裏7⑨話 やくもけ
「紫様、紫様~?」
いつもの見回りを終えて家路についた後、これまたいつものように晩飯の準備をする。
メニューは人里で買ってきた山菜の和え物に鯖の煮付け、それと豆腐と油揚げの味噌汁。
記念日でもない日はこんなものだ。毎日宴会なんてしてたら身がもたない。
粗方の準備が終わり紫様を呼びに行く所で、冒頭へと話が戻る。
「開けますよ、紫様」
部屋の前に立ち、そう前置きしてから襖を開ける。
予想通り、私の主はそこにいた。
「やはりここでしたか。聞こえてるならちゃんと返事してください」
「あら、藍じゃない。どうしたの?」
「どうしたの? じゃないですよ。ご飯ですよご飯。冷めてしまいますから早く来てください」
「もうちょっとだけ待ってくれない? 今いい所だから」
「それ昨日も言ってましたよね?」
またか、と呆れた視線を送るも何のその。紫様は少しも悪びれる事無く微笑んでいる。
背後にはスキマが開いており、そこにはとある光景が映っていた。
「ほら、あの子、指を立てて何かするみたいよ。……今の見た!? あの子まだ一歳なのに弾幕撃ったわよ!」
「はいはい分かりました分かりました。その辺にして切り上げてください」
「何でそんなに落ち着いてるのよ。藍にはあの凄さが分からないっていうのかしら?」
「紫様のせいですよ……」
確かに凄いとは思う。私も初めて見た時は驚いたし、今も現在進行形で感心している。
けど、だからといって繰り返し聞いていればうんざりもする。
同じ事ばかり何度も何度も聞く身にもなってほしいものだ。
部屋から出てきた紫様といっしょに居間へ。ちょっとだけ遅くなった夕食を摂る。
むぅ……、少し冷めてしまってるな。
「桜を送ってから毎日毎日、良く飽きないものですね」
「飽きないわよ。一見同じように見えても、良く見れば昨日と今日で少しずつ変化している。子供が成長していく姿を見るのはこの上無い娯楽ね」
嫌味を言っても軽く流された。こっちの言いたい事なんて理解しているでしょうに。
やはり直接的に言わないといけないか。
「娯楽も結構ですが程々にしてくださいと言っているのです! 結界管理の仕事だって私一人でやってるじゃないですか!」
バン、と机を叩きながら強めの語調で叫ぶ。
別にそれほど怒っている訳ではないが、この位やらないと真面目に聞いてくれない。
「何で冬場でもないのに私がフルで動かなきゃいけないんですか!」
「ら、藍? 落ち着いて―」
「私は落ち着いてます!」
あれからというものの、紫様は暇があればスキマを開いて桜の様子を見ている。
別にその事自体には何も言う事は無い。
気になるのは当たり前だし、かくいう私も時々様子を見ていたりする。
けれど、それを言い訳に結界管理の仕事を丸投げされるのは納得いかない。
冬眠は不可抗力だがこちらは完全にサボりだ。どこぞの死神じゃあるまいし。
「きょ、今日はたまたまよ」
「昨日も同じ事言って結局私にやらせたじゃないですか! とにかくちゃんとしてください。このままだと私が保ちません」
「わ、分かったから。明日はちゃんとするから」
「本当にお願いしますね、でないと私の身が保ちません」
はあ、とため息を一つついてから食事に戻る。
このやりとりも今日が初めてではない。
しばらくは真面目にしてくれるだろうが、きっとそのうち似たような事になるだろう。
本当、どうしてこうなった。
表面上の態度からは一見そうと分からないが、紫様はとても愛の深い御方だ。
その事は式になりたての頃に色々としてもらった私が良く知っている。
そもそも、幻想郷という一つの世界を丸ごと愛するような人だ。これで薄情な訳が無い。
なら、その愛情が一点に集中したらどうなるか? そんな事態々言うまでもない。
紫様はよく私の事を過保護だと言うが、紫様にだけは言われたくない。
「藍は冷たいわねえ。桜を追い出すのを反対してた頃の貴女は一体どこに行ったのかしら」
「間違いなくあなたのせいです。私だって気にかけてはいますが、紫様は行き過ぎです」
妖怪の賢者は、親馬鹿を通り越して馬鹿親であった。
「デバイス、ですか?」
「ええ。今すぐっていう訳じゃないんだけど」
私の願いが通じたのか、あれから紫様は真面目に管理の仕事を行ってくれるようになった。
サボる事なく私と交代で行ってくれるため、私の負担も大幅に減少し、大助かりである。
「親がニートだと知ったら桜はどんな顔しますかね?」の一言が効いたのかもしれない。
そういう事もあり最近は大人しくしていたので一安心だったのだが、そんな事を考えていたとは。
「あの子の知識が本当だと、およそ三年後には一人で生きていく事になるわ。そうなった時に生き抜く為の力として、ね?」
「過度な干渉はしないのではなかったんですか?」
「そんな大層な事じゃないわ、あくまで最低限の自衛の為よ。命あっての物種、って言うでしょ?」
「まあ、そういう事なら」
私だって桜の事は大切だ。
私達の都合で放り出して、それで野垂れ死なれでもしたら申し訳無さすぎる。
最低限のフォロー位なら構わないだろう。それと―
「決まりね。なら、どんな物にしましょうかしら? こうやって考えるのも楽しみの一つね。フフ……」
確かあの子がル・ルシエを出る事になるのは6歳になった直後だった筈。
誕生日プレゼントに送るというのも悪くないのかもしれない。
「じゃ、藍。留守番お願いね。ちょっとミッドチルダに言ってくるから」
「あ、ちょ、紫様? ……行ってしまったか」
この日の晩、紫様はデバイスを1機購入して戻ってきた。
「まだ数年先の話ですよ? すこしばかりせっかちじゃないですか?」
「良いのよ。今のうちから、ね」
また親馬鹿か、と呆れる私はその言葉の意図する事に気付く事が出来なかった。
どうしてこうなった?
「ほ、本当に良いんですか、こんなの貰っちゃって!?」
「構わないわ。その代わり……」
「な、何でございましょうか?」
「別に大した事じゃないわ。ちょっとした約束とお願いよ。「この技術を天狗含め外部に漏らさない」「成果内容を定期的に私へ上げる」大まかにはこんな所ね。研究者なら誰もが守るような当たり前の事ですわ」
「お願いというのは?」
「ある程度技術が煮詰まってきたら、それを使って作ってもらいたい物がありますの。そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」
「……ちょっとだけ時間を頂けますか? 仲間と相談したいので」
「構わないですわ。返事は急がなくてもいいから、しっかり意見を一致させてからにして頂戴。これは置いていくけど、勝手に弄ったりしないように」
河童との交渉を終えた紫様が戻ってきた。
その背後では交渉に当たっていた河童がこちらを見送りながら、置いてきたデバイスをチラチラ見ている。
すぐにでも触りたいのだろうが、それはこちらの要求を飲んでから。
相談するとは言ったものの、返事はすぐにでも返ってくるだろう。
「帰るわよ、藍」
「何でデバイスなんか買ってきたと思ったらこういう事でしたか」
「やっぱり店売りの物よりも手作り品よね」
「バレンタインのチョコじゃないんですから……。にしても宜しいので? 河童に技術を漏洩して」
「蛇の道は蛇。最高の物を作るなら、それに見合った人材に任せるのが一番ですもの。もちろん、私も一枚噛ませてはもらうけどね」
「……自衛用じゃありませんでした?」
「もちろん自衛用よ。最高の、ね」
河童からの返答は、言わずもがなであった。
「なあ、橙」
「どうしました、藍様?」
「自衛って、何なんだろうな?」
「私にも分からなくなってきました」
結界補修の仕事の傍ら、私について作業を手伝ってくれている橙に話しかける。
これは最近ではよくある光景で、少し前から橙に少しずつ仕事を教えていっている。
正直に言ってまだ早いのでは、と思っていたがこれがなかなか。
失敗こそあるものの、橙はそれを無駄にせず少しずつ出来る事を増やしていった。
今では監視と簡単な補修くらいなら、一人で任せても良いくらいだ。
まだ一人前とまではいかないが、四分の三人前くらいの働きはしてくれる。
どうしていきなりそんな事を始めたのかというと……紫様が反面教師なのは言うまでもない。
あんな過保護になってたまるか。
「夢幻珠、でしたっけ?」
「ああ。あの仕様書、橙も読んだだろ? 正直どう思った?」
「えーっと、ちょっとやりすぎじゃないかなー、って」
「私もそう思う」
河童への技術提供からはや数ヶ月。
河童は上手くやっているようで、与えられたサンプルから技術のノウハウを吸収し、既存の知識とすり合わせて自らの物にしていく過程が定期的に上がってくるレポートから読み取れた。
魔法術式のプログラム化についてはまだ解析中との事。それさえ終われば独自にデバイスを作る技術力を手に入れるだろう。
その成果を見た紫様はかねてからの「お願い」を依頼した。
要求する仕様を纏めた書類を持って、私と橙は河童の集落へ向かった。
その際、私と橙も仕様書に目を通したのだが……。
「デバイスとしての機能に加え分霊体を用いた融合システム。なんとまあ、とんでもないシロモノになったものだ。紫様は、一体何を考えておられるのか」
「実は何も考えてなかったり……、って、紫様に限ってそんな事は無いですよねー?」
「それは無い……、と思う。うん、無い。……無いよな?」
「うにゃあ……」
「ただいま戻りました、紫様」
「あら、お帰り。橙もお帰りなさい」
「ただいまです、紫様。……あれ? その刀って妖夢さんの?」
「影打よ。埃を被ったままなのも勿体無いから、って幽々子が譲ってくれたわ」
「……何となく予想はつきますが、夢幻珠ですか?」
「ええ。融合だけじゃ宝の持ち腐れになる形態だもの」
「「……」」
ニコニコと笑う紫様の顔を見ていると、先ほど会いにいった河童の顔が想起される。
仕様書を渡した時、彼女達は皆顔を輝かせていた。
想定される作業量に顔を顰める者など一人もおらず、自分達の技術の粋をぶつけるのが楽しみで堪らないといった風に。
山という一つの社会に所属してはいるものの、河童はどちらかと言えばギークという感じである。
納期を決めて計画的にやるのではなく、気の赴くまま興味の向くまま、己の趣味に最大限の力を発揮する連中だ。最高級のオモチャを与えられた河童は、一種の暴走機関車だ。
そして、それを支援するのは紫様。ブレーキを掛けるどころか、ギアを上げてアクセルを思いっきり踏んでくる。
双方共に、自重などという単語はスタート地点に置き忘れている。
親馬鹿とマッドの超融合には、どんな効果も割り込めない。
「それは、お払い棒ですか?」
「そうよ。この位なら構わないでしょ?」
「まあ、それ位なら」
「紫様、それは?」
「レプリカ八卦炉ね。緋緋色金を提供したら、喜んで作ってくれたわ」
「……」
「えーっと……、何ですか、その筒?」
「制御棒ね。河童に作ってもらったわ」
「そんな物何に使うんですか……」
「仕方ないじゃない。「核融合を操る程度の能力」を使うには、どうしても必要なのよ」
「ちょ、何ですかそのトンデモ能力!?」
「この前怨霊騒ぎあったでしょ? その時の地獄烏が持ってたのよ」
「そんなのあの子に持たせるつもりですか!?」
「大丈夫よ、問題無いわ。一番良い装備を作ってあげないとね♪」
「……ははははははは!!」
「藍様?」
「もうどうにでもな~れ~♪」
「ら、藍しゃまあぁぁぁぁー!?」
こうして私は匙を投げた。
「あらあら、困った事になったわねえ」
「予定よりも二年早いですね」
「どうするんですか、紫様?」
スキマを開きながら相談しているのは私と紫様、それと橙。
スキマの向こうでは桜改めキャロが、竜召喚の儀式に挑んでいる。
「色々頑張りすぎたせいで時期が早まっちゃったのね。さすがは桜ね」
「関心している場合ですか!? まだ夢幻珠は完成してないんですよ?」
「ですよね……」
研究開発が始まってから今日で約三年。
技術自体はほぼ完成しており、内部に格納する分霊体、各種装備を含め90%完成している。
だが、100%ではない。
「河童に納期変更の連絡を。それに対する向こうの反応を今日中にまとめて頂戴」
「いいんですか? 間違いなく反発が来ますよ。どうするんですか?」
「誠心誠意謝るしかないわね。今回の件、非は完全にこちら側だから。技術提供の「貸し」があるから堂々としてても良いんだけど、そのせいで向こうのモチベーションが下がるのは下策だからね」
「分かりました。では、行ってきます」
「悪いわね。損な役割押し付けて」
「トップの代わりに謝るのも、部下の仕事ですから」
この日から数日後。
私の土下座と河童の悲鳴と私達全員の睡眠時間を犠牲にして、夢幻珠は完成した。
またこれは完全な余談だが、その後河童は徹夜明けのおかしいテンションのまま宴会に突入。
ナチュラルハイにアルコールが備わり、酒の勢いに任せて大暴れした。
その際、たまたま通りがかった哨戒天狗に喧嘩を吹っかけてしまった者がいたが、仲間の河童はそれを止めるどころか便乗。誤解が誤解を呼び、ついにはこの話が大天狗に伝わってしまい「河童がクーデターだと!?」と妖怪の山始まって以来の大惨事に発展した。
騒ぎは徹夜明けの河童がぶっ倒れ、正気に戻った彼女達が全力で頭を下げるまで続いた。
この際、河童は約束を覚えていてくれたのか私達の事は口に出さなかった。
この出来事は当時の文々。新聞に詳しく記載されているので、バックナンバーを持っている人がいれば読んでみると良いだろう。
お山の事情からガセネタ扱い(というか黒歴史認定)されているが、歴とした事実である。
酒一杯にして人、酒を呑み
酒二杯にして酒、酒を呑み
酒三杯にして酒、人を呑む。
酒の魔力は人妖問わず惑わせる。
用法、用量を守らねばどうなるか、この話がいい例である。
「で、現物がコレです」
「ご苦労様。何とか間に合ったわね」
「ですが、これはまだ未完成品です。この仕様で間に合わせるよう指示を出したのは紫様ですからその辺りは分かっていられるとは思いますが、どうなさるつもりですか?」
いくら研究熱心な河童とはいえ、年単位で取り組んでいたものをたった数日で仕上げるなんていう事は出来ない。
研究が90%しか進んでいない状態で作れば、完成度も90%になってしまうのは当たり前の話である。
「分霊体の封入、装備品の格納部分は既に完成しています。ですが……」
「肝心要の融合管制システムが未完成です。これだけは難易度が桁違いだって河童さんがぼやいてました」
「……。仕方ないと言えば仕方ない話なんだけどね。融合管制システムなんて言っておきながら、実際は「矛盾を受け入れる程度の能力」の間接操作になるんだから」
橙と紫様の言ったように、残りの10%は融合管制システムだ。
そして、その真の実態は、桜の能力の間接的な制御である。
私達は桜の能力に関しては告げていない。
そのうえ本人もいない状態では、研究が滞るのも無理の無い話である。
「一応、私の人格を摸したAIは完成しています。ですが、肝心の中身が未完成では……」
それでもとりあえず出来る所は作っておこうという事で、管制用の人格については出来ている。
このマニュアル「幻想演技」のコードを解除した際には、この人格が起動してテストを行う事になっている。それに合格すれば、晴れて夢幻珠を入手できるという訳だ。
普通に入手させれば良いのに態々余興をこしらえる辺り、紫様の人となりが透けて見える。
「このままではその辺のガラクタと同じですよ。どうするおつもりで?」
こんな状態では、桜(今はキャロと呼ばれているらしい)に渡せない。
紫様は、一体どうするつもりなのか……。
「大丈夫よ。要するに、融合管制システムさえどうにかなってくれれば良いんだから」
「そこが一番困ってる所じゃないですか……」
「……ねえ、藍。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「……何でしょう」
私は紫様の式だ。
お願いされなくても、命令されればその意に沿うように動くのは当たり前である。
だというのに、態々お願いするという事は……。
この時のわたしは、正直言って嫌な予感しかしなかった。
「ちょっと、人柱になってくれない?」
「そういう事ですか……」
「?」
橙は分かっていないようだが、私には紫様の意図する事が理解出来た。
ああ確かに。その方法なら大丈夫だろう。
私はこの時、一つの悟りを得た。
理解できようが出来なかろうが、無茶振りは変わらない。
「……そろそろね。藍、準備は出来た?」
「はい。もう覚悟は済ませました」
「藍しゃまあ……」
「橙、そんな顔をするな。別に一生の別れってわけじゃないんだから」
そう言って、橙の頭を撫でてやる。
納得済みとはいえ、やはり別れというのは少しだけ辛い。
「あちらは終わったみたいね。……藍、そろそろこっちに来なさい」
「はい」
そう返事をして、橙をと一緒に紫様の元へと歩いていく。
紫様の傍にはスキマが一つ開いており、そこには弾幕戦を繰り広げる二人と一匹の姿が映っていた。
『竜魂召喚……スペルカード、召竜「フリードリヒ」!!』
カードを掲げスペル宣言をする少女と、それに従う一匹の竜。
それに対するは、体長30cm程の尻尾を生やした女性だ。
「桜、頑張ってますね。もう体もボロボロでしょうに」
「キャロよ。向こうに行ったら、絶対間違えちゃ駄目よ」
「……あ、終わったみたいです。桜ちゃん、気絶しちゃいましたね」
「橙、名前名前」
「橙はいいのよ、私共々こっちに残るんだから」
「……でしたね」
そんな事を話している間にも、スキマの向こうでは戦いが進んでいく。
これから少しして、さく……キャロの勝利で弾幕戦は終了した。
「じゃ、そろそろ時間ね。行くわよ、藍。貴女とアレを入れ替える」
「はい」
ついにこの時が来た。私は心を落ち着けて、その時が来るのを待っている。
―珠(じゅ)は珠(たま)であり魂(たま)である。
珠(じゅ)は珠(じゅ)であり呪(じゅ)である。―
スキマの向こうから、私を模したAIの声が聞こえてくる。
これが終わったと同時に、私はあの子に成り代わる。
あのAIには、融合管制システムは実装されていない。今のままでは、融合を使用する事が出来ない。
それを解決するための唯一の方法は、誰かがあのAIの代わりになって直接能力行使をサポートする事。紫様が人柱と言ったのはそういう意味。
機械で出来ない部分をマンパワーで補う。何とも単純で強引な話である。
―ここに、夢幻の呪(まじない)となって主と魂の契約を為す。―
もっとも、人柱と言ってもそのニュアンスみたいな酷い事にはならない。
夢幻珠に宿っている限り行動の自由こそ制限されるものの、それ以外は今と変わらない。
能力行使のサポートだって、将来キャロが成長し、能力を使いこなせるようになれば必要なくなる。云わば補助輪的な機能だったりする。
むしろ結界管理の仕事に追われない分、今よりもずっと自由が増えるというものだ。
「紫様、私がいないからって結界の管理サボったりしないでくださいね。橙は落ちてるものを無闇に食べない事、お腹を出したまま寝ない事、知らない人にホイホイついていかない事、それから……」
「私はどこの子供ですか……」
「あらあら。ふふ……」
「あと、無理だけはしないように。疲れたらちゃんと休む事。良いか?」
「……はい!」
ここを離れるのは少しだけ不安だが、紫様と橙がいる。安心して任せられる。
本当なら、この役目は私じゃなくて紫様がやりたかったに違いない。
けど、それは出来ない。幻想郷の管理人として、そんな無責任は許されない。
なら私は、私に任せられた事を全うしよう。それが、紫様の望みだから。
―藍の名のもと、マスター、キャロ・ル・ルシエとの契約を承認する―
こうして、私はキャロと一緒に歩む事になった。
おまけ 21話裏話
「はうっ! す、すいません!」
「あらあら。私は気にしてないから、今すぐ家族の所に行ってあげなさいな。待たせると怒られるわよ」
翠屋から出る際にぶつかってしまった相手に対し、キャロが頭を下げる。
すぐに許してもらえたのが嬉しかったのか、キャロは相手の顔を確認せずにゲンヤさん達の方へと走っていく。
私はその様子を見ながら、翠屋に入っていった金髪の女性に念話を繋げた。
『紫様、こんな所で何やってるんですか』
『あら、藍じゃない。久し振りね』
『久し振りとかどの口がそんな事行ってるんですか白々しい。暇さえあればしょっちゅう見てるじゃないですか』
『それでも、こうやって会うのは久し振りよ。出会いは大切にしないとね』
『……はあ。で、何しに来たんですか?』
『ちょっとした観光よ。それと桜の様子を見に、ね』
『ね、じゃないです。大体、結界管理の仕事はどうしたんですか? まさかサボってないでしょうね?』
『大丈夫よ、問題ないわ』
『と、言いますと?』
『全部橙に押し付けたわ』
『ちぇええええええええええええん!?』