基本的に、私は負ける戦いはしない人間です。
闘技場に通っていた時も、わざとランクを抑えて確実に勝てるラインで稼いでましたし、フェイトさんとエンカウントした時も、速攻トンズラしてまともに戦闘しませんでした。
民間協力者として働き初めてからも格下ばかりですし、自分より強い人と戦った経験なんて、藍の時の弾幕ごっこくらいです。なのに
「いきなりあの二人とか、ハードル高すぎますよ……」
「ん、何か言った?」
「いえいえ、何でも」
今、ギンガさんと一緒に、輸送車で現場まで移動中です。あの二人相手に数を揃えても無駄なので、今回に限っては私とギンガさんの二人だけです。
すでに通報があった地域の避難は済んでいるらしく、道路には車一台見当たりません。
そのまま進んでいくと、やがて聞こえてくる戦闘音。二つの影から凄まじい数の弾幕が発射され、それに合わせるようにして爆発音が響いてきます。ひょっとして
「あれ? 「フェニックス」と「プリンセス」が戦闘してる?」
「やっぱりそう見えますよね。ギンガさん、音声拾えますか?」
「ちょっと待ってね、やってみる。運転手さん、車両をこの付近に待機させてください」
一旦車両を止めて、サーチャーをいくつか出して様子を伺います。
初めは爆発音しか聞こえなかったけど、サーチャーが近付くにつれて音声が聞こえてきます、えーっと
「……ったく、あのねえ、いつまで怒ってるのよ?いい加減止めない?」
「誰が止めるかっ! 大体、原因はオマエの方だろ!」
「そんな昔の事なんて忘れたわよ。過去の事なんてどうでもいいと思わない?」
「たった10分前の事だろうが!! 私の分の飯を勝手に食べておいて、よくもそんな事言えるな」
「別にいいじゃないの。私達なら餓死してもリザレクションするんだし」
「だから、食った本人がそんな事言ってんじゃねー! 滅罪「正直者の死」!」
「ちょ、大人気ないわねえ! 難題「火鼠の皮衣 -焦れぬ心-」!」
「……」
「……」
「あの、ギンガさん」
「何?」
「ひょっとしてこの人たちが暴れてるのって、いつもこんな理由なんでしょうか?」
「……」
「……」
出撃時の張り詰めた雰囲気はどこへやら、車両内が何とも言えない空気に包まれました。
「ギンガさん、帰っていい?」
「駄目だって! と、とにかく、こうやって被害が出ている以上は何とかしなくちゃ」
「やっぱし、そうなりますか。分かってましたよ、……はあ」
「とにかく、これ以上有益な情報は得られそうにないから、そろそろ行こう」
「あの、もう少しだけ待ちませんか? 今同士討ちみたいな形になってますし、疲弊した所で叩いた方がいいんじゃないですか?」
蓬莱人は不死ですけど、再生を繰り返しているとバテますからね。
ある程度リザレクション使わせてからの方が勝算が増えます。
「キャロ、大事な事を忘れてるよ」
「へ?」
「容疑者の逮捕も重要だけど、それよりも街の安全が先。だから、局員としてはなるべく早く事態を収拾しないとね」
要するに、身を挺してあの喧嘩止めてこいと。
「これがお役所仕事の辛さなんですね」
「愚痴なら後で聞いてあげるから。行くよ、キャロ」
「はーい。「ペスカトーガ」セットアップ。」『藍、モード「博麗」サブは「玉兎」』
そう言って、左手に付けたブーストデバイスを起動させるのと同時に、念話で夢幻珠の起動を指示します。
このデバイスはあの倉庫街の一件で手に入れたやつで、保護観察が終わる時に私の手元に戻ってきました。ブースト系の魔法と夢幻珠の身代わりをやってもらっています。
それにしても、我ながら皮肉な名前をつけたものです。
お馴染みとなった萃香タイプのバリアジャケットを装着して準備OK。
ギンガさんも、ローラーブーツを履いてリボルバーナックルを装備して準備完了です。
さあ、逝ってきます!
「そこの二人、こちらは時空管理局です。今すぐ戦闘を中止してこちらの指示に従ってください」
ギンガさんが二人に対して警告し、私も一緒に接近していきます。
本当は奇襲したいんですけど、お役所仕事は面倒です。
向こうもそれに気付き、戦闘を止めてこっちを見てきます。
「ちっ、またあいつらかよ」
「いくら追い払っても沸いてくる。本当しつこいわね」
いや、貴方達が街中で殺し合いしてるからです。お願いですから常識を持ってください。
「仕方ないわねえ、いつも通り追い払うわよ」
「はあ、腹が減ってイライラしてるってのに……」
それ思いっきり八つ当たりですよね!
直後、二人から恐ろしい量の弾幕が発射されてこちらに向かってきました。
私は「狂気を操る程度の能力」をソナー代わりにして視界外の弾幕を感知しつつ、「空を飛ぶ程度の能力」で弾幕をグレイズしていきます。
『ギンガさん、ギンガさんは大丈夫ですか?』
『遮蔽物と障壁で何とか凌いでる。にしても、あの二人何者? 少なめに見積もってもSランク級の実力とかデタラメすぎる!』
そりゃ、月の姫様と千年以上生きてる不死人ですからね。存在自体が理不尽です。
『ギンガさんはそこでじっとしててください。いくらフロントアタッカーでも、あの弾幕を正面から受けると無事じゃ済まないですから』
『でも、それだとキャロが!』
『私の回避能力知ってるでしょ? せいぜい足掻いて勝算を見つけてきます』
ギンガさんにそう言い残して、私は弾幕の雨に突っ込んでいきます。
さすがに二人分の弾幕は密度が桁違いで隙間を見つけるのも大変ですが、パターンを読みながら慎重に、時には大胆にグレイズして回避に専念します。
それからある程度粘っていると、急に弾幕が消えて向こう側が見えました。何か驚いてるみたいですけど、どうしたんでしょうか?
「お、まだ立ってる奴がいるみたいだぞ」
「子供なのになかなかやるわね」
ひょっとして褒められてるんでようか?
とにかく二人の気が変わらないうちに、接近して話し合いに持ち込みます。二人の気分次第で、再びあの地獄が再開されるので内心ビクビクです。
「あの、いい加減この辺で止めませんか? 街の被害もシャレにならなくなってきましたし」
私がそう言うと、妹紅さんはばつが悪そうに、反対に輝夜さんは「それが?」って感じでシレっとしてました。
「それに関しては悪かったとは思ってる。でも、こっちだって捕まるわけにはいかないからな」
「そうなのよね。だから、戦うしか無いの」
そう言って妹紅さんは複雑そうに、輝夜さんは嬉しそうに霊力をチャージしていきます。ってかあんたら!仲良いのか悪いのかはっきりしろ!いや、現実逃避している場合じゃない。何か手は―
「だったら、見なかったことにするんでさっさと逃げてくれませんか?」
『ちょ、キャロ!』
咄嗟に思いついた選択肢の中で、最も無難っぽいのを選びました。
ギンガさんごめんなさい。私にはコレをどうにかするなんて出来ません。
目の前の二人を見ると、チャージしていた霊力を霧散させています。信じてもらえたみたいですね。
「へえ、「かんりきょく」の奴等にしては話が分かるな」
「私は民間協力者ですからね。正直言って我が身の安全の方が何倍も大切です」
「自分本位なのね」
「貴方に言われたくないですよ」
すっかり戦闘モードじゃなくなったのに安心して、私はバリアジャケットを解除しながら、飛んでいこうとする二人に声をかけました。
「こっちは適当に処理しておくんで安心してください。てか、こっちで騒ぎ起こすくらいなら、さっさと帰ってください」
さってと、すぐに帰って始末書書かなき「待て」っ!
いきなり肩を掴まれたのに驚き後ろを見てみると、そこにはさっき飛んでいったはずの妹紅さんがいました。
「お前、さっき何て言った?」
「えっと、「適当に処理しておくから安心して下さい」って」
「違う、その後」
その後ですか? えーっと……。
「「騒ぎ起こすくらいならさっさと帰って」って……」
「何でそこで帰るって言葉が出てくるんだ? お前、何か知ってるのか?」
「え、えーっと……」
「おい輝夜、こいつ連れて行くぞ。何か知ってるかもしれん」
「そうね。いい加減二人だけっていうのも飽きてきたし別にいいわよ」
「なら決まりだな。よっと」
「わ、わわわわわ!」
いきなり妹紅さんは私を抱えて、その場から飛んでいきます。
ちょ、いきなり誘拐とか理不尽すぎる!?
となると黙ってないのが私の姉兼親友であるギンガさん。ウイングロードでこちらに突撃してきました。
「キャロを放せ!」
「おい、輝夜!」
「指図しないで。難題「仏の御石の鉢 -砕けぬ意思-」。」
「へ? きゃああああああ!」
弾幕の雨にシールドを張って突っ込んでいったギンガさんですが、耐えられずにシールドを抜かれ、ウイングロードから落ちていきます。
「ギンガさん!」
「大丈夫よ、手加減したから」
「そういう問題じゃないですよ! 放してください!」
「人の腕の中で暴れるな! ああ、しょうがない!」
妹紅さんがそう言ったと同時に首の後ろに衝撃が走って、私の意識が闇に沈んでいきます。
その間際、ギンガさんの絶叫が聞こえた気がしましたが、私にはどうすることもできませんでした。
おまけ デバイス名の由来
ペスカトーガ Pesca Toga(桃の衣)
名前はイタリア語と英語の混合。当て字ですねわかります。
これをアナグラム化すると……
→ Scape Goat(身代わり)に。
キャロが皮肉な名前って言った理由はコレ。
スペックは悪くないのに、夢幻珠を隠す為のカモフラージュに使われる不憫な子です。