幻想幼女リリカルキャロPhantasm   作:もにょ

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第71話 不屈「倒れ逝くその時まで」

「はあ、はあ、はあ……」

 

 自らのデバイスを杖代わりにしながら、少女は息を整える。

 身に纏っているバリアジャケットは所々切れており、ここであった戦いの激しさを物語っている。

 少女の周囲にあるのは大量の残骸。ほんの数分前までガジェットⅣ型と呼ばれていたもの、その成れの果てである。

 あるものは、脳天からハンマーを叩きつけられて潰された。

 あるものは、飛んできた鉄球でボディに風穴を開けられた。

 そして全体のうちの半分以上は、巨大化したハンマーでまとめて数十体ジャンクにされた。

 それら全てが機能停止に追い込まれ、プスプスと煙を上げていた。

 そして、もう一人―

 

「……」

 

 ガジェットの傍に倒れているのは、戦闘機人ナンバーⅦ、セッテであった。

 ガジェットとともに数の暴力で倒そうとした彼女であったが、それに対し、ヴィータはフルドライブで応戦。ギガント化したハンマーで独楽のように回転しながらガジェットの群れに突っ込まれ、ガジェットは片っ端からジャンクにされてしまった。

 彼女自身も固有武装を叩き割られた後に腹部にハンマーを叩き込まれ、その意識を刈り取られた。

 

(Ⅳ型しか連れてこなかったのは明らかに失敗でした。接近戦しかできないのでは相性が悪すぎます)

 

 気絶する直前、彼女はそんな事を考えた。

 ヴィータによって意識を刈り取られた彼女はそのままバインドで拘束され、今もなお気絶中である。

 ヴィータは万一意識を取り戻した時に逃げられないように、多重バインドでセッテを縛りつける。

 起きない方が都合が良いので締め付け具合はそこそこに、その代わり、決してブレイクされないように構成に気を付けてバインドを施す。

 

「こんなもんか。たく、手間かけさせやがって。ま、私とアイゼンの敵じゃなかったけどな」

 

≪……≫

 

「じゃあ、そろそろ行くか。動力炉はすぐそこだ。こんなのさっさと終わらせて、なのは達の援護に回るぞ」

 

≪……≫

 

「……分かってるさ」

 

 アイゼンの沈黙の意味を察したのか、ヴィータはポケットを探ってカートリッジを取り出す。

 手の上にあるのは一発分。ついさっきまで三発分あったのだが、セッテ達を撃破する際に二発消費してしまった。

 これとアイゼンに装填されている分を合わせると、ヴィータが使えるのは残り四発である。

 

「確かに厳しいかもしんねー。けど、ここまで来て「出来ませんでした」じゃはやてに合わせる顔がねえ。だろ?」

 

≪……Ja.≫

 

 ヴィータの任務はゆりかご動力炉の破壊。それが出来ると信じているからこそ、はやてはヴィータをこちらに回した。

 主であるはやてが信じてくれている。ヴィータにとって、それは一番シンプルで、だからこそ決して譲れないものである。

 出来る出来ないじゃない。やる。唯それだけ。

 ヴィータの辞書に、諦める等という言葉は存在していなかった。

 

「行くぞ、アイゼン!! 動力炉なんざ、全力全開でぶっ潰す!!」

 

≪Jawohl.≫

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

「くっ!!」

 

≪Round Shield.≫

 

 ギギギギギギギギギ!!

 

 向こうの魔力刃と私の障壁が衝突して、鍔迫り合いのような音が聞こえてくる。

 何とか一撃目は防げたけど、このまま接近戦を続けられるのは不味い。なら―

 

≪Barrier Burst.≫

 

 防御に使っていた障壁を爆発させて、その爆風を利用して距離を取る。

 

「アクセル……」

 

「させるか!!」

 

「ッ!?」

 

≪Protection.≫

 

 シューターを発射しようとした矢先、それを潰すかのように突進を受ける。

 レイジングハートがオートで障壁を張ってくれたおかげでダメージは無い。けど―

 

「どうした? これで終わりか、エース・オブ・エース!!」

 

「まだ……、まだ!! シュート!!」

 

 完成していた誘導弾を三発、零距離から発射する。

 読んでいたのか、向こうは即座に間合いを取って誘導弾を回避する。

 回避されたものは軌道を変え、それぞれ別方向から襲い掛かる。

 

「ふっ!!」

 

 回避を続けるのは得策じゃないと判断されたのか、向こうは肘に付けられた魔力刃で、シューターを切り払っている。

 一回交差する度に一発。三回交差する頃には全弾が切り払われてしまった。

 今のうちに……。

 

「甘い!」

 

「!?」

 

「チャージなど、させるものか!」

 

 ディバインバスターを発射しようとした所で再び突撃を受け、砲撃がキャンセルされる。

 シューターと違い、砲撃は途中で潰されたら意味が無くなる。

 こうなった以上間合いを離すための手段は、バリアバースト位しか無くなる。

 

≪Barrier Burst.≫

 

 障壁に裂いていた魔力と引き換えに、再び距離を取る事に成功する。さっきからずっとこの調子。

 障壁はまだ抜かれていないんだけど、この千日手に近い状況はどうにかしないと……。

 

 とは言うものの、状況はそう優しいものじゃない。

 今私が戦っているのは、縦横高さが30メートルの室内空間。

 この広さだと、空戦するには少し狭い。かと言って砲撃一発で全範囲をカバーできる程広い訳でもない微妙な大きさ。重要になるのは、最高速度じゃなくて瞬発力。

 そんな中、戦う相手は高機動の接近戦型。私とは正反対に、このフィールドに最も適しているタイプ。この戦闘における主導権は、完全に向こうに握られていた。

 幸い、向こうの攻撃は防げるので大事にはなっていないんだけど、それは向こうも同じ。

 ヒットアンドアウェイで立ち回られて、こっちの攻撃の出鼻を確実に潰してくる。

 せめて設置型バインドが使えれば良いんだけど、無いものねだりなんてしてられない。

 

 ……アレしか無い、かな。

 

「ごめんね、レイジングハート。ちょっとだけ、無理するよ」

 

≪All right. Blaster Mode.≫

 

 

 

 

(予定通り……と言った所か。)

 

 作戦通りに事が運んでいる事に、私は内心安堵していた。

 明らかに戦力が少ない状態でのゆりかご浮上。プランの変更を余儀なくされた状態でドクターが選択したのは、「ゆりかごへの戦力一極集中」であった。

 その結果地上に向かうはずの戦力は全てカットされ、その分がゆりかご内部に回された。

 ゆりかご内部に限定するのなら、当初のプランよりも戦力は多い。

 

(だが、それだけでは)

 

 しかし、当然ながら良い事ばかりでは無い。

 本来ならゆりかご内部に配置される筈のディエチは既にリタイアしており、回せるナンバーズは自分とセッテの二人しかいない。となれば、自分達がここに配置されるのは当然といえる。

 

 何が言いたいのかというと、アジトに残ったドクターが完全にノーガード状態なのだ。

 ウーノの直接戦闘能力は皆無なので、護衛としては期待できない。

 せめてガジェットを配置するように進言したが

 

「あのオモチャでは、ここは保たないよ。ここに配置して無駄に消費される位なら、ゆりかごに回した方が余程マシさ」

 

 と一蹴されてしまった。

 なら、ゆりかごに乗り込んでくださいと進言したが

 

「それは出来ない相談さ。私がここで何人か引き受けないと、そちらの負担が大きくなるからね」

 

 と、これも受け入れられなかった。

 管理局側にとって、ドクターの身柄は何としても押さえておきたい物であり、囮としてはこれ以上の適任もいない。管理局もキング自らが囮役をする等とは夢にも思わないだろうから、この作戦は確実に成功する。

 ドクターの身柄と引き換えに。

 

(いや、もう考えるのは止そう。こんな事を考えた所でどうにもならない)

 

 既に作戦は始まっている以上、いくら私が悩んだ所で何も変わらない。

 元より自分は戦闘機人。戦いこそがその使命。

 考える事はドクターに任せてひたすら戦い続ける、そういう存在である。

 

 気を取り直し、今戦っている相手へと意識を戻す。

 エース・オブ・エース、高町なのは。

 彼女との戦闘は、地の利もあってか終始こっちが主導権を握って戦闘を展開している。

 とはいえ、未だに彼女の持つ強固な障壁を破る事ができず、お互いに決め手に欠けた状態で千日手の様相を呈してきていた。

 今は持ち前のスピードで圧倒出来ているが、これから先もこうなるかは分からない。

 保有している魔力量から、長期戦になった場合は向こうが有利なのは間違い無い。

 さて、どうやってその防御を崩そうか……、そんな事を考えていた時だった。

 

≪All right. Blaster Mode.≫

 

 デバイス音声がした直後、向こうの魔力が急激に増加するのをセンサーが捉える。

 モード、という単語から予想されるのは、向こうのパワーアップ、ないしはデバイスの形態変化。

 そう判断してから、私の行動はすぐであった。

 

「させるか! 「ライドインパルス」!!」

 

 ISによる急加速による突撃で、一気にクロスレンジに持ち込む。

 向こうの様子はというと、モードチェンジ中なのか動きが無い。そして―

 

(予想……、通りだな!!)

 

 いつもならオートで発動している防御魔法も、発動する気配が全く見えない。

 モードチェンジ中に別タスクをする余裕が無いからなのか、兎に角、勘は大当たりであった。

 

(もらった!!)

 

 モード移行時に生まれる一瞬の隙。

 その隙を見逃さず、私はエース・オブ・エースの体に魔力刃を突き立てる。

 刺した所から血が噴出し、真っ赤な花が空に咲いた。

 

 

 

 

「捕まえ……た。」

 

「!?」

 

「これでもう……、逃げられない……、よね?」

 

 仕留めたと思った。現に、魔力刃は今もなお刺さっており、傷口からは血が流れている。

 しかし、目の前の相手は我関せずとばかりに、右手で私の腕を掴んで離そうとしない。

 

「くっ!?」

 

「!? うああああああ!!」

 

 刃を引き抜こうとして、力ずくで腕を引っ張る。

 その動きが傷口に触るのか、絶叫が響き渡る。

 でも、いくら絶叫しようとも、その右手だけは私の事を掴み続けていた。

 

「……でぃばいん―」

 

 残った左手で持っているのは己のデバイス。

 いつの間にか魔力チャージされたそれが、私の腹に押し当てられる。

 そして―

 

「ばす、たー……」

 

 今にも消えそうな声とは真逆の馬鹿げた威力の砲撃が、私の意識を刈り取っていった。

 

 

 

 

≪マスター≫

 

「大丈夫、まだ動ける」

 

 レイジングハートとやりとりをしながら、簡単な応急手当を進める。

 傷口を消毒してから薬を塗り、包帯を巻いてからバリアジャケットを再構成する。

 刺されたのは右肩で、動かそうとすると結構痛い。

 利き手じゃないのが不幸中の幸い、かな?

 

「ごめんね、レイジングハート。こんな作戦しか思いつかなくて」

 

≪現状を考えるとこれが最善でした。むしろ、マスターにこの行動を取らせた原因は、私の力不足です≫

 

「そんな事ないよ。レイジングハートには、いっつも助けてもらってるもん」

 

≪マスター……≫

 

「それよりも……。行くよ、レイジングハート。あの子が、ヴィヴィオが待ってる」

 

 とりあえずだけど応急手当も終わった今、いつまでもここに留まっている意味は無い。

 少しでも早く、ヴィヴィオの所に行かないと……ッ!?

 

≪マスター!?≫

 

「大丈夫。ちょっと、傷口が引き攣っただけ」

 

 正直言って結構痛い。けど、だからと言ってここで休むなんて出来ない。

 それに、ヴィヴィオは今、これの何倍もの痛みを受けている筈だ。

 この程度の痛みでへこたれてたら、あの子に顔向けなんて出来やしない!!

 

「待っててね、ヴィヴィオ。なのはママが、絶対助けてあげるから」

 

 痛みを気合で誤魔化しながら、私とレイジングハートは中枢部へと向かっていく。

 その行き先を示すかのように、私達が通った跡には赤い点がぽつぽつと落ちていた。

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

「くっ!!」

 

 ギィン!! ギィン!!

 

 ミッド上空、地上本部から数キロメートル離れた地点でデバイスがぶつかり合い、その余波で辺りに魔力が発散される。

 その中心で戦っているのは、二人の魔導師と一基の融合騎であった。

 

「『紫電……一閃!!』」

 

 そのうちの片方、シグナムと、シグナムとユニゾンしたリインは、強化したレヴァンティンで斬撃を放つ。

 

「……ッ!!」

 

 もう片方の魔道師、ゼストは器用な槍捌きでそれを受け流す。

 今の状態でまともに受けたら、デバイスが破損してしまうが故の判断であった。

 

 ギィン!! ギィン!! ギィン!!

 

「くう……ッ!!」

 

「はあっ!!」『行けるです!!』

 

 だけど、それも長くは続かない。

 戦闘開始から既に数分。その数分で、ゼストの体は急激に消耗していた。

 元々、不完全なレリックウェポンである己の体。

 「死体が執念で動いているだけ」と自嘲する彼の体がそう長く保たない事は、彼自身よく分かっている。

 その上、ロクな調整を受けないでの放浪生活。どのみち長くないからと、スカリエッティのアジトにも殆ど顔を出す事は無かった。

 例えるのなら、砂時計の端に僅かにこびりついている欠片。

 その程度しか、彼の命は残されていない。

 

(恐らく、あと少しも持つまい。……だが!!)

 

 ここまで来て諦めるなんて選択肢は存在しない。

 死んだ筈の自分がこうして動いている、それは、たった一つの心残りから。

 我が友が今胸に抱いている思いは、あの頃誓った物と変わってしまったのか。

 それを確かめるまでは、死んでも死にきれない。

 

(アレしか無い……か)

 

「うおおおおお!!」

 

 今まで守備に回っていたのが一転、咆哮を上げながら、己のデバイスを力任せに突きつける。

 対するシグナムは、それを剣で防御。防御しきれない部分は鞘を使って凌いでいく。

 ひときわ力の篭った突きを防御したシグナムであったが、その勢いで間合いを離される。

 

「フルドライブ!!」

 

≪Explosion.≫

 

「……ッ!! レヴァンティン!!」

 

≪Explosion.≫

 

 大きな負担と引き換えに絶大な破壊力を叩き出すゼストのリミットブレイク、フルドライブ。

 間合いを離した一瞬の猶予を使い、それが放たれる。

 それに気付いたのか、シグナムもレヴァンティンを構え、ゼストの持っている槍を狙って切りつける。

 

 

「おおおおおおおおっ!!」

 

「『紫電、一閃!!』」

 

 その刹那、ゼストが見たのは己の槍とシグナムのレヴァンティンが真正面から打ち合っている光景。そして―

 

 

 

 

 レヴァンティンによって叩き折られ、中ほどから先が無くなってしまった己のデバイスであった。

 

「勝負あり、です」

 

(まさか、フルドライブが打ち負けるとはな……。) 

 

 己の持つ最大の一撃、それが通用しなかった。

 

(いや、そうではないか)

 

 違う。フルドライブ本来の威力なら、カートリッジ一発分程度の攻撃等は相手にならない。

 だというのに打ち負けた。それは―

 

(俺の体はとっくに限界を迎えていた。そういう事か)

 

 肉体的な限界。

 いくら精神が強かろうが、魔力を込めようが、結局の所それを行使するのは己の肉体。

 それが壊れてしまっていては、全力など出せる訳が無い。

 今いるこここそが、ゼストの限界であった。

 

(無念……)

 

 筈だった。

 

『聞こえるか、ゼストグランガイツ?』 

 

『……誰だ、お前は?』

 

『誰だっていいだろう? 手短に要点だけ伝える。今から三つ数えたらそこを離脱して地上本部に飛べ。援護してやる』

 

『待―』

 

『ではな』

 

 唐突に届いた念話に、ゼストは眉をしかめる。

 それに気付いたのか気付いていないのか、シグナムがこちらに接近してくる。

 

「……何か言ったらどうですか」

 

 ……1。

 

「だんまり、ですか。仕方ありませんね」

 

 ……2。

 

「ゼスト・グランガイツ、貴方を逮捕する。じっくり話を聞かせて『シグナム、上!!』ッ!!」

 

 ……3。

 

「ガアアアアアアアアッ!!」

 

「なっ!? 竜!?」

 

『何でこんな所に!? ……ッ!!』

 

≪Panzerschild.≫

 

 突如襲い懸かってきた乱入者が、その口からブレスを吐き出してシグナムを攻撃する。

 シグナムは反射的にシールドを展開してブレスを防ぐ。

 

「……ッ!!」

 

『シグナム、ゼストが!!』

 

「分かってる! この!!」

 

『ガアアアアアアア!!」

 

 これを好機と見たか、ゼストはシグナムに背を向けて地上本部へと向かって飛んでいく。

 阻止しようとしたシグナムであったが、ブレスの弾幕の前に行動を制限され、防御を余儀なくされる。

 けど、それで黙っている程、シグナムは大人しくはない。

 

「邪魔、するな!! レヴァンティン!!」

 

≪Schlangeform.≫

 

「飛竜……一閃!!」

 

 レヴァンティンをシュランゲフォルムに変更して、砲撃級の斬撃を放つ。

 斬撃はドン! ドン! と進路上の弾幕を爆発させながら、竜のいる方向へと飛んでいく。そして―

 

「キュ!?」

 

 先程までの咆哮とは一転、やけに可愛らしい鳴き声を上げて、襲撃者は墜落していった。

 

『やったです!!』

 

「いや、ギリギリで避けられた。ショックで気絶しただけだろう」

 

『……追います?』

 

「……いや、地上本部に行く。優先順位を間違える訳にはいかないからな」

 

『はいです!』

 

 

 

 

 ―地上本部 レジアスの執務室―

 

「オーリス、お前はもう下がれ」

 

「それはあなたも同じです。指揮権限が無い以上、ここに居る意味は無い筈です。早く避難を」

 

 正体不明の魔導師の襲来。

 その報を受けてなお、この部屋の主は動こうとはしなかった。

 

「今更どこに逃げる? 逃げ場などあらんよ」

 

「しかし……」

 

「それに、だ。ワシはここにおらねばならんのだよ」

 

 部屋の主、レジアスは何かを待っているかのように椅子に座り続けている。

 どこか悟ったようなその表情は、これから起きる事を予想しているようだった。

 室内にはレジアスとオーリスの他にも秘書が一人いたが、事態の変化についていけていないのか沈黙を保っていた。

 そして、その時が訪れる。

 

 ガアン!!

 

 金属がぶつかり合う音がして、執務室の扉が内側へと倒れる。

 その後ろから部屋に入ってきたのは、デバイスが折れ、今にも限界を迎えそうなゼストであった。

 

「手荒い来訪で済まんな、レジアス」

 

「構わんよ、ゼスト」

 

「ゼスト……さん?」

 

 侵入者に対し、レジアスを庇うように立っていたオーリスだが、その正体に気付いたのか表情が崩れる。

 一歩、二歩とレジアスの方へと近付いてくるゼストに、終には横にどいて道を空ける。

 レジアスの事が心配なのは変わらないのか、その表情は緊張したままであった。

 

「聞きたい事がある」

 

「……何だ」

 

「8年前、俺と俺の部下達を殺させたのは、お前の指示で間違いないか?」

 

「……」

 

「共に語り合った、俺とお前の正義は、今はどうなっている?」

 

 その問いかけにレジアスは俯き、ゼストはその答えを待つかのように、真っ直ぐにレジアスの事を見続けていた。

 

 だからこそ、気付く事が出来なかった。

 

(地上本部中将、レジアス・ゲイズは、正体不明の魔道師によって殺される、それが運命)

 

 秘書に擬態してレジアスの傍に控えていた戦闘機人ナンバーⅡ、ドゥーエが、その任務を果たすべく動き出す。

 即ち、ゼストが引き起こした混乱に紛れてのレジアスの暗殺。

 

(貴方に恨みはないけど、死んでくれないとドクターが困るのよねえ)

 

 最高評議会は既に始末した。完全に管理局と袂を分かった今、自分達の事を知っているこの男は、ただただ邪魔なだけであった。

 IS「ライアーズマスク」による偽装は完璧で、二人には未だに気付かれていない。

 私はばれないよう、こっそりとレジアスの背後に回りこむ。そして―

 

「さようなら」

 

 無防備な背中目がけて、固有武装「ピアシングネイル」を振り下ろした。

 

 

 

 

 

「悪いな。お前はここでゲームオーバーだ」

 

 

 

 

 部屋の中央には二人の人影、ゼストとレジアスの姿があり、沈痛な顔をしたオーリスが傍に控えている。

 もう自力で立つ事もできないのか、座り込んだゼストの背中をレジアスの腕が支えていた。

 

「どうやら、ここまでのようだ」

 

「ゼスト!?」

 

「元々、死体が執念で動いているようなものだったんだ。もう少しもしないうちに、俺は仲間の所に行く事になるだろう」

 

「そんな!?」

 

「助からない、のか?」

 

「元より二度目の生等には興味無い。ここまで来たのも、お前の本心が聞きたいという、それだけの理由だ」

 

「……」

 

「なあ、レジアス」

 

「……何だ」

 

「あの時二人で誓い合った俺達の正義。「地上の平和は自分たちが守る」。今でもお前は、同じように思ってくれているのか?」

 

 限界が近付いているのか、段々小さくなってきている声でゼストが問いかける。

 弱々しい声とは逆にその眼光は鋭く、少しの嘘や誤魔化しも許さない、と雄弁に語っていた。

 それに対し、レジアスは― 

 

「あれから何年も経ったな。ワシは今でも、あの時の事を思い出す」

 

「……」

 

「あれから色々あった。ここまでのし上がるために、汚い事も一杯やってきた」

 

「……」

 

「ワシのやってきた事を考えると、地獄に落とされても文句は言えん。だが、な」

 

 

 

 

 ―あの時の誓いは決して破ってはいないと、それだけは胸を張って言える。―

 

 それが嘘偽りの無いレジアスの本心。

 アインヘリアルの建造を推し進めたのも、不本意とはいえスカリエッティに協力したのも、全ては地上の戦力不足を憂いたが故の行動。

 強引だったかもしれない、やり方を間違えたかもしれない。

 だけど、その根底にある思いだけは、決して裏切る事はしなかった。

 

 それを聞いたゼストは、力を抜いて目を細める。

 腕にかかる重さが増したのを感じたレジアスは、慌ててゼストを揺らす。

 

「ゼスト!?」

 

「どうやら、ここまでのようだな……。なあ、レジアス。最後に一つだけ、約束してはくれぬか?」

 

「……言ってみろ」

 

「もう二度と、俺達のような者を出さないと。俺達みたいな事、あってはならないんだ」

 

「……ああ、分かった。ワシはもう、二度と道を間違えん」

 

「そう、か……」

 

 返答は一言だけだったが、何となく満足しているように感じられる。

 ふと何かを思い出したのか、ゼストはその首だけを動かして部屋の一角に目を向ける。

 そこにいるのは、全身をバインドで拘束されている金髪の戦闘機人、そして―

 

「まだ礼を言ってなかったな。お前のおかげで、こうして友と語る事が出来た。感謝する」

 

「気にするな。こっちの都合でやっただけだ」

 

「その声、さっきの……そういう事か。……ありがとう」

 

「だから、礼は良いと言ってるんだが」

 

「そうか、なら、お前のマスターにでも伝えておいてくれ」

 

「……ああ、承ったよ」

 

 ドゥーエを拘束した張本人である、金髪の女性に礼を言う。

 全長30~40センチの体に法衣を纏い、頭には獣の耳。

 そしてなにより目に付くのは、後ろから九本も生えている大量の尻尾であった。

 その外見から使い魔、あるいはユニゾンデバイスと判断したのか、ゼストは彼女に命令をしたであろうマスターに感謝する。

 これでもう、思い残す事は無い。

 

「……ッ!? ゼスト!!」

 

 レジアスの腕に、今まで以上の負荷がかかる。

 ゼストの体から力が抜け、最後の時が来た事を示している。

 慌てるレジアスとは裏腹に、ゼストの内心は穏やかであった。

 

 元々失われた筈の命。

 唯々彷徨い続けるだけだった日々だったが、最後に、今もなお変わらぬ友の本心を聞くことが出来た。そして、最後にはこうして友の腕の中でその幕を閉じる事が出来た。

 ああ―

 

 

 

 

「悪く……ない」

 

 それが、ゼスト・グランガイツの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 シグナム達が到着した時には、全てが終わっていた。

 ゼストは既に事切れており、目を閉じられた状態で仰向けに寝かされている。

 レジアスはゼストの顔を見下ろしながら、嗚咽を漏らすオーリスに胸を貸している。 

 そして―

 

「シグナムか。遅かったな」

 

「お前は……」

 

「……そうか、こうやって会うのは初めてだったな」

 

「……誰だ?」

 

「そうだな、まずは自己紹介から行こうか。私は藍、キャロの使い魔みたいなものだ」

 

「ッ!!」

 

 キャロ、という単語に反応して、シグナムは警戒の構えを取る。

 キャロがスカリエッティについたという情報は、シグナム達にも伝わっている。

 

「とりあえず、その殺気をしまってくれないか? じゃないと落ち着いて話も出来ん」

 

「話、だと?」

 

「ああ」

 

 不意に出てしまった殺気を抑え、それでも最低限の警戒心はキープしながら、シグナムは構えを解く。

 元々自分達は、事情を聞きだすために戦っていたのだ。だから、こうして話を聞く事が出来るのなら、聞くのもやぶさかではない。

 しかし、藍の口から出てきたのは、予想外の一言であった。

 

 

 

 

「あの子の事を、助けてやって欲しい」


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