるようにしてピクトキング(仮)に飛んでいくレーザーは、奴が防御に回した手をすり抜けて直撃した。

 直後にピクト人の五体が木っ端微塵に砕け散り、危うく体液を浴びかけた俺を冷や冷やさせながらもアルは勝利をおさめた。

 周りに敵が残っている現状で勝鬨をあげるアイツの姿は正直なところらしくなくて違和感が大きかったが、その場のノリで誤魔化さないといけない状況に陥っていたからこその行動だったのだろう。

 

 少し話は変わるが、アルの持つ選定の剣カリバーンはそんじょそこらの剣とは比べものにもならない名剣ではあるものの、決して戦闘用に作られた代物ではない。あくまで王を選ぶ為の儀式に用いられる物。即ち“儀礼用”の剣なのだ。

 だから兵器として使用する際の出力や強度は初めから戦闘用に作られている聖剣とか魔剣の類には遠く及ばない。

 そんな物に竜種の機能を付加されたアルの膨大な魔力を注ぎ込んだらどうなるのか。それはアイツの足元に散らばる選定の剣だった残骸が物語っていた。

 

 

 王にしか扱えず、その資格を持たない者が振るえば折れるという選定の剣が砕けた。それは見方によってはアルが王としての資格を失ったと受け取られる可能性もある非常事態。

 知れ渡ればどのような混乱が巻き起こるのかは一々説明しなくても分かるだろう。盲目的に着いて来る奴も割と多そうなのが何とも言えない所ではあるが、大っぴらに広まって良い類の話ではない。例えそれが誤解であったとしてもだ。

 俺は騎士達に誤解が広まらぬよう目撃者を洗い出し、事の口外を禁じた。間近でそれを見ていたあの兄弟は素直に俺の言葉を聞き入れ、協力を申し出て来た。もう一人にも何か言った気がするが割愛する。答え何て分かり切ってるし。

 俺達は三人がかりで目撃者を探し、その殆どが親玉を失っても暫く戦いを止めなかったピクト人の手に掛かっていた事実を知った。それを喜ぶのは人としてどうかと思うが、一先ずは安心だ。

 

 今の所は変な誤解が広まっていないことは分かったが、このままでもいられない。

 大将なんだから後方で大人しくしてて欲しいのに毎回先陣切って敵に突撃かますアルは今後も続く戦場で剣を振るう姿を敵味方問わず何度も目撃される事になるだろう。

 そこでカリバーンを使わずに戦い続けていたらどうなるか。何故王の証である選定の剣を使わないのかという疑問が騎士達に生まれ、やがてそれがカリバーンを失ったからではないのかという推測に繋がるくらいにはこの時代の噂話も中々の飛躍っぷりを誇っている。

 事実は異なるが、一度噂になったことは例え間違いでも世間の中では本当の事になる嫌な風習だ。

 前世でもマスコミが芸能人とか政治家のある事無い事を報道した結果、尾ひれに加えて羽まで生えそうな勢いで誇張され、大分後になって『あの噂はデマだった!?』的なテレビ番組でお茶の間に放送されるのと同じ原理である。

 

 ここで適切な対処とカバーストーリーの作成を迅速に行わなければ、ありもしない噂話がドデカいスキャンダルに発展していく恐れがあった。

 戦後の損害把握と欠けた分の戦力の補充や負傷者への対応、辛勝に伴う周辺諸侯の評価と動きの情報収集、様々な事に目を光らせておかなければならない現状で更に火種刈りの仕事まで加わった。もうゴールしてもいいですか?駄目ですよね~分かってますよクソッタレ。

 

 とりあえずアルには俺が即行で作った『カリバーン(仮)』、略して『仮版』を渡した。実物には劣るがアルが持ってる分にはカリスマ補正で多少は輝いて見えるだろう。あの駄騎士連中なら最低限見た目だけ取り繕ってれば疑う事すらしない事は今までの経験で理解してる。

 それはそれで悲しいのやら腹立たしいのやらで釈然としないものの、今は助かるんだから目を瞑っておこう。何せ問題は根本的に解決しちゃいないんだから要らんことを気にしてる余裕は無い。

 

 確かに仮版は見た目だけならそっくりだし俺が錬金術と魔術の知識と技術を集結させて作った一品だが、所詮は贋作の聖剣だ。これから更に激化していくであろう戦いに耐えられるとは思えないし、確実に性能不足である。

 更に、アルが不当不滅の理想の王であることの条件として不老不死と言う無敵性があった。今まではカリバーンが持つ力がこれを担っていたのだが、生憎と現在その効果は聖剣の喪失と同時に失われてしまっている。

 俺としては不老不死の特性のせいで妹がいつまで経ってもちんちくりんなのは納得がいかない。このまま女性らしく健やかに育っていってほしいという願いはあった。

 だがこのまま成長していくと、その内確実に性別を偽れなくなるという確信があった。何せアルは今より更にちんちくりんな頃から一目で将来とびきりの美人になると分かる程の美少女なんだから、流石にウチのアホンダラ共でも女っぽい美少年だとか思えなくなるだろう。

 それを避ける事は、確かに臣下としては正しい行いであり、アルの身分詐称を隠蔽する為には必要な措置なのだろう。やっぱり納得は出来ないが。

 

 兎に角、不老不死に関してもそうだが単純な武器として性能面でもより良い物でなければならない。

 事実、カリバーンですら最近はアルの魔力に晒されるたびに軋んでるような状態だったのだ。ここいらで本格的にアイツの武器として相応しい強力な得物じゃないと、王の資格云々以前に、その内勝手に砕け散る羽目になっていただろう。

 

 そこで登場したのが我がクソ師匠ことマーリンだった。

 普段は正しく便所の鼠のクソにも匹敵するような下らんことしか言いやがらないが、今回に限っては割と真面目な様子でアルに相応しい武器に心当たりがあるという話を持ち掛けて来た。

 とは言え、此奴の普段の悪ふざけっぷりを知っているだけに俺とアルは全く同じタイミングで全く同じ胡散臭そうな顔をした。事実俺はつい最近コイツの悪ふざけで半日ほど性転換させられるという地獄を見せられた。

 

 アルが女であるという根本的な問題点を解消する為とか、そんな話に乗ってみれば『おおっと手が滑ってしまった~』だのと棒読み台詞と共に良く分からんビームを撃って来やがったのだ。その時の奴の表情は実に楽しそうだったから忌々しい。

 ビームが命中した直後、自分の身体が自分の知るものでなくなっていた感覚をこの時代に生まれた時ぶりに味わった。

 俺は一生忘れられない衝撃を受け。そして何故か女にされちまった俺の姿を見たアルまで精神的なダメージを受けて事態は無茶苦茶なことに。

 最近酷くなって来た肩凝りへとダイレクトに追い打ちをかけて来る重量感と半日の間とは言え突き合わねばならず、その上仕事を滞らせるわけにもいかなかった為に女の姿のまま財政と物流と人事と軍備と情報収集と土地の整備の管理を人目につかないように注意しながら処理する羽目になったのだ。

 

 その様子をご自慢の千里眼で観察してやがった碌でなし魔術師の行為を未だに忘れていない俺とアルは表情の動きが完全にシンクロしていた。それが面白かったと言うマーリンの爆笑していたのが更にイラッと来た。そのカラフルヘアーを火炎放射でアフロにしてやろうか。

 あの愉快犯魔術師を愉しませることになったのは癪だし思い通りになるのも甚だ不愉快ではあるが、奴はアルが新しい力とかを得る分には割と真面目になるからこの手の話に嘘は無い。

 2時間ほどの話し合いの後にそう結論付けた俺達は妖精が住むという湖に向かう事となった。

 

 

 アルとクソ師匠と俺は三人だけで森に入り、俺だけが獣やブリテンゴキブリの一匹も出やしないかとビクビクしながら奥へ奥へと足を進めた。

 俺としてはさっさと貰う物貰って帰りたいのが本音だった。

 必要な事とはいえ、俺とアルが抜けたら冗談抜きでウチの軍勢は完全に活動がストップする。半日も放っておいたら両手と足の指を総動員しても数えきれない不手際やら何やらが積もっていくのだ

 クソ師匠は気を張り過ぎてるとか文句言ってきやがったが、色んな心配事で気が気じゃないんだから多少カリカリしていようが文句を言われる筋合いも無いと突っ撥ねてやった。

 そのまま更に嫌味の一つも言ってやろうとした時、突然目の前の風景が切り替わり、青いと言うよりも透明という表現すら出来る程に澄んだ湖が現れた。

 暫くその場に突っ立ったまま呆けていた俺は湖のほとりに立っていた女に話しかけられて漸く我に返った。まぁ女が話しかけたのはアルだけだったんだろうけれども。

 

 女は『貴方が落としたのは金の聖剣?それとも銀の聖剣?』なんてアホな事を聞いたりせず、鞘に収まった一振りの剣を手渡した。鞘が妙にデカいと思ったのは内緒な。

 アルが鞘から剣を抜くと、周囲を木によって囲まれているせいで若干薄暗かった周囲の景色全体を照らす程の金色の光が刀身から放たれ、思わず目を瞑る程だった。

 それこそが地上の星にして最強の聖剣エクスカリバーだと語った女はアルにしか聞こえない声量で二言三言何かを語った後に霧のように姿を消した。妖精って幽霊みたいなもんなのか。

 

 

 こうしてアルはカリバーンの代わり…というかもっとヤバい得物を手に入れた。

 新しい選定の剣以外の武器を使い始めた事について騎士達には、大苦戦を強いられた前回の戦いの反省からより強い武器を求めた結果、王は湖の妖精から新たな聖剣と不老不死の力を与える鞘を与えられたのだという噂を先に流し、後にアルの口から直々に騎士達へ語らせた。

 要するに『カリバーンは失くしてないけど前回のピクト人でも楽々倒せる武器が必要だと思ってたら湖の妖精が聖剣くれました。こっちの方が強いからカリバーンはお蔵行きになっただけ』という受け取り方をされるようある程度調整を入れつつ先んじて噂を流し、後に本人の口から噂と同様の情報を流すことで真実味を持たせたのである。

 

 何度も言うようだが噂とは真偽は問わず広まった時点で本当の事と世間では認識される。その性質と、王の事に関しては耳障りの良い話題限定でポジティブシンキングになるアホ騎士共の心理を逆手に取りカリバーンが折れたことと、それによる王権の喪失という誤解の発生を起こり得なくしたのだ。

 言葉にすれば単純な事なのに、いざ実行に移すとなると死ぬほどしんどい作業の連続だった。

 まず事の顛末を知っている二刀流兄弟に噂を流させて、どのように広まっているのか変な発展の仕方をしていないのかさり気無く観察して最後にアルに演説させるタイミングをうまい具合に見計らう。

 誤解を引き起こさない為の措置なのに情報統制してるみたいで悪代官にでもなった気分だった。

 

 アルとしては騎士達を誤魔化すような真似はしたく無いのだろう。本当の事を一から十まで詳らかにすべきと最後までごねられた。

 その言い分も分かる。事実、この情報操作だって考え方によっては無駄な事でしかない。放っておいても都合の良い解釈をしてくれる期待を持てる程度にはどいつもこいつも幸せな精神構造してやがる。

 だが人間の心理とは必ず何処かに捩じくれた部分を持っているもので、それはあの見た目だけなら格好のついている騎士共にも言える事だ。

 

 戦乱の只中に在り、未来に光明の見えないブリテン。そんな絶望の只中で戦っているアイツらが自分達を率いる人間を拠り所とし、その素行や言動に対して過敏な反応を示すことはある意味当然の事である。

 前回の戦いでも他の騎士と連携した王ですら苦戦させられる程の敵が現れたのだ。もしかしたらこの先もあんな相手と戦わなければならないのかもしれない。その時、王は勝つことが出来るのか。

 盲目的に付き従う輩が多いと前に言ったが、そういう奴ほどちょっとした失敗や醜聞が致命的な疑心と失望へと繋がる恐れがある。

 

 アルは理想の王として在ろうとしているのと同時に、その姿に憧れ付き従う騎士共の思う理想を押っ付けられた状態にあるのだ。常に先頭を走り続ける為には奴らの思う“完璧な王”であり続けなければならない。

 だからちょっとした失敗や悪い噂ですらも押し付けられた理想をぶち壊すには十分だ。

 何せ完璧な王なのだから失敗何かする筈がないし、してはいけない。失敗するならそいつは完璧な王ではなく、理想の王も偽物だ。奴らはそう判断する。

 

 そんな馬鹿げたことをたった一人の人間に願う腐れ畜生のファッキンナイト集団には百回殺しても晴れない怒りを覚える所だが、当のアルが奴らに望まれるでもなくそのように生きようとしてやがるんだから嫌になる。

 昔からちょっとした失敗だけでも大袈裟に落ち込む悪癖のあったアイツが、そんな綱渡りをしているなんて見てられないなんてものじゃない。

 

 事実、アイツはカリバーンが砕けた時、俺がその理由について何度説明を入れても心の何処かで『自分が王としての資格を失ったのでは?』という疑念を抱き続けた。理想の王としての在り方を貫けない自分の情けなさに死ぬほどの衝撃を受けていた。

 俺から受け取った贋作の聖剣で戦場を駆ける時も、いつバレやしないかと俺以上にビクビクして、他人の目が無い所で青ざめる毎日を送っていたのだ。

 あんまりにも見ていられなかったものだから下手くそな木彫りの、鮭を捕る小鳥なんかを作ってやったくらいだ。何で鮭を捕る小鳥なのかって?ググれ。

 

 ただのつまらん誤解ですらこんなことになってるんだから本格的に悪印象が広まり始めた時にはとうとうアルは潰れてしまうのではなかろうか。

 そんな未来が現実になるのが恐ろしいからこうして火消しと火種刈りに勤しんでいる。そのお蔭で今回の騒ぎも結果的に良い方向へと収束していった。

 

 『王には湖の妖精の守りが加わり、更に星の聖剣の力も合わさったことで無敵性に拍車が掛かった。これで王に敵う者も阻める者もいない』と騎士共は口々に王を称え、誇った。

 アーサー王の輝きが際立つほどに、騎士共は王の放つ光に目を眩ませる。そうすれば余計な所に目が行く心配はないのかもしれない。

 士気と共に視野が狭まっていくこの現象は危険な兆候だが、騎士道精神と戦の誉れが尊ばれるこの時代に於いて、勝ち続けることと強さを求め続けることを止めては人々の希望になる事など出来ない。

 尋常な人間では、尋常ではない絶望に包まれたブリテンの人間は希望を抱かない。卑王ヴォーティガーンの引き起こした混乱は、荒んだ人々に人の中に在って人を超えた力を持つ救い主を求めさせた。そんな望みの体現がアーサー王だ

 だからアルは騎士共に弱みを見せられない。失敗できないし、失望されるわけにもいかない。変な噂を立てられるだけでもアイツにとっては大ダメージになりかねない。

 そうさせない為に俺が動いたのだとしても、結果的にそれが理想の王としてのハードルを余計に高める結果になっている現状に焦燥ばかりがつのっていった。

 

 そうする以外に無いとは言え、何れ確実にこの流れは破綻する。

 この悪循環が齎す結末は決まっている。俺が知る数少ないブリテンの未来の情報であり、アーサー王伝説の顛末。即ち内部分裂による国家の崩壊だ。

 誰かが裏切ったとか他国からの干渉があったとか、詳しい事は分からない。しかし確実にその結末へと至る土壌は出来上がりつつある。多分俺がいてもいなくてもそれは変わらなかっただろう。

 アルは理想の王であり続けて、自分の未来を自分なりに考える事を止めた騎士や国民共は、盲目的に王を信じ縋った果てに自分達の信じたものが望んだ理想の形を示さなかった事に失望する。

 そしてこれから起こるであろう事象の責任を押っ付けるだけ押っ付けて離れていくのだ。

 

 

 初めはただ新しい剣を取りに行くだけの話だったのに、聖剣を掲げるアルの姿に熱狂する馬鹿共を遠目に眺めて、俺はどうしようもない結末を垣間見た。

 更なる栄光、名声、戦功、力を手に入れる王へと絶対的な信頼を置いているように見える此奴らが最期にアルへと送るのは不義と不理解だ。俺が先んじてそれらを引き受ける決意を決めたのも丁度この頃だったと思う。

 アルが光を放つのなら、俺はそこから生じた影を呑み込み踏み砕いて行く。

 

 きっと大勢の人間を殺し、恨まれる羽目になる。

 大抵の人間には認められないだろうし嫌われることは間違いない。

 それが平気かと言われれば嘘でも肯定出来ないだろう。何せ俺はそんなに強くはないんだから。

 ただ往生際が悪いだけ、それだけの事でここまでアルに着いて来た。

 アイツの意思を変えられなかったからには俺に出来るのはアイツの味方であり続けることだ。

 それがだけが、あの馬鹿妹を孤独から救ってやれる唯一の手段だと信じていたから。それで精一杯だったから、俺は肝心な事に気が付けなかったんだと思う。

 

 アルの側にいてやれるのが俺一人のままじゃ、俺がいなくなった時は誰がアイツの側にいてやるんだって。

 俺だけでアイツを支える為とか突っ走っても俺が倒れたら元の木阿弥だって、気付くのが遅すぎたんだ。

 




《本編補足》

【ヴォーティガーン】
通称卑劣様…じゃなくて卑王様。
ブリテンを救う赤い竜の化身とかいうアルトリアとは対照的なブリテンを滅ぼす為に誕生した王様。
アルトリアの軍勢を一瞬で蒸発させてガラティーンもエクスカリバーも通用しなかったモノホンの化け物。最終的に槍トリアのメイン武器であるロンゴミニアドで倒される。
怪獣化するとデカイ竜なのだが、中身はヨボヨボの爺さんでGOAでも死に際に呪いを残していった。
ある意味アルトリアが王様になったのはコイツを倒すためだったとも言える。程に強大な敵だったらしい。
因みに父親の仇なんだがアルトリアには終始仇討ちとかの意思は無かった。ウーサーェ…


【湖の妖精】
エクスカリバーの元の持ち主。
アーサー王伝説にもちょくちょく登場する人で複数人いる模様。
エクスカリバーもそうだがガラティーンとかアロンダイトとかの物騒な代物を持ってるという客観的に見ると恐ろし過ぎる人達。ケイ兄さんに対しては基本的に無関心。


【魔力レーザー】
 カリバーンが持つ最大の攻撃法。fate/goでは黒ひげの発言から半ば公式ネタとなりつつある対男性宝具。金色のレーザーが丁度敵サーヴァントの股間を打ち抜く光景に微妙な気分にさせられたマスターは多い筈。


【仮版】
 砕け散ったカリバーンの代わりにケイ兄さんの作った贋作のカリバーン(仮)、仮バーンとも言う。
 ケイ兄さんの持てる技術を総動員して作られた贋作にしても強力な剣であり、元々戦闘用に作られている為か単純な武器として使う分には真作よりも使い勝手が良いと言う。
 単純に頑丈な剣であると同時に所持者にある程度の回復魔術を掛けてくれる。


【ピクト人】
兜やマーリンの口から語られるまで謎に包まれていた化け物揃いの円卓ですらてこずるBANZOKU。
マーリンの発言からするに竜種や巨人、妖精等の幻想種と同列の不思議生物で、ケイ兄さんの胃SAN値に最も多くのダメージを与えたエイリアン。
本作においては火星ゴキブリと映画の方のエイリアンを足して割ったような怪物で、兵隊ピクト人と、アルトリアに股間を吹っ飛ばされた幹部ピクト人と、少数のピクトクィーンが存在し、長らくケイ兄さんの胃を苦しめ続ける事になる。


【サクソン人】
本土から領土欲しさに何度でも押し寄せてくる知恵を持った“人間”
ある意味幻想種よりもタチが悪い連中でケイ兄さんの胃痛の種その2でもある。
神代の空気が残るブリテンに現代法則を運ぶ役割を世界から与えられた勢力で、こいつらがブリテンを侵略するにつれて土地や空気まで現代色に染め上げられて行く。
侵略されないとブリテン島が豊かにならない酷過ぎる状況が型月クオリティ。


【二刀流兄弟】
円卓結成前にアーサー王に仕えていた騎士にしてアーサー王伝説中最大の踏んだり蹴ったりに会い、とんでもないうっかりをやらかしてしまった人。
兄の渾名が『野蛮』『蛮人』と言うバーサーカー認定を受けており戦場では二刀流で大暴れしていたんだそうな。
本作に於いては、兄は戦場でこそ大暴れっぷりを見せるが、それ以外では温厚で優しい性格をしているホンワカ系のイケメンで何気にアルトリアが女である事にも気付き心配していた数少ない常識派。
弟は兄ちゃん大好きな血の気の多い若造で何処と無くサスケェっぽさがある。
常識派だった為かケイ兄さんとも波長が合い友達になる。そのつながりでベディ坊やとも親交があった。
頭の良い方では無いが頭が硬い脳筋でもなくケイ兄さんの献策にも理解を示してくれる良い人。
子供の頃、見知らぬ女に母親を惨殺された過去があり、今も仇を追っているんだそうな。
実の所、この二人を題材にした作品を作ろうかと思ってたくらいにはアーサー王伝説中で作者のお気に入りの人だったりする。


【性転換】
モルガンがアルトリアに使用した魔術と似て非なるもの。
マーリンが悪ふざけでケイ兄さんに使ったところ、身長180cm越えの吊り目でロングヘアー、そして3桁代に届きそうなほどの胸部装甲をお持ちのナイスバディ、通称“ケイ姐さん”が爆誕した。
ケイ兄さんに取っては忘れたい黒歴史でもある。

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