優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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今回は比較的難産だった感。何度か書き直したけれど、果たしてどうなるのやら……。もしかしたら書き直すかもしれない。
消化試合だと思って頂けると。



対峙

 

 

 ―――森の中、佇む少女がいる。

 

 透き通るような碧い瞳、絹のように流れる金色の髪。青を基調とした装束を包む白銀の鎧は曇り一つない輝きを放ち、その場には彼女の在り様をありありと示すようにに清澄な空気が立ち込めていた。

 

 第四次聖杯戦争において、セイバーのクラスで召喚されし騎士王―――アルトリア・ペンドラゴン。

 

 己を淡く照らす月を見上げる彼女が、一人佇む中―――不意に、背後を振り向く。

 

「―――ランサーか」

 

「……」

 

 ざっ、と。足元の地面を踏みしめたのは、若草色の戦仕度に身を固めた長身の槍兵。

 

 紅の長槍と黄の短槍。己が得物である二振りの槍を既に実体化させるランサーは、罪作りなほどの美貌を憂いに陰らせていた。

 

「アサシン、アーチャーはまず真正面からの戦闘を仕掛けることはない。こうして私が囮となった場合、現れるのは貴方かあるいは征服王だろうと踏んでいたが……読みが当たって何よりだ。我ら二人で、邪魔立てなくぶつかり合えるのだからな」

 

「……俺が主より命じられたのは貴様の討伐。倉庫街での決闘を再開するのに異論はない、が―――一つ、聞かせて欲しい」

 

 顔を上げた美丈夫、その眼にあったのは戦いの前の高揚ではない。それは、どこまでも大きい激憤であった。

 

「聖堂教会の監督役が見せた爆物―――、あれを、貴様のマスターが我が主の拠点に仕掛けたというが……」

 

 貴様は、それについて関知していたのか……?

 

 そう続けられたランサーの言葉に、セイバーは間を置くことなくかぶりを振った。

 

「あれはマスターの独断だ、ランサー。……貴方と私は、既に再戦の誓いを立てていた。ああも卑劣な、それも無辜の民をも巻き込むような作戦に私が協力するようなことは絶対に無い。……もしそれを事前に知っていたのなら、何があっても止めていただろう」

 

「……」

 

 怒気すらも滲ませるその眼を見れば、真偽を問う必要など無かった。薄く息を吐いたランサーは、やがて苦笑を浮かべる。

 

「そうか―――、危うく見損なうところだったぞ、騎士王。だが―――だからといって、俺が引き下がるとでも思うまい」

 

「……無論。ここで決着を着けるとしよう。ランサー」

 

 ゆるりと左右の槍の穂先を持ち上げるランサー、不可視の剣を握る手に力を籠めるセイバー。

 

 各々の得物を構え、互いに好戦的な笑みを浮かべる二人は―――直後に、激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ」

 

「アイリスフィール!?」

 

 身体の内側から炙られるかのような苦痛。膝から崩れ落ちる彼女を支えたセイバー(・・・・)の叫びに言葉を返す余裕もないまま、著しい憔悴(しょうすい)を滲ませるアイリスフィールは必死に現状の把握に努めた。

 

(術、式の―――フィード、バック……!)

 

 アインツベルン領に広がる深い森林。城を中心に直径五キロまで張り巡らされた重層の結界が、外部から叩き込まれた途方もない衝撃に軋みを上げている。術式そのものが丸ごと破壊されていないのが奇跡なほどの惨状―――結界の組成に組み込まれた幻惑の術は完全に破綻、ぎりぎりの一線で警報、遠見の魔術が機能できている状態か。

 

「大丈夫ですか、アイリスフィール―――」

 

「えぇ。ちょっと不意を討たれただけ。……よりにもよって、正面突破って訳ね」

 

 華奢ながらも力強い腕で己を助け起こすセイバーに応じながら、結界が捉えた侵入者の風体を検めるアイリスフィール。遠見の術で歩みを進める敵対者を捕捉した彼女は、色素の抜け落ちた髪を揺らす青年の姿にその紅玉の瞳を見開いた。

 

「オーウェン・トワイライト―――!」

 

 不老不死の身と尋常ならざる力を持つ死徒の一人、こと第四次聖杯戦争において、言峰綺礼にも並ぶ脅威として認められた衛宮切嗣の天敵。直接顔を合わせたことこそなくとも、遠見で把握できる青年の顔立ちは事前に閲覧した資料にあったものと相違のないものだった。

 

「―――っ」

 

 目が、合う。

 

 短剣を揺らす死徒、その双眸が不意に上向き、五キロは離れた場所から遠見を行使するアイリスフィールを見つめ返した。

 

(千里眼を、見破って―――)

 

 聞けばあの吸血種は、魔術師としても時計塔に籍を置いているとのことだった。死徒としての長い年月の中で磨き上げられた術を行使すればなるほど、結界の性質を看破するのは決して難しいものではなかったのだろう。歯噛みするアイリスフィールが術式を断ち切ると、結界の異常を察してか、いつのまにかサロンへ戻っていた切嗣が険しい視線を向けていた。

 

「―――侵入者の位置は?」

 

 セイバーの追及に応じた時の剣幕を伺わせない落ち着いた声音。緊張に身体(からだ)を強張らせるアイリスフィールは、結界が干渉を受ける前に警報が反応した魔術師についても口にする。

 

「……吸血鬼が、城から北東に四キロ半。東の方向からは、ランサーとそのマスター……ロード・エルメロイがいるわ。彼等の距離はそう離れていないみたいだけれど……」

 

「……!」

 

 彼女の言葉に、セイバーが小さく息を呑む。

 

 死徒、そして時計塔の魔術師の侵入。それは同時、ランサー、キャスター、バーサーカー―――三騎の英霊の襲来を意味している。加え、バーサーカーの真名は『湖の騎士』サー・ランスロット―――生前、騎士王と共に背を預け合った円卓の騎士。それが意味することは即ち、セイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)が現状使用不可能にあることをキャスターとそのマスターも理解しているということだった。

 

 侵入したマスター達に従う英霊達は決して生半可な敵ではない。ランサーのマスターが死徒との共闘に応じなかったとしても、キャスターとバーサーカーが連携して襲い掛かった場合は片腕を失ったセイバーではなす術なく切り伏せられることだろう。目を細める切嗣は一切の無駄口を叩くことなく黙考し―――速やかに、結論を出す。

 

「アイリ」

 

「っ……」

 

 自分に声をかけた夫の眼を見て、悟る。

 

 彼は、セイバーを使い潰すつもりだ。

 

 己をつけ狙う三騎の英霊の只中に彼女を放り込み、彼等と戦わせ時間を稼がせる。―――命が尽き果てる、その時まで。

 

「セイ、バー……」

 

 声が震えるのを自覚する。

 

 如何に最優の英霊とはいえ、相手もまた大英雄。それが三騎がかりで襲い掛かってくれば、セイバーには満に一つも勝ち目がない。眼前に迫った破滅を前に、縋るような声を漏らしたアイリスフィールに―――彼女は。

 

「―――大丈夫です、アイリスフィール」

 

 ―――必ずや、勝利を。

 

「―――」

 

 安心させるように微笑みを浮かべるセイバーの姿に、アイリスフィールは目を見開く。明らかな危機、かつてない窮地。それを前に一点の曇りなく己が役目を果たすと告げた少女に、彼女は紅い瞳を揺らした。

 

「……そう、ね」

 

 一瞬前までの無様を振り切り、頷く。

 

 少女は、騎士王は誓った。仮初の主でしかなかったアイリスフィールを守り抜き、彼女の夫に聖杯を捧げる、と。

 

 片腕を奪われ、頼みの綱である宝具も使用できない。勝ち目は零に等しく―――それでも彼女は、絶望しかけていたアイリスフィールを鼓舞してみせた。

 

「セイバー―――」

 

 ここで折れるのは、目の前の騎士に対する何よりの侮辱。アイリスフィールの眼には、もう曇りも迷いもなかった。

 

「―――勝って」

 

「はい」

 

 騎士王の返答は最短だった。声がアイリスフィールの耳に届いたときには、すでにセイバーはサロンから姿を消し―――ただ後に残った逆巻く風だけが、彼女の闘志を伝えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――妙な」

 

「あぁ、まったくもってその通りよな」

 

 侵入者を迎撃する為か、城を飛び出し銀色の疾風となって森を駆ける騎士王―――その矮躯を冷やかに見下ろし、呟く影があった。

 

 アサシン。ローブを身に纏う初老の暗殺者は、自身が足場にする樹木の頂点に屹立しては森全体を俯瞰する同胞と共にセイバーの後姿を目で追う。

 

「不可視の剣から、当初はランサーと矛を交えるあれがセイバーかと思ったが……どうも、そうではないらしい」

 

「然り。アインツベルンの城を飛び出した以上は、あちらのセイバーが本物―――」

 

 オーウェン・トワイライトが力任せに半壊させたアインツベルンの結界。本来のそれと比べ著しく損耗した探知を潜り抜けるのはあまりにも容易であり、言峰綺礼によって斥候として放たれた彼等は複数の情報を手に入れていた。

 死徒、オーウェン・トワイライト及び時計塔一級講師、ロード・エルメロイの侵入。アインツベルンの結界の半壊、そして―――森で戦うランサーと、もう一人のセイバー。

 

「我らがマスターもじきに森へ到着する。さて、ある程度は情報も精査しておきたいところではあったが」

 

「―――あのセイバーは、まさか」

 

「うむ。種は割れておる、早く綺礼殿に伝達せねば―――全て、吸血鬼めに食い潰されるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ギンっっ!! と、剣戟の残響が響き渡る。

 

「―――」

 

 長槍と剣の激突。真紅の刺突を防がれながらも続く少女の斬撃を危なげなく避けてみせたランサーは、刻々と大きくなっていった違和感を口にする。

 

「―――貴様、セイバーではないな?」

 

「……」

 

 不可視の剣を構えるセイバー―――その姿を装っている者からの返事はない。それを無言の肯定と捉えたランサーは、乙女を惑わす魔貌に苦笑を浮かべては得物を握る手に力を籠めた。

 

「令呪すらも報酬として与えられるセイバーの討伐指令……それに化ければ他陣営を陽動するには十分。俺はまんまと誘き寄せられた訳になるか。如何なる手管を用いたのかは知らんが―――成程、凄まじい武芸だ。賛辞を受け取れ、騎士王の仮面纏いし者よ。貴様ほどの相手と出会え己が技を競えるというのは、戦士として英霊として最大の誉れよ」

 

「―――」

 

 違和感を感じ取ったのは、三合目。打ち合いが二〇を数える頃には、疑問を確信に変えていた。

 

 重さが違う、手応えが違う。

 

 それだけならまだ容認もできただろう。騎士王の伝承において登場した武具は数多く、剣に限定したとしても指で数えられる数ではない。先の戦いで聖剣の姿を見せたことを警戒して他の宝具に持ち替え、ランサーの迎撃にあたったと考えれば今この時まで不可視の剣を維持し彼を牽制し続けているのも不思議ではない。

 

 だが、何より―――「技」が違う。

 

 彼の、英霊ディルムッド・オディナ有する宝具の片割れ、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は、刃が触れた部分の魔術効果を打ち消す力を持った対人宝具―――倉庫街での戦いにおいてはその力を存分に活躍させ、セイバーの鎧や彼女の聖剣を隠していた風王結界(インビジブル・エア)を削ったその宝具を、今相対する剣士は完全に封殺してのけていた。

 

 絡繰り自体は簡単。破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が効果を発揮するのは「刃が触れた部分」「刃が触れた時間」のみ。であれば長槍の穂先にさえ触れずにいれば、風の加護などの魔術効果を打ち破られることはない、が―――ランサーの存在がその難易度を何倍にも跳ね上げていることは、言うまでもない。

 

 もとよりランサーは双槍の同時使役などという曲芸めいた絶技を呼吸するように扱う「技」に卓越した戦士である。その宝具の弱点もまた重々承知、だからこそもう一振りの短槍や生前培った技術でもってそれをカバーしつつ戦う戦法を心掛けているのだから。そもそもにおいて彼のクラスは最速の英霊と名高きランサー……並大抵の腕では長槍の対処どころか視認すらできずに討ち取られるのが常であろう。

 

 だが―――、長槍の刺突は危なげなく打ち払われ、短槍の刺突もまた距離を取って対処する。

 

 セイバーのそれすらも凌駕する圧倒的な武芸。予期せぬ強敵との出会いは、ランサーに感嘆と歓喜の念を呼び起こさせるのに十分なものがあった。

 

 そして。

 

 容姿、佇まい、そして言動―――それらを完全再現する英霊となれば、必然と数は限られる。

 

 そして「彼」が倉庫街で見せた騎士王との因縁、そして円卓の騎士としての伝承を顧みれば、真名の特定も決して難しくはない。

 

「バーサーカー―――いや、ここは『湖の騎士(ランスロット)』と呼ばせて貰おうか。いい加減偽りの仮面を剥ぎ取れ。騎士王の姿を纏ったまま戦うのも厳しいものがあるだろう?」

 

「……やれやれ。かの王を再現するなど、とてもできることではないと思っていたが―――数分ももたせることができたのなら、上々といったところか」

 

 皮肉げに歪められた口元。漏れ出した嘆息をランサーが聞き取った時には―――既に、変化が現れていた。

 

 騎士王の姿はどこにもない。蒼い少女をかたどった幻影は瞬く間に霧散し、隠されていた姿が露わになる。未だに細部を見せぬ甲冑に身を包んだ騎士は、魔導の加護による恩恵を解いた一振りの剣を振り鳴らした。

 水晶のように透き通った剣……形状はどこか、倉庫街でキャスターの見せた歪な剣とどこか似ているようにも感じさせられる。

 

「貴様がいるということは、キャスターとそのマスターもここに侵攻しているという訳か……。ここは我が主の身を守りに向かうのが最上ではあるが……そう簡単に、通してくれる筈もあるまいか」

 

「あぁ。私が主に命じられたのは誘き寄せられたサーヴァントの撃滅……、加減するつもりはないぞ、ランサー。速やかに、討ち取らせてもらう」

 

 言葉を交わす二人の剣気は、前哨戦を経てより高まっていく。紅槍と黄槍を構えるランサーに、剣を執るバーサーカーもまた目を眇め―――再度、激突する。

 

 


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