邯鄲夢の蟲   作:ましほ

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今回は間桐兄弟と優雅な彼の出会い編です。
果たして雁夜は『雁夜』と違って彼と仲良くなれるのか!?


兄弟と彼の出会い

 

 

 とある魔術師の家系の末に出会ったその日。

 間桐雁夜は、初めて我を忘れるほどの怒りを覚えた。『雁夜』ではなく雁夜自身がそのような感情を抱くのは、その自我が生まれてから初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 ある天気の良い日。その日、間桐兄弟はある人物に引き合わされた。冬木に住まう魔術師の名家であり、間桐と同じ御三家の一角に数えられる遠坂の息子である。

 さる高級料亭の庭に連れ出され、後はお若い人たちで…といわんばかりに引率の大人たちは席を外し、子どもだけがその場に取り残された。お見合いか! 鶴野は思わず内心で盛大に突っ込んだが、残念ながら状況が改善される兆しは現れなかった。

 だが、そんなある意味混乱気味な鶴野をよそに事態は進む。若干の警戒を抱き顔がこわばる鶴野と、状況がよくわかっていないらしい雁夜。そんな二人を前に、遠坂家の長男時臣少年はなんとも上品な仕草ににこやかな笑みを浮かべて言った。

 

「はじめまして、僕は遠坂時臣。お互い魔術師の家を継ぐ者としてよろしく、雁夜」

「…」

 

 遠坂時臣が第一声を発した瞬間、雁夜は少々不機嫌になった。もちろん、雁夜と手を繋いでその左隣に立っていた鶴野はすぐにそれを察知した。

 しかし鶴野の前に立つ遠坂は気付かない。気付かないまま、彼は雁夜に語りかける。

 

「我が遠坂と君の間桐は相互不可侵を結んでいるけれど、それはまったくの交流ができないというわけでもない。もしも魔術のことで何かわからないことや臓硯翁に相談しにくいことがあれば、気軽に頼ってくれると嬉しい」

「…」

「せっかく同世代の魔術師が身近にいるんだ。できたらお互い切磋琢磨できる関係が築けたら理想的だと思わないかい?」

 

 雁夜は無言、無反応。それどころか、初めは正面を向いていたはずの顔がだんだんと伏せられていき、今ではその視線は足元の地面に向かって一直線だ。

 一方の遠坂はそれに気付かないのか気にならないのか、間桐兄弟とは違ったなんとも上流階級らしい言葉遣いで語りかけ続ける。

 ちなみにその間、というか彼と出会った瞬間から鶴野は一切声を発していない。初めから今まで、ただ雁夜の横に突っ立ているだけである。雁夜の方も同様だ。

 と、そこで。反応を返さないどころか、自分の問いかけにまったく答えない雁夜にようやく気付いたのだろう。遠坂が少し戸惑ったような顔をした。

 

「雁夜、どうしたんだい? どこか具合でも悪いのかい?」

「…んで」

 

 流れるような言葉を止めて、やっと相手に合わせるような音色になった遠坂に、ようやく反応を雁夜が反応を返した。しかしその顔は伏せられたままで、声もぼそぼそして聞きとりにくい。

 遠坂は、それをなんとか拾い上げようと少し身をかがめた。

 

「…なんで、俺ばっかり…」

「うん? なんだい?」

「…なんで、あんたは俺にばっか話しかけるんだ?」

 

 雁夜は絞り出すような、何かを抑えるような声で言葉を紡ぐ。そして一緒にゆっくりと上げられた幼い顔は、眉間にくっきりと皺が寄っていた。

 あぁ、こいつ今怒ってる。そんでもって我慢してるな。鶴野は他人事のように思う。実際その怒りは鶴野のものではなく弟の抱く感情なので、他人事で間違いない。

 雁夜は普段、多少狂った幼く無邪気な面ばかりが表に出ることが多い。その雁夜が、怒りに震えながらそれを我慢している。珍しいこともあるもんだ。とういか、これは育ての親ともいえる鶴野でさえ初めて見るレベルか。

 しかし鶴野が気付いたそれに、やはり遠坂は気付かない。そしてついに、雁夜の我慢を決壊させる言葉を知らぬ間に言い放った。

 

「それの何がおかしいんだい? 僕の目の前にいるのは雁夜だろう?」

「っ! あんたの目の前には俺だけじゃない、兄ちゃんだっているじゃんか! 俺にばっか話しかけて、なんで兄ちゃんのこと無視してんだよ!」

 

 今。遠坂時臣の前には、二人の少年が立っている。彼の左斜め前には雁夜が。そして雁夜の左隣、遠坂から見て右斜め前には鶴野が。そう、遠坂時臣の前には、二人の人間が立っているのだ。ただし、彼が見て語りかけるのはそのうちの一人だけ。

 一言でいえば、鶴野の存在自体を総無視。そしてそれは現在進行形である。

 

「だけど、彼は魔術師ではないだろう? 僕は今日、間桐の次期当主との顔合わせとして来ているんだよ」

 

 なぜ雁夜が激昂しているのか、まったく理解できずに遠坂はますます困惑を深めている。

 だがそれも、仕方のないことではあった。遠坂時臣にとって、今回の出会いは自身と同じく御三家の当主の座をいずれ継ぐ、若く幼い魔術師との顔合わせの場だと認識していたのだから。

 魔術回路に恵まれず、魔術師ではない兄。魔術回路を持ち、魔術師である弟。

 つまり、雁夜の手を握っている鶴野の存在はほんの少しの悪気もないままに、初めから彼にとって認識する必要のないものであったのだ。勿論、そんな遠坂時臣側の事情など間桐兄弟の知ったことではないが。

 生粋の魔術師思考を持つ彼にとっては、魔術師でない人間は舞台上の黒子と変わらないのだ。主役級の登場人物達と、影でさえない黒子。つまりはそういうことだ。

 きっとこいつ悪気は無いんだよなぁ、と鶴野は思った。が、雁夜が腹を立てている理由を教えてやる気は起きない。鶴野だって人間だ、無視されれば腹が立つ。それに、教えてやったところでこの魔術師野郎に理解できるとも思えない。

 一方、淡々と目の前のやり取りを見つめる鶴野と怒り狂う雁夜の前で、遠坂は雁夜の怒りを理解できないなりになんとかしようといろいろと語りかけていた。曰く。魔術とは云々かんぬん。魔術師とは云々かんぬん。魔術師の家系とは云々かんぬん。魔術師の悲願とは…以下略。

 鶴野は興味ないのでスルーした。その滔々とした語りは右耳から入って左耳からそのまま出て行った。

 ちなみにこの遠坂の語りは、無駄な努力どころか完全に火に油である。魔術のお話イコール、魔術回路がなく魔術師ではない鶴野を無価値とするお話。つまり、大のお兄ちゃん子である雁夜の地雷を全力ピンポイントで何度も踏み抜き続けていたのだ。

 

「…遠坂時臣」

「なんだい、雁夜?」

 

 流れるような魔術トークの間に怒りに震えながらまた俯いてしまっていた雁夜は、彼にしては低く抑えた声でぼそりと呟いた。その小さな声音には明らかに黒くどろりとしたものが含まれていた。

 しかし、遠坂はそれに気付かない。どころか、ようやく雁夜から反応が返ってきた(しかも初めて名を呼ばれた)ことに喜色を表している。そして、その認識の違いが彼の致命傷を招いた。

 

「二度と俺の前にその面出すなクソ野郎がぁぁあああー!!!!!」

ドガゴッ!

 

 絶叫とともに、雁夜は右腕を全力で振りかぶった。そして右手から飛び出す間桐兄弟お馴染みの巨大団子蟲。そして雁夜の全力投球したそれは、遠坂時臣の顔面に直撃した。

 勢いのままそのまま綺麗に後ろに倒れ、後頭部を強打する遠坂時臣。それを見てもまだまだ腹の虫が収まらず、キーキー喚く雁夜。雁夜の左手を握ったまま冷めた目でぶっ倒れた遠坂を見下ろす鶴野。なんという修羅場。

 ちなみに、投げ放たれた巨大団子蟲は丸まったまま綺麗な回転を描いてそのお上品な顔面を急襲した後、やはり丸まったままで華麗に着地して雁夜の足元に転がり戻ってきた。そして元の形に戻ると、複眼を赤く染め上げながら前足をキシキシ鳴らして一丁前に威嚇している(なお、今回の団子蟲は丸まったところだいたいソフトボールサイズだ。以前開催された蟲レースに出場していた個体よりもやや小ぶりであり、投擲用に最も適したサイズであると見て取れた。遠坂と違ってなんとも空気の読める蟲であった)。

 

 

 

 

 

 結局、その場はなんともうやむやなうちにそれぞれの迎えが来てお開きになった。『雁夜』と同じく、雁夜も遠坂時臣を嫌悪するという結末を迎えて。

 

 

 

 

 

 その夜、珍しくぐずる弟を寝かしつけながら、鶴野は雁夜の頭を撫ぜてやった。

 

「それにしてもお前ってばホント、兄ちゃん想いな弟だなぁ」

「あいつ、兄ちゃんのこと馬鹿にした。見下しやがった。思い出しただけでもムカつく。ムカつくムカつくムカつく! 粘菌に喰われろ!」

 

 寝かせるときにこの話題はまずかったか。逆に興奮させてしまったらしい。仕方なく、「そうかそうか。でもお前が兄ちゃんのために怒ってくれたから、兄ちゃんは嬉しかったぞ」と適当に宥めつつまた頭を撫でてやる。そうやって暫くするとすると、しばらくフーフーと猫の子が毛を逆立てるように怒っていた雁夜が落ち着いてきた。

 

「…兄ちゃん」

「なんだ?」

「俺、兄ちゃんのこと好き。魔術師とか魔術回路とかどうでもいい。兄ちゃんが大好き」

 

 鶴野の服をギュッと握った雁夜はそう言って、兄の胸元に甘えるようにすり寄ってきた。

 鶴野は黙ってその小さな背に腕をまわした。そして、その背をポンポン、ポンポンと繰り返し緩く優しく叩いてやる。

 

「俺も。お前のことが大事だよ」

「…うん」

「おやすみ、雁夜」

「おやすみ、兄ちゃん」

 

 ぐず、と鼻を啜る音が聞こえ、鶴野は鼻水はつけてくれるなよと祈った。その祈りが通じたかどうかはわからないが、腕の中の呼吸はだんだんと眠りに落ちていっているようだ。

 鶴野は今日の出来事を振り返って思った。

 この超お兄ちゃん子が完全に怒りに我を忘れる前に遠坂が口を閉じて良かった、と。まぁ正確にいえば口を閉じたのではなく強制的に意識をシャットダウンさせられたわけなのだが、結果は同じなので問題ない。ともあれ、怒りにバーサクした雁夜が大海嘯を引き起こさずに済んでホント良かった。

 

 

 

 

 

 本日の結果、わかったこと。

 『間桐雁夜』ではない間桐雁夜でも、遠坂時臣とは友好は結べない。

 以上。

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

■□■ おまけと補足 ■□■

 

 

 

 悪気がないのはわかっている。わかっているから、多少の我慢はしようと思った。しかし、幾度も地雷を踏み抜かれて我慢できずに怒りを表しても、わけがわからないよとばかりの反応を返されてはもう無理だ。こいつとはわかりあえない。

 ―――そんな人って三次元でもいますよね。今回は遠坂さん家の優雅君をそう認定した間桐兄弟のお話でした。

 

 ちなみに、時臣少年が鶴野兄ちゃんを完全スルーしてしまったのは、故意でも意地悪でもないです。

 すべては、初対面の相手に内心ガチガチに緊張しながらも、必死こいて優雅を貫こうと頑張っていたせいなんです。そのため、初めから顔合わせの相手として頭に叩き込んでいた雁夜くんを目にした途端、その他のものが目に入らなくなってしまっただけというわけで。きっと平常時の彼なら、魔術回路/zeroな一般人鶴野くんにももう少しましで当たり障りのない態度をとってくれたはず。…きっと。

 まぁ、そんな事情なんてそれこそ鶴雁兄弟にとってはそんなの関係ねぇなわけですが。時臣少年、残念!

 時臣さんとそのファンの方、ごめんなさい。

 このシリーズは鶴雁兄弟の視点で進むので、その他の人の事情は考慮されない描写になりがちなんです。

 

 

 

 以下は文中で出てきた単語について補足です。

 

 

 

《大海嘯》

 外部からの刺激により、蟲、特に王の名を冠する超巨大団子蟲の大群が腐海の外へと暴走し、津波のように押し寄せる現象のこと。大海嘯後は、命果てた王の(以下略)の死骸を苗床として新たな腐海が誕生する。

 間桐兄弟の間では、弟がバーサクして蟲を大量召喚して暴れまわることを言う。

 ちなみに現実における「海嘯」とは、ポロロッカのように河川が猛烈な勢いで逆流する現象を指す(byうぃき先生)。

 

 

 

 某風の谷の風使いの物語は間桐兄弟のバイブル。映画はもちろん漫画版の方も読み込んでいます。ちなみに、間桐兄弟はどちらかというと漫画版のストーリーの方が好みです。そしてもちろん、雁夜くんの可愛い巨大団子蟲はもちろんここから生まれました。あの蟲かっこいい!そんな子ども心。

 ちなみにお兄ちゃんの方の理想の女性は「薙ぎ払え!」な殿下で、弟の理想の女性は姫姉さまです。清濁併せのみ優しさと強さと残酷さと美しさを併せ持つ姫姉さまマジかっこいい、マジ戦女神!な雁夜くん(葵さんは『雁夜』の初恋の人、という考えで雁夜くん自身の初恋ではありません。せいぜい、「噂に聞くかつて日本にいたといわれる大和撫子の生き残りを俺は見た…!」的な認識)。

 お兄ちゃんは漫画版に出てくる姫殿下と敵対していた兄皇子たちの残念さが自分と被って若干いたたまれない気持ちに苛まれることもあったりします。でも好きな作品であることに変わりはありません。

 







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