Charlotte After   作:音無白野

7 / 10
 これまでのあらすじ

 世界中の能力者から能力を奪って帰ってきた有宇(ゆう)
 入院当初に見られた記憶の混濁も無事解消し、退院祝いに生徒会のメンバーでバーベキューに行くことになったのだが、事態は一変する。
 有宇(ゆう)の特殊能力のひとつである『未来予知』が発動してしまい、生徒会メンバー全員が殺される未来を予知してしまった。
 有宇(ゆう)は未来予知を回避しようとするが失敗。友利(ともり)たちの死を回避できず絶望した有宇(ゆう)その場に泣き崩れ、友利(ともり)の手を握る。そこには友利(ともり)が大切にしていたビデオカメラがあった。(すが)るように映像を再生すると、友利(ともり)が『生徒会活動日誌』として撮っていたこれまで記録があった。
 友利(ともり)が最後に残した言葉を胸に、有宇(ゆう)はもう一度、運命に立ち向かうことを決意する。
 しかし、時間跳躍(タイムリープ)した先は星ノ海学園ではなく、有宇(ゆう)が、カンニングしてまで入学した陽野森高校だった。
 自分の知っている過去との食い違いに有宇(ゆう)は混乱するも、高城(たかじょう)に出会い、ここは乙坂(おとさか)(しゅん)(すけ)時間跳躍(タイムリープ)をする前の世界だと分かった。


第十九話 世界を救うたった一つの方法

 

 高城(たかじょう)とは連絡先を交換して別れた。

 この世界がどこか、見当がついても、僕の足取りは重かった。

 

 

 家の鍵はポケットに入ってあった。

 僕はアパートの階段を上り、玄関に入る。

 

 そして、すぐに現実を目の当たりにした。

 

 

 ――ああやっぱりだ。

 

 

 入り口に置いてある傘掛けに白杖(はくじょう)がさしてあった。

 

有宇(ゆう)? 帰ったのか?」

 

 足音で気づいたんだろう。(しゅん)(すけ)兄さんが僕を出迎えてくれた。

 兄さんは慣れた樣子で壁をたどって、家に設置された手すりを掴む。

 

 

 ――見えてないんだ。

 

 

 (しゅん)(すけ)兄さんの眼には光が()していない。

 

 

「……ただいま(しゅん)(すけ)兄さん」

「どうした? 元気ないな。学校で何かあったのか?」

「い、いや、なんでもないよ」

「そうか、なら突っ立ってないで、夕飯の支度(したく)を手伝ってくれ」

「ああ、分かったよ」

「手、洗って野菜切るの手伝ってくれ」

「……うん」

 

 しっかりしろ、乙坂(おとさか)有宇(ゆう)

 落ち込んでる場合じゃないぞ。想定していた事態だったはずだ。今は、情報を整理しろ。

 ここが(しゅん)(すけ)兄さんが時間跳躍(タイムリープ)する前の世界だとして、わかったこと。

 

 星ノ海学園が存在しない。

 僕と白柳(しらやなぎ)(ゆみ)は小学校の時からの知り合い。

 僕と高城(たかじょう)は中学の時からの知り合い。

 友利(ともり)は僕のことをしらない(友利(ともり)は高校から入学)。

 (しゅん)(すけ)兄さんは目が見えていない(時間跳躍(タイムリープ)不可)。

 

 どうして、この世界に僕が時間跳躍(タイムリープ)してきたかは、わからない。

 考えられるとすれば、乙坂(おとさか)(しゅん)(すけ)の眼が見えていないことが一番の原因だろう。

 でも、僕が時間跳躍(タイムリープ)したのは、今回で二回目。(しゅん)(すけ)兄さんから能力を奪った一回目時間跳躍(タイムリープ)では、兄さんの眼は見えていないかったけど、星ノ海学園は確かにあった。

 

 

 ――じゃあ、今回と前回の差はなんだ?

 

 

 (しゅん)(すけ)兄さんの話によると、はじめの世界で科学者たちが現れたのは歩未(あゆみ)が11歳、僕が15歳の頃。それが確かなら、ここは兄さんが時間跳躍(タイムリープ)をする前の世界でも、少し齟齬(そご)がある。

 

 他に何か、思い当たることは……。

 くそっ、自分の記憶なのにうまく思い出せない。

 ――いや、思い出せないと言うより、本当にわからないんだ。

 時間という概念は僕よりずっと頭がいい大人たちでも完全に解き明かせていない謎だ。

 僕たちは極めて特異な立ち位置にいることを忘れちゃダメだ。

 

 仕方がない。

 思い出せないことより一度冷静になって、これからどうすればいいかを考えよう。

 

 

 第一は、みんなの安全確保だ。

 今は能力が発症していなくても、発症する可能性が高い。友利(ともり)歩未(あゆみ)高城(たかじょう)(しゅん)(すけ)兄さん、出来れば柚咲(ゆさ)とも接触をとりたい。信じてもらえない場合は僕の能力で、発症させれば信じてもらえるはずだ。高城(たかじょう)がそうだった。

 

 

 次に星ノ海学園の設立。

 これは僕の力だけではどうしようもないから、みんなに協力してもらう。あと資金が必要になってくるから、今のうちに新聞の宝くじの紙面をチェックしておこう。時間跳躍(タイムリープ)には回数制限があるから、無駄には出来ない。

 

 

 いや、待てよ……?

 

 

 そもそも、星ノ海学園は特殊能力者を守るための施設だ。

 だけど、今は存在しない。

 だったら――

 

 

 このまま、なかったことにした方が都合がいいんじゃないか?

 

 

 星ノ海学園設立の目的は能力者を守ること、だが完全に能力者達を守ることは難しい。だから、前の世界で僕が世界中の能力者から能力を奪ったんだ。

 ここが(しゅん)(すけ)兄さんがタイムリープする前の世界なら、いずれ僕たちは科学者たちに捕まって施設へ連れて行かれることになる。

 でも、今の僕ならその前にみんなの能力をなくすことが出来る。あいつらの狙いは特殊能力だけだ。原因さえ抑えれば連中は来ない。

 あとは、能力の発症を抑えるワクチンさえなんとかなれば――

 僕がまた、世界中の能力者から能力を奪うことが出来たら全部丸く収まる。

 

 そうだ。

 たったそれだけでいい。

 

 僕には前の世界から受け継いだ能力がある。

 まずは研究資金を集めて、堤内さんを探がせばいい。

 資金集めに関しても、僕は兄さんと違って時間跳躍(タイムリープ)以外の能力があるから、いくらでも手はある。少し気の毒だが、念動力でも使って競輪選手の後輪を浮かしてやればお金を稼ぐくらい簡単だろう。

 

 友利(ともり)や兄さんたちを巻き込む必要なんてないんだ。

 もとより僕はみんなを救うために時間跳躍(タイムリープ)して来たんだ。

 

 何も後悔はない。

 

 何も――

 

 

『――そんなこと信じられるわけがないでしょ』

 

 

「………………」

 

 友利(ともり)……。

 

 僕は、また、友利(ともり)のことを思い出していた。

 友利(ともり)は今、特殊能力が発症していない。だけど、僕の能力を使えば、すぐにでも発症させることが出来る。そして、友利(ともり)が特殊能力の存在を認知する前に奪うことだって出来る。

 今度は、さっきの高城(たかじょう)との会話を思い出す。特殊能力に悩まされていた高城(たかじょう)。すぐに僕を信頼してくれた。信じてくれた。

 だから――話せば、友利(ともり)にも……また……

 ……駄目だ。話したところで、迷惑をかけるだけだ。巻き込むんじゃない。そのための時間跳躍(タイムリープ)だったはずだ。また何が起こるかわからない。必要ない仮定は極力少なくするべきだ。

 

有宇(ゆう)……本当に何かあったのか?」

 

 顔に出ていたのかもしれない。いや……見えてないはずだ。台所で立ち尽くしていた僕に、兄さんが詰め寄った。

 

(しゅん)(すけ)兄さん何言って……」

「見えてなくてもわかる。今日のお前は変だ」

 

 (しゅん)(すけ)兄さんは語尾を強めた。

 

 ――ここに居たい。

 世界中の能力者なんか見捨てて、友利(ともり)たちと一緒に平穏に暮らしたい。

 

「……本当に何もないよ」

 

 言えるわけがない。

 

「兄さんは僕を心配しすぎだよ」

 

 ここで言ってしまえば、全て話してしまえば、僕はもう戻れないだろう。

 巻き込む必要がないなら、巻き込むな。

 (しゅん)(すけ)兄さんはもう既に――十分に戦っただろう?

 

 僕は自分が思っている以上に大したことのない人間なんだ。

 ……わかっている。僕は人一倍承認欲求が強くて、わがままで……。

 時間跳躍(タイムリープ)に回数制限があってよかった。もし、デメリットがなければ、僕は何度もこの時間をやり直したかもしれない。

 友利(ともり)たちとの高校生活を。

 だから、駄目なんだよ。必要以上に自分を戒めないといけない気がするんだ。

 

 乙坂(おとさか)有宇(ゆう)……もう決めたことだろ?

 

「………………」

 

 見えていなくても本当にわかるのだろうか。兄さんはため息をはいて、肩をおとした。ダイニングにあるイスを引いて「座れ」と言う。

 僕は黙って従った。この世界の(しゅん)(すけ)兄さんは、ずっと盲目の状態で僕たちと過ごしてきたんだ。誰よりも注意深く乙坂(おとさか)有宇(ゆう)をしっている。

 

「……俺の目のせいで有宇(ゆう)たちには本当に迷惑をかけてきた」

 

 何の脈絡もなく(しゅん)(すけ)兄さんは話し始めた。自分が座るためのイスを引く。イスの地面に接する脚にホコリが溜まっていて、ぎこちなく動いた。座れるだけのスペースが空いて兄さんも腰掛ける。

 

「いつもお前たちは目の見えない俺に合わせてくれた。外で遊びたい年頃だった時もずっとだ。覚えてるか……? 歩未(あゆみ)なんて、俺に絵本を読み聞かせようとするんだぜ。ガキじゃないんだから……まったく」

 

 懐かしむように、兄さんは天井を仰いだ。その瞳は開いている。見えていなくても、ここであった思い出全部を覚えているのだろう。

 

「それでも俺にとっては嬉しかった。ありがたかった。それなのに、俺がお前たちに出来ることと言えば勉強を教えるくらいだった」

 

 兄さんは今度は、しっかりと瞳に僕の姿を映して、

 

「……だけどな、目の見えない俺でもまだ出来ることがある。――話を聞くことだ。思い出ってのは、楽しい記憶だけじゃなくて辛い記憶まで残っちまう。人間ってのは面倒くさい生き物で、むしろ辛い思い出ばかり考えちまう生き物だから、人は思いを文字に起こしたり、人に愚痴ったりしなきゃいけない。そうすれば、脳が自分が覚えてなくても誰かが覚えててくれるんだって、勝手に判断して忘れることができるんだ」

 

 優しい声で(しゅん)(すけ)兄さんは僕に微笑みかける。

 その声は前の世界も今の世界も変わらない、僕の兄、乙坂(おとさか)(しゅん)(すけ)の声だった。

 

 僕は、どうするべきだろうか。

 ここで、兄さんに全てを打ち明けたい気持ちもある。

 

「俺にはいつだって隣にお前たちがいた。有宇(ゆう)歩未(あゆみ)、お前たちのおかげで俺はこうして生き続けていられたんだ」

 

 しかし、話したところで、僕のやることは何も変わらない。

 みんなを救う以外に、僕には選択肢がない。

 

 そのために僕は戻ってきたんだ。

 

 

「俺じゃお前の力にはなれないか?」

 

 

 でも、それでも――

 

 

「わかったよ……(しゅん)(すけ)兄さん」

 

 

 誰か一人に――たった一人だけになら話してもいい気がした。

 理由も言わずに、ここから離れることが逆に失礼だと感じたからだ。

 

 盲目になってまで自分を救おうとしてくれた肉親にも。

 

 本来ここにいたはずの僕――乙坂(おとさか)有宇(ゆう)にも。

 

 

「――さよならだ」

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 また、夢を見た。

 見慣れない街並みに、雨が降っている。

 その日、彼女は歌っていなかった。

 あまり、音はとれていなかったけど僕は彼女の歌声が嫌いじゃなかった。だから、少し耳が寂しかった。

 

 

 代わりに耳障りがよくない声が聞こえてきた。

 いつもよりずっと重たい声。

 

 

 彼女は、泣いていた。

 

 

 誰かが地面に倒れていた。

 男の人だった。

 彼女の恋人だったのかもしれない。

 彼女は涙を流しながら、血を流して倒れている亡骸に頬を擦りつけた。

 まるで、あの時の僕だ。キャンプで冷たくなった友利(ともり)に縋っていた僕と同じだった。

 ひとしきり泣くと、彼女は、くしゃくしゃになった顔をあげた。大きな瞳は赤く充血してしまっている。

 名残を惜しそうに横たわった男性を見つめて、口を開いた。

 

 

『……待ってて。待っててください』

 

 

 

 そこで、視界が暗転した。

 

 

 

 どれほど時間が経ったのだろう。次に見えたのは、血まみれの彼女だった。それも自分の血ではなかった。

 

 彼女の周りには無数の者たちが倒れているのが見えた。彼らは全員特殊能力者だった。不思議と僕にはそう思えた。

 

 彼女は倒れた無数の能力者たちを俯瞰する。長い間睡眠をとってないのか、不自然なほどクマができていた。

 

 そして、まるで長年求めていた探しものを見つけたように彼女は不自然に笑った。

 

 

『……見つけた。やっと見つけた』

 

 

 彼女の瞳が黄金色に輝いた。

 

 

 空気が呑まれる。

 

 世界が変わる。

 

 時間が巻き戻る。

 

 僕には、分かった。

 

 彼女も繰り返しているのだ。

 

 大切な人を救うために運命に立ち向かっているのだ。

 

 彼女も特殊能力者なのだろう。(しゅん)(すけ)兄さんの能力とは違った感じがしたけど、それは間違いなく時間跳躍(タイムリープ)の能力だった。


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