幻想幼女リリカルキャロPhantasm   作:もにょ

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第2⑨話 狸と兎

 ―時空管理局 本局にて―

 

 本局内にいくつかあるオフィスルームの一角で、ひとりの少女が作業をしていた。

 すでに就業時間は終了してており、外はすっかり暗くなっている。

 廊下からは誰の足音も聞こえないような時間になっても作業を続けている少女を心配して、その周りを飛び回って手伝いをしていた少女が声をかけた。

 

「はやてちゃん、はやてちゃん。今日はそろそろ終わりにしませんか?」

 

「ん? もうそんな時間かいな。ちょっと待って、コレで最後にするから」

 

 作業をしている少女は「最後の夜天の主」八神はやて、その近くを飛び回っているのは、彼女のユニゾンデバイス「祝福の風」リインフォースⅡである。

 こうやって二人が残業をする光景は、最近ではあまり珍しくない。

 

「毎日毎日こんな時間まで……はやてちゃんは働きすぎです」

 

「そうか? でも、コレ厳密には仕事と違うしなあ。」

 

 二人がこんな時間まで残業しているのは、別に局員としての業務が滞っている訳ではない。

 空港火災をきっかけに生まれた、はやての「自分の部隊を持ちたい」という思い。それから少し後、姉貴分的存在である騎士カリムから聞かされた予言の内容。

 レアスキル「預言者の著書」によって導き出された、地上本部の壊滅と管理局システムの崩壊というシナリオに対処するため、はやては部隊立ち上げを決意した。

 今やっている残業もそのためのもの。さすがに就業時間中に行う訳にもいかず、そのため、最近はいつも帰りが遅くなっていた。

 

「そういう事を言ってるんじゃないのです。はやてちゃんはもっと休むべきです」

 

「心配してくれてるんか? ありがとうな、リイン。でも、もうちょとだけな。明日は休日やし、ちょっとばっかし遅くなってもええやろ?」

 

「むぅ……、はやてちゃんがそう言うなら……」

 

 そう言って再び仕事に戻ろうとした時、はやての持っていた通信用デバイスが鳴った。

 

「ん? こんな時間に誰や? って、ホンマに? ……もしもーし、はやてです」

 

 ディスプレイに表示された意外な人名に驚きながらも、はやては電話に出た。

 

『お久しぶりですはやてさん。キャロです』

 

「久しぶりやなあキャロちゃん。ゲンヤさんから聞いたで。あっちこっちフラフラしてるらしいやんか」

 

 ゲンヤ曰く「任務で行方不明になったかと思ったら、いつの間にか旅行を始めてやがった」らしい。

 聞いてて訳が分からないけど、それが事実らしいので何も言えない。

 そんな破天荒な友人が、今日は一体何の用だろうか?

 

『あはははは。で、今お時間大丈夫ですか?』

 

「大丈夫や。で、どうしたん? ゲンヤさんから匿って欲しいとかやったらお断りやで」

 

『そんなんじゃないですよ。……明日、真面目な話があるので、お時間作ってもらえませんか?』

 

「別にええけど、何で?」

 

『それも含めて明日お話します。待ち合わせの時間と場所は後で連絡しますから、それじゃあ』

 

「へ? ちょ……、切れてもた」

 

「はやてちゃん、キャロちゃんは何て言ってたんですか?」

 

「明日相談したい事があるから時間作ってくれへんか、やって。でもなあ……」

 

「はやてちゃん?」

 

「何か厄介事の予感がするんよ。やっぱし、今日は早めに帰る事にするわ」

 

 

 

 

 ―翌日―

 

 みなさんこんにちは、キャロ・シエルです。

 私は今、クラナガンの都市部ではやてさんを待っています。そろそろ来ると思うんですけど―

 

「キャロちゃん久しぶりー。遅うなってごめんなあ」

 

 そうは言いますけど、実際は5分前だったりします。

 

「大丈夫ですよ、全然待ってませんから。って言えばいいんですかね?」

 

「グッジョブやキャロちゃん。家出したって聞いたけど、相変わらずで安心したわ」

 

「あははははは……。とにかく、今日は来てくれてありがとうございます。リインちゃんも来てくれたんだ」

 

「はやてちゃんの護衛なのですよ!!」

 

「ええてええて。んで、今日はどうしたん? 話があるって言ってたけど。」

 

「ああ、そうでしたね。こんな所で話すような内容じゃないので……付いてきてください」

 

 はやてさんとリインちゃんが付いてくるのを確認してから歩き出します。

 30分ほど歩いた後、都市部から外れた路地裏へと入っていきます。

 

「なあ、どこまで連れて行く気や?」

 

「何だか、ちょっと怖いですー」

 

「もうちょっとですから。ほら、あそこです」

 

 私が指差した先にあるのは寂れたバー。かつて賞金首時代に何度か訪れて顔馴染みになった店です。

 

「こんちはー。マスターいる?」

 

「誰だこんな昼間から……って、子鬼の嬢ちゃんじゃねえか。まだ生きてたんだな」

 

「勝手に殺すな。あと子鬼は止めろ。今日はちょっと場所借りに来ただけだから」

 

 そう言って、私はマスターにチップを渡して一部屋貸し切りにしてもらいます。

 

「毎度。これで俺は嬢ちゃん達の事なんて見てもいねえし覚えてもいねえ。後は好きにしな」

 

「じゃあ、行きますよ、はやてさん、リインちゃん。……どうしました?」

 

「へ? ……う、うん。ほな行こか。(こんな所にこんな店あったんや。……はあ、私もまだまだ知らん事が多いなあ)」

 

 何だかボーっとしていたはやてさん達と一緒に、用意された個室へと入ります。

 ここならサーチャーもありませんからね。念のために遮音結界と認識阻害結界も張って準備OKです。

 

「で、キャロちゃん、こんな所まで連れてきて話さないかん相談事って何や。」

 

「それは今から説明しますね。……アギト、もう出てきて良いよ」

 

 私がそう言うと、持っていた鞄がもぞもぞと動き、中から体長30センチ程の小人―アギトが出てきました。

 

「古代ベルカ純正のユニゾンデバイス、アギトちゃんです。ほらアギト、挨拶して」

 

「初めまして、アギトです」

 

「へ? へ? ユニゾンデバイスやて!? しかも純正!?」

 

「私以外のユニゾンデバイスなんて初めて見ました!」

 

 予想通りパニックです。気持ちは分かりますけどね。

 にしても、緊張してるアギトは可愛いですねー。レアです。写真に撮っておきたいです。

 

「えっと、実はですね……」

 

 

 

 

 それから私は、はやてさん達に事情を説明しました。

 旅行中、偶然訪れた施設に捕らえられていた事。

 その施設は研究所で、実験動物扱いされていた事。

 施設自体は謎の二人組(ゼストとルールー)に襲撃されて壊滅した事。

 たまたま居合わせた私がこの子を救出した事。

 

「ユニゾンデバイスで実験やて? ……ふざけるなや!」

 

「ひどいです……」

 

 全てを聞き終わったはやてさんは、怒りに顔を歪めています。

 リインちゃんという家族がいる彼女にとっては、他人事に思えないんでしょうね。リインちゃんも悲しそうな顔をしています。

 そうなるのを予想した上でこんなお願いをするのは、いささか卑怯な気がしないでもないですが―

 

「とにかく、話は以上です。それで、はやてさんにこの子の保護をお願いしたいんです」

 

「わかったでキャロちゃん。私に任せとき。この子はウチがしっかり面倒見たる」

 

「あと、アギトちゃんが二度とこういった目に遭わないように、対策をお願い出来ますか? 具体的には、聖王教会に働きかけて、アギトちゃんの後ろ盾になってもらいたいんです」

 

 聖王教会からしてみれば、古代ベルカの純正融合騎は是非とも身内に組み込んでおきたいですからね。

 カリム経由なら二つ返事でOKされる筈です。

 

「……成程な、私に話したのはそういう事やったんか。分かったで。聖王教会に知り合いがいるから、何とかしてみるわ」

 

「だって。良かったね、アギト。」

 

「キャロ、私は……」

 

「この人達なら大丈夫だって説明したでしょ? 大丈夫だよ、みんな優しいし。私ともいつでも会えるから。」

 

 そうは言ってもまだ不安がっているアギトに、こっそり念話で話しかけます。

 

『いざとなったらスキマ使って助けてあげるから、ね? その代わり、藍やスキマのことは絶対話さないでね』

 

『……うん』

 

 不安は残っているものの、とりあえず納得してもらえたようです。

 

「じゃあ、今日からアギトちゃんもうちらの家族やな。初めまして。八神はやてって言います」

 

「私はリインフォースⅡです。よろしくです」

 

「……何だ? このバッテンチビ?」

 

 ああ、やっぱりそれ言っちゃうんだねアギト。

 

「リインはバッテンチビじゃないです! それを言うならアギトちゃんだってチビじゃないですかー!」

 

「何だと!? やんのか!?」

 

「やってやんよ! 最新型の力、見せてやるですよ!」

 

 そう言って、二人で取っ組み合いを始めてしまったので、私とはやてさんは何ともいえない空気になりました。

 

「じゃあ、私の用は済んだので、そろそろ帰りますね」

 

「ちょ!? キャロちゃん、私にアレ押し付ける気かいな!?」

 

「家族の喧嘩に他人は口出ししないのですよー。会計は済ませておきますから、ゆっくりしていってね!」

 

「っ! この裏切り者ー!!」

 

 はやてさんの悲鳴をバックに、私は結界を解除して部屋を後にします。そのまま出て行こうとしたのですが―

 

「へぶっ!」

 

 ドアを出たところで、誰かとぶつかってしまいました。

 

「ごめんなさ……ッ!」

 

 謝ろうと思って相手の方を見た時、私の体はビシッ、と停止しました。

 そこにいたのは―阿修羅でした。

 

「久しぶりだな、キャロ」

 

「ゲ、ゲゲゲゲゲゲ、ゲンヤさん!? どうしてここに!」

 

「お前がここにいるって連絡があってな」

 

 ちょっと、一体誰が!?

 混乱していると、突然の事態に喧嘩を止めてこっちを見ていたリインが手を上げました。

 

「私が連絡しておいたです。キャロちゃんも家族に会えるとうれしいかなと思ったです」

 

 リインちゃんは「ダメでしたか?」とでも言いたげに首を傾げています。

 うん、リイン、それ大きなお世話。

 

「にしても、何でここまで!? マスターに通さないよう言っておいたのに!?」

 

「アイツとは俺も顔見知りだからな。保護者やってると言ったら簡単に通してくれたぞ」

 

 ええええええ!!そんなの知らないですよ!!

 ならどうやって結界を越えて……って、私が自分で解除しちゃったんだああああ!!

 

「……さて、キャロ」

 

「ひっ!」

 

 ゲンヤさんの声が低くなり、周囲の温度が何度か下がった気がします。

 はやてさん、リインちゃん、アギトも動く事が出来ずに震えだしました。

 

「行方不明になったと思ったら、こっちに帰りもせずフラフラして……どれだけ皆を心配させたと思ってる?」

 

「え……と……」

 

 何か話さないといけないと思いつつも、恐怖でまともな思考が働きません。

 状況的に詰んでるので、何を考えても無駄なんですけど。

 

「家に帰るぞ。それからきっちりOHANASHIだ」

 

「い、いやあああああああああ!!」

 

 私は首根っこを捕まれて、ゲンヤさんに連行されていきます。

 その姿は、端から見ると猟師に耳を掴まれてゲットされた兎のように写っているんでしょうね……。

 

「キャロ……。ゆっくりしていってね!!」

 

 さっきのお返しですか、はやてさん?

 

 

 

 

 おまけ ナカジマ家にて

 

 

 

 

 幼女尻叩かれ中……

 

 ピシッ! ピシッ!

 

「キャロ、反省したか?」

 

「反省しましたようー。だから許して「ピシッ!」はうっ!」

 

「二度とバカな真似はしないか? 「ピシッ!」」

 

「もう、「ピシッ!」しない、「ピシッ!」ですから「ピシッ!」はうっ!」

 

 現在、既に100回以上はお尻をひっぱたかれており、ヒリヒリと痛いです。

 きっと、大きな椛が出来てます。もみもみなんてしたら確実に激痛が走ります。

 

「……今余計な事考えてただろ」

 

「ギクッ、そんな事「ピシッ!」はうっ!」

 

「まだ反省が足りないみたいだな。バカは叩かないと直らないか」

 

「バ、バカじゃないもん! 「ピシッ!」「ビシッ!」ッ! 私がバカでしたー! バカでごめんなさい!」

 

 だから、もう許してくださーい!!


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