セミの鳴く季節に僕は目が覚めた。
なんの前触れもなく、ただ目覚まし時計が鳴ったから起きた。僕にとっては、そんな当たり前の感覚だった。
僕が日本に戻ってから、二週間が経過したらしい。
『らしい』と、漠然としているのは、ここ最近まで僕の記憶が
医者は奇跡だのなんだの
まあ、僕もイヤイヤながらも食べていたそうなのだけれど。
そこのところは記憶が
そんなありがたい特効薬を毎日投与されたおかげで僕は割と元気だった。
『――続いてのニュースです。◯◯で、航空飛行機が墜落した事件で――』
ラジオが流れる。僕はベッドに体をあずけながら黙って耳を傾けていた。
嫌な事件だ。こんな話を聞くと自分がしたことが無意味だったんじゃないかなんて虚無感に襲われる。
全ての能力者から能力を奪っても、この世界ではまだまだ物騒な事件が起こっている。
『――武装した△△教の過激派集団が日本に密入国――』
まして海外だけでなく、日本でもだ。
全世界の能力者たちから能力を奪う。
能力者たちがそう言った連中に利用されるのが見逃せなくて、やったことだった。
でも、現実は能力者のかわりに、まるで帳尻を合わせのように世界では人が死んでいるのだろう。どうしても犠牲は一定数でてしまう。
僕は本当に能力者たちを救えたのだろうか。
……ってなに考えてんだ僕は。
たかが高校生がなにさまのつもりだ。いまさら、そんなこと考えても遅い。自分が正しいと思ってやったことだ。
この世界から能力者をいなくさせる。あとは僕が思春期を終えて大人になれば本当に能力者はいなくなる。それだけの話じゃないか。
これでよかった。
全ての人を救えなくても、せめて僕が手の届く範囲は――
――ガラガラ。
「オッスー、起きてるっすかー?」
病室のスライドドアが開いた。
銀髪碧眼の少女、
女子力の気概もなく、ドアを脚で器用にスライドさせる。なにか手に持っているらしい。
てか、ノックぐらいしてくれ。
「起きてるよ、なに持ってきたんだ」
よっこらせっと、わざわざ声に出して僕は病院のベットから体を起こす。だいぶ体の自由がきくようになった。最近では一人でも歩けるまで回復した。
「クリームシチューすよ、
「これ全部を一人でか?」
そこそこでかい鍋だった。目測で四人分はありそうだぞ。
「食べないと良くなりませんよ?」
「ちゃんと病院のを食べてるよ」
「男っしょ? これくらいペロリと言ってもらわないと。それともなんです? わたしの飯が食えねえーのか、おい」
「………………」
なんだこの扱い。
僕、病人だよな?
それと、この人一応僕の彼女なんだよな?
僕はしぶしぶ鍋を受け取り、中身を確認した。
あ、赤い……。
だと思ったよ。
ピザソースのせいで真っ赤である。
なにがクリームシチューだ。
牛乳が全く仕事していないぞ。
(ちゃんと食べて元気になってください)
この『読心術』能力はあまり制御がきかないから不便だ。
まあ、それでも関口
――ああ、関口
長い間、筋ジストロフィーに
「………………」
「どうしたんすか?
ぼうっと物思いに耽っていた僕を見て
「いや、なんでもない」
(シチューの量が多かったのかな……)
量の問題じゃない。赤いのが問題なんだ。
(食べてくれるかな……)
しかし、こんなことを思われては……。
「……食べます」
食べるしかないだろう。
「よろしい!」
(やった!)
屈託のない笑顔を向けられる。
まあいいけどさ。
うまそうな匂いするし。赤いけど。
「あれ?
赤いとはいえ、一応、礼を言っておきたい。
僕のために作ってくれたのだから。
「もうすぐ来ると思いますよ。コンビニに寄りたいそうだったので」
「そうなのか」
「そうなんすよ――って! あれれ! 右目どうしちゃったんですか?」
「治ってるじゃないっすか!」
「勝手に撮るな! 昨日治したんだよ!」
「へえー。すごいっすねー」
(隻眼の死神って言われて嫌だったのかな?)
全くもって、その通りだ。
(
(
――と、心の中でつぶやきやがるので、僕じゃなくても気にすると思う。だから治しておいた。
まあ、本当は目を治さなかったのは過去をやり直さない――
もう、僕に特殊能力は必要ないのだから。
「まあ、片目だといろいろと不便だからな。この能力が使えなくなる前に治しておいたほうがいいだろう。思春期を過ぎると消えてしまうからな」
「そうっすね」
(でも、すぐに治さなかったってことは、実は気に入ってたんじゃ……)
「断じて違う!」
「うおっ! 心読まれた! ダメっよ! それはナシっす! ズルいっす!」
「……ああ、スマン。できるだけ抑えるようにするよ」
もちろん
この力は僕じゃ制御出来ないし、どうしようもないのだ。
(本当か怪しいなぁ)
「心を勝手に読むのをやめないなら、私は
「え? ちょ……」
ふんっと背中を向けられる。
どうやら、怒らせてしまったらしい。
「おい
「………………」
(………………)
なにも聞こえてこないかもようにそっぽ向かれたままだ。
すげぇ! こいつ! 無心になれるのか!
そういや
「いや、僕が悪かった。無視しないでくれよ。謝るからさ」
「………………」
(………………)
「おーい。
「………………」
(………………)
「……1+1=は?」
「――!」
(あなたのテストの点数!)
「即答かよっ!」
しかもかなり
いくら僕でも2点以上は取れるぞ。多分。
「あーまた心読んだな。このカンニング魔め」
「その設定まだ引っ張るのかよ!」
「当たり前です。今や
「そんな悲しいアイデンティティはいらない!」
ああ。
何なんだよ、もう。
でも――
なんかこういうの懐かしいな。
「まあ冗談っす。ちょっとからかいたかっただけなんで気にしないでください」
また屈託のない笑顔を向けられる。
「本当にちゃんと帰ってきましたね。
「………………」
女子ってズルいよな。
そんな顔をされると何も言えないじゃないか。
「……ありがとう。
なあなあになってしまっていたけれど、二年間も僕のことを待っていてくれたんだよな。
「あの……わたし……」
僕と
――ドキドキ――
なんだ?
僕はなんでドキドキしているんだ。
――――ガララッ!
「
「………………」
「………………」
そして――
「おい……」
「な、なんでしょう
「空気読めよ! お前何月生まれだっ!」
「ぬわっああああああああ――――――!!」
いつものように。
◆ ◆ ◆
「
「……あ、ありがとう」
また食べ物。
コンビニレジ上段のめったに買われないであろうあれだ。
僕は覚えていないのだが
……絶対、近くのコンビニの店員に変なアダ名つけられてるだろうな。
グラサンマスク粗品買い女と言ったところだろうか。
(あ、あわわっ!)
何かに驚いたのか、
てか、こいつ心の中でも『あわわっ!』とかいってるのかよ。
正直、ぶりっ子さんしていているだけかと思っていたが違うらしい。
いままで疑って、すまなかった清純派アイドル。
「あわわっ!
「あー本当だーっ!
「ああ、不便だったからな。能力が消えるまでに治しておくことにした」
そう言うと二人は顔を見合わせる。
(異名気にしてたんですね)
(異名気にしてたんだ)
僕には、なにも聞こえなかった。
「すごい! 全能感バリバリですね! これからは
……ゴトゥーって。
「
「そうですか残念です……」
(いいアイディアだと思ったのですが)
「………………」
「そうだ!
ま、まさか……。
「じゃんっ! わたしたちの友情の証! 何度食べても食べ飽きることはない星ノ海学園食堂特性牛タンカレーです」
「おおっ!」
またまた食べ物。
だが、これは非常に嬉しい!
とことん嬉しいぞ!
「でかしたぞ!
僕は嬉しさのあまり親指をぐっと立てる。
「ご期待に添えて何よりです! 私たちは今年で卒業ですからね。今のうちにたくさん食べておきましょう!」
皿にカレーが盛りつけられる。
湯気とともにスパイスの香りが食欲をそそる。
見てるだけでヨダレが出そうだ。
「さっそく食べていいか?」
「ええ! 冷めないうちにどう――」「――はーい、ストーップ」
「ああっ――!」
僕の叫び声も虚しく、
「
赤いクリームシチューが入った鍋をゴリゴリ押し付けられる。
「そ、それは後でちゃんと食べる。いまは男の友情をだな……」
「食べろ」「食べてくださいっ」「食べてほしいなー」
「……はい」
女子力及び集団の圧力に負ける僕。
「ゴトゥー
同情してくれるのか
「ユサリンの手料理が食べられるなんて羨ましいです!」
やはり
「
――え?
「もうわたしはユサリンを卒業したんですっ!」
えっ? え?
「そ、そうなのか?」
「そうですか……
「ユサリンがっ! ユサリンがっ! あのわたしが大好きなユサリンがっ――!! ユサリンを卒業しちゃったんですっ――――!!」
リノリウムの床で
「引くなっ!」
お決まりのツッコミを入れる
……このやり取りも懐かしいな。
「そもそも始まりはですねっ! ムーブメント朝日――通称ムブ朝の放送が終わってしまったのが原因なんですっ! ああっ――あの占いコーナーがまた見たいっ!! ユサリンのおまじないシリーズがまた見たいっ! ユッサリン! ユッサリン! ユッサリ――ン!!」
「引くなっ! 病院でさわぐんじゃねえっ!」
「ぐぼぉぁ――――――」
「さて、くだらないこと話してないで本題に入りましょうか」
地面にぶっ倒れている
……いつも思うことだが、少しは手加減してやれよ。
「本題ってなんだよ?」
「ふっふっふ、実は
――計画?
「
「え? マジで?」
「そうなんっすよ。てなわけで、みんなで
わーいわーいと喜ぶ
「え、本当か? 僕はなんにも聞かされてないぞ」
「はい、今言いましたから」
「前に受けた診断結果だって――」
「それならここに」
――ピラリッと一枚の紙。
診断結果と思しきものをつきつけられる。
「実は
「「ええ――――――――!?」」
僕と地べたの
僕は急いで診断書を見た。
「――ってなんだよ。なんでもないじゃないか……」
診断書には少し健康被害がどうのこうの書かれていたぐらいで、特に目立ったことは書かれていなかった。よくわからないが少なくとも死ぬとは書いてない。
「ごめんなさい、冗談っす」
「やめてくれよっ!」
タチが悪いってレベルじゃねーぞ。
「退院祝いにみんなで遊びに行きましょう」
「はあ……そりゃどうも」
てか
「――というわけで、またバーベキューしに行きましょう。アウトドアです」
「バーベキューか」
懐かしいな。
生徒会の活動以来か。
「
「夏ですからね。今回はちゃんと計画を立てて、着替えも持って行きましょうっ! 水着だって持っていきますっ!」
天井に向かって拳を突き上げる
それを見て
「――――――っ聞きましたか
「引くなっ!」
「もうっ!
また殴られてもしらないぞ。
「バーベキューか……懐かしいな」
「おろ?
「ああ、生徒会の合宿でな」
あの時は能力者を探していたんだったな。
確かスカイハイなんとかってやつ。
「また大量に肉持ってきましょう! 肉! 肉!」
「……野菜も持って行くからな。今度はちゃんと食べろよ」
「えー……」
うなだれる
「じゃあ
やめてくれ。
「じゃあ、詳しい連絡はまた後で回しますね!」
そんなこんなで僕の退院祝いはバーベキューに決まった。