Charlotte After   作:音無白野

8 / 10
 お待たせしました。

 これまでのあらすじ

 世界中の能力者から能力を奪って帰ってきた有宇(ゆう)
 入院当初に見られた記憶の混濁も無事解消し、退院祝いに生徒会のメンバーでバーベキューに行くことになったのだが、事態は一変する。
 有宇(ゆう)の特殊能力のひとつである『未来予知』が発動してしまい、生徒会メンバー全員が殺される未来を予知してしまった。
 有宇(ゆう)は未来予知を回避しようとするが失敗。友利(ともり)たちの死を回避できず絶望した有宇(ゆう)その場に泣き崩れ、友利(ともり)の手を握る。そこには友利(ともり)が大切にしていたビデオカメラがあった。(すが)るように映像を再生すると、友利(ともり)が『生徒会活動日誌』として撮っていたこれまで記録があった。
 友利(ともり)が最後に残した言葉を胸に、有宇(ゆう)はもう一度、運命に立ち向かうことを決意する。
 しかし、時間跳躍(タイムリープ)した先は星ノ海学園ではなく、有宇(ゆう)が、カンニングしてまで入学した陽野森高校だった。
 自分の知っている過去との食い違いに有宇(ゆう)は混乱するも、高城(たかじょう)に出会い、ここは乙坂(おとさか)(しゅん)(すけ)時間跳躍(タイムリープ)をする前の世界だと分かった。
 星ノ海学園が存在しないことに有宇(ゆう)は混乱するが、作戦通り、世界中の能力者から能力を奪うことを決意する。



第二十話 占領

 

 目覚まし時計より早くに目が覚めた。

 

 ……またあの夢をみていた。

 

 夢で見た映像は鮮明(せんめい)で妙に現実味があった。まだ夢の中にいるようでクラクラする。

 

 僕は布団からはいでて、立ち上がった。

 窓を開けて、天候を確認する。

 

 天気は雨だった。もう春なのに、前線が停滞しているらしく空はどんよりして、雨が降っていた。

 落ちてくる雨を見て、僕はあの日思い出す。

 

 退院祝いにバーベキューに行った日。僕は友利(ともり)たちを救うことが出来なかった。

 手に入れた能力はまったく役に立たず、発動も出来ず、僕は無力だった。

 

 何も出来ず理不尽な現実を目の当たりにした。

 

 まるで、そうなることを世界が望んでいるかのように。

 

 世界が、運命が、何か強大なねじれが、僕からみんなを奪うようだった。

 

 

 ――彼女は何をしていたのだろう。

 

 

 いや――僕には分かる。映像が途中でとびとびになっていたから詳しくは分からないが彼女は時間を繰り返していたんだ。

 瞳が光った。あれは間違いなく眼を使った特殊能力。

 おそらく時間跳躍(タイムリープ)の能力だ。違っていてもそれに近い何かだ。

 

 引っかかるのが彼女の言っていた言葉だ。

 

 

『――見つけた。やっと見つけた』

 

 

 彼女は何かを必死に探して、見つけたのだろう。

 あの日の僕と同じようにボロボロになって打ちひしがれていた彼女は泣いていた。

 彼女が時間を繰り返す意味は、あの倒れていた男の人を助けるためだったのだろうか。なら、どうしてすぐに能力を使わなかった?

 

 

『――待ってて。待っててください』

 

 

 ――違う。

 

 彼女は能力を使わなかったんじゃない。使えなかったんだ。

 

 

 ――どうして?

 

 答えはすぐに見つかった。簡単だ。彼女が時間跳躍(タイムリープ)の能力者じゃないからだ。

 

 

 彼女も僕と同じ略奪(りゃくだつ)の能力なんだ。

 

 

 だから、あの時必死に時間跳躍(タイムリープ)を能力を探していた。自分が繰り返すために。大切な人を救うために。

 

 そして、見つけた。

 

 時間跳躍(タイムリープ)を。

 

 世界中をかき分けて、やっと探し当てたんだ。

 

 ただ、妙に感じたのは彼女の使っていた略奪(りゃくだつ)の能力が僕の略奪(りゃくだつ)の能力と違っていたことだった。

 僕の略奪(りゃくだつ)の能力は5秒間、相手の身体に乗り移ることができる。だけど、彼女の略奪(りゃくだつ)はそうじゃなかった。

 

 能力だけを的確に奪ってた。

 

 相手の身体に乗り移る必要はなかった。

 

 僕と同じようで、僕とは違う能力に見えた。

 

 泣いていた彼女を思い出す。

 あれから……彼女はどうなってしまったんだろう。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 部屋からリビングに出てもまだ誰も起きていなかった。

 時計の針は午前5時40分をさしていた。

 ちょうどいい時間だった。

 僕は昨日、(しゅん)(すけ)兄さんに話した内容を実行するつもりだった。

 

 やるべきことは決まっている。

 世界中の能力者から能力を奪う。そして、シャーロット彗星の粒子に対するワクチンを完成させる。

 

 早ければ早いほど良い。僕は(しゅん)(すけ)兄さんに包み隠さず全てを話した。特殊能力のこと、前の世界のこと、この役目は僕にしか果たせないこと、みんなの思いを全て。

 

 

 全て聞き終えると兄さんは、疑いも、茶化しもせず、ただ真剣に、

 

 

『――俺は、俺だけは忘れないよ。ここに世界最高の弟がいた事を』

 

 

 ごめんな、(しゅん)(すけ)兄さん。

 

 僕も忘れないよ。

 

 世界最高の兄がここにいた事を。絶対に。

 

 僕は早々に学校に行く準備をして、歩未(あゆみ)の部屋のドアを開けた。

 

 気持ちよさそうにのびのびと歩未(あゆみ)が眠っている。僕は身体から大きくはだけた掛け布団を、歩未(あゆみ)のお腹が冷えないように元の位置に戻した。

 寝てるところ、ごめんな歩未(あゆみ)。でも、これが最後だからさ。

 

 たまご型のかわいいおでこをなでた。僕は目を閉じて、能力を発動させた。体内に眠っている崩壊の能力を目覚めさせる。

 

 

歩未(あゆみ)には余計な心配かもしれないけど……どうか、お元気で。(しゅん)(すけ)兄さんと仲良くな」

 

 

 僕の瞳が黄金色に輝いた。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 早めに登校して、自分の教室の席に座っていた。

 みんなから能力を奪っていくのは昼休みからにすることにした。あまり、騒ぎを大きくはしたくない。この時点でまだ捕まっていないから大丈夫だとは思うが念の為だ。どこから、連中が見ているか分からないからな。

 

 何気もなく学校の一ページがはじまる。一時間目、二時間目……意外なことだけど、本当に一瞬で時間が過ぎていく感じがした。

 ぼんやりと陽野森高校にいたであろう乙坂(おとさか)有宇(ゆう)の日常を思い描く。部活動には入っていないから帰宅部だったんだろうな、いやきっと勉強に集中したいから入らなかったんだろう。陽野森高校は進学校だからついていくだけでも大変だろうからな。

 同級生には友利(ともり)高城(たかじょう)白柳(しらやなぎ)がいて、そのうち生徒会選挙なんかがあったりしたら、やっぱり友利(ともり)は会長に立候補するのかな。この世界では僕は友利(ともり)をライバル視しているから、僕も立候補したかもしれない。それで高城(たかじょう)が応援演説してくれて、白柳(しらやなぎ)はその様子をただ心配して見つめる。

 

 きっと楽しい日々になっただろう。

 特殊能力も、汚い大人も、何もなくて、ありふれた青春をおくれただろう。

 ここにいると、そんな当たり前を望んでしまう。

 

 

 ――昼休みになった。

 僕は席を立つ。

 

高城(たかじょう)

 

 

 はじめは高城(たかじょう)に声をかけた。少しだけ話が長くなるだろう。(しゅん)(すけ)兄さんにすべてを話してから、僕の事情を知っている高城(たかじょう)にも、これから僕がすべきことをちゃんと説明する必要があると考え直した。

 

 能力に関しての記憶を消してしまえば簡単だったが、それは卑怯だと思った。

 

 僕は一人の人間として高城(たかじょう)を説得する義務がある。

 

「……そうですか」

 

 

 聞き終えると高城(たかじょう)は眼をつむりながら、そう言った。

 鷹揚(おうよう)と視線が僕に向けられる。

 

 

乙坂(おとさか)さんは、それでいいんですか?」

 

「仕方がないことなんだ」

 

 

 もう、覚悟は決まっている。

 高城(たかじょう)は納得のいかない表情で声を大きくする。

 

 

「どうしてもそれは乙坂(おとさか)さんがやらなければならないことなんですか? 何か他に方法はないんですか? 時間跳躍(タイムリープ)に回数制限があることはわかりました。だけど、なら最後の一回まで乙坂(おとさか)さんには足掻く権利があるんじゃないですか?」

 

「……ありがとう高城(たかじょう)でもいいんだ」

 

 

 高城(たかじょう)は本当にいいやつだ。きっと高城(たかじょう)も、僕の悟り切った樣子から気づいている。

 もう、これはどうしようもないことなんだって気づいている。

 

 最善策は最初からなかった。

 

 それでも、僕をどうしても止めようとしてくれている。僕が動かないと自分が危なくなるかもしれないのに、高城(たかじょう)は時間を繰り返せと言う。

 やり直せば僕は楽になるかもしれない。だけど、それは何の解決にもならない。状況は悪くなる一方で終わりは必ずやってくる。もうこれ以上やり直したくない、もう誰も殺させはしない。

 

 

「……友利(ともり)さんは乙坂(おとさか)さんの恋人だったんでしょう? なのに、それが全部なかったことになって……それに、乙坂(おとさか)さんだけが犠牲になるなんて……」

 

友利(ともり)が忘れても、僕が覚えてる」

 

 

 それが僕なりの答えだった。

 

 前の世界で僕は一度記憶をなくしかけた。

 

 友利(ともり)のことを忘れて、友利(ともり)を傷つけた。

 

 だけど、友利(ともり)は僕のことを覚えていてくれた。

 

 僕のことを待っていてくれたんだ。

 

 今度は僕が覚えておく番だ。

 

 

「だから、それだけでいいんだ。僕が望んだことなんだよ高城(たかじょう)

 

「そうですか……そうなんですか……」

 

 

 高城(たかじょう)は繰り返して、目を伏せる。

 

 

「正直、納得は……出来そうにありません。……私も乙坂(おとさか)さんのことを忘れません。――最後にお手伝いさせてください」 

 

「……ああ、いくぞ」

 

 僕は略奪(りゃくだつ)を発動させた。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 あの後、高城(たかじょう)と一緒に、僕の能力者の探知を使って、校内の能力者を二人見つけた。両者とも、まだ能力が発症していないキャリアだった。

 思えば日本ではあまり能力者に出会わなかった。その時は星ノ海学園が存在していたわけだから、生徒会のメンバーが能力者を集めていたわけだから当たり前か。

 

 あと、一人。

 友利(ともり)奈緒(なお)の特殊能力。

 探知の特殊能力で僕はこの学校最後の能力者の場所を突き止める。

 

 ――二階の渡り廊下にいる。

 

高城(たかじょう)、あとは友利(ともり)だけだ。こっちだ来てくれ」

「了解しましたっ!」

 

 僕と高城(たかじょう)早足(はやあし)友利(ともり)の元へと向かう。

 星ノ海学園でもよくある光景だったなと、僕は思い出す。高城(たかじょう)が食券を人気メニューを確保して、僕たちは牛タンカレーを食べる。途中で友利(ともり)から呼び出しをくらって、昼飯を早食いして、愚痴を言われる。

 思い出してると

 

「あっあなたは昨日の変質者……」

 

 友利(ともり)(いぶか)しげに僕をじっと見つけた。

 

「よっよう……」

 

 どうしたものか僕は考える。

 友利(ともり)は能力を発症していないキャリアだ。略奪(りゃくだつ)で能力を奪うには、発症している必要がある。発症させるためには、肌に触れないといけないわけで……。

 

「な、なあ、友利(ともり)ちょっと僕と握手してくれないか?」

 

「はぁ?」

 

 再び友利(ともり)は警戒して、後ずさりをはじめる。

 

「……い、言いたいことは分かる。僕はお前と握手したいんだ。た、頼むよ」

 

 力ずくで触れることも出来ただろうが、それはどうしてもはばかられた。

 

「あ、握手くらい、いいじゃないですか~! 欧米では当たり前のコミュニケーションですよっ!」

 

 高城(たかじょう)が僕に加勢してくれる。

 しかし――

 

「いや、しりませんよ。ここ日本ですし」

 

 バッサリと切り捨てられる。

 そうだよな……友利(ともり)は、そういうやつだ。

 

「な、ならこうしよう」僕は説得をはじめる。「僕と握手してくれたら、『ZHIEND』のライブチケットをおごってやるよ」

 

 握手でライブチケットという、めちゃくちゃ怪しい逆に警戒されかれないヤケクソな提案だが、まあ現実問題としてチケット代くらいならなんとかなるだろう。友利(ともり)は、したたかな女だからのってくれるかもしれない。

 

「『ZHIEND』ですか?」

 

 ピクリと明らかに反応が変わるのがわかる。

 

「そう、『ZHIEND』だ。友利(ともり)が好きなバンドなんだろう?」

 

「………………」

 

 そこで友利(ともり)の言葉が止まって、僕の表情を覗き込んでくる。

 一瞬、怒らせてしまったのかと思ったけど、そうじゃなかった。引かれたわけでもない。むしろ、緊張の糸がほつれたような親しみを持った目で僕を見る。

 

「……確かに私は『ZHIEND』が好きですが、どうやって、『ZHIEND』のライブチケットを手に入れるんですか?」

 

 友利(ともり)は、いたずらっぽく声をはずませて()いてきた。

 

「それはだな……普通はインターネットとかで予約するんだろ」

 

 前に行った時は、友利(ともり)がチケットを持っていたんだったよな。

 

 

「インターネットじゃ手に入りませんよ?」

 

「あっそうか、それなりに人気のバンドだから、もしかしたら抽選とかになるかもしれないが」

 

 

 でも、それならどうやってチケットを手に入れるんだ?

 

「ん~、やっぱりあなた変な人なんですか?」

 

 半笑いになりながら、友利(ともり)じっと見つめてくる。

 

 

「『ZHIEND』は、私の兄がやってる小さなバンドです」

 

 

 ――えっ?

 

 

「そんなはずは……」

 

「嘘じゃないですよ。休みの日にライブハウスにいけば、いつでも聞けます」

 

 

 『ZHIEND』が小さいバンドだって……おかしい? いや、ありえる。正確にはこの世界の『ZHIEND』が有名じゃないんだ。

 星ノ海学園がまるごとなくなってるんだ。何が起きていてもおかしくはない。

 それより驚くべきところは――

 

 

「じゃあ、ボーカルはサラシェーンなのか?」

 

「そうですね。兄さんとサラさんでツインボーカルです」

 

 

 ――やっぱり。

 僕の頭のなかに、友利(ともり)の兄が作曲していた時の光景が(よみがえ)る。前の世界で友利(ともり)の兄は科学者たちによって壊された。もう誰が誰かわからないほどおかしくなってしまっていた。

 

 

 ――だけど、奇蹟が起きた。

 

 

 友利(ともり)の兄は病室でサラシェーンの歌声を聞いて、落ち着きを取り戻した。

 

 

「……そっか。僕も『ZHIEND』が好きなんだ」

 

 

 きっと友利(ともり)の兄は、いつか聴いた音を覚えていたんだろう。

 世界が違っても、音楽に熱中して、一緒に曲を作った仲だった。その消えない何かに影響されたんだ。

 

 

「本当に変な人ですね……。いいですよ。何を企んでいるかしりませんが握手くらいしてあげます」

 

 

 パッと友利(ともり)(やわ)い手を僕に差し出す。

 

 

「いいのか?」

 

「いいも何もポストロックがわかる人に悪い人はいませんから」

 

 

 そう言って、友利(ともり)は屈託ない笑顔を見せる。

 

「……ああ、そうだな」

 

 僕はゆっくりと手を握り返す。

 

 そして、特殊能力を発動させた。

 

 

 

 ――おかしい。

 

 

 

 すぐに異変に気づいた。

 

 友利(ともり)から能力が感じ取れない。

 

 友利(ともり)の能力が完全に消えているのだ。

 

 キャリアですらない。

 

 友利(ともり)じゃない。

 

 友利(ともり)は能力者じゃない。

 

 

 

 ――奥だ。

 

 

 

 友利(ともり)を挟んで奥にこの学校最後の能力者がいる。

 

 

乙坂(おとさか)くーん!」

 

 

 しっている声だった。

 

 奥から現れたのは――

 

 

 ――白柳(しらやなぎ)(ゆみ)だった。

 


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