世界中の能力者から能力を奪って帰ってきた
入院当初に見られた記憶の混濁も無事解消し、退院祝いに生徒会のメンバーでバーベキューに行くことになったのだが、事態は一変する。
しかし、
自分の知っている過去との食い違いに
この世界がどこか、見当がついても、僕の足取りは重かった。
家の鍵はポケットに入ってあった。
僕はアパートの階段を上り、玄関に入る。
そして、すぐに現実を目の当たりにした。
――ああやっぱりだ。
入り口に置いてある傘掛けに
「
足音で気づいたんだろう。
兄さんは慣れた樣子で壁をたどって、家に設置された手すりを掴む。
――見えてないんだ。
「……ただいま
「どうした? 元気ないな。学校で何かあったのか?」
「い、いや、なんでもないよ」
「そうか、なら突っ立ってないで、夕飯の
「ああ、分かったよ」
「手、洗って野菜切るの手伝ってくれ」
「……うん」
しっかりしろ、
落ち込んでる場合じゃないぞ。想定していた事態だったはずだ。今は、情報を整理しろ。
ここが
星ノ海学園が存在しない。
僕と
僕と
どうして、この世界に僕が
考えられるとすれば、
でも、僕が
――じゃあ、今回と前回の差はなんだ?
他に何か、思い当たることは……。
くそっ、自分の記憶なのにうまく思い出せない。
――いや、思い出せないと言うより、本当にわからないんだ。
時間という概念は僕よりずっと頭がいい大人たちでも完全に解き明かせていない謎だ。
僕たちは極めて特異な立ち位置にいることを忘れちゃダメだ。
仕方がない。
思い出せないことより一度冷静になって、これからどうすればいいかを考えよう。
第一は、みんなの安全確保だ。
今は能力が発症していなくても、発症する可能性が高い。
次に星ノ海学園の設立。
これは僕の力だけではどうしようもないから、みんなに協力してもらう。あと資金が必要になってくるから、今のうちに新聞の宝くじの紙面をチェックしておこう。
いや、待てよ……?
そもそも、星ノ海学園は特殊能力者を守るための施設だ。
だけど、今は存在しない。
だったら――
このまま、なかったことにした方が都合がいいんじゃないか?
星ノ海学園設立の目的は能力者を守ること、だが完全に能力者達を守ることは難しい。だから、前の世界で僕が世界中の能力者から能力を奪ったんだ。
ここが
でも、今の僕ならその前にみんなの能力をなくすことが出来る。あいつらの狙いは特殊能力だけだ。原因さえ抑えれば連中は来ない。
あとは、能力の発症を抑えるワクチンさえなんとかなれば――
僕がまた、世界中の能力者から能力を奪うことが出来たら全部丸く収まる。
そうだ。
たったそれだけでいい。
僕には前の世界から受け継いだ能力がある。
まずは研究資金を集めて、堤内さんを探がせばいい。
資金集めに関しても、僕は兄さんと違って
もとより僕はみんなを救うために
何も後悔はない。
何も――
『――そんなこと信じられるわけがないでしょ』
「………………」
僕は、また、
今度は、さっきの
だから――話せば、
……駄目だ。話したところで、迷惑をかけるだけだ。巻き込むんじゃない。そのための
「
顔に出ていたのかもしれない。いや……見えてないはずだ。台所で立ち尽くしていた僕に、兄さんが詰め寄った。
「
「見えてなくてもわかる。今日のお前は変だ」
――ここに居たい。
世界中の能力者なんか見捨てて、
「……本当に何もないよ」
言えるわけがない。
「兄さんは僕を心配しすぎだよ」
ここで言ってしまえば、全て話してしまえば、僕はもう戻れないだろう。
巻き込む必要がないなら、巻き込むな。
僕は自分が思っている以上に大したことのない人間なんだ。
……わかっている。僕は人一倍承認欲求が強くて、わがままで……。
だから、駄目なんだよ。必要以上に自分を戒めないといけない気がするんだ。
「………………」
見えていなくても本当にわかるのだろうか。兄さんはため息をはいて、肩をおとした。ダイニングにあるイスを引いて「座れ」と言う。
僕は黙って従った。この世界の
「……俺の目のせいで
何の脈絡もなく
「いつもお前たちは目の見えない俺に合わせてくれた。外で遊びたい年頃だった時もずっとだ。覚えてるか……?
懐かしむように、兄さんは天井を仰いだ。その瞳は開いている。見えていなくても、ここであった思い出全部を覚えているのだろう。
「それでも俺にとっては嬉しかった。ありがたかった。それなのに、俺がお前たちに出来ることと言えば勉強を教えるくらいだった」
兄さんは今度は、しっかりと瞳に僕の姿を映して、
「……だけどな、目の見えない俺でもまだ出来ることがある。――話を聞くことだ。思い出ってのは、楽しい記憶だけじゃなくて辛い記憶まで残っちまう。人間ってのは面倒くさい生き物で、むしろ辛い思い出ばかり考えちまう生き物だから、人は思いを文字に起こしたり、人に愚痴ったりしなきゃいけない。そうすれば、脳が自分が覚えてなくても誰かが覚えててくれるんだって、勝手に判断して忘れることができるんだ」
優しい声で
その声は前の世界も今の世界も変わらない、僕の兄、
僕は、どうするべきだろうか。
ここで、兄さんに全てを打ち明けたい気持ちもある。
「俺にはいつだって隣にお前たちがいた。
しかし、話したところで、僕のやることは何も変わらない。
みんなを救う以外に、僕には選択肢がない。
そのために僕は戻ってきたんだ。
「俺じゃお前の力にはなれないか?」
でも、それでも――
「わかったよ……
誰か一人に――たった一人だけになら話してもいい気がした。
理由も言わずに、ここから離れることが逆に失礼だと感じたからだ。
盲目になってまで自分を救おうとしてくれた肉親にも。
本来ここにいたはずの僕――
「――さよならだ」
◆ ◆ ◆
また、夢を見た。
見慣れない街並みに、雨が降っている。
その日、彼女は歌っていなかった。
あまり、音はとれていなかったけど僕は彼女の歌声が嫌いじゃなかった。だから、少し耳が寂しかった。
代わりに耳障りがよくない声が聞こえてきた。
いつもよりずっと重たい声。
彼女は、泣いていた。
誰かが地面に倒れていた。
男の人だった。
彼女の恋人だったのかもしれない。
彼女は涙を流しながら、血を流して倒れている亡骸に頬を擦りつけた。
まるで、あの時の僕だ。キャンプで冷たくなった
ひとしきり泣くと、彼女は、くしゃくしゃになった顔をあげた。大きな瞳は赤く充血してしまっている。
名残を惜しそうに横たわった男性を見つめて、口を開いた。
『……待ってて。待っててください』
そこで、視界が暗転した。
どれほど時間が経ったのだろう。次に見えたのは、血まみれの彼女だった。それも自分の血ではなかった。
彼女の周りには無数の者たちが倒れているのが見えた。彼らは全員特殊能力者だった。不思議と僕にはそう思えた。
彼女は倒れた無数の能力者たちを俯瞰する。長い間睡眠をとってないのか、不自然なほどクマができていた。
そして、まるで長年求めていた探しものを見つけたように彼女は不自然に笑った。
『……見つけた。やっと見つけた』
彼女の瞳が黄金色に輝いた。
空気が呑まれる。
世界が変わる。
時間が巻き戻る。
僕には、分かった。
彼女も繰り返しているのだ。
大切な人を救うために運命に立ち向かっているのだ。
彼女も特殊能力者なのだろう。