幻想幼女リリカルキャロPhantasm   作:もにょ

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第75話 絶望「全人類のナイトメア」

 ―ゆりかご跡地 スカリエッティのアジト地下―

 

「はああああっ!!」

 

「ククク……ハハハハハ!!」

 

 無防備な格好で笑い声を上げるスカリエッティに、私はバルディッシュの魔力刃を振り下ろす。

 案の定、魔力刃はスカリエッティに当たる直前、発生した障壁によって止められる。

 障壁と拮抗してギギギ、と音がするが、時間が経つにつれ、高濃度AMFにより魔力刃の構成が脆くなっていく。

 

「無駄だよ、その刃は私達には届かない。今まで何度も試したじゃないか。なのに、まだそんな無駄な行動を続けるというのかね?」

 

「うる……、さい!!」

 

「八つ当たりは見苦しいよ? まあ確かにキミからすれば、アレはなかなかに衝撃的な結末だったのだろうね。現実逃避したい気持ちも分からないでもない」

 

「!?」

 

「図星かい? おお、怖い怖い」

 

 私達が戦っている部屋、そのスクリーンには六課とキャロの戦闘映像がリアルタイムで中継されていた。

 戦闘開始から決着、落とされたキャロと、そのキャロを腕に抱きながら絶叫するはやて。

 その一部始終を私とエリオ、それとアギトは見ているだけしか出来なかった。

 スカリエッティの口を塞ぐかのように、私は何度も魔力刃を叩きつける。

 構成の脆くなった部分は魔力で補いながら、この状況を打開する為に頭を巡らせる。

 このままだと、AMFのせいでジリ貧は確実。……なら!!

 

『バルディッシュ、オーバードライブ』

 

≪Sir?≫

 

『このままじゃ無理。だから多少無茶してでも強引に突破する。いいね?』

 

≪Yes Sir.≫

 

 今からやろうとする事は半ば賭けに近い。

 でも、このままだと待っているのは確実に魔力切れ。そうなると、こちらに勝ち目は無くなる。

 無茶な事には変わらないけど、このまま手をこまねいていてはその無茶すら出来なくなる。それだけは避けたいから。

 

「行くよ……。バルディッシュ!!」

 

≪Sonic drive get set.≫

 

 

 

 

 結果から言うと、私達は賭けに勝った。

 残っていた魔力を振り絞って作り上げたライオットザンバーは、スカリエッティの張った障壁を打ち貫いた。返す刀を無防備状態のスカリエッティに叩き付け、反対側の壁まで吹き飛ばした。戦闘機人の方は、私にタイミングを合わせて突撃してくれたエリオの手で気絶させられた。

 壁に叩きつけられたスカリエッティは意識こそ失ってはいないものの、壁に背を預けてうずくまり、最早戦える様には見えない。

 戦闘機人をエリオとアギトに任せ、私は周囲を警戒しながら、スカリエッティへと近付いていく。

 

「これで終わりです。ジェイル・スカリエッティ、貴方を逮捕する」

 

 バルディッシュの先端を突きつける。

 魔力の節約のため、バルディッシュから魔力刃は出していない。

 何はともあれ、これでスカリエッティは確保できた。

 筈なんだけど―

 

「……何がおかしい?」

 

 絶体絶命の状況だというのに、スカリエッティの表情からは絶望といったものを感じない。

 それどころか、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている有様だ。

 

「いや、済まない。つい、ね。それよりも、キミ達はこれで終わりと、本気で思っているのかな?」

 

「……どういう意味だ?」

 

 もう決着はついた筈。冷静に現状を省みても、今のスカリエッティの発言は負け惜しみもいいところだ。だけど―

 

「疑問に思わなかったかい? ここに来るまでにガジェットが一体も配備されていなかった事、ウーノ以外の戦闘機人がいない事、そして何より、私がここに残っている事」

 

「それは……、まさか!?」

 

「気付いたようだね。でも、少し遅かったね」

 

 スカリエッティは相変わらず俯いたままで、私はそれを見下ろしている。

 でも、何故だろう? むしろ見下ろされているのは私の方じゃないかと感じるのは。

 

「私は唯の囮だよ。キミのようなSランクオーバーの魔道師を一人でも多く足止めする為のね。敗れはしたものの、役割は果たした。後は本命が何とかしてくれるだろう。そう、僕達の本命は―」

 

 

 

 

 ―ゆりかご最深部 コントロールルーム―

 

「あらあらあら、ついにドクターもやられちゃいましたか~」

 

 眼前に映る幾つものウィンドウ、そのうちの一つを見ながら、女性は全然残念そうに見えない様子でため息を一つ。そのため息には、失望と呆れが半々に混じっていた。

 

「まあ、仕様がないですわね。ウーノ姉様とドクターだけじゃ、防御は出来てもロクな攻撃は出来ませんし」

 

 彼女にとって、今まで起きた事は全て想定の範囲内。

 当初は決行自体が危ぶまれた作戦。しかしそれは彼女のアイデアを切っ掛けに、今や十分に実現可能なものとして息をふき返していた。

 

「Sランクオーバーのうち、一人はゼストさんに、もう一人はドクターによって抑える事に成功。一人は未だにゆりかごの外。そして、最大の脅威は、お仲間達と戦って同士撃ち。こうまで上手く行くなんて、自分の才能が恐ろしいですわ」

 

 自分の立てた作戦が上手く行っている実感から、彼女―クアットロの気分は否応無しに上がって行く。

 今クアットロを支配しているのは、まるで世界が自分を中心に回っているかのような万能感。

 伊達で付けていたメガネを放り投げ、マントを翻す。

 ゆりかごのコントロールは、聖王の器を介してクアットロの元にある。

 今この場において、クアットロはかの聖王と同等の力を持っているのに等しい。

 その事実がクアットロを更に後押しする。笑いが止まらないとはこの事だ。

 

「後はゆりかごに進入したお馬鹿さん達を掃除するだけだけど、それもあと少しの事。まあ、精々頑張ると良いですわ。もがけばもがく程、こちらに取っては最高の見世物になるんですから」

 

 そう言って、クアットロは別のウィンドウに顔を向ける。

 ゆりかごに進入したメンバーが希望を胸に必死に戦う姿、そして、それが絶望に変わる瞬間。

 その一瞬を見逃さないように、クアットロはウィンドウから目を離そうとはしなかった。

 

「片やセッテちゃんのおかげでガス欠寸前。片やトーレ姉様のおかげで満身創痍。しかも現在は陛下と戦闘中。いつまで意地を張ってられるか見物ですわね」

 

 

 

 

 ―ゆりかご内部動力炉―

 

「よし、粗方片付いたな」

 

 ゆりかごの飛行能力を支えているメインエンジン。

 その正面に立っているヴィータは、自分に課せられた任務を思い出しながら、正面にある動力炉を見つめていた。

 彼女の周囲にはいくつものガジェットの残骸が落ちている。それら全てが、彼女の鉄槌によって打ち抜かれた成れの果てである。

 

≪周囲に反応無し。ただし、先程のステルス機は警戒してください≫

 

「言われねーでも分かってるよ。今のうちにやるぞ、アイゼン」

 

≪Jawohl.≫

 

 アイゼンのカートリッジシステムが回転し、中からカートリッジが一発排夾される。

 ヴィータは手元に残っていたカートリッジを一つ、新たにアイゼンに挿入する。

 

「今一発使ったから、残り三発か……。リミットブレイクは使えねーか」

 

 そう一人ごちながら、ヴィータは動力炉の直前へ向かって飛んでいく。

 アイゼンの間合いや取り回しを考えた上で最適な位置に移動した後、アイゼンを構える。

 

(ギガントシュラークだと少し厳しいか?)

 

 出来る事なら、己の最大の力をもって当たりたかった。けど、現実はそうはいかない。

 ゆりかご内部での連戦により、カートリッジは残り3発にまで減少している。

 この状態だと、ヴィータに選べる手段からリミットブレイクが除外されてしまう。

 

(……けど、だからって、諦めるなんて真似は絶対しねえ!!)

 

 カートリッジが足りない? リミットブレイクが撃てない?

 例えそうだとしても、それらはヴィータが止まる理由にはならない。

 はやてが自分に任せてくれた。はやてが自分を信じてくれた。

 主の信頼に応える事。夜天の主に仕える鉄槌の騎士にとって、それは誇りそのものだから。

 

「行くぞ、アイゼン!!」

 

≪Gigant form.≫

 

 ガショッ、ガショッとアイゼンの機構が作動し、カートリッジに充填されていたなけなしの魔力が全て開放される。

 そしてアイゼンの形態も変化。槌の部分が動力炉と同サイズにまで巨大化する。

 その姿は、巨人の名を冠するに相応しいものであった。

 

「轟天、爆砕……」

 

 ここでヴィータは深呼吸を一つ。

 これから自分が行うのは、正真正銘の一発勝負。

 今から出す一撃に全てを賭ける気持ちで、ヴィータは神経を集中させる。

 

「ギガント・シュラーーーーーーーク!!」

 

 渾身の力で振り下ろされた鉄槌が、動力炉に叩き込まれる。

 アイゼンと動力炉の障壁が衝突し、互いに干渉し合う。

 ここまで来れば、後は純粋な力勝負のみ。

 

 ギギギギギギギギギギギ……!!

 

「まだ……、まだああああああっ!!」

 

 ヴィータの体から、残りの魔力が振り絞られる。

 それら全てがアイゼンに注ぎ込まれ、動力炉を破壊するための力に変換される。

 後の事なんて考えない全額ベット。現状においてヴィータに繰り出せる、正真正銘最大の一撃だった。

 

 

 

 

 そんな彼女に足りないものがあったとするのなら―

 

 

 

 

「―――あ」

 

 それは、あまりにも呆気ない幕切れ。

 アイゼンに供給される魔力が切れ、巨大化が解ける。

 呆然とするヴィータの眼前には、未だその機能を失っていない動力炉が、悠然と佇んでいた。

 

「嘘、だろ……」

 

 その呟きとは裏腹に、ヴィータに残っている冷静な部分は事実を正確に認識していく。

 己の一撃は届かなかった。それだけではない、今の一撃で、残りのカートリッジを全て消費してしまった。

 今以上の威力が求められる状況であるにも関わらず、今の一撃に肩を並べるレベルの攻撃すら不可能であるという事実を、ヴィータは理解してしまった。

 

「……畜生」

 

 ヴィータの胸に去来するのは絶望と、それよりも大きな……悔しさ。

 

「畜生、畜生……」

 

 自分の鉄槌が届かなかった。はやての期待に応えることが出来なかった。そして何より、本当の意味での全力を出せなかった。

 もしもカートリッジの予備があと数発あれば、ギガントよりももう1段階上のリミットブレイクが撃てた。その上で、アイゼンの強度限界ギリギリのレベルの攻撃を叩き込んだら、あの動力炉だって破壊できたかもしれない。いや、間違いなく破壊できていた。

 けど事実として、ヴィータに許されていたのは3発分のカートリッジのみ。

 全力を出す事を許されないままに、ヴィータの運命は決定された。

 

「ちっくしょおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 ―ゆりかご内部 聖王の間―

 

≪マスター……≫

 

『大丈夫だよ、レイジングハート』

 

 レイジングハートに答えて、なのはは壁にめり込んでいた自分の体を起こす。

 その拍子に、壁の破片がいくつかこぼれ、地上に落下していった。

 その直後、自分の元に飛んできたシューターを障壁で防ぎながら、負けじと牽制のシューターを撃ち返す。

 シューターの向かう先にはレリックによって聖王としての力を解放されたヴィヴィオが、怒りの形相でこちらを睨んでいた。

 

(強い……。これが、ヴィヴィオの力だっていうの?)

 

 数分前、聖王の間へと到着したなのはを待ち受けていたのは、レリックを埋め込まれ、ゆりかごの核となったヴィヴィオであった。

 レリックの魔力によって強制的に体を成長させられ、クアットロの制御の元、固有レアスキル「聖王の鎧」を展開させたヴィヴィオは、なのはに対して牙を向けた。

 聖王モードでの圧倒的な戦闘力を振るうヴィヴィオに対し、流石のなのはも苦戦していた。

 

 聖王の鎧の強固な防御の前に、アクセルシューターは牽制以外の意味を見出せなかった。

 ブラスタービット総掛かりで施したバインドは、クリスタルケージと併用してさえ、ほんの数秒の足止めにしかならなかった。

 頼みの綱の砲撃は、発射を見切られて手痛い反撃を喰らう事になってしまった。

 

 なのはの予想では、ヴィヴィオの制御には体内に埋め込まれたレリックが鍵になっている。そして、その予想は大当たりであった。

 だとすると、なのはのやるべき事は決まっている。

 非殺傷設定、純粋魔力ダメージによるレリック破壊。聖王の鎧の防御を貫ける、最大火力での一撃を直撃させれば良い。

 勝利条件は分かっている。後はそれを実行するだけ。なのだが―

 

『くうっやっぱり、キツイ……』

 

 ヴィヴィオの隙を突いてバインドに成功するものの、ものの数秒で解かれてしまう。

 こんな短時間では、いくらなのはであろうとも目標とする火力をチャージする事など出来やしない。

 ゴールは分かっているのだが、そこに到達する道が見えてこない。

 今のなのはは、そんな状況であった。

 

 

 

 

 だけど、そこで終わりにする程、エース・オブ・エースは甘くない。

 

≪マスター、エリア4までサーチ完了。残り1エリアです≫

 

『うん。出来るだけ急ぎでお願い』

 

≪All right.≫

 

 なのはとレイジングハートの操作により、この戦場と遠く離れた地点で、サーチャーが飛んでいく。

 ワイドエリアサーチ、略してW.A.S。

 ヴィータと別れた直後に出しておいたそれは、なのはとヴィータとは別のルートをこっそり通ってゆりかご内部をサーチしていた。

 今現在、サーチャーが探しているのはヴィヴィオを操っている張本人、クアットロの居場所である。

 

 それさえ見つける事が出来れば状況は変わる。

 場所さえ分かれば、なのはは壁抜き砲撃でクアットロを撃ち抜ける。

 ロストロギアを消滅させるならともかくとして、壁を抜いて戦闘機人ひとり昏倒させる位なら、数秒のチャージとカートリッジ数発で事足りる。もし制御を司っているのがクアットロではなく周辺の機械群であったとしても、砲撃で空けた穴から乗り込んでいって破壊すれば問題無い。

 コントロールさえ解除してしまえば、ヴィヴィオと戦う事も無くなる。万一、制御を離れてもなお聖王モードのままである場合も、まともに戦闘する事は不可能だから、拘束しての最大火力でレリックを破壊してしまえば良い。

 勝利へのたった一つの道のり。そのための準備は既に済ませてある。

 後はその道が目の前に出てくるまでひたすら耐え続ける。それが今のなのはに出来る最善だった。

 

 

 

 

 そんな彼女に、一つだけ不幸があったとするのなら―

 

 

 

 

≪……!! Caution!! Caution!!≫

 

『レイジングハート!?』

 

≪対象エリアに高濃度AMFを確認。サーチャーの反応、……消失しました≫

 

「嘘!? ここまで来て!?」

 

 それは様々な要因によってもたらされた全くの偶然。

 本来、地上部隊への攻撃に出される筈だったガジェットⅠ型が、作戦変更によりお荷物になってしまった事。

 お荷物になったガジェットが、全てゆりかご内部に運び込まれた事。

 その中でも余ってしまった極一部のガジェットが、ランダムにゆりかご内を巡回していた事。

 そしてそのガジェットのうちの一体に、サーチャーが不幸にも鉢合わせしてしまった事。

 それらは全て、意図して行われた事ではない。

 しかし事実として、それらはなのはの頭上に伸びていた、たった一本の糸を切ってしまう結果へと繋がってしまった。

 ガジェットⅠ型の出したAMFにより、頼みの綱のW.A.Sは失敗してしまった。

 そしてその情報は、クアットロの元にも送信される。

 

「あらあらあら……。バインドばっかり攻めてこないと思ってたら、こんな事を企んでたんですか。でも、残念でした~」

 

 内心では冷や汗ひとつ。それを意識しないようにしながら、クアットロは気を取り直す。

 正直言って危なかったが、既にその脅威は取り除かれた。

 

「ふふふふふ……」

 

 既に勝敗は決した。まだ抵抗が続いてはいるものの、それも時間の問題。

 

「心が軽い。こんな幸せな気分は生まれて初めて」

 

 あと1時間もすれば、ゆりかごは目標ポイントに到達する。

 そうなってしまえば時空管理局も恐るるに足らず。世界中を敵に回しても勝利できる力が手に入る。そう―

 

「もう何も怖くない――――!!」

 

 

 

 

 

 ―???―

 

「……アレ?」

 

 何で私、こんな所にいるんだろう?

 記憶が確かなら、私はゆりかご上空ではやてさんと戦ってた筈なんだけど……。

 このまま寝転んでいても仕方ないので、とりあえず体を起こす事にする。

 

「――うわぁ」

 

 目の前に広がる光景に、私は息を飲みました。

 そこにあったのは、一面の赤色。彼岸花の花が、辺り一面に咲き誇っていました。

 どうやら彼岸花の花畑、その中心で、私は気を失っていたみたいです。

 

「いつの間にか、服装まで変わってるし……」

 

 服を見てみると、いつもの普段着でも萃香タイプのバリアジャケットでもなくなっていて、何故か真っ白な着物になってました。

 あと、夢幻珠が無いのは仕方ないとして、左腕に付けていたペスカトーガも無くなっていました。

 

「藍、らーん……、いないみたいですね」

 

 現状について何か知ってるかもと思い藍を呼んでみるものの、返事がありません。

 どうやらここには、私一人しかいないみたいです。

 

「……でも、そっちの方がいいかもね」

 

 服装をチェックした際に気付いた事が一つ。

 もしその予想が当たっていたのなら、藍はこんな所には居ない方がいいですからね。

 とりあえずいつまでもこんな所にいても仕方ないので、適当に方向決めて歩いてみますか。

 

「フリードもいないけど……、まあ、藍もいるし、大丈夫でしょう」

 

 ゆりかご決戦後に藍達の扱いがどうなるか正直心配ですけど、出来るだけの事はしておきましたからね。

 藍達を私の元から離れさせて、直接の関わりを断ち切らせた。

 その上で、ディードさんを排除するついでに藍からレジアス中将に恩を売る事が出来た。

 加えてスカさんとした約束もありますから、そう酷い事にはならないでしょう。

 後は六課の皆さんが口裏を合わせてくれれば、どうにでもなります。

 

「この辺はこれ以上わたしが考えても仕方ないですね。それよりも―」

 

 今はそれよりも自分の事。

 歩いているうちに段々と思い出してきた、ここに来る直前の私の状況。

 それと今の自分の状態を見て、何となく予想がついてきました。

 

 歩く事数分。私は彼岸畑を抜けて、砂利の地面を踏みしめながら歩き続けています。

 いつの間にだろうか、周囲には霧が出てきて、遠くから水の流れる音が聞こえてきました。

 私は水音が聞こえる方に向けて、更に歩いていきます。

 

 そこから更に数分。今私の目の前に流れているのは巨大な川。

 この霧はやっぱり川霧だったか、と予想が当たっていた事を確認しながら、私は周囲を見回します。

 

「ここなら……。あ、やっぱりいましたね」

 

 ここでも自分の予想が当たっていた事を確認して、私は見つけたものの近くへ歩いていきます。

 歩いた先にいたのは岩に背を預けて、シエスタ的な意味で船を漕いでいる女の人でした。

 どうしようかと考えるものの、このままでも仕方無いので、とりあえず起こしてみる事にする。

 大丈夫、既に覚悟は決めてある。

 私がここに来るまでの状況、それと、「左前に着付けられた真っ白な着物」。

 その2つから導き出される結論には、とっくに気付いているから。

 

「あのー、すいませーん。起きてください、小町さん」

 

「……ん? 何だい、折角人が良い気持ちで寝てたっていうのに」

 

 ふああ、と欠伸を掻きながら女の人―小野塚小町さんが起き上がります。

 その手に持っている鎌が彼女の職業、つまり、死神である事を分かりやすく示していて―

 

「何、じゃありませんよ。仕事です仕事。そんな風にサボってて、閻魔様に怒られても知らないですよ」

 

「サボりじゃない、ちょっと休憩してただけだって。程良い休憩によって、むしろ効率が上がるってもんさね。にしても、まさか死人の方から催促されるなんてねえ。珍しい事もあるもんだ」

 

 そう言ってカラカラと笑う小町さんを見ながら、私はこれについても自分の予想が外れていなかった事を理解しました。

 ああ、やっぱりそうだったんだ―

 

 

 

 

「私、ほんとに死んじゃってるんですね」


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