届物語   作:根無草

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この度は届物語のご観覧、真に有難うございます。稚拙な文章故に原作の世界観を損ねる事もあるかと思いますがお付き合いの程、よろしくお願いします。ではーーー



開幕


こよみアニバーサリー
其ノ壹


【001】

 

 

  僕がこの物語を語る前に一言謝罪しておかなければならない。冒頭から謝罪文を差し込むあたり、僕の愚かぶりも極まったかと思われるかもしれないけれどそこは心配しなくても大丈夫、僕の愚かぶりならば約一年前の春休みに既に極まっている。

 

  僕であって僕ではない、僕自身の折紙付きで。

 

  だから僕が謝罪すべきはそういった愚かな行いではなく、もっと基本的で社会的で常識的な部分においての謝罪だと受け取ってもらいたい。

 

  そう、僕がこれから語る物語は語るに足らない、語るに落ちないただの自慢話なのだから。

 

  他人の自慢話に付き合わされる事がどれだけ疲弊するかなど、いくら愚か者と呼ばれる僕でも理解しているつもりだし、だから僕の自慢話なんかに割く時間を勿体無く思う人はこの先を聞く必要はない。

  すぐにでもその目を閉ざし有意義な自分だけの時間へと戻って貰えれば僕としても幾分か気が楽になる。

 

  などと、ここまで言ってしまえばいつかの物語よろしく誰も聞く耳持たず見向きもしない独り言のような語りにもなりかねないけれど、実際のところ他でもない僕自身がそれでも良いと思っている事を承知してもらいたい。

  さて、謝罪と言いながら長々とした言い訳になってしまったけれど再三の忠告もした事だし語らせてもらうとしよう。

 

 僕のような愚かで薄くて弱い、中途半端な半人半鬼が体験した、吸血鬼もどきの僕の身では燃え上がってしまいそうな程に眩しくて暖かいーーーそんな自慢話を。

 

 

 

【002】

 

 

 

「デートをするわよ暦」

 

  五月の第二週金曜日、学生達で活気付いた食堂で昼食をとっている僕の目前でひたぎが切り出した。

 

  いや、切り出したっつーよりも切り込んできた感じだ。

 

  高校を卒業して互いの呼び名も苗字から名前へと変わったというのにこういう部分についてだけは初期設定に忠実なんだよな、こいつ。

 

「違うわね。こうじゃない。デートを……デートをして……いただけませんか?デートをし……したらどうな……です……」

 

  それでも初期に比べたらいくらか改善はされたものの、誘い下手というか主導権を死守する姿勢を崩さないというかーーー照れ屋とは違う不器用さが抜けていないように思う。

 

「デートをしましょう暦」

 

「言い直さなくても理解してるよ。でもひたぎ、デートは構わないけどいつにするんだ?平日の講義はどれも落とすわけにはいかないんだけれど」

 

  言い忘れていたけれど現在僕とひたぎが昼食をとっている食堂とは、お馴染みの直江津高校の食堂ではなく僕とひたぎが通う大学の食堂だ。(そもそも直江津高校の食堂なんて利用した覚えはない)

 

  怒涛とも言える春休みからこっちの物語を乗り越え、挙句は試験会場に到達できないから落ちるなどという平成初期のギャグ漫画のようなあれこれをこなし、やっとの思いで通う事を叶えた大学生活。

 

  もっともそれは優雅なキャンパスライフという訳でもないけれど昼食時は大体の場合、僕とひたぎはここで揃って食事をしている。これに関して言えばいつまで経っても大学で友達ができないでいる僕に対するひたぎの気遣いという意味合いが強いのが否定できないところであり、彼氏という立場としてはそれが少しだけ悲しくもある。

 

「心配しなくてもいいわ暦、幸い私は配慮のできる優秀な彼女だから入学早々既に単位に悩まされている彼氏に負担をかけるつもりはないわよ」

 

「言ってる内容が既に配慮不足な事に気付け!お前の配慮はお前自身にしか機能しないのか!?さすがにこの時期から単位で悩んだりはしてねえよ、ただ講義を落とすとすぐについていけなくなりそうだからな。高校生活の失敗を繰り返したくないだけだ」

 

 

  高校入学時は勉強について早々と諦めたせいで成績は散々だった僕である。今でこそこうして大学へと進学できたけれど、それも羽川とひたぎの熱心な指導と僕みたいな奴を見捨てずにいてくれた忍耐力の賜物と言えるだろう。

 

  思い返せばその事が既に奇跡のように思えるぜ。

 

  そこまでしてもらっておいて大学入学直後から講義に取り残されているようでは面目が無い。

 

  羽川にはお叱りを受けるだろうしひたぎには…多分だけど殺される。

 

「だからそんな心配はしなくても良いと言っているでしょう。デートは日曜日、大学の休みに行くのだから」

 

「日曜日?日曜日って次の日曜日か?それはまた急だな、何かあるのか?」

 

「何かあるのか、ですって?…今ならまだ聞こえなかった事にしてあげなくもないわよ、ねえ()()()()()

 

「え?」

 

  暦じゃなくて阿良々木君?

 

  今となっては聞く事もなくなったひたぎによる苗字呼びに意表を突かれて反応が遅れてしまった。

 

  いや、反応が遅れたというのも実際は建前であり、たとえ身構えていた所で僕が反応する事は出来なかっただろう。

  或いは直江津高校在籍中ならば、正確に言うと専門家の元締である臥煙伊豆湖に輪切りにされる前の僕ならば、文字通り人間離れした吸血鬼の動体視力が備わっていたけれど、幸か不幸か今の僕は限りなく人間のステータスである。

 

  つまり仮にひたぎが初期設定に返り咲き、手元にある鋭利な形状の生活雑貨を武器として使用したとしても僕ごときが反応できるはずはないのだ。

 

「ちょっと待てひたぎ!刺さる!刺さるから!待って下さい、ひたぎさん!」

 

  僕の眼球から一ミリ程度の所で形良く握られた二本の箸が静止していた。

 

  つーかこれって前にもやられたよな?前は確か鉛筆だったけど。

 

  しかもいつの間にか空いた手で後頭部を押さえこんでやがる!くそ、逃げるに逃げられねえ!

 

「待て、ですって?私の方こそあなたの返答を待っているのだけれど。日曜日のデートの意味、そんな事すらわからない彼氏には罰が必要よね?答えによってはこのまま眼球を頂くわ」

 

「初期より悪化しているだと!?」

 

  しかもこの状況だと僕が正解を回答できなければ僕の眼球は間違いなく持ってかれるじゃねえか!誉め殺しで切り抜けられた分だけ初期の方がハードル低かったぜ!

 

  しかしどうしてひたぎはここまで怒りを露わにしてるんだ?デートというなら先日のゴールデンウィークにだって二人で出かけたのに…ん?

 

  ゴールデンウィーク…そう言えばゴールデンウィークと言えば真っ先に思い出されるのは羽川の猫があったあのゴールデンウィークだ。

 

  そしてそれからは息もつかせぬ怪異ラッシュで…まずは…

 

 

 蟹ーーー重し蟹

 

 

  そう、羽川の障り猫の一件が済んですぐ僕はこいつを、戦場ヶ原ひたぎを受け止めたのだ。

 

  そうだ、そうだよ!ここまで想起しても気付かない程に僕も手遅れではない。むしろどうしてこんな簡単な事にすぐ気付けなかったんだ僕は。

 

  老倉との一件が全く生かせないところだったぜ。

 

「ふっ…この箸を僕の眼球から離すんだひたぎ。箸は御飯を食べる為の物であって僕の眼球を頂く為のものじゃないんだぜ?」

 

「あら、随分な余裕じゃない暦。それだけ自信に満ち溢れた態度ならばさぞかし良い返答を聞けそうね」

 

「当たり前だ、僕を誰だと思っているんだ?僕はお前の彼氏なんだぜ?愛する彼女と付き合った一年目の記念日を忘れる筈がないだろ」

 

  まあ、何を隠そう僕こと阿良々木暦は大のアニバーサリー嫌いなんだけれど…という意見はこの場合、死んでも言えない。

 

  死にはしなくても失明する。

 

  しかしそのアニバーサリーも国民的な記念日とは違い、二人のみに有効な記念日なのだからアニバーサリー嫌いとは言ってもその限りではない。

 

  そう、記念日ーーー去年の五月八日に階段から落下するひたぎを受け止め、そこから少し後の事。僕とひたぎは目まぐるしくも迅速に再び怪異と遭遇する事となる。

 

  そしてその末(何がその末なのか?)僕とひたぎは晴れて交際する事となったのだ。

 

  それが五月の第二週、日付で言えば五月十四日ーーー母の日の出来事である。

 

  だなんて格好良さげに纏めてみたけど実際危なかった!今でこそ無いとは思うけれど初期のひたぎならやりかねなかったぞ…

 

「御名答、流石は私の愛しい彼氏ね。けれど即答できなかったのはいただけないわ、危うく暦の眼球をいただくところだったじゃない」

 

「危うかったのは僕の眼球だけだ!確かに即答できなかった僕も悪いけど限度があるだろ」

 

「あら、それだけ私の暦に対する愛が情熱的という事でしょう、眼球の一つや二つで小さな男ね」

 

「都合よく曲解するな、あれは情熱的じゃなくて猟奇的って言うんだ!眼球の一つや二つって眼球は二つしかないんだぞ!」

 

  何より情熱的に眼球をいただく彼女なんていてたまるか!

  しかしそれでも満足したのか、ひたぎは箸をテーブルの上へと戻し席についた。僕の失明の危機は回避できたようである。

 

「情熱的であるにせよ猟奇的であるにせよ愛である事に違いはないわ、誤差の範囲よ。それよりも暦、日曜日の予定は勿論空いているわよね?」

 

  僕としては誤差の範囲で生きるか死ぬかを左右される現実を看過できないんだけど…

 

  しかし遅れ馳せながら一年目の記念日と気付いておきながら予定の有無を聞かれても僕の答えなんて決まっている。

 

「勿論空いてるさ。僕は一年の記念日に他の予定を入れるようなデリカシーに欠ける男じゃないんだぜ?」

 

「それは暦の交友関係が…いえ、何でもないわ」

 

「配慮した結果がこれだと!?せめて言い切りやがれ!」

 

「それは暦の交友関係が絶望的に皆無だからじゃないかしら?」

 

「やっぱり配慮して下さい!」

 

  はっきりと言い切りやがった。

 

  言い切ったというより切り捨て御免だった。

 

  彼女に自身の交友関係を絶望視される彼氏なんて僕をおいて他にいるのか?

 

「でも予定が空いているのなら良かったわ。それなら日曜日は暦が私をエスコートをしなさい」

 

「え?僕が?」

 

  いや、突然すぎて聞き返してしまったけれどデートするなら二人で決めたら良いんじゃないのか?

 

「何よ、まさか暦は一年の記念日なのに彼女のエスコートもできない甲斐性無しなのかしら?」

 

「できる!できるから箸に手をかけるな!」

 

  隙あらば眼球を狙うんじゃねえよ…

 

  でも勢いまかせにできるとは言ってしまったけどどうしたものか?ひたぎとのデートとなると思い出されるのはやっぱりあの星空だ。道中こそ拷問のようなデートだったけれどあれは最高の思い出として今でも鮮明に覚えている。

 

  かと言って僕のエスコート(?)したデートと言えば…

  いや、やめておこう…あれは思い返すだけでも黒歴史ーーー

 

「断っておくけれど暦、またいつかの廃墟案内ツアーのようなデートを企画してきたら…ちぎるわよ?」

 

「どこの部位をですか!?つーか僕のモノローグを読むなや!」

 

  行間は読めるが空気の読めない戦場ヶ原ひたぎは今日も健在のようだ。

 

  しかし我ながらあの時の僕もどうかしていたと思うけれど…それでもまさかあそこまで逆鱗に触れるとは思っていなかったぜ。

 

  羽川に話たら苦笑いを浮かべていたっけ。

 

「もっとも、暦がまず考えるべきは日曜日のデートよりも今この瞬間の事なのでしょうけど」

 

「あ?今この瞬間って…どういう事だ?」

 

  飲みかけのドリンクに刺さったストローを咥えながらひたぎは悪戯な笑みを浮かべた。そして一呼吸おいた後にとんでもない発言を繰り出すのだったーーー

 

「こんな場所であんな大きな声であれだけ過激な事を叫ぶだなんて、私よりよっぽど情熱的なのね、こ・よ・こ・よ」

 

  お昼時、学生達でごった返す大学の食堂。

  そのど真ん中で惚気ながら騒いでいるバカップルを注視する冷ややかな視線の数々ーーー僕は全力疾走で食堂から逃亡したのだった。

 

 

 

【003】

 

 

 

  結局その後に控えていた午後の講義は出席はしたもののーーー

 

  出席したという既成事実だけは作ったものの、その内容は全くもって頭に入ってくる筈もなく、悲しい程に空白だった。

 

 驚きの白さだった。

 

  自己評価としては言うだけ虚しくもあるけれど、元々僕は悪目立ちを嫌うクールな奴というキャラ設定の時代があった程の人物だぞ。

 

  それが白昼堂々と白昼食堂でその視線を一身に集めたとなれば落ち着いて講義を受けるコンディションなんて望むべくもない。

 

  私生活においては絶えず少女や童女にその動向を監視されている僕だけれどキャパシティは存外狭量なのだ。

 

  その勤勉さにおいて比肩しうる者なしと名高いかの二宮金次郎が真に評価されるべきは、勤勉さではなくあんな目立つ勉強方法で周囲の視線にも負けず勉強に没頭できたその超合金メンタルにこそあるんじゃないだろうか?

 

「そうでもないよ阿良々木君、二宮金次郎さんはどちらかというと当時は誰にも見向きされなかった側面が強いし、勤勉でありながらそれよりも高評価なのは勤労者としてじゃないかな」

 

  勤勉さを評価されたのは実績を残してからなんだよーーーと、電話越しの彼女は言った。

 

  自室、勉強机の椅子ではなくソファにもたれながら(アニメ版で出てくるバナナのようなあれ)通話しているのだけれど、通話の相手は他でもない僕の親友にして恩人にして女神であるところの羽川だ。

 

  羽川翼ーーー

 

  僕達が直江津高校を卒業してから、正確には卒業直前のロケハンもそうなのだけれど、今もなお世界中を飛び回っている僕の親友にして恩人。

 

  本来ならば時差の関係上、通話料金の問題上、こうして雑談に興じる為に気軽なのりで電話をかけるような事はないのだけれど、今回はある種の危機なだけに羽川の迷惑を押して国際電話に及んだ運びである。

 

「デートのエスコートを危機って…困っている事は十分伝わってくるけど阿良々木君、それは危険視するような相談じゃないでしょ。そんな事で大学の講義が頭に入ってこない事の方が問題だよ」

 

  二宮金次郎さんに笑われるよ、とーーーあの頃と変わらない声で羽川は言う。

 

「何を言ってるんだ羽川?このエスコート次第では僕がちぎられるかもしれないんだぜ?良くしても眼球をいただかれる。どちらに重きを置くかで議論するならば講義よりも眼球だろ?」

 

「ごめん阿良々木君、デートのエスコートを失敗した代償に眼球を失うケースを私は想定できない…」

 

「僕が眼球を失ったら二度と羽川の胸を拝めなくなるじゃないか。これを危機と呼ばずして何と呼ぶんだ!」

 

「いや、その一言で危機感を覚えたのは私の方なんだけど」

 

  相変わらずだね、阿良々木君はーーーと、羽川。

 

  相変わらずというのが遠く離れた友人が昔と変わらずにいてくれている事への安心を指してなのか、はたまた遠く離れた問題児が一向に進歩していない事への呆れなのかは言及しなかった。

 

  後者だった場合僕のダメージが計り知れない。

 

  羽川に呆れられるのはある意味でちぎられるに等しい傷を負う僕なのだ。

 

「でも一年も経つんだもんね、月日が流れるのはあっという間だよ」

 

「ん?ああ、そうだな。確かに一年前は自分が大学に行ってる事はおろか高校を卒業できている事すら想像もできていなかったぜ」

 

  むしろ一年先まで自分が生きている事すら想像できてなかったようにも思える。

 

  何せあの時期は吸血鬼に始まり猫、蟹、蝸牛と怪異絡みの事件が立て続けに起こっていたからな。

 

  この調子で怪異に巻き込まれっぱなしではそのうち死ぬんじゃないかと割と本気で考えていた時期でもあった。

 

  とは言っても毎回のように怪異に関係するのは巻き込まれたからじゃなくて自分から首を突っ込んでいく所為だった訳なんだけど…

 

  本当、生きてて良かったなあ。

 

「そこは明確なビジョンとして想像できておこうよ…それと五月十四日は私にとってもある意味では特別な日なんだよ?」

 

「特別?なんでだよ?」

 

「ひたぎちゃん流に言うと『対羽川戦争』だったかな?今は名前で呼んでくれるから『対翼戦争』だね。その日はほら、その『対翼戦争』で私が初めて黒星を付けられた日だから」

 

  まさかひたぎちゃんに先を越されるとは思わなかったよーーーと、羽川はあっけらかんと言った。

 

  いや怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!

 

  そんな意味の特別な日だったのかよ!

 

  しかも話題の中心が僕なだけに迂闊な事は絶対に言えねー!

 

  何が一番怖いって、お互いこんな事をサラッと言うのにひたぎと羽川が大の仲良しだという事実が一番怖い。

 

「それにほら、私にとっても決して悪いばかりの日ではなかったじゃない。言うなら私にとっても記念日と呼ぶべき日なんだし」

 

  羽川にとっても記念日?

 

  自分が当事者の分際でありながらこう言うのも些か自意識過剰すぎるように思うけれど、意中の相手に恋人ができた日が記念日になり得るだろうか?

 

  以前の羽川ならばーーーその髪の毛が白黒の縞模様になる前の羽川ならば、あるいはそのような綺麗で白くて白々しい台詞もあったかもしれない。

 

  けれど今の羽川、自身の悪い部分、黒い部分、汚い部分も受け入れた羽川がそんな敗北の日を自分の記念日などと言う事は無いだろう。

 

  ならば何を持って記念日なんだ?

 

「あれあれー?もしかしてひたぎちゃんに夢中すぎて忘れちゃってるのかな阿良々木君?そんな事じゃまた大好きな女の子を泣かせちゃうよ?」

 

「またって言うな!人聞き悪いわ!って…大好きな女の子を泣かせるって何だよ?ひたぎが泣くような事なのか?」

 

「え?本当に気付いてないんだ!?これはある意味驚きだなあ。阿良々木君にとっても記念日でしょ?いくら阿良々木君がアンチアニバーサリーな人とはいえ良くないよ」

 

  アンチアニバーサリーって言葉が僕を語る上で既に良くないだろ…

 

  しかし困ったな、全く思い当たる節がない。

 

  僕にとっても記念日でひたぎとは別の話ってーーー何があるんだろうか。

 

「しょうがないな阿良々木君、本当にわかっていないようだから特別に教えてあげる。本来ならちゃんと自分で気付くべきなんだけど時間も無いしあの子が悲しむのも見たくないしね」

 

「さすが羽川さん!さあ、僕にもわかるように懇切丁寧に説明してくれ!」

 

「頭が痛くなるよ…良く思い出してみて阿良々木君。恋人と付き合った日を記念日とするなら出会った日だって立派な記念日だよね」

 

「まあ確かに言われてみれば記念日とも言えなくはないけれど…ひたぎと出会った日をどこだと定義すれば良いんだ?直江津高校の入学式なのかひたぎを階段で受け止めた日なのか、それによっては時期も印象もだいぶ違ってくるぜ?」

 

「違う違う。ひたぎちゃんとの出会いじゃないよ。本当に鈍感なんだから阿良々木君は。私が思い出して欲しいのはひたぎちゃんと付き合った日の事」

 

  ひたぎと付き合った日?

 

  だからそれは付き合って一年目の記念日であって出会った日ではないし…

 

「じゃあこれでどうかな?ひたぎちゃんと付き合った日は()()()だった?」

 

「あっーーー」

 

  ーーーそうだった。

 

  失念というか忘却というか、ひたぎをエスコートする事ばかりを考え過ぎていてすっかり忘れていた。

 

  僕とひたぎが付き合ったあの日。即ち五月十四日…母の日。

 

  あの日、僕は確かに出会っている。

 

  行き遭っている。

 

  母の日と言われて思い出さずにはいられない一人の少女。

  迷いながらも迷わずに歩み続けた僕の誇るべき親友。

 

「良かった良かった、ちゃんと思い出したみたいだね。次からは忘れちゃ駄目だよ」

 

「ああ、サンキューな羽川。確かにあいつの悲しむ顔は見たくねえや」

 

  八九寺真宵。

 

  そう、あの日は僕と羽川が初めて八九寺と出会った記念すべき日じゃないか。

 

「それじゃあちゃんと思い出したみたいだし通話料金も安くないからこの辺で切るね。アンチアニバーサリーかもしれないけど阿良々木君は男の子なんだから頑張って喜ばしてあげてね」

 

  教えてあげると言いながらもちゃんと僕に気付かせてくれるあたりが羽川の優しさなのだと僕は思う。

 

  って切るねって何だ!?プランニングの話は何処に行ったんですか羽川さん!?

 

「ちょっと待ってくれ羽川!僕はまだひたぎとのデートプランがーーー」

 

  僕の哀願も虚しく、僕の中で女神にして天使である羽川は最後に悪魔のような死刑宣告を告げて通話を終了した。

 

「真宵ちゃんの事を忘れてた罰としてプランニングは自分の力でするように」

 

 ーーーこれは羽川なりの『初黒星』に対するささやかな仕返しだったのだろうか?




【次回予告】

「貝木だ。貝塚の貝に枯れ木の木で貝木。貝木泥舟だ」

「記念すべき第一話の次回予告から俺が出演する事を予想できなかったお前達に言わせてもらおう。お前達は総じて再び俺に騙された」

「だが物の見方というやつを変えてみれば、かつて『恋物語』において俺に騙されたお前達がこうして阿保の如く再び俺に騙されるという事はある種の平和を享受できているという事だろう。平和呆けできているという事だろう」

「そのある種の平和とやらに心からの賛美を送らせてもらいたい」

「というのは嘘だ」

「エイプリルフールというだけで公然と嘘を許されている国が平和であってたまるか。嘘が許されるのは嘘つきだけだ」

「そもそもその理屈で言うならばエイプリルフールにこそ嘘つきは真実のみを口にすべきなのだろうがな」


「次回、『こよみアニバーサリー 其ノ貮』」


「もっとも、この次回予告を担当している俺が貝木泥舟というのが嘘かもしれないが」

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