邯鄲夢の蟲   作:ましほ

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勝手にお兄ちゃんのお友達を捏造してしまいました…。
捏造モブ友とお兄ちゃんの日常から、ある意味純粋培養雁夜くんと自己保身が多分に入った過保護なお兄ちゃんの何気ない会話です。


蟲と共存する兄弟

 

 

 その日。鶴野は、学校でちょくちょくつるむ友人四人とともに某有名テーマパークへと来ていた。

 絶叫系から人気アトラクション、新登場のものからかなり初期の頃からあるというファンシーな機械仕掛けの人形たちが歌い踊るアトラクションなど。

 さらには、男五人でコーヒーカップやメリーゴーランドに挑戦するというなんとも虚しい行為までやらかした。勢いって怖い。また、小腹が空けばそこらの屋台で売っているメイプル味のポップコーンや棒状の焼いた生地に砂糖をまぶした菓子を頬張り、時には恐竜の足に見立てて売られている骨付きの巨大なチキンを食いちぎったりした。

 そしてこのドキ☆男だらけの某テーマパーク巡りの最後は、一時的に解散して各自土産物などを見繕うことになっていた。

 

 

「あ、すみません。あとコレもください」

 

 まさに今、店員が商品のバーコードを読み取り処理をしているところへ、鶴野は目にとまった品を追加した。レジの横に積んであるキャラクターの柄がプリントされたファンシーな鉛筆。なんとなく目に入っただけのものではあるが、これも何かの縁だ。買っていこう。

 鶴野は急な要望にも快く答えて対応してくれた店員に提示された金額ぴったりのお金を渡す。そして購入したばかりの商品が詰まった、別売りの肩掛け型の大きな土産袋を受け取って集合場所へと向かった。

 

「間桐…お前またそんなに買ったのか」

「別にそれほどでもないだろ」

「いや、結構な量だって」

 

 集合場所で集まった友人達は鶴野の荷物を見ると、「毎回よくもまぁこんなに買い込むもんだよ」だの「この金持ちめ!」だのと言い出した。それとは別に、「間桐ってばほんと、弟想いだねぇ」と感心するような声を上げる者や「ていうかブラコン?」とニヤニヤしている者もいる。好き勝手に言っていることには取り合わず、鶴野はメンバー全員が揃ったことを目線のみでざっと確認した。

 

「うっせぇ。おら、どうせお前ら土産なんてほとんど買わないんだろ。佐藤これ持て、そんでお前らはこれとこれと、それ。それぞれ持てよ」

 

 そして、左手に持った一抱えはありそうな土産物の袋を友人の一人に押し付け、または周りに置いた他の土産袋を順に視線と顎で指し、自分は自分で右手の土産袋の肩紐をかけ直した。

 

「鶴野お兄ちゃんってば人使い荒ーい! ひどーい!」

「くそ、弟君に言いつけてやる!」

「君のお兄ちゃんってばお友だちを平気でこき使う俺様なんだよー俺たちを助けて弟君! とか?」

「いや、むしろそのまま間桐の家まで突撃お宅訪問かまして、この大量の土産に含まれた菓子類を食い散らかそうぜ!」

「やめろ来んな」

 

 ぎゃんぎゃんと馬鹿話をしながら、五人はテーマパークのゲートを潜る。そして帰りの電車に乗り込み、引き続き阿呆な話を好き勝手にしながら家路に就いた。

 鶴野は途中で友人達と駅のターミナルで別れると、タクシーを拾って大量の土産もの袋と一緒に帰宅した。ちなみに、半ば本気で土産を運ぶついでに間桐家訪問をしようと企んでいた友人達には、丁重にお帰りいただいた。どんなに口では扱き下ろそうと、彼らは大切な友人だ。魔術とは関わりのない、ごくありふれた世界の、ありふれた当たり前のように生きている少年たち。鶴野は、彼らを魔術の、間桐の闇に関わらせたくなかったし見てほしくなかった。

 家のことを考えると思考が落ちかけ、しかしそれでもそこで待つ弟のことを想えば、自然と足は速くなる。そして、そんな風に足早に仲間たちから離れてタクシーに乗り込んだ鶴野は、背後で交わされる会話のことなんて気にも留めなかった。

 

「間桐ってばあれ絶対ブラコンだろ。異論は認めない」

「まーなー。どこ行っても土産物買い漁ってくもんな。本人何も言わねーけど、あれってば全部弟くん用だろ?」

「ちなみに鶴野お兄ちゃんのお土産購入ランキング上位は現地の写真をポストカード化したものだぞ」

「やだお前なにさり気に細かくチェック入れてんの。なにそれこわい」

「このストーカーめ! 弟くんに代わって鶴野お兄ちゃんの敵は俺が討つ!」

「なんなのお前、この正義の味方気取りめ! って、痛い痛い! てっめこの野郎、ノリで勝ったライトセイバー激似の土産もので殴りかかってくんな馬鹿!」

 

 間桐鶴野、地元で大きなお家の長男くん。顔は良いし勉強も運動もできるけど、なんか暗い男。

 帰宅部だが結構付き合いもよく、今日のように少し足を伸ばして出かけるときなどは割と参加してくれる友人(ただし近場で頻繁に行くところだと断られる確率が若干高まる)。それが、友人たちの間での間桐鶴野の認識だった。

 また、病弱で生まれてからずっと自宅療養を続けているという弟がいる。外に出られない弟のために、出先では必ず多くの土産を持ち帰る。おそらく、鶴野は弟にそれらを渡し、外のいろいろな話をしたりしてやるのだろう。

 友人たちの間では、鶴野の弟は謎に包まれた存在ながら、素直で可愛いミニ鶴野の姿で脳内補完されている。そんな弟に、あの自分たちにはそっけなく割と容赦ない鶴野が外での一日のことを話して聞かせ、時には土産物を差し出し示しながら語りかける様子を想像して…友人一同、なんだか和んだ。

 しかし、それにしても…。

 

「間桐はブラコンでファイナルアンサー?」

「間桐はブラコンでファイナルアンサー!!!」

 

 なんとも呑気で陽気で楽しげな友人達の声は綺麗に唱和した。

 

 

 

 

 

 

 

 走るタクシーの後部座席に座りながら、鶴野はまるで逆だな、と思う。

 雁夜の夢の中では、『雁夜』はとても行動的で義務教育終了と同時に生家を飛び出し、遠坂桜が養子に出されたことで間桐に戻るまでたった一人で生活としていたらしい。

 一方で兄の『鶴野』は間桐の家に引きこもったあげくにアル中に陥っていたそうだ。半死人状態の身体を酷使した揚句に蟲に喰い尽くされて27歳で死んだ『雁夜』は、それ以降の兄『鶴野』がどうなったかは知らない。そのため、雁夜も鶴野も『雁夜』が死んだ後の『鶴野』がどうなったかはわからないが、どうせろくでもないことになっていたのだろう。鶴野は、『鶴野』の人生は『雁夜』に次いで本当にどうしようもない人生だったに違いないと確信している。

 それがどうだ。自分たち兄弟は、少なくとも現時点では夢の中の二人とはまったく違うではないか。

 夢の中では引きこもりだった自分は、見識を広めるため、情報を集めて人脈を作るため…など様々な理由をつけてはちょくちょく家から離れてあちこち出歩く生活(臓硯は鶴野の行動など気にも留めないだろうが、それでもなぜかそうした言い訳をせずにはいられなかった)。そして今日などは、学校の友人達と遊びに行くと言って出かけ、某有名テーマパークへと出かけさえした。

 一方の雁夜は生まれて此の方ほとんど屋敷から出ることもなく、父という名の怪物に素直に従いながら生きている。『雁夜』はとにかく戸籍上の父に反発していたというから、この従順な態度だけは逆で本当に良かったと心底安堵したものだ。さんざん、父には逆らうなと教え込んできた甲斐があった。

 絶対的支配者である間桐臓硯に逆らうなど雁夜自身はもちろん、鶴野にまで危険にさらされるなんとも愚かな行為なのだから。どうせこの先ろくでもない未来しかないとはいえ、少しでも長く平穏に暮らしていきたいというのは切実な願いだ。

 

「あーそれにしても、これはさすがに買いすぎたか…」

 

 タクシーを降りたところで運転手に一緒に下ろしてもらった大量の土産袋を見て、鶴野はふと我に返って苦い顔をした。運転手は荷物を下ろすとそのままタクシーに乗り込んで戻ってしまっている。これを一人で運ぶのはなかなかにことだ。いや、一人ではどんなに頑張っても最低二往復はしなければ運びきれないだろう。そこまで考え、鶴野は溜息を吐く。

 しかし、その心配は必要なかった。

 

「おかえり兄ちゃん!」

「あぁ、ただいま雁夜」

 

 鶴野が門を潜ったところで待ち構えていたかのように飛びついて来た雁夜。鶴野は結局、大量の荷物を弟の遊び相手である巨大団子蟲たちに運ばせることで、最小限の労力で今日の戦利品を目的地まで運ぶことができた。

 

「ねぇ兄ちゃん、今日兄ちゃんが行ってきたのってよくテレビでやってるあそこだろ! どんなだった、今なんかの特別期間中でパレードとか内装が変わってるってやってたけど…あ、あと名物のチキンは食べた? おれはそれよりもいろんな味のポップコーンを食べ比べしてみたいけど…!」

「あぁそんなに慌てなくても聞かせてやるよ。あと一緒に土産も開けながら説明してやるから。けど俺の口から直接聞かなくても、どうせ蟲で見てたんだろ?」

「見てたけど、見てるだけじゃわけわかんないのもあったし。それにところどころツッコミとかがあってさ、兄ちゃんの解説面白いもん」

「あーあーわかったわかった。じゃあお前なんか飲みもん持って来い」

 

 鶴野がそう言って居間のソファに座ると、雁夜は「はーい!」と嬉しそうな返事を残して台所へと駆けて行った。

 間桐臓硯が存在する限り、自分たち兄弟の先は暗い。多少形は変わっても、結局のところ碌でもないものしかないだろう。それはわかっている。この家に生まれてしまった時点で、よくわかっている。けれど…けれど、少しでも長くこの砂上の楼閣のような穏やかな日々が続くことを願わずにはいられない。自分たちは、一体いつまでこの生温い仮の穏やかさの中にいられるのだろうか。できることなら、いつまでもこの穏やかさの中にいたい。

 

「兄ちゃーん、オレンジジュースとリンゴジュースのどっちがいいー?」

 

 一瞬思考の海に落ちた鶴野だが、台所から聞こえてきた雁夜の声に意識を呼び戻される。そして一つ息を吐くと両脚に力を入れて立ち上がり、弟がいる方向へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「そういえば、間桐の属性って吸収と束縛なんだよな」

「そうだな。一応教えたことは頭に入ってるんだな。すっからかんじゃないとわかって兄ちゃんは少し安心したぞ」

「…俺、そこまで馬鹿じゃないし。賢くもないけど」

「(なんとも気弱な否定だな…)で、それがどうした?」

「なんかそれって、ヤンデレくさいなぁって思っただけ」

「あぁそうかそうか…て、ヤンデレ!?」

「うん、ヤンデレ」

「…お前、意味わかっていってんのか?」

「え、ちゃんとわかってるし。ってか俺そこまで馬鹿じゃないし(二回目)」

 

 …なんでこいつヤンデレなんて言葉知ってんだよ。

 勿論、鶴野はそんな言葉は教えた覚えはない。ある意味で割と純粋培養に育っているはずの雁夜がなぜこんな単語を知っている? 数人いる陰気な使用人たちがそんな言葉を出すはずはないし、名を呼ぶもおぞましい自分たちの戸籍上の父親なんてもってのほかだ。と、なるとそのルートは確実だ。というよりもそもそもそこ以外は考えられない。

 すなわち、鶴野が与えた品々からの情報。

 確かに暇つぶしと勉強のために、鶴野は弟に大量の読み物を中心とした娯楽品を与えていた。それはそれこそ古典的な文学作品から最新のベストセラーものから始まり、果ては雑誌やコミック、雑学書にハウツー本、ビデオに至るまで様々なメディアや媒体に及ぶ。

 くっそ、検閲が甘かった…!

 鶴野は精神的に幼く、また知的な遅れも多少見られる―――さらに言えば常識もなくかなり世間一般からずれた感覚と思考回路を持ち合わせている―――弟に与えるそれらの情報媒体には一応は目を通していた。なにしろ良い意味でも悪い意味でも単純素直な雁夜である。間違った情報を与えてもそれを鵜呑みにして成長しかねない。そうならないためにも、鶴野は弟に与えるものに予め目を通していた。

しかし最近ではあまりに短期間で大量に幅広いジャンルのものを渡していたためにチェックが甘くなっていたことは否めない。

 やっべ、やっぱもっと検閲厳しくしないと駄目だな…。

 鶴野は心の底からそう思った。そうでもしなければ、このままでは若干おつむの弱い弟は本人無自覚のまま婦女子たちの楽園の扉を開いてしまったり、我が道を邁進することに愉悦を見出すオタクという名の猛者たちの一員として名前を連ねかねない。それはさすがに回避したい。

 これ以上この変わり者の弟に変な属性を身につけさせたくはないという、なけなしの兄心である。 ちなみに、雁夜の心身に何か異変が起こればそれは即、鶴野自身のバッドエンドないしはデッドエンドに繋がりかねないのが間桐家クオリティ。そのため、鶴野は兄としての愛情や保護者としての責任感にプラスして自己保身がかなり入ったある意味過保護のブラコンと化していた。自覚はある。

 また、どんなに自己保身が前提に立った奇妙な関係とはいえ、一応はそれなりに情のある弟が理解不能なおかしな方向に開花するのはやはり避けたい。というか間桐の家で自分を慕ってくれ、また素直に関わって来てくれる存在はとても貴重である。いや、唯一といっていいだろう。そんな存在とおかしな単語を交えた妙なテンションの会話をしたくはないし、こんな家とはいえ…いや、だからこそせめて少しでもまともな会話をしたい。

 うん、やっぱどんなに忙しくても雁夜に渡すモノにはちゃんと先に目を通しておこう。ぐるぐると考えを巡らせるうちに改めて鶴野は決意した。

 

「雁夜ーこれからは兄ちゃんにどんな本読んだかとかビデオ見たかとか教えてくれな」

「ん? うん、わかった」

「素直でよろしい。あと、今までに読んだ本とか見たビデオのことも話せ」

「えーと、この前見たビデオだと…家が貧しくて7歳で奉公に出た女の子が一生懸命に生きてくお話とか―――」

 

 とりあえず、鶴野は雁夜の最新情報からチェックすることにした。

 ちなみに雁夜が挙げたビデオは、某世の中は鬼ばかりだというタイトルを背負ったドラマと同脚本家が手掛けた連続テレビ小説だった。なんでも、こんなに頑張っている人もいるんだと感動したとか。

 いや、環境の悪さならお前もかなりぶっちぎっているから。というかむしろ化け物蟲爺が君臨する間桐家に生まれた時点で俺たち兄弟の人生終わってるんだぜ…なんて鶴野には言えず。彼はただ「そうか」とだけ相槌を打つにとどめた。

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

基本的な人物設定。

 

 

 

 

《 間桐雁夜 》

 

 生後間もなく蟲蔵にポイされて、蟲蔵にいる時間が人生の大半を占めてました! な蟲の存在に違和感/zeroな雁夜君。自我も理性もなく自分も蟲の一員的な感覚だったが、原作の雁夜おじさんの一生をエンドレスで夢に見ることで、ようやく『自分』という存在を認識できた。でも人生のスタートを間違ったので、いろいろと無自覚におかしな人格を形成してしまっている。人格の核になっているのは夢に出てくる(原作の)『間桐雁夜』なので、基本的には人畜無害。

 臓硯には基本的に従順だし、蟲との相性も良く魔術的才能もまぁそこそこなので、臓硯にはわりと可愛がられている。ただ、あくまで間桐臓硯基準なので外道には違いない。

蟲の使役も普通にできる。蟲蔵にも抵抗感や嫌悪感はない。ただ、一般的には忌み嫌われるものなんだな、っていう感覚はだんだんと持ち始めた。

世界には綺麗なモノがたくさんあると心の底から思っている。なにしろ、基準が蟲蔵なのでそれと比べたらそりゃあなんでも美しく見えるって…とは兄の心の声。

 兄・鶴野が大好きで、いつも「兄ちゃん、兄ちゃん」とついて回る。兄の自己保身が入った打算込みの愛情にも気付いているが、別にそこに不安や不満は無い。自分に愛情を持って接してくれていることが重要であって、そこに他に何が含まれているかとかはあまり重要視していない。

 

 

《 間桐鶴野 》

 

 自己保身が多分に入った過保護な雁夜の兄。雁夜が健在で自分を慕っている限り、よほどのことがなければ臓硯は自分を処分したりはしないだろうという打算が大いに働いている。が、自分自身が思っているよりも割と健全に弟を可愛がっている面がある。弟の情操教育はもちろん、生活習慣の指導や一般的知識や常識などを教え込んでいるのも彼。基本的に弟の教育はほぼ兄の両肩にかかっているという間桐家の現実。

 魔術の才能/zeroだが、弟に知識的な面を教えてやらねばという使命感により知識だけは書物を紐解いて学び、雁夜に教えている。

 弟から『雁夜』の夢の話を聞かされ、結構苦悩した。とりあえず、その道を歩まないように「お父さんには逆らうな」「家を飛び出そうなんて絶対にするなよ」と言い聞かせている。

 

 

 

《 間桐臓硯 》

 原作と基本的には一緒。ただし、雁夜がまぁそれなりに使える感じに育っているのでそれなりにご機嫌。彼基準で雁夜を可愛がっているつもりでいる。やけに鶴野が雁夜を構っているなぁとは思っているが、とりあえずは傍観姿勢。

 

 




基本的な人物設定については、本来なら本文中で説明するべきだとは思います。
それなのに、うまく本文中に入れられない未熟者ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


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