世界中の能力者から能力を奪って帰ってきた
入院当初に見られた記憶の混濁も無事解消し、退院祝いに生徒会のメンバーでバーベキューに行くことになった。
しかし、事態は一変する。
「いいから! 今すぐみんなを集めろ! 逃げるぞ!」
早く逃げないと。
もうやめてくれよ。
銃をもった武装集団。
きっと僕が世界中の能力者から能力を奪っている最中に恨みを買った連中だ。
当たり前だろう?
世界中に僕の面が割れているんだ。
こんなことちょっと考えればわかることじゃないか。
なにを平和ボケしていたんだ僕は。
世界中の能力者から能力を奪っておいて、このまま穏やかに過ごせるとでも思っていたのか?
あいつらがどういった連中か理解していたはずだ。
能力者をモルモット扱いしていた最低の科学者たち。
そんなやつらが僕を許すはずがない。
だって、あいつらにとって僕は死神だったのだから。
きっと僕を殺すまで、どこまでも追ってくる。
「はやくっ! とにかくはやくするんだ!」
「……
後ろ手を掴まれる。
「なにがあったんですか?
「
僕の騒ぎようを聞いて
「
――
「お、
――
「気分が悪いならすぐに病院に行きましょう。病み上がりですから無理はしないでください」
――
嫌だ。
僕はもう失いたくないんだ。
「……みんな僕の話を落ち着いて聞いてほしい」
まだ、特殊能力は消えてない。
僕ならきっとできる。
みんなが逃げるまであいつらを足止めしろ。
僕がみんなを守るんだ。
今はそれしかない。
「これから数分後に僕たちは殺される」
タチの悪い冗談を言われたように場が静まりかえる。
でも、これは冗談じゃない。
「そ、それはどういうことでしょう
「……僕のせいだ。僕の特殊能力の一つに『未来予知』があることはしっているだろう? これから僕に恨みを持った連中がここに来る。あとはさっき言った通りだ」
僕たちは殺される。殺されてしまう。
「連中は道路沿いの方から向かってくる。だから、みんなは山の上に逃げるんだ。僕が
僕はできるだけ
「『みんなは』ってなんすか……。
うつむいて、服のすそを握っていた。
「僕はここに残るよ。あいつらの狙いは僕なんだ」
「なんですか、それ……」
顔上げて
「
(――また私をおいていなくなるんですか)
予想できた理不尽に
これも僕のせいなんだろう。
僕は過去に
それなのに
だけど、僕はそんな大切な時間を巻き戻して
この選択は今でも間違っていないと思っている。
でもきっと、自分勝手な選択だったんだ。
一度やり直した時間はもう取り戻せない。
僕が
当然だ。だって
そんな一方的な思いだけを告げられて、その言葉がどれほど彼女に重くのしかかったのだろう。さらに僕は二年間も空白の時間を作ってしまった。
大切な
日本に戻ってきた時の記憶は
記憶が混濁していた僕に
要するに僕は
今だってそうだ。
僕がここに残ったら殺されるかもしれない。僕がまたいなくなってしまうかもしれない。
そんな不安が彼女にはあるのだろう。
僕は、また
僕が好きだって言ってしまったせいで。
だから、この責任は僕がとるべきなのだろう。
「……ごめん、
僕はただ謝ることしか出来ない。
「……本当にごめん。行ってくれ」
「……行きましょう。
(――
ありがとう
みんなを頼む。
「嫌ですよ……。私がどんな気持ちで……」
(――私がどんな気持ちで待っていたと思っているんですか)
でも、僕には聞こえた。
「
「ああ、わかってる」
(――お姉ちゃん……どうか
ありがとう
「
「ああ、絶対だ。帰ったらオムライス作ってくれ。急に食べたくなっちまった」
ごめんな
僕は本当にダメな兄貴だ。
でも、
「もちろんなのですっ!」
僕は
「
今度は
いつから僕はこんなに平気で嘘をつけるようになったのだろう。
もう感情なんてとっくに制御できる術を僕は持っていた。
「……嫌です。……私もここに残らせてください」
ごめんな
――催眠。
ふらっと眠りについた
たちまち強烈な眠気が襲ってくるが、右手で自分の頭を掴んでデメリットを治癒する。
――記憶消去。
これで最後なんだ。
最後にとどめておこう。
僕が好きになった女の子の姿を。
「
ハッとしたように
「ただの催眠術だよ。すまない
「……わかりました」
僕の決意を
「行きましょう。みなさん」
読心術がある程度制御できてよかった。
あいつらを足止めしたら、僕はここから離れるつもりだ。
これ以上みんなと居続けたら全員助からない。
だから僕は、ここから離れることにした。
あの科学者たちは一生僕を許さないだろう。僕がここにいたらみんなに迷惑をかけてしまう。
だから、僕はここで死んだことにしてもらおう。それですべて解決だ。本当にこの世界から能力者がいなくなって、それでおしまい。
記憶消去の能力があってよかった。これで
僕は感傷的なりながら
『もしもし、どうしたんだ?
「
『
「時間がないんだ。いますぐ山頂にヘリを手配してほしい」
『……
「うん。今から話すよ。でも、先にヘリを手配してくれ」
『お前今一人なのか……』
僕の真剣な声色が通じたのだろう。
『……わかった。すぐ手配する。誘導は
「ありがとう。
電話越しにカタカタと点字キーボードを叩く音が聞こえて、すぐに止まる。遅れて盲目補助であるスクリーンリーダーの音声が流れるのを確認して
『手配はした……
僕が考えていることを何となく察したのだろう。声のトーンが落ちて、そう聞いてきた。
「うん。大丈夫だよ。あと数分はね」
『未来予知』では、7分と12秒後あいつらは来る。みんなが殺される運命を回避させようとしているわけだから多少のズレはあるかもしれないけど、それだけの
『
改めて
「うん。覚悟していたことだ。自己責任だよ」
僕は感情を押し殺した声で言った。これも何かの特殊能力かもしれない。諦めることを勇気と言うのなら多分そうなんだろう。
「今日、
その言葉で沈黙が流れる。
『……どうして、
「
僕と
『……お前は本当にそれでいいのか?
「いいんだ」
いいわけがない。
「僕一人の犠牲で世界中の能力者を救えたんだ」
僕一人の問題じゃない。
僕を心配してくれたみんなの思いはどうなるんだ?
「そう思えば仕方がないんだよ」
仕方がないわけがない。
仕方がないわけがなかった。
でも、そう言うしかなかった。
「だから……泣くなよ
『……俺のせいだ』
最後に泣いたのは
『俺の見通しがあまかったんだ……お前を一人で行かせるんじゃなかった。結果的に全部……
「もういいんだよ、
僕は繰り返した。
「これでいいんだ」
『……いいわけないだろ。……仕方がないわけないだろ!』
兄さんが声を荒げた。電波が紡いだ感情的な音は空気が入って途切れ途切れになって聞こえた。
『こんな理不尽を、
「僕だって、こんなことしたくなかった。でも、もう他に方法がないんだ」
ふと空を見上げると昼間の天気が嘘のように雲行きが淀んでいた。湿気の臭いが鼻につく。僕はこのまま雨が降って、うたれたいと思った。
『諦めるな
「――ダメだよ。
途中で言葉を遮った。
僕は自分の思いの丈を伝える。
「これが僕にとっての模範解答なんだよ」
「僕にとって大切な人を守れた世界。ここにある世界が正解なんだ」
「仮に
「世界中の能力者から能力を奪うことと、科学者たちから恨みを買うことはどうしても切り離せないんだ」
本当に雨が降ってきた。今なら泣いても誰にもわからないだろう。もうここには誰も居ないけど、僕は涙声にならないように注意した。でも、そんな必要はなかった。不思議なことに涙は一滴もでなかった。
『ふざけるなよ
「……ごめん」
『そうだ! 一生のお願いだ
「……ごめん。もういいんだよ。
心のそこから僕は謝る。
大切な親友を引き合いに出させてしまうほど
「……ごめん。本当にごめん」
繰り返すうちに何に対して謝っていたのかすら忘れそうになるほど、僕の声は冷たくなっていた。
ドンッと兄さんが机に何か打ち付けた。
『クソッ……なんで俺の目はもう見えないんだ。俺がもっとうまくやれてたら、俺が過去に戻ることができていたら、せめて俺が代わりになってやれたのに……』
雨脚がいっそう強まってきていた。
そろそろ時間がくる。
「もう切るね。今まで本当にありがとう
『――
「
電話を切った。
場違いなくらい間抜けな電子音も雨音でかき消された。
僕はもう一度空を見上げた。
雨雲で星なんて一つも見えない退屈な空だ。
そんな空でも
75年に一度だけ見ることができる彗星。
確かシャーロット彗星だったか。
初めて
どこか清涼で高潔さがあるその響きに密かに興味を持ったことを覚えている。
だけどそんなイメージとは正反対にシャーロット彗星は僕たちを苦しめた。
降り注いだ粒子が人間の脳の活動範囲を活性化させて、超能力者として覚醒させる。
思春期を過ぎると消えてしまう病気のようなもの。
そんな宇宙の気まぐれに僕たちは悩まされてきたんだ。
誰が、何のために、こんなことを。
きっとそこに理由なんてないのだろう。
そんな理不尽に自分が踊らされていると思うとやっぱり腹が立った。
――残り約4分。
ちょうどいい時間だなと思った。
ポケットから
ポスト・ロックバンド、ジエンドの『Trigger』を再生した。
水の跳ね上がる音が消えて、演奏が始まる。
思えばこの曲は不思議な曲だった。
僕はこの曲を一周目の世界。科学者たちに捕まっていた時からしっていた。
それが記憶の引き金になって、
それだけ僕にとってジエンドは特別なバンドだったんだろう。
次に僕は
あの時、僕は――
――そう、この曲『Trigger』が流れてそのまま意識を失ったんだ。
なんで倒れたんだっけ?
――強烈な既視感があったんだ。
サラの声に? それとも曲自体に?
自信はないけど多分曲だったと思う。
あの曲を聞いた途端に
それで記憶が混濁して……。
既視感があって、記憶が混濁した。
――本当にそれだけ?
なにか重大なことを忘れていないか?
うやむやなまま3分50秒経って曲が終わる。
もう時間が来てしまったらしい。
納得がいかないまま僕はゆっくりと目を開いた。
――あれ?
誰もいない。
ただの原っぱ。
人気のない静かな山奥。
『未来予知』で予期した連中は現れなかった。
「はっはは……」
途端に乾いた笑いがこぼれた。
なんだそれ、僕の思い違いだったのか。
『未来予知』じゃなくて、ただ僕が混乱していただけか。
あんな連中でもわざわざ僕一人を今更殺しに来たりはしない。
そう思いたかった。
遠くからパーンと音が鳴った。
続けてパーン、パーン、パーンと空虚に合計四回。
聞きたくない現実が聞こえた。その回数が何を意味するのか、考えることを脳みそが拒む。
へえ、雨が降ってるのに山奥って銃声がよく響くんだな。狩猟禁止区域なのに誰が撃たれたんだろう。危ないな。意味不明なことを考える。
「――
頭が空っぽのまま、必死に音のなる方へ急いだ。
どうやって移動したかなんて覚えていない。ただ、急いだ。
音の
息切れしながら現実を直視する。
なんで? どうして?
誰も生きていなかった。
なんで? 僕じゃないんだ?
あいつらが狙っていたのは僕のはずだろ?
それなのになんで
「は、ははっ」
その場に倒れこんで、僕が笑った。
身体が思考に追いつかないなんて話はよく聞くが、逆は初めての経験だった。もう何も考えたくなかった。
まだ近くに
僕はひたすらに頭をかきむしる。皮膚が破れたのか爪の間に血が溜まっていく。でも痛みに反して、僕の思考はどんどん冴えて、皮膚も勝手に塞がっていく。また血が出る。再生する。ああそうか治癒の能力があったんだった。
血だらけの指先を雨が洗う。ふと記憶を取り戻したのもこの能力のせいだったとかなと考える。だとしたら最悪だ。ふざけるな。なんてことをしてくれたんだ。こんな力いらない。いや何もいらない。こんな特殊能力はいらない。全部いらない。誰がこんなことをお願いした? 誰が願った? もういい加減にしろよ!
銃声の後の周囲は静かだった。雨音以外何も聞こえない。静かだから音が響くんだなと思った。どうして静かなのか考えた。多分僕が冷静だからだろう。だって僕が取り乱していたら、『崩壊』が発動してここいらあたりは土砂崩れが起こっていたかもしれない。僕は至って冷静だ。だから制御できている。ああ、冷静でよかった。
「……誰か代わってくれよ」
こんなに壊れても僕の目から涙はでなかった。
普通の高校生に戻りたい。
全部忘れたい。
全部やり直したい。
ああそうだ。いっそやり直すか?
過去に戻れば顔も忘れられる。連中も必要以上には追ってこないだろう。それで今度は世界中の能力者なんて放っておいて逃げることに徹すればいい。
幸い
「……何考えてんだ。僕は」
もう人間が考えるようなことじゃなかった。またやり直せばいいって、今度は能力者を見捨てればいいなんて、まるで化け物の思考だ。みんなの思いはどうなる?
「ごめんな……みんな」
天国なんて信じちゃいないのに、空に向かって語りかけた。目に大粒の雨が入る。これが涙にカウントされればいいなと思った。
「こんな能力いらなかった」
そうぼやいた時だった。
『――これはあなたが望んだ願いですよ?』
突然声が聞こえた。
「……誰だ」
首だけ動かして声の主を探した。どこかで聞き覚えがある声だった。
しかし、いくら周りを見渡しても誰もいない。
なんだよ幻聴かよ。自分の頭のおかしさを自覚していたから、それほど驚かなかった。
耳元でピチャリと耳障りな音が鳴り続けている。身体を起こして確認すると水たまりができていて、自分の顔が映った。
ひどい顔だ。その顔に傷口はない。水たまりに落ちる波紋も立体的に見える。僕はちゃんと二つ目がついている人間だった。化け物じゃない。
「
泥にまみれてみんなのもとへ這いずりまわった。
「僕はどうすればいいんだ……
すっかり冷たくなった
何かが手に当たる。
いつも
壊れてはいない。僕は
スピーカーが水浸しているのか、音声がプツプツと聞き取りにくい。だけど映像は綺麗に映った。
古いファイルから再生していった。初めて僕と
『――ずっと撮りたくないものばかり撮ってきたビデオカメラですが、これからはみんなを撮り続けます。幸せな日常をたっくさん撮っていきます。なので幸せな思い出をたくさん残していきましょう』
「
ごめんな……たったひとつしか残せなかったよ。
『――これからは楽しいことだらけの人生にしていきましょう!』
いいのか? こんな未来で?
本当にいいのか?
「……待ってろ。待っててくれ」
いいわけがない。
やってやる。
何度だってやり直してやる。
僕は犠牲になってもいい。
例え、もう一度世界中の能力者から能力を奪うことになろうとも、やってやる。
こんな未来よりはずっといい。
次こそはうまくやってやる。
遠い過去に跳ぶんだ。
みんなを幸せにしてみせる。
「絶対に諦めてたまるかよ」
僕は
◆ ◆ ◆
どこまで時間が跳んだのだろう。僕は自分の身体を確認した。
何か少し違和感があるけどたいした違いはない。高校生の僕の身体だ。
――ここはどこだ?
どうしてかとても静かに感じた。
いや周囲に人の気配はする。ざわざわとしゃべり声だって聞こえる。だけどとても懐かしいような不思議な感覚だ。
やがて僕は周りの聞き取れない賑やかな声にハッとする。
――ここは学校だ……でもなんで?
ここは星ノ海学園じゃなかった。
僕はこの場所をしっていた。
忘れるはずがなかった。
ここは僕がカンニングしてまで入学したエリート校。
陽野森高校だった。