「すみませんシグナムさん。車出してもらっちゃって……」
「何、車はテスタロッサからの借り物だし、向こうにはシスター・シャッハがいらっしゃる。私が仲介した方がいいだろう」
「はい」
「そうですよ。あんまり気にしない方がいいのです」
「お前は気にしろ」
むう……、理不尽です。
今私はなのはさん、シグナムさんと一緒に、聖王教会系列の病院に向かっている最中です。
フェイトさんの車を借りて、運転席にシグナムさん、助手席になのはさん、そして後部座席に私が座っています。
今回の目的は、先日六課で保護した子供、ヴィヴィオちゃんに会いに行く事です。
「でもごめんね、手間取らせちゃって」
「いえいえ、私から立候補したんですから気にしないでください。それに、歳の近い子供がいた方が何かと便利でしょ?」
当初はなのはさんとシグナムさんで行く予定だったんですけど、そこに私が割り込みました。
今言った通り、これは純粋な善意で―
「騙されるな、高町」
「ちょ!?」
「シグナムさん?」
「こいつは主はやてに書類仕事を手伝わされるのが嫌だから逃げる口実が欲しかっただけだ。早い話、私達を利用したんだ」
「にゃははは……」
シグナムさんが言ったような事情は関係無いんです。……無いんです。
「とにかくだ、ついてきたのは仕方がないが、向こうに着いたら大人しくしていろよ?」
「むう、それじゃ私がしょっちゅうトラブル起こしてるみたいじゃないですか。酷いと思いません? なのはさん」
「えーっと……、元気があるのは良い事だと思うよ」
「そう言ってくれるのはなのはさん位です」
奥歯に物が挟まったような言い方なのはこの際スルーで。なのはさんの気遣いに泣けてきます。
これ以上言い合ってもこっちが不利なだけなので、私は大人しく藍と念話をしながら久し振りのドライブを楽しむ事にしました。
『生まれてからこの方、車なんて殆ど乗ってませんからね~。にしてもフェイトさん、良い車をお持ちで』
『徒歩や飛行ばかりでしたからね。最近は専らスキマ移動ですし』
『スキマ便利だからね。そういえば最近フリード見かけていないけど、元気にしてる?』
『ええ。元気に飛び回ってますよ。でもそう思うのなら、ちゃんと毎日会ってあげてください』
『前向きに善処します』
そんな感じで軽く雑談をしながら数分。そろそろ目的地かな、と思った所で、それは起こりました。
≪騎士シグナム、聖王教会、シャッハ・ヌエラです≫
「どうされました?」
≪すみません。こちらの不手際がありまして。検査の合間に、あの子が姿を消してしまいました≫
……そう言えば、そんなイベントもありましたっけ。
「査察の日程は決まったのか?」
「人員は確保しました。週明け早々に行います」
地上本部のビルの一角にあるロビーに、二人の男女が立っていた。周囲に他の人間はおらず、がらんとした空間に二人の声が響き渡る。
「連中が何を企んでいるや知らんが、土に塗れ、地上の平和を守ってきたのは我々だ。それを軽んじる海の連中や、蒙昧な教会連中に良いようにされてたまるものか。元より、最高評議会が私の味方だ。そうだろう、オーリス?」
「はい」
「公開陳述会も近い。査察では、教会や本局を叩けそうな材料を探してこい」
「その件ですが……、機動六課について事前調査をしましたが、あれは中々巧妙に出来ています」
「どういう事だ?」
レジアスの問いかけに対し、オーリスは手元の端末を操作する。するとレジアスの前にウィンドウが浮かび、そこに六課のメンバーが映し出されていた。
「さしてる経歴も無い若い隊長を頭に据え、主力二名を移籍ではなく、本局からの貸し出し扱い。部隊長の身内である固有戦力を除けば、後は皆新人ばかり。そして何より、期間限定の実験部隊扱い」
「フン……。つまりは使い捨てか」
「本局に問題提起があるようなトラブルがあれば、簡単に切り捨てるでしょう。そういう編成です」
「小娘は生贄か。元犯罪者にはうってつけの役割だ」
「……まあ、彼女にはそれさえ、望んで選んだ道でしょうけど」
「何か言ったか?」
「いえ。それともう一つ。事前調査の結果、叩けそうな材料を見つけたのですが……」
「ほう……」
「これです」
ピッ、とオーリス端末のボタンを押すと、ウィンドウの画面が変化する。
隊長陣や前線メンバーの隅っこに申し訳程度にある多数のその他局員の顔写真。そのうちの一つが拡大された。
「……この子供は?」
「キャロ・シエル。陸士108部隊からの貸し出し扱いになっている魔導師で、ランクは推定C+です」
「ふむ。で、この小娘がどうかしたのか?」
「これを……」
ピッ、ピッという電子音とともに新たなウィンドウが開かれる。そこにはガジェット二型を相手に火炎弾を撒き散らしているキャロの姿が映っていた。
再生時間にして一分程度。それを見終えたレジアスの感想は―
「これでC+だと!? 冗談を言うのも大概にしろ!!」
「その通りです。ですが、魔力測定の結果はC+を計測しています。この件に関しては私も念入りに調査しましたので、まず間違い無いかと」
「……つまり、何かカラクリがあると見ている訳か」
「はい」
ふむ、とレジアスは考える。確かにこれは良い材料になりそうではある。だが
「さっきお前は何か言い澱んでいたな。何か問題でもあるのか」
「はい。この魔導師ですが、階級は持っておらず、民間協力者として六課に入っています」
「……そういう事か」
「はい。もしもこちらがその事を追求すれば―」
「切り捨てる、っていう選択肢も、あるにはあるんよ」
「そんな!? 駄目ですよ、はやてちゃん!」
心底嫌そうな顔で言うはやてと、それを駄目だと言うリイン。
どうしてこんな会話をしているかというと、それは数分前に遡る。
二人は隊長室で山のような書類仕事をこなしていた。山のような、というのはあくまで比喩で、実際は大量のデータとの格闘な訳だがまあそれは置いておいて。
二人が忙しそうにしている原因は、先日発生した、レリックを巡るナンバーズとの戦闘が原因である。
結果だけを見ればレリックを守りきり、さらにはナンバーズのうち一人を確保と、100点満点の出来をつけても良いくらいであった。
だけどその裏にあるのは、キャロのやらかした数々の戦果。スキマ移動に始まり、推定60~70機に及ぶガジェットⅠ型の撃破(近接のみ)、直後の壁抜き砲撃、そして締めは地雷王への天地開闢プレス。馬鹿正直に報告するわけにもいかず、はやては頭を抱えていた。
それを見かねたリインが「何か手っ取り早く解決できる方法は無いんですか?」と聞いてみた結果、冒頭の発言に繋がった訳である。
「あー、誤解せんといてや。あくまで、そういう方法もあるってだけの話やから」
「むうー……、冗談でも言って良い事と悪い事があると思うです」
「分かってる分かってる。私かてキャロちゃんがいなくなるの嫌やもん。だから今こうして、他の方法考えとる訳やし」
なら良いです、と言ってリインは仕事に戻っていく。
その背中を見つめながら、はやてはさっき自分が言った事について考えていた。
(今まで考えた事無かったけど、本局にとって私ら六課がトカゲの尻尾やって言うんやったら、私ら六課にとって、民間協力者であるキャロちゃんも似たようなものなんよなあ……。そういえば、最初に民間協力者扱いにして欲しいって言ってきたのはキャロちゃんの方やった。ひょっとしてキャロはこういう展開になるのを予想してて、民間協力者なんてポジションになったんやろか?)
何気なく浮かんだ疑問であったが、そう考えると色々と辻褄が合う。
あえて六課という枠組みから外れた所に身を置く事で六課へのダメージを軽減する。
いくら問題が発生しても六課のダメージになりにくく、地上の人間がキャロを材料に六課を攻撃するメリットは薄い。加えて地上部隊所属という経歴から、逆に手痛いしっぺ返しを喰らう可能性だってある。
(そう考えると、今のキャロちゃんの立場って絶妙なバランスの上に成立してるんやなあ)
今までは単に戦力面の問題から民間協力者というポジションになったとばかり思っていたが、そういう思惑もあったのか、とはやてはキャロに感心する。でも―
「でも、何か気に入らへんなあ……何でやろ?」
「へ、何がですか?」
「あ、ごめんなリイン、何でもあらへんよ」
いけないいけない、声に出してしまっていたようだ、と、はやてはリインに謝ってから仕事に戻る事にした。
(まあ何やかんや考えたけど、全部私の想像でしかあらへん訳やし。今はとりあえず、どうやって報告しようか考えんとな。キャロちゃんが何考えてるかなんて分からへんけど、私は部隊長として、あの子を守ってあげるだけや)
「シグナムか、どないしたん? へ? シャッハが吹っ飛んだ!? いやいや訳分からへんて、最初から順を追って……、うんうん……、キャロが……、でっかい柱取り出して……、ホームラン!? いや、だから何でそんな事になってんの!? あの幼女、今度は何やらかしたんやーーーーーー!?」
数分後かかってきたシグナムからの連絡に、早くも守る気が失せてきたはやてであった。