「……もう、大丈夫だよ、ほむらちゃん」
ワルプルギスの夜との戦闘で傷ついた私に、まどかは微笑んで言った。
「まどか、どうしてここに……まさか……!?」
「ほむらちゃん、ごめんね。わたし、魔法少女になる。叶えたい願いごと見つけたんだ……」
「……そんな……」
「大丈夫……ほむらちゃんの努力は無駄にはしないよ。ほむらちゃんは必ず幸せになれる」
まどかはキュウべぇに向き直る。
「キュウべぇ、わたしの願いは――」
眩い光に包まれるまどか。それは彼女の願いを代償にした契約の光。彼女が何を願ったのかは、私には聞き取ることが出来なかった。
やがて、光が収まり、まどかは魔法少女になった。
「……それじゃあ、行ってくるね」
まどかは私に背を向けて戦場に向かう。
契約したまどかの力は凄まじく、ワルプルギスの夜を一撃で粉砕した。
――そして、全てを知るまどかは自らのソウルジェムを破壊した。
魔女になる運命を拒絶するために。
……また、だ。
また、私はまどかを救うことが出来なかった。
鹿目まどか、私のたったひとりの大切な友達。
彼女を救うため、私は同じ時間を繰り返す。
……何度も……何度でも。
私は時間を遡る。
※※※
転校初日の教室、そこで私は再びまどかと出会うはずだった。だが、教室に入った瞬間、その異常に気がついた。
「……まどかが……居ない!?」
まどかが居るはずの席に彼女が居ない。美樹さやかや他のクラスメイトには見覚えがあるので、違うクラスに転校してきたという訳ではない。
「そんな……どうして……?」
目眩が、する。額を手で押さえる。
「……暁美さん、大丈夫?」
担任の教師が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
「すみません、ちょっと気分が……」
「退院したばかりだものね。無理せず、保健室で休むといいわ」
「……そうします」
「保健委員に連れて行って貰いなさい――鹿目さん」
「はい」
「……!?」
先生に呼ばれて立ち上がった男子生徒。彼が発した声は私が聞き間違えるはずのないもので、私を混乱させる。
――嫌な予感がした。
「初めまして、僕は鹿目まどかです」
目の前の男子生徒は、私の前まで来るとそう名乗った。
鹿目まどかという男子生徒、それは私が知るまどかと瓜二つの外見をしていた。外見で異なるのは、頭の後ろで一つに束ねられた髪型と制服くらい。
双子の兄弟と言われたら容易に信じられるくらいに瓜二つだった。だけど、まどかには年の離れた弟以外に兄弟は居ない。
教室を出た私はひたすら保健室に向けて歩き出した。
その男はそんな私の様子に困惑した様子で後を付いてきている。
「ええと……暁美、さん?」
「……何?」
「その……体、大丈夫なのかなって……」
「お構い無く」
「そ、そう……」
『まどかが男――冗談じゃないわ』
心のなかでひとりごちる。時間を繰り返す中で、細かい事象が異なっていたことはあったが、これほどのイレギュラーは初めてだ。
……いや、まだ決め付けるのは早いかもしれない。
確認それをすることにした。私は渡り廊下の途中で足を止め振り返った。
「鹿目さん」
「は、はい!?」
「あなたは、男……なの?」
「……ええと、こんなでも一応男なんだ」
彼は戸惑いながら伏目がちに答えた。
「……気を悪くさせたかしら、ごめんなさい」
「あ、ううん、言われ慣れてるから大丈夫……ただ、さすがに制服を着ているときに聞かれたのは初めてだったから……やっぱり変だよね、男なのにまどかって」
「そんなこと無い!」
少し力が入りすぎた、驚かせてしまったようだ。
「……良い名前だと思うわ」
「そ、そうかな……ありがとう」
「そういえば、暁美さんの名前も格好いいよね。何かさ、燃え上がれ―って感じで」
それは、最初に私がまどかに出会ったときに、彼女が私に言った台詞だった。
「……あなたは、やっぱりまどかなのね」
「……え?」
私は振り返り、まどかに背を向けて立ち去った。まどかはその場に立ちすくんでいた。
※※※
保健室で横になり考えを巡らせる。
彼はこの時間軸の鹿目まどかであることは認めざるを得ない。
私自身のわだかまりを置いておけば、これは悪い事では無いと考えられた。男が魔法少女になれるという話は聞いたことは無い。もしそうならば、必然的にまどかは救われる。
『……だけど、油断は出来ない』
私は放課後、まどかを尾行して様子を見ることにした。
けれど、その考えは甘かったことは直ぐに判明した。
「鹿目まどか、僕と契約して魔法少女になってよ」
帰り道の路上、まどかを待ち受けていたインキュベーターは開口一番そう言った。
「……え、何? ぬいぐるみ?」
「僕はキュウべぇ、魔法少女になってくれる人を探してるんだ」
「魔法……少女? ええと、僕は男なんだけど……」
「普通は、第二次性徴期の少女に限って素質は生まれるんだけどね。何故かは僕にはわからないけど、君にはそれがあるんだ」
「そ、そうなんだ……」
「契約してくれたら、君の願いを何でも一つ叶えてあげる。その代わり魔法少女になって魔女と戦って欲しいんだ」
「突然そんなこと言われても……」
そのとき、私のソウルジェムが反応した。
世界が変容を始める……魔女の結界だ。
「な、なっ……!?」
「どうやら、魔女が現れたようだね。大変だ、このままだと魔女に殺されてしまう!」
あまりにも白々しい物言いだった。おそらくは魔女が現れることを知っててここで待ちぶせをしていたのだろう。
契約せざるを得ない状況を作り出して、唯一の救いである選択肢を与える。
……なんて姑息な。
使い魔が現れてまどかを取り囲む。
「な、何だこれ!? う、うわああーーー!」
「さあ、僕と契約して――」
「――させないわ」
私は時を止め、まどかに駆け寄り抱き上げた。ひと飛びでその場から離れる。
魔法を解除、使い魔の攻撃は空を切った。
「うわああああ……ああ……?」
「もう、大丈夫よ」
腕の中のまどかに話しかける。性別が変わったまどかは、背丈は幾分か高いものの、体型は華奢なままだ。本当は男装したまどかが私をからかってるだけじゃないかと、思うくらいに。
「え? ……あ、暁美さん……!?」
抱きかかえられていることに気づいたまどかは、体をばたつかせる。私はそっと彼を地面に下ろした。
「直ぐに片を付けるから。まどかはここにいて」
「暁美さん、君は……」
「私は魔法少女……あなたは私が守るわ」
盾から機関銃を取り出して腰だめに構える。横薙ぎに使い魔に向けて掃射して殲滅。雑魚を片付けると、魔女本体の気配が迫ってきた。
『あの魔女は……』
見覚えのある敵だった。凱旋門を趣味の悪い前衛芸術にしたような姿、それは私がまだ魔法少女じゃなかった時に、まどかに助けられた魔女だった。
『皮肉なものね』
今は、その時の状況から守る者と守られる者が入れ替わっている。まどかに至っては性別までも。
そんなに難しい敵ではない、以前の時間軸ですでに何度か倒してきた相手でもある。
戦闘は短時間で終わった。
「……まったく、君の戦い方は魔法少女というより兵士のそれだね」
そいつは戦い終わった私に馴れ馴れしく話しかけてきた。要領よくどこかに隠れていたのだろう……射撃に巻き込まれていれば良かったのに。
「インキュベーター、絶対にあなたの思い通りにはさせないわ」
私は盾から拳銃を取り出して、それに構える。
「暁美ほむら、君は……?」
「まどかは私が守る」
「僕は彼に自らを守る手段をあげようとしただけなんだけどね……まあいいさ」
何も話すつもりはない、その意思が伝わったのだろう、キュウべぇは肩をすくめるような仕草をした。
「鹿目まどか、契約の事は考えといてよ。返事はいずれまた会うときにでも」
そう言い残し、早足に闇の中に姿を消した。
残されたのは私とまどか。そして、魔法少女の成れの果て――グリーフシード。私はそれを拾い上げる。すでに結界は消滅していたが、立ち込めた硝煙の残滓は、いまだ燻っている。
私は変身を解いた。
まどかは呆然と立ち尽くしている。
……無理もない、彼にとっては非現実的な非日常の連続であったであろうから。
「鹿目まどか、あなたは魔法少女になってはいけない」
「……え?」
「契約すれば――あなたは死ぬわ」
※※※
翌日の放課後、まどかに話があると言われて一緒に屋上に来た。
「暁美さん、昨日は助けてくれてありがとう。お礼、言い忘れてたから……」
「構わないわ……それで、話って何?」
「ええと、その……」
「魔法少女の事を知りたいの?」
「それも、あるんだけど……その……」
「その話、私も加えてもらっても良いかしら」
聞き覚えのある声がして顔を向けると、階段室の屋根に座って私達を見下ろしている女生徒が一人。
「……巴マミ」
「私のことを知っているなら話が早いわね、暁美ほむらさん。それから、鹿目まどかさん」
「……僕のことを?」
「キュウべぇから聞いたの、あなたは素晴らしい才能を持っているんですってね」
「まどかの才能は僕にも信じられないほどだよ」
マミの肩には忌々しい獣。
「私は巴マミ、三年。キュウべぇと契約した魔法少女よ」
名乗り終わると、階段室から飛び降りて私達に向き直った。
「――それで、あなたは何をしに来たの?」
「魔法少女の後輩候補が話を聞きたいみたいだったから……力になれると思うけれど?」
「余計なお世話よ。彼は魔法少女にはならないわ」
「あら、それを決めるのはあなたではないでしょ? 契約がどんなものか彼には知る権利がある。魔法少女になるかどうかは、それから彼自身が決める事よ」
正論ではあるが、それは契約内容が全て明らかにされている場合の話だ。そもそも、マミ自身その内容の全てを知っている訳では無い。諸悪の根源であるキュウべぇを睨みつけてみるが、相変わらずの涼しい顔だ。
そのときだった、異質な雰囲気を感じ取ったのは。
「大変だ、マミ!」
「……わかってる」
マミ達もそれに気づいたようだった。
「鹿目さん、私の側に来て」
「え、ええと……?」
「……魔女が現れたわ」
「!」
またも絶妙なタイミングで現れる。これも、キュウべぇの策略なのだろうか? だが、証拠が無い以上、問い詰めてもとぼけるだけだろう。
「共闘、ということで良いかしら?」
「ええ……問題ないわ」
私達は瞬時に魔法少女に変身した。
屋上が魔女の結界に侵食されて姿を変える。地面は姿を消し、薄暮の空は見渡す限りの青空に取って代わった。残されたのは何処からか生えた電柱と、それに張られた電線のみ。万国旗のように電線に干されたセーラー服の 上着が風にはためいている。
「綺麗な景色ね。これが魔女の結界じゃなければ最高なんだけど」
マミはリボンで全員分の足場を作る。
「……そうね」
この結界には見覚えがあった。
私が魔法少女になって初めて倒した魔女。
「きゃーーーーーー!?」
突然、第三者の悲鳴が響いた。
「大変だ、僕達以外に結界に取り込まれた人がいるみたいだ」
「美樹さやか……!」
「さやかちゃん!」
「な、何よこれー!!? 誰か助けてー!!」
「大変! 使い魔が迫ってきてるわ!」
私は電線を駈け出した。同時に、念話でマミに話しかける。
『使い魔は任せて――彼女をお願い』
『わかったわ』
走りながら拳銃を取り出す。美樹さやかに迫る使い魔に狙いをつけて、引き金を引いた。
「あなた達の相手は私よ」
使い魔は攻撃目標を変えて接近して来る。私は盾に拳銃を収め、日本刀を取り出す。電線を蹴り一閃、使い魔を切り裂いて別の電線に降り立つ。
刀を収めた。
さやかは、マミがリボンで救出していた。
「……ふぃぃ、ありがとう、助かったぁ」
「鹿目さんのお友達?」
「はい、幼馴染なんです」
「屋上のドアのところにいたと思ったら、いきなり空中に放り出されるんだもん。し、死ぬかと思った……」
「……さやかちゃん、そんなところで何をしてたの?」
彼女は自分の失言に気付き、気まずい表情になる。
「ご、ごめんっ! まどかと転校生が何の話するのかなーって気になっちゃって、つい出来心で……転校生もごめん!」
さやかは、手を顔の前に合わせて謝罪した。
「もう、さやかちゃんは……」
「……」
怒る気にもなれない。……まあ、遅かれ早かれキュウべぇに勧誘されるのだろうし、説明と監視の手間が省けたと思うことにする。
「どうやら、魔女のお出ましみたいよ」
「何よあれ……」
電線を蜘蛛が這うような動きで近づいてきたのは、セーラー服の化物のような魔女。
倒し方はわかってる、直ぐに片付けてしまおう。
「巴マミ! あなたのリボンで魔女に続く道を作って!」
「わ、わかったわ」
私の声を受けてマミが魔法でリボンの橋を作り出す。
時間停止、マミが作った道を一気に駆け抜け、先端から魔女に向けて飛び込む。眼前に迫る魔女。時限爆弾を取り出し、そのスカートの中に投げ込んだ。
魔法解除、私は電線に降り立つ。瞬くほどの時間の後、頭上で爆発が起こる。
「……え?」
魔女はのた打ち回って消滅した。何が起こったのかも理解出来なかったに違いない。
やがて結界は消え、元通りの屋上に戻った。
「暁美さん、いったいどうやって……?」
「……これが、私の魔法よ」
私はグリーフシードを拾い上げた。
ソウルジェムを取り出して、穢れを取り祓う。
「……あなたの分よ」
そして、使い終わったグリーフシードをマミに投げ渡す。
「それじゃあ、遠慮なくいただくわ」
「マミさん、それは何ですか?」
興味を持ったらしいまどかがマミに問う。
「これはグリーフシード、魔女の卵よ」
「た、たまご!?」
「といっても有害なものじゃないわ。むしろ、私達魔法少女にとって役に立つ物なの」
「そうなんですか……?」
私は変身を解いた。
「……えっと、これってどういうことなのか教えてもらっても良いですか? 魔女とか魔法少女とか正直さっきから訳がわからなくて……」
状況に取り残されていたさやかが口を開いた。
「そうね、詳しくお話してもいいのだけど、ここじゃちょっとね……」
そろそろ下校時間だった。
「そうだ! よかったらみんなで私の家に来ない? お茶でも飲みながらゆっくりお話しましょ?」
それから、私達はマミの部屋を訪れた。
マミは、まどかとさやかに魔法少女や魔女について説明をしている。
話を聞いている中で新しい事実が発覚した。
――美樹さやかには魔法少女の素質が無い。
彼女はキュウべぇが見えなかったし、キュウべぇは彼女の事を知らなかった。これも今回の時間におけるイレギュラーらしい。
正直、彼女が魔法少女になるのを気にしなくてすむのはありがたかった。
「――というわけで、私が知っている事はこんなところね」
マミは説明を終えると、紅茶を一口啜った。
「願いが何でも叶う……かぁ」
「だけど、さっきみたいな魔女と戦うようになるなんて……」
「それで、提案なんだけど――鹿目さん、しばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」
「え!?」
「魔女との戦いがどういうものか、その目で確かめてみればいいわ。そのうえで、危険を冒してまで叶えたい願いがあるかどうか、じっくり考えればいいと思うの」
「……体験、ということですか」
「私は反対だな。マミさんや転校生には悪いけど、あんな化物と戦うなんて危険すぎる」
「……私も同意見よ。魔法少女になんて好きこのんでなるものじゃないわ」
まどかは少しの間悩んでいた。やがて、決意した表情で顔を上げた。
「僕は、やってみたいです」
「……本当にいいのね?」
「はい。魔法少女になるってことが、どんなことか知りたいんです」
「彼は私が責任もって守るわ……心配ならあなたも一緒にどうかしら?」
まどかの意思は硬そうだ、簡単に説得はできないだろう。
……仕方ない。
「私も同行するわ」
そう告げた。
「……わ、私も一緒に行きます! ……まどかを一人で危険な目に合わせたくないですから」
と、美樹さやからしい理由で、魔女退治体験は全員参加となった。
方針が決まり、魔女退治は明日からということで、今日のところは解散することになった。私達はマミのマンションを出る。
私は、まどかと家の方向が同じであると話し、まどかに帰宅同行することにした。
暫く歩いて二人きりになったところで、まどかに話かける。
「……鹿目さん、どういうつもりなの?」
「魔女退治の体験のこと、だよね」
「昨日も言ったわよね、あなたは魔法少女と関わるべきじゃない。なのにどうして……」
「……僕は自分を変えたいんだ」
まどかは心の中を吐き出すように言う。
「僕は男なのに、いつも、誰かに守ってもらってばかりで……昨日、暁美さんに命を救って貰って、あんな風に僕もなれたらって思ったんだ……」
「あなたは自分の家族や友達は大切?」
「……え? う、うん。勿論だよ!」
「魔法少女になるということは、一つの願いと引換に今ある大切なもの全てを差し出すことになるの。あなたにはその覚悟があるの?」
「……」
「それに、あなたは弱くなんて無いわ。誰よりも強くて優しい心を持っている……私は知っているから」
そう、私は知っている。まどかが何度も命を掛けて私を助けてくれたことを。
「……おかしいな。暁美さんは昨日初めてあったばかりなのに、とてもそんな気がしないや」
それは、私とまどかとの距離。時間を繰り返す度に段々離れていく。
「そうだ、ほむらちゃんって呼んでもいい?」
「……構わないわ」
「ありがとう、ほむらちゃん。僕の事もまどかって呼んでくれると嬉しいな」
「……まどか、覚えておいて。私は貴方に平和に日常を暮らして欲しいって思ってる。魔法少女になれば、それは失われてしまう物なの」
「……わかった」
※※※
――それから何日か経った。
あの日から、放課後に集まってマミの魔女退治を手伝うのが日課となっている。マミはさすがのベテランで、今のところ危なげなく戦闘をこなしていた。
まどかを魔法少女にさせる事について主張の違いはあるものの、マミとの関係は悪くない。ワルプルギスの夜について話すと、一緒に戦う事を快諾して貰えた。
だけど、戦力は可能な限り確保しておきたい。
私は協力を頼めそうなもう一人の魔法少女、佐倉杏子を探すことにした。
だが、テリトリーにしているはずの隣町で探してみても、姿は見つからなかった。
すっかり日も暮れた帰り道、私は偶然まどかに遭遇した。
「こんばんは、ほむらちゃん」
「こんばんは……こんな時間にお買い物?」
「うん。晩御飯、ちょっと予定より人数が増えちゃって……そうだ! 良かったらほむらちゃんも家にご飯食べに来てよ。ご馳走するよ」
「……ごめんなさい、やめておくわ。協力を頼みたい魔法少女がいるんだけど、まだその居場所がわからないの」
「そうなんだ……ええと、その人の名前って?」
「佐倉杏子よ」
「あー……その娘なら、今僕の家に居るよ」
「……え?」
どういうことなの?
「杏子ちゃん、ただいま」
「ほう、おふぁえり(おう、おかえり)」
「……佐倉杏子、あなたは何故こんなところに居るの?」
「誰だあんた? どこかで会ったか?」
「そういえば、初めましてだったわね。私は暁美ほむら、魔法少女よ」
「なるほど、あんたがキュウべぇが言ってたイレギュラーか。納得したぜ」
「それで、何故あなたが当たり前のようにまどかの家でご飯を食べているのか、納得のいく説明をして貰えるかしら」
「魔法少女候補に男が居るって聞いてさ、どんな奴か顔を見てやろうと思って見滝原に来たのさ」
キュウべぇの仕業ね。相変わらず余計なことを……。
「それで、こいつを見つけたんだけど、その時、腹が減っててさぁ……そしたら、こいつが飯食わせてくれる言うじゃねーか。だからご馳走になったんだけど、これが旨くて」
杏子は皿の上のコロッケを箸で摘んで口の中に放り込んだ。
もぐもぐと咀嚼する。
……本当に呆れるくらい幸せそうに食べるわね。
「それで、いつでも来ていいって言うから、こうやって何度かご馳走になりに来てるのさ」
「……あなたねぇ」
呆れた。ご飯に釣られるなんて。
「まどかも少しは警戒なさい」
「お腹空いてるみたいだったから可哀想って思って……悪い娘には見えなかったし」
「……まあ、いいわ。丁度あなたに相談したいことがあったの」
「ん?」
「もうすぐこの見滝原にワルプルギスの夜がやってくる。それを退治するのに協力して欲しいの」
「うーん……まあ、いいぜ」
「……こんなにあっさりと了承してくれるとは思わなかったわ」
「ん……、美味しいご飯が食べられなくなるのは寂しいからな」
「杏子ちゃん、ありがとう。それじゃあ、お礼に今度来るときはご馳走作っておくね」
「お、おう……楽しみにしとくぜ」
その後、私は杏子と一緒にまどかの料理をご馳走になった。
……まどかの料理はとても美味しかった。
※※※
数日後、私は上条恭介のお見舞いに来ていた。まどかとさやかに、一緒に来ないかと誘われたからだ。
さやかは私の事をまどかを魔法少女にさせないための同志と思っているのか、親しく話しかけて来るようになっていた。
ちなみに、マミには魔女退治をお休みすると伝えてある。
「きょーすけー、お見舞いに来たぞー」
「恭介、おじゃまするね」
「さやか、まどかいらっしゃい……ええと、そちらは?」
「先日転校してきた、暁美ほむらよ。初めまして」
「よろしくね、暁美さん。お見舞いに来てくれてありがとう」
何度も時間を繰り返してきたが、彼とまともに話をするのは初めてだ。
「恭介ー、ほむらが美人だからって浮気すんなよー」
「そんな……するわけないだろ」
浮気、という単語に違和感を覚えた。
「そうだよなー、仁美は恭介には勿体無いくらいだもん」
「え!?」
「……ほむらは、仁美の事を覚えて無いのか? クラスメイトだってのに」
「いや、そんなことは無いのだけど……二人が付き合っているなんて知らなくて」
彼はさやかの想い人だったはずだ。さやかが契約した時間軸では、必ず彼がその切っ掛けとなっていた。それくらいに強い想いだったはず……。
「仁美は、入院して苦しむ恭介を支えて続けてきたからねぇ。再起不能って言われてた恭介の手を直せるお医者さんを世界中から探し出して、手術出来る手配までするんだもの……ほんと、恭介ってば果報者よねぇ」
さやかはうんうんと頷く。
「そんな風に言われると、照れますわ……」
私達の後ろから志筑仁美が顔を出して言った。
「仁美、来てたんだ」
「花瓶の水を変えていましたの」
手にはお見舞いの花が入った花瓶を抱えている。
「僕も、仁美ちゃんは本当にすごいって思う」
「仁美には感謝してもしきれない。自棄になった僕を叱りつけてくれたりして、ずっと僕を支えて来てくれた。本当に頭が上がらないよ」
その後も何のわだかまりも無く話をして、お見舞いが終わった。
帰りの際、まどかがトイレに行って、ロビーでさやかと二人きりになった。
私は、さっきの事を確認してみることにした。
「さやか、あなたは上条恭介が好きではなかったの?」
「そんな、まさかー。恭介は只の幼馴染だよ。ほむらは、何でそんな風に思ったの?」
「誰かからそんな話を聞いた気がして……」
「そんなの全く根も葉もない噂だよ」
……これもまたイレギュラーらしい。託すべき願いが無くなった事と、魔法少女の素質が無くなったことは関連しているのだろうと思う。だけど、こうなった理由がわからない。
「……もしかして」
ひとつ思いついた。
「?」
「まどかの事が好き……とか?」
「なっ! なっ!?」
「図星?」
「そ、そんなこと無いわよ!?」
わかりやすく動揺してた。
「まどかも私にとってただの幼馴染なんだから! ……か、勘違いしないでよ!」
「……わかったわ」
私は合点がいった。
トイレにしては遅いと思い始めた頃、まどかから念話が届いた。
『ほむらちゃん、大変だよ!』
『どうしたの?』
『病院の中庭にグリーフシードが! キュウべぇに聞いたら羽化しかかってるって……!』
『待ってて、私もそちらに行くわ』
さやかに簡単に状況を説明し、直ぐにまどかの居る場所に向かった。
病院の中庭には確かに羽化しかかっているグリーフシードが。
「マミさんに電話したら直ぐ来てくれるって!」
「……私が先行するわ。二人はここで待ってて」
「僕も一緒に行く!」
「わ、私も……」
「ダメよ、私の力ではあなた達を守り切れないかもしれない」
「……でも!」
「マミが来た時に、結界の場所を案内出来る人が居たほうがいい。あなた達は、ここに残っていて貰えないかしら」
「わかったわ」
「……ほむらちゃん、気をつけて」
「ありがとう……行ってくるわ」
私は魔法少女に変身し、結界に飛び込んだ。
※※※
結界に入って直ぐに違和感を感じた。
「……これは、魔女の結界じゃ無い? まだ、使い魔みたいね」
使い魔にしては強力な魔力を持っていたため、勘違いをしてしまったらしい。
ならば、この使い魔を作り出した魔女は別の場所にいるはずだ。
「なんだか、嫌な予感がするわ」
だが、この使い魔も放置する訳には行かない。そのままにしておけば、結界の外に居るまどかが襲われる危険があった。
「……さっさと片付けるとしましょう」
私は盾から機関砲を取り出した。
※※※
「まさか結界が二つもあったなんて」
「僕が気が付かなければ危ない所だったね」
「……ほむらちゃんは大丈夫かな」
「ほむらは強いから心配ないさー」
「私もそう思うわ。あ、魔女のお出ましみたいね」
「……ええと、何か可愛い感じですけど?」
「見た目に騙されちゃダメよ……一気に決めさせてもらうわ!」
マミは魔法で大砲を作り出し構える。
「ティロ・フィナーレ!!」
轟音と共に巨大な魔力の塊が発射され、魔女に命中し吹き飛ぶ。
そのまま、魔女は動かなくなった。
「マミさん、やったぁ!」
さやかの歓声に答えるようにマミは小さく手を振った。
――その時だった。
死んだと思っていた魔女の口中から、大きく黒い影が飛び出した。
「……あ」
それは大きく口を空け、マミを飲み込んだ。
「あああ」
「そんな、マミさん……」
大きな黒い影は肉食獣のように勢い良く咀嚼する。だが、何か違和感を覚えたらしく、不思議そうな顔をして動きを止めた。
「何とか、間に合ったみたいね」
「……っ!」
「マミさんっ!」
「良かった、無事、だったんだ……」
マミが魔女に襲われた瞬間に時を止め、私はマミを救い出すことに成功した。
獲物を逃した怒りを顕にして、魔女がこちらに向き直る。
「巴マミ、戦える?」
「え、ええ……もう、大丈夫」
「――来るわ」
それは、大蛇のような動きで飛びかかってきた。
「……これでも、食らいなさい」
襲いかかってくる瞬間に時を止め、爆弾を魔女の口の中に放り込んで回避する。
そして、爆発。口内での爆発に魔女はのたうち回る。
「さっきはよくもやってくれたわね――ティロ・フィナーレ!!」
狙いすましたマミの砲撃が襲う。
魔女はひとたまりもなく消滅した。
「……間一髪ね」
魔力の消費を厭うこと無く、可能な限り時を止めて行動した甲斐があった。
「本当に助かったわ。暁美さん、ありがとう」
「大丈夫かい? マミが死んでしまったかと心配したよ」
物陰からキュウべぇが姿を表わす。
「良く言うわ。私達がバラバラになるように仕向けたのは貴方でしょ?」
「僕はたまたま結界を二つ見つけただけさ。大体、そんな事をして僕に何の得があるというんだい?」
「危険な状況にまどかを追いやれば、契約して魔法少女にすることが出来るわ」
「キュウべぇ、あなた……?」
「誤解だよ」
「あくまで白を切るつもりね……まあ、いいわ。あなたのしたことは裏目に出たみたいよ……二人ともすっかり怯えてしまったみたい」
「……っ!」
「ごめんなさい、暁美さんが居なければあなた達まで取り返しのつかない事になるところだった……」
「まどか、もうやめよう? ……やっぱり興味本位で関わるべきじゃなかったんだよ」
「で、でも……」
「さやかの言う通りよ。私達の戦いはいつも命懸け、いつ死んでもおかしくないわ」
「……」
重苦しい空気のまま、私達は解散した。
私はまどかと二人で帰り道を歩く。
しばしの無言の後、まどかが口を開いた。
「ほむらちゃんは、怖くないの……?」
「怖くないと言えば嘘になるわね。だけど、これは私自身が選んだ道だから」
「僕は……怖いんだ。死ぬかもしれないって考えたら、体が震えて……何も考えられなくなって……」
「それが普通の反応よ。気に病む必要は無いわ」
「でも、ほむらちゃんもマミさんも戦ってるのに! 僕にも戦える力はあるはずなのに……」
「そんな風に考える必要は無いわ。……魔法少女の事は忘れた方がいい。そうすれば、辛い思いもしなくてすむわ」
「そんなこと、できないよ……」
「どうして?」
「だって……」
まどかは少し言いよどんだ後、決心した表情で私に言う。
「僕は、ほむらちゃんの事が好きなんだ!」
まどかが私の事を好き。私の心は揺れ動きそうになる。
だけど、
「……ごめんなさい。貴方の気持ちには答えられないわ」
そう答えるしかない。
「……僕のこと嫌い?」
「そんなこと……ない」
「……だったら、どうして!」
「それは、私が魔法少女だから――教えてあげる、マミも知らない私達魔法少女の真実を」
魔法少女は契約した時点でソウルジェムが魂の在り処になり、肉体はただの抜け殻であるということ。そして、ソウルジェムが濁りきったら魔法少女は魔女になる、これは避けられない運命だということ。
全ての説明が終わったとき、まどかは青ざめていた。
「そんな、そんなことって……」
「もう一度言うわ。魔法少女のことは全て忘れなさい。それが貴方のためよ」
「僕に出来ることは何も無いの?」
「何も無いわ……あなたは日常を幸せに過ごしていればいいの。それ以外は……迷惑よ」
※※※
「ほむらちゃん、明日僕とデートしよう!」
翌日の放課後、まどかは私にそう言った。
周りが騒がしい。クラスメイトにとって、まどかはさやかと半分カップルのような扱いで認識されていたようだから無理もない。
「まどか、貴方いったい……?」
昨日の今日で何を考えているのだろう。
「僕は日常を幸せに生きる。……だから、ほむらちゃんとデートしたいんだ」
まどかの意思は硬いようだった。
「……わかったわ」
私は了承する。
一度くらいまどかの希望に付き合うのも良いだろう……それで、彼がそれで満足するというのなら。
※※※
――遊園地で男の子とデート。
それは、病院のベッドの上で恋愛小説を読みながら憧れたシチュエーションだった。唐突に、そんな憧れは実現したのだけれど全く実感が沸かない。
――まどかとデート。
かぁっと、頬が熱を持つのを感じた。慌てて頭を振る。
私は何を意識しているのだろう。
「……こんなことしてていいのかしら」
罪悪感。
「おまたせー」
まどかが売店から帰ってきた。両手にソフトクリームを持っている。
「バニラとミックスどっちがいい?」
「……それじゃあ、ミックスを頂くわ」
そのまま二人でベンチに腰を下ろし、ソフトクリームを食べる。
甘くて美味しい……。
「ねぇ、ほむらちゃん。ミックス一口貰ってもいいかな?」
「……どうぞ」
私はまどかに手を差し出した。
間接キスという言葉が脳裏をよぎる。
……くだらない。
まどかは私の手に顔を近づけてカプリとソフトに齧りついた。
「うん、ミックスも美味しいね。ありがと、ほむらちゃん」
あ、私が口つけた所……。
私は全然気にしていないけれど。
「……わ、私も、そっちの食べてみても良いかしら」
「もちろん……どうぞ」
まどかは私にソフトクリームを差し出す。
視線が合わないように逸らしながら、私はそれに口付けた。
……ひんやりした感触が唇に触れる。痺れるように甘い。
「……美味しいわ」
それだけ言うと、平静を装って自分のソフトを食べるのに集中した。
大体食べ終えた頃、まどかは私に話しかけてくる。
「それにしても、ほむらちゃんが絶叫マシーン苦手だなんて意外だったな」
先程の醜態を思い出して頬が熱くなる。
「わ、私は心臓が弱かったから、こういったのは今まで乗ったこと無かったの」
「そういえば……ごめん、体は大丈夫だった?」
「――心臓が苦しいわ」
「え、ええ!? きゅ、救急車呼ばないと!!」
「……嘘、冗談よ」
「え?」
「今の私は魔法少女だから、ソウルジェムを壊さない限り死なないわ」
「そ、そうだったね、良かったぁ」
「……ごめんなさい、そこまで真剣に受け取られるとは思わなくて」
「あ、ううん。大丈夫……それより、ほむらちゃん、やっと笑ってくれたね」
「!」
「やっぱり、ほむらちゃんが笑ってる顔は素敵だと思うな」
「……な、何を言うの」
「ほむらちゃん、やっぱり僕は君の事が好きだ」
「……また、その事なのね」
「昨日一日考えたんだ。結論はやっぱりほむらちゃんが好きって事だった」
「……私は人間じゃない」
「こうやって話も出来れば食事も出来る。魂なんて元々何処にあるのかもわからないし」
「私はいずれ魔女になるわ」
「人間だって遅かれ早かれ死ぬよ。それに、ソウルジェムが濁らなければ大丈夫なんでしょ?」
言葉に詰まる。
まどかが真剣なのは痛いくらいに伝わってきた。
もう、はぐらかす事は出来ない。
「私は……同じ時間を繰り返している」
「……え?」
私はまどかに全てを話した。鹿目まどかという女生徒に出会ったこと、彼女が魔法少女だったこと――そして別れ。私が魔法少女になる対価にした願い。それから、何度も繰り返された出会いと別れのこと。
「ワルプルギスの夜との戦闘が終わって、まどかが無事だったことは無かった……」
「……そんな」
まどかは、ショックを受けている……無理もない、彼にとってすれば、死刑宣告を受けたようなものだ。
「……安心して。貴方は必ず私が守る。でも、出来る事なら街の外に逃げて欲しい」
そうすれば――例え私が魔女に負けたとしてもまどかを救う事ができる。
「僕だけ逃げ出して、ほむらちゃんはどうなるの?」
「私はあなたを守る為に生きている。貴方が助かって幸せに生きてくれたらそれで充分よ」
「そんなの……おかしいよ!?」
「私はまどかに命を助けられた……それを貴方に返すだけよ」
「ほむらちゃんは僕の頼みを聞いて、何度も何度も辛い思いを繰り返してきたのに……幸せにならなきゃいけないのはほむらちゃんの方だよ!」
「まどかの幸せが私の幸せなの」
「ほむらちゃん……」
「本当は全てを話すつもりはなかった。だけど、それだとあなたの想いを有耶無耶に誤魔化さないといけない。それが嫌だった、私のエゴ……責められても仕方ないと思ってるわ」
「……僕は話してくれて嬉しいよ。ほむらちゃんはやっぱり僕にとって特別な人だったってわかったから」
「私もあなたの事を特別に思ってるわ。だけど、それは別の時間のまどかが居たからで、男性のあなたを好きかどうかは分からない。それがあなたの想いに答えられない最後の理由……」
「……」
「もうすぐワルプルギスの夜が来るわ。街を出る事が出来ないなら、避難所に避難していて。……あなたは必ず私が守るから」
「ほむらちゃん……」
「今日は楽しかったわ。ありがとう――さようなら」
まどかは強い。私がいなくなってもきっと立ち直れるはずだ。それに、彼の傍には美樹さやかも居る、彼女はまどかを支えてくれるだろう。
望外の思い出ももらった。
ワルプルギスの夜を倒せれば、もう私に思い残す事は無い。
※※※
そして、ワルプルギスの夜がやってきた。
今度こそ……今度こそ、まどかを救ってみせる。
巴マミと佐倉杏子という協力者がいる今回は、戦力的にもかつて無い程に充実している。
「ひゅー、でっかいねぇ……」
「私も実際に見るのは初めてだけど、とんでもない大きさね」
「……作戦は手はず通りに」
「見滝原の平和は私達の手に掛かっているわ、頑張りましょう!」
「そのノリは相変わらずなんだな……」
「……来るわ!」
戦闘が始まった。
私の銃火器、マミと杏子の魔法とで集中砲火を加える。火力で圧倒したように思えたがワルプルギスの夜は無傷。
その後も様々な方法で攻撃を加えるが、ダメージを受けた様子は見られない。
「……これはヤバイな」
※※※
「……今頃みんな戦ってるのかな」
「そうだろうね」
「だけど、僕はまた守られてばかりで、何もできないでいる……」
「仕方ないよ、私達は普通の人だもの。それに、私はまどかがこうやって傍に居てくれる事が嬉しいんだ」
「さやかちゃん、ありがとう」
『……できること……あるよ……』
「え?」
「? ……どうしたの? まどか」
「声がするんだ……」
『思い出して……』
「……誰? キュウべぇじゃ……無いよね」
「私には何も聞こえないけど……」
『わたしは貴方、カナメマドカ』
「……僕?」
『思い出して……』
「何……を?」
『それは、わたしの祈り、あなたの願い……』
「……」
『幾多の悲しみを断ち切る奇跡を』
「どうしたの、まどか……さっきから変よ?」
「……行かなきゃ」
「え?」
「わかったんだ! 僕に出来ること、僕がしなきゃいけないこと!」
「だ、だめ……行かないでまどかっ! 私はあなたが――」
「……さやかちゃん、ごめん!」
※※※
ワルプルギスの夜と、大量の使い魔による攻撃で私達のダメージは蓄積していった。それに対して、こちらの攻撃は効いているのかすらわからない。時間が経つほどに私達の打つ手は無くなっていった。
「強いという話は聞いていたけど、これほどだなんて……」
「こんなのにどうやって勝てってんだ、畜生っ――ほむらっ!!」
死角からの攻撃が私を襲う。
時間停止が間に合わない……!
私は吹き飛ばされ、ビルの屋上に叩きつけられる。
「……どうして、どうしてなの? 何度やってもアイツに勝てない」
今回の戦力はほぼ理想的だったというのに。
……また、やり直すしか無いのだろうか。
私は盾に手を掛ける。
でも、やり直してどうなるというのだろう。
結局アイツに勝てないようであれば結末は変えられない。
私の心が、絶望に黒く侵されていく。
「ほむらちゃん、大丈夫!?」
……いつのまにか、私はまどかに抱きかかえられていた。
「まどか。なんで、ここに……」
まどかは私に微笑み掛ける。
「……わかったんだ。僕に出来ること、僕がやらなくちゃいけないこと」
「やっと、僕と契約する気になったのかい?」
「……っ! ……やめて!」
また、同じ……。
私は何も変えられないの?
まどかは立ち上がり、キュウべぇに向き直って宣言する。
「――契約はしないよ」
……え?
「だったら、彼女達が敗北するのを見過ごすと言うのかい? 奇跡でも起きない限り戦況は覆らない」
「……奇跡はもうあるんだ」
「どういうことだい?」
「前の時間で全てを知った鹿目まどかは、魔法少女になる代償として暁美ほむらの幸せを願った」
「まどか……」
……私は前の時間のまどかの最後の言葉を思い出していた。
「その願いはまだ叶っていない……だから、奇跡は起こせるんだ!!」
まどかが左手を掲げた。
その手が輝きを発する。光は弧状に広がり弓の形を成した。
光が消え、後に残ったのは漆黒の弓。
「ほむらちゃん、力を貸して」
後ろからまどかに抱き包まれる。私とまどかは、体格の差は殆ど無い。だけど、とても大きな存在に包まれている安心感があった。
後ろから被せられたまどかの両腕から弓を受け取る。顔を上げてワルプルギスの夜を見据えた。
背筋を伸ばし、まどかと重なった左手を、真正面に突き出して弓を構える。
同じように重なった右手を弓の手元まで持って行き、弦を引く。
引くに合わせて、私の魔力とまどかの想いが込められた矢が紡がれる。
番えた矢から立ち昇る紫の焔。
「いくよ、ほむらちゃん!」
「……ええ」
ワルプルギスの夜に向けて矢を放つ。
矢は光り輝く軌道を残して、目標を貫いた。
「……すごい」
「やった……のか?」
硬直するワルプルギスの夜、やがて、地響きを立てて崩壊し始めた。バラバラと体を構成する部品が落ちて霧散する。本体が徐々に墜落していく、ついには地面に落ちてワルプルギスの夜は消滅した。
その様子を私達はただ呆然と見ていた。
「……終わった……の?」
「……ううん、始まるんだよ……お疲れ様、ほむらちゃん……」
正面からまどかに抱きしめられる。
私は体をまどかに預けた。とても心地よい。
「あなたを守りたいと思っていたけど、結局最後までまどかに守られてばかりだったね……」
「そんな事無い……ほむらちゃんに守られたからこそ、僕は今こうやって居られるんだ」
「……ありがとう、まどか」
「ねぇ、この前の返事、貰ってもいいかな?」
「……私が好きなのはあなたなのか、それ以前のまどかなのかどちらかわからないわ」
「それって、どちらにしろ鹿目まどかが好きって事だよね?」
「……ええ」
「だったら構わないんじゃないかな。どちらも、同じ僕なんだし」
「……そうね」
男でも女でも関係ない。私が好きなのはまどか。
「……大好きよ、まどか」
※※※
――数日後、駅前。
「まどか、いったいこれはどういうこと?」
「え、ええと……」
「今日は二人でデートの約束よね……なのに、どうして彼女達がここに居るのかしら」
「その、みんなも一緒に遊びたいって……」
ワルプルギスの夜との戦いの後、皆にまどかと付き合うことになったことを報告した。だが、返ってきたのは彼女たちの宣戦布告だった。曰く、私達もまどかの事が好きである、と。
「暁美さん……抜け駆けは良くないわね」
「まどかはみんなの嫁だからね、ほむらが独り占めしちゃいけないなぁ」
「わ、私は止めたんだぞ……」
「ごめん、ほむらちゃん! ……必ず埋め合わせはするから!」
「仕方ないわね、今日のところはそれでいいわ……埋め合わせ期待してるわよ」
「ありがとう、ほむらちゃん!」
……まあ、いいか。
私は考えるのをやめた。まどかは私の事が好きなんだし、慌てることは何もない。それに――
なんてったって、
「時間はいっぱいあるんだもの」
穏やかな風が吹いた。
私はまどかの手を取って歩き出す。
「いこう、ほむらちゃん」
「……ええ!」