Charlotte After   作:音無白野

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プロローグ 堤内博士の研究記録から一部抜粋

 

 たった二年だ。

 

 乙坂(おとさか)有宇(ゆう)が世界中の能力者から能力を奪った期間。

 

 これは短い時間と言えるだろうか。

 

 数字だけで見れば驚異的な速さと言えるだろう。

 なにせ日本を含め世界には196カ国もある。

 三日か四日のペースで一国全ての能力者から能力を奪わなければならなかった。

 加えて国ごとに広さや大きさが全く違う。

 例えば中国一つでも気が遠くなる作業だろう。

 広東(カントン)省、四川(しせん)省、重慶(チョンチン)市、ウイグル自治区……、数えるだけでも嫌になってしまうほどだ。

 これは余談だが、彼が中国を最後に回したというのは非常に性格が出ている。

 

 めんどくさがり屋でカンニング魔。

 

 彼の友人たちは口を揃えて、そう呼ぶのだった。

 

 そんなめんどくさがり屋であった彼にも事を急ぐ理由があった。

 この特殊能力は個人差はあるが思春期を過ぎると消えてしまうのだ。

 

 思春期。

 

 医学的には「第二次性徴の発現の始まりから成長の終わりまで」と定義されているが、本当にそうだろうか。

 英語なら思春期は『adolescence』、『adult』『less』――大人未満と読むことができる。

 

 大人未満。

 

 これもまた非常に個人差があるだろう。

 乙坂(おとさか)有宇(ゆう)の場合、彼は今年で18歳になる。

 日本の法律で見れば彼はまだ成人していないため子供と見ることができるだろう。

 当たり前だが18歳というのは、この世に生を受けてから18年経ったという意味だ。

 

 閑話休題。

 さて、私が冒頭で『たった二年』と記したのには理由がある。

 フランスの哲学者ポール・ジャネが発案した、ジャネーの法則によると人間は体感上19歳で人生を半分終えているのだそうだ。

 わたしのような老いぼれにとっては『たった二年』でも、彼に対してはそうではない。乙坂(おとさか)有宇(ゆう)にとっては大人になるための長い大切で貴重な二年であったはずだ。

 科学者達から能力者を守る方法が彼の能力『略奪』以外にはなかったとはいえ、彼一人にだけ辛い役回りを任してしまったことを私は謝罪したい。一人の科学者――いや一人の人間として。

 

 しかし、我々もただ二年間ただ待ちぼうけていたわけではない。

 まず、ワクチンを全世界に配布できるだけの目処(めど)が立った。

 既に配布を終えた国も多々ある。

 シャーロット彗星(すいせい)の次周期までには遂行することができるだろう。

 もう、これで地上に能力者が生まれることはない。

 

 そしてもう一つ、この特殊能力について新たに分かってきたことがある。

 私は以前、この特殊能力はシャーロット彗星(すいせい)から降り注いだ粒子による感染だと記録した。

 特殊能力は一時的な病気なのだと。

 それは間違いではないのだが、どうしても引っかかることがあった。

 それについて詳しく叙述(じょじゅつ)するため、もう一度ここで特殊能力について確認しておこうと思う。

 

 繰り返すことになるが、この特殊能力は75年に一度地球に接近する長期彗星(すいせい)シャーロットから降り注いだ粒子が原因だ。

 この粒子は人間の脳の活動範囲を活性化させ、超能力者として覚醒させる作用がある。

 しかし、前述した通り超能力は思春期を過ぎると消えてしまう病気なのだと。

 そして発症者の兄弟もまた発症しやすい。

 これについては意見が分かれていたが、最終的に発症者は片親の子供が多かったことから家庭環境が主な原因だろう、とまとまった。

 これがこれまでの研究で判明していたデータだ。

 

 これから記すことは乙坂有宇が事を済ましている間に私個人が元能力者の協力を得て、判明したものになる。

 承知の通り、特殊能力にはデメリットや制約があるものとデメリットがないものがあった。

 

 不完全で制約のある超能力。

 対象が一人の秘匿能力、まっすぐにしか進めない瞬間移動。肉親のみの降霊術など。

 

 デメリットのある超能力。

 行使するたびに光を失っていく時間跳躍(タイムリープ)。術者も意識を失う催眠。疲労を伴う同化など。

 

 デメリットがない超能力。

 発火、念写、念動力、空中浮遊などだ。

 

 一見、能力が強力なものにデメリットがあり、それ以外はないように思える。

 

 私の引っかかりはこれだった。

 

 本当にデメリットがないのだろうか?

 

 超能力は魔法のようだが、その正体は脳の活動を無理やり促進させているだけだ。

 極論だが言ってみれば、頭蓋骨を引き剥がし脳に直接電極を指しているのと同じようなものだ。

 悪影響がないはずがない。

 私はデメリットがないと思われた能力者全員に協力を依頼し精密検査を受けてもらった。

 

 結果は案の定、黒だった。

 

 発火、念写、念動力、空中浮遊の能力者は健常者に比べて、微々たるものだが健康被害が見られた。

 私はすぐに、制約のあった超能力者とデメリットがある能力者にも協力を仰いだ。

 私たちはとてつもないなにかを見落としている気がした。

 

 結果は、やはりまた黒だった。

 

 制約があった能力者はデメリットのないように思われた能力者と同様に健康被害が出ていることがわかった(副腎髄質(ふくじんずいしつ)ホルモンであるドーパミン及びカテコラミンなどの過剰分泌による軽い目眩、動機など)。

 しかし、デメリットのある能力者の結果は総じてそれらより酷いものだった。

 まず催眠の能力者は眠り病になりかねないほど、オレキシンの値が健常者と比べて著しく低下していた。

 透過の能力者は異常なほど血液中のヘモグロビンが減少しており、体力の低下が見られた。

 そして、時間跳躍(タイムリープ)の能力者について、驚くべきことがわかった。

 

 どれだけ調べても、その瞳からは何も異常が見つからなかったのだ。

 

 彼は今、目が見えない。

 だが網膜には傷一つない。

 炎症だってない。

 異常は何一つも見つからない。

 

 それなのに、まるで先天的な生まれ持った欠損のように。

 ただ、光だけが射さない。

 

 診断結果は心因性視力障害(しんいんせいしりょくしょうがい)とされた。

 つまりは精神的な要因だと。

 だが、我々はこれは能力によるデメリットによるものだと知っている。

 

 私は恐ろしくなった。

 

 彼の場合、時間跳躍(タイムリープ)を使用するたびに視力がだんだんと落ちていった。

 そのため、まだ視力が残っている頃は眼鏡などを使って視力を矯正していたそうだ。

 

 しかし、今は能力の代償でなにも見えない。

 

 この代償が肉体的なものでただ視力が落ちているだけなら光は射すはずだ。

 そして光が射すのなら必ずそこには屈折が生じ、どれだけ視力が悪かろうがなんらかの映像が浮かんでくるはずなのだ。

 

 それに、当たり前だが時間跳躍(タイムリープ)時間跳躍(タイムリープ)する前の体に移る。

 時間跳躍(タイムリープ)時間転移(タイムトラベル)とは違い肉体ではなく記憶だけを過去に()ばしているため、その移った体は時間跳躍(タイムリープ)を使用していない状態の体なはずだ。

 つまり、時間跳躍(タイムリープ)する前の健康的な体――視力が落ちる前の体に移っているはずなのだ。

 

 それがどういった理屈で視力が落ちている?

 

 どうして移った肉体に時間跳躍(タイムリープ)した事実が記録されている?

 

 ここで私は理解した。

 

 このデメリットは肉体的なものではなく、もっと強い存在――法則、概念(がいねん)的なものなのだと。

 過去にロジャー・ペンローズが提唱した宇宙検閲官(けんえつかん)仮説に近い、人の目に触れてはいけない何かが確かに存在している。

 私だって科学者の端くれだ。こんな非科学的な事実は認めたくない。

 しかし、この生じた疑問を解決するためには、どうしても概念的な存在を認めなくてはならないだろう。

 

 概念(がいねん)的な存在――神。

 

 私は科学者として失格であるこの結論をここに記録する。

 能力には必ずデメリットがあり、能力が強力であるほどデメリットが強いことが判明した今、私にはどうしてもこれが神の力を使った罰であるかのように思えてしまうのだ。

 彼は――乙坂(おとさか)有宇(ゆう)は大丈夫だろうか。

 

 彼の能力は『略奪(りゃくだつ)』。

 

 時間跳躍(タイムリープ)にも匹敵する強力な能力だ。

 それに加えて彼は世界中の能力者から能力を奪って、使用している。

 

 なにかデメリットがあるはずだ。

 

 現在、乙坂(おとさか)有宇(ゆう)は入院中で精密検査を受けてもらっている最中で、体調は不思議なことに回復に向かっている。

 当初見られた記憶の混濁(こんだく)も、なんらかの能力のデメリットかと思われたが、ただの精神的な過労だったようで彼が友人と接するうちに記憶を取り戻していった。

 今では日常生活なら、なんら支障はない。

 

 これは幸運なことなのだろう、しかしデメリットがないはずがない。

 これまでのデメリットをまとめると共通点として全て使用者自分自身に返ってきている。

 検査結果に異常がでないことを祈るばかりだ。

 彼にこれ以上の困難を与えないためにも、概念的存在を確かめるためにも、我々はまだ研究を進めなくてならない。

 

 ――堤内博士の研究記録から一部抜粋――


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