Charlotte After   作:音無白野

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 これまでのあらすじ
 世界中の能力者から能力を奪って帰ってきた有宇(ゆう)
 入院当初に見られた記憶の混濁も無事解消し、退院祝いに生徒会のメンバーでバーベキューに行くことになったのだが、事態は一変する。
 有宇(ゆう)の特殊能力のひとつである『未来予知』が発動してしまい、生徒会メンバー全員が殺される未来を予知してしまった。
 有宇(ゆう)は未来予知を回避しようとするが失敗。友利(ともり)たちの死を回避できず絶望した有宇(ゆう)その場に泣き崩れ、友利(ともり)の手を握る。するとそこにはビデオカメラがあった。(すが)るように映像を再生すると、友利(ともり)が『生徒会活動日誌』として撮っていたこれまで記録があった。
 友利(ともり)が最後に残した言葉を胸に、有宇(ゆう)はもう一度、運命に立ち向かうことを決意する。
 しかし、有宇(ゆう)時間跳躍(タイムリープ)した先は――


第十七話 いつか見た世界

 

 ――なんで陽野森高校に?

 

 どこまで時間を(さかのぼ)ったんだ?

 僕が陽野森高校にいたのは高校入学した数日だ。今日は何日だろう。遠からず数日内に友利(ともり)高城(たかじょう)が僕を捕まえにくることは確定しているけれど……。

 

 いや待ってなんかいられない。

 とにかく早く(しゅん)(すけ)兄さんに接触しないと、幸い病院の場所は覚えている。そこへ行って事情を話すんだ。

 

乙坂(おとさか)くーんっ!」

 

 声をかけられた。

 あれ? 陽野森高校に知り合いなんて――僕は後ろを振り返る。

 

乙坂(おとさか)さん。ここにいたんですね」

 

 黒髪の少女、白柳(しらやなぎ)(ゆみ)がそこにいた。

 陽野森高校のマドンナ。才色兼備の美少女。

 彼女は覚えていないだろうけど、歩未(あゆみ)が死んでしまった世界線で、僕が落ちぶれていた時に自宅まで来てくれた子だ。

 

 あの時は本当に悪いことをした。

 

「や、やあ、白柳(しらやなぎ)さん。どうしたのかな?」

 

 僕はできるだけ平然を装って応対する。今の僕は学年一位の優等生なんだからな。怪しまれては面倒だ。

 

「どうしたじゃないですよ乙坂(おとさか)くん。今日は私とパンケーキを食べに行くんですっ!」

 

 そう言って手をつながれる。

 

「うわっ!」

 

 驚いて、とっさに僕は振り払ってしまった。

 

「えっ……」

 

 白柳(しらやなぎ)は心底傷ついた表情をした。まるで信じられない出来事が起こったような顔だ。

 

「ご、ごめん……」

 

 僕は罪悪感から謝る。

 

「いきなり手を触られて驚いたんだ」

「そ、そうですよね……ごめんなさい……」

 

 白柳(しらやなぎ)の表情が曇る。すっかり気落ちさせてしまったようだ。かわいそうだが、いきなり異性から手を掴まれると普通驚くだろう。

 数秒ほど無言が続くと、白柳(しらやなぎ)はぎゅっと握りこぶしをつくって、

 

「じゃ、じゃあ、今からなら手をつないでいいですか?」

「は、はぁ?」

 

 意味不明なことをおっしゃった。

 

 ほ、本当に意味がわからない……。

 過去にこんなことなかったよな。

 でも、後遺症で記憶違いがあるかもしれない。

 そう一度考えるとこの状況をどうすればいいか辟易(へきえき)してしまう。

 

乙坂(おとさか)くんは私と手をつなぐのは嫌ですか?」

 

 言いよられる。

 

「嫌とかじゃなくてだな……どうして手を――」

 

 ――つなぎたいのか、言いかけて、考える。白柳(しらやなぎ)は僕に好意を持っているのだろう。これくらいは今の状況を見ればわかる。手をつなぎたいとはそういうことだ。つまり今の時点で僕が白柳(しらやなぎ)を助けたあとだってことか? いや、正確には助けたように見せかけたなのだが。

 

「手を?」

 

 首をかしげられる。

 

「……ごめん。なんでもないんだ。ところで白柳(しらやなぎ)さん。今日は何日だっけ?」

 

 不自然に会話を逸らした。どうしても早くしりたい情報だった。確か僕が起こしてしまったトラック事故は4月9日だったはずだ。

 

「……今日ですか? 今日は4月9日ですよ?」

 

 

 ――あれ?

 

 

 おかしいぞ。

 齟齬(そご)が生じてる。

 

「どうかしましたか? 乙坂(おとさか)くん?」

「………………」

 

 どうなっているんだ……。

 いや、冷静に考えろ。

 僕じゃなくて、白柳(しらやなぎ)の記憶が混乱している可能性がある。あんな事故があったばかりなんだショックで記憶がとんでいてもおかしくない。

 

「本当に今日は4月9日かな?」

「……? 本当ですよ、ほらっ」

 

 白柳(しらやなぎ)が自分のポケットからスマホを取り出した。画面をこちらに向けて、日付を見せてくる。

 

 

 ――4月9日。

 

 はっきりとデジタルの数字はそう指し示している。

 

 ありえない。

 僕は慌ててポケットに入ってあったスマホを取り出してまた確認した。始めからそうすればよかった。

 

 4月9日。

 

 間違いない。

 今日は僕が白柳(しらやなぎ)(ゆみ)をトラック事故から救った日だった。

 

「あっ、パンケーキですけど前のお店でいいですよね?」

 

 嬉しそうに予定を取り決めようと僕に尋ねてくる。

 

 ――前? 前ってなんだ?

 

 白柳(しらやなぎ)とパンケーキを食べに行ったのは4月9日が初めてだったはず……。

 

「……白柳(しらやなぎ)さん。もしかしたら、ものすごく失礼なことを聞くかもしれないけど、聞いてもいいかな?」

「は、はいっ、何でしょうか?」

 

「僕たちはいつ出会ったんだっけ?」

「えっ……?」

 

「頼むどうしても知りたいんだ!」

 

 困惑する白柳(しらやなぎ)に僕は頭を下げた。

 

「ふっふふ」

「えっ?」

 

 頭を上げると白柳(しらやなぎ)は笑っていた。

 目尻を下げて、口に手を当てている。

 

「おかしなこと聞くんですね。乙坂(おとさか)くん」

「そ、そうなのか?」

 

「変な前置き入れるから少し身構えちゃいましたよ。だって――」

 

 時間がゆっくりに感じた。

 その先の言葉聞いたら何かが変わってしまうような――

 

 

「私たち、小学校の時から同じ学校じゃないですか」

 

 

 僕はその場に膝から崩れ落ちた。

 

 

「お、乙坂(おとさか)くん? 大丈夫ですか?」

 

 嘘だろ?

 ここはどこだ?

 ここはどこなんだ?

 

 僕はこんな世界しらない。

 

 白柳(しらやなぎ)が嘘をついているとは思えない。その表情は真剣そのものだ。

 念のため、僕は読心術を発動させる。

 

 

乙坂(おとさか)くん。本当に大丈夫かな……)

 

 

 やはり白柳(しらやなぎ)(ゆみ)は嘘をついていない。

 でも、だとしたら、ここは本当にどこなんだ?

 

「ほ、保健室行きますか? 顔が真っ青ですよ……?」

 

 白柳(しらやなぎ)も屈んで僕と同じ目線に立った。

 

「……大丈夫だよ。でも体調が良くないからパンケーキは申し訳ないんだけど、また今度じゃダメかな?」

「そ、そうですか……。残念ですけどしょうがないです。……あの心配なので家まで送りましょうか?」

 

 本当に心配してくれているようで、泣きそうな表情を見せる。

 

「ありがとう。でも僕はひとりで大丈夫だから」

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 学校の自販機エリアのベンチで僕は身体を休めていた。

 背筋を伸ばしてスマホを覗きこむ。

 

 日付は何度見直しても4月9日だった。

 

 僕はどこに時間跳躍(タイムリープ)してきたんだ?

 時刻を表示したスマホを腕を伸ばして身体から遠ざける。画面に表示された小さな文字がぼやける。どうやら視力は落ちているらしい。時間跳躍(タイムリープ)は成功していている。つまり、僕は過去の世界にきているはずだ。

 

 

『――私たち、小学校の時から同じ学校じゃないですか』

 

 

 記憶違いがなければ僕と白柳(しらやなぎ)(ゆみ)が出会ったのは陽野森高校に入学してからだ。

 高校入試前に成績優秀な彼女の存在をチェックはしていたが、話したことは一度もない。少なくとも小学校から同じはありえない。白柳(しらやなぎ)は陽野森高校の附属(ふぞく)中学、僕は地元の公立中学校出身だ。

 

「どうなっているんだ……」

 

 謎が深まるばかりだ。

 とにかく、事情を(しゅん)(すけ)兄さんに説明しないと。

 僕がベンチから立ち上がったその時だった。

 

 

 見慣れた後ろ姿がそこにいた。

 

 

 明るい髪色のツインテール。

 さっきまで山奥に倒れていた冷たい亡骸じゃない。

 生きてる友利(ともり)奈緒(なお)がそこにいた。

 

友利(ともり)……友利(ともり)!」

 

 急に走りだした僕に周りの生徒たちは驚く。

 どうして友利(ともり)がここにいるのかなんて考える間もなく僕は友利(ともり)に追いついた。

 

友利(ともり)!」

 

 その声を聞いて長い髪が揺れる。

 振り返った顔見て僕は安心した。やっぱり友利(ともり)がそこにいた。

 

友利(ともり)! 友利(ともり)! 友利(ともり)ぃ……!」

「引くなっ! な、なんですかっ! あなた気持ち悪い!」

 

 ドン引いた友利(ともり)は、そのまま耳につけたイヤフォンを外して、

 

「た、確かに私は友利(ともり)ですけど……あなたは誰ですか?」

 

 いつか僕が告白した日のように淡々とした反応を見せる。

 

「……僕をしらないのか? お前は僕を捕まえに来たんじゃないのか?」

 

 まただ。

 また何かが変わっている。

 本来ならカンニングで不正に入学した僕を捕まえに来たはず……。

 

「はぁ? なんで私があなたを捕まえないといけないんですか?」

「いや、だって僕が能力者で……そのカンニング魔だから……」

 

 僕はこの状況を整理するために友利(ともり)が陽野森高校にいるであろう理由を陳述(ちんじゅつ)していく。

 

「能力者? カンニング魔? 意味がわかりません」

 

 それを聞いて友利(ともり)は僕を(いぶか)しむ。

 

 能力者をしらない? そんな馬鹿な!

 

「能力者だよ! お前は『不可視』の能力者で、僕は『略奪』の能力者だっただろ?」

「は、はぁ……」

 

(何言ってんだ。この人)

 

 友利(ともり)は僕から、距離をとる。本当に何を言ってるのかわからないらしい。

 この世界では友利(ともり)の特殊能力は発症してないのか? なんで? どうして?

 

「そ、それでお前のお兄さんも能力のせいで科学者たちにモルモットにされて……入院して……」

 

 途端に友利(ともり)の表情が不機嫌になった。

 

「あなた何言ってるんすか……私の兄なら元気ですが?」

 

「……えっ?」

 

 何が起こっているんだ。

 おかしい。

 過去が完全に書き換わっている。

 

 この世界で僕は白柳(しらやなぎ)(ゆみ)と小学校の時から同じ学校で、友利(ともり)のお兄さんは科学者たちに捕まっていない。

 

 でも、時間跳躍(タイムリープ)は成功している。僕は僕の過去に来ているはずなのに。

 こんなことがありえるのか?

 

「……もういいですか? 私、急いでいるので」

「ま、待ってくれ、友利(ともり)!」

 

 通り越そうとする友利(ともり)を呼び止めた。

 

「さっきは変なこと言ってごめん。だけど聞かせてほしい」

 

 わからないことが多すぎる。少しでも友利(ともり)のしってることを教えてもらおう。

 友利(ともり)は少し怯えた顔をするが、一心不乱になってる僕を見て「わかりました。私にわかることならお答えします」と言ってくれた。

 

(この人変だ。ヘタに反発したら危険かもしれない)

 

 そんな声が聞こえて、胸が痛む。

 気にするな、こんなことで心が折れていたらみんなを救えない。情報収集を再開しろ。

 

乙坂(おとさか)(しゅん)(すけ)という人物をしっているか?」

「しりません」

 

 前の世界では友利(ともり)の『唯一信頼できる人』だった(しゅん)(すけ)兄さんのことも覚えていない。おそらく友利(ともり)の兄が科学者と関わっていないからだ。

 

乙坂(おとさか)歩未(あゆみ)は?」

「しりません」

 

 僕を捕まえに来たわけではないから、歩未(あゆみ)のことも当然しらない。調べる必要がないからだ。

 

「西森柚咲(ゆさ)は?」

「アイドルですよね?」

 

 柚咲(ゆさ)はこの世界でもアイドルをやっている。

 

「じゃあ黒羽美砂は?」

「誰ですかそれ」

 

 苗字と姉の存在をしらない。この口調だと知り合いではなく芸能人として、しっている感じだ。直接柚咲(ゆさ)とは関わっていない。やはり、この世界の友利(ともり)は超能力関連の記憶がないんだ。

 

「……そうだよな。それなら高城(たかじょう)丈士朗(じょうしろう)をしってるか?」

「知り合いですけど」

 

「そうか、やっぱりしらな……えぇっ!」

 

 今、なんて?

 

高城(たかじょう)丈士朗(じょうしろう)ですよね? しってますよ。なんで聞いた本人が一番驚いてるんすか……」

「いや、だって……」

 

 まさかこの流れでしってるとは……すまん高城(たかじょう)。正直あまり期待していなかった。聞いてみるもんだ。

 

高城(たかじょう)は同級生だからしっています」

「同級生って、星ノ海学園のか?」

 

「はぁ? どこっすかそこ、この学校に決まってるでしょう」

 

 それなら僕も同級生なんだが……いやそんなこと、今はどうでもいい。

 

「じゃあ友利(ともり)高城(たかじょう)も陽野森高校の生徒なんだな?」

「そうですよ。じゃないとここにいるのはおかしいっしょ」

 

 星ノ海学園の存在もなかったことになってる。

 

「もういいでしょう……私もう行きますね」

 

 友利(ともり)はため息ついて、脇を通り過ぎようとした。

 

 もう僕一人の力じゃどうしようもないことが起きている。

 だから――僕は――

 

「最後にひとつだけ言わせてくれ」

「何ですか?」

 

 うんざりした顔で友利(ともり)は振り返った。

 

 

「もし僕が未来から時間跳躍(タイムリープ)してきたって言ったら信じるか?」

 

 


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