幻想幼女リリカルキャロPhantasm   作:もにょ

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第83話 わたしって、ほんと⑨

《Master!!》

 

「大丈夫。まだ、やれる!」

 

 レイジングハートに呼びかけられて、崩れかけた体勢を立て直す。

 戦闘開始から既に数十分。疲労が顔にも出ているのが自分でも分かる。

 対するヴィヴィオはというと、聖王の鎧による恩恵からダメージはほぼゼロ(私が一発狙いをしているから今の所小技しか当てていないっていうのもあるんだけど)。それに加えてゆりかごから魔力供給でもされているのか、未だにその魔力が衰える気配も無い。

 満身創痍のこちらに対して全快に近いヴィヴィオ。

 W.A.Sが失敗に終わった以上、私には正攻法でヴィヴィオを倒す道しか残されていない。

 それがどんなに無謀で困難な事か、私は嫌と言うほど理解している。

 けど、泣き言を言ったって何も変わらない。

 世界はいつだってこんな筈じゃなかった事ばかり。けど、だからといって諦めたらそこで全部終わっちゃうから。

 だから私は戦ってきた。辛い事、悲しい事。それらが少しでも無くなるように。それは今も変わらない。

 どれだけ傷ついても、可能性が0になるまでは絶対諦めない。

 今ヴィヴィオを助けられるのは、私しかいないんだから!!

 

「レイジングハート!!」

 

《All right.》

 

 ガショッ、とデバイスからカートリッジが排夾され、新たに魔力が供給される。

 もうカートリッジの残りも心許なくなってきてる。

 このまま戦っていたらブレイカーも撃てなくなる。そうなれば、私は本当に終わってしまう。

 ……なら、ここで勝負に出るしか無いよね!!

 

《Axcel shooter.》

 

「シュート!!」

 

「!? はあああああっ!」

 

 牽制に撃ったシューターが向かって行くけど、ヴィヴィオはそれを気にした様子もなく突っ込んでくる。

 シューターが着弾しても、その勢いは全く衰える事が無い。

 聖王の鎧の効果で、シューター程度の魔法は目晦まし程度にしかなってくれない。

 

「でも、目晦ましにはなってくれるんだよね。レイジングハート」

 

《Flash move.》

 

「!? どこ!?」

 

 着弾時の爆風で、ヴィヴィオは一瞬私達を見失う。

 その隙を見計らい、私とレイジングハートはヴィヴィオから離れた場所に離脱した。

 レリックを破壊するにはブレイカーじゃないといけない。けど、バインドだけだと時間が足りないのは今までの戦いから分かってる。

 純粋な力技だけじゃどうやっても無理。なら、あらゆる手を使って時間を稼ぐ。

 

「レイジングハート」

 

《All right. Starlight Breaker. ……1……2……》

 

 レイジングハートからブレイカー発射までのカウントがアナウンスされてくる。

 これが10になるまで潰されなかったら私の勝ち。そうじゃなかったら私の負け。

 あと8カウント。1カウントがすごく長く感じる。

 

《3……》

 

 大丈夫、まだ気付かれて無い。

 お願い、あと少しだけ……。

 

《4……「そこ!!」5……》

 

 不味い、気付かれた!?

 元々見つかるのは時間の問題だったけど、それでも予想よりちょっと速い!!

 

 こっちの位置を捉えたヴィヴィオがまっすぐに飛んでくる。

 私とヴィヴィオの距離自体はそう離れてない。

 このままだと、一秒もしない内に接近される。そうなったらこっちの詰みだ。

 ……けど、まだ手は残ってる!!

 まだ、あと少し……!!

 

「そこ!!」

 

「!?」

 

 こちらに向けて一直線に飛んでくるヴィヴィオが、途中、何かに引っかかったようにつんのめる。

 ヴィヴィオは円運動をしそうになる体にブレーキを掛けて、自分の右足部分へと視線を向ける。

 

「バインド……設置型!?」

 

「ご名答!!」

 

《6……》

 

 ヴィヴィオが文字通り足止めされている間にレイジングハートのカウントが進んでいく。

 ヴィヴィオから距離を離す際、私は私とヴィヴィオを結ぶ直線状にバインドを設置しておいた。

 効果は至ってシンプルで、通過した対象にバインドをかける、ただそれだけ。

 バインド系が得意ってほどじゃない私にとって、これがあの一瞬でできる精一杯。

 設置したポイントを通過してくれるかは運任せだったけど、何とか成功してくれて助かった。

 確かにヴィヴィオは強い。けど、それは聖王の鎧やゆりかごの魔力供給に支えられた力押しでの強さ。逆に、経験不足であるが故に細かい駆け引きには弱い。だからこそ、こんな単純な搦め手に引っかかる。

 

《7……「はあああっ!!」8……》

 

 まあ、ブレイクされるのも一瞬なんだけど。

 不得意な設置型バインドに一瞬しかなかった発動時間、加えて今の私はブレイカーに専念している。

 そんな状態のバインドに、強度なんて期待できる訳が無い。

 

 バインドを破壊したヴィヴィオが再びこちらに飛んでくる。

 間を阻むものはもう何も用意していない。

 そして、私もブレイカーを中断するつもりは全く無い。

 たぶんこれが最後のチャンスだから。

 例えどれだけ分が悪くても、途中で降りるなんて絶対しない!!

 

《……》

 

(まだ、あと少し!!) 

 

 あと2カウント、それなのにとっても長く感じる。

 レイジングハートのカウント、ヴィヴィオの突進、そのどちらもがスローに映る。

 永遠にも思える刹那が過ぎ去って、先に終わりを告げたのは―

 

(あ、駄目だ)

 

 私の目の前にいるのは、怒りに燃えた目で拳を振り上げているヴィヴィオ。

 あと一瞬が過ぎ去れば、あの拳が私の体に突き刺さる未来が待っている。

 だというのに、私は何も出来ない。

 障壁や肉体強化に回すリソースも全て切り捨ててブレイカーに専念していた以上、私に取れる手段は何も無い。

 

「あああああああ!!」

 

 

 

 

 ごめんね……、ヴィヴィオ。

 

 

 

 

《Sonic move.》

 

 

 

 

「え? ……エリオ?」

 

「大丈夫ですか、なのはさん!」

 

 覚悟した衝撃が来ない事を怪訝に思い、私は閉じてしまった目を開ける。

 そこにあったのは私が予想だにしなかった光景。

 ストラーダを構えたエリオ君が、ヴィヴィオの攻撃を防いでいる姿だった。

 

「エリオ、何でここに!?」

 

「それは……うわっ!!」

 

「エリオ!?」

 

 私の問いに答えようとしてくれたエリオだったけど、その隙をついたヴィヴィオによって吹き飛ばされる。

 ヒットの直前にガードしたのが見えたからダメージにはなってないと思うけど、これでまたヴィヴィオがフリーになってしまった。

 このままじゃ……。

 

「!?」

 

「え、バインド!? この魔力光ってまさか!?」

 

「なのはちゃん!!」

 

「シャマルさん!?」

 

 エリオを吹き飛ばした瞬間、ヴィヴィオの周囲に黄緑色の魔力光が見え、それはそのままバインドに変化してヴィヴィオを拘束した。

 声がする方に振り向くと、そこにいたのはクラールヴィントを構えたシャマルさんがいた。

 

 エリオ君といい、何でここに? いや、それは今考える事じゃない。

 今やらなきゃいけないのは―

 

「シャマルさん、そのままバインド維持お願い!!」

 

「了解!!」

 

 シャマルさんにそう言って、私は再びヴィヴィオから距離を取る。

 それを見たヴィヴィオがバインドを解こうとするものの、なかなか上手く行ってない。

 シャマルさんの本領は癒しと補助。クラールヴィントもそれに合わせて最適化されている。

 そのシャマルさんが掛けたバインドだ。私のよりもずっと強固なのは当たり前の話だ。

 ……うん、これなら行ける!!

 

「レイジングハート!」

 

《……10.》

 

「ナイスタイミング、って奴だね! ……なら!」

 

 一度は諦めかけてしまった。けど、希望は何とか繋がった。

 エリオ君やシャマルさんが何でいるのかは分からないけど、二人のおかげでここまで来れた。

 二人とも、本当にありがとう。

 

 心の中で二人に感謝して、私はレイジングハートの照準をヴィヴィオに合わせる。

 ごめんね、ヴィヴィオ。なのはママ、今からヴィヴィオを傷つける。

 でも、これで終わりだから。悲しいのも苦しいのも、これで全部終わりに出来るから。

 

「ヴィヴィオ……。ちょっとだけ、痛いの我慢できるかな?」

 

「!?」

 

 行くよ! これが私の全力全開!!

 

《Starlight Breaker.》

 

「スターライト・ブレイカーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ひょっとしてエリオも巻き込んじゃった!?

 非殺傷だし大丈夫だよね……多分。

 

 

 

 

 ―ゆりかご内部 ???―

 

 ガシャン!!

 

 ゆりかご内部のとある一角で、何かが砕けるような音が響き渡る。

 そこにいたのはクアットロ。彼女はディスプレイに握り拳を叩き付けていた。

 ディスブレイはその衝撃で一部が割れてしまっている。先程の音の正体はこれであった。

 しかし、彼女は今それ所ではなかった。

 

「嘘よ……、こんな事、信じられる訳が無い……」

 

 ブツブツと独り言を呟きながら。彼女は未だ機能を失っていないモニターを見続けている。

 そこに映っているのは粉々に破壊された動力炉と、レリックが破壊されて元の状態に戻り、気絶しながらなのはに抱かれているヴィヴィオの姿があった。

 クアットロには、その光景が全く理解できなかった。

 つい数分前まで、奴らは皆詰んでいた。

 打開策を何一つ持たないまま、絶望とともに倒れていくだけだった筈。

 なのに結果はどうだ? あいつらは倒れず、逆にこちらは切り札を失った。

 そして逆に、今のクアットロにはこの状況を引っくり返す手は残されていなかった。

 

「……ッ、そうよ! 早くここから逃げないと―」

 

 そこまで思考が回ったクアットロはモニターに背を向け、自らのIS「シルバーカーテン」を起動させる。

 クアットロは戦闘能力こそ低いものの、こうして「逃げ」に徹すればなのは達でも捕まえる事は難しい。ロングアーチの索敵も騙してみせたこの能力なら、逃げ切る位は出来るだろう。

 まずは何とかしてここを脱出する。後の事は後で考えれば良い。

 自分の体にあるスカリエッティの因子、これさえあれば、再び行動を起こす事も不可能ではないのだから。

 

「でも、何故……どうしてこんな事に……」

 

 その言葉を最後に、クアットロの姿が消え去った。

 

 

 

 

「必要な場所に必要な分の戦力を。それだけの話ですよ」

 

「!?」

 

 そう、確かにクアットロの姿は消え去った。

 シルバーカーテンの効果で魔力的、光学的に見えない状態になっている。

 だからこそ、クアットロは背後から「自分に向けて」掛けられた声に対して驚きを隠せない。

 

(今のは誰? いつの間にここに? いや、そもそもシルバーカーテンを見破れる奴がいる訳―)

 

 そこまで考えた所で、クアットロはふとある事を思い出した。

 そういえば、前に一度だけシルバーカーテンを見破られた事があった。

 よく考えれば、さっきの声もどこかで聞いたような声がする。

 あれは確か……、いや、まさかそんな事がある訳―

 ギギギ、という音が聞こえてきそうな動きで、クアットロは背後へ振り向いた。

 

「お久し振りです、クアットロさん」

 

「あなた、消えたんじゃ……」

 

 

 

 

「あなた、消えたんじゃ―」

 

「消えましたよ。いやあ、危うく三途の川を渡り切ってしまう所でした」

 

「何をふざけた事を―」

 

 嘘は言ってないんですけどね。

 こっちに振り向いたクアットロさんが、驚きの目でこっちを見てきます。

 私はそれに笑顔で対応しながら、内心ではほっと溜め息をついていました。

 正直言ってかなり危なかったです。もう少し来るのが遅れていたら、完全にクアットロさんを見失う所でした。

 シルバーカーテンが効かないといっても土地勘(土地?)は向こうにありますから、逃げに専念されては一苦労です。

 クアットロさんの様子はというと、シルバーカーテンを解除して私に向き合っています。

 表情から驚きが段々と薄れ、代わりに出てきたのはいつもの虚勢っぽい香りのする笑顔。

 絶望した様子が見られないって事はまだ何か手が残されているのか、それとも何か思いついたんでしょうか?

 

「そう、そういう事。どうして奴らがいるのか気になってたけど、貴方が手引きしたのね? とんだ裏切りものだ事」

 

「まあ、そんな所です。にしても裏切り者とは心外ですね。元々味方だなんて思ってなかったじゃないですか」

 

 じゃなきゃあんな捨て駒同然の配置にしませんよ。

 あ、そうそう。

 

「そういえばクアットロさん、スカリエッティさんから聞きましたよ」

 

「へえ、一体何をかしら?」

 

「今回の作戦、その殆どがあなたの発案らしいですねえ? そもそも私を利用しようと提案したのは貴女だとか」

 

「あら、それがどうかしたかしら?」

 

「いちいち言わなくても分かるでしょう、私を脅迫してくれた黒幕さん?」

 

 違和感はあったんですよね。こんな作戦、スカさんが取るとは思えませんから。

 ついテロ行為に目が行きがちになりますけど、スカさんの真の目的は自らの作品の能力証明。

 メインはもちろんナンバーズで、レリックウェポンであるゼストさん、ルーテシアちゃんがその次、オマケ的な存在でガジェット。

 なのに何の関係もない私を戦力に組み込む事は、スカさんのもつ美学とかポリシーとか、そういったものに思いっきり反発しています。

 余裕が無いからといえばそこまでですけど、やっぱり不自然に感じました。

 そこで問い詰めてみたら案の定。思ったよりあっさり吐いてくれて拍子抜けした位でした。

 ともあれこれでクアットロさんもチェックメイト。さっさと片付けて帰りましょう。

 

「さてと、無駄話はコレ位にしておきましょうか? さっさと貴女をふん縛って脱出しないといけませんし……どうしました?」

 

「……ふふふふふ」 

 

「何がおかしいんですか?」

 

「あら、ごめんなさいね。あなたがもう勝った気でいるのがおかしくて」

 

「……強がりは止すんですね。もう貴女に討つ手が無い事は分かってます」

 

「あら、本当にそうかしら? あなた、何か忘れてない? ……これよ!!」

 

 そう言ってクアットロさんがマントを翻すと同時に、部屋にあるディスプレイの幾つかの映像が切り替わる。その画面には私の良く知る場所が映っていました。

 

「これは……アルザスですか?」

 

「ご名答。ガジェットちゃんによる生中継、楽しんで頂けているかしら?」

 

「ええ、とっても。まさか本当にガジェットが派遣されているなんて夢にも思ってませんでしたから」

 

 クアットロさんの言う通り、ディスプレイには懐かしいアルザスの山が映っています。

 何でアルザスと特定できるかというと、映像のうちの一つにとある集落が映っているから。

 コレが自信の源だったんですね。

 

「これも貴女の差し金ですか? スカリエッティさんは『人質を取るのは二流。一流は実際には人質を取らず脅迫する』なんて事を言ってましたし、完全に油断してましたよ」

 

「勝つために最善を尽くしただけ。負け犬が何を言っても無様なだけですわね。さあ、これで自分の立場が分かったかしら? 分かったのならさっさとあいつらを始末してきなさい!」

 

 そう言って、クアットロさんは勝ち誇った目で私を見てきます。

 唇は釣りあがり、うっすらと笑みを浮かべ、勝ちを確信している表情です。

 なるほど、そういう作戦ですか。

 ル・ルシエの皆を盾に取り、再び私を六課の皆さんと戦わせる。

 自分はその隙にここから逃走する、と。

 そういえば、ここに来るまでに死にかけたりとか色々ありましたけど、その辺の状況は全く変化してなかったんでした。

 

「一応聞いておきますが、もし従わなかった場合は?」

 

「言わなくても分かるでしょう? 周辺に配置しているガジェット編隊、一斉にル・ルシエに雪崩れ込む事になるでしょうね」

 

「良いんですかそんな事して? 守り龍様の怒りを買っても知りませんよ?」

 

「それがどうしたっていうのよ? さあ、無駄話はここまで。早く行ってらっしゃい」

 

 もう一切の時間稼ぎも許さないとばかりに話を打ち切ったクアットロさんが、急かすようにこちらを見てきます。

 この追い詰められた状況下、もし私がこれ以上渋る事があれば、クアットロさんは容赦なくガジェットに命令を下すでしょう。

 こうなった以上、私の選択肢は一つしかありません。

 

 

 

 

『と、いう訳らしいよ。どうしよっか、ヴォルテール?』

 

 

 

 

「あら、どうしたのかし……へ?」

 

 最初に起こった異常は、端にあったディスプレイでした。

 アルザスの状況を中継中のディスプレイのうち一つが突然ブラックアウトし、映像を流さなくなりました。

 すわ故障かと別のディスプレイを見たクアットロさんが、何が起きたのか分からないという顔で間抜けな声を上げます。

 そこに映っていたのは、巨大な黒い柱のようなものがガジェットを押し潰している光景でした。

 さらに別の映像には、全長十数メートルにも及ぶ巨大な龍の姿が。さっきの映像の黒い柱は、この龍の足でした。

 巨大な龍、なんて勿体ぶった言い方しましたが、その正体はヴォルテールです。

 

「な、何よこれ……」

 

「だから言ったじゃないですか。そんな事したら守り龍様の怒りを買うって」

 

「……っ!! まさか貴女が!!」

 

「私は別に何もしてませんよ。ヴォルテールの生息地はアルザス山中。守り龍様が里を守るのは当たり前の話です。危険を知らせる程度はしましたがそれ位ですよ」

 

 私が話をしている間にも、モニターの向こうではヴォルテールによる蹂躙が続いています。

 ガジェットが潰される光景が映る度に一つ、また一つとモニターが死んでいき、やがて全てのモニターが何も映さなくなりました。

 

「さてと、これで形成逆転ですね。さあ、トイレは済ませましたか? 神様にお祈りは? バインドで吊られながらバタバタもがいて命乞いをする心の準備はOKですか? ヴォルテールも相当お冠ですし、覚悟してください」

 

「ッ!! バインド!?」

 

 桜色のリングバインドがクアットロさんの四肢に巻き付いて拘束する。

 そのままクアットロさんを空中に吊り上げ、足は纏めて腕は左右に広げさせ、「人類は10進法を採用しました」の形に固定する。

 

「最後に何かありますか? 私は優しいですからね、3秒だけ待ってあげます」

 

「こんなの絶対おかしいわ!!」

 

「……」

 

「だってそうでしょ! 貴女はその気になればいつだってこうする事が出来た! だったら何で今まで私達に従ってたのよ!? 全然意味が分からないわ! ……そうよ、こんな事ある訳ないわ。こんなの唯の悪い夢よ、あははははは……」

 

「言いたい事は終わりですか? なら、行きますね」

 

 

 

 

 ―応報「罪に染まる彼岸桜」―

 

 そう私が宣言すると同時に、クアットロさんの周囲に花びらを模した無数の弾幕が発生する。

 弾幕は少しずつ数を増やしながら、クアットロさんの周囲を旋回しています。

 そこに変化が起きる。私の魔力光である桜色をしていた弾幕が、一つ、また一つと紫色に変色していく。

 最初はぽつぽつと、やがて全体が紫に染まった所で全ての弾幕が一瞬だけ静止する。

 その直後、全弾がクアットロさん目がけて殺到しました。

 

「いやあああああああああああああ!!」

 

 ドドドドドドドドドド!!

 

 クアットロさんの悲鳴をBGMに、弾幕が次々と命中する。

 非殺傷とはいえ、当たればそれなりに痛いしダメージもある。

 そんなものが何十発、考えただけで恐ろしいです。

 誰ですか、こんなキ〇ガイスペル撃ったのは!←お前だ

 

「……あ……」

 

 着弾による爆煙が晴れ、見えるのは未だにその体を磔にされているクアットロさん。

 僅かに声が漏れた所を見るに、まだ意識が残っているみたいです。

 魔力ケチった影響がこれですか。まさか気絶すらさせられないとは。

 まあ、良いです。だって―

 

「そういえば、言ってませんでしたっけ」

 

「……?」

 

「このスペルにはあと4回のループが残されている。この意味が分かりますか?」

 

「……!?」

 

「さあ、第二波行きますよ!」

 

「……!!」

 

 あ、なんかクアットロさんがすごい勢いで絶望しているのが伝わってきた。

 その絶望たるや、危うく戦闘機人から魔法少女にクラスチェンジしまいかねないレベルでした。

 でも生憎、ここに奇跡なんてものはありません。……魔法はありますけど。

 恨むなら元ネタになったスペルにしてくださいね?

 

「第二波!!」

 

「アァァァァァァァァ!?」

 

「第三波!!」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

「第四波!!」

 

「!!!!!?????」

 

「グォレンダァ!!」

 

 

 

 

 ピチューン!!

 

 

 

 

 

「ふう、これで終わりだね。戻るよ、藍」

 

「あ、ああ」

 

 クアットロさんを抱えながら、私は藍と一緒に来た道へと引き返す。

 もう他のみんなはとっくに決着ついてるので、今は私が皆を待たせちゃってる状態です。

 AMFのせいで念話が使えないので、もたもたしてると置いていかれる事にもなりかねませんし。

 

「……はあ」

 

「どうした、溜め息なんかついて?」

 

「いえ、ちょっとクアットロさんに言われた事考えてて」

 

「「何で自分達に従っていたのか」だったか? そういえば私も聞いていなかったな。……何でだ?」

 

「えーっと……どうしても言わなきゃ駄目ですか?」

 

「嫌というなら強制はしないが」

 

「じゃあ無しで」

 

「……まあ、構わんさ」

 

 その言葉を最後に、藍さんはこれ以上追求してくる事は有りませんでした。

 私はそれに感謝しつつ、合流地点までの飛行に集中する。

 帰るまでが任務ですからね。こんな所で凡ミスなんてしようものなら笑えません。

 とはいえこれでゆりかご決戦もようやくお終い。ここまで本当に長かったです。

 

 ……にしても、スカさん達に従っていた理由ですか。

 そんなの、今更言える訳無いですよ。

 

 

 

 

 「ヴィヴィオの件で誰にも責められないのが辛かったから、敵対して撃墜される事で裁かれたかった」なーんて、言える訳ないじゃないですか。自分で言っててキモいですよ。

 

 

 

 

 ―ミッドチルダ上空 戦艦クラウディア艦内―

 

「機動六課の八神部隊長より入電! 『任務は完了。全人員の脱出を確認』との事です」

 

「そうか、やってくれたか」

 

 オペレーターからの報告に、艦長席に座っていたクロノが返答する。

 はやてからの任務遂行の報告、それはつまり、ゆりかごの動力炉の破壊と首謀者の確保を意味している。現状において、最も待ち望んでいた報告である事は間違いない。

 だが、それを聞いたクロノの表情は依然としてしかめられたまま。

 緊張を保とうと努力しているのだろうか? いや、そうではない。

 周囲を見ると、クロノ以外のスタッフも同様の表情をしていた。

 

「オペレーター、艦隊の目標ポイントへの到達時間は?」

 

「あと15分25秒です」

 

「ゆりかごが目標ポイントに到達するのは?」

 

「……11分30秒後です」

 

「4分か……」

 

 オペレーターの報告に、クロノがさらに顔を顰める。

 時間にしてたった4分、されど4分。その間、ゆりかごは完全にフリーになる。

 その4分間の間に何が起きるのか?

 何も起きないのならそれで良い。しかし、もしミッド地上部に向けて攻撃でもされた場合、どれだけの被害が出る事になるのか、考えただけでも恐ろしい。

 

(動力炉の破壊がもう少し早ければ……いや、今はこんな事を考えても仕方ないな。はやて達はベストと尽くしてくれた。なら、今度は僕の番だ)

 

「速度を上げる事は出来ないのか?」

 

「もうやっています!! ですが、艦隊を維持しながらだとこれが精一杯です!!」

 

「そうか……、なら、本艦のみで先行する!!」

 

「艦長!? 本気ですか!?」

 

「間に合わせるにはそれしかない! 最悪の場合は、本艦を盾にしてでもミッドを守る!!」

 

「りょ、了解!!」

 

 クロノの指示を受け、オペレーターが大急ぎで各所に指示を出す。

 クロノはそれを眺めながら、最悪の場合は父と同じ道を辿る事を覚悟していた。

 戦いはまだ終わってなどいない。

 ゆりかごの脅威が取り除かれるまで、ミッドチルダに平和は訪れないのだから。

 

 

 

 

 ゆりかご目標ポイント到達まで、あと10分

 

 

 

 

 おまけ スペル解説

 

 応報「罪に染まる彼岸桜」

 

 復帰したキャロが幻想郷での経験を元に組み上げたスペル。

 紫奥義「弾幕結界」が原型となっており、弾幕の軌道もそれに倣っている。

 元ネタが五波まであるのでこちらもそれに準拠。夢幻泡沫の方を原型にしないだけ有情である。

 

 弾幕結界との違いは弾幕が花弁の形をしている事と、途中で桜色から紫色に変色する事。

 相手の罪の深さに応じて桜が染まっていく……のではなく、単にキャロが色を操作しているだけだったりする(リリーブラックやゾフィーと似たようなもの)

 良く考えると紫に染まっているのは敵ではなく桜の花びら。

 この辺りにキャロの内面が見え隠れしていたりする。全く難儀な子やでえ……。

 

 作中ではクアットロに使用。

 ただでさえ回避困難なのにバインドで拘束してから当てるのは鬼畜の一言。

 ただ、残り魔力の都合から威力はかなり低めに設定されていた。

 紙防御のクアットロが気絶しなかった事からもその威力はお察し。

 まあそのせいで、意識がある状態で5連打を受ける羽目になってしまったのだが。


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