型月に苦労人ぶち込んでみた   作:ノボットMK-42

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 前回は久々の更新で色々とアレなネタを入れてしまって申し訳ありませんでした。
 今回出るキャラは原作でも殆ど触れられないままの人なので人物像の大半が作者の想像と陰謀と愉悦回路から捻り出された名状し難い何かなのでどうかご了承下さると助かります。


第10話 魔女のはなし 1

 生まれた時から私は周りと違っていた。

 生まれる前から違った人間になる事が運命づけられていた。

 

 自分が当然のように出来る事が周りの人間には出来ない。出来ないことが出来るようになるのが私以外の人間は圧倒的に遅い。

 最後の神秘の宿る島には外の常識と照らし合わせれば明らかに異常な力や資質を持った人間が多く生まれるという。

 だから優秀で当然、出来て当然であると思っていたし、寧ろ出来ない方がおかしいのだと考えていた。

 

 だが現実は違った。

 あらゆる事柄に於いて皆私よりも出来ない、私のように優れていない、ブリテンの外にいる劣化した理の中で生きる人間と何ら変わりない。

 それが途轍もなく奇妙な事に思えて、そんな風に思う私を周りの人間は逆に奇妙な物を見るような目で見た。

 その視線が私は耐え難い程に嫌だった。不快で堪らなくて、嫌悪感がいつも全身を駆け巡り、粟立った肌を人目も憚らずに掻き毟りたい衝動に襲われた。

 

 だから私は人の輪から一人だけ外れる事にした。

 そうすれば嫌な視線を向けられずに済むと思ったからだ。

 

 結論から言うと私の行動は思った通りの効果を齎し、同時に望外の事実を気付かせることとなる。

 人から離れて、それまで周りにいた人間達を遠目に眺めてみると、やはり誰も彼もが私よりも劣っていた。

 一人か二人は物事を私と同じように出来る人間がいると思っていたのに、そんな人は周囲を見渡しても一人としていなかったのである。

 

 そこで私は漸く気が付いた。

 周りの人間が出来ないのでも劣っているのでもなく、私があまりにも、それこそ人間離れしている程に優秀に過ぎたと言うことをだ。

 

 そう思うとたちまち私を強烈な疎外感が襲う。

 私はそうしようとする意思の有無に関わらず、誰よりも賢く、誰よりも先を行く人間として成長していく。

 私が知恵を絞れば周りの人間にとっては理解出来ない次元の思考となり、導き出した答えは天から降って来たように突拍子もないものとして受け止められる。

 技術や知識の探求者達と向き合えばすぐに並大抵の人間を超える業を身に付ける事が出来、生涯を賭けても辿り着けなかった難題の答えにすぐさま辿り着いては嫉妬と畏怖の感情を向けられる。

 

 誰もが優秀過ぎた私を称えると同時に恐れ、嫉妬し、自然と距離を取って行く。

 理解出来ない解答を突き付けられることで、自分の努力が否定されるような感覚を覚えるほどに私が力を得ていく様を見せられることを誰もが忌避したのである。

 

 私は別段他者に害を及ぼしたことも無ければ悪意ある行いを為した覚えもない。

 なのにどうしてこんなにも孤独でいなければならないのだろうか。

 

 日に日に自分の心が荒んでいくのが分かる。

 誰も私を理解出来ず、同じ認識を持てず、同じ世界で生きる事が出来ない。非効率な考え、大したことの無い力、下らない虚栄心、薄っぺらい執着心。

 周りの人間が頼りにしている物が、見ていて目が腐る程に醜く、近くにいるだけで鼻が曲がりそうになるほどに臭く感じられるようになった。

 

 だから私は人に歩み寄る事を完全に止めた。

 どうせ不愉快な思いしか抱けないのならば、初めからそんな連中と関わり合いにならなければ良い。

 

 そうして私は余計に孤立して行った。

 だが、私は自分が孤独とは思わなかった。当時の私は漸く自分と同じ存在がすぐ側にいたことに気が付いたのだ。

 

 その存在とは私の父、ウーサー・ペンドラゴン。

 一国の王にして、人間離れした人間。あらゆる面で他者より優れた、強く賢い私の同類だ。

 

 私と認識を同じくすることが出来る人間がいる。

 その人間が私と血縁と言う絆で結ばれているという事実を実感した時、私は踊り出したくなるほどの多幸感を覚えた。

 

 父は私の力を認めてくれた。

 父は私の考えを理解してくれた。

 父は私をただの人間として扱ってくれた。

 それまで私と異なるが故に私を疎み、人ならざる魔女を見るかのような目を向けて来た者達に囲まれた日常とは比べるのも烏滸がましいほどの幸福な日々だった。

 

 当時、父はブリテンに君臨する王の一人として、各民族を統べる他の王達の結束を乱し、神秘の島を混乱の只中に突き落とした卑王ヴォーティガーンを討つ為の試行錯誤の最中だった。

 最後の神秘の島であるブリテンを守る為にブリテンの国を、そこに住まう人間を滅ぼし尽し、ブリテンを外界から隔絶された秘境に変えるべく魔王となった白い竜の化身。

 各部族が持てる全ての軍勢をぶつけようとも揺らがすことすら叶わない正真正銘の魔性。それを討ち果たす戦いに父もまた日夜心血を注いでいた。

 

 その最中、父は憂いを含んだ表情で私にこう告げたことがあった。

 

 

『卑王ヴォーティガーンは強大極まる敵。例えどれ程の力を誇ろうとも、人間の範疇に収まる内には太刀打ち出来ぬだろう。

故に恐らく私では卑王を討ち取る事は叶わぬ。挑めば間違いなく命を落とす。

そうなれば、私の後を継ぐ者が必要になる。私の後継として卑王を討ち、ブリテンを統べる王となるべき者が』

 

 

 私は父が死を覚悟して卑王に挑む事に心を痛めると同時に、父の言った“後継”が自分であると瞬時に直感した。

 自分と同じく人並み外れた才覚を持つ私に卑王を倒しブリテンの王になれと、父が私にそう言ったのだと考えて疑わなかった。

 

 父が遠からず死を迎える事は私にとって唯一の同類を失う事を意味し、それは耐え難い苦痛を齎すだろうことは容易に予測出来た。

 それでも私には父を止める権利も無ければ術も無く、最後の戦場へと赴く父の背中を見送る事しか出来なかった。

 

 そして予期した通り、最も優れた王は卑王へと果敢に挑むも力及ぶ事無く敗れ去り、ブリテンより永遠に姿を消した。

 

 父の訃報を聞いた私の胸の内には空虚な感覚が吹き抜け、喪失感は心臓を抉り出されたような苦痛を与えた。

 覚悟の上であっても耐え難い苦しみに三日三晩苦しみ続け、食べ物も喉を通らず一週間と経たずに酷くやつれ果てたことを自覚した頃、漸く私の心は一先ずの再起を果たした。

 

 私には絶望に沈む暇など無い。

 父の遺言に従い、託された物を受け継ぎ、父が成し得なかったことを成して新たな王として君臨する。

 その使命の為に、私は折れかけた心を繋ぎ合わせて立ち上がった。

 

 

 

 だが、決意を新たにした私を迎えたのは予期した輝かしい未来などではなかった。

 

 

 

 父の後継者として選ばれたのは何処からともなく湧いて出た小娘だった。

 私の知らない所で父とマーリンと、父の信頼厚き臣下の間で進められていた“理想の王”を作る計画の成果、人間離れした王の血を継ぐ、人間ではない王の化身。

 

 とどのつまり、私は選ばれなかったのだ。

 

 考えてもみれば当然の事である。

 人間離れした父ですら倒せなかった卑王を倒そうというのに、同じく人並み外れた私などでは役者不足であるのは当然だ。

 もっと強い王、それこそ卑王を超える程の怪物でなければ暗黒時代の只中にあるブリテンを救う事など出来るわけがない。

 私が父の立場だったのならば当然のようにそう考えるだろうことを、当時の私は自分の都合の良いように勝手な解釈をしていただけだ。

 

 だからこうなったのは仕方の無いこと、私が愚かだっただけの話なのだと必死に自分に言い聞かせて、それでも結局納得することなど出来はしなかった。

 

 だっておかしいじゃないか。

 父を一番理解していて、父の想いを一番よく知っていて、父に一番近い私ではなく、父の想いも何も全く知らないであろう小娘が選ばれるのは。

 

 あんな小娘よりも私の方がずっと上手くやれる、王として優れた治世を布くことが出来る。

 つい最近までそこらの町娘と変わらなかったような奴がどうして父の愛を、期待を一身に受け、遺されたものを受け継ぐに相応しいと言えるのか?

 

 私の方が強い、私の方が賢い、私の方が優れている、私の方が相応しい。

 

 なのにどうして?

 

 どうして?

 どうして?

 どうして?

 どうして?

 

 その時、私を苛んだのは失意か絶望か。

 私と言う人間を保つ唯一の支柱を横から掠め取られ…否、初めからそんな物が手元に無かった事を思い知らされた私の心は、一度繋ぎ合わせた場所からバラバラに砕け散った。

 

 父との繋がりは父の姿を見たことも無ければ声を聞いたことも無い、父の考えを理解している訳でもなければ共感もしていない見ず知らずの妹の物となった。

 それの意味も重みも理解せず、魔術師や騎士達に刷り込まれた“正しさ”の為だけに突き進む愚かな小娘なんかに私の宝物になる筈だった物は奪われた。

 

 私が欲しかった物を、私が求めたものを。

 あの小娘が、あの小娘が!あの小娘が!!あんな小娘なんかが!!!

 

 許せるはずがない。

 私にとって父は全てだったのに、その父が死に、唯一残された遺産も私の物にならないなんてまるで悪い冗談だ。

 

 悪夢ならば早く覚めてほしい、出来得ることなら力づくででも取り戻してやりたい。

 だが最早どうすることも出来ない。

 妹が王座に就くことは予言され、ブリテンに広く知れ渡っていた。

 選定の剣を抜いたことで大衆は王の誕生を直に見ているのでは今更異を唱える者など居ないだろう。

 妹自身に何か仕掛けようにもマーリンの庇護下に在っては手出しなど出来る筈もなく、下手な真似をしても王を妬んだ間抜けな女が返り討ちに会う喜劇が出来上がるだけ。現状が正にそれであるのも事実ではあるが。

 

 つまるところどうしようも無かった。

 父が死地に向かうことを止められなかったように、私にはこの理不尽な現実をどうにか出来るだけの権利も資格も手段も無く、嘗て抱いた決意と展望は此処に夢幻と成り果てた。

 

 私は重く圧し掛かった絶望を忘れる為に半ば自暴自棄とでも言うべき行動に走った。自己破壊的な行為と言っても良い。

 ある時は魔術や錬金術に没頭し、あらゆる知識を気絶する寸前まで収拾し続けた。

 ある時は中途半端に学を噛んだだけの連中による中身の無い弁論を完全に論破して圧倒的な知識と能力の差を見せつけて優越感に浸った。

 ある時はそこいらの男を誘って毎晩のように快楽を貪った。

 ある時は嘗て夜を共にした男や、妻となってくれなどと下らない申し出を入れて来た連中の愛情や欲望を煽って翻弄し、最終的には身を滅ぼすように仕向けてやった。

 

 多くの人間が私によって自分の無力さと愚かさを思い知り、誰もが私に嫉妬と畏怖の感情を抱く。

 自分が周囲の人間よりも圧倒的な上位の存在であるという、まるで自分が“王様”にでもなったかのような虚栄心を満たす為だけに、私は人の自尊心や愛情、成果や幸せを踏みにじり続けた。

 だが私の抱いたものがその程度の事で埋まるような浅い空虚な筈がなく、胸の穴から伝わる虚無感は日に日に大きくなってゆくばかりだった。

 

 求めていたのはこんなものではないのだと、魂が騒めいているのが分かる。

 耳元で絶叫が上がっているかのように煩くて夜も眠れず、必死に耳を押さえて『煩い黙れ』と叫び散らしながらのたうち回り、叫ぶ力も無くなって漸く気絶するようにして眠りにつく。

 

 そんな日々を過ごして幾年か経った時のことだ。

 私は、王となる為の修行の旅から帰ったという妹を迎える催しに他の姉妹と共に呼ばれていた。

 初めは何かと理由を付けて辞退しようと考えたが、どうせだから憎たらしい妹に呪詛の一つも吐いてやろうというしょうもない悪意が参加を決意させた。

 

 あらゆる魔術の知識を貪った私は日常的な会話ですら呪いの呪文に変えられる。

 さり気無い会話の最中に悪夢や怖気に襲われる呪いでも掛けてやれば丁度良い嫌がらせくらいにはなるだろう。

 大の大人でも下手をすれば発狂する程度のしょうもない呪詛だ。理想の王であらせられるお方からすればそよ風のようなものだろうとも。

 そんな事を考える自身の顔が酷く醜く歪んでいることにも気づかぬまま、私は長旅から戻った妹と他の姉妹たちが集う屋敷に足を運んだ。

 

 胸中に渦巻くのは妹の悪意と穢れを知らないような小娘の相貌が苦痛に歪む様である。

 私は黒い喜びに胸を躍らせていた。しかし屋敷に辿り着いた私から、そんなちっぽけな欲求は跡形も無く消え去る事になる。

 

 

 

 屋敷に到着した私は妙な男と鉢合わせになった。

 平均的な成人男性と比べても大分長身なその男は、何時だったか噂に聞いた妹の義兄とかいう人物だった。

 

 妹を育てたエクターの実子であり、幼少期を共に過ごした相手。

 そして選定の剣を妹が抜いた際にそれを横から掠め取り、自分こそが王であると吹聴した間抜けな男。

 これだけ聞けば名誉に目が眩んだだけの取るに足らない小物の類でしかない。

 事実、隠された大器とか才覚があるのでもなく、目の前の男は図体だけ大きい凡夫の類であることは間違いない。

 

 私はケイと言う男を、これまでも一歩引いた所から見て来た下らない凡人共と同じ代物だと判断した。

 

 だが、妹は幼少期から共に育った義兄を心の底から敬愛し、全幅の信頼を寄せていると言う。

 巷の人々は王位を掠め取ろうとした義兄を許し、変わらず重用するアーサー王の慈悲深さと懐の深さへの称賛を口々に噂している。

 

 だが私からしてみれば、欲望のままに不義を働くような相手を薄っぺらい情のせいで切り捨てられない妹は単なる甘ったれでしかない。

 血の繋がりも無く、ただ幾らか同じ時間を過ごしただけでこの先大して役に立つはずもない有象無象を身内だからと侍らせているなど、物好きを通り越してただの愚か者である。

 大きくて重たいだけの石くれを道端から拾い上げて大事そうに抱えて歩いている妹を内心嘲笑った。

 

 だが論理的に考えた事実はどうあれ、妹がこの男を敬愛し、今後も重用して行くつもりでいる事は確かだ。

 ならばこの男がどのような人物なのだとしても、妹にとってはさぞかし大きな存在であるのだろう。だから私はこう考えたのだ。

 

 そんなに大事な人間が無様に苦しみ壊れていく様を見たら、果たしてどう思うのか。

 

 さぞや嘆くのだろう、苦しむのだろう、悲しむのだろう。

 所詮こんなものは踏み砕いた石ころの破片を頭から振りかけてやる程度のつまらない嫌がらせに過ぎない。

 私の望んだ物を横から掠め取っておいて、この程度の報復ですませてやろうというのだから寧ろ寛大に過ぎる程である。まぁ、今回だけで済ませるつもりなどないのだけれど。

 

 そうと決まればまずは目の前の男だ。

 これまで散々弄んで来た連中と同じく、ほんの少し色香を吸わせてその気にさせれば一瞬で篭絡は完了する。

 そう確信して疑わず、男と擦れ違う直前に鈴の音のような澄んだ声色で『お待ちになってください』と短く呼びかける。

 

 すると、相手は何の用かと不愛想な表情と声で此方の呼びかけに応える。

 いつもの男と比べると些か硬い応答だったがこういう堅物と会った経験が無いでもない為、然して動揺することも無く話を切り出した。

 と言っても妹の旅の供として力を尽したことへの感謝だの、噂で聞いていたよりも逞しいだの、貴方のような屈強な騎士は見たことが無いだのと、心もない言葉を並べ立てただけだ。

 

 これが普通の人間同士の会話だったのならばつまらない世辞などさっさと止めさせて本題を促す所だが、既に相手を堕とす姿勢に入っている私の言葉には術など行使せずとも男の脳髄を蕩かす魔力が宿っていた。

 耳にしただけで頬は紅潮し下品で粗末な部位がいきり立ち始める程の効力を持つそれを真正面から受けた男の口が即座に開き、返答を述べ始めた。

 

 

『何とも…そこまで褒め称えられると照れますね。

それを言うならば貴方のようなお美しい女性はこれまで見たことがありません。月並みな表現になって大変恐縮ですが、人を外れた美貌を持つ妖精ですら貴方の前では恥じらうしか無いでしょうなぁ』

 

 

 そんな事を言ってくる馬鹿な男に私は内心で侮蔑の笑みと罵声を浴びせてやる。

 所詮はこんなもの、さてこれからどのようにしてくれようか、少なくとも自分から死にたくなる程度まで貶めてやるくらいはしなければ話にならない。

 早速目の前の木偶の坊を壊してやるための筋書を脳裏に描き始めた時、男は続きを口にするべく声を発した。

 どうせ今までの連中と同じく私の気を引く為の賛美やら世辞をつらつらと並べ立てるだけだろうと思い、右から左へと言葉を受け流す姿勢に入った時だった。

 

 

『しかし噂以上に酷い目をしていらっしゃる。

家畜の糞尿と臓物を肥溜めの底で腐った泥屑と混ぜ合わせてもそのようにはならないでしょう。これでは折角の美貌も汚物を塗りたくった豚の面以下だ。

いっそのこと両方くり抜いて宝石の類でも埋め込んだ方が余程映えると思いますよ?

まぁ、その宝石よりも美しい輝きを放っている筈だった両の目をそこまで腐らせたのだ。どれだけ煌びやかに取り繕っても中身の腐臭は隠し切れないでしょうなぁ。

これまた月並みな言い回しで大変恐縮ですが心中お察しいたしますよ、姉君殿』

 

 

 一瞬何を言われているのか全く分からなかった。

 

 理解不能だった。

 

 初対面の相手に、何の前触れもなく、それも王の親族に、これから大事な催しが控えていて、ただでさえ立場が危ぶまれている身の上で。

 そんな理屈とか不当性とかも置き去りにして、私はただひたすらに“罵倒された”という事実にこれまでの人生で感じた事の無い驚愕を覚えていた。

 

 これまで誰かに自分の持つものを否定されたり、増して貶されることなんて一度たりとも無かった。

 何せ私は能力も、美貌も、立場も、全てが非の打ち所の無い人間として君臨し、それを周囲の人間に無条件で認めさせてきたからだ。

 誰もが畏れ、敬い、嫉妬するものや憎悪を向ける輩は確かにこれまでも腐るほどにいたが、そんな連中が吐き散らかすのは罵倒とも言えないような小さな遠吠えだ。

 しかし目の前の男にそのような惨めな感情は無く、冷静に此方を観察した上で世の乙女の心にナイフを突き入れ、傷口を塩塗れの手で抉り倒すような罵声を浴びせて来た。

 

 要するにこの男は本心から私の目が醜いと、遠回しに私の心根が腐っていると言い放って来たのである。

 褒め称えられ、畏れられて来た私が生まれて初めて体感した悪感情の欠片も無いままに冷え切った否定の念。

 それを自覚した途端、自分を見下ろす男の目が堪らなく恐ろしく、そして腹立たしく感じた。

 

 見透かしたような目、本当に腐臭を放つ汚物とでも相対しているかのような顰め面、凡夫の癖に遥かな高みにいる私を道端の石ころか何かと同視するかのような不遜な態度、それら全てが初めて向き合うもので、理解不能なものだった。

 人間は理解出来ないものを本能的に恐れると言うが、これが正にそうなのだろう。そして私に弄ばれ、踏みにじられて来た連中はきっとこういう心境だったのだろう。

 

 この男は間違いなく此方の魂胆を見抜いている。

 私が妹を苦しめる為に接触して来た事も、篭絡目的で誘いをかけてきたことも。

 つまり、私は知能でも知識でも圧倒的に下位に立っている人間に内心を見抜かれ、目論見を外された、失敗させられた、探り合いと言う場で“敗北”したのだ。

 

 そう、負けたのだ。

 これまで誰にも負けた事の無かった、永遠の勝者であり上位者であるこの私が、見ただけで何処までも凡才でしか無いことが分かるような、うだつの上がらない騎士風情に。

 

 それは妹に王座を奪われた時よりもある意味大きな衝撃だった。

 人間離れした人間の娘であり、その能力と才能を受け継ぐが故に誰よりもどんなことに於いても上位に立っているというこれまでの常識が揺らがされ、誰にも踏み込まれたことの無い胸中を覗き込まれた。

 

 全身の血管を恐怖と屈辱が巡って行くような悍ましさに鳥肌が立つ。

 思わず肩が強張り、爪が掌に食い込むほど拳が固く握り締められ、奥歯が軋むほどに上下の顎を噛み合わせた。

 男に媚びるような潤んだ瞳にも別の意味合いを持った雫が滲んでいて、ぼやけた視界には『してやったり』とでも言いたげな皮肉たっぷりの嫌な笑みが映っている。

 

 たった一度口を開かせただけでこんな気持ちにさせられるなんて考えもしなかった。

 遊ぶ為でも立場を分からせる為でもなく、何処までも主観的に“悔しい”という感情に突き動かされるがまま言葉を発する。取り繕ったお上品さも取り払って。

 

 

『アンタ……名前は何だった?』

 

『いえ、名乗る程の者では…』

 

『良いから答えなさい。あと、その言葉遣いも止めたら?言葉の裏から下品な本性が見て取れるようで吐き気がする』

 

『これはこれは手厳しいですなぁ。ですが立場と言うものがありまして、私としても姉君殿に無礼な物言いをすることなど、とてもとても……』

 

 

 先程これ以上に無い程の無礼な発言をしておきながら抜け抜けと言い放つ男の顔に魔術を叩き込んでやりたい衝動に襲われるが必死に堪える。それをしたら言い負かされたと認めるようなものだ。

 探り合いで負けた上に立て続けの敗北をこんな男相手に刻んだとあっては屈辱の余り憤死しかねない。

 

 ただでさえ理解不能な人間と相対して全身に怖気が走っているような状態なのだ。

 精神状態は言うまでも無く不安定そのもの、だと言うのに目の前の男はそれすら見透かした上で煽るような物言いをして来る。

 

 当初の妹への嫌がらせという目的すらすっかり忘れ去って眼前の脅威に立ち向かう事にのみ意識を集中させた。

 それが男の目論み通りであることに気付けないまま。

 

 

『自身の名を伏せたままにするのは卑しいものを抱えているからと受け取られるのではなくて?

騎士の端くれの身の上ならば、そんな風に思われるのは御免被るでしょう』

 

『真っ当な騎士道に則れば……ね』

 

 

 要するに騎士道に則る気が無いと言い放った男はその後も二、三言ほど会話を交えて漸くケイと名乗った。

 そういえば噂に聞いた名もそんなものだったように思うが、余りにも印象に残らない人物だったせいで覚えてられなかった。そんな風に皮肉を返してやれば『記憶する為の中身が腐っているのに印象だけで覚えていられるとは驚きだ』と逆に皮肉られてしまう。

 言い返そうとして口ごもり、それが今までの自分が相当に腐っていた事を認めてしまっているようで気に食わず、かと言って上手い返し方も思いつかず、またも皮肉気な笑みを浮かべる男を睨み付けるしかなかった。

 

 

 

 

 これが私と彼の出会い。

 この出会いが私にとって正しい物であったのかは分からない、彼が私にとって何だったのかも。

 ただ、彼と出会った事で私の中で何かが変わり、そして結局変わっても変わらなくても同じ結末に繋がった。

 そう思うと、少しだけ切なくなった。

 




魔女さんについてはアグラヴェインの発言や原作に於ける父の期待と愛情を一身に受けたアルトリアを強く妬んでいたこと等から人物像を形成しましたので正直公式で出て来たら書き直さなければならなくなるかもしれません……(汗)

あと最近ヒロインについて考え始めたのですが入れるべきか否か……。
正直誰とくっついてもケイ兄さんの身に碌でもないことが降りかかるのは最早避けられないわけですが、アンケートとろうかなぁ……。

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