BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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万仙陣との出会い⑤

 

「なんだよ…これ」

 

黒崎一護がこの状況をみて最初に放った言葉はそんな一言だった。

朽木ルキアを『懴罪宮』より救い出し、四楓院夜一の案内の下で辿り着いた『双極』の丘の下にある隠れ家。そこで卍解の修練を終えた頃、やってきたのは元隠密機動総司令官。風守風穴と行動を共にしていた砕蜂。彼女が語った言葉によって黒崎一護、四楓院夜一、朽木ルキア、阿散井恋次の一同は藍染惣右介という黒幕の存在が山本元柳斎重國に伝えられたことを知った。

それにより事態の取りあえずの決着が付いたのだと四楓院夜一は安堵した。

 

藍染惣右介の奸計により風守風穴が全ての黒幕だと言う偽の情報が瀞霊廷に流れているが、それも卯ノ花烈による山本元柳斎重國の治療が終わるまでの間のこと。

窮地は脱した。ならば、次に行うべきは敵への追撃。藍染惣右介ら一派の掃討。

その為に四楓院夜一と黒崎一護は『双極』の丘の隠れ家に未だ霊力が完全に回復していない朽木ルキアの護衛として阿散井(あばらい)恋次(れんじ)と砕蜂を残し、外に出た。

そして砕蜂からの情報を元に風守風穴と合流する為に風守風穴が朽木白哉と戦っているという場所に向かった。

 

そこで二人が目にしたものは---血溜まりに倒れる風守風穴とそれを見下ろす朽木白哉の姿だった。

 

「アンタが、やったのか?」

 

「…」

 

倒れ伏した風守風穴を見下ろす朽木白哉に黒崎一護は怒気を孕んだ口調で問いかける。

朽木白哉はそれに沈黙で返した。

 

「アンタがやったのかって聞いてんだよ‼」

 

「…それを聞いて、兄はどうするというのだ?私がやったのではないと言ったのなら、兄は私を斬らぬのか?瀕死の男の前に立つ私を兄は許すと?…くだらない問いをするな。人間」

 

「………ああ、そうかよ。なら、そこを退け‼風守さんの傍から離れろ。朽木白哉‼」

 

「出来ぬと言ったら、どうする?」

 

「お前を斬る‼」

 

問答を最初に終わらせたのは朽木白哉。話し合いを最初に放棄したのは黒崎一護。

互いが互いの行動を許せないと言外に語りながら、朽木白哉と黒崎一護の戦いが始まった。

 

「一護‼待て‼本当に白哉坊が風守を倒したというのなら、お前が敵う相手ではない‼」

 

「だから、また見捨てろっていうのか‼」

 

朽木白哉との鍔迫り合いの最中に外野から投げかけられた言葉に黒崎一護は悲鳴の様な怒声を返す。

 

「俺は一度、風守さんを見捨てて逃げた。震えるこの人を見捨てなきゃならなかった。…あんな思いは、もうごめんなんだよ‼」

 

そう言って黒崎一護は朽木白哉との戦いを次の段階へと進めていく。四楓院夜一の声はもう黒崎一護には届かない。

四楓院夜一は朽木白哉と戦う黒崎一護と血溜まりに倒れ伏す風守風穴を交互に見て、数秒の迷いの後に風守風穴の元へと駆け寄った。

 

「あの馬鹿者が‼」

 

黒崎一護への罵倒を吐きながら、風守風穴の負った傷を見た四楓院夜一は絶句する。

 

「つっ‼なんじゃ、この傷は…」

 

腹部にある傷。裂傷。火傷。肉は爛れ骨は裂け内臓の一部が吹き飛んでいる。

想像を絶する傷はどれ程の痛みを風守風穴に与えたことだろうと考えて歯を噛みしめながら、すぐさま応急処置へと入る

 

「ええい‼風守‼死ぬな‼お主が死んだら儂はどんな顔をして砕蜂に報告すればいいんじゃ‼死んでまで儂に迷惑を掛けるでない‼迷惑じゃから死ぬな‼」

 

風守風穴の名を呼びながら応急処置を行う四楓院夜一は治療の手を止めることなく考える。

そして、風守風穴が負った傷が何処かおかしいことに気が付いた。

 

---裂傷はいいとしてもこの火傷。白哉坊の『千本桜』ではこんな傷は残らん筈じゃ。それに風守の奴が白哉坊に負けたというのも信じられん。この男は屑じゃが強い。儂と喜助を相手に五分の一まで落ちた霊力で戦った男じゃ。そんな男がこうも一方的にやられるなど考えられん。なにかあった筈じゃ。

 

---まさか、朽木白哉の他にも敵がいるのか。

 

その考えに辿り着いた四楓院夜一は慌てて周囲を警戒する。

けれど、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

護廷十三隊五番隊隊長。藍染惣右介は優秀な死神だった。『優秀』の前に『悪魔的に』という言葉が付く位には化け物だった。

そんな男は今、自分が窮地に立たされているのを自覚しながら身を潜めていた。瀞霊廷の外れ、何処とも知らない小屋の中で顔に泥が付くのも構わず荷の中で身を潜める。

霊圧知覚を研ぎ澄ませれば、感じることの出来る自分を探す高い霊力の動き。

 

---雀部長次郎か。

 

迅雷の如き動きで瀞霊廷中を飛び回る烈士の霊圧は藍染惣右介に少なくないプレッシャーを与える。

 

---我ながら、惨めなものだな。

 

藍染惣右介はそう笑いながら、時計に目を向ける。

時間は無い。もう直に『虚園』に居る藍染惣右介の部下たちが命令通りに『虚園』と『瀞霊廷』を繋ぐ『反膜(ネガシオン)』の道を開く。

藍染惣右介はそれを使い『虚園』に向かわなければならない。

 

---その前に何としても、朽木ルキアを手に入れなければ。

 

藍染惣右介は潜伏を止めて動き出そうとした。

その時、小屋の扉が開かれる。扉の開く音に藍染惣右介は珍しく驚いた表情を浮かべた。

絶えず研ぎ澄ませていた霊圧知覚に反応は無かった。それはつまり、扉を開きやってきたのが藍染惣右介の霊圧知覚を誤魔化せるだけの強者かあるいは---余程に霊力の扱いに長けた鬼道の達人。

 

「藍染、隊長」

 

「…雛森君」

 

扉を開け入ってきた雛森桃の姿を見て藍染惣右介は荷の中から姿を現す。

藍染惣右介に向き合うように、雛森桃は前髪で表情が見えない影を作りながら、うつむきがちに立っていた。

 

「藍染隊長。探しました。私、私は…」

 

「忘れなさい。雛森君」

 

「え?」

 

「君が今まで見てきた”僕”は、本当の”僕”ではない。”私”は君の思うような”僕”ではないんだ」

 

---だから、忘れなさい。

 

そう続く藍染惣右介の言葉は雛森桃の悲鳴の様な小さな呟きで遮られる。

 

 

 

「嫌です」

 

 

 

「嫌です。…わかってます。私だって、藍染隊長みたいに頭は良くないけど、藍染隊長が私達をずっと騙していたこと位、わかります。私はそこまで馬鹿じゃありません」

 

俯いていた顔を上げた雛森桃の瞳からは、大粒の涙がポロポロと流れていた。

それを綺麗だと藍染惣右介は何故だか、そう思えた。

そうして気が付く、雛森桃の死覇装は目立たないが全身に血が飛び散っていた。

雛森桃自信に大きな傷は無い。なら、それは返り血で、雛森桃はこうして藍染惣右介に会う為に同胞の死神達を斬ってきたという事だった。

 

「…雛森君。君は自分が何をしているのか、わかっているのかい?私は『瀞霊廷』を裏切った男だ。『虚園』と通じ虚達と繋がっている死神だ。それでも君は、私を愛すると?---君が憧れた”(おとこ)”など、最初から居なかったというのに」

 

「………はい。大切にしてくれなんて、いいませんから。…どうか今まで通りに傍に置いてください。…優しい言葉もいりません。…頭を撫でてくれなくていいです。どうか、どうか、お傍に…。あなたの部下(モノ)であれるだけで、私は、…幸せです」

 

自分の胸に縋りつき泣きじゃくる少女を見下ろしながら、藍染惣右介の脳裏に雛森桃を『虚園』に連れて行こうかという考えが過る。

最初から、瀞霊廷に棄てていこうと思っていた部下(モノ)。東仙要や市丸ギンとは違い、隊長格にもなれない程に未熟で愚かな弱弱しい部下。つれて行った所で何の役にも立たないだろうと考えていた。

だが、そう言えばと藍染惣右介は雛森桃の斬魄刀へと目を向ける。

 

---斬魄刀『飛梅』。爆発する火の玉を生み出す炎熱系の斬魄刀。

 

()()()()()()によって()()()()()()()を持つ死神というだけで、あるいは利用価値があるのかもしれない。

 

「雛森君。君は、馬鹿な子だ」

 

「…はい。あなたがそう想うなら、私は馬鹿でいいです。藍染隊長、馬鹿ではあなたのお役に立てませんか?」

 

藍染惣右介は口元に悪魔的な微笑を浮かべながら、優しく雛森桃を抱きしめた。

 

 

 

「酷い男だ。同じ男として、お前の様な奴は許せないと思う」

 

 

 

小屋の入り口から、そんな声が聞こえてきた。藍染惣右介に抱きしめられながら、両耳を塞がれている雛森桃には聞こえないその声色は雷鳴の様に鋭く、岩を穿つ程の重さがあった。

 

「雀部、長次郎」

 

藍染惣右介は雛森桃を抱きしめる力加減を欠片も変えることなく、冷静さを失わずに自身の命に届き得る烈士の名を呼んだ。

雀部長次郎は藍染惣右介を睨みつけ、次いで藍染惣右介に抱かれる雛森桃の背中を複雑そうな眼差しで見つめた後、疲れた声色で呟いた。

 

「まるで千年前を見ている気分だ。愛と呼ぶことでしか外界に発してはならない感情。愛と呼ばねば救いの余地もないもの。それを見せ付けられる度、私は幾度も思う。…末永く爆発しろと」

 

---故に、祝ってやりたくもあるのだがなと、雀部長次郎は溜息をついた。

 

「だが、そういう訳にはいかない。元柳斎殿よりの命だ。大人しく縛に付け」

 

「私が大人しく従うと思うのか?」

 

「巻き込まれればその子は死ぬぞ?」

 

「それがどうした?」

 

「…やはり、酷い男だ。だが、それを分かっていて、その子も愛と吐くのだから、救いようがないな。本当に似ているよ。私の親友と戦友の姿に」

 

---ならば、諸共に切り裂こう。雷鳴の如く。

 

引き抜かれた斬魄刀『厳霊丸』の一閃は文字通りの雷速。藍染惣右介が斬魄刀『鏡花水月』の能力を発動する前に藍染惣右介は雛森桃諸共に切り捨てられる筈だった。

 

しかし、そうはならなかった。斬魄刀『厳霊丸』の斬撃は距離感を外し雛森桃の背中を掠ることも無く手前の空間を切り裂き終わる。

 

「なに?----この匂いは、そうか。その子は風守の」

 

雛森桃から立ち上る桃の花の様な甘い香り。風守風穴の斬魄刀『鴻鈞道人』が齎す阿片の毒。その残り香が雀部長次郎の距離感を狂わせた。

 

「砕けろ『鏡花水月』」

 

その数秒の隙を突き、藍染惣右介は雛森桃を連れてその場から逃げ出した。

向かう先は『双極』の丘。狙うは朽木ルキアの身柄。浦原喜助の手により朽木ルキアの魂魄の中へと隠された『崩玉』と呼ばれる物質を手に入れる事こそが藍染惣右介の目的の一つ。

 

その為に藍染惣右介という男は瀞霊廷を裏切り護廷十三隊を敵に回した。

---全ては瀞霊廷の遥か上空に浮かぶ霊王宮から今も自分を見下しているだろう忌まわしき王を討つために。

 

---私は常に私を支配しようとするものを打ち砕く為にのみ動く。

 

以前に藍染惣右介が風守風穴に語った言葉には嘘はない。藍染惣右介にとって霊王宮の存在とそこに座する『霊王』はまさしく束縛と支配の象徴だった。

『霊王』がいる限り、世界の霊力の均衡は保たれる。それは言い換えれば支配されているという事だ。

生まれて生きて死んだ命は身体を捨て魂魄となる。魂魄とは(にく)を失った命。霊力で形作られたもの。その均衡を『霊王』が握っている。

それを支配と呼ばずに何と呼ぶのか。藍染惣右介にはわからない。

そして、それがかつて千年以上前の敵の遺物だったと知ったのなら、藍染惣右介は何故そんなモノに従っていられるのかと叫ばずにはいられなかった。

あるいは零番隊隊士、兵主部一兵部なら「須らく平和とはそういうものだ」と言っただろう。

だが、しかし、藍染惣右介にはそれが許せない。

 

だから、一人の死神は王に刃を向けたのだ。

 

---遺物に頼らねば築けない平和など壊れてしまえばいい。私はそんな支配は断じて受け入れる積りはない。私はあんなモノに(おう)を気取られる為に、生まれてきたのでは断じてない。

 

藍染惣右介が『双極』の丘に辿り着くと其処には朽木ルキアと彼女を守る砕蜂、阿散井恋次の姿があった。

 

「藍染‼貴様ァ‼」

 

自分の姿を見た瞬間、特攻を仕掛ける砕蜂を軽くいなし朽木ルキアに近づく。

阿散井恋次の方を見れば、阿散井恋次は雛森桃が抑えていた。

 

「藍染隊長!ここは私に任せてください!」

 

「雛森!?止めろよ!眼を覚ませ!」

 

雛森桃の奮闘も藍染惣右介にとっては道具が役に立っているという認識でしかない。だが、何故だか藍染惣右介の口からは微笑みと共に言葉が零れた。

 

「ありがとう。雛森君」

 

「あ…はい!」

 

恋は盲目。力を増した乙女の方をもう振り返ることも無く、藍染惣右介は朽木ルキアの前に立つと懐に入れていた薬剤を砕く。浦原喜助が魂魄の中に『崩玉』を隠していると知った日から、藍染惣右介が大霊書回廊に秘蔵されていた浦原喜助が研究を掘り起こして作り出した魂魄からの遺物摘出法。

それを用いて藍染惣右介は朽木ルキアの身体から『崩玉』を摘出する。

 

「…驚いたな。こんな小さなものなのか…これが、『崩玉』」

 

藍染惣右介は封印された黒い宝石の様な『崩玉』に一瞬だけ目を奪われた後、手放した朽木ルキアの身体を見下ろして、感心したように言う。

 

「…ほう。摘出しても魂魄自体は無傷か…素晴らしい技術力だ。…だが、残念だな。君はもう用済みだ」

 

藍染惣右介は地面に落とし力なく横たわる朽木ルキアの頭の上へ足を運び、そして、踏みつぶす。

---それを止める為に藍染惣右介の足と朽木ルキアの間に身体を割り込ませるものがいた。這いつくばるように朽木ルキアを庇うその姿は、それしか方法が無かったとは言え、あまりにも惨めだったが、しかし、抱きしめる様に朽木ルキアを守る姿はとても美しかった。

 

「…兄様?」

 

「…」

 

押し倒すように庇った朽木ルキアの声に反応することなく、朽木白哉は見上げる様に藍染惣右介を睨みつける。

 

「そうか…」

 

そして、これ以上、朽木白哉の身体を踏みつけることは許さないというように藍染惣右介の背後から首切りの一閃が放たれる。

藍染惣右介はそれを振り返る事も無く片腕で防ぎきると、朽木白哉を踏みつけていた足を離し、その場から距離を取る。

 

「…君たちが共闘しているという事は、私の奸計は既に破られたという訳か」

 

朽木ルキアを庇う朽木白哉を守る様に黒崎一護が立っていた。

 

「ああ、アンタはもう終わりだぜ」

 

「…黒崎一護。浦原喜助の命令で来た君が、随分と強気じゃないか。浦原喜助本人ならともかく、君程度が私に吐いていい言葉じゃないな」

 

「別に、俺がアンタを倒すとは言ってねぇ。見ての通り、俺はどっかの馬鹿兄貴を説得したせいでボロボロだからよ。だから、あとはこの人たちの出番だろ」

 

黒崎一護がそういうと音も無くどこからか十数人の死神達が現れる。それがただの死神であったなら、藍染惣右介にもまだ勝ち目はあっただろう。しかし、彼らは決して有象無象などではなかった。

 

「…藍染…」

 

護廷十三隊十三番隊隊長、浮竹十四郎。

 

「…まったく、派手にやったね…」

 

護廷十三隊八番隊隊長、京楽春水。

 

「…藍染隊長…」

 

各隊の副隊長各達。

 

あるいは彼らだけであったなら、藍染惣右介にもまだ勝ち目はあっただろう。だが、それを押し潰すように巖のような声が響いた。

 

「----痛恨なり」

 

「…山本元柳斎」

 

人の形をした太陽がそこにはあった。滲み出る霊圧が熱を帯びている。放たれる霊圧が物理的に藍染惣右介を押し潰そうとする。有り余る戦力差は藍染惣右介にして純粋な戦闘能力では決して敵わないと言わざる得ないものだ。

絶体絶命の窮地を前に藍染惣右介には救いの手は差し伸ばされない。それどころか、更に有り余る絶望の黒色が人の形で現れる。

 

「よもや裏切り者の掃討に、力を借りねばならぬとはのぅ。真名呼(まなこ)よ」

 

「なに、気にするな。管轄外とは言え、流石に見過ごせん」

 

「…兵主部一兵部」

 

貴様は此処で死ぬのだと神にそう言われている気分に藍染惣右介はなった。そう思った後で、それも当然かと自嘲(じちょう)的な笑みを零す。

霊王(かみ)』を討つと吠えたのだ。ならば、窮地を前に救いの手など求めること自体が間違っている。藍染惣右介には救いの手を差し伸べてくれる神などいない。

向けられる視線の全てが藍染惣右介を許さないと語っている。

兵主部一兵部の横を見ればそこにはかつての部下が蛇の様な笑みを浮かべながら、「すいません」と心にもない謝罪を述べていた。

誰もが藍染惣右介の弾劾を望んでいる。唯一、この場で藍染惣右介を助けようとする雛森桃は阿散井恋次と吉良イズルの二人に地面に押さえつけられ動けないで居る。

 

「…ふ」

 

「何がおかしい?」

 

藍染惣右介の零した笑みに立ち上がった砕蜂が憎らし気に嚙みついた。

藍染惣右介は心底おかしいと笑いながら、なにと続ける。

 

「後数分、時間が稼げていたのなら、私の勝ちだった。それが可笑しかった。それだけの話さ」

 

藍染惣右介が見上げる空からは『反膜(ネガシオン)』の光は降り注がない。約束の時間まではあと数分ある。運が無かったと諦める他にないと藍染惣右介は笑った。

神を裏切り神に見捨てられた男には、虚の光も届きはしなかった。

 

「終わりじゃな。藍染惣右介。せめて、苦しまずに逝け」

 

---太陽が藍染惣右介を許さないと笑う。

---黒々とした黒が藍染惣右介を許さぬ溜息をつく。

---誰もが藍染惣右介を許さないと言った。

 

藍染惣右介は天を仰いだ。

 

---(かみ)すらもが藍染惣右介を許さないと言った。

 

「…驕りが過ぎるぞ。最初から誰も、天に立ってなどいない。私も、『霊王(キミ)』もだ」

 

「自分の力を過信しすぎたな。藍染惣右介。哀れなり。---『流刃若火』。一つ目。『撫斬(なでぎり)

 

「だから、私を見下すな」

 

その言葉を最後に藍染惣右介は死んだ。

 

 

 

 

死ぬ筈だった。

 

 

 

 

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』の一太刀を受け止める者がいた。それは人の形をしていた。それは決して救いだとか助けだとかそういう”善”に属する何かではなかった。

その死神はあまりにもボロボロだった。治療を受けた後はあるが満身創痍の死に体で引きずる様に動かす斬魄刀で何とか山本元柳斎重國の一太刀を受け止めていた。

 

それでもその死神は善哉善哉と笑ってみせた。

 

「………何のつもりじゃ」

 

「………何と言われても。俺がお前の前に立つ理由なんて、二つしかないだろう?」

 

「儂は護廷が為に藍染惣右介を斬らねばならん」

 

「ああ、わかっているさ」

 

「ならば何故!邪魔をする!風守!」

 

山本元柳斎重國は珍しく混乱していた。その場に居る誰もが藍染惣右介を庇うという風守風穴の行動に困惑していた。

けれど、一番困惑していたのは藍染惣右介だった。

 

自分を守る死神はかつて斬らねばならぬと斬った死神だった。藍染惣右介は風守風穴が大切に守ってきた護廷十三隊を貶めて裏切り壊滅させようとした。

なのに何故、風守風穴が藍染惣右介を庇うのか。訳の分からない困惑は当然のモノで藍染惣右介はその疑問をそのまま口にした。

 

「…別に、俺はお前を庇う積りなんてないぞ。惣右介」

 

ツンデレみたいな言葉を吐く風守風穴に嘘はない。風守風穴には藍染惣右介を庇う理由が実はない。確かに眼を掛けてきた後輩ではある。未来の総隊長は藍染惣右介の他に居ないと酒の席で思ったことはある。

しかし、だからと言って山本元柳斎重國と対立する理由にはならない。

だから、風守風穴には藍染惣右介を庇う積りなんてまるでなかった。

 

「惣右介。それに山本重國。俺が動く理由なんて、簡単だ。俺は護廷が為と家族を守る為にのみ動く」

 

そう言って風守風穴に振り返る。山本元柳斎重國の一太刀を受け止めながら振り返る風守風穴の眼には藍染惣右介の姿は映っておらず、藍染惣右介の後ろで阿散井恋次と吉良イズルに組み伏せられる雛森桃を見ていた。

 

「雛森桃。お前は、惣右介のことが好きなのだろう?」

 

「…っ、はい。はい!だから、だから藍染隊長を殺さないで!」

 

助けて。殺さないで。雛森桃の言葉は、とても腹を刺した者が刺された者に向ける言葉ではなかった。けれど、風守風穴は善哉善哉と笑ってみせた。

 

「素直ないい子だ。ああ、わかった。救ってやろう。お前が大切に思うものだ。それは掛け替えのないものなのだろうよ」

 

雛森桃の愛する人だから、藍染惣右介を守るのだと風守風穴はそんなふざけたことを吐き捨てる。

 

「…笑止千万。風守よ。貴様はあの小娘の願いを叶える為に儂に剣を向けているのか?藍染惣右介を討つ為に尽力した貴様が、小娘一人の言葉でそれを覆すと?」

 

「別に許せとは言わない。だが、殺すなよ。せめて殺すにしても、四十六室の裁定に掛けてから殺せ」

 

「何故、そうまでしてただの小娘に肩入れする?」

 

山本元柳斎重國から風守風穴へのその問いは、二度目のものだった。

一度目は朽木ルキアを救う為に対峙した時に掛けられた。その問いに風守風穴は護廷十三隊の未来を憂う護廷十三隊隊士として「護廷が為だ」と返した。

そして、今回、風守風穴は阿片窟(あへんくつ)の番人として答えを返した。

 

中毒者(かぞく)の為だ。俺は雛森桃の幸せを心の底から願っている。快楽の歌を聞かせて欲しい。痴れた音色に心が動く。阿片に痴れて尚、それを愛だと叫ぶあの子は、美しいと思わないか?」

 

「………相も変わらぬ、狂人が」

 

「善哉善哉。お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろうな」

 

「誰もが思う事じゃ。馬鹿者が」

 

風守風穴と揉めるのは面倒だからと仕方なく斬魄刀を下げた山本元柳斎重國はすぐさま藍染惣右介を捕える為に動こうとする。

だがしかし、それを妨げる為に空が割れた。

 

割れた空から現れたのは数十体の大虚。そして、『反膜(ネガシオン)』の光が藍染惣右介と雛森桃を包んだ。

 

風守風穴は藍染惣右介を救うつもりなどなかった。しかし、風守風穴が稼いだ時間が藍染惣右介を救った。

 

それを自覚する藍染惣右介は『反膜(ネガシオン)』で回収されながら、苦汁に満ちた表情を浮かべていた。彼は勝利からは程遠い勝ち方をして、その場から消えていった。

 

 

 

瀞霊廷の動乱はとりあえずの決着を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

--中央四十六室より連絡。

大罪人・藍染惣右介・雛森桃の逃亡幇助(ほうじょ)。それにより元特別派遣遠外圏制圧部隊部隊長・元護廷十三隊三番隊隊長。風守風穴を瀞霊廷並び『尸魂界』から再度、追放とする。

 

 

 

 






敵だって助けちゃう系主人公(; ・`д・´)

そして眼鏡は割られませんでした。




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