「……ら」
ん……誰?
「……くら?」
何を……言ってるの?
「……さくら、桜」
さくら? 違う、私は―
「ん……」
「あ、キャロちゃん、目が覚めたのね。」
目が覚めたら、そこは知らない天井、などではなく六課の医務室で、近くにいたらしいシャマルさんが、ベッドで寝ていた私の顔を覗き込んできました。
「えっと……、シャマルさん?」
「そうよ。キャロちゃん、ここに来るまでの事、覚えてる?」
えーっと……、確か、ガジェットが出て、出撃して、それから……。
「あのー、シャマルさん」
「どうしたの?」
「フェイトさん、怒ってませんでしたか?」
幻想風靡でガジェットを全滅させたは良いものの、そのせいで酔ってしまい、おんぶしてくれたフェイトさんにリバースしてしまったんですよね……。もし私が逆の立場だったら、やられる前に海に落としてたのは間違いないです。
「うーん、特に怒ってるって感じはしなかったわ。むしろ心配してたかも」
「そうですか。でも、後でちゃんと謝っておきます」
「それが良いわね」
いくら私でも、あんな事しておいて謝らないほど外道じゃないですからね。
「シャマルさん、もう大丈夫みたいなので、ベッドから出て良いですか?」
「そうね。軽く検査してみたけど、特に異常は無かったし。どこか具合の悪い所は無い?」
「そうですね……。強いて言えば、お腹が空きました」
「そういう事聞いてるんじゃないんだけど」
「……良いじゃないですか、胃の中空っぽなんですよ」
「戻した直後なんだしもう夜も遅いんだから、少しだけにしなさいね」
「分かってます。それじゃ」
お母さんみたいな事を言ってくるシャマルさんから逃げるため、私は食堂に行くことにしました。服装を整えてベッドから降り、医務室を出ようとした所で
「あ、そういえば、一つ言い忘れていた事があったわ」
「何ですか? 今何食べるか考えるので非常に忙しいんですけど」
「別に大した事じゃないから。キャロちゃん、ここに来てからまだ健康診断受けてないでしょ? 近いうちにすると思うから、そのつもりでいてね」
それは困……らないか別に。
私の体を調べられても竜召喚師だっていうのはバレないだろうし、夢幻珠が調べられない限りは無問題です。タダでやってくれるのなら有難く受けておきましょう。
「分かりました。それじゃ」
シャマルさんと別れた私は、その足で食堂へと向かいます。
(にしても、さっきの夢って何だったんだろう?)
さくら、なんて名前には心当たりがありません。
知り合いにはそんな人いませんし、転生前の人間関係の中にも、そんな人はいませんでした。
昔、藍によって見せられたトラウマ映像(6話参照)にもいませんでしたから、忘れてるって訳でもないんでしょうけど何故か気になります。
「ま、今はいいか」
気にはなりますけど、分からない事を考えても仕方ないですからね。それよりも、これから食べるメニューの方が大切です。
「消化に良い物となると……やっぱりうどんかなあ?」
『本当ですか!? 当然きつねうどんですよね? ですよね?』
『藍、ちょっと落ち着いて。ちゃんと半分残してあげるから。』
きつねうどんから油揚げを連想してテンションが上がった藍を落ち着かせながら食堂に向かいます。既に夜も遅いですけど、食堂にはまだ灯りが点っています。幸いにもまだ営業中なのを確認し、私は食堂へと入っていきました。
「あれ? スバルお姉ちゃんと……、皆さんお揃いで、どうしたんですか?」
「へ? キャロ、どうしてここに?」
食堂に入ったところで、スバルさんを始めとするフォワードメンバーとなのはさん、シャーリーさん、シグナムさんが固まって座っているのが見えました。スバルお姉ちゃんが驚いた様子で声を掛けてきます。
「いや、お腹が空いたので、夜食でもと」
「そーなのかー」
「そーなんですよ」
「……じゃなくて! 何でキャロが六課にいるのさ!?」
へ? そこから?
……そういえばまだ言ってませんでしたね。
よく見てみると、ティアナさんとエリオ君も驚いてます。特にエリオ君は、「誰?」ってな感じで見てきます。……コッチミンナ。
幼女説明中……。
「とまあそういう訳で、今まで影ながら動いてたんですよ。ズズッ……。あ、ここのうどん美味しい」
「全然気付かなかったわ……」
「僕もです」
「何というか、キャロらしいというか……」
「私は知ってたけどな」
「実際の所、こいつが六課に顔を出す事は殆ど無かったからな。知らなくても仕方が無い。」
上から、私、ティアナさん、エリオ君、スバルお姉ちゃん、アギト、シグナムさんです。
私は注文したきつねうどんを啜りながら、今までの経緯を説明しました。リニアレールやアグスタの時にも出動していた、という話をすると、フォワード三人に驚かれました。
「ごちそうさまです。それで、皆さんは何をしてたんですか? 大体想像はつきますけど」
「えっとね……」
なのはさんの話によると、あれからフォーワードメンバーときっちり話し合ったそうです。
最初のうちはなのはさんの方から一方的に話してしまい、納得できないティアナさんが噛み付く場面も多かったものの、途中から参加したシャーリーさんが二人の間に立って色々取り成したおかげで、最終的にはお互い納得できたそうです。後、気になることといえば……。
『なのはさん』
『どうしたのキャロちゃん? わざわざ念話でなんて』
『もしかして、8年前の事話しました?』
もし話していないと薮蛇になるので、念話でこっそり聞く事にしました。
『にゃ!? 何でキャロちゃんがそれ知ってるの!?』
『何で、って言われても、結構有名ですよそれ』
という事にしておきましょう。
『そうなんだ……。うにゃあ……』
『で、どうなんですか?』
『あのね、最初は話さないでおこうかと思ったんだけど、ティアナがどうしても納得してくれなくて……』
『で、話したと』
『……うん』
やっぱり、あの話無しで説得するのは無理でしたか。なのはさんが自分から話したらしいですけど、この場合、自分の知らないうちにバラされるのとどっちが恥ずかしいんでしょうね?
「高町にキャロ、いきなり黙り込んで、どうした」
「にゃ!? な、何でもないの!」
なのはさん、それじゃ何かあったって言ってるみたいなものですよ。
「いえ、眠くなったので、少しうとうとしてました。そろそろ遅いので、私はこれで失礼しますね。それじゃ、お休みなさい。スバルお姉ちゃん、ティアナさん、エリオ君、明日からよろしくです」
「あ、うん。お休み、キャロ」
「お休みなさい」
「は、はい!」
なのはさんがボロを出すまえに撤退することにしましょう。にしても、エリオ君の態度が堅いです。完全に初対面なので、仕方ないと言えば仕方ないんですけど。
『とは言ったものの、さっきまで寝てたからなあ……。藍、何か暇潰しできる物ある? ……藍?』
六課メンバーと別れて廊下を歩きながら、念話で藍に問いかけます。だけど、藍から返事がありません。
『藍、どうしたの? ……藍?』
『……油揚げ』
あ。
『半分こって約束してたのに、マスターは一人で全部……』
『ちょ、ちょっと待ってよ藍! あの状況じゃ仕方ないでしょ!』
一人だけならともかく、みんなに見られてる状況じゃ無理ですよ! スキマに放り込むのだって不可能なのに!
『……ぐすっ』
『ちょ、マジ泣き!? そこまで食べたかったの!? 今度はちゃんとあげるから、だから泣き止んでー!!』